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7月27日 キリスト教が新しい地域に受け入れられる条件(Nature Human Behavior 7月号掲載論文)

2018年7月27日
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全ての世界宗教は、最初は地域宗教だった。もちろんキリスト教も例外でなく、最初はイエスが始めたユダヤ教の小さなセクトだった。新約聖書を読むと、前半はイエスの生涯と思想についての伝聞と言える4つの福音書だが、後半はユダヤ人でありながらコスモポリタンでもあったパウロの様々な地域に住む信者に対する書簡が占めており、キリスト教が民族宗教を超えた普遍的、世界的宗教へと発展する萌芽を読み取ることができる。ただ、何度も迫害を受けていた、「この世の王」を認めない個人の宗教が、世界宗教へと発展できたのは、コンスタンチヌス1世によりローマの国教と定められ、政治と一体化できたからだという議論は今も続いている。事実、三位一体、テオトコス(マリアは神の母)などの重要な概念は、キリスト教がローマ帝国と一体化する中で、様々な異なる教義を異端として排除する過程で生まれており、個人的にはローマの文化をキリスト教も受け入れることで、新たな発展を遂げたのではと思っている。

こんな話は歴史学の問題かと思っていたら、ハワイを含むポリネシアの様々な社会にキリスト教がどう受け入れられたのか数字で検証しようとするドイツ、オーストラリア、ニュージーランド、英国の大学が共同で発表した論文を読んで、驚いた。論文のタイトルは「Christianity spread faster in small, politically structured societies(キリスト教は政治的に構造化されているサイズの小さな社会で浸透が早い)」で、7月号のNature Human Behaviourに掲載された。

この研究では、南アジアとポリネシアの島々(Austronesianというらしい)に存在する70の独立した地域で、キリスト教が伝えられてから受け入れられるまでの時間と、各地域の社会経済的構造を比べ、特に政治と一体化することの効果、および貧富の格差が世界宗教の浸透に必要かの2点を中心に調べている。

これらの島々にキリスト教が伝えられたのは、1668年から1950年にかけてで大きく異なっているが、全ての地域で50%の住民がキリスト教を受け入れており、それにかかった年数は、たったの1年から、203年まで、これも大きく異なっている(平均では25年と想像以上に早い)。この受け入れまでの年数をアウトプットとして、70地域の様々な社会要因との相関を見ている。結局有意な相関を示したのが、人口、政治体制、文化的隔離性、伝搬時期の4つで、驚くことに貧富の差は全く相関していない。

もう少し詳しく説明すると、
1) 階層的で複雑な政治体制がある方が、伝搬速度は速いが、一般的に考えられているように経済的不平等が伝搬速度を高めることは全く観察できない。ただ、この相関も全く政治的階層のない、キリスト教の浸透に200年近くかかった2つの特殊な地域を除くとはっきりしなくなる。
2) 他の地域との交流がない地域ほど伝搬速度が速い。
3) 伝搬時期が新しいほど(文明のギャップが大きいほど)、伝搬速度が早い。
4) 地域の人口が少ないほど伝搬速度が早い。

全体をまとめると、「小さな社会で政治的指導体制がはっきりしている社会ほどキリスト教の受け入れが早い」が結論で、宗教の浸透も、文化の伝搬と原理を共通にしていると主張している。

とはいえ、ある島では宣教が始まって1年で、地域のほとんどが改宗したケースがある一方、多くの宣教師が殺され、受け入れに65年もかかり、住民の30%が今も古来の宗教を持っている場合もあり、数字の有意差だけで理解できないケースも多い。また、宣教自体も技術的に進歩しており、長年の歴史を通して最初から政治的リーダーを狙って近代文明の伝達とセットで行われることが多く、この結果を普遍的な現象とするには、我が国を含め、キリスト教が広がりを見せなかった国々での同じような検討が必要だと思う。

最近、新しい世界文化遺産に長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産が選ばれ、地元の期待を集めている。わたしも熊本大学で働いていた時代、1日かけて天草の教会群を車で回ったが、今も集落の中心として教会が生きているという印象を強く持った。ほとんどキリスト教が根付かなかった日本にあっては、これらの村々でのキリスト教のプレゼンスは高く、全く新しい宗教が受け入れられ、根付く過程を理解するための重要なモデルになるのではと素人ながらに思う。世界文化遺産になったのを機会に、是非研究が進むことを期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月26日: RETT症候群の新しいモデルマウス(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2018年7月26日
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7月24日共にMECP2遺伝子の変異によって起こるレット症候群支援機構とMEPC2重複症候群患者家族会のメンバーを迎えて、「レット症候群について最新の総説論文を読む」というタイトルでAASJチャンネルを放送した(https://freshlive.tv/aasj/224195)。患者さんの家族だけでなく、医学に関わる多くの人に見て欲しいと思っている。わたし自身は、両方の病気とも、そう遠くない将来、様々な治療法が開発されるのではと予想している。ザッカーバーグ夫妻の基金もこの疾患を重点項目に研究助成を行なっており、論文を読んでいると本当にいい研究がトップジャーナルに掲載されている。

