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10月16日 アストロサイトは長鎖脂肪酸を介して神経細胞のLipoapoptosisを誘導する(10月6日号 Nature オンライン掲載論文)

2021年10月16日
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非アルコール性脂肪肝で肝細胞死を誘導する要因として研究されてきたメカニズムの一つがLipoapoptosisで、飽和脂肪酸により細胞内のERストレスが発生し、それにより細胞死が誘導されるメカニズムだ。このメカニズムによる細胞死は、様々な細胞へ拡大しているが、私の理解では血中の脂肪酸により誘導される過程で、ある細胞が他の細胞を殺すときに使うという可能性は考えたことがなかった。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、このメカニズムをアストロサイトが神経細胞死を誘導するために積極的に利用しているという面白い研究で10月6日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Neurotoxic reactive astrocytes induce cell death via saturated lipids(神経毒性を持つ活性化アストロサイトは飽和脂肪酸を介して細胞死を誘導する)」だ。

元々このグループは、脳損傷などで活性化されたアストロサイトが神経やオリゴデンドロサイトの細胞死を誘導する仕組みを研究し、ミクログリア由来のIL1a、TNF、そして補体成分などがアストロサイトを活性化し、何らかのタンパク成分を分泌させ、神経細胞死を誘導することを示してきている。

この研究では、活性化されたアストロサイトの培養上清に含まれる神経細胞死誘導分子を生化学的に検討し、これまで疑われていた補体成分やlipocalin-2などのタンパク質成分ではなく、APOEなどのリポプロテインと結合する脂肪酸、特に飽和長鎖脂肪酸およびvery long chain fatty acid(VLCPC)が細胞死を誘導していることを突き止める。

すなわちLipoapoptosisが起こっている可能性が示唆されたので、次に上記の脂肪鎖で処理した神経細胞で、確かにERストレスを介する細胞死経路が活性化されていること、そしてERストレスを媒介するPUMAやCHOPがノックアウトされた細胞ではアストロサイトによる神経死が防がれることを確認している。

そして最後に、本当にアストロサイトが積極的にこのような脂肪酸を合成分泌して神経細胞を殺すのか確認するため、このような脂肪酸を合成する酵素の一つEVOLV1をノックアウトしたアストロサイトを作成し、活性化による細胞死誘導が完全ではないが、かなり低下することを確認している。

結果は以上で、積極的に長鎖脂肪酸を分泌して近接する神経細胞を殺すという、キラーT細胞にも匹敵する能力がアストロサイトにあることを示した重要な貢献で、今後アルツハイマー病をはじめとする神経細胞死研究に新しい道を開くのではと期待する。特にAPOEとアルツハイマー病との関係はこの観点から見てみると面白い気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月15日 G1-S 細胞周期進行に関する新しいモデル(10月14日号 Science 掲載論文)

2021年10月15日
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細胞周期のメカニズムについては、私が現役の頃急速に理解が進み、我が国の研究者も大きな貢献をした。そして、ノーベル賞が2001年ハントとナースに授与されている。もちろんトランスレーションに関しても進んでおり、乳ガンに対するCDK4阻害剤は重要な治療法になっている。すなわち、大きなフレームワークは完全に解明されたと言える、と思っていた。

ところが今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、少なくともイーストに関しては、肝心なことが見落とされていたことを示す研究で、10月14日号Scienceに掲載された。タイトルは「G 1 cyclin–Cdk promotes cell cycle entry through localized phosphorylation of RNA polymerase II(G1サイクリンとCDKは局所的RNAポリメラーゼリン酸化を介して細胞周期のエントリーを促進する)」だ。

私たちは細胞周期の開始について、哺乳動物の場合CyclinD/CDK4が、E2Fによる転写を阻害しているRb1をリン酸化して抑制を外すことで、E2Fによる転写が誘導されると理解してきた。これは出芽酵母でも同じで、Cln3がCdk1と結合してWhi5をリン酸化してSBFの転写抑制を外し、細胞周期に必要な遺伝子が誘導されると考えられてきた。

