2022年3月21日
フィラグリンの変異により重症のアレルギー性皮膚炎が誘導されることが報告されたとき、免疫システムだけでなく、様々な外来抗原から皮膚を守るバリアー機能の大事さを認識した。このように、人間の突然変異の解析は、思いもかけない展開をもたらせてくれる。
今日紹介する米国NIHからの論文を読んで、腸管の炎症についてもフィラグリント同じような話があるのだと実感することが出来た。タイトルは「Mucus sialylation determines intestinal host-commensal homeostasis(粘液のシアリル化がホスト腸管の常在菌のホメオスタシスを決定する)」で、3月31日号Cellに掲載された。
タンパク質の糖鎖修飾については、今回のコロナパンデミックで、様々な場面でその重要性が示されたが、個人的にも理解しづらいところが多いと感じている。この研究では糖鎖の上にシアリル酸をさらに付け加える過程に関わるシアリル酸添加酵素(ST)を対象にしているが、同じ機能の酵素だけでも20種類もある。
この研究ではその中のST6が潰瘍性大腸炎と相関するというこれまでの研究をベースに、糖鎖研究のプロフェッショナル的生化学的実験を行い、
1)ST6は腸管のゴブレット細胞で作られること、
2)ST6はO結合型及びN結合型グリカンの両方にシアリル酸を添加する。
3)粘液タンパク質MUC2のN結合グリカンのシアリル化に必須。
4)シアリル化により、MUC2がバクテリアの酵素により分解されるのを防ぐ。
5)ST6はバクテリアに反応するTLR4シグナルにより誘導される。
まず明らかにしている。
以上の結果は、粘膜を守る粘液バリアーの分解を抑えるのがST6であることを示しているので、フィラグリン変異での皮膚炎症と同じように、幼児期からバリアー機能が傷害され消化管の炎症症状が起こる可能性が高い。このような患者さんをスクリーニングし、ST6のアミノ酸変異を両方の染色体で持つ患者さん3名を特定している。実際には腸炎を持つ患者さんのコホートに参加していた中からこれらの患者さんを発見しているので、変異の可能性を着想することの重要性がよくわかる。
2人の患者さんは、いとこ結婚で同じ変異がそろったホモ変異で、もう一人は異なる変異が集まった複合へテロ変異で、それぞれ分子構造上CMPと結合する重要部分に関わることを示している。また、機能的にも、それぞれの変異によりシアリル化機能が抑えられることを示している。
最後にゴルジ体への移行が傷害されるためにシアリル化が出来なくなるR391Q変異をもつマウスを作成し、
1)この変異が存在すると、デキストランで誘導される腸炎がさらに悪化すること、
2)悪化の原因は、バリアーが壊れることでブチル酸を産生するバクテリアが増殖し、これにより腸管の幹細胞の増殖が低下すること、
を明らかにしている。まとめると、ST6は腸内細菌叢から分泌される細胞壁分子により誘導され、粘液をシアリル化することで腸粘膜のバリアー機能を高める。これが機能しないと、細菌叢のバランスが変化し(これについては理由がよくわからない)、細菌から分泌されるブチル酸により幹細胞の増殖が抑えられ、炎症修復が低下するため炎症が続くことになる。
おそらく、ブチル酸の作用を抑えれば、このタイプの患者さんは治療できると期待できる。
2022年3月20日
腸内細菌叢がホストの免疫機能に大きな影響を持ち、例えばPD-1に対する抗体によるチェックポイント治療の成否を決めると言うことについては、広く認められるようになった。ただ、この事実を受けて、治療成績をどのように高めていくのかになると、まだまだ具体的な方法は見えてこない。便移植にしても、最終的に何を投与しているのかが完全にわからない段階では、信頼性の高い治療までには進まない。
他にもプロバイオやプレバイオという手段もあるが、これも生活習慣や栄養とガンの関係以上に進まない。例えば最近紹介したテキサス大学の論文のように(https://aasj.jp/news/watch/18696)、疫学的に調べてみたら乳酸菌もビフィズス菌もPD-1治療の予後を悪くするという話すら出てくる。
この難しさはそのまま免疫システムの複雑性を反映している。特に人間の調査になると、PD-1治療と言っても、個体内で起こっているガン免疫反応事態が極めて多様だ。従って、ガンに対する免疫反応をできるだけ単純にした研究が必要になる。