例えば今日紹介するハーバード大学からの論文もそのうちの一つだろう。タイトルは「Tsix–Mecp2 female mouse model for Rett syndrome reveals that low-level MECP2 expression extends life and improves neuromotor function(レット症候群のマウスモデルTxix-Mecp2メスマウスは低いレベルのMECP2発現を維持することで寿命が延び神経機能が改善することを明らかにした)」だ。

MECP2遺伝子の変異で起こるRett症候群も、MECP2重複症も、研究に必要な動物モデルが着々と整備され、それを用いた治療実験もアメリカを中心に進んでいる。ただ、MECP2の機能不全型突然変異によるRett症候群では、MECP2遺伝子がX染色体に乗っているため、X染色体不活化と呼ばれる機構により、半分の細胞は正常、残りの半分が変異を持つという複雑な状態が作られる。このため、異常細胞でももう一方のX染色体を再活性化することで病気を治療できるのではと考えられ、またそれを裏付ける動物実験も成功している。しかし、実験しやすいマウスのRettモデルでは、ヒトと比べると症状が軽い。これは、異常細胞が組織形成に参加する率が一定でないためで、実際人間のRett症候群も症状のバリエーションは高い。

今日紹介する論文は、MECP2だけでなく、X染色体の不活化に関わる分子に導入した変位をMECP2の変異と組み合わせることで、MECP2の突然変異を持つ細胞と、持たない細胞の比率を変化させ、症状の強さが異なるマウス系統を作成することに成功している。このおかげで、正常MECP2レベルと症状の強さの関係を詳しく調べることができるようになっている。今回作成されたTsix領域のCpGアイランドに外来遺伝子を導入したマウス系統では、正常細胞の組織寄与率が5%以下になっており、症状に貢献する正常細胞と異常細胞の比率についても重要な情報が得られているとともに、これまでマウスモデルではうまく再現できなかった運動機能の低下なども症状として再現できるようになった。実際には、2種類のモデル系統が作成され、最も症状の重い系統が、人間のレット症候群に最も近いモデルとして使えることを明らかにしている。特に重要なのは、反復行動や、自傷作用をマウスで再現できた点で、これが生後100日以上経った後現れることは、成長とともに脳回路が変化していることを示している。

以上かなり省略して紹介したが、要するにXsixの変異と組み合わせることで、人間に近いRett症候群モデルが出来上がったという話で、今後はこのマウスを用いてさまざまな問題を確かめることができるだろう。マウスと人間をそのまま比較するわけにはいかないが、私が最も驚いたのはMECP2が機能しない細胞がかなり減らないとヒトの症例と同じような症状が見られない点だ。逆にいえば、ほんの少し後押しすれば、正常の発達が可能になるかも知れない。MECP2遺伝子の変異については、着実に研究が進んでいるのを実感する。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月25日 グルタミンが鎌形赤血球の治療薬になる!!(7月19日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2018年7月25日
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鎌形赤血球症は、アフリカやインドに住む集団に維持されてきたβヘモグロビンの遺伝病で、突然変異のために赤血球の形態が西洋の鎌のような三日月型を取ることから名前が付けられた。これだけ聞くと、普通の遺伝疾患のイメージがあると思うが、実際にはこの赤血球の形態のおかげでマラリア原虫の感染が防げるため、マラリアが現在も蔓延するアフリカなどでは、このヘモグロビンを持つ人たちが生殖優位性を持ち、マラリアが蔓延する地域ではこの遺伝的変異が積極的に維持され続けてきた。

この鎌形赤血球の特異な形状は突然変異したヘモグロビンが重合することにより起こるが、その結果鎌状赤血球ではNAD/NADHの酸化還元バランスが低下している。このバランスは、NAD合成の原料となるグルタミンを投与することで正常化することが指摘され、これまで治験が行われてきた。

このようにわかったように書いてきたが、全てこの論文を紹介するためのにわか勉強で、私自身は鎌形赤血球症ついてはほとんど知らず、ましてやそれをグルタミンで治療できることなど想像もしなかった。そんな私にとって、グルタミンが治療薬として治験されているというこの論文のタイトルは驚きで、それだけで選ぶことになった。

今日紹介するUCLAからの論文はグルタミンを投与して鎌形赤血球の最大の症状激痛発作が抑えられるかを調べた第3相試験で7月19日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「A Phase 3 Trial of l-Glutamine in Sickle Cell Disease(鎌形赤血球症のl-グルタミンによる治療の第3相試験)」だ。