しかし、早いG1期でCln3/cdk1がWhi5をリン酸化するという証拠はなく、Whi5を強くリン酸化するのはCln1/2/cdk1であることが確認された。一方、Cln3/Cdk1はG1期の進行には必須であることから、Whi5のリン酸化による転写抑制解除とは異なる経路で、Cln3/Cdk1が働いていることが示唆された。

そこでCln3/Cdk1が直接リン酸化する可能性がある分子を探索し、最終的に転写に直接関わるRNAポリメラーゼII(Pol II)のコンポーネントRpb1をリン酸化することを突き止める。

もともとPol IIのリン酸化は転写開始のスイッチとして知られており、酵母ではCcl1がその役割をすることが知られていた。しかし、Ccl1によるPolIIのリン酸化と細胞周期とはリンクしない。すなわち、SBFによる転写とは関係しない。

これらのことから、Cln3/Cdk1はSBFと結合し、その場所にリクルートされたPol IIを直接リン酸化し、転写を開始させるのではないかと仮説を立て、研究している。

例えば、本来のPol IIリン酸化酵素Ccl1をSBF結合サイトにリクルートできる様に操作すると、細胞周期とは無関係だったCcl1を、G1期進行のプロモーターとして利用することができる。

またCln3/Cdk1結合サイトは免疫沈降法で調べると、ほぼ完全にSBFの結合サイトと重なる。従って、Cln3/Cdk1にPol IIリン酸化による転写開始が可能であるという結果は、細胞周期に必要なSBF依存性転写開始が、これまで考えられてきたようにWhi5リン酸化を介して抑制を外すという時間のかかる方法ではなく、SBF結合サイトで直接Pol IIを活性化して、速やかに転写を誘導することで行われていることを強く示唆している。

以上が結果の要約で、細胞周期をわかったというのはまだまだ早いことを実感させる面白い仕事だと思う。哺乳動物でも同じことが言えるのかはまだわからないが、可能性は十分あると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月14日 うつ病を電気刺激で治療する(10月4日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年10月14日
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今日はうつ病の意外な治療法について論文を2報紹介する。

まず最初はカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文で、てんかん患者さんに行われる、脳内留置電極を用いた脳活動の記録や、脳ネットワークに基づいた電気刺激パターンを開発し、ほとんどの治療法に反応しないうつ病を治療できたという一例報告で、10月4日、Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Closed-loop neuromodulation in an individual with treatment-resistant depression(治療抵抗性のうつ病患者さんに行ったクローズドループ神経操作)」だ。

今年9月、てんかんの予兆を察知して電気を流して発作を抑える治療法についての論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/17772)。この研究は、同じresponsive neuro stimulation法を、うつ病の発作抑制に使う可能性にチャレンジした研究だ。しかし、発作が始まる場所が特定できるてんかんと異なり、うつ病の場合、何を予兆として捉え、どこを刺激すれば良いのかを決めることが難しい。

この研究では、てんかん患者さんと同じように、まず脳の10カ所に留置電極を装着し、10日間それぞれの場所の神経活動を記録するとともに、毎日の気分やうつ病発作を記録し、うつ病発作に導く脳活動の兆候を決めている。最終的には、予想されていた様に扁桃体でのγ波のバースト出現と、うつ病症状が相関することを確認している。

そして、刺激をベースにした各領域の神経ネットワークを参考にしながら、最終的に右側の腹側内包/腹側線条体に刺激を加えることで、γ波バーストが抑えられ症状が改善されることを発見する。

この結果に基づきresponsive neuro-stimulationの電極NeuroPaceを扁桃体で兆候を検出、腹側内包/腹側線条体を刺激できる様設置、扁桃体のγ波を感知したところで6秒間1mA刺激を発生させる方法で経過を観察している。

