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10月26日 食道ガン発生率の地域差を突然変異で説明できるか?(10月18日 Nature Genetics オンライン掲載論文)

2021年10月26日
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奈良の茶がゆと食道ガンの発生が連動するという話は、食道ガン発生率の地域差に食文化の違いが強く関わっていると考えられてきた。これを認めるとして、次の問題は、この食生活が、直接ガン発生に関わる遺伝子突然変異の発生率を高めるのか、あるいはエピジェネティックな影響を通して関わっているのかだ。

今日紹介する英国サンガー研究所を中心とする国際チームの論文は、この問題を、食道ガン発生率の高い国(我が国も当然入っている)と低い国での食道ガンゲノムプロファイルから調べた研究で10月18日号のNature Geneticsに掲載された。タイトルは「Mutational signatures in esophageal squamous cell carcinoma from eight countries with varying incidence(食道ガン発生比率が異なる8カ国の突然変異の特徴)」だ。

この研究ではガンと正常組織の全ゲノム解析ができている食道ガンを各国から集め、突然変異のパターンを調べている。ここでパターンというのは、点突然変異、欠損や重複、といった変異の種類ではなく、点突然変異部位でおこった塩基レベルの変化の出現頻度(例えばCからGへの変化、全部で6種類ある)を指す。もちろん一つのガンには、様々なタイプの変異が混在しており、それぞれのガンについて各変異の出現頻度をプロットすることができる。

これまでの研究で、それぞれのパターンのなかには、変異を誘導する原因との相関がはっきりとついている変異がある。例えばタバコなどのDNA障害性の要因に起因するパターンでは、CからAの変異が最も多く、それにいくつかの変異が集まってみられる。あるいはAPOBECデアミナーゼによる塩基転換によるパターンでは、CからGへの変異を中心に、CからA, CからTが少しずつ集まってみられる。当然、発生に地域差のある食道ガンを詳しく調べることで、これまで知られなかった原因と、変異パターンの相関を発見する可能性もある。

全体で552人のガン突然変異を調べ、それぞれの変異パターンを20種類に分けているが、これまで知られている以上のパターンは発見されていない。

当然、我が国は、中国東アフリカに並んで発生率の高い国だ。一方、英国では発生率が低く、ブラジル、イランと続いている。驚くことに、この変異パターンは、飲酒、タバコ、さらには麻薬なにより変化するが、発生率の地域性とほとんど相関していない。すなわち、文化や生活習慣の違いは、直接ゲノムに作用していないことがわかる。

この研究では、食道ガンでAPOBECによる変異が早い段階から存在することに注目しているが、最終的にこれが多い原因はわからない。基本的には、DNAが一本鎖になっている時間が長いことを示しているが、早い段階でゲノム不安定性が発生した結果、このタイプの変異が増えたと考えている。

一方で、ゲノムとの相関は高い。例えば日本人の食道ガンはほとんどでアルコールでハイドロゲナーゼの変異が見られる。日本人では、この上に飲酒が重なり、食道ガンが発生している。

主な結果は以上で、結局タバコや飲酒を別にすると、茶がゆの例で見られるような食文化の差は、ゲノムに直接作用せず、おそらく粘膜の損傷と修復の繰り返しを誘導したり、エピジェネティックは変化を誘導することで食道ガン発生を後押ししているようだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月25日 ガン増殖を抑制できる食事療法開発の難しさ(10月20日 Nature オンライン掲載論文)

2021年10月25日
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一般的に腫瘍は代謝的に正常細胞とは大きく異なることから、様々な抗ガン治療とともに、食事療法などでガン細胞の代謝のアキレス腱を狙って増殖を抑えることが可能であることはよくわかっていた。例えば、glycolysisへの依存性はガンのアキレス腱として最もよく知られている。とはいえ、ガンの食事療法は、治療としての煩雑さや、特に抗ガン療法による食欲不振なども重なり、普及は進んでいない。

さらに、ガン=glycolysisといった単純なスキームで食事療法の効果を語るのは、一般の人向けにはわかりやすいが、実際には複雑な代謝ネットワークの中で捉えていく必要がある。

今日紹介するMIT、コッホ研究所からの論文は実験モデルでの食事療法の効果のメカニズムを特定することがいかに難しいかを理解させてくれる研究で、10月20日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Low glycaemic diets alter lipid metabolism to influence tumour growth (低血糖誘導ダイエットは脂肪代謝を介して腫瘍増殖に影響する)」だ。