もちろんグルタミンは根本治療ではなく対症療法で、要するに、鎌形赤血球により起こる血管の閉塞による激痛発作を治す試みで、これまで一般治療として行われているhydroxyureaとの併用を前提に行われた、2重盲検無作為化試験で、激痛の発作を減らすことができるかを評価ポイントとして行われている。230人の患者さんが2群に分けられ、48週間、2日に一回0.3g/kgのグルタミンを服用して、その間の激痛発作の数を調べている。

さて結果だが、48週間で激痛発作回数が平均で3.9回から3.2回に減る。また、痛みにより入院する回数は3回から2.3回に減る。さらに、治療を始めてから最初の激痛発作が起こるまでの日数は、偽薬の場合54日だったのが、グルタミン投与では84日に伸びる。これらの結果から、グルタミン治療は有効と判断している。しかし、50Kgの人で2日で15gもグルタミンを摂取して大丈夫なのかが気になる。確かに、倦怠感、四肢痛、背中の痛みなど明らかにグルタミンで高い副作用はあるが、耐えられる範囲だとしている。

話はこれだけで、確かに統計学的有意差が出ているが、素人には実際の診療上意味があるのか気になるところだ。とはいえ、安いグルタミンで痛みが少しでも抑えられる事はアフリカなどでは重要な結果だと思う。そして何よりも、グルタミンが治療薬として使えることを発見できたことに感心した。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月24日: チェックポイント治療の効果とMHC発現(7月18日号Science Translational Medicine掲載論文)

2018年7月24日
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メラノーマはチェックポイント治療が最初に認可された腫瘍で、経過や治療中のバイオプシーによる組織検査ができた症例が多く蓄積されている。現在これらの蓄積が解析され、チェックポイント治療効果の予測を可能にするバイオマーカー探しが行われている。他のガンも含め、このような蓄積からチェックポイント治療選択の新たな条件が決まっていくと期待出来る。

そんな典型例がボストン・ダナファーバーガン研究所から7月18日号のScience Translational Medicineに発表された。タイトルは「MHC proteins confer differential sensitivity to CTLA-4 and PD-1 blockade in untreated metastatic melanoma(MHC分子は転移メラノーマのCTLA-4及びPD-1阻害治療に対する感受性の違いの原因になっている)」だ。

この研究は多くの進行したガン細胞でクラスI-MHCの発現が0-100%まで大きく変化している事に気付き、この発現とガンに対するチェックポイント治療効果とが関連しないか調べようと着想している。重要なことは、このMHC発現の多様性は遺伝子変異で説明できない点だ。クラス Iに対し、クラスII抗原は一部のガンでで発現しているだけだった。

次に、チェックポイント治療の経過とMHCの発現の相関を調べている。このコホートでは、anti-CTLA-4抗体(IPI)とanti-PD-1抗体(NIVO)を組み合わせる時、どちらを先にするかとMHCとの関わりを調べている。面白いことに、 IPIを先にした時は、あきらかにクラス Iの発現と強い相関を示す。すなわち、発現が高い方が予後がいい。ところが、NIVOを先にした場合はクラスI抗原との相関はほとんど無くなる。一方、クラスIIで見ると、NVOから始めた場合に高い相関を示し、半年以降死亡例がない。これらは最終的に両方の抗体が組み合わせられるプロトコルだが、IPI単独の場合も調べ、この場合もクラスIの発現と予後が強く相関する事を示している。

最後に、自然免疫やクラスI発現と相関するインターフェロンにより誘導される遺伝子群との相関を見ているが、この場合はNIVOから始めたときだけ高い相関が見られる。この時誘導されてくるリンパ球との相関も調べており、NIVOからスタートした時だけ、γδT細胞やNK細胞の数がクラスIが低いと高まっている。これは、クラスIが低くてもγδT細胞やNK細胞が補っていることを強く示唆している。

実際、NIVOから始めた時クラスIは必要ないのかと驚いてしまう。いろいろ理屈はつくだろうが、なぜこの結果になるかはよくわからないと思う。要するに、CTLA4阻害による場合は、クラスI+ガンのネオ抗原が必須だが、PD1阻害の場合は、クラスIIによる刺激と自然免疫系をうまく使いながら、ガンを殺していることがわかる。この結果から考えると、バイオプシーをしてクラスIIと炎症マーカーが強い人は、まずNIVOから初めて、その後必要に応じてIPIにスイッチするのが良いという結果だ。どちらにせよ、この論文では、療法を組み合わせた方が間違いなく予後がいいという話になっている。幸い、同時に2種類を投与するのではなく、順番を考えている点から考えても、抗体療法の経済的側面も考えた治療法が出来上がりつつあることがよくわかる。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月23日 胸腺にもTuft細胞が存在する(Natureオンライン掲載論文)