結果は劇的で、うつ病の症状がほぼ消失するところまで改善し、論文準備中はこの状態が続いていることを報告している。

以上の結果は、てんかんと同じように、うつ病も何らかのきっかけで扁桃体のγ波活動に反映される神経興奮が引き金になる、反応性の病気だと言うことになる。もちろん、全てのケースに当てはまるかどうかはわからないが、今後この治療を受ける患者さんの解析で、うつ病の理解も進む可能性がある。

現在うつ病に対して、ケタミン注射や、頭蓋外磁気刺激など新しい治療法が開発されているが、これらの治療でも対応できないケースについては、期待できる治療法だと思う。

付録として紹介するペンシルバニア州立大学からの論文は、風変わりなタイトル「Mushroom intake and depression: A population-based study using data from the US National Health and Nutrition Examination Survey (NHANES), 2005–2016(キノコの摂取とうつ病:米国、国民の健康と栄養に関する調査データを用いた集団調査研究)」に惹かれて読んでみた。論文はJournal of Affective Disorders11月号に掲載されている(294,p686)。

このコホートでアクセスできる24000人に、食事の内容を聞き取りし、そこからキノコの消費量を割り出すとともに、2005年から定期的に自分でアンケートに答える形で、うつ病の気分の有無を診断し、この結果からうつ病にかかっているかを決めている。

本当かと目を疑う結果で、キノコを食べている人ではうつ病にかかるオッズ比がなんと0.45で半減しているという結果になる。

結果はこれだけで、元々このような調査は正確さに欠けるところがあるので、もっと多くの調査で確かめられないと結論できないと思うが、面白い結果だ。ただ、この研究のきっかけになったのが、我が国の九州栄養福祉大学から2010年に発表された論文で、ヤマブシタケを摂取すると、うつ病気分が低下し、不眠や不安症がなくなることを示している。このような話から、新しい薬剤が抽出されるのかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月13日 Covid-19感染に対する免疫記憶は主に肺と所属リンパ節で維持される(10月7日 Science Immunology オンライン掲載論文)

2021年10月13日
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以前紹介した、エール大学の岩崎さんの研究では、いくら全身レベルで抗体ができても、そのままでは抗体は膣内に分泌されることはなく、組織にリンパ球が浸潤して初めて、抗体も分泌されるようになることが示されていた(https://aasj.jp/news/watch/10382)。この結果は、対象となる組織内で免疫反応を調べることの重要性を示した重要な研究だと思っているが、当然同じことはCovid-19感染についても言える。ただ、死亡例はともかく、回復者の組織を調べることは通常不可能に近い。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、Covid-19に感染した経験がある方が、何らかの事故で脳死に陥り、臓器提供を行った時に、全身の様々な組織を採取して、Covid-19に対する免疫記憶の成立を調べた研究で、10月7日Science Immunologyにオンライン掲載された。タイトルは「SARS-CoV-2 infection generates tissue-localized immunological memory in humans(SARS-CoV2感染は人間の組織局在型免疫記憶を誘導する)」だ。

コロンビア大学のあるニューヨークの感染状況から考えると、ドナー登録した人々の中からSARS-CoV2(Cov2)に感染した後、ドナーになるケースが出てきても何ら不思議はない(といっても我が国では、まだまだ奇跡レベルの確立だと思う)。この研究ではそんな4人のドナーをキャッチし、臓器摘出手術時に、血液、骨髄、秘蔵、肺、肺所属リンパ節、腸管所属リンパ節を採取、それぞれの組織での、Cov2へのB細胞、CD4T細胞、 CD8T細胞の反応を調べている。

驚くのは、4人のうち2人が70歳以上の高齢者で、どの臓器が利用可能なのか興味がわくが、血中抗体などを調べると、確かに高齢者の抗体価は若いグループより低いのがわかる。

これらの組織から採取した血液細胞分画に、ウイルス分子のアミノ酸配列を元に網羅的に合成したペプチドを混ぜ合わせたペプチドプールを加え、活性化分子が発現するかどうかでT細胞の反応性を調べている。

