細菌叢の研究はどこまで拡がるのか、栄養に始まって免疫、そして今では神経まで、人間の生理機能で影響を受けない物はないとすら思える。その中でも今日紹介するペンシルバニア大学からのエクササイズへのモティベーションを細菌叢が高めるという論文は群を抜いて面白い。タイトルは「A microbiome-dependent gut–brain pathway regulates motivation for exercise(細菌叢に依存する腸・脳経路がエクササイズのモティベーションを調節する)」で、12月14日 Nature にオンライン掲載された。
この研究グループの目的はネズミの運動能力の差を決める要因を明らかにすることで、8種類の異なる遺伝形質を持ったマウスをランダムに掛け合わせて得られた雑種マウス199匹の自発的、強制的運動能力を調べ、検出される差と相関する要因を、ゲノム、代謝物、そして腸内細菌叢と相関させている。この方法で調べると、強制的運動、及び自発運動量は大きな差が出てくる。自発運動に至っては、ほとんど動かない怠け者から、2日で40km動き回る個体まで差が出来る。
この要因を調べると、驚くことに遺伝要因との相関はほとんど認められないが、なんと細菌叢との相関が強く認められた。そこで、抗生物質を投与して細菌叢を除去すると、運動量の差がほとんどなくなる。
さて、細菌叢だとわかると、無菌動物への菌移植を用いて菌を特定できる。この研究ではまず、運動量と相関する菌がネオマイシン耐性で、ペニシリン感受性であることを利用して、この性質を持つ菌を絞り込んで、無菌動物に移植すると運動能力を高める2種類の細菌を特定している。
ここまでで十分面白いのだが、この研究では徹底的にこの現象のメカニズムを調べており、実力を感じる。まず、運動量の差の原因を脳細胞のsingle cell RNA sequencingを用いて探り、運動により高まる線条体のドーパミンの維持に、細菌叢が関わることで、エクササイズのモティベーションを高める働きがあること、そしてドーパミン量の維持に関わる分解酵素の運動時の抑制が、細菌叢により維持されるため、ドーパミンレベルが高く保たれることを明らかにする。
次に、細菌叢から線条体へのシグナル経路を探り、TRPV1陽性感覚神経を介してシグナルが線条体に伝わり、ドーパミン分解酵素のレベルを下げ、ドーパミンのレベルを上げることを突き止める。
そして、TRPV1神経が同時に発現している大麻受容体CB1に細菌叢から分泌される脂肪酸アミドが結合し、TRPV1を刺激してドーパミンレベルを高めることを突き止めている。
実験については詳しく述べなかったが、脳内のドーパミンを経時的に調べたり、代謝物解析など、様々なテクノロジーを駆使した徹底的な研究で、タイトルを見たときは、耳目を驚かすだけの研究かと思ったが、読み終わって印象が完全に変わった。
この研究は、細菌叢と運動にとどまらず、様々なことを教えてくれる。腸のTRPV1刺激が運動能力を高めるとすると、うまくやればドーピング効果と同じ作用を得ることが出来る。例えば韓国の人はキムチが韓国アスリートの強さだとよく言っているが、カプサイシンが効くなら納得できる。また分解酵素を抑制するとすると、キムチや唐辛子でTRPV1を刺激すると、パーキンソンの人の運動能力も高められるはずだ。空想が拡がる面白い研究だ。