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2月13日 新しい遺伝子編集酵素CasX(Natureオンライン掲載論文)

2019年2月13日
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1月25日このコラムでCRISPR/Cas9を遺伝子を切断して編集する目的で使う場合、目的の場所だけでなく、関係のない場所も切断されるため、ある意味で生命を傷つけるのと同じことで、受精卵をこのような危険に晒すことは犯罪だと述べた(http://aasj.jp/news/watch/9597)。しかしだからと言って、研究者は手をこまねいている訳ではない。目的の箇所だけに働くCasを求めて様々な努力を重ねている。

現在この課題の克服は2つの方向から行われている(勿論それぞれは排他的ではないため、両方が組み合わせられることもある)。一つの方向は、現在あるCasシステムの特異性を上げる方法で、この代表が今最も注目されている若手研究者David Leuだろう(http://aasj.jp/news/watch/8205)。これに対し、進化の結果生まれた多様性を信じ、自然に存在する細菌の中により使いやすいシステムがないかを探索するのがもう一つの方向で、これを追求しているのがCRISPR/Casシステムを発見した一人Doudnaさんだ。

 今日紹介する論文はこのDoudnaさんの研究室からの論文で地下水に生息するバクテリアから発見された全く新種のCasXについての研究でNatureにオンライン出版された。タイトルは「CasX enzymes comprise a distinct family of RNA-guided genome editors (CasX酵素はこれまで発見されたのとは全く別のRNAにガイドされたゲノム編集分子)」だ。

この研究では最初地下水のメタゲノム解析からその存在が予想されたCasXを持っているDeltaproteobacteriaとPlanctomycetesからCasX遺伝子を分離、それぞれの遺伝子編集活性を分子構造も含めて徹底的に解析している。

このCasXは20merのRNAと相補的配列を持つ2本鎖DNAを、PAM部位から12−14bp離れた場所でガイドRNAと結合しない方のDNA鎖を、さらにそこから10bp離れた場所でガイドRNAと結合している方のDNA鎖を切断する。この結果、10bpのオーバーハングをそれぞれ5‘端にもつ2本のDNA鎖が生成する。このシステムを用いて大腸菌や哺乳動物の細胞株のゲノムをノックアウトする実験を行うと、Cas9に近い効率でノックアウトが起こることが確認される。

そこで、ガイドRNA、標的DNA、CasXが結合した状態の3次元分子構造をクライオ電顕で解析し、CasXのガイドRNAの様々な部位との結合領域、DNA切断活性部位、RNAに結合している側のDNAと結合する部位、反対側と結合する部位などを特定している。

この結果、

  • ガイドRNAと結合することでCasXの構造が安定化し、ゲノム状の標的を探し始める。すなわちCasXだけではDNA切断活性がない。
  • CasXのRNAの結合していないDNAに結合する領域からDNAがほどき始められ、そこに切断活性を持つ領域がリクルートされ、切断が入る。
  • 次に、RNAと結合している側のDNAと結合する部位によりRNA-DNAの結合部位が折りたたまれて切断酵素領域に接触し、切断される。

という順番で、両方のDNA鎖が切断される。

このように、少し効率は落ちても、一定の順序に従う分子間の相互作用が起こって初めて、DNAの切断がそれぞれの鎖の別々の場所で起こることから、同じ場所で2本蜡を切断してしまうCas9と比べて標的特異性はかなり高いと想像される。もちろん、今後標的以外の場所が切断される可能性については徹底的に調べられると思うが、CasXはさらに安全性の高い遺伝子編集を可能にしてくれると期待が持てる。

しかしDoudnaさんの研究は応用問題だけでなく、このシステムの多様性など面白い話がいつも満載だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月12日 細胞のサイズが大きくなると何が起こる?(3月7日掲載論文)

2019年2月12日
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私たちの体の中の細胞の大きさは極めて多様で、神経細胞ならメートルレベルの軸索を持つものもあるし、卵子に至っては肉眼でなんとか観察できる大きさになる。また試験管内で細胞を飼っていると、分裂が一定の数を超え老化が始まると細胞も大きくなる。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、細胞が巨大化することで起こる細胞機能の異常のメカニズムを主に酵母を使って研究したオーソドックスな研究で3月7日掲載予定のCellに掲載された。タイトルは(Excessive Cell Growth Causes Cytoplasm Dilution And Contributes to Senescence(細胞が大きくなりすぎると細胞質が希釈され、老化を促進する))だ。