この研究の出だしは簡単で面白い。遺伝子導入で誘導したマウスの膵臓ガンの増殖に対する食事療法の影響を調べるのだが、このとき、糖質を制限したカロリーダイエット(CR)と、糖質をほとんど抑えて、脂肪で置き換えたケトン食(KD)を比較すると、カロリー制限食では効果が見られるのに、ケトン食では全く効果が見られない現象を説明しようと試みている。

KDでは糖質を強く制限しているため、血中グルコースやインシュリン濃度は低いことから、glycolysisで説明してしまうことはできない。当然、CRとKDの大きな違い、すなわち脂肪代謝に着目することになるが、ほとんどのタイプの血中脂肪がKDでは上昇し、CRでは低下している。

そこで、試験管内でガン細胞を脂肪欠如状態で培養して、細胞の脂肪代謝を調べると、Stearoyl-CoA desaturase (SCD)により脂肪酸を不飽和化する酵素により生成される、mono-unsaturated fatty acid(MUFA)のレベルが高まっていることを発見している。

後は、様々な条件でSCDとMUFAレベルを調べているが、結果は極めてわかりにくく、不飽和脂肪酸の有り無しというより、飽和/不飽和の割合が、CRにより影響されたSCDレベルにより変化することでガンの増殖が抑えられるという結果になる。従って、単純にSCD阻害剤を抗がん剤とともに投与しても効果が見られず、あくまでもカロリー制限食が重要であるという結果だ。

以上、ガンの食事療法の難しさを理解させてくれる論文だが、結論は極めてわかりにくい。代謝とはそれほど複雑だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月24日 アフリカ象の悲しい進化(退化) (10月20日号 Science 掲載論文)

2021年10月24日
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何回か紹介したように、野生、あるいは野生化した動物の進化を調べる息の長い研究が行われているが、そのためには何代もの研究者が続けて集団を見続けることが必要になる。ただ、蝶々の翅など、昆虫の多様性の進化のように、進化により選択された遺伝子を特定することは簡単ではない。

今日紹介するプリンストン大学の論文は、15年にわたる人間の戦争と、その間に大規模に行われた象牙採取のための密猟という強い選択圧にさらされたモザンビークのアフリカ象で、牙なしの雌象が増えたという現象に着目し、実際にそこで遺伝子レベルの選択が起こったのかどうか調べた研究で、10月20日号Scienceに掲載された。タイトルは「Ivory poaching and the rapid evolution of tusklessness in African elephants(象牙密猟をきっかけにアフリカ象に急速に進化した牙の喪失)」だ。

1977年から1992年にわたって続いた内戦の結果、牙を失ったメス象が急速に増加したことを聞きつけて、これは通常ならなかなか見られない哺乳動物のゲノム進化を見ることができるのではと着想し、研究が始まったと想像する。

まずモザンビーク・ゴロンゴーザ自然公園のゾウの記録と現状を調べると、2000年には牙のないメス象の割合が18.5%から51%に増加している。一方、オスでは牙なしゾウは出現していない。次に、牙なしゾウと子供の形質を比較すると、X染色体での優性遺伝をとる遺伝子変異が強く疑われ、また牙なしゾウから生まれてくるオスゾウの比率が低いことから、おそらく同じ変異は、X染色体が一本しか存在しないオスでは致死的に働くのではと仮説を立て、11頭の牙なし、7頭の正常メスゾウの血液を採取、全ゲノム解析から、この領域の特定を試みている。

基本的には、牙なしゾウが選択されることで、個体間の多様性が著しく変化している領域を持つ多型をリストし、その中から、期待されるメス象特異的な牙の喪失、およびオスでの致死性に関わる遺伝子とリンクする領域を探し、100kbの領域に重なって存在している5種類の多型領域を特定する。

面白いことに、この領域には歯のエナメル質の形成に関わる遺伝子AMELXとチトクローム合成に関わるHCCS遺伝子が近接して存在しており、実際人間でこの領域が欠損すると、女性ではエナメル質欠損をはじめとする顔の形成異常が発生し、一方男性では致死的であることがわかっている。まさにドンピシャの遺伝子領域に当たった。