これに加えて、限られたペプチドセットではあるが、MHC 分子と会合させた後、これに結合するT細胞を、抗原特異的T細胞として、他の分子の発現を調べてプロファイリングを行っている。

個人差があり、どうしても結果はばらつくが、この貴重な機会を捕まえた実験から見えてきたことをまとめると、

  • 全員で、調べた全組織で抗原特異的記憶T細胞を認めることができる。
  • 一般的に、CD4T細胞反応の方が、CD8T細胞反応より強い傾向がある。
  • 全身に記憶細胞は認められるが、肺組織とその所属リンパ節で、最も高い反応が見られ、またT細胞記憶の成立が確認できる。
  • 細胞を培養して分泌される50種類のサイトカインを調べると、同じ記憶T細胞でも組織特異的に調整されている。
  • 記憶B細胞はほぼ全身に分布しているが、肺組織自体が最も高い。
  • リンパ節では感染収束後も、濾胞形成反応が続いている。

詳細をかなり省いたが、以上が結論だ。

組織像の解析がないため、肺組織で維持されている記憶細胞がどのように存在しているのかはよくわからないが、ひょっとしたら浸潤が構造化されている可能性もある。また、感染収束後も何が肺に細胞を引き留めているのかにも興味がある。

いずれにせよ、末梢血だけを見ていてはわからない免疫系の複雑性を物語るし、気道を狙ったワクチン研究にも重要な情報になると思う。

おそらく次は、ワクチン接種者の様々な組織の反応が発表される予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

新しいYouTubeジャーナルクラブ配信

2021年10月12日
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梅田北2期再開発プロジェクトにアソシエートした「参加型ヘルスケアプロジェクト」では、新型コロナウイルスについての座談会を通して、最新の研究について紹介してきました。感染者が急速に減少してきた今回は、最終的な出口を期待させる、治療薬について話し合ってみました。この中では、シンクタンク・デロイトトーマツによる、日本のコロナ研究の現状についてのレポートについても紹介しているので、是非ご覧ください(https://www.youtube.com/watch?v=GLC3uHipgGM

また、10月15日、金曜日午後6時半から今年のノーベル生理学賞について、Zoom/Youtube配信を行い、参加者とこの研究の思いもかけない広がりについて話し合おうと思っています(https://www.youtube.com/watch?v=BdwwvjOWfXs)。是非ご覧ください。

また、zoom参加で直接議論したい方は、メールで連絡してくだされば、アカウントを送ります。

カテゴリ:ワークショップ

10月12日 インシュリンシグナルによる脂肪細胞の増殖(10月4日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年10月12日
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たしか肥満に伴って脂肪細胞の数が増えるとカロリンスカ研究所のグループが以前発表していたと思うが、今日紹介する同じカロリンスカ大学の論文は、成熟した脂肪細胞はまず増殖することはないという世間の常識にたって、しかし細胞周期プログラムが活性化されていることを示した研究で、正しければ肥満について新しい展開が開ける。タイトルは「Obesity and hyperinsulinemia drive adipocytes to activate a cell cycle program and senesce(肥満と高インシュリン血症により脂肪細胞の細胞周期プログラムが活性化され、細胞老化が誘導される)」で、10月4日Nature Medicineにオンライン掲載された。

脂肪細胞が増殖するかどうかを問うのはカロリンスカ研究所の伝統の様だが、この研究では痩せ型から高度肥満まで、13人の皮下脂肪組織を提供してもらって、遺伝子発現から調べ、成熟脂肪細胞でも様々な細胞周期プログラムの発現が見られ、肥満の人ほどG2期分子の転写が高いことを発見する。

ただ重要なことは、これまで観察されて来た様に、50万個の成熟脂肪細胞を観察しても、細胞分裂像は一個も見られない。すなわち、細胞周期に入るが分裂前のG2期で停止し、2倍のDNA量を持つ細胞が、特に肥満の人では増加していることがわかる。