今日紹介するペンシルバニア大学と、Sloan Ketteringガン研究所からの論文は、免疫反応部分を外部から導入したCAR-Tにすることで、複雑なガン免疫を少しは単純化して、細菌叢の影響を調べた研究で、3月14日Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Gut microbiome correlates of response and toxicity following anti-CD19 CAR T cell therapy(CD19に対するCAR-T治療に対する反応と副作用を反映する腸内細菌叢)」だ。
この研究はリンパ性白血病とノンホジキンリンパ腫、併せて228人の患者さんで、CD19-CAR-T治療を受けた患者さんについて、CAR-T治療前に採取した様々な臨床データと、腸内細菌叢についてのデータを、CAR-T治療の成績、副作用と相関させた研究だ。
既に述べたようにガンに対する免疫反応をCAR-Tに統一することで、エフェクターとメモリー細胞の維持のみに単純化して検討が出来る(本当はこれでも十分複雑だが)。ただ、これ以外にもガン治療と腸内細菌叢についての研究にとっては、学ぶところの多い論文だ。
1)まず、ガンを抱えて生きるということ自体が腸内細菌叢を大きく変化させる。実際、主成分解析で見ると、患者さんの細菌叢は多様性に乏しく、細菌種構成を基に行う主成分解析でも、健康人とは全く異なる。すなわち、病気の細菌叢を調べたいとき、健常人との差をしっかり調べた上で、解析する必要がある。
2)健常人との差は、ガン自体の影響、治療の影響などが反映されるが、特に問題なのが、細菌叢を破壊する抗生物質の影響であることが示されている。感染症に用いられる、ペニシリン系とβラクタムを組みあわせた治療や、イミペネム・シラスタチンの合剤をCAR-T治療前に一度でも受けた患者さんは、CAR-Tの効果が強く抑えられてしまう。
3)この結果は、抗生物質自体というより、治療前に抗生物質投与が必要な感染症を起こしてしまった結果であると考えることも出来るが、セファロスポリン系の抗生物質を投与した場合は、影響がないという結果も示されており、やはり抗生物質が細菌叢に影響した結果だと考えていいだろう。
4)このように、治療前の抗生剤の影響を調べることは、臨床データの解釈には極めて重要で、その上ではじめて細菌叢との相関検索へ進んでいける。この研究では、まず細菌叢の多様性が効果に影響することを確認した上で、各細菌種との関連を調べている。
5)線形判別分析で、Ruminococcusなど、いくつかの細菌の影響が特定され、またその代謝物との関係も示されているが、最終的な因果性はわからないので詳細は省く。
以上、結局は現象論から踏み込めないが、CAR-T治療に焦点を当てることで、キラー活性のエフェクターとメモリー機能をより詳しく解析できるはずで、今後の研究に期待したい。
2022年3月19日
今週Natureには、マウスが競争するときに自分のランキングを評価する神経細胞についての論文が、西海岸と東海岸から2報同時に掲載された。見ている領域が片方は内側前頭前野、後の方が帯状皮質で、領域としては異なるが、ともに社会的認知に関わるとされる領域だ。ただ、競争を調べる実験系としては、ハーバード大学からの論文が新鮮で面白いので、こちらを紹介する。タイトルは「Frontal neurons driving competitive behaviour and ecology of social groups(社会的集団での生態と競争的行動を駆動する前頭神経細胞)」だ。
これまでマウスなどの実験動物間の競争とランキングを調べる実験は、基本的に1対1の関係を個々に調べることで行われてきた。これに対し、この研究では大きなケージの中で、餌の入った一部のマウスしか入れない小さな部屋めがけて競争する、より動物生態に近い実験システムを構築し、この時の各マウスの行動を逐一ビデオカメラで追いかけることで、各マウスの社会的ランキングに対応する行動を、他の行動から区別して取り出すことに成功している。