この研究は、酵母の細胞周期を止めた後、細胞の代謝をそのまま維持すると出来てくる巨大な酵母細胞が、ある一定の大きさ以上になると細胞周期抑制を解除しても細胞周期が戻らないという現象のメカニズムを明らかにしようとしている。酵母でこの現象が完全に細胞の大きさに依存していることは、細胞周期と細胞の代謝を同時に止めると、巨大化は起こらず、元のサイクルに速やかに戻ることができることからわかる。

面白そうな課題だが、蓋を開けてみるとなんとなく当たり前の話で終わったような気がする。細胞周期が再開しないということは、各チェックポイントでの様々な分子の活性化が、細胞が大きくなるほど遅れるためだが、予想通りこれはサイクリンなどの細胞周期のドライバー分子の転写の効率が落ちることによる結果だ。この原因は細胞が大きくなりすぎて、転写や翻訳が追いつかず、細胞質や核内のタンパク質やRNAの濃度が低下することが主原因で、その結果細胞ストレスプログラムのスイッチが入って細胞が増殖できなくなるという話だ。ただ、酵母でも2倍体で遺伝子量が2倍ある場合は、転写の速度の低下が遺伝子の数でカバーされるため異常が起こりにくい。従って、転写の標的になる遺伝子が薄まる結果、異常が起こることになる。

結局メカニズムについてはここまでで終わっており、要するに細胞の中身が薄まってしまってタンパク質やRNAの濃度が30%程度低下し、これが細胞のストレスになるという極めて現象的な話だ。

これだけではちょっとCellの論文としては寂しいので、これと同じことが細胞の老化により大きくなった酵母でも起こること、ヒトの線維芽細胞でも細胞の大きさを2倍にすると、細胞質内の濃度が下がり、同じ異常が起こることを示している。確かに細胞質内の濃度を測るといった普通実験されていない問題を扱う時にナノ粒子の拡散を使うなど、プロの仕事という感じもあるが、やはり内容から考えると、合わせ技一本とはいかなかったと思う。

あまり考えたこともなかった問題で、ひょっとしたら酵母の研究をやっているプロにとってはすごい話が潜んでいるのかもしれないが、個人的には「あ、そんなこともあるな」「Cellによく掲載できたな」で終わった論文だった。こんな日もある。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月11日: PU1は線維芽細胞活性化を誘導するマスター分子(1月30日Natureオンライン掲載論文)

2019年2月11日
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PU1と言われても、血液細胞分化の知識がないと、どんな分子なのほとんど聞いた事もないのではと思う。幸い私自身は血液細胞分化に関わっていたため、PU1がマクロファージやB細胞の分化決定に大事な分子であることを知っているし、またこの分子を研究している何人かの人とも付き合いがあった。しかし現役時代を含めて今まで、この分子が線維芽細胞の活性化に深く関わっているなど想像だにしなかった。

今日紹介するドイツ・エアランゲン大学からの論文は、PU1の線維芽細胞での機能を明らかにし、PU1=血液学と思っていた血液学者をアッと言わせた論文で1月30日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「PU.1 controls fibroblast polarization and tissue fibrosis (PU1は線維芽細胞の分極化と組織の繊維化を調節する)」だ。

この研究ではまず皮膚バイオプシー標本の遺伝子発現に関するデータベースを調べ、組織の線維化が進行している線維芽細胞が特異的に発現している転写因子を探索し、PU1が最も発現の上昇しているという意外な事実を発見する。そして、様々な線維化が進行している疾患の組織を調べ、確かに線維化の進行とPU1の発現が一致していることを発見している。

次に、PU1を線維芽細胞でノックアウトすると線維化が起こらないことをヒトの細胞および、マウスの個体レベルで確認し、確かにPU1が線維化を決める重要な分子であることを証明している。また、過剰発現させた細胞を用いて、関節膜上の線維化モデルで調べると、炎症性の線維芽細胞にスウィッチを入れて線維化を誘導することができる。