これとは別の3種類の多型領域とそこに存在する遺伝子を特定しているが、これについてはほかの動物での変異の記載がなく、戦争により選択されたのかどうかはわからない。

この領域と相互作用する遺伝子についても調べており、この結果Meprinと呼ばれるメタロプロテアーゼ遺伝子を含む領域を特定している。

それぞれの遺伝子の象牙での発現は、meprinが象牙の周囲組織、象牙質、象牙の髄で発現が見られ、一方MELXはエナメル組織、セメント組織で発現が見られることから、両方の遺伝子が今回の選択の対象になったと考えられると結論している。

結果は以上で、元々20%近くのメス象で牙が存在しないこと、また2000年以降牙を持つメス象の割合は急速に回復していることを考えると、牙とオスの致死性に関わるX染色体の領域は、それ以前から何らかの理由で多様性が獲得されており、戦争に伴う密猟の拡大で、牙なしが強く選択されたという話だと思う。幸いにも人間で欠損が認められているドンピシャの領域が発見されたおかげで、起承転結のはっきりした結果にたどり着き、人の心を打つゾウの悲話ができあがった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月23日 抗体でガンに対するキラー細胞を働かせる(10月20日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年10月23日
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1980年代中盤に繰り広げられたT細胞の抗原受容体の遺伝子クローニング競争は、免疫学の歴史の中でもその時代を代表する大きなイベントだったが、このときT細胞受容体には、αβ型と、γδ型の2種類あることが明らかになった。その後現在まで、ワクチンであれガン免疫であれ、その主役はαβ型と考えられ、少なくとも私の頭の中でγδ型は、特異免疫と自然免疫が合わさった様な特殊なポピュレーションという以外、ほとんど登場することがなかった。

ただその中のVγ9Vδ2の組み合わせを持つT細胞の割合は、T細胞の1−5%と異常に高く、その後の研究でガン細胞やウイルス感染細胞など、ストレス細胞をチェックして殺す機能があることがわかってくると、体中にあふれるこの細胞をそのままガン細胞に向けられないか、様々な方法が模索された。

今日紹介するフランス・マルセーユにあるバイオベンチャーImCheck Therapeuticsからの論文は、Vγ9Vδ2T細胞が認識する抗原を誘導する抗体を作成し、これを用いた全く新しいガン免疫治療開発研究で10月20日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Development of ICT01, a first-in-class, anti-BTN3A antibody for activating Vγ9Vδ2 T cell–mediated antitumor immune response(Vγ9Vδ2T細胞による抗ガン免疫を活性化する、BTN3Aに対する新しい治療用抗体ICT10の開発)」だ。

私も全く知らなかったが、Vγ9Vδ2T細胞が認識するのは、細胞表面上のBTN3A抗原だが、それ自体ではなく細胞内のストレスで蓄積したリン酸化分子と結合して構造が変化した部分を認識する様だ。このことから、リン酸化分子を用いてBTN3Aを活性化して、Vγ9Vδ2T細胞をガンの方に向ける試みが行われてきたが、血中での安定性などでうまくいかなかった様だ。

この研究では、リン酸化分子に結合したのと同じ効果を発揮する、安定な抗体ICT10を開発し、これによりVγ9Vδ2T細胞をガンのキラー細胞として使う可能性を調べている。結果をまとめると以下の様になる。

  1. BTN3Aには3種類のアイソフォームがあるが、どの分子もICT10によりVγ9Vδ2Tキラー細胞と反応し、細胞障害とともに、Vγ9Vδ2T細胞のサイトカイン分泌を誘導する。
  2. ICT10依存性のVγ9Vδ2T細胞の認識は、リン酸化タンパク質の結合には全く依存しない。
  3. 13種類のガン細胞株のうち、12種類がICT10によりVγ9Vδ2T細胞により傷害される。
  4. ガンを移植したマウスに、Vγ9Vδ2T細胞を移植、それだけでは全く何も起こらないが、そこにICT10を注射すると、ガンの増殖を抑えることができる。
  5. サルを用いた安全性試験で、安全性とともに、ICT10はVγ9Vδ2T細胞を活性化し、末梢から組織への移動を促す。
  6. 以上の結果を踏まえて、化学療法を繰り返した6人の様々なガンの患者さんにICT10を投与する実験を行い、基本的にICT10は安全に投与可能で、投与後末梢血のVγ9Vδ2T細胞は急速に減少、代わりに腫瘍組織に浸潤する。