この上で、そのうちの一匹のマウスの前帯状皮質にクラスター電極を設置し、競争時の脳活動をテレメーターで記録している。いくら小型になったとは言え、脳に記録計を入れるだけでハンディキャップになるような気がするが、問わないことにする。
結果だが、まず基本的に身体能力を反映する社会ランキングは、明らかに課題の成功率を反映している。ランキングの高いマウスは半分のトライアルで一等賞を取る。
この時の前帯状皮質の脳活動を調べると、周りの動物との階層関係を推し量る行動時に興奮する神経細胞が37%を占めることがわかる。一方、この領域にはスピードなどの動物の運動能力に反応する神経細胞は存在しない、
面白いことに、社会的階層に反応する神経は、部屋に入った後競争が始まった後よりも、ゲートが開くのを待っている競争前の段階で興奮する。スタートラインに立って、相手の強さを調べていると言った感じだろう。
そして最後に、前帯状皮質を刺激して、ランキングに反応する神経を人為的に興奮させたとき何が起こるかを調べている。驚くことに、低いランクの相手と競争する場合は、さらに成功率が高まる。しかし、高いランクの相手の場合、同じ刺激は成功率の低下につながる。
以上が結果で、要するにスタートラインに立ったとき、相手に勝ったと思えれば勝つチャンスが上がるという話で、多くのスポーツトレーナーが実践している話だろう。しかし、当たり前のことも脳活動として示されると面白い。
2022年3月18日
今になってふっと小学校時代のことを思い出したりすると、記憶とは不思議だなとつくづく感じる。逆に、割と最近の思い出でも、どちらが先のエピソードだったのか、思い出せないことも増えてきた。このような、エピソード記憶と呼ばれている過程は、動物ではもっぱらオキーフ、モザー夫妻がノーベル賞を受賞した場所細胞を用いて研究されている。ただ、これをそのまま私の記憶と重ね合わせて考えるのは簡単ではない。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、脳内に電極を設置したてんかん患者さんにお願いして、エピソード記憶成立時の脳活動について調べた研究で3月号のNature Neuroscienceに掲載されている。タイトルは「Neurons detect cognitive boundaries to structure episodic memories in humans(神経細胞は人間のエピソード記憶を構造化するための認識境界を検出する)」だ。
この研究では、エピソード記憶として90近いビデオクリップを見てもらって、それを様々な方法で正確に覚えているかどうか調べ、エピソード記憶が成立しているかどうかを測定している。
このビデオクリップだが、一つのストーリーがシーンが変化することなく(例えば海辺の情景がそのまま続く)提示される場合を境界なし(NB)、同じストーリーだが途中でシーンが変わる(海辺からホテルなど)場合がソフト境界(SB),そしてストーリーそのものが変わるハード境界(HB)を提示し、それぞれのシーン自体やその順序の記憶を調べている。
この課題での成績を調べると、ストーリーが変わるHBの前後の順序は、ストーリーがつながっている場合と比べると覚えにくい。これは自分の経験からも十分納得できる結果だ。
さて、この記憶成立過程での脳神経の活動だが、この研究では海馬も含む領域から1000近い細胞をレコーディングして解析している。すると、シーンが変わるときにだけ活動する細胞(境界細胞と読んでいる:BC)が存在し、ストーリが続いていても、異なるストーリーでも、シーンが変わるごとに活動する。
これに加えて、ストーリーが変化するときにだけ活動する出来事細胞と呼んでいる細胞(EC)も存在する。
BCも ECも、決まったストーリーに反応するのではなく、シーンの変化時、出来事の変化時に興奮する。そして、ECはBCの興奮の後100msで興奮することを明らかにしている。そして、BCとECの興奮が高いほど記憶がしっかりしている。
以上、BCとECを特定したことがこの研究のハイライトだ。後は様々なシーンに対して反応し、記憶の呼び起こしの時にまた反応する細胞などとの関係を調べているが、詳細は省く。
