過去記事一覧
AASJホームページ > 2019年

1月4日 自閉症と表情(Autism Research 2018 12月号掲載論文)

2019年1月4日
論文ウォッチを始めてから、なるべく広い分野の生命科学を紹介しようと思っているが、それでも選ぶ論文には個人的興味というバイアスがかかっている。年初に当たって、みなさんに「私」というバイアスを知ってもらう意味で、新年に際しわたしが特に興味を持っている分野の論文をいくつか紹介しようと思う。

最初の分野は自閉症スペクトラムに関する論文で、できる限り多くの論文に目を通したいと思っている。理由は、人間の社会性やコミュニケーションについて多くのことが学べること、ゲノムから脳科学そして行動心理学まで幅が広いこと、そして何よりも今後様々な治療法が生まれると個人的に信じているためだ。ぜひ今年もこの分野のいい論文を紹介したいと思う。

さてその最初だが、オリジナル論文ではなく、自閉症スペクトラムの表情についての多くの文献をもう一度まとめ直したメタアナリシス論文を取り上げる。カナダ。シモンフレーザー大学からの論文で、昨年のAutism Research12月号に掲載された。タイトルは「Facial Expression Production in Autism: A Meta-Analysis (自閉症での顔の表情の表現:メタアナリシス)。

当然ながら表情は言葉と並ぶ重要なコミュニケーション方法だ。当然社会性や他人との関係に障害がある自閉症スペクトラム(ASD)で障害されていることを示す多くの論文があるだろうと直感的に思う。ただ、1−2編の論文で済まさず、これまでの研究を集めて、自分の目で見直し、様々な結果を再集約するのがこの研究で行われたメタアナリシスだ。
(オリジナルではないと敬遠する向きもあると思うが、特に臨床現場では重要な手法だ。さらに最近では、ウェッブ上に多くのゲノムデータが蓄積されてきているので、これらのデータを集めて計算し直す、メタゲノム論文も多く見受けられるようになった。臨床研究に関わっている多くの若者には、ぜひトライして欲しい方法だ。)

この研究では1967年からの自閉症と表情に関する研究論文1309編から、安心して使えるデータを利用できる論文37編を拾い出し、これらの論文を自分の目でまとめ直している.以下に述べるように結論は単純だが、実際にはそれぞれの論文で使われている概念を統一し直し、研究の仕方をカテゴリー化し、最終的に同じ土俵で比べられるようにする作業は大変で、十分オリジナリティーの高い研究だと私は思う。

この努力の結果を箇条書きにすると以下のようになる。
1) まず、ASDと典型的な人の間には、質的にはっきりした差が認められる。ただし、急な感情的刺激に対する反応の強さや速さなどには差が認められない。
2) 質的な差異についてみると、自然の表情がぎごちないとか機械的などと記述され、また特定の表情を意図的に作ることはうまくない。
3) 社会的な慣習になっているような表情を作るのはうまくなく、また他の人に表情を合わせるのも困難を伴う。
4) 一般的に、自然に出てくる表情の差の方が、何かに反応して出てくる差よりも大きい。
5) 表情の差は、年齢を重ね、知的に成長することで解消に向かう。
これらの結果から、ASDの表情の変化は、社会性や他人とのコミュニケーションの問題をそのまま反映する窓になると結論している。そして、表情をより客観的な指標で評価することで、画像解析や、ほかの生物学的検査との相関研究も可能になる。その上で、より個人に即した記述を重ね、neurodiversityの背景を知り、特にアレキシサイミアとして知られる感情認知障害の理解にも大きな貢献ができると締めくくっている。

このように、ASD研究は多岐にわたっていることが理解していただけたと思う。今年も多くのASD研究を紹介したいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月3日:食べる喜びの調節回路(Cell Metabolism 4月2日掲載予定論文)

2019年1月3日

さて正月の最後として、昨日の「酒」の話に続いて、「食」についての論文を紹介しようと探していたところ、4月掲載予定というかなり早くから先行出版されていた論文を見つけることができた。私の第二の故郷とも言えるドイツ ケルンにあるマックスプランク代謝研究所からCell Metabolismに発表された論文で、タイトルは「Food Intake Recruits Orosensory and Post-ingestive Dopaminergic Circuits to Affect Eating Desire in Humans (食べ物の摂取は味感覚と食後のドーパミン回路を介して人間の食への欲望を変化させる)」だ。