2018年7月23日
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消化管や気管のような内胚葉由来の上皮組織には、アピカル面に絨毛がびっしり生えていることからTuft(房)細胞と名付けられた細胞が存在することが古くから知られている。Tuft細胞の形態学的特徴が味を感じる味蕾細胞に似ていることから、Tuft細胞も化学物質を感知する能力を持っているのではないかと検索が行われ、確かに味を感じるシグナル経路に関わる分子が発現している事が明らかになっている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は同じようなTuft細胞がなんと胸腺の上皮にも存在し胸腺内のT細胞選択に重要な役割を演じているという研究でNature にオンライン出版されている。タイトルは「Thymic tuft cells promote an IL-4-enriched medulla and shape thymocyte development (胸腺内のTuft 細胞はIL-4が強く発現した胸腺髄質を促進してT細胞分化を指示する)」だ。

胸腺髄質の上皮細胞は転写因子Aireの発現しているが、この研究ではAireを発現した細胞を標識して追跡する実験を行なっていたとき、味覚センサーを発現し、IL25を分泌する消化管や気管のTuft細胞と同じような細胞が存在することを発見する。

そこで小腸のTuft細胞を精製して遺伝子発現を比べると、Tuft細胞に分類できるだけの共通性は持っているが、例えば小腸のTuft細胞では発現のないクラスII MHC分子を発現している。また、胸腺のTuft細胞はさらに多くの化学センサーを備えていることも明らかにしている。これらの結果から、胸腺にもTuft細胞は存在するが、内胚葉臓器とは異なる新しい種類のTuft細胞として分類できると結論している。

次に胸腺Tuft細胞の発生について調べ、HipK2とPou2f3分子が胸腺上皮の中でもTuft細胞分化特異的に必要だが、この細胞が欠損しても胸腺全体の構築などは大きく影響を受けない。しかしよく調べるとEomesodermin陽性のCD8細胞とともに、NKT2細胞が低下して、IL-4の分泌が髄質で低下する状況が生まれている。面白いのは、同じような異常が化学センサー(味センサーといってもいい)の構成分子Trpm5欠損マウスでも誘導される点だ。すなわち、Tuft細胞のT細胞分化に関わる機能が発揮されるためには、この分子を介したセンシングが必要であることを示している。また、Tuft細胞をnude mouseに移植する実験から、この細胞が発現する自己抗原による免疫寛容誘導にも関わることも示している。

腸管内のTuft細胞はIL-4依存性のタイプ2免疫反応の誘導に関わることがわかっているが、以上の結果は胸腺内でもTuft細胞は特殊な環境を提供して、NKT2細胞やeomesodermin陽性CD8の分化、そして自己抗原に対する免疫寛容に関わることを明らかにした面白い研究だと思う。Tuft細胞に似た細胞が胸腺にあるだけで驚くが、ここまで複雑な選択に関わっているとすると、免疫の制御がいかに難しいかよくわかる。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月22日:腎臓ガンの新しい標的(7月20日号Science掲載論文)

2018年7月22日
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ガン治療というと免疫がその中心に躍り出た昨今だが、若干心配するのは、免疫の力に目がいきすぎて、ガン本来の生物学がおろそかになることだ。確かに、標的薬を開発してもいつか耐性が出てくると諦めてしまうと、生物学的研究の意欲が削がれる。幸いこれは杞憂のようで、最近は代謝についての研究が多いとは思うが、一般的なガンの生物学の論文は今もトップジャーナルに掲載されている。

今日紹介するノースカロライナ大学からの論文は腎臓ガンの増殖に関わる新しいメカニズムを特定した研究で7月20日Scienceに掲載された。タイトルは「VHL substrate transcription factor ZHX2 as an oncogenic driver in clear cell renal cell carcinoma (VHL基質ZHX2転写因子は腎明細胞ガンの発がんドライバーとして働いている)」だ。

腎臓ガンと言えばVHL分子と言われるぐらい、VHLは7割以上の腎臓ガンで機能が欠損する重要な分子で、ユビキチン化に関わる分子だ。VHLはHIF分子を介して低酸素による遺伝子発現に関わることから、これが欠損すると細胞の低酸素反応がうまくいかなくなるため、腎臓ガンではVEGFを抑制して血管新生を抑える治療が比較的高い効果を示す。とは言え、薬剤抵抗性がほとんどの患者さんで現れる。この研究はHIFとは異なるVHLの基質を特定し、ガンの新しい分子標的として使えないか調べることだ。

即ちVHLに結合する分子を探すことになるが、私自身が最も驚いたのは分子を同定するためにこの研究で採用された方法だ。VHLがprolly-hydroxylation(pOH)を受けたHIFに結合することに注目し、VHLの基質はpOHペプチドによりVHLとの結合を阻害できるはずだと考え、なんと全ゲノムレベルのcDNAライブラリーを700のプールに分け、各プールを全て試験管内で翻訳させ、その時できたタンパク質をS35メチオニンでラベルする。このラベルされたタンパク質とVHLを結合させ、結合が見られたライブラリーの中で、pOHペプチドで結合が抑えられる分子を探索するという、先ず凡人には思いつかないというより、思いたくもない大変なスクリーニングだ。