要するに、私たちはシーンの変わり目をBCや ECで境界づけることで、それぞれのシーンを一画面として圧縮して記憶している。しかも、BCとECの異なる細胞の興奮が100msの間隔で起こることで、シーンの変わり目を、さらに同じ出来事なのか、異なる出来事などかの区別を行っている。そして、BC、ECの興奮は、記憶を呼び起こすときの時間順序のマーカーになっている、という結論になる。
繰り返すと、境界細胞と出来事細胞は、エピソード記憶成立時に、それぞれのシーンを構造化し、次に思い起こすときの時間順序の標識を与えてくれるという結果だ。
今後自分の体験を、この論文に当てはめて常に検証していこうと思う。しかし、留置電極でしか調べられらないのは残念だ。頭蓋の外からわかるようになれば、いつでも試してみたい。
2022年3月17日
エーザイがAducamabの販売主体を降りたと言う話がメディアで報じられているが、Aducamabに続けるのではと期待して臨床試験に入った他のアミロイドβ(Aβ)に対する薬剤の今後の去就が、Aβがアルツハイマー病(AD)の治療標的として残るかどうかを決めるだろう。
そんなとき、Aβの思いもかけない機能を示す大阪市立大学からの論文が3月15日米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Peripheral Aβ acts as a negative modulator of insulin secretion(末梢のAβはインシュリン分泌の抑制因子として働く)」だ。
これまで何度もAβについての論文を紹介してきたが、この分子が脳以外の組織で機能していることについては、恥ずかしながら全く予想もしていなかった。しかし、大阪市大の冨山さんたちのグループは、以前からブドウ糖負荷をかけると血中のAβが上昇することを観察しており、この研究でインシュリンによる糖代謝と末梢のAβとの関係を追求している。
詳細を省いて最初の結論を述べると、Aβの動きは血中グルコースや、インシュリンと連動しているが、生体内での様々な条件での検討、試験管内のインシュリン分泌細胞を用いる実験から、
1)Aβ分子は、インシュリンでつながる、膵臓β細胞、脂肪細胞、筋肉細胞、そして肝臓で合成され、貯蔵されている。
2)膵臓β細胞では、Aβはインシュリンと同じように、血中グルコースに反応してインシュリンと同じように分泌される。
3)脂肪組織、筋肉、肝臓ではインシュリンに反応してAβが分泌される。
4)Aβは膵臓β細胞に直接働いて、インシュリン分泌を抑える。
を明らかにしている。
要するに、まさにインシュリンによる糖代謝ループに、Aβの貯蔵、分泌システムが組み込まれていて、インシュリンの分泌を抑える役割があることを示唆している。
これは糖代謝異常という点から見ると、Aβが組み込まれてしまうことで、せっかくのインシュリン作用を打ち消すことになるので、合目的性がないようにも思うが、過食と関係のない状況では、ひょっとしたら血中グルコースを維持して、脳にリクルートする機構とすら考えられる(勝手な推察です)。
一方、Aβが最初のトリガーになるADから見れば、脳からのAβは糖代謝を狂わせ、脳を高いインシュリンレベルに晒すことで神経細胞代謝異常を促進する可能性があるし、末梢のAβが脳での蓄積に何らかの役割を果たして、ADを悪化させることも考えられる。
いずれにせよ、人間でも同じことが確認できれば面白い。一番重要なことは、Aβのインシュリン分泌抑制機構、及び抹消でのAβ分泌機構の解明だろう。これが明らかになると、Aβに対する介入の影響も、末梢Aβへの影響を考えながら解釈出来るようになり、新たな光が当たるかもしれない。
2022年3月16日
「百聞は一見にしかず」で、構造についての論文を言葉で紹介するのは簡単でない。しかし、論文に目を通していると、様々なハード技術のみならず、ソフト技術が進歩して、形態学が大きく変化していることを実感する。分子構造解析ではクライオ電顕がその典型だが、組織学でも、目で見るより先にコンピュータに描かせてみて、それを眺めることで、これまで見えていなかったものに気づけるようになっている。特に、電子顕微鏡像を再構成して立体化する技術の進歩は目を見張る。哲学的には、新しい客観性の概念が生まれたとすら思う。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、新しい技術を用いて構造を見直すことの重要性を示した素晴らしい研究で、考えるところが多かった。タイトルは「Regulation of liver subcellular architecture controls metabolic homeostasis(肝臓の細胞内構造が代謝のホメオスターシスを調節している)」で、3月9日Natureにオンライン掲載された。