このように、G2期のプログラムが発現している細胞の数は、血中のインシュリン濃度と相関するので、フレッシュな脂肪細胞を培養してインシュリンを加える実験を行うと、インシュリンシグナル経路の活性化と並行して、DNA合成細胞の数が増加、これとともに脂肪細胞の大きさが増大することを確認する。すなわち、分裂せずDNAが増大し、細胞が巨大化することを試験管内で再現できた。

このように、細胞周期プログラムが発現したまま、細胞分裂が進まないと、細胞にストレスがかかり、細胞老化が進むが、実際巨大化した脂肪細胞の多くは細胞老化マーカーを発現し、肥満で老化細胞が増加することがわかる。また、試験管内の実験系で、脂肪細胞がインシュリンの作用を持続的に受けると、細胞老化に陥り、様々な炎症性サイトカインを分泌することを明らかにしている。

結果は以上で、結局インシュリンの分泌が高まることが、脂肪細胞を分裂がない細胞周期へと導入し、その結果脂肪を多く蓄積することはできるが、細胞老化が進み、炎症性サイトカインにより、老化が全身に及ぶというのがこの研究の結論だ。

乳ガンに使われるCDK4阻害剤やメトフォルミンが、このような細胞分裂のない細胞周期進行を抑えることも示している。

いずれにせよ、なぜ脂肪細胞が巨大化できるのか、また老化や炎症の中心になるのかについて、面白い答えが出たと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月11日 パーキンソン病の深部刺激治療の有効性はさらに高められる(10月8日号 Science 掲載論文)

2021年10月11日
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パーキンソン病では黒質のドーパミン神経が失われるため、運動をスムースに行う回路が傷害される。すなわち、麻痺が起こるわけではないので、ドーパミン神経なしでこの回路を回復させれば、運動障害を抑えることが可能だと言える。そこで登場したのが、脳の深部刺激で、期待通り有効な治療として定着している。

視床、視床下核、大脳基底核、そして黒質は興奮性、抑制性の入り交じった複雑な回路を形成してスムースな運動を可能にしているが、ドーパミン神経喪失によりネットワークのバランスが狂い、視床下核の過興奮、大脳基底核と黒質網様部の抑制神経の活性化、そして最終的に視床神経の抑制が起こるのが、パーキンソン病の運動障害の原因だと考えられている。そこで、この大脳基底核に刺激を入れて黒質や基底核からの抑制を抑えようとするのがこの治療法だ。なかなかよく考えられているのだが、実際にできるのは視床下核を細胞外から刺激することだけで、この領域の特定の細胞を操作できるわけではない。

今日紹介するカーネギー・メロン大学からの論文は、選択制がない深部刺激も、刺激の周期や長さを工夫すれば細胞特異的な刺激が可能になり、これまでの深部刺激の問題を解決できる可能性を示した重要な研究で10月8日号のScienceに掲載された。タイトルは「Population-specific neuromodulation prolongs therapeutic benefits of deep brain stimulation (神経細胞集団特異的に神経を操作することで深部刺激の治療上のベネフィットを持続させることが可能になる)」だ。

先に述べた複雑な回路も、マウスでは光遺伝学を用いて詳細に解析できる。このグループは、大脳基底核の淡蒼球外節の神経細胞のうち、Parvalbuminを発現する細胞を選択的に興奮させ、逆にLhx6を発現している細胞の興奮を抑えると、運動正常化効果が長期に続くことを明らかにしていた。

そこでこの結果を達成できる深部刺激の条件を機械学習も用いて探索し、さらにその効果を、神経特異的に興奮を抑える光遺伝学を用いた実験で確認するという作業を繰り返し、175Hz、200msといい刺激がPv神経選択的興奮と、Lhx6神経特異的抑制を達成できることを突き止めた。

最後に、現在行われている刺激方法と、新しく開発したBurst法と呼ぶ刺激方法を、パーキンソン病も出るマウスで比べる実験を行い、新しい刺激方法をもちいた場合、刺激後も150分近く正常な運動が可能であることを明らかにしている。一方、通常の刺激方法では、刺激中は自発運動が見られるが、刺激をやめると30分でほとんどが運動しなくなる。