線維化は炎症の後起こることがわかっているが、炎症を誘導するサイトカインはPU1の維持には関わっても、新しく誘導することはできない。これは、PU1遺伝子が転写抑制型のヒストン(H3Kme3,H3K27me3)と結合しており、これを外すと分化が誘導される。ただ、この分化を誘導する因子については特定できていない。一方、炎症サイトカインによってPU1の発現が維持する仕組みについては、PU1のRNAを分解するマイクロRNAの一つmiR-155が抑制される結果であることを示している。

転写因子の機能を阻害する化合物を見つけることは通常難しいのだが、幸いPU1に関しては比較的特異的に機能を抑える化合物が存在し、この研究ではこのDB1076を用いて、細胞レベル、および個体レベルで線維化を抑制する事を証明し、線維化を防ぐ新しい分子標的として使えることを示している。

結果は以上で、PU1がマクロファージの分化に必須の分子である以上、副作用も考えながら臨床試験を行っていく必要があるだろう。この論文ではPU1とネットワークを形成している他の転写因子についても述べており、医学にとって最も難しかった線維化の抑制もそろそろ視野に入ってきたことがよくわかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月10日 神経芽腫の新しい治療標的(1月30日号Science Translational Medicine掲載論文)

2019年2月10日
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この内容でセット

神経芽腫は小児で最も多い固形腫瘍で、名前の通り未熟な神経細胞の腫瘍だ。この病気は、身体中に転移があっても急に癌が消えてしまうという劇的なケースを含み、多くの場合自然治癒する。ところが、n-Mycガン遺伝子が増幅したり高い発現を示しているケースでは、治療が難しく様々な治療法が開発された結果、死亡率は低下しているとはいえ、3年目の生存率が65%前後とまだまだ低い。

今日紹介するオーストラリア・ローリーガンセンターからの論文は649人の神経芽腫のバイオバンクとコホートデータを用いて、直接阻害剤を見つけるのが困難なn-Mycに代わる治療標的を探した研究で1月30日のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Inhibition of polyamine synthesis and uptake reduces tumor progression and prolongs survival in mouse models of neuroblastoma (ポリアミン合成と吸収の阻害によりマウス神経芽腫モデルで生存期間を延長し癌の進行を抑えることができる)」だ。

ポリアミンは細胞の増殖に必須の分子で、乳児の成長には欠かせない。このポリアミンが、ガンの増殖にも重要な働きをしており治療標的になる可能性が最近注目されており、ポリアミン合成経路の酵素ODC1の阻害剤が神経芽腫を含む様々なガンを抑えることができるか、治験が進んでいる。ただ、ポリアミンは外部からも吸収できるので、両方を抑制してガン細胞のポリアミン供給を断つ治療法の開発が必要になる。

この研究は、このアイデアの可能性を確かめることを目的としている。まず、ポリアミン合成に関わる遺伝子発現が高いガンほど経過が悪いことを明らかにし、ポリアミン合成経路が治療標的になりうることを確認している。

次にポリアミン利用のもう一つの経路外部からの吸収に関わる分子を探索し、SLC3A2と呼ばれる分子が神経芽腫で働く唯一の吸収システムであることを示している。

そして、これらポリアミン合成経路に関わる分子や吸収に関わるトランスポーター分子とn-Mycとの関わりを調べ、ほとんどの分子がn-Mycの活性が高まることで上昇してくることを明らかにしている。このことは、n-Mycを直接阻害できなくとも、ポリアミン代謝を標的にすることでmycの効果を半減させられる可能性を示唆しており、最後にポリアミン合成に関わるODC1阻害剤と、ポリアミンの吸収に関わるSLC3A2の阻害剤を、n-Mycを過剰発現させたマウス神経芽腫モデルを用いて試している。

結果は期待通りで、それぞれ単独ではあまり効果がないが、両方組み合わせると、他の薬剤と併用しなくてもガンを抑制する一定の効果が認められる。さらにより臨床に即した設定を試す意味で、現在行われている化学療法に細胞内のポリアミンを低下させる2剤を組み合わせると、大きな効果を得ることができる。

以上の結果から、ODC1阻害のみでは、吸収が上昇すると効果がないため、合成と吸収の両方を抑える治療法が行われるべきで、現在行われている他の治療と合わせることで、さらに高い効果を得られるということが結論される。

あとはこの結果をどう新しい治療のプロトコルにまとめるかだが、なかなか製薬が手を出さない小児のガンについてこのような治療法開発が進んでいることは勇気付けられる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月9日 Fibromyalgia(線維筋痛症)の診断の難しさ(Arthritis Care & Research オンライン掲載論文)