この研究は従来半導体の解析に使われてきたfocused ion beam走査電子顕微鏡が持つ3次元画像解析技術を利用して、細胞内で複雑なネットワーク構造を作る小胞体に焦点を当て、肝臓細胞を観察するところから始めている。
この方法により、肝細胞内の小胞体は核の周りのシート上にきれいに並んだ小胞体と、細胞質内にありの巣のように拡がるチューブ状小胞体のネットワークに分けられることがわかる。
勿論、このような構造はとっくの昔に明らかになっており、教科書でも図が描かれているが、立体的に再構成された像を見ると新たな感動がある。そして、もっと驚くのは、この方法で遺伝的肥満マウス(ob/obマウス)脂肪肝の肝臓を見ると、シート型部分の小胞体構造が大きく減少し、シート自体も蛇行してしまうことがはっきりとわかる。これまで、細胞内の脂肪滴に目を奪われて見えなかったものがはっきりと見えてくる。
ここまでの結果を表現すると、「脂肪肝になると小胞体はシート状でリボゾームが結合している構造が減少し、チューブ型のネットワークが増える」になる。どうしても肝臓代謝の変化は、もっと別のところにあると思ってしまうので、構造はその結果を表すだけだと思ってしまう。
この研究の面白いのは、この地点からさらに進んで、小胞体構造を変化させることで遺伝的肥満マウスの代謝が改善することを示した点だ。まず、小胞体構造変化に伴って、小胞体と細胞骨格の結合を調節して構造を決めるClimp-63が、肥満マウス肝細胞の小胞体から失われていることを確認した後、今度はClimp-63遺伝子をアデノウイルスベクターで肝細胞に導入、逆に脂質代謝が変化しないか確かめている。
結果は驚くべきもので、肥満マウスの小胞体構造が、Climp-63導入で大幅に改善するだけでなく、脂肪合成に関わる小胞体状の酵素が低下し、脂肪合成が低下するのと並行して、おそらくミトコンドリアの代謝も改善し、脂肪が燃える。
さらに、これらの変化の結果と思うが、インシュリン感受性まで高まり、肝臓でのグルコース産生が低下する。
以上が結果で、ob/obマウス以外でも同じかなど、知りたい点は多くあるが、それでもClimp-6を過剰発現させるだけで、小胞体が正常化し、代謝も改善するとなると、全く新しい治療法が開発される可能性が生まれたと期待する。
結局構造が原因か結果かと考えるのではなく、一つの遺伝子変化を、構造変化で対応できるだけの能力を私たちの細胞が持っていると考えるのが正しいのだろう。
2022年3月15日
免疫抑制に関わるT細胞というと、坂口さんの発見したCD4Treg細胞を思い浮かべるが、もう一本の柱としてCD8陽性細胞が2018年ぐらいからマウスで指摘されていたようだ。さらに遡れば、TakMakらのグループがCD8T細胞をノックアウトで除去すると、自己免疫性脳炎の炎症が抑えられることを発見したことにルーツがあるようだが、残念ながら全くフォローしていなかった。
しかし、今日紹介するスタンフォード大学、M.Davis研究室からの論文を読んで、彼が調節性CD8T細胞のことをかなり理解できた。タイトルは「KIR+ CD8 + T cells suppress pathogenic T cells and are active in autoimmune diseases and COVID-19(KIR+CD8+T細胞は、自己免疫病やCovid-19で異常なT細胞を抑制する)」だ。
M.DavisもTak MakもともにT細胞受容体を世界最初にクローニングした2人だが、両方がこのT細胞に関わっていたことを知ると因縁を感じる。
このグループは、マウスを用いて抑制性CD8T細胞について研究しており、実験的自己免疫脳炎で上昇することを突き止めていた。そこで、人間の自己免疫病でも上昇する、抑制性と思われるCD8T細胞の存在を探索し、クラスIMHCに結合し、NK細胞で発現が見られるKIR分子を発現するCD8T細胞が様々な自己免疫疾患で上昇することを発見する。
