11月20日 栄養の摂取は難しい:大豆ミルクに含まれるエストロゲン類似物質の影響(European Socienty of Human Reproduction and Embryology掲載論文)
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11月20日 栄養の摂取は難しい:大豆ミルクに含まれるエストロゲン類似物質の影響(European Socienty of Human Reproduction and Embryology掲載論文)

2018年11月20日
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豆乳を離乳食に利用することは少なくとも我が国ではあまり問題にされたことはないようだ。今、顧問先の若い研究者と、赤ちゃんに勧められる食品の勉強をしているが、わが国を含め遺伝的に乳糖不耐症の多い国では当然の選択肢として個人的にも考えていた。しかし、どんなにオーガニックであったとしても、豆乳ですら一定の危険性を持つ可能性があることを、今日紹介する米国の国立環境健康科学研究所からの論文を読んで思い知った。タイトルは「Soy-based infant formula feeding and menstrual pain in a cohort of women aged 23-35 years (大豆からできた乳児用ミルクの摂取と23−35歳時での生理痛)」だ。

大豆にはPhytoestrogen(植物エストロゲン)が含まれており、エストロゲン類似作用はあるがその程度は低く、普通に飲む程度では問題はないと思っていた。ところが、不勉強で全く知らなかったが、植物エストロジェンも乳児期に摂取すると、生殖組織の変化につながる危険があることがこれまでも指摘されていたようだ。

この研究は、おそらく乳糖不耐性のために大豆ミルクを利用する確率の高い黒人女性を対象にしたコホート研究参加者に、乳児期に大豆ミルクを摂取していたかどうかを聴取し、これが成人後の生理痛と相関するかどうかを調べている。詳細を省いて、結果だけを述べると、1553人の対象者のうち、豆乳ミルクを乳児期に摂取したことがある女性が198人と、11%を占めている。結構高い比率だ。

まず、初経後5年以内に生理痛で薬剤を飲んだ比率は、大豆ミルク群で20%高い。
そして、強い生理痛でピル(もともと生理痛に対して開発されている)を服用せざるを得なかった率は、大豆ミルク群で70%上昇している。
また、18−22歳の間で生理痛がいつも起こって困ったという経験を持つリスクは50%大豆ミルク群で上昇している。

以上が結果で、母数を考えると、もっと大規模な調査をぜひ続けて欲しいが、乳児期の大豆ミルクの使用には今の所は慎重になった方がいいという結論になる。多くの人は、なぜ乳児期に限った経験が成人してから影響を持つのか不思議に思われるかもしれないが、エストロゲンがエピジェネティックな変化を誘導する力、すなわち一回の経験で遺伝子発現パターンを長期間変化させる力は強いと考えられるから、個人的には十分あり得ると思う。とすると、他の変化も誘導されている可能性もある。早急に、大規模な疫学調査が行われることを期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月19日 芸術家のキャリアパスの悲しい現実(11月16日Science掲載論文)

2018年11月19日
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絵を見るのは好きだが、大学に勤めている時に自分で買うという気持ちになることはなかった。ただ、CDBに移ってからは、研究所の廊下の潤いのために絵を出血サービスでレンタルしてくれる画廊と知り合いになった機会に、レンタル料をディスカウントしてもらっている埋め合わせにと、自分でも年に1枚ぐらい気に入った絵を買うようになった。10年で我が家に飾る場所は無くなってしまったが、幸いその時は現役を退くことになり、お礼に絵を買うということも必要なくなった。ただ、買うという気持ちになることで、絵画の市場が存在し、自分もそこに参加できるのだという実感が持て、精神的満足感の高い経験だったと思う。しかも、その満足感は、毎日部屋の壁をフッと見る時、蘇ってくる。

この経験はささやかとはいえ、買い手の立場だが、画家の立場から市場がどんな役割をしているのか、すなわち鑑定の根拠は誰でも知りたい問題だ。この問題を徹底的に調べ、画家のキャリアパスがどう決まっているか調べたノースウェスタン大学からの論文が11月16日号のScienceに掲載された。タイトルは「Quantifying reputation and success in art (芸術での評判と成功を定量化する)」だ。

最初から金を稼ぐために画家を目指す人はそう多くないと勝手に思っているが、しかし画家を続けていこうとすると、当然、多くの展覧会のチャンスがあり、作品が高い値段で売れる必要がある。しかし、そんなチャンスをどうして作ればいいのか、画家を目指す人にとって最も重要な問題だと思う。

