6月3日 誕生日に de Waal さんの総説を読んで考えた( 5月21日号 Science 掲載総説)
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6月3日 誕生日に de Waal さんの総説を読んで考えた( 5月21日号 Science 掲載総説)

2021年6月3日
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あと何回、このホームページに6月3日とタイプすることができるだろう。幸い、73回目の誕生日を迎えることができた。私にとっては区切りの日なので、個人的趣味に合わせた論文や総説を紹介することにしている。今年は5月21日号のScienceに、いつも見習いたいと思っている同い年のde Waalさんが総説を書いていたので、それをだしにして、自由に想いを述べることにした。総説のタイトルは「Modern theories of human evolution foreshadowed by Darwin’s Descent of Man(ダーウィンの人間の系統により予示されていた人間進化の現代理論)」。

De Waalさんのさんの総説は、今年がDarwin のThe Descent of Man出版150周年にあたることを記念して書かれたもので、このテーマについて書ける最もふさわしい科学者が選ばれたと言える。De Waalさんはボノボなどの類人猿の観察を通して人類進化を研究している現役の研究者だが、何々学者と一言で表せないぐらい広い知識に裏付けられた論文や著作を書いている素晴らしい科学者だ。なかでも「The Bonobo and the Atheist (翻訳では道徳性の起源というタイトルになっている)」は、これまで哲学の主題として見られてきた課題が、まさに科学の課題であることを示した重要な著作だ。その意味で、The Descent of Manもまさに同じで、人間の社会やそれを支える道徳などの規範もまた科学の対象であるというダーウィンの確信を述べた著作だと思っている。

この年になっても、京大ではフレッシュな1年生に、彼らが向かおうとしている生命科学とは何かを講義させてもらっているが、私はダーウィンを、近代科学誕生とともに一旦棚上げにされた様々な非物理学的因果性を「ダーウィン・アルゴリズム」という形で科学に取り戻した科学者だ、と、教えている。授業の感想文を読むと、毎年何人かは、このダーウィンアルゴリズムが単純にゲノム情報だけを対象としていないことに気づいているのがわかる。これは、生物に集まる情報が決してゲノムに限らないためで、ボールドウィン効果と呼ばれたりしている問題だが、これに気づいた学生のうちには、さらに道徳や倫理の問題がこの延長にあることまで気づいているのに驚かされる。

今風に言うと、ゲノム情報の多様化に対するダーウィンアルゴリズムを対象とした種の起源を書く過程で、ダーウィンは同じアルゴリズムが適応されるかもしれない新しい2つの領域を考えていたのだと思う。

一つは、種の起源の最終センテンスで、

「生命は、もろもろの力と共に数種類あるいは一種類に吹き込まれたことに端を発し、重力の不変の法則にしたがって地球が循環する間に、じつに単純なものからきわめて美しくきわめてすばらしい生物種が際限なく発展し、なおも発展しつつあるのだ。」ダーウィン,渡辺 政隆. 種の起源(下) (光文社古典新訳文庫) (Japanese Edition) (Kindle の位置No.4185-4188)。

と述べられている、生命を生み出す最初の過程で、この時ダーウィンが無生物から生物の進化に想いを馳せていたことがわかる。最近の研究を見ると、この化学進化でもやはりダーウィンアルゴリズムが成立することがわかる。

そしてもう一つがThe Descent of Manで、高次脳機能などにより生まれた新しい情報メディアもダーウィンアルゴリズムに従うことで、この進化にゲノムが支配されていくことで、人間が進化したことに気付いている。例えば、他人のために自分を犠牲にすると言う崇高な道徳性は、自分を犠牲にすることでゲノムから見れば当然早く淘汰されるはずなのに、この性質が集団に受け継がれるのはなぜかと言う問題について、社会内に形成された規範により遺伝的な選択が影響されることをはっきりと述べている。

私が解説するまでもなく、de Waalさんは、The Descent of Manのポイントが、1)人間の特質ももとを辿れば他の動物に見られることで、量的な差でしかないこと、そして2)おそらく2足歩行をきっかけとして新しい共同のあり方がうまれ、これを基礎に発展した社会と社会性が、人間の遺伝的進化を促したこと、であることを、様々な例を挙げて述べているのでぜひ読んでほしいと思う。

この2つ目のポイントを、de Waalさんはgene-culture coevolutionとうまく名付けているが、これの究極が、科学により可能になった遺伝子改変かもしれない。遺伝子改変は一見すると自然選択の否定に見えるが、gene-culture coevolutionの観点からは、ダーウィンアルゴリズムの範囲内かもしれない。繰り返すが、よくまとまった総説なので、若い人たちにはぜひ一読を進める。

最後に、誕生日に当たっての今の心境を少し述べて終わろう。

写真は、2年前ウガンダでマウンテンゴリラを見に行った時撮影した写真で、片方の目が失われた高齢の個体が、群の中で一心不乱に葉っぱを食べている姿を撮影している。もちろんゴリラの群れというと、それを統括するシルバーバックで、その威風堂々とした姿に感心するが、足場の悪い山道を青息吐息で歩いてきた高齢者にとって、年老いたゴリラが自由な生活を許されているのをみてもっと感動した。

私たち夫婦も、この高齢のゴリラと同じで、この年になっても自由に生きるのを許されている。その意味で、今まで以上に、人間の重要な要素としてde Waalさんがこの総説でリストした、

  • 共同する能力、
  • 言語
  • 道徳
  • 社会規範

などの科学について、より理解を深め、皆さんに紹介していきたいと思っている。

カテゴリ:論文ウォッチ