次に、KIR陽性CD8T細胞が自己免疫性のCD4T細胞を抑制できるか、グルテンを抗原にしたアレルギー反応で調べ、KIR陽性CD8T細胞が抗原に反応しているCD4T細胞を特異的に殺して、免疫反応を抑制することを示した。すなわち、KIR陽性CD8T細胞は、抗原に異常反応しているCD4T細胞を見つけて殺してしまうことで、免疫がオーバーシュートしないように調節していることがわかった。
その上で、この細胞の遺伝子発現や、single cell RNAseqを行い、KIR陽性CD8T細胞が、自己反応性CD4T細胞に特異的に現れる自己ペプチドがクラス I 抗原と結合した複合体を認識し、その細胞を殺すことで、逆説的だが、自己免疫反応を抑える役割を持つ自己反応性キラー細胞で有ることを示している。
まさに、自己免疫に対して自己免疫で制すると言った話だが、しかし活性化されていないCD4T細胞には全く反応しないので、今後、どの自己ペプチドが標的になるのかは面白いテーマになると思う。
あとはこの細胞の重要性を示すために、2つの実験を行っている。
一つは、covid-19患者さんの末梢血を調べ、KIR陽性CD8T細胞が、特に自己免疫反応を示す血管炎を併発した患者さんで高いこと、また肺胞の洗浄液内にも存在し、肺胞の間質炎を抑えるために働いていることを示している。
このように、ウイルス疾患でも上昇が見られることから、おそらくウイルス感染から自己免疫病へと転換していく過程で、KIR陽性CD8T細胞は重要な機能があると着想し、マウスを用いて抑制性CD8T細胞を除去する実験を行っている。このマウスに、サイトメガロウイルスやインフルエンザウイルスを感染させると、ウイルスの除去自体は正常マウスと遜色なく起こるにもかかわらず、ウイルスによる炎症の程度は遙かに強いことを明らかにしている。
すなわち、ウイルス感染で起こる炎症が強すぎないよう抑制するのがまさにKIR陽性CD8T細胞で有ることを示している。
最終的に、どのペプチドに反応するのかがわかったところで、このストーリーが完成すると思うが、完成後はKIR陽性CD8T細胞を誘導するための特異的ワクチンが開発され、ウイルス感染の重症化を防ぐことが可能になると期待できる。ウイルス感染を防ぐワクチンと重症化を防ぐワクチンが将来のワクチンセットになると素晴らしい。
2022年3月14日
TCAサイクルはあらゆる生物で、エネルギー代謝と物質代謝のハブになっていることは高校で習う。しかし、それぞれの生物を調べていくと、このハブは極めて融通無碍にできていて、この可塑性が様々な環境下での細胞の生存を保証していることがわかる。
今日紹介する米国、NYのSloan Ketteringガン研究所からの論文は、このTCAサイクルは必ずしもミトコンドリア内に限定されるのではなく、細胞質も巻き込んだ非標準的TCAサイクルが存在し、幹細胞の状態に応じてスイッチしていることを示した研究で3月9日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「A non-canonical tricarboxylic acid cycle underlies cellular identity(非標準的TCAサイクルが細胞の特性を決める)」だ。
この研究ではCRISPRを用いたノックアウトスクリーニングで、細胞の基本機能を網羅的に調べるDepMapプロジェクトのデータを検討する中で、クエン酸がまたマレイン酸を経てクエン酸に戻るTCAサイクルを、一般的に認められているミトコンドリア内での、クエン酸ーαケトグルタル酸ーコハク酸ーフマル酸ーマレイン酸ーオキザロ酢酸ークエン酸に戻る回路と、クエン酸が一度細胞質に出て、オキザロ酢酸ーマレイン酸と進み、またミトコンドリア内に入った後、オキザロ酢酸ークエン酸と回路を完成させる非標準的回路が存在し、それぞれの細胞が様々な程度に両方の回路を利用していることを発見する。
それぞれの回路は、基本的に標準的回路で利用されるピルビン酸の量で決定されること、そしてこの回路を、鍵となる酵素アコニターゼ(ACO)および、ATPクエン酸シンターゼ(ACL)の阻害剤で調節できることを示している。