この研究では世界中の美術館や画廊を、特に互いに作品を交換したりするネットワークの強さで計算している。もちろんこのネットワークに、画家の展覧会なども入る。もちろん日本の森美術館など、地理的に離れている機関は必然的にネットワーク上の関係性が低下する。何れにせよ、ネットワークの強さは、扱う絵の価格や、伝統など様々な指標で行ったAからDのランキングによく対応する。Aには米国のMOMAやグッゲンハイムが入り、逆に半数はDランクになる。

このように芸術家の市場を定義した上で、どの機関で最初の5回の展覧会を行なったのか調べ、その後の活動状況や名声を展覧会や絵の価格度をもとに調べている。この研究では、1950年から1990年に生まれた芸術家で、少なくとも10回の展覧会を行った31794人について調べている。

結果だが、要するに厳しい現実がよくわかる。まず、最初が肝心で、最初の展覧会がトップ20%の画廊や美術館で最初の5回の展覧会を開催できた芸術家の40%が10年後も同じランクの機関で展覧会を行なっている。このランクの4058人の芸術家のうち59%は生涯ランクの高い機関と関連を持つことができるが、最初のランクが低いと、そこから高いランクに登れるのは10%にすぎない。最初の展覧会でのランキングが低いと、実際10年後に活動できているのは14%に過ぎない。勿論画廊のランクだけでなく、展覧会を開ける回数もトップランクでは2倍多く、外国でも展覧会を開き、絵も高く売れる。

これらのデータからモデルを作り、それぞれの芸術家のキャリアパスを予想することすらできることも示している。ほとんどの人はあまり知りたくないモデルだ。結論としては、芸術家のキャリアは最初の展覧会で決まるという話で、基本的には最初からランクの高い機関で展覧会を開催するコネを作ることが大事だということになる。従って、世界規模のランキングの高い機関が多い国ほど、画家はこの世の成功を得るチャンスが多いというわけだ。現在では当然米国が一番市場としての価値は高そうだ。

ただよく考えると、同じことは科学者の世界にも言える。特に、相互のつながりを指標にランキングをつけることで、かなり正確な機関や個々の研究室の評価ができるような気がする。もちろん芸術家にしても、科学者にしても、機関との関係だけで話が決まるわけではないが、これからキャリアを積もうという若手は、ある程度現実を知った方がいいのかもしれない。それでも、そんな世間のことを気にせず、自分の能力を信じて新しい世界にチャレンジする若手が出てくることも望む。実際、この研究で調べているのは、極めて短い期間の話で、本当の天才の評価を目的にはしていない。評価は難しい。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月18日 意外と平穏だった?ネアンデルタール人の生活(Natureオンライン版掲載論文)

2018年11月18日
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私がドイツに留学していた1980年代、ネアンデルタール人というと、誰が考えたのか、色の黒い黒髪の人種として描かれていた。はっきり言って、人間が深層心理の中に潜む差別の思想がそのまま現れていたのだろう。しかし、もうそのような博物館はおそらく存在せず、ネアンデルタール人は色が白い、青い目をした、様々な毛色を持った人種として描かれるようになった。

同じように、考古学はこの厄介な思い込み、深層心理に影響されていることを示す論文がドイツチュービンゲン大学からNatureに報告された。タイトルは「Similar cranial trauma prevalence among Neanderthals and Upper Palaeolithic modern humans (ネアンデルタール人と旧石器時代の現生人類での頭蓋骨の障害頻度に変わりはない)」だ。

専門外の私たちが、頭蓋骨折したネアンデルタール人の骨格を見せられると、まず争いが絶えなかったのではと考えてしまう。そして、現在より遥かに寒い氷河期に命をかけてマンモスを追いかけている姿を想像しながら、食べるために厳しい生活を強いられていたのではと考えてしまう。しかし、このような思い込みは、専門家にもあったようで、ネアンデルタール人の骨が損傷を受けている確率が高いことから、彼らが厳しい生存環境での生活を強いられていたと言うのは通説だったようだ。

今日紹介する論文の著者らはこの通説の根拠を検討し、多くの論文が骨格に残る損傷の跡から大きな怪我をする頻度を科学的に推察したわけではなく、研究者の限られた経験の中から導き出された個人的印象に過ぎないことに気づく。さらに、比較の対象も、ずっと時代が進んだ後の狩猟採取民で、同じ時代に同じ場所で暮らしていた旧石器時代の現生人類ではないことも指摘している。