まだ効果が確かめられたわけではないし、マウスの実験でも一回投与では完全にガンを除去できるわけではないので、今後の治験を待つしかないが、これまで紹介してきたガン免疫とは発想がかなり違う点で、面白い。特に、PD1などに対するチェックポイント治療と組み合わせることで、ネオ抗原に加えて新たなガン抗原をリクルートできる点は期待できるのではないだろうか。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月22日 赤血球の新しい機能:自然免疫の増幅(10月20日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年10月22日
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実は赤血球の存在しない魚がいる。赤血球だけでなく、ヘモグロビンも欠損している。Ice Fishというスズキ科の魚で、低温でじっと暮らす様になった結果、血管を発達させて、液体に溶けた酸素をそのまま使う様になり、赤血球が必要なくなった。低温が先か、赤血球喪失が先か、難しい問題だが、Ice Fishが示すのは、酸素を運ぶ必要がなくなると、赤血球は必要ないという点だ。

だからといって、赤血球の機能を酸素を運ぶだけと考えるのは間違っていることを示す論文がペンシルバニア大学から10月20日号のScience Translational Medicineに発表された。タイトルは「DNA binding to TLR9 expressed by red blood cells promotes innate immune activation and anemia (赤血球表面のTLR9に結合したDNAは自然免疫を促進し貧血を誘導する)」だ。

このグループは感染した細菌やウイルスのDNAや分解途中のミトコンドリアDNAと結合して自然免疫を誘導する受容体TLR9が赤血球という意外な細胞に発現していることを発見しており、この発見の意味を問うたのがこの研究だ。実験は複雑ではないので、結論を箇条書きにすると次の様になる。

  1. 赤血球は通常状態でもTLR9を表面に発現しており、細菌感染などでその量は上昇する。またTLR9を介してCpGモチーフに富むDNAと結合することができる。
  2. 試験管内だけでなく、敗血症患者さん由来の赤血球は、DNAとの結合能が上昇している。以上のことは、細菌から放出されたDNAや細胞死に伴い放出されたミトコンドリアDNAは赤血球に結合して隔離されることも示している。
  3. TLR9とDNAの結合が高まると、メカニズムは定かではないが、赤血球表面が凸凹するとともに、赤血球の貪食を防ぐCD47の発現が低下する。
  4. その結果、脾臓などでの赤血球の貪食が高まり、結果貧血が誘導されるとともに、細胞内に運ばれたDNAにより強い全身性自然炎症が誘導される。
  5. TLR9ノックアウトを用いた実験で、TLR9欠損赤血球は、当然DNA結合が見られないのとともに、赤血球貪食は亢進せず、また自然免疫誘導も低下している。
  6. 赤血球だけでTLR9が欠損したマウスにCpGDNAを投与すると、サイトカイン分泌が低下する。このマウスで敗血症を誘導すると、正常マウスと比べ赤血球の貪食、炎症性サイトカインの分泌が期待通り低下する。
  7. 最後に、同じメカニズムがCovid-19感染でも見られないか調べ、入院が必要な患者さんでは赤血球上に結合したミトコンドリアDNAが上昇しており、重症化するほど赤血球上のDNA量が上昇する。
  8. 赤血球上のミトコンドリアDNA量と貧血とが相関する。

結果は以上で、赤血球がこれまで知られていなかった新しい機能、すなわち末梢での炎症を感知して、全身の自然免疫反応を誘導する役割を持つことが示された。

なぜこのような仕組みが進化したのか考えるのは面白い。この論文では、赤血球成熟過程でおこるミトコンドリアオートファジーのモニタリングのために進化した可能性を示唆しているが、納得できる。

またCovid-19でも示された様に、表面に発現したTLR9が全身性の自然免疫を誘導するなら、TLR9に対する抗体によりサイトカインストームを抑えるという治療法も示された。大変面白い論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月21日 遺伝子治療薬の設計の難しさ(10月18日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2021年10月21日
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現在我が国のワクチン接種率はほぼ70%になりつつあるが、アストラゼネカのアデノウイルスワクチンは言うに及ばず、ファイザー/ビオンテック、モデルナとも、一種の遺伝子治療を受けたとみてもいい。どちらのケースも、身体の中で高いタンパク質合成が得られる様に、様々な工夫が凝らされている。

このとき、必ずしも効果や副反応を完全に見越して遺伝子の設計ができるわけではないことが、まれではあってもアデノウイルスワクチンにより免疫性血栓性血小板減少症が誘導されたことからよくわかる。