その結果ついにこれまでも腎臓ガンで発現が高いことが知られていた転写因子ZHX2が特定されている。ご苦労さんと言いたいほどで、まさに遺伝子クローニングがこの研究のハイライトだ。

後は、この分子がVHLの欠損で高まり、VHL低下により発現が抑制され、多くの腎癌で発現が上昇していることを明らかにしている。そして、実際に腎臓がんの増殖に関わることを確認するため、shRNAでノックダウンを行った腎臓ガンで細胞の増殖が低下することを、試験管内およびガンを移植するモデルで確認している。

その上でこの分子がNFκb転写因子のコンポーネントp65と直接結合して、NFkb下流の多くの遺伝子の発現を調節していることを明らかにしている。即ち、この分子はVHLが欠損すると、発現が上がって、NFkbの活性化を促進し、これを通して細胞の増殖に関わることを明らかにしている。

ともかく久し振りに遺伝子クローニングの力仕事の論文を読んだ気がした。ただ、この分子を標的にする薬剤の開発は難しいように思う。しかし、腎臓がんの増殖にNFkbが関わっていることは重要で、免疫的観点から考えても、ガンでインターフェロン活性化をはじめとする自然免疫の刺激と同じことが起こっているように思う。腎臓ガンは他のガンと比べて、特徴的なことが多いが、この論文の結果はこれについても様々なヒントをくれているような気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月21日:ウイルスベクターを用いないで遺伝子編集を行い短期間で治療を行う(7月19日号Nature掲載論文)

2018年7月21日
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CRISPR/Casを用いたゲノム編集の臨床応用の足音が最近とみに大きくなってきた感がある。我が国では受精卵のゲノム編集の倫理問題を議論するのが盛んだが、両親に生殖能力があり受精卵が形成可能であるというシチュエーションを考えると、これを標的にゲノム編集を行うぐらいなら、着床前診断による胚選択の議論を深めた方が現実的だろう。この技術についての我が国の最大の問題は、この技術をより使いやすいものに変えていく自由な発想を持った研究者の数が少ない事だろう。例えばこの技術はテーラーメードの遺伝子治療に適している。そのためにはまだまだ改良の余地がある。

今日紹介するカルフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は短い期間で遺伝子編集を個別の患者さんに使うための基礎技術の開発研究で7月19日号のNatureに掲載された。タイトルは「Reprogramming human T cell function and specificity with non-viral genome targeting(T細胞の機能と特異性をウイルスベクターを用いずにリプログラムする)」だ。

CRISPR/Casの利用技術のほとんどは効率の良いウイルスベクターに頼っている。これは、DNAやRNAをそのまま細胞に導入すること自体が細胞に毒性があるのと同時に、何よりも遺伝子導入効率が他の方法では悪いという点がある。しかし、テーラーメード治療を考えると、ベクターを使うことによる時間的な損失は多い。特に、作ったベクターの安全性まで個々に確かめる必要があるとすると、時間だけでなく、コストも大きく跳ね上がる。従って、安全性が確保された方法で遺伝子などを直接細胞に導入する方法の重要性はベクター開発の進んだ現在でも変わることはない。

この研究は、CRISPR/Casを使ってもまだまだ簡単とは言えない遺伝子の組み換えをベクターなしに行うことを目指している。これまでの研究を基礎に、このために用意するのがCas9タンパク質、ガイドを含むCRISPR RNA, そして1kb近くの鋳型にする一本鎖DNAだ。Casタンパク質は予め用意できるが、他は治療ごとに用意する必要があるが、それぞれ1週間で完成できるとしている。

実際にはRNAとCas9を試験管内で結合させた後、鋳型になる一本鎖DNAと細胞に電気ショックで導入するだけだ。最初にRNAをCasと結合させるのと、一本鎖DNAを使うのがミソで、これで毒性はなくなり、T細胞の場合なんと組み換えで遺伝子を編集する効率が5割近くになる。

後は、この方法で実際の患者さんのT細胞を遺伝子編集して、細胞を大量に増やせるかを確かめるだけだ。このために、IL-2受容体の突然変異を持つため、免疫不全と自己免疫(抑制性T細胞が欠損する)が併発する患者さんのT細胞の突然変異を正常化できるか調べている。実際に置き換える必要のある部分は短かく、1kb以上の1本鎖DNAを用いる必要はないのだが、不思議なことに長いDNAを用いた方が編集効率が高い。おそらく毒性の問題だろう。いずれにせよ、3例全ての患者さんで、6−20%効率で遺伝子組換えによる正常化に成功している。この結果、機能的にも抑制性T細胞が出現している。更には、大きな欠損を伴う突然変異の正常化にも成功している。