2019年2月9日
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Fibromyalgia(線維筋痛症)という病気のことを知っている人はそう多くないだろう。私が卒業後医師として勤めていた頃は概念すらなかった。実際にfibromyalgiaが定義されたのは1990年のことで、卒後17年もたってからの話だ。ただ、定義されたと言っても、症状が、誰でもが感じる痛みを中心とした様々な症状をベースに診断が下され、血液検査や病理検査で決まるわけではないので、医師の方が診断基準に慣れておらず、間違ったり、診断が遅れたりする。現在では、アメリカリウマチ協会が出している痛みが起こる場所と、症状の強さ、などを基盤とした診断基準を用いて診断される。

ではfibromyalgiaとは何か?と問われると、脳内での痛みの処理が異常になって痛みの閾値が下がる病気と言えるのかもしれない(これは個人的解釈)。体の様々な場所が痛く感じられるが、中枢的な異常と言って全く抹消に痛みの原因がないわけではない。この痛み感覚のために、うつ症状を含む様々な症状が現れてしまう。いくら診断基準があっても、医師にとっては最も診断の難しい病気の一つと言える。とはいえまれな病気ではなく、診断基準を使っている国では1−3%と頻度は高い。ちなみにわが国の2万人規模の調査では、2.1%になっている。

今日紹介する米国ウィチタ医科大学からの論文は診断の難しいfibromyalgiaに対して病院の専門家の意見と、患者さんの自己診断との一致を調べた論文でアメリカリウマチ協会の発行するArthritis Care & Researchにオンライン出版されている。タイトルは「Diagnosis of Fibromyalgia: Disagreement Between Fibromyalgia Criteria and Clinician-Based Fibromyalgia Diagnosis in a University Clinic (Fibromyalgiaの診断:大学病院でのFibromyalgiaの基準と医師による診断との不一致について)」だ。

この研究では大学病院のリウマチ外来に痛みで訪れている患者さんにリウマチ協会の出している2010年度版の診療前の診断のための調査票と他の問診票に答えてもらって、この調査票からのfibromyalgiaの診断と、リウマチ専門医の診断とを比べている。患者さんの自己診断表では、widespread pain indexと呼ばれる痛みがある箇所についての調査と、symptom severity scaleと呼ばれる痛みの強さ、その生活への影響などの調査を総合して、polysymptomatic distressを計算して診断する仕組みになっている。結果はこの病気の診断の難しさを如実に語るものとなった。まずリウマチ専門外来へ紹介されてきた497人の患者さんのうちなんと121人(24.3%)が調査票によりfibromyalgiaと診断される。また、専門医が独立して行った診断では104人(20.9%)がfibromyalgiaと診断された。この結果は、確かにこの病気の患者さんは思いの外多いことを意味している。ただ問題は、患者さんの自己診断と、医師の診断が一致しないことで、自己診断の121人のうちの60人は医師の診断では見落とされている。逆に医師の診断を受けたうち43人は自己診断ではネガティブな結果になっている。

この研究ではなぜこんな結果になるのかの原因を示せているわけではない。リウマチもそうだが、様々な症状を総合して初めて診断がつく多くの病気で同じことが言えるだろう。この病気でいうと、女性については医師はどうしても甘く診断してしまっている。また、症状との関連でいうと、医師の診断はあまり自覚症状の強さを反映していない。

これらが何を意味するか、今後は、それぞれの側のメンタリティーの検査も含む研究が必要だろう。例えば、病気を一つの単位と考えると、症状の重さとは無関係に病気があると考えるのは当然だ。しかし、病気を症状の集まりと考えると、当然症状がそのまま反映される。何れにせよ、専門医でこの状態なので、一般医になるとこの差はもっと広がるのだろう。客観的判断の難しさを改めて認識する面白い論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月8日 人間の突然変異が起こるスピードは低下している?(1月21日号Nature Ecology and Evolution掲載論文)