今日紹介するフィラデルフィアにある子供病院からの研究は、脊髄小脳変性症の治療のために設計したアデノ随伴ウイルスベクターコンストラクトが、予想外の副反応がサルに誘導されたことについての報告と、その原因についての研究で、10月18日号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Toxicity after AAV delivery of RNAi expression constructs into nonhuman primate brain(アデノ随伴ウイルスベクターによるRNAi発現コンストラクトのサルへの毒性)」だ。

1型脊髄小脳変性症はAtaxin-1と呼ばれる遺伝子のCAGリピートの数が増えて細胞が変性する病気で、メカニズムはハンチントン病と同じだ。CAGリピート由来のポリグルタミンが細胞変性の原因なので、当然遺伝子発現や翻訳を抑えて、病気発症を抑える遺伝子治療開発が試みられている。

この研究ではAtaxin1mRNAをRNA干渉でノックアウトするmiRNA型の遺伝子治療を開発し、ヒト・サル共通配列部分に対するmiRNAをアデノ随伴ウイルスでパッケージする方法を開発した。この効果や副作用については、これまでマウスを用いて確認が取れたので、人間に応用するステップとしてサルの小脳に注入する遺伝子治療を始めたところ、3ヶ月目から急に運動障害が発生したため、治療実験は中断、副作用の原因を調べている。

病理的にはMRIでも確認できるネクローシスを伴う神経細胞死が誘導されており、このコンストラクトを投与したことで起こることが確認された。ただ、他の病理症状についてはほとんど記載がないので、細胞死という結果しかわからない。ただ、病変カ所の遺伝子発現解析で、強い免疫反応が示唆されているので、もし浸潤はなくても、強い自然免疫反応で細胞変性が誘導されたのかもしれない。

そこで、今回設計した遺伝子コンストラクトを様々に改変して、この毒性の原因を探ったところ、ウイルスパッケージをガイドするコンストラクトの両端に存在するInverted Terminal Repeatが、コンストラクトの長さ調整に用いた遺伝子の影響でプロモーター活性を発揮してしまい、その結果発生したRNA、あるいはそれ由来ペプチドが、神経変性を誘導することを突き止めている。

これを確かめるため、miRNAはそのままで、他の領域を完全に置き換えると、毒性は完全ではないが、強く抑制できることを示している。

結果は以上で、細胞死が誘導されたメカニズムは、誘導された免疫反応の内容も含めて明らかにはなっていない。しかし、

  1. アデノ随伴ウイルスコンストラクトに用いるInverted Terminal Repeatも、間にコードされている遺伝子によっては、設計とは異なる遺伝子転写を誘導するプロモーター活性を持つこと、
  2. このような転写が起こると、おそらく自然免疫系を介して(これは勝手に私が解釈している)、神経細胞死が誘導されること、
  3. そして、マウスでは完全に安全性が確認されていても、動物が変わるとプロモーター活性が出てしまうこともある、

が、この研究で明らかになった。

メカニズムはクリアでないにせよ、脳への遺伝子治療が急速に増加することを考えると、心に留める必要がある研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月20日 ライム病に対する新しい抗生物質の開発(10月14日号 Cell 掲載論文)

2021年10月20日
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現在科学界の興味と優先性の高いCovid-19に関する論文がトップジャーナルにあふれているが、Covid-19にとどまらず様々な感染症についての論文の掲載数も上昇している様に思う。もちろん感染症に対する注目度が上がったこともあるが、もう一つ重要な要因として、分子生物学やゲノム科学の成果を生かしやすい領域であることも大きい。その結果、例えば結核に対する新しい抗生物質の開発の様に、これまでの薬剤とは異なる標的を阻害する薬剤の開発が進んできている。

今日紹介するボストンのNortheastern大学からの論文は、このような流れを代表する研究で、最終的に見つかったのは新しい薬剤ではなかったが、抗生物質開発研究がどう行われるのかが覗える面白い研究だ。タイトルは「A selective antibiotic for Lyme disease(ライム病に選択的に効く抗生物質)」だ。

ライム病はスピロヘータが原因菌の代表的な感染症で、野生動物に寄生するマダニによりボレリアに感染することで起こる。我が国での報告は多くないが、例えば米国では50万人/年の報告がある様で、重要な感染症となっている。基本的には広域抗生物質で治療できるが、慢性化するとやっかいだ。また、Covid-19後遺症と良く似た感染後の後遺症が2割の人で見られる。