この研究では、文献で記載されているユーラシアから出土したネアンデルタール人と、旧石器時代の現生人類のデータを集め、損傷だけでなく、死亡時の年齢、性、保存されている骨格の割合、出土地域など詳細に調べ上げ、層別化した頭蓋損傷率を計算している。

その結果、ネアンデルタール人では14/295、現生人類では25/541が全骨格から計算した頭蓋損傷の頻度で、大きな違いがないことが分かった。さらに、集めたデータを性別、あるいは年齢などで層別化してさらに両者を比較している。

さて結果だが、基本的にネアンデルタール人と、現生人類の間に、頭蓋障害を受ける頻度は変わらないという結論だ。とはいえ、現代人からみると、5%に近い人が損傷を受けているというのは過酷な生活だったのではと思う。

統計的な優位差は強くないのだが、一つだけ両者で異なる点が面白い。すなわち、損傷を持ったネアンデルタール人は若い年代で死亡している人が多く、一方現生人類は年齢での差がない。ネアンデルタール人は損傷を受けると、生存する機会が少ないためにこのような結果になっているのか、あるいは若い年代だけが危険な状況にさらされていたのか、様々な可能性が考えられるが、答えを知るには、他の場所の骨折の解析や、損傷部位の医学的分析も含めたさらに詳しい解析が必要だろう。

いずれにせよ、通説を信じないで、もう一度当たり前と思っていることを問い直してみるだけで、特に何か新しいテクノロジーを使わなくともNatureに掲載されるたことは、若い研究者の励みになるだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月17日:すすむ疾患の低頻度変異探索 (11月29日号Cell掲載予定論文)

2018年11月17日
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例えば血友病のように、ひとつの遺伝子に起こるアミノ酸が変わる変異による単一遺伝子病は数多く存在しているが、その変異の頻度はとても低い。これはその遺伝子が集団の中で自然選択されているからだ。一方、動脈硬化など多くの人がかかる病気も、一定の遺伝的背景が想定され、またゲノムによるリスク診断が行われるが、これらは比較的頻度の高い遺伝子変異が組み合わさっておこる。このような変異をコモンバリアントと呼んでいる。ただ、動脈硬化や糖尿病などは生活習慣の寄与度が高く、遺伝子からだけでは発症予測は難しい。しかし、環境要因はそれほど高くないと思われる多遺伝子病でも、遺伝子から高い確率で発症予測をできるまでには至っていない。この一つの原因は、これまで明らかになっている疾患と相関する遺伝子変異のほとんどが、研究対象になった患者さんの数からコモンバリアントでとどまっており、稀な変異が発見されていたからと考えられている。幸い、ゲノム検査が日常になり、何らかのゲノム検査を受けた人の数が1千万人に近づいている今、大規模な疾患に関係する遺伝子変異の探索が改めて行われ、成果が出始めている。

今日紹介する国際多発性硬化症コンソーシアムからの論文は、神経細胞のミエリンに対する自己免疫病多発性硬化症と相関する遺伝子変異を大規模に、高い精度で特定しようとした研究で11月29日号のCellに掲載された。タイトルは「Low-Frequency and Rare-Coding Variation Contributes to Multiple Sclerosis Risk(多発性硬化症発症リスクになる低頻度の稀なタンパク質コーディング領域の変異)」だ。

最近稀な変異の特定が進んだのは、数万人規模でタンパク質をコードする全遺伝子の解読(エクソーム検査)が行われるようになったおかげだが、コストや情報解析の点で困難が伴う。この研究ではエクソーム検査でリストされたほとんどの変異をDNAアレーで調べられるようにした安価なDNAアレーを用いて稀な変異を含め多発性硬化症に関わる遺伝子変異を探索している。調べられた患者さんの数は3万3千人でヨーロッパ、オーストラリア、アメリカで行われているコホートが集まって研究している。

この研究により0.2%−5%の頻度で患者さんの中に存在する変異が見つかっており、検索の規模をあげて調べることの重要性を示唆している。リスクへの寄与度を計算すると、稀な変異の方がコモンバリアントより遺伝的寄与率が高く、新しく発見された稀な変異で全体の5%の遺伝性を説明できることを示している。

重要なのは、これらの変異が他のコモンバリアントと連結していないこと、およびほぼ全てが免疫機能に関連している点だ。驚くことに、パーフォリンのようなキラー活性に直接関わる遺伝子など、他にも細胞障害性に関わる遺伝子が見つかった。他にも、自然免疫やTregに関わる遺伝子がリストされており、これらが疾患リスクに強く関わることは十分頷ける。