以上の結果は、光遺伝学の様な神経特異的操作でなくとも、細胞集団特異的な操作を電気刺激は可能にすること、そしてパーキンソン病でこのような細胞集団特異的刺激が可能になると、一回刺激しただけで効果が長期に持続する、現在より遙かに優れた深部刺激が実現できることを示している。臨床目的がはっきりした、優れたトランスレーション研究だと思う。

もちろんマウスの話をそのまま人間にもって行くのは難しいが、現在の刺激電極に与える刺激パターンを変化させることは可能で、トライアンドエラーになると思うが、是非新しい刺激方法を実現して欲しい。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月10日 ガン局所でキラー活性を高めるバクテリア(10月6日 Nature オンライン掲載論文)

2021年10月10日
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バクテリアで合成しても活性が維持されるラマやラクダのH鎖抗体遺伝子を組み込んだバクテリアを、ガン局所に投与して、ガン細胞を貪食させる活性を上げたり(https://aasj.jp/news/watch/10496)、チェックポイント治療を局所で行う治療法(https://aasj.jp/news/watch/12384)についてはすでに紹介した。この背景には、ウイルスなどよりはるかに安価に大量生産が可能なバクテリアを使うことで、ガンの免疫治療をより身近で出来る期待がある。その意味で、早く実現して欲しいし、もっと多くの方法が開発されることを願っている。

今日紹介するスイス・ルガノ大学からの論文は、バクテリアをガン局所に送り込んで、代謝を変化させることでキラー活性を高め、ガンを抑制するという研究で、10月6日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Metabolic modulation of tumours with engineered bacteria for immunotherapy(免疫治療のために操作したバクテリアを用いてガンの代謝を変化させる)」だ。

同じグループはL-アルギニンを投与するとガンに対する免疫を高められることを2016年Cellに発表している(http://dx.doi.org/10.1016/j.cell.2016.09.031)。メカニズムとしては、特に活動性の高いキラーT細胞の糖分解を抑え、ミトコンドリアの酸化的リン酸化を高める作用がアルギニンに存在し、さらにアルギニンを感知する転写因子を介して細胞死が抑制されることで、メモリー型のT細胞が多く合成されるという話だった。実際、メトフォルミンがガン免疫を高めるという話も、同じラインの話になる。

それならなぜアルギニン投与が普及しないのか不思議だが、2-16年の実験で使われたアルギニン量は、人間にするとなんと一日150gで、現実的ではなかった。もちろんガン局所への投与も行われているが、拡散が早くて効果はほとんどなかったようだ。

そこでこのグループは、体内に注射しても毒性が少ない大腸菌のアルギニン合成系を操作して、ガン細胞から発生するアンモニアを利用して局所でアルギニンを合成できるバクテリアを遺伝子操作で合成している。

原理については2016年にすでに確認しているので、後は期待通り働くかだけが問題になる。残念ながら全てマウス実験系の話だが、

  1. ガン局所に注射すると、そこで増殖し細菌数が維持され、局所でアルギニンを持続的に合成する(腫瘍あたり15μg)。
  2. 大腸ガン細胞株MC38を移植する実験系で、ガン局所にこのバクテリアを投与し、同時にチェックポイント治療を行うと、チェックポイント治療だけの群と比べると、ガン増殖を抑制し、70%で完全にガンが消失した。
  3. このバクテリアを注射したガン局所には多くのT細胞が浸潤してくる。
  4. 一度ガンを消滅させた後、もう一度ガンを移植して免疫記憶の成立を見ると、アルギニンバクテリアとチェックポイントを用いた群では、免疫記憶が成立して、2回目に移植したガンの増殖を抑える。
  5. アルギニンバクテリアを全身投与すると、ガンのサイズが大きい場合、ガン局所に定着し、ガン免疫を高められるが、現在のところ局所投与ほどの効果はない。
  6. 局所投与の副作用はないが、全身投与だと体重減少など副作用が見られる。