この研究では、耐性菌を発生させやすい広域抗生物質しか有効薬がなく、その結果体内の菌叢が破壊され、耐性常在菌が出現する。この問題を解決するため、ボレリア特異的薬剤を土壌菌の中から探索するという、オーソドックスなスクリーニングを行っている。

具体的には452種類の土壌菌の抽出液をボレリアと緑膿菌に加えて、ボレリア特異的に増殖を抑制する抽出液を特定し、その中の有効成分を生化学的に解析した結果、1953年にEli Lillyによって開発されていたハイグロマイシンAが、ボレリアを中心にスピロヘータに広く効果を持つが、他の細菌には効果がないことを突き止める。

ハイグロマイシンというと、現役の頃はプラスミド選択に使ったものだが、これはハイグロマイシンBのことで、ハイグロマイシンA(HA)はおそらくほとんど使われていないと思う。

すでに発見されていたにせよ、スピロヘータ特異的な抗生物質が特定できた。次は、なぜスピロヘータ特異的な効果が見られるのかについての解析が行われ、HAが23Sリボゾームに結合して翻訳開始を抑制し、タンパク質が全く作れなくなることを確認している。

ただ、このメカニズムだと、スピロヘータに高い特異性を示すのが説明できない。そこで、HAを細胞内に取り込む能力の差が、スピロヘータと他の細菌との差ではないかと、まずHAの取り込みを調べると、ボレリアでは1分もあればすぐに取り込まれることがわかる。すなわちトランスポーターの違いが、この差を決めていることが明らかになった。

次に、このトランスポータを特定するため、HAに耐性ボレリアを分離し、突然変異や遺伝子発現を調べた結果、最終的にbmpDと呼ばれるトランスポーターの存在が、ボレリアの感受性を決めていること、またbmpDを大腸菌に導入すると、今度はHAに対する感受性が高まることが明らかになった。bmpDはオリゴペプチドを細胞外で補足し、チャンネルに受け渡す役割をしている。

最後に、HAが治療に利用できるかを様々な角度から調べ、

  1. 耐性が出にくいこと、
  2. 腸内細菌叢など、他のバクテリアに作用して耐性菌を誘導する可能性が低いこと、
  3. トランスポーターがない動物細胞には毒性がない、
  4. マウスのライム病モデルで、1日2回、経口投与で完全にスピロヘータを除去できる。
  5. 梅毒の原因スピロヘータにも有効。

などを明らかにしている。

後は臨床治験が待っているだけだが、年間50万人の患者さんが発生する米国なら迅速に進むだろう。もちろん発生数は少ないとは言え、北海道を中心に我が国でも発生は続いているので、結果を期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月19日 ミトコンドリアの意外な機能:有事に役立つ寄生体(10月15日号 Science 掲載論文)

2021年10月19日
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ミトコンドリアは元々独立した細胞内寄生細菌由来なので、当然独自のゲノムとともに、翻訳システムを備え、独自にタンパク質合成を行っている。このミトコンドリア内での翻訳に関わる様々な遺伝子変異も知られており、脳、心臓、筋肉などミトコンドリア依存性の高い臓器に症状が出る。ただ、基本的にはミトコンドリアに必要なタンパク質の翻訳に限られると個人的には理解していた。

今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、ミトコンドリアがホスト細胞の事情に合わせて、必要ならミトコンドリアとは無関係のタンパク質の翻訳に手を貸してくれるという面白い研究で、10月15日号Scienceに掲載された。タイトルは「Mitochondrial translation is required for sustained killing by cytotoxic T cells(ミトコンドリア内の翻訳は細胞障害性T細胞が持続的に機能するのに必要)」だ。

マウスに網羅的に突然変異を導入して免疫機能を調べるプロジェクトが進んでいるが、その中で発見された遺伝子がUsp30で、これが欠損するとキラー活性が低下することが知られていた。

Usp30はミトコンドリアの膜上で、ミトコンドリアのオートファジーが起こりすぎない様に調節しているタンパク質で、これが欠損するとミトコンドリアの分解が上昇する。ただノックアウトされたマウスも正常に発生し、見た目正常に成長するので、この変異はキラー活性特異的なミトコンドリア依存性が存在することを示している。