以上の結果は、このような稀な変異を中心に他の寄与度の低いリスク要因が集まるモデルを構築出来る可能性を示している。ただ、今回の規模では、まだまだ100%の病気を説明できていないので、さらに大規模の遺伝子検査が必要だと思う。おそらく、この延長には本当の意味での個人別の治療が存在するのだろう。これまで行われて来た遺伝子検査サービスも、おそらく新しくアップバージョンすることが必要になるだろう。その意味で、医学でも、遺伝子サービスでも、エクソーム検査に対応するDNAアレーが開発されることは大きな意義がある。また、稀な変異を中心にする疾患発症モデルは、多様な病気の成り立ちとともに治療標的についてもかなりの情報を与えてくれるように思う。そう考えるとそろそろ、プレシジョン時代に備えて、新しい医療保険やシステムの議論を始めた方がいいように思う。何れにせよ、外国人への門戸を開く我が国で、医療保険の根本的再構築は必須で、小手先の改革では破綻を食い止めることはできない。
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11月16日 人間の気分を支配する回路を特定する(11月29日号Cell掲載予定論文)

2018年11月16日
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私たちの行動を支配している最も大きな力は、知性ではなく、感情だ。実際、誰でも自己を認識できるのは、頭の中の思想を通してではなく、感情を通してだ。また、感情は過去と現在、更には未来の自己までつないでいる。当然脳科学の最大の問題だが、厄介なことに気分は刻々変化して、それを安定化させるために私たちは常に大きな努力を払わないといけない。PETやMRIが進歩して、感情に関わる辺縁系と呼ばれる脳の各領域についてはよくわかってきた。また長期に多くの神経活動を記録する方法が開発されてからは、動物の感情を支配する回路の研究も大きく進展してきた。ただ、残念ながら脳の奥の方にある領域の活動を、人間でリアルタイムにモニターすることは簡単ではなかった。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はこの刻々変わる気分に関わる回路を人間で特定しようとした研究で11月29日発行予定のCellに掲載される。タイトルは「An Amygdala-Hippocampus Subnetwork that Encodes Variation in Human Mood(扁桃体と海馬を結ぶネットワークが人間の気分の変化をコードしている)」だ。

実際どうして刻々変わる気分を脳レベルで記録できるのかと思うが、なんのことはない、脳内に電極を設置して長期間記録を続けている。これが可能なのは、てんかん発作が始まる場所を特定してその領域をできるだけ正確に取り除く治療法があり、この目的でてんかんが起こるまで電極を留置して記録が行われる。PETやMRIと異なり、実際の神経活動を長期間正確に測ることができるので、電極を設置した患者さんの許可を得て、さまざまな課題に関わる脳活動を調べるのに使われている。さらに、何故かてんかんが始まる場所は、辺縁系や海馬に多いので、感情の研究にはうってつけで(といってしまうと不謹慎だが)、このグループもこの機会をずっと準備していたと思う。

実際には21人のてんかん患者さんで海馬から辺縁系のさまざまな場所に電極を設置した患者さんを選び、長期間電機活動を記録する。この膨大な記録の中から、同期して一定のリズムで動く領域を選び出し、その活動の変化を長期間取り出して記録できるようにしている。この中で最も目立つのが、扁桃体と海馬がつながった回路で、特に13−30ヘルツの変化を示している。

これまでの研究から、おそらくこの回路を狙っていたと思うが、次に各患者さんの気分を刻々(20分毎)と点数で記録してもらっている。この時、落ち込んだ気分などは評価が難しいので、いい気分かどうかを指標で表してもらう。そして、刻々変わる気分の変化と相関する回路を選び出し、海馬と扁桃体の連結したセットのβ波活動が良い気分と逆相関するでことの特定に成功している。あとは、AIを用いて、この回路の活動から気分を予測できる定番の実験を行い、この結論が正しいことを確認している。そして、この回路の活動ははっきりしている患者さんと、特定できなかった患者さんを比べ、活動がはっきりしている人ほど、不安が強く、抑圧傾向を持っていることも明らかにしている。