ずいぶん前に生命誌研究館のブログに、私たちの満足や喜びが、中脳辺縁系のドーパミン回路を中心に、行動への欲望を高めるWanting回路、満足に関わるLiking回路、そして これらを更に高次の脳回路につなぐlearning回路から調整されているBerridge&Kringelbachの研究を紹介した(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000010.html)。一般の人には少し難しいかもしれないが、これを読んでいただくと、中脳辺縁系だけでなく、脳全体に散らばった様々な領域が快感を調節する複雑な回路を形成していることがわかってもらえると思う。ただ、このブログで紹介したのはほとんどラットなどについての話で、人間の快感回路についての論文は少ない。


この研究では健康成人ボランティアのミルクセーキと味のない飲み物を舌先に流し込んだ時の脳の興奮を機能的MRI(fMRI)で、また快感にもっとも深く関わる領域内でのドーパミンの遊離をドーパミン受容体に結合してドーパミンと競合する放射性racloprideを用いたPETで測定し、それらを総合して美味しいものを食べた時に脳全体に散らばる快感回路がどう働くのかを調べている。


実験は徹底しており、味覚だけが刺激されるように、舌先にカテーテルでミルクセーキが流し込まれるようにしている。これにより、視覚などの複雑な回路は対象から除外できる。ミルクセーキも、4種類の味の中から快感反応が最も高いものを選び実験に用いている。


以上の方法で記録すると、脳の様々な領域の活動やそこでのドーパミンの遊離が記録できるが、活動範囲は多岐に渡っている。この研究では、これまでの研究に基づきWanting, Liking, Learning領域として分類し、結果を解釈している。


さて結果だが、

1) ミルクセーキが流し込まれるとすぐに味覚感覚の満足に関わる領域でドーパミン遊離が検出できる。

2) 摂取後しばらくして最初の反応が収まった頃、もう一度様々な脳領域でドーパミン遊離が観察される。

3) ドーパミンが遊離される早い反応と遅い反応に関わる領域はそれぞれ異なっている。

4) この中で、味覚感覚後すぐにドーパミン遊離が観察されるWantingに関わる領域(例えば前帯状皮質)でのドーパミン遊離は、食後におこる例えば被蓋でのドーパミン遊離と逆比例している。

などなどだ。


これらの測定結果から、食べてすぐのWantingやLiking反応は、食後に消化管などからの体性刺激は被蓋を介して高次脳機能に働いて摂食行動を抑制して、食べるのを適量に抑えるが、最初から期待が高く前帯状皮質などの興奮が高まると、被蓋の活動が抑えられる結果、余分に食べてしまうと解釈している。


なるほど、今日はお正月と思ってしまい、視覚からも期待が高まってしまうと、ついつい食べすぎになる理由がよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月2日 ほどほどの酒は心臓にもいい(12月28日JAMA Network Open掲載論文)

2019年1月2日
元旦だけは朝から飲む日で、おとそ少々では済まない私のような酒飲みにとってお正月にふさわしい論文はと探して見た。と、いいタイミングで、高齢者の心不全患者さんにとってもほどほどのお酒は飲んでも問題はないことを疫学的に示したワシントン大学からの論文を見つけた。タイトルは「Association of Alcohol Consumption After Development of Heart Failure With Survival Among Older Adults in the Cardiovascular Health Study (心血管健康研究に参加した高齢成人での心不全発症後のアルコール消費と生存率)」だ。

この研究はもともと5888人の65歳以上の高齢者を追跡するコホート研究の一環で、この中で心不全を発症した393人についての詳しい調査だ。この研究では、特にアルコールについては詳しく調べており、全く飲んだことがない、以前飲んでいたが今は飲んでいない、一日一杯程度以下、一日一杯以上と4段階に分けて、ほぼ毎年調査している。 まず、心不全と診断された人のアルコール消費動向だが、少なくとも心不全と診断された高齢者でアルコールを飲んでいなかった人が、264/393(67%)と多い印象だ。米国の人は結構飲むのかと思っていたら、そうではなさそうだ。しかも、飲む人は高学歴、高所得者が多い。個人的には、高学歴、高所得の米国人は、強い意志で節制した生活を送っているのかと思っていたが、逆のようだ。確かに、高学歴の典型といえる国際会議で、お酒を飲まない人をあまり知らない。

