研究の中には、構想できてもサンプルを集めることがほとんど難しいため実現できない物がある。例えば深海生物などが思い浮かぶが、実際には正常人の組織なども、集めるのが難しいサンプルの中に入る。
今日紹介するシカゴ・ノースウェスタン大学からの論文は、52歳から82歳まで、実に45人の正常人の脳脊髄液を集めて、中に含まれる血液免疫系の細胞を single cell RNA sequencing で調べた研究で、集める仕組みを持っていること自体が驚きの研究だ。タイトルは「Cerebrospinal fluid immune dysregulation during healthy brain aging and cognitive impairment(正常の脳老化と認知障害の脳脊髄液免疫系の調節異常)」だ。
病気の場合は検査する中で様々なサンプルを集めることが出来るが、正常人となるとさすがに脳脊髄液を採取させてくれるボランティアはそうそういないと思う。この研究では、スタンフォード大学認知症研究コホートに参加したボランティアから脳脊髄液を採取しているが、このような参加者を得られたと言うことがこの研究の全てだと思う。
脳脊髄液に存在する全ての細胞を single cell RNA sequencing で解析しているが、存在する細胞のほぼ全てが血液細胞で、そのうち6割近くがT細胞で、この比率は高齢になっても安定している。しかしよく見ると、T細胞の比率は変わらなくても、CD74のような活性化マーカーは上昇していることが single cell RNA sequencing でははっきりわかる。さらに、キラー細胞活性を表すグランザイムなども高まっている。これまで、老化とともに自然免疫系が活性化されることは知られていたが、この結果は獲得免疫も活性化されていることを示している。
実際には、この分子にとどまらず様々な分子が老化とともに変化する。その中で最も特徴的なのが、アルツハイマーのリスク因子である APOE や APOC1 など、脂肪代謝に関わる分子が白血球で上昇している点だ。
そこで、年齢のどの時点が大きな転換点かを調べると、これらの変化のほとんどは78歳を壁にして大きく変化することがわかったが、特に抑制性T細胞と白血球での遺伝子変化が大きいことも明らかになった。
次に、アルツハイマーなどの認知症患者さんと正常高齢者を比べると、抑制性T細胞分化に関わる分子の発現が高まる一方、通常上昇している zAPOE や APOC1 が低下することも明らかになり、これまで知られる遺伝子リスクと完全に一致した。
また、遺伝子発現からT細胞と白血球が刺激しあっている可能性が示されたので、T細胞受容体配列を調べると、アルツハイマー病ではT細胞がクローン増殖している証拠が見つかった。すなわち、特異的T細胞が活性化され、キラー活性などを発揮することが認知症の背景にあることを示した。また、これらT細胞の発現するケモカイン受容体CXCR6は、ほぼ完全にアルツハイマー病でのみ見られ、さらにTauの蓄積と相関していることから、末梢血のT細胞が脳へこのシグナル系を介してリクルートされ、自己免疫に関わることを示している。
以上が結果で、これが本当ならCXCR6阻害によりアルツハイマー病の進行を遅らせる可能性が出てくる。研究自体は測定しただけだが、貴重なサンプルが集まると面白い結果が出てくる。期待したい。