2019年2月8日
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進化にとって何よりも大事な原動力の一つは私たちの生殖系列のゲノムに起こる突然変異だ。例えば私たちが類人猿からいつ種分化を遂げたのかといった時間的な推察は、突然変異率をベースに行われる。とはいえ、実際親から子供へと伝わる突然変異率を正確に計算することは簡単でない。人間の場合、親子を比べた時、突然変異は圧倒的に父親から受け継ぐことが多い。しかも、精子に起こる変異数は父親の年齢に応じて変化し、人間の場合父親の年齢が1歳増えるごとに突然変異の頻度は1年間に2.51ずつ(母親の3.5倍)増えていく。

問題はこれまで人間で計算した突然変異率を用いて進化時間を計算すると、オランウータンと人間が分かれた時間は3千5百万年前と計算されるが、化石から計算される2千万年とは大きく異なる。一方、類人猿の間の進化時間を計算すると、化石データとあまり違わないので、人間だけが例外である可能性が示唆されていた。

今日紹介するデンマークAarhus大学からの論文は人間と類人猿との親子を比べることで、それぞれの突然変異率を正確に測定した論文で1月21日号のNature Ecology and Evolutionに掲載された。タイトルは「Direct estimation of mutations in great apes reconciles phylogenetic dating (類人猿の突然変異頻度を直接調べることで系統時間を再調整する)」だ。

この研究ではコペンハーゲン動物園で飼育されているチンパンジー、ゴリラ(3代)、オランウータンの親子の血液を採取、それぞれのゲノムを30−50回のカバー率で解読し、子供のゲノムに突然変異がどう蓄積したかを調べている。また、チンパンジーについてはこれまでの研究があり、それについても参考に計算に加えている。

もちろんただ違いを比較して、突然変異の頻度を計算するだけでは間違う可能性がある。例えば、遺伝子配列の解読精度は繰り返し配列が多いと低下する。また、それぞれの種特異的な遺伝子重複部位も、最終的変異の頻度が変わる。したがって、全体の変異数とともに、このような特殊部位の変異数も別々に計算したり、あるいは計算から除去したりして最終的な数字を弾き出している。もちろん、子供が生まれた時のオスの年齢も正確に把握して計算している。

さて、結果だが全体的に人間に比べて全ての類人猿の突然変異数は50%高い。これまで多くの男親について調べた年齢と突然変異数をプロットした図に類人猿を重ね合わせてみても全ての年齢で人間を凌駕している。30歳の父親から生まれたオランウータンでも人間の上限に位置している。

類人猿間ではほとんど差がないことを考えると、人間だけで突然変異の頻度が急速に低下したことを示す結果だ。またこれを加味すると、オランウータンと人間が分かれた時期を2千万年前と計算し直すことができる。

問題はなぜこのようなことが起こっているのかだ。子供に伝わる変異の数は基本的には精子形成で起こる変異の数に等しいと考えられるから、精子形成の過程で起こる変異数が人間では少ないことになる。この原因について、著者らは人間で思春期が遅れるため、精子形成での分裂数が下がるためではないかと想像しているが、元発生学者としては他にも原因を考えることができると思う。

もともと突然変異は分裂時に起こる変異で修復がうまくいかなかった結果として考えられる。とすると、精子形成時の増殖モードが変わる、あるいは修復効率が変わることでも変化する。精子形成を詳しく調べる価値はある。そして何よりも、トータルの精子形成能力、すなわち分裂回数が人間で急速に低下している可能性だってある。なかなか面白い問題だと思う。何れにせよ、このような地道な作業の上に初めて、系統樹の時間を決めることができる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月7日:睡眠中に単語を覚えられるか(2月18日号Current Biology掲載論文)

2019年2月7日
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この歳になって何かを学ぶということは、知りたいという自発的な意思に基づいているため、不思議と頭に入る。最近は学生の時に苦手だった、歴史的事実の年号すら覚えている自分に気がついて驚いてしまう。絶対的記憶力の落ちた現在の経験から振り返ってみると、学生の時のただ覚えるためにだけの勉強がいかに無駄なことかよくわかる。とはいえ、受験を控えた多くの学生さんたちは、一つでも頭に詰め込んでおきたいと思っているだろう。そんな人間の夢は、寝ている間に新しいことを覚える方法の開発ではないだろうか。ちょっと気になって「寝ている間に覚える」でウェッブを調べると、たしかに英単語をテープで流しながら寝ることで単語を覚えることができるというサイトがトップに来ている。これに対し、次に現れる有名学習企業のサイトでは、寝ている間に覚えようなどバカなことを考えずに、しっかり睡眠をとるように勧めている。