次が当然のことながら、CAR-Tのようにガンに対するT細胞受容体の導入ができるかだ。実際には抗腫瘍T細胞のβ鎖全部と、α鎖のVJ部位を持つ1.5Kbの長い一本鎖DNAを鋳型にしてTcRαのC領域に導入している。実際の効率は12%でこれも実用レベルだ。さらに、人から取り出したT細胞を何日で調整できるかも行っており、遺伝子などの準備に1週間、細胞への導入と増殖に2週間と、3週間ほどで移植用のT細胞が調整できることを示している。

ベクターなしにここまでの効率が可能になると、一般的な免疫療法を提供している施設でも、必要な材料だけ外注して行う実現可能な治療になるのではと期待できる。
カテゴリ:論文ウォッチ

日本での希少難病治療薬開発の現状 その1

2018年7月20日
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 (1) 2017年に稀少疾患用医薬品として承認された新有効成分を含む医薬品

今年5月に製薬協の医薬産業政策研究所(政策研)が「新医薬品の承認状況と審査期間」として平成29年のまとめを公表しましたが、その新有効成分(NME)を含む医薬品の24品目の中に、稀少疾患用医薬品が8品目(33%)と高い比率で承認されていることが判かりました。

わが国での新薬承認の遅れ(ドラッグラグ)解消の手段として、平成21年に未承認薬・適用外薬検討会議が発足し、主要国での既承認薬について利害関係者からの申請によって、公知申請を受け入れるなど迅速審査に注力した結果、ドラッグラグはほぼ解消し、併せて多くの希少難病治療薬が承認されることになりました。

その後も医療上特にその必要性が高いと優先審査の適用が可能となり、実際に審査区分別の集計では、2017年に承認されたNMEのうち、通常審査品目が15品目(63%)、希少疾病用医薬品(全て優先審査品目)が8品目(33%)、希少疾病用医薬品以外の優先審査品目が1品目(4%)でした。過去10年間で見ると、希少疾病用医薬品の割合は全体の16~37%であり、2017年の33%は比較的高い割合でした(図3)。180604_稀少疾患治療薬承認状況

さらに、本年5月9日の厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会では、医薬品医療機器等法(薬機法)改正を見据え、「条件付き早期承認制度」や「先駆け審査指定制度」の法制化の検討が始まっています。薬価制度抜本改革が断行され、新薬創出等加算が抜本的に見直される中で、研究開発型企業を中心に薬事承認制度を含めた開発上のインセンティブを強く望む声が業界内からあがっていて、この日の制度部会でも業界代表が「条件付き早期承認制度、先駆け審査指定制度については、患者アクセスに有効な制度と考えている」と話し、法制化を要望しています。

厚生労働省は省令改正を行い、既に「条件付き早期承認制度」を導入しています。検証的臨床試験の実施が難しい場合や長期間要するケースについては、探索的臨床試験で一定の有効性・安全性が確認されたことで承認されます。承認自体は前倒しされることになりますが、承認条件としてRWD(リアルワールドデータ)の利用・活用などで、有効性・安全性の確認が求められます。さらに、難病や希少疾患などで患者数が少なく対照群を置くことが難しいケースでは、対照群の代わりにRWDを利活用することで、単群、少人数での臨床試験を可能にし、革新的新薬を早期に実用化することも視野に入り、短期間・低コストでの治験実現につながります。患者にとっても革新的新薬を早期に届けることが可能になるばかりか、製薬企業にとっては、短期間・低コストでの実施が期待できる、としています。

一定の要件を満たす画期的な新薬等について、開発の比較的早期の段階から先駆け審査指定制度の対象品目に指定し、薬事承認に係る相談・審査における優先的な取扱いの対象とするとともに、承認審査のスケジュールに沿って申請者における製造体制の整備や承認後円滑に医療現場に提供するための対応が十分になされることで、更なる迅速な実用化を図かろうとしています。

 (2) 2017年に承認されたNME含有稀少疾患用医薬品8品目の概要

5. ムンデシンカプセル(ムンディファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のフォロデシン(folodesine)は,PNP(プリンヌクレオシドホスホリラーゼ)を阻害し,細胞内に蓄積された2’-デオキシグアノシン(dGuo)がリン酸化され,2’-デオキシグアノシン三リン酸(dGTP)が蓄積されることにより,アポトーシスを誘導し,腫瘍の増殖を抑制すると考えられている。 創薬会社のバイオクリスト(BioCryst Pharmaceuticals)社は、米国(AL州)での癌、自己免疫疾患、ウイルス感染の治療薬が専門のバイオベンチャー。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/770098_4291050M1027_1_01.pdf

6. ニンラーロカプセル(武田薬品):