この研究ではこの謎解きを、まずキラー活性を誘導したときのCD8T細胞のミトコンドリアについて、ノックアウトマウスを正常マウスと比べている。すると、キラー活性を誘導して5日目で、Usp30欠損細胞では、ミトコンドリアの多くが失われ、なんと60%で正常ミトコンドリアが消失してしまっている。

驚くことに、これほどミトコンドリアが減少しても、T細胞はグリコリシス経路を用いてエネルギーを調達して、しっかり生存している。しかし、キラー活性を調べると、全く消失はしていないが、活性自体が強く抑制され、細胞障害に時間と多くの細胞が必要になる。

ところがこの機能異常が、ミトコンドリアのエネルギー産生機能にあるのではと考えて調べてみても、ATP合成は変化しておらず、おそらくグリコリシスでまかなえていることがわかる。すなわち、単純なエネルギーバランスだけでは説明がつかない。

一方、細胞障害機能に必要な、細胞障害顆粒の大きさが小さくなっており、おそらく障害に必要な分子の合成がうまくいっていないことが想像された。そこで、細胞内で合成されているタンパク質を網羅的に調べると、ミトコンドリア機能に関わるタンパク質とともに、細胞障害性に関わる様々なタンパク質、例えばグラインザイムやパーフォリン、あるいは炎症性サイトカインなどを含む、500種類ほどのタンパク質の合成が低下していることがわかった。

結果は以上で、キラー細胞の様に急速に機能分子の合成が必要な状況では、ミトコンドリアの翻訳系が、場所を貸すことでエネルギー効率の高いタンパク質合成を可能にし、キラー活性に必要な分子合成に手を貸していることがわかった。望ましい共生関係がこんなところにも見られるという例だと思う。ただ、これを可能にするメカニズムについては、さらに研究が必要だろう。また、ミトコンドリア病についても、単純にエネルギー代謝だけでなく、翻訳の手助けまで考えて理解する必要があることがわかった。新しいことが学べた面白い論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月18日 かなり風変わりな免疫学(10月13日 Nature オンライン掲載論文)

2021年10月18日
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腸内細菌の研究の中でも、多くの情報は腸内細菌全体の変化を追いかける研究よりも、無菌動物を用いて個々の細菌とホストの関係を個別に調べる方法を用いる研究が、これまで多くの成果を上げているように思う。とはいえ、個別の細菌に対する免疫反応を調べるという研究はこれまで目にしたことはなかった(実際には多く発表されているのかもしれないが)。

今日紹介するスイス・ベルン大学からの論文は、大腸菌を無菌マウス腸管に移植し、誘導されるIgAの機能を、その抗体をもう一度感染マウスに投与して調べる研究で、ある意味でただの腸管免疫学といってしまえばそれだけだが、大変な手間のかかった研究といえるが、読後感は大いに不満の残った研究だった。タイトルは「Parallelism of intestinal secretory IgA shapes functional microbial fitness(腸内に分泌される多種類のIgAが機能的細菌の適応を決める)」だ。

研究は単純だ。すなわち無菌マウス腸管に栄養要求性のある大腸菌を移植すると、個々の マウスで様々なV遺伝子レパートリーを持った抗体が合成される。これまでの研究で、21日目では突然変異が蓄積するタイプのアフィニティー成熟は起こらないことが確認されている。

この研究では、こうして腸管に誘導された91個のIgA産生プラズマ細胞について、発現する免疫グロブリン遺伝子をクローニングし、細胞への遺伝子導入を用いて抗体分子を分泌させ、まずそれぞれの抗体の大腸菌への反応性を調べている。91個中、17種類が大腸菌と反応している。かなり確率は高いが、決して抗体産生細胞が増殖を続けた結果というのではなく、ほとんどV遺伝子の突然変異は見られておらず、大腸菌に対しては持って生まれたレパートリーで対応していると考えられる。

これらIgAのなかには、細菌細胞表面に結合するものと、そうでないものに分かれるが、この研究では慶応大学の個々の遺伝子を欠損させた大腸菌をライブラリーを用いて反応する分子の特定を行い、その上でそれぞれの抗体が、細菌感染防御力があるかどうか、IgAとして分泌させて調べている。