脳のことを知ると、どちらの意見にも一理あることがわかる。すなわち、睡眠は記憶を確定するために極めて重要で、実際寝ている時にさまざまな短期記憶を復習している。この時の脳波を調べると、slow wave sleep(SWS)と呼ばれるゆっくりしたリズムを刻んでおり、例えば夢を見たり、あるいは夢遊状態もSWSが特徴で、意識はないものの障害物を避けて歩けることから、覚醒時と同じような脳状態にあると考えられる。

今日紹介するスイス・ベルン大学からの論文はこの寝ているとも、起きているとも言える状態をうまく使って寝ている間に単語を覚えられないか調べた論文で2月18日号のCurrent Biologyに掲載された。タイトルは「Implicit Vocabulary Learning during Sleep Is Bound to Slow-Wave Peaks (睡眠中のはっきりとした語彙の学習はSlow Waveのピークに連結している)」だ。

この研究も新しい外国語の単語を学ぶという設定で記憶の成立を調べる課題を設計している。単語を覚えるという課題は、どの国でも共通のようだ。ただ、現実の外国語単語を使うと、個人差が出る心配があるので、全く存在しない単語を作っている。例えばコルク栓=aryl、 家=toferといった具合だ。そして、SWSの時を狙って、1秒感覚で、コルクという訳と、arylという新しい単語を聞かせ、その時に誘導される脳はの波形と単語を聞かせたタイミングを記録しておく。その後、覚醒時にarylやtoferが靴箱より大きいかどうかを聞く。新しい単語の意味を覚えておれば、aryl(コルク)は靴箱より小さく、tofer(家)は靴箱より大きいと答える。

ではこの課題で、本当に寝ている間に単語を覚えることができるのか?

結果だが、SWS時に音を聞くともちろん脳は反応して興奮波形が現れる。そのあともう一度覚える単語を聞くことになるが、この2回目に単語を聞いた時のの脳波がslow waveのピークと一致した時、正解率が高く、 逆に単語を聞いた時が波形の底に一致してしまうと正解率が落ちるという結果だ。

要するに、コルク vs aryl (あるいは逆でもいい)というセットを聞く時、2回目の刺激がslow waveのピークに来た時、寝ていても新しい単語を覚えることができるという結果だ。もしこれが正しければ、極めて敏感な脳波計を用いて、slow wave ピークの上がり始めを感知して単語を流すという機械を作れば、おそらく寝ている間の単語を覚えるという夢を実現できるかもしれないという話だ。

面白いし、本当かどうかさらに追求して欲しいとは思うが、年寄からのアドバイスは「そこまでして物を覚える必要はない」だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月6日 デニソーワ洞窟の歴史を探る(Natureオンライン掲載論文)

2019年2月6日
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現代の人類史で、アルタイ山脈に存在しているデニソーワ洞窟ほど有名な場所はないだろう。まず我々ホモ・サピエンスと重なって同時期に生息した人類はネアンデルタール人だけだと考えられていたとき、デニソーワから発見された小さな指の骨のDNAから、両者とはまったく異なる人類のDNAが見つかり、デニソーワ人と名付けられた。この洞窟はもともとネアンデルタール人が住んでいた洞窟として知られており、この結果は時代は違っても、同じ洞窟を異なる人類が使っていたことを意味する。そして、昨年8月、このコラムで紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/8831)、この洞窟からデニソーワ人の父と、ネアンデルタール人の母の間に生まれた子供の骨が見つかり、実際にこの洞窟周辺で、両者が密接な関係を持っていたことが証明された。

このようなエキサイティングなこれまでの研究を受け、この洞窟の地層とそれから出土する骨や石器を徹底的に分析して、この洞窟に暮らしていた人類の歴史を明らかにしようとしたのが今日紹介する論文で、オーストラリアのWollongong大学からNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Timing of archaic hominin occupation of Denisova Cave in southern Siberia (南シベリアのデニソーワ洞窟を占拠していた古代人)」だ。