こうして、それぞれの回路を定義し、調節できるようにした上で、それぞれがどのように使われているのかを、様々な細胞で検討しているが、ES細胞分化についてのみ紹介する。
まず血清とLIFで維持しているES細胞について調べ、標準的なTCAサイクルとともに、非標準的なTCAサイクルが同等に働いていること、そしてその増殖のためにクエン酸やマレイン酸を細胞質とミトコンドリアの間でやりとりするためのトランスポーターが必要であることを示している。
面白いのは、Austin Smithらによって定義されたground stateでは、標準的TCAサイクルが優性的に働いている一方、分化を誘導すると非標準的TCAサイクルが優勢になる点だ。実際、非標準的TCAサイクルに必要なACLをブロックすると、幹細胞維持に必要なLIFや2種類の阻害剤を除いても、Nanog、Esrrbなどの多能性維持遺伝子を発現したままになる。すなわち、分化が誘導できない。一方、ACOをブロックするとground stateのES細胞の増殖は低下する。
以上が結果で、クエン酸とマレイン酸が細胞質とミトコンドリアの間をシャトルすることを示すことで、TCAサイクルの可塑性がうまれ、そしてそれにより、より様々な状況に細胞が適応して、エネルギーと物質代謝を維持できることを示した重要な貢献だと思う。また、ガン研究でも、両方のTCAサイクルの使われ方について、詳しく見ることは、治療戦略上重要になると思う。
この論文を読むと、細胞の分化は必ずしも転写だけで決まるのではなく、代謝と転写が不可分に統一されたメカニズムを常に頭に置く必要があると思った。
2022年3月13日
ロシアによるウクライナ侵略をきっかけに、世界が新しい体制へと組み変わろうとしているのを目の当たりにすると、このルーツは全て21世紀の幕開けにおこった世界貿易センター襲撃に遡れるのではないかと感じる。この事件は、米国だけでなく世界の常識が簡単に破れること、怨念が怨念を呼ぶ連鎖がいとも簡単に増幅していくことを私たちに示した。
しかし、今日紹介するアルバートアインシュタイン医科大学を中心とする論文は、このような事件についても、その影響について、常に科学は冷静に分析を進めていることを示した研究で、3月7日Nature Medicineにオンライン出版された。タイトルは「High burden of clonal hematopoiesis in first responders exposed to the World Trade Center disaster(世界貿易センターの惨事に最初に晒された人では高いクローン性造血の負荷が見られる)」だ。
世界貿易センター崩壊では、消防士に多くの犠牲が出たことがよく知られているが、これを象徴する粉塵にまみれた消防士の写真が残されている(https://www.afpbb.com/articles/-/2816655)。
この研究は、この時の粉塵の健康への影響を調べることを目的としており、まず粉塵に晒された消防士481人と、粉塵に晒されなかった消防士255人について、事件後12年から14年にかけて血液細胞を採取、237遺伝子について250回以上DNA配列決定を繰り返し、特定の変異が繰り返し見られるかを調べている。
この方法では、造血のクローン性増殖と呼ばれる、特に老化に伴って起こる現象を調べることが出来る。例えば造血に関わる遺伝子に変異が入ると、ガンに発展しないまでも、増殖性が高まり、遺伝子配列を繰り返して調べることで、、この変異を繰り返し観察することが出来る。
これは普通に起こる現象で、老化の指標として調べられることが多い。ところが、この研究の結果、粉塵に暴露された消防士では約2倍の頻度でこのようなクローン性増殖を観察することが出来る。
さらに、年齢が進むとともにクローン性増殖が見られる頻度が急速に上昇する。例えば、検査時に70−79歳になっていた消防士では、なんと30%にこのようなクローン性増殖が見られる。
そして最も多く変異が見られた遺伝子はDNMT3AやTET2で、ガンのドライバーと言うより、エピジェネティック調節因子が多く、これもクローン性増殖を反映している。
これだけでも、なるほどと驚く研究なのだが、この研究はさらにこのメカニズムについても探索を進めている。