これまで細菌感染でも、特定の抗原決定基に反応する抗体がドミナントに誘導されるという報告が多かったが、この研究では無菌マウスは多様な抗原に反応し、IgA抗体を作ることができることを示している。こうしてできたIgA抗体は、様々な効果を発揮する。例えば抗体が結合するとファージウイルスが結合できなくなったり、イオントランスポートを阻害して、10%に及ぶ胃大腸菌の遺伝子発現変化が誘導されたりする。一方、大腸菌の転写に影響がほとんど見られないものもある。もっと驚くのは、細胞壁が抗体でコーティングされることで、胆汁の浸潤を守るという、バクテリアを助ける抗体まで存在するようだ。

それぞれの抗体を静脈に注射して、腸管に到達するか調べ、おそらく胆汁を介して腸管に到達し、腸内の大腸菌と結合することを確認している。ただ、個々の抗体により劇的に腸内大腸菌が減少することは見られていない。

以上が結果で、無菌状態でも複雑な抗原に対しては、持って生まれた様々なV遺伝子レパートリーが反応すること、多くの抗体はバクテリアに対して何らかの機能効果を持っていること、おそらくこれらの効果がが全部合わさってバクテリアとホストの共存が決められることなどが示されている。しかし、仕事の量は大変だが、最終的に何が言いたいのか明確な結論がほとんど示されていない曖昧な論文で、よく採択されたなというのが正直な印象だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

10月17日 局所への超音波照射による脳血管関門破壊による乳ガン脳転移抗体治療(10月13日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年10月17日
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2016年というと、ずいぶん昔になってしまったが、パリ公立病院のグループが、頭蓋内に埋め込んだ超音波発生器を通して、腫瘍局所に超音波を照射、同時にマイクロバブルを血管から投与することで、局所の脳血管関門を破壊して、グリオブラストーマの治療を試みた論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/5411)。

その後あまりフォローをしていなかったが、ゆっくりではあるが治療器のプロトタイプも開発され、大規模治験にまでは行かないまでも少しづつ可能性が試されていることが、今日紹介するカナダ・トロントにあるSunnybrook研究所からの論文が教えてくれた。タイトルは「MR-guided focused ultrasound enhances delivery of trastuzumab to Her2-positive brain metastases (MRIにより設定した領域に超音波照射を行うことでHer2陽性乳ガンの脳転移への抗体デリバリーを促進できる)」で、10月13日号のScience Translational Medicineに掲載された。

現在乳ガンは、初期でも転移があることを想定して、手術前から化学療法を行うネオアジュバント治療が主流になっている。しかし、脳転移になると、特に抗体薬などは脳血管関門(BBB)に阻まれて、ガン局所に届けることが難しいため、他の部位の転移巣と比べると、叩くのが困難だと思われる。個人的な印象で根拠はないが、術前治療の広がりを考えると、その時叩ききれない脳内転移の問題は、重要な課題になる気がする。

実際、脳内転移巣で抗体治療可能なHer2陽性のケースでも、抗体が届きにくいことは知られており、この研究では抗体治療中の患者さんで、超音波照射を行うことで、抗体を腫瘍に届けて、ガンの増殖を抑制できないか調べており、重要な情報だと思う。

4人のHer2陽性乳ガン転移、そのうち3例は抗体治療を継続している患者さんの転移巣をMRIで正確に診断し、後は以前紹介した方法で、設定した照射場所に、アイソトープ標識した抗体薬が到達するかどうかをまず確認している。

結果は期待通りで、照射したガン局所だけで標識抗体の濃縮が起こる。面白いのは、照射後4時間ではほとんどガン局所にアイソトープは見られないのに、48時間後には強いアイソトープの集積が見られる様になる点だ。すなわち、急に血管に穴が空いて抗体が漏れるというより、最初小さな変化が起こった血管を通してじわじわと抗体が到達していることがわかる。

以前この技術を「脳血管関門を爆破する」と紹介したが、この紹介の仕方は間違いだと思う。どうしてこのようにじわじわと集積が起こるのか、是非メカニズムを知りたいところだ。いずれにせよ、強い変化が誘導されるわけではないため、ほとんど副作用がなく、全員照射を受けた後すぐに帰宅している。

副作用がないことを調べるのが目的だが、効果についても示されており、CTで見る限り全例でガンの増殖を抑えることができたと言っていい様に思う。これならより大規模のテストに進んでいい様に思う。

結果は以上で、脳だけが標的でない場合、現在使っている抗体をガンの局所に届けるという意味で、重要なテクノロジーになる様に思う。次は、免疫チェックポイント治療にも使えるか是非知りたいところだ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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