まず、デニソーワ人の骨格標本がないため、デニソーワ人の骨と特定するためにはDNA検査が必要になる。こうして確認されるデニソーワ人の骨は4本見つかっている。この研究では、これらの骨が見つかった地層の年代を、ネアンデルタール人の骨が見つかる地層と様々な方法で分析し、時代を特定しようとする研究だ。詳細は省くが、実に様々な年代測定法を用いて、それぞれの骨が存在する地層の年代測定を行っている。比較的暖かい時代(20万年前)にデニソーワ人がこの洞窟に住み着く。その後地球の温度が下がり始める15万年前ぐらいからネアンデルタール人が移動して来て、この時両者の交雑が起こったと考えられる。デニソーワの父とネアンデルタールの母から生まれた子供はまさにこの時代の後期に属している。そして再度地球が暖かくなると同時に、この場所からネアンデルタール人が消え、またデニソーワ人がこの洞窟の住民となり、5万年まで続くというシナリオが示された。

同じNatureには、全く同じ課題を追いかけたMax Planck人類歴史科学研究所からの論文が同時掲載されており、利用した方法などは異なるが、ほぼ同じ結論に到達している。

この洞窟での人類史から、アルタイ山脈で寒い気候になるとネアンデルタール人の活動が活発になり、一方デニソーワ人は暖かいときにこの場所に帰ってくるというパターンが明らかになったように思う。すなわち、現代人が最終的に勝利する前は、気候がそれぞれの民族の優位性を決める重要な要素だったことを伺わせる。個人的感想だが、デニソーワ人のゲノム流入が一番多いのがポリネシア人であることを考えると、なんとなくこの結果も理解できる。今後、ポリネシアの人たちに残るデニソーワゲノムの内容が詳しく調べられるのだろう。その意味で、最初の論文がオーストラリアから発表されているのは、将来への意気込みを感じさせる。

何れにせよ、この洞窟はこれまでも多くの研究者が寄ってたかって、微に入り細に入り検討を加えており、謎の多いデニソーワ人だけでなく、異なる人類の交流史が明らかにされる予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月5日 実験進化学は可能か?(2月1日号Science掲載論文)

2019年2月5日
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環境が変わることで新しい形質が選ばれる例として最も有名なのが工業暗化として知られている、産業革命で工業が発達し、街が煤けてくると、蛾の羽の色が黒くなったという話だ。もちろん当時、その背景にある遺伝子の変化を調べようなど考えも及ばなかったと思うが、2016年6月にこのコラムで紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/5337)、この原因がトランスポゾンの挿入による進化であることが明らかにされている。このように、ゲノムレベルの多様性と環境による選択を共に追跡できる条件が整ってきたことは確かで、進化を実験的に研究したいという人たちには大きな可能性がひらけていると言えるのではないだろうか。

今日紹介するカナダモントリオールのマクギル大学からの論文は、マウスの毛色の自然選択過程で選ばれるゲノムについて実験的にアプローチした研究で2月1日号のScienceに掲載された。タイトルは「Linking a mutation to survival in wild mice(野生マウスで突然変異を生存に結びつける)」だ。

この研究ではネブラスカ州の砂地と、緑地で野生マウスを野生のまま飼育した時、生存に適した毛色とそれをコードするゲノムとの関係を調べている。砂地は淡い茶色をしており、一方それ以外の場所の土地は黒っぽい。それぞれの土地からまず481匹の野生マウスを集め、土地に適応しているかどうか実地に試すため、50メーター四方のネズミが逃げないように囲ったフィールドを用意し、各土地から集めたマウスを放し飼いにし、なんと14ヶ月観察する。すると、近くに生息する主にフクロウに襲われるため、土地の色から浮き上がったネズミは淘汰されると予想される。実際予想通り、黒い土地のネズミを砂地で飼っていると14ヶ月目にはほとんどのネズミが鳥の餌になる。同じように、砂地のネズミを黒い土に離した場合も同じ結果に終わる。

実際それぞれの土地にどのようなネズミが生き残れるか調べると、砂地には背中の色が薄いネズミ、黒い土には背中の黒いネズミが生き残ることが確認でき、工業暗化と同じことが起こっている。ただこのネズミの場合、すべて茶色のトーンの違いなので、この色をコントロールするAgouti遺伝子の周りの遺伝子変化の結果だと決めて、この遺伝子の前後の塩基配列を詳しく調べ、それぞれの土地で生き残ったネズミで300−500のSNPを特定している。すなわち多様化が怒っている。そして、少なくとも黒い土の上での選択は自然選択により、この多様化した遺伝子の中から特定のSNPが選択されているという可能性が高いことを計算している。