人間で示されると、なるほどと納得できる論文だ。そしてこの結果から、このような回路を少しでも減らせれば、うつ症状をおさえられる可能性を示唆しており、今後深部刺激や、外側から磁場や電流を標的に照射するような治療が試みられるような気がする。人間の脳でも電極での記録がいかに大事かよくわかる研究だった。なんと言っても、この研究に参加していただいた患者さんに脱帽だろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月15日 ガンのチェックポイント治療は太っている人の方が効果がある?(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2018年11月15日
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私が学生の頃(1970年ごろ)は、体型から病気になりやすさなどの体質を予測できると考えるのが普通で、教科書も存在した。中でも、少し肥満の人でリンパ節や胸腺が肥大し、免疫反応が低い体質を胸腺リンパ体質と言っていたのを覚えている。その後このような根拠のない体質論議は消えた感があるが、代わりに肥満が一種の慢性炎症として、代謝だけでなく免疫機能にも影響がある事は広く認められるようになっている。肥満自体が新しい胸腺リンパ体質になった感があるが、肥満と免疫の関係の研究は結構盛んなようだ。

今日紹介するカリフォルニア州立大学デービス校からの論文は肥満とPD-1発現による免疫反応の抑制について調べた論文Nature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Paradoxical effects of obesity on T cell function during tumor progression and PD-1 checkpoint blockade (ガンの進展とPD-1チェックポイント阻害に関わるT細胞機能に対する肥満の逆説的効果)」だ。

確かに、タイトルを見るとなかなか面白そうだと思ってしまう。ただ、読んだ後は少し拍子抜けする論文だ。おそらく著者の頭の中にあったのは、今年の3月the Lancet Oncologyに掲載されたメラノーマの治療成績と肥満との関係について調べたテキサス大学からの論文(McQuade et al The Lancet Oncology 19:310, 2018)だと思う。この論文ではチェックポイント治療成績が肥満の患者さんの方がいいという成績が示されていた。この研究では肥満とがんに対する免疫を動物実験も交えてより包括的に調べようと考えた。

まず、12ヶ月令のマウスの肝臓に存在するT細胞を肥満マウスと正常マウスを比べると、肥満マウスでは細胞の増殖指数が低く、逆にPD-1を発現している細胞が2倍以上に達している。さらに同じことは、ヒトの末梢血でも確認できる。すなわち、肥満になると、T細胞がチェックポイント分子を発現し、増殖を停止し易いことがわかる。

このように免疫機能が肥満により低下するため、マウスに腫瘍を移植すると、肥満マウスでは癌の増殖が倍以上高まっている。肥満マウスではT細胞のかなりの割合がPD-1を発現し、発現遺伝子から見ても正常T細胞とは大きく異なり消耗しやすくなっていることから、ガンが増えやすいのも当然の結果だと言える。

 ではなぜ肥満になるとT細胞が消耗しやすくなるのか?肥満で上昇する一種の肥満ホルモンとして知られているレプチンのレベル肥満マウスやヒトで高まっている影響が疑われたので、レプチンに対する受容体の機能が低下したdb/dbマウスのT細胞を調べると、PD-1の上昇は見られない。さらに、T細胞の高原受容体を刺激してレプチンの効果を調べると、期待通りレプチンによりPD-1が倍以上に上昇する。

以上の結果から、肥満により分泌されたレプチンが、T 細胞の消耗を誘導すると考えられる。

そして最後に、この消耗をチェックポイント阻害抗体で食い止められるか、ガンを移植したマウスで調べると、肥満マウスではチェックポイント治療が高い効果を示す。これは、悪性黒色腫に限らず、肺がんでも同じ結果で、特にガンを選ばない。また、人間の直腸癌について調べると、肥満の人の腫瘍に浸潤しているT細胞はPD-1の発現が高く、また他の遺伝子発現でも消耗型のT細胞になっている。一方、チェックポイント治療は肥満の患者さんの方が高い効果を示している。

以上から、肥満によりT細胞は消耗しやすくなっているが、おそらくPD1陽性細胞の割合が大きく上昇しているため、チェックポイント阻害が高い効果を示すのだろうと結論している。ただ、消耗していても、抗PD-1で本当に再活性できているのか、ちょっと信じがたい気持ちも残っている。

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11月14日 生命以前の有機合成(Natureオンライン版形成論文)