【効能・効果】再発又は難治性の多発性骨髄腫。 【薬効・薬理】有効成分の経口プロテソーム阻害剤イキサゾミブ(ixazomib)は、20Sプロテアソームのβ5サブユニットに結合 し、キモトリプシン様活性を阻害することにより、腫瘍細胞のアポトーシスを誘導し、腫瘍増殖を抑制すると考えら れている。

【添付文書】:https://www.takedamed.com/mcm/medicine/download.jsp?id=1212&type=ATTACHMENT_DOCUMENT

7.ケイセントラ注(CSLベーリング):

【効能・効果】血液凝固第IX因子として、ビタミンK拮抗薬投与中の患者における、急性重篤出血時、又は重大な出血が予想される緊急を要する手術・処置の施行時の出血傾向の抑制。 【薬効・薬理】有効成分のヒト・プロトロンビン複合体は、血液凝固第II・第VII・第IX・第X因子、プロテインC及びプロテインSを含有し、血液凝固第II、第VII、第IX及び第X因子は肝臓でビタミンKの存在下で生合成される血液凝固因子である。本剤は、ビタミンK拮抗薬の投与により減少したこれらの因子を補充することにより出血傾向を抑制する。

【添付文書】:http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/drugdic/prd/63/6343449D2020.html 

11. ジフォルタ注射液(ムンディファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のプララトレキサート(pralatrexate)は、葉酸からジヒドロ葉酸、及びジヒドロ葉酸からテトラヒドロ葉酸への還元反応を触媒するジヒドロ葉酸還元酵素を競合的に阻害することにより、腫瘍細胞のDNA合成を阻害し、腫瘍の増殖を抑制する。

【添付文書】:http://ptcl.jp/pdf/difolta.pdf 

12. イストダックス点滴静注剤(セルジーン):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のロミデプシン(romidepsin)は、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の活性を阻害する。HDAC活性阻害によりヒストン等の脱アセチル化が阻害され、細胞周期停止及びアポトーシス誘導が生じることにより、腫瘍増殖が抑制されると推測されている。 【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/380809_4291440D1026_1_01.pdf 

13. スピンラザ髄注(バイオジェン):

【効能・効果】乳児型脊髄性筋萎縮症(SMA:指定難病 3)。 【薬効・薬理】有効成分は、核酸医薬ヌシネルセンナトリウム(nusinersen Sodium: 分子量7500.89)で、そのヌシネルセンはアンチセンスオリゴヌクレオチドであり、SMN2 mRNA前駆体のイントロン7に結合し、エクソン7のスキッピングを抑制することで、エクソン7含有SMN2 mRNAを生成させ、完全長SMNタンパクを発現させることにより脊髄性筋萎縮症に対する作用を示す。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/630499_1190403A1022_1_02.pdf 

22. ダラザゼックス点滴静注(ヤンセンファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の多発性骨髄腫(指定難病 270)。 【薬効・薬理】有効成分のダラツムマブ(daratumumab)は、ヒトCD38に結合し、補体依存性細胞傷害(CDC)活性、抗体依存性細胞傷害(ADCC)活性、抗体依存性細胞貪食(ADCP)活性等により、腫瘍の増殖を抑制すると考えられている。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/800155_4291437A1028_1_01.pdf 

24. バベンチオ点滴静注(メルクセローノ):

【効能・効果】 根治切除不能なメルケル細胞癌。 【薬効・薬理】有効成分のアベルマブ(avelumab)は、ヒトPD-L1に対する抗体であり、PD-L1とその受容体であるPD-1との結合を阻害し、腫瘍抗原特異的なT細胞の細胞傷害活性を増強すること等により、腫瘍の増殖を抑制すると考えられる。

【添付文書】:http://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00067176.pdf 

(3) まとめ

昨年に承認された希少疾病用医薬品8品目ですが、その内6品目は腫瘍治療薬であって、難病指定を受けている難治性希少疾患の治療薬(オーファン薬)は唯一品目で、乳児型脊髄性筋萎縮症(SMA)治療剤の「スピンラザ髄注」のみでした。本剤は遺伝性難病の原因遺伝子を直接治療しての根治療法を目指す医薬品で、我国初のアンチセンス核酸医薬品とのことで、幸いに欧米主要国とほぼ同時に承認されました。

遺伝性希少難病の治療方法として、遺伝子編集の技術開発にも期待が持たれていますが、その代表的なCRISPR-Cas9遺伝子改変で、広範囲に遺伝子変異を高い頻度引き起こす恐れがあることが報告され、実用化までにはまだ時間が必要なようです。

一方、スピンラザ髄注の薬価は932万円/バイアルと非常に高価で、一人当たりの年間薬剤費は、2,796万円となります。薬価算出において、希少疾病用医薬品についてはその大部分が新薬創出等加算の優遇を受けているための異常な高薬価です。指定難病患者の医療費の負担は、大部分を健康保険など公費で負担していることから、研究開発へのインセンティブを与えつつもより合理的な薬価算定方法が必要となるでしょう。