以上が結果で、人間の場合根治という贅沢は望まないでもいいので、是非治験を進めて安価なガン免疫治療につなげて欲しい。

さて2回バクテリアとガンについての論文を紹介して、なんと2編ともイタリア語圏のスイスからの論文であることに気づいた。これに意味があるのかどうかは全くわからないが、偶然にしても面白い。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月9日 アンドロゲンを合成して前立腺ガンを助ける細菌(10月8日号 Science 掲載論文)

2021年10月9日
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今日から2回、ガンと細菌との相互作用についての論文を紹介する。

今日紹介する南スイスガン研究所からの論文は、前立腺ガンの治療として行われる去勢などのホルモン治療によって腸内細菌叢に現れるバクテリアが、なんとアンドロゲンを合成して、ガンの増殖を助ける可能性を示唆した研究で、10月8日号のScienceに掲載された。タイトルは「Commensal bacteria promote endocrine resistance in prostate cancer through androgen biosynthesis(共生バクテリアがアンドロゲン合成を通して前立腺ガンのホルモン療法抵抗性に関わる)」だ。

元々ガンと腸内細菌叢は重要なテーマとして多くの研究が進んでいる。おそらく、この研究もその一環として行われたのだろう。実験的前立腺ガンが、去勢手術後徐々に抵抗性を獲得する現象に細菌叢が関わるのではと考え、まず細菌叢全体を抗生物質で除去すると、ガンの増殖が強く抑制されることがわかった。一方、去勢療法を行わないケースでは抗生物質の効果はない。すなわち、去勢により腸内細菌叢が変化し、この変化が前立腺ガンを助けることが示唆される。そこで去勢手術有り無しで細菌叢の変化を調べた結果、去勢療法により、Ruminococcus gnavusとBacteroides acidifaciensの2種類が特に増殖することを発見する。

次に、細菌叢が前立腺ガンの増殖を促進しているか調べる目的で、便移植実験を行うと、去勢後の便はガンの増殖を促進すること、また去勢後の便の代わりに、Ruminococcus gnavusを投与しても同じようにガンの増殖を促進することを突き止めている。

この原因について、まず細菌叢の変化による免疫やメタボロームの変化に起因する可能性を追求しているが、明確な因果性は認められなかった。そこで最後に、腸内細菌叢が前立腺ガンの増殖を促進するアンドロゲンを合成するのではと着想し、去勢マウスでの抗生物質投与の影響を調べると、抗生物質投与で血中アンドロゲンが低下することを突き止める。すなわち、細菌叢がアンドロゲンを合成している。

そこで、テストステロンの材料になるpregnenoloneとバクテリアを培養する実験から、去勢により細菌叢で増えてくるB acidifaciensやR gnavusなどがテストステロン合成能があることを示している。またアイソトープ標識したpregnenolone投与実験から、体内でもテストステロンへの変換がバクテリアにより行われていることを確認する。

最後に、同じことが前立腺ガン患者さんでも起こっているのか調べる目的で、去勢後に再発した患者さんの便を調べると、テストステロン合成能を持つRuminococcusが上昇しており、この小さな差がガンの再発を助けている可能性を示唆している。

以上が結果で、結論だけ見ると恐ろしい気がすると思うが、治療という観点からは、最初からアンドロゲン受容体へのテストステロン結合を阻害する治療法を併用しておれば、この問題は起こらないことになる。現在の基本的治療法は、アンドロゲンを減らす治療が中心かと思うが、この研究が本当なら、テストステロンのレベルを細かくモニターするとか、腸内細菌叢を移植などで正常に保つ治療法、そしてアンドロゲン受容体阻害など、なんとか対応しようがあるように思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月8日 リプログラミング問題 (10月14日号 Cell 掲載論文)