2018年11月14日
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地球上の生命の発生の話になると、必ずパンスペルミア仮説、すなわち生命の起源となる有機化合物が、地球ではなく、宇宙に散らばる流星に運ばれて地球にやってきたとする考えを述べる人がいる。フランシス・クリックまでがこの説を支持しているとして、不思議と人気がある。ただ、私はこの考えが大嫌いだ。もちろん正しいか、正しくないかをおそらく検証することは難しいだろう。しかしこの説の最大の問題点は、地球以外の何処かで有機化合物ができたとして思考停止に陥る点だ。この説では結局問題は解決せず、では宇宙のどこで、どのようにその有機体が合成されたのかを答える必要があるからだ。結局地に足をつけて、多くの先達と同じ、地球上で有機体が作られる条件を探したほうがずっと生産的だ。2015-2016年にかけ、JT生命誌研究館のウェッブサイトに「無生物から生物が出来る(abiogenesis)ための条件」について、16回にもわたってさまざまな論文を紹介したが(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2015/post_000022.html  からhttp://www.brh.co.jp/communication/shinka/2016/post_000013.html)、これらの進歩を学ぶと、わざわざ宇宙に有機物の起源を求める必要など微塵もないことがわかる。

今日紹介するソルボンヌ大学からの論文も有機物は海底の熱水噴出孔で十分合成可能であることを示す論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Abiotic synthesis of amino acids in the recesses of the oceanic lithosphere (海中の岩石圏のくぼみの中でアミノ酸は生命なしに合成できる)」だ。

最初に断っておくが、生命の関与しない有機物の合成はワクワクする話題だが、かなり有機合成の知識が必要で、私の様な素人にはよく分からないことも多いので、有機化学反応の詳細についてはすっ飛ばして紹介する。

これまでの研究で、有機化合物のabiogenesisには蛇紋岩を多く含む熱水噴出孔が重要と考えられており、この研究もそのような条件を持った海底からさらにボーリングで170m掘り進んだ地層を調べ、鉄を多く含んだサポナイトの中に紫外線を当てた時、自然蛍光を発する有機炭素を検出することに成功する。そして、それがトリプトファンとそれ由来の分解物であることを特定する。

あとは、これが生物由来の有機物でないことを注意深く有機化学的に調べ、実際トリプトファンが存在する場所にはほとんどバクテリアがはまり込む大きさの穴が存在しないこと、また生物が存在するなら発見されてもいい有機物が全く存在していないことなどから、これがabiogenesisによる有機物であることを確認している。

その上で、トリプトファンが発見される粘土鉱物の性状から、この環境が実際の工業的窒素化合物の有機合成で用いられる条件に類似していることを突き止めている。この条件から(ここは理解できていないが)、トリプトファンを合成した化学反応がFriedel-Crafts反応と呼ばれる芳香族酸を合成する反応だろうと推察している。

以上、実際に有機化学的に説明が可能な形で、地球上にアミノ酸が存在すること、またこのabiogenesis過程の名残を受け継ぐバクテリアが蛇紋岩化がおこる環境に存在することから、生命誕生に必要な有機化合物は蛇紋岩化が起こる熱水噴出孔で起ったと考えるのが最も自然だと結論している。

現役の頃はほとんど読むことがなかった生命誕生の条件を探る研究が、少しづつではあるが着実に進展していることを実感する素晴らしい発見だと思う。
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11月13日 移民と腸内細菌叢 (11月1日号Cell掲載論文)

2018年11月13日
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現在ヨーロッパ、米国での最も重要な政治課題は移民問題だろう。ドイツのお母さんとしてあれほど支持されたメルケルですら、移民受け入れに寛容な政策を嫌われて、次の選挙では首相の座を降りることになった。一方、トランプもイギリスのブレクジットを推進した政治家も、移民制限を主張することで支持を取り付けている。

こんな政治風潮に合わせたかのように、ミネソタ大学からアジアから米国に移民した人たちが、米国の生活に適応していく様を腸内細菌叢の変化から調べた論文が発表された。おそらく時事問題としての面白さも考慮してCellのエディターも掲載を決めたのではないだろうか。タイトルは「US Immigration Westernizes the Human Gut Microbiome (米国への移民は腸内細菌叢を西欧化する)」だ。

米国へ移住したら西欧化するなど、当たり前に思えるが、実際何が腸内細菌レベルでの西欧化に当たるのかを知ることは重要で、確かに興味は惹かれる。

研究では東南アジアの山岳民族モン族とカレン族の女性で、1)現在タイの山岳地帯に住んでいる、2)タイで生まれた後、米国へ移住した、そして3)アメリカで生まれた、と異なる3グループの便を、体重などの健康データとともに集めている。便については24時間前からの全食事についても記載している。全部で500人を超す人についての検査で、実際には大掛かりな研究だが、手法自体は特別なものはない。便の細菌叢も一部の実験を除いて16S rRNAを用いており、全く当たり前の手法だ。