しかしアルコール消費と心不全の発症率の相関を調べるのは難しいようだ。実際コホートを始める65歳まであまりにも多様な酒との付き合いがあるだろう。そのため、ほとんどアルコール中毒に近い例を除いては、なかなか相関を調べられないのだろう。

代わりにこの研究では、心不全と診断された後のアルコール消費と、その後の生存年数との相関を調べている。心不全と診断された時の平均年齢は78歳ぐらいで、平均7.5年生存している。心不全と診断されても、結構長生きできることがよくわかる。

さて肝心の結果だが、心不全と診断された後も、一日一杯程度の(だいたいワインで170ml程度)ワインを飲んでいる人の方が、全く飲まない人より生存日数が高い(3045日 vs 2640日)。ただ、この量を超えると、生存日数は下がるが、毎日一杯以上飲んでいる人でも、全く飲まない人より生存日数が長いという結果だ(2806日 vs 2640日)。

酒好きから見た時「心不全と診断されても飲んでいいのか」と嬉しい宣告だが、もちろん数が少ない点や、学歴や収入と、酒の消費量が相関していることから、全てが酒で決まっているわけではないことは心すべきだろう。でもそれを割り引いても、ほどほどなら心臓にまず悪いということはないようだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月1日 2019年科学の注目点(1月3日号Nature掲載論文)

2019年1月1日
年末はScienceの2018年の10大ブレークスルーを紹介したので、元旦はNatureが掲載した2019年科学の注目点を紹介する。タイトルは「What to watch for in 2019(2019年に何を注目すべきか?)」だ。記事の順序に従って紹介する。短い記事だが、雑誌のエディターが2019年をどのように期待し、また構えているかがよくわかる。私の感想も交えなが紹介したみたい。

極地プロジェクト
米国と英国が南極の氷河の中でも最も動きのはやいThwaites 氷河が次の数十年で崩壊する危険があるかどうか、共同研究を今年のはじめから始める。これには、自動潜水艇のセンサーだけでなく、アザラシにつけたセンサーが使われる予定だ。 年の後半には、Little Dome Cと呼ばれる氷床を、150万年前に形成された氷の核にまで掘り進み、最も古い氷に記された当時の気候や大気の状態を調べる予定にしている。
(トランプに代表される反科学の影響力を削ぐために、南極は重要な研究フィールドになりつつあると思う。)

大型研究予算
購買力平価で換算して、中国が世界最大の科学技術予算支出国になる可能性がある。研究の質では米国のレベルにはまだまだ及ばないとはいえ、2003年から続く躍進は止まらない。EUも共同プロジェクトHorizonEuropeに2021年より1300億円の支出を決めている。このプロジェクトへの英国の関与についてはわからない。
(我が国の研究水準が低下する理由も良くわかる。結局未来より現在をモットーにした政治家や企業に支えられたアベノミクス7年間は、我が国の研究力低下を大きく後押しした。その上に、借金だけが積みあがって、おそらく金利上昇局面になれば、当然のように科学予算は削られると思う。すでにポピュリズム大統領が就任したブラジルで科学予算は大幅にカットされた。その意味でも、若者には留学を勧めている。)

人類の起源
今年はアジアが熱そうだ。2003年、謎めいた小人の骨がインドネシア・フロレンシス島発掘されたが、フィリピンルソン島での発掘が進むことで、島に隔離された人類からフロレンシスのような小人が生まれる可能性が示されるか注目されている。
(とはいえ、私はホモ・サピエンスの起源のアフリカに今年も注目する)

巨大加速器計画の躓き
わが国の高エネルギー物理学の悲願だった、ヒッグス粒子研究を目指す巨大加速器(リニアコライダー)の東北への誘致は、政府の支援を得られなかった。正式には3月に最終決断が示されるというが、可能性は少なそうだ。ただ日本以外に真剣に考えている国がないのも確かだ。
(私事になるが、岩手の温泉で前高エネ研の山田先生にばったり会ったことがある。リニアコライダーの調査のためにほとんど岩手で過ごしているとのことだった。財政さえしっかりしておれば、こんな記事にはならなかったと思う。科学後進国への道の半分は科学者、半分は政治家の責任だろう。残る可能性は中国への誘致が決まりそうになって、このプロジェクトが科学助成問題から防衛問題へ格上げされるのを待つか?)