2021年10月8日
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山中さんが米国Wislerでの会議で初めてiPSの話を公開したとき、たまたま座長を務めていたが、あのときの会場の興奮は忘れることはない。しかし、日本に帰ってこの話を宣伝しても、「アーチファクトにすぎない」という厳しい反応が多かった。その後、外国であまり騒ぐのでJSTも支援が必要ではないかと考えたようで、当時の理事長が本当にノーベル賞級の仕事かとわざわざ聞いてきたのを覚えている。

その後の経緯はもう紹介する必要はないだろうが、発生学の原則に反するリプログラミング問題は常に厳しい批判にさらされてきた。ただ、山中iPSはリプログラミング問題を受容する閾値を下げたことは間違いない。その結果現在まで、様々なリプログラミング研究が発表されてきた。

特に最近のトピックスは、脳内で遺伝子操作を行うと、グリア細胞を神経細胞にリプログラムできて、パーキンソン病まで治療可能であるとする研究だ。もともと、アストロサイトと神経細胞が転換可能であることは、私が現役時代、Raffらにより試験管内で示されており、本当なら素晴らしいというイメージで見てきた。

今日紹介するテキサス大学からの論文は、脳内のグリア細胞を遺伝子操作で神経へリプログラミングできるという研究が、ほぼ全てアーチファクトを見ているに過ぎないことを示した研究で、10月14日号のCellに掲載された。タイトルは「Revisiting astrocyte to neuron conversion with lineage tracing in vivo(体内でアストロサイトから神経への転換を追跡した実験を再検討する)」だ。

はっきり言って、体内でのグリア・神経リプログラミング全否定の論文で、これまでの実験に使われた方法論を再検討し、結果は再現できるが、結果の解釈は完全に間違っていると結論している。

  1. 多くの実験で、アデノウイルスをベクターとして用い、グリア特異的プロモーターを発現に用いた遺伝子導入システムが用いられているが、遺伝子の発現がグリア細胞特異的という前提で全てが解釈されている。しかし、ゲノム操作で細胞系列をラベルした実験と組み合わせると、この前提が全く間違いであることがまず示されている。すなわち、グリア特異的と考えていた遺伝子操作が神経細胞でも起こっており、局所で現れた遺伝子導入された神経細胞は、元々神経細胞だったという話になる。
  2. 遺伝子転換に用いたNeuroD1は、神経分化に影響がない突然変異型でも、同じ実験結果が得られる。すなわち、NeuroD1本来の効果が現れたとは考えられない。
  3. これまで転換を誘導しやすくすると考えられている脳の損傷は、全くアストロサイトの分化に影響しない。
  4. ではなぜグリア特異的プロモーターが神経細胞で働いて、神経細胞を標識してしまうのか?これについては、アデノウイルスで神経に導入されたNeuroDが、アデノウイルス自体の刺激とともに、利用したGFAPプロモーターを神経細胞内でも活性化してしまって、あたかもNeuroDによって神経が誘導されたとように見えてしまう。
  5. これまではNeuroD1を用いる実験の否定だったが、さらに最近話題になった、クリスパーを用いてPTBP1をノックダウンする実験についても追試を行い、アデノウイルスを用いたノックダウン実験自体が再現できないだけでなく、ノックダウンできても神経転換は起こらないことを示している。

実際、PTBP1ノックダウン実験は、パーキンソン症状が治療できるというところまで示した研究で、これが全否定されたことの失望は大きいと思う。いずれにせよ、リプログラミングには常にこのような、時によってはねつ造とすら考えざるを得ない問題が伴うことを再認識させてくれる、面白い論文だった。

最後に個人的な印象だが、最初の頃の実験は別として、最近2年に集中しているNeuroDやPTBP1とリプログラミングの論文は、研究室の所在はともかく、全員が(今日紹介した論文も)中国名が責任著者を占めているのが気になった。おそらく、早く情報を仕入れて論文に仕上げるスタイルの研究が、中国ネットワークで形成されているように思う。まさに中国が科学大国になってきた証拠だが、このスタイルからはトップジャーナルの論文は出ても、山中さんのようなオリジナルな研究は出る確率は低いので、コップの中の嵐と冷静に見ておればいいだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ
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