移民という状況を選んだのは、この研究が最初だと思うが、都市文明に侵されないで生きている様々な民族の腸内細菌叢については研究が行われており、粗食にも関わらず、腸内細菌叢は多様で、健康的な細菌からできていることが知られている。したがって、移民という状況でも大体予想がつくが、結果は予想通りと言っていいだろう。

まとめると以下のようになる。
1) 移住によって、土着のカレン、モン族それぞれ特有の細菌種は失われる。またこれまでの研究と同じで、細菌叢の多様性も、土着の生活で最も高く、移住により多様性が失われるとともに、肥満も進む。この多様性の低下は、米国滞在期間が長いほど低下していく。
2) 土着の生活に特徴的な細菌はPrevotella属で、移住とともに西洋型を代表するBacteroidesに置き換わる。
3) 米国に移住することで、植物中心の食事が変化するが、これに応じて炭水化物を分解する酵素がほとんど失われる。中でも、東南アジア特有の食事に関連するglucoside hydrolaseなどはすぐ失われる。すなわち、腸内細菌叢は食生活に密接に結びついている。
4) ただ、食習慣だけで説明ができない文化の差と言えるような差が細菌叢に存在している。
5) このような西欧化は移住後9ヶ月後から始まる。
話はこれだけで、腸内細菌から見た西欧化とはどんなことか、興味を持って読んだが、特に驚くような話は残念ながらなかった。また移民問題に細菌叢から何かアドバイスができるというわけでもなさそうだ。ただはっきりしているのは、アメリカに移住すれば、腸内細菌叢で見たとき、カレン族もモン族も結局トランプと同じアメリカ人になることは確かそうだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月12日 細胞内で転写因子を分解する(11月2日号Science掲載論文)

2018年11月12日
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DNAに結合して遺伝子発現を調節する転写因子は、化合物による機能阻害が難しいため、さまざまな病気に関わる分子であることが明らかになっても、薬剤を開発することが難しい。しかし例外も存在し、それが以前胎児の四肢形成異常の原因となることがわかり社会問題になったサリドマイドとその類似物質だ。現在、これらの化合物はリンパ球の発生と維持に必須の分子イカロスやアイオロスにタンパク分解システムをリクルートして、分解させることがメカニズムとして明らかにされ、現在も多発性骨髄腫を始めいくつかの白血病の重要な治療薬になっている。

今日紹介するハーバード大学からの論文はサリドマイド類似物の作用機構をさらに深めて、多くの転写因子を分解できる薬剤の開発を目指した研究で11月2日号のScienceに掲載された。タイトルは「Defining the human C2H2 zinc finger degrome targeted by thalidomide analogs through CRBN (サリドマイド類似物がセレブロンを介して標的にする人間のC2H2チンクフィンガー分解分子構造の解析)」だ。

サリドマイド類似物はセレブロンという分子と結合して、イカロスなどのチンクフィンガータンパク質(ZFN)に結合する。以前紹介したように、この時、サリドマイド類似物に他のタンパク質と結合する化合物を結合させて分解してしまおうという戦略の薬剤開発が行われているが(http://aasj.jp/news/watch/3472)、この研究ではサリドマイド類似物とセレブロンの結合体がイカロスなどの一部のZFNに結合する仕組みを詳しく解析することで、標的にできるZFNのレパートリーを増やすという方向で研究を行なっている。

まずサリドマイド、レナリドマイド、ポマリドマイドの3種類のサリドマイド類似物により分解されるZFN分子をスクリーニングし、11種類のZFを特定し、最終的にその中の6種類の異なるZFNがいずれの化合物によっても完全に分解されることを確認している。

次に、特定された分子の共通の構造、および3次元構造解析を行い、標的になるZFは予想以上に多様なセレブロンーサリドマイド類似物結合部位を持っていることがわかる。そこで、この多様な結合部位を分子間でシャッフルして調べ、この結合部位の特定のアミノ酸の組み合わせがあるときだけ分解システムをリクルートできることが分かった。

そこで、こうして特定したセレブロンーサリドマイド類似体と結合できるアミノ酸の組み合わせを持つZFNがさらに50−150種類データベースの検索から見つかる。その中からいくつかのZFNをピックアップして生化学的に調べると、約8割の確率で予測されていることも明らかになった。すなわち、まだまだ多くのZFNを標的にすることが出来る。

