今日紹介するテキサスベイラー大学からの論文はT細胞の接着分子を遺伝子操作で改変することで、脳腫瘍に到達する効率を高めることに成功した研究で、CAR-Tを用いる治療に新しい方向性を開く研究で、9月13日号のNature に掲載された。タイトルは「A homing system targets therapeutic T cells to brain cancer (治療用T細胞を脳腫瘍に到達させるホーミングシステム)」だ。
この研究のスタートは、ALCAMとよばれる血管の接着因子が、グリオブラストーマや髄芽腫内の血管だけに強く発現していることの発見から始まっている。もう一つこの研究の方法論的注目点は、試験管内で、正常人やグリオブラストーマ血管を使ったヒトの脳血管関門の再現が可能になっていることだ(どの程度信頼できるのかはよくわからない)。この試験管内技術を使って、ヒトの正常脳血管と、腫瘍内血管を比べると、正常の血管はIL-6など炎症刺激で一般的ICAM.VCAMなどの接着分子が上昇するのに、腫瘍内の血管では逆に低下する一方、また腫瘍が分泌する因子によりALCAMだけが強く上昇することに気づいている。
そこで、腫瘍内で発現の高まっているALCAMをT細胞の腫瘍内浸潤のガイドとして使うための技術開発を目指している。まず、ALCAMがT細胞側に分子CD6のD3領域に結合することを確定した後、CD6上のD3の数を増やすと、CD6とALCAMの結合を高まり、血管内皮上をくるくると回りながら減速するローリングが高まることを明らかにする。
その上で、この分子メカニズムがCD6が細胞質内ドメインからのシグナルでZAP70がリン酸化され、これが細胞骨格の再編成を通して、LFA1の活性を高め、脳血管関門を越えて腫瘍内へと細胞が浸潤できることを詳細に検討している。この辺の解析は、私たちが現役の頃、米国のTim Springerたちが完成させた概念の延長を見る思いがする。
この論文でこれまで示されたデータは全て人間のT細胞と癌組織の血管内皮の話で、どうしても特殊な実験系に頼る必要があったが、最後はマウスモデルで脳腫瘍に対するCAR-Tを用い、この研究の中でT細胞の浸潤性を高めることがわかったエンジニアしたCD6がCAR-Tの脳腫瘍への活性を高めるかどうか調べている。結果だが、誰が見ても絶大な効果が示されている。
話は以上で、これまでの血液と血管内皮の相互作用を熟知することで、CAR-Tに新しい力を加えることができることを示した、重要な研究だと思う。すでに、Her2を標的にしたCAR-Tに応用する準備が着々と進んでいるようで、うまくいくのを期待したい。現在でも、まだまだCAR-Tの効果が期待できない腫瘍は多くある。ガン組織中の血管内皮を熟知することで、同じようにガン組織特異的T細胞の浸潤をガイドできるようになるかもしれない。CAR-Tはまだまだ大きく進化していく予感がある。
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