                                      (田中邦大)

7月24日 昼12時から、RETT症候群について書かれた総説論文の公開読書会を行います。

2018年7月20日
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6月Nature Review Neuroscienceに「Rett Syndrome: insight into genetic, molecular and circuit mechanism (レット症候群:その遺伝的、分子的、そして神経回路的メカニズムについての洞察)」という、素晴らしい総説がマサチューセッツ工科大学の研究者から発表されました。 一読して、この病気のメカニズムを網羅的に扱った素晴らしい総説だと感じたので、この病気に関わる患者さんの会の谷岡さんや、河越さんに呼びかけ読書会を行うことにしました。一般の方には、大変難しい総説ですが、直接会話しながら読書会をするので、分からないところはどんどん質問してもらえばと思っています。もちろんできるだけわかりやすく説明するよう心がけます。生放送でも見られますが、このサイトにYouTubeとして残しますので、ぜひ見て下さい。また、医学部などの学生さんも、レット症候群についてしっかり習う機会はないと思いますので、勉強のつもりでぜひ見て下さい。
カテゴリ:セミナー情報

7月20日:エピジェネティック制御によるガン免疫増強(8月9日号Cell掲載予定論文)

2018年7月20日
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ガンではDNAのメチル化やヒストンによるエピジェネティック機構が大きく変化しており、これを標的にガンを制圧しようと様々な薬剤が開発されている。ただ、ガンに特異的な薬剤というわけではなく、治療の切り札というには程遠い。そんな中、最近DNAメチル化阻害剤がガンの免疫誘導性を高めることで、ガンに効くのかもしれないという論文が現れて来た。

今日紹介するハーバード大学からの論文も同じ系統の話で、ヒストンの脱メチル化に関わるリジン特異的ヒストン脱メチル化酵素LSD1がガン免疫のアジュバント効果があるという話で8月9日掲載予定のCellに発表された。タイトルは「LSD1 Ablation Stimulates Anti-tumor Immunity and Enables Checkpoint Blockade(LSD1除去により抗ガン免疫が刺激され、チェックポイント治療が有効になる)」だ。

この研究では、ガン細胞の免疫原性を高めるようなエピジェネティック制御に関わる阻害剤をメラノーマ細胞でスクリーニングし、LSD1阻害剤やLSD1ノックダウンにより内因性のウイルスの発現が高まり、インターフェロンの産生が高まることを見出している。結局これがこの研究のハイライトで、あとはLSD1を阻害することでなぜガンのインターフェロン産生が高まるのかを調べ、実際に生体内でのガン免疫反応にも効果があるかを粛々と調べた結果が並ぶ。

メカニズムについてまとめると次のようになる。LSD1が内在性のウイルスの発現を抑制することはよく知られているが、この機能が阻害される事で内在性ウイルスの転写が始まり、ウイルスの二重鎖RNAが細胞内に蓄積する。二重鎖RNAは当然ウイルス感染が起こっているとして細胞内自然免疫系に察知され、インターフェロン産生など自然免疫系が刺激されるが、まさにこのウイルス感染と同じ状況がLSD1阻害により起こる二重鎖RNAの蓄積で誘導されているというシナリオだ。これに加えて、LSD1は二重鎖RNAを分解するRISCシステムのDicerの脱メチル化を高め、二重鎖RNAを分解するが、これが抑制されることでRNAの蓄積がさらに高まり、自然免疫を強く刺激することも示している。

要するに細胞内で働くCpGアジュバントと同じ効果があるという話なので、次に本当にガン免疫を誘導できるか調べている。使ったメラノーマは転移性が高く、免疫原性が低い細胞株だが、LSD1をノックアウトした細胞は免疫にキャッチされ、増殖が抑制される。さらに、抗PD1抗体によるチェックポイント治療とLSD1のノックアウトを組み合わせると、さらに延命効果が上がるという結果だ。

LSD1抑制により、内在性ウイルスの転写が活性化され、それがアジュバントの作用をすると言う話は面白く、今後利用する可能性はあると感じる。ただ、生体内での実験が全て遺伝子ノックアウトで行われているのは気になる。臨床のことを考えると、当然化合物を使うはずで、これに対する化合物は数多く存在する。なのに使わないというのは、副作用が強すぎるのか、免疫に影響があるのか、研究としては中途半端だ。さらに、PD1抗体を使っているわりには、根治が全くないのも気になる。

今後は、臨床側でもっと細工をしたほうが良さそうだ。LSD1に変異のあるガンでは確かに予後がいいことも示していることから、ヒトでも使えるはずだ。とすると、CpGアジュバントと組み合わせてガン内に徐放マトリックスとともに投与して見たら面白そうだ。RISCをブロックするなら、余計にCpGの効果が上がる可能性もある。是非トライして欲しい。
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