さらに、合成した新しいサリドマイド類似物を用いてこうしたリストされてきたZFNの分解を調べると、標的になるZFNのレパートリーが変わることもわかり、それぞれのZFNごとの薬剤の開発も可能であることを示している。

以上の結果から、セレブロンとサリドマイド類似物という枠を守るだけでも、様々なZFNを標的にできることが明らかになり、現在行われている治療の副作用のメカニズム、およびイカロスなどとは異なるZFNを標的にした薬剤の開発が進む可能性がある。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月11日 肥満から肝硬変や肝臓ガンへ移行するメカニズム(11月29日発行予定Cell掲載論文)

2018年11月11日
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私のようにアルコールを欠かさず結構メタボという人間はともかく、アルコールを嗜まないのに脂肪肝(NAFL)になり、それがNASHと呼ばれる慢性肝炎そして肝硬変に移行したり、あるいは肝がんへと発展する厄介な病気がある。研究者も多く、かなりそのメカニズムは明らかになっている。これまでの理解をまとめると、肥満に伴う肝臓細胞の代謝の高まりが脂肪の酸化、ERストレス、炎症、そして活性酸素の生産を高め、肝臓を障害し始める。もちろん、自然免疫の高まりに対応して免疫細胞の浸潤が進み始めると正真正銘のNASHになる。そして、肝臓細胞のロスを埋めようと再生が繰り返す中で、肝がんが発生する。すなわち、肝がんはNAFLからNASHに連続した病気と考えるのが普通だった。

ところが今日紹介するオーストラリア・モナーシュ大学からの論文はNASHと肝がんは共にNAFLに起因しているが、異なるメカニズムで発生することを示した論文で11月29日発行予定のCellに掲載されている。タイトルは「Obesity Drives STAT-1-Dependent NASH and STAT-3-Dependent HCC (肥満はSTAT-1依存的にNASHへと発展し、STAT-3依存的に肝ガンを発生させる)」だ。

基本的にこの研究は、マウスの疾患モデルで、遺伝子ノックアウトを組み合わせてNASHや肝ガンへと発展する際の分子機構を明らかにするという戦略で行われている。

この研究ではまず、脂肪肝になると肝臓内の脱リン酸化酵素(PTP)が酸化により不活性化されること、そしてその中のPTP1BとTCPTPは人間の脂肪肝でも上昇していることから、これが脂肪代謝から肝臓病へと発展する引き金だと特定する。これらの脱リン酸化酵素はサイトカインの下流シグナルとして有名なJAK/STAT経路を抑制することが知られているので、肝臓でのSTATの活性を調べると、NASHではPTPが酸化により抑えられる結果、STAT-1とSTAT-3が上昇していることを明らかにする。すなわち、酸化ストレス、PTP酸化、PTP抑制、そしてSTAT活性化のシグナル経路が浮き上がってきた。あとは、これら一つ一つの疾患との関係を調べていけばいいことになる。

まずTCPTPを肝臓細胞でノックアウトできるようにしたマウスで、高脂肪食を食べさせながらTCPTPをノックアウトすると、リンパ球の浸潤も伴うヒトのNASHとほとんど同じ肝病変ができる。さらに、肝ガンも同じ様に誘導される。従って、TCPTP機能抑制と高脂肪食が合わさると、NASHや肝ガンの引き金が入ることが確認された。一方、脂肪食だけではNASHや肝ガンまでは発展しないので、人間の場合何らかのきっかけでTCPTPの活性が低下することが引き金になる。

ここまではこれまでのシナリオを支持するように思えるが、この後STAT-1およびSTAT-3を別々にノックアウトする実験系で、STAT-1をノックアウトするとNASHが、STAT-3をノックアウトすると肝ガンの発生を別々に予防出来ることを示し、これまでの通説だった、肝ガンの発生にはNASHとリンパ球の浸潤を伴う慢性炎症が必要であるというシナリオを完全に覆した。すなわち、TCPTPという入口が同じなため、一体化して見えていたNASHと肝ガンも別のプロセスとして考えたほうがいいという結論だ。

特に新しいテクノロジーを使っているわけでもなく、古典的な研究だが、当たり前として疑われなかったシナリオを書き直した面白い研究だと思う。脱リン酸化酵素の活性を上げるか、STATの活性を下げる工夫をすることで、治療可能性に繋がって欲しい。
カテゴリ:論文ウォッチ