ヒト受精卵遺伝子編集の影響
昨年暮れ飛び込んできた、遺伝子編集を受けた子供の誕生のニュースは大きな議論を呼んだ。編集の成否については調査中とのことだが、特に編集の正確性や有害性などについて責任を持って調査し、公開することが求められる。同時に、臨床応用の際に考えられる問題点をさらに明らかにし、全ての臨床試験が正しい規制のもとで責任をもって行われるための枠組みを作ることが求められる。
(倫理問題は全て相対的だ。やる、やらないではなく、どうしたら可能かを議論してほしい)。

科学雑誌の新しいプラン
科学雑誌の支配力と価格の高騰に対して、EUの研究助成当局を中心にコンソーシアムが形成され、昨年合意した、研究論文を基本的にオープンアクセスにするためのプランに対して、出版社の正式見解が今年出されることになる。示されたプランは出版社の死活に関わるため、せめぎ合いが続いている。 また、オランダでは、これまで科学研究の評価に使われてきたcitation indexやインパクトファクターを使わない評価システムを模索し始めた。
(個人的には熊本時代Natureに論文を発表して、様々な助成金をもらえるようになったことはありがたかった。弊害もあるが、コネで決まるよりはずっといい方法だと今でも思う)。

生物実験安全基準
2004年策定された現行のWHO生物実験安全基準の最初の改訂版が発行される。今回の改定では、実験ごとのリスク算定及び、実験室のマネージメントや研究に重点が置かれているが、杓子定規ではない、フレキシブルな基準の運用を目指している。
(確かに、研究に携わる若い人の安全性への意識は低いような気がする)。

気候操作
結局炭酸ガス排出の勢いを止められない。そこで、地球を冷やそうというプロジェクトがスタートしている。成層圏に粒子を散布して地球に届く太陽熱を遮り地球を冷やすというプロジェクトだ。今年に予定される政府のゴーサインは出るのだろうか。
(トランプ好きのプロジェクトに思えるが。)

大麻への高まる期待
カナダは昨年嗜好目的も含めてあらゆる大麻使用を合法化し、これに伴い大麻中毒に対する政府助成は今年全て中止される。一方、今年の終わりには、Guelph大学では、大麻のあらゆる側面を研究する世界初の大麻研究センターが設立される予定になっている。
(脳に効果がある以上、子供には禁止すべきだと思う)

宇宙からのシグナル
中国で500mの半径を持つ世界最大の電波望遠鏡が稼働する。日本円にしてほぼ190億円のプロジェクトだが、50の異なるパルサーを標的にして、最初の放射線爆発を解明しようとしている。 もう一つ期待されているのが、ハワイ・マウナケアの30m望遠鏡で、設置に必要な法的問題は昨年全てクリアされた。
(役に立たないことに金を使う中国、役に立たないと金を使わない日本)。
我が国にとっては、なんとなく暗い年の幕開けを感じさせる記事になってしまているが、若い力で跳ね返して欲しい。
カテゴリ:論文ウォッチ

新年のご挨拶

2019年1月1日
みなさまあけましておめでとうございます。 70歳を過ぎたのを機に浮き世のしがらみを捨てようと、今年から年賀状を送るのをやめました。それでも、多くの人とつながることができるのは、SNSのおかげです。今年もよろしくお付き合い願います。 根は飲んべーの隠居ですが、本年も「論文ウォッチ」を毎日欠かさず私たちのNPOからお届けしたいと思っています。その一部は、Yahooニュース個人にも紹介する予定です(https://news.yahoo.co.jp/byline/nishikawashinichi/)。特に自閉症研究紹介には力を入れます。論文ウォッチは一種の「生命科学の今」の紹介ですが、自分自身がボケないためのノルマでもあります。 このほかに、顧問をしているJT生命誌研究館のホームページ「進化研究を覗く」では、情報科学の視点から生命科学を学び直し、それを一種のノートとして掲載してきました。「無生物から生物」、「言語の誕生」、そして昨年は「文字・Writing」と進んで、現役引退時に計画した目標はなんとか達成できそうです(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2018/)。 そこで本年からはちょっと趣を変えて、生命科学思想の成立について調べるつもりです。「生命科学者の読む西洋哲学」といったイメージですが、アリストテレスから、カント、パースまで、これまで読み飛ばしてきた本の数々を、今度は生命科学の視点からじっくり読もうと思っています。こちらの方も是非よろしく。 では良いお年を。
カテゴリ:活動記録
2020年4月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930