次に、それぞれのSNPから自然選択されたことが間違いない7種類のSNPを特定し、この7種類が連鎖している3種類のブロックを形成していること、そのうちの一つはAgoutiのコーディング領域のserineが欠落する変異であることを確認する。

最後に、直接Agoutiタンパク質の構造が関わる変異を見出しせので、このalleleに絞って毛色の変化との関わりを調べると、このSNPを持つほど背中の毛色が薄くなることを確認している。同じSNPをマウスに導入して毛色を調べると、確かに色が明るくなる。変異の効果をこのように確認した上で、黒い土の上で生き残ったネズミのゲノムを調べると、serineの欠損したSNPを持つネズミが黒い土の上では強く選択を受け、殺されていることを示している。

結果は以上で、短いタイムスケールの中で、明らかに特定の遺伝子の多様性の結果が環境により選ばれるという進化過程を、予測し確認できることを示すことに成功している。おそらく、野生でも同じことが起こって、現在の状態になっているのだろうと納得した。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月4日 統合失調症の異常回路を直す(1月30日American Journal of Psychiatryオンライン掲載論文)

2019年2月4日
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ガンの免疫療法が最近急に注目を集めるようになった最大の理由は、ガンに対する免疫過程を正確にモニターし、効果の予測が可能な科学的な治療を行うことができるようになったからだ。実際、私が大学に勤めている頃は、ガンに対する免疫がいつも成立しているかどうかすら確認することは簡単ではなかった。

当時の免疫学と同じような状況が、統合失調症など多くの精神疾患にも当てはまるような気がする。精神疾患の背景には、大脳の神経ネットワークの異常があると考えられるが、様々な症状と、脳の神経ネットワークの因果関係を特定することは、様々な脳内の画像解析法が進歩した現在でも簡単ではない。また、「脳内ネットワークの異常と症状の因果性が確定したとしても、現在ではその回路を繋ぎ直すことは難しい。・・・」と考えていたが、なんとそれができることを示した論文がハーバード大学のベス・イスラエル病院からAmerican Journal of Psychiatry オンライン版に発表された。タイトルは「Cerebellar-Prefrontal Network Connectivity and Negative Symptoms in Schizophrenia (小脳と前頭前皮質のネットワーク結合性と統合失調症のネガティブ症状)」だ。

この研究が注目したのは統合失調症の症状の中でもnegative symptomsと呼ばれる、普通の人にはあっても患者さんで失われている性質だ。例えば、感情的な反応、モチベーション、社会性、自発的動き、などの喪失はすべてnegative symptomsだ。このような喪失は、それぞれの過程に必要な脳内ネットワークの欠損によると考えるのが一番自然だ。すなわち、神経結合が低下しているため、行動が低下すると考える。

この研究ではまず44人の統合失調症患者さんの機能MRIを撮影し、negative syndromeと相関が高い脳内の結合を探索し、特に右脳の背側外側前頭前皮質と小脳との結合が低下するとnegative symptomが高まることを確認する。

これまでこのような研究は何度も行われていると思うが、negative symptomに焦点を当てたことがこの研究の特徴だ。さらに、症状との相関を確認した後、この研究ではなんと頭蓋の外から電磁波を照射して特定の場所の神経結合を高めることがわかっているTMSを一日2回、5日間照射することで、この結合を高めて、症状を変化させられないか調べている。

データを見ると、照射した7人のうち、3−4人で結合の明確な改善が見られ、また一人では悪化が見られている。症状についてみると結合が変わらなかった一人を含め、5人でnegative symptomが改善している。また、脳全体を調べて、症状改善が基本的には前頭前皮質と小脳との結合の改善の結果だと結論している。

結果は以上だが、本当なら特定のネットワークの異常を治すことで症状を改善するという因果的な治療が可能であることを示した画期的な研究のように思う。もちろん、統合失調症の全症状をもたらす多くの脳の変化については複雑で、この研究では全く扱うことができていない。また、今回の結果も統合失調症に特異的かどうかは分からない。従って、統合失調症の治療としては、今後も薬剤により全体の活動を調整する方針を変えるまでにはいかないだろう。しかし、神経管の結合を標的とする治療が可能であることを示せた点で、何か新しい時代を感じさせられる。同じように、自閉症など発達期の障害がうまく治療できないか、期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ
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