まず驚くのが、この時の粉塵がきちっと採取され、残されていることだ。世界が恐怖と怒りで冷静さを失っているとき、それでも後の研究に粉塵を採取していた人たちがいるという冷静さに感銘を受けた。
この研究では、この粉塵を用いて試験管内や、マウスへの投与により、ゲノムの変異が起こるかどうかを調べている。実際、粉塵に細胞や造血幹細胞が晒されると、突然変異が起こる。しかもゲノム科学の進展のおかげで、そのメカニズムも極めて詳細に行うことが可能になっている。その結果、粉塵に晒された場合、DNA 合成プログラムが傷害され、S期の後半で細胞周期が遅くなり、このストレスで変異が誘導されることまで示している。
また、動物を粉塵に晒した実験から、起こってくる変異のタイプが、タバコによる変異と似た特徴を持つこともつかんでいる。
結果は以上で、内容としては驚くほどの結果ではないが、恨みや怒りの中でも、常に冷静さを失わず、未来に向けて行動する科学の重要性を改めて実感した。
2022年3月12日
コンピューターが発達してから、言語を話せるようにする自然言語処理が重要なテーマとして研究され、様々な方法が試された。元々、意味を言語の中心に置くソシュール的考えにもとづいて、Psycholingustic modelと呼ばれる方法が試され、その後deep learningが組み合わさることで一定の効果をあげた。しかし、その後意味も飛ばしてしまった、語の集まり(=コンテクスト)とにもとづいて、次の言葉を予想し、その結果をまたフィードバックするdeep language model(DLM)、要するに深層学習、あるいはAIと言ってしまっていいかもしれない、が現れ、自然言語処理は大きな成功を収めるようになる。
これほどの成功を目にすると、当然、我々の脳がDLM処理を行っているのではないかという可能性を調べたくなる。今日紹介するプリンストン大学からの論文は、脳内に脳皮質電極を設置したてんかん患者さんの言語処理時の脳活動を記録して、DLMコンピューター処理と比べた研究で、3月7日号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Shared computational principles for language processing in humans and deep language models(人間とdeep language model での言語処理の計算原理は共通)」だ。
実際、文章を聞いた後で次に来る単語を予想するテストをすると、GLMと人間はほぼ同じ予測率を示す。すなわち、人間の脳でも、言葉を聞いているうちにコンテクストを理解し、その上で次の単語が来るより前に、その単語を予測し、実際に聞いたあとそれまでの予測プロセスを評価していることになる。
これを示すため、文章を聞いているときの皮質電位を計測し、文章に表れる一つ一つの単語に反応する部位をできるだけ特定する。その上で、特定の単語に対する反応が、実際の単語が現れる前から脳活動として記録できるかを調べている。
すると、実際の単語が現れる前から徐々にその単語に反応する領域の興奮が上昇し、最終的にその単語を聞くと、400msをピークにした反応が得られることを示している。
さらに面白いのは、予想とは異なる単語が現れたときは、その単語に反応する部位の興奮は低いまま経過し、その単語を聞いた後で急にその部位の興奮が上昇する。しかも、予想できていたときより高いピークの反応が見られることが明らかになった。
そして最後に、DLMモデルを用いて、実際の脳の興奮を予測できるかも調べている。この数学的処理については苦手なのですっ飛ばすが、deep learningでコンテクストを判断する方法が最も高い相関を示し、ただ統計学的に単語を予測するモデルなどではうまくいかないことが示されている。
結果は以上で、要するに私たちの脳もAIと同じ処理をしており、deep learning研究者たちがneural networkと呼んでも良いことになる。
ただ間違ってはいけないのは、これは言語を習得したヒトの脳の話で、実際の習得がこの方法で行われるのか、子供の発達を調べる必要がある。また、構語、シンタックスはどう形成されるのかも、今後の問題だと思う。