善玉コレステロール(=HDL)や悪玉コレステロール(LDL)という言葉は一般の人にもよく知られるようになっている。この言葉を聞くと、コレステロールに異なる善玉、悪玉があるように思うが、実際には HDL と LDL はそれぞれ異なる分子構成を持つ脂肪運搬用構造で、その中にコレステロールが詰まった一種のカーゴで、LDL の場合カーゴへとまとめるのは ApoB として知られるタンパク質だ。このタンパク質の周りに、肝臓でまず Very Low density lipoprotein(VLDL) が形成され、これが血中で加水分解が起こり LDL できる。具体的には、肝臓内で ApoB にトリグリセリド、コレステロール、そしてフォスフォリピッドが付加されてできた構造物が VLDL だ。
今日紹介する米国ミルウォーキーにあるVersiti血液研究所から論文、tPA が低い人は VLDL が高値で動脈硬化リスクが高いという意外な関係についてそのメカニズムを調べた研究で、9月1日号 Science に掲載された。タイトルは「Intracellular tPA–PAI-1 interaction determines VLDL assembly in hepatocytes(細胞内でのtPA-PAI1相互作用により肝臓でのVDLの合成が決められる)」だ。
この研究は一見 VLDL とは何の関係もないように思える tissue plasminogen activator (tPA) が低いと動脈硬化リスクが高まるという現象を理解しようと始まっている。ここでいう tPA とは脳梗塞と診断されたら静脈注射により脳血栓を取り除くために使われる、タンパク分解酵素で、LDL 合成との接点は、この相関以外にほとんど知られていなかった。
そこで、tPA が肝臓での VLDL 合成に影響するかを調べる目的でまず、LDL 受容体をノックアウトして、マウスでも LDL 検出できるようにしたマウスに、tPA のアンチセンスRNAをアデノウイルスベクターで投与し、肝臓でのtPA発現を抑えると、VLDLの合成が増加することがわかった。この効果は、血栓と違って血中に tPA を注入しても得られない。すなわち、肝臓細胞の中で tPA の合成が上がると VLDL 合成が低下、逆に tPA が抑えられると、VLDL が増加する。また、同じ結果は培養ヒト肝細胞でも確認された。
ApoB にコレステロール、トリグリセライド、フォスフォリピッドが集められ VLDL が合成される過程は小胞体内で進み、microsomal triglyceride transfer protein (MTP) がこの過程のドライバーとして働いている。もし tPA が細胞内で VLDL 合成を抑えるなら、ApoB と MTP の相互作用を阻害している可能性が高い。実際生化学的な研究から、tPA は ApoB と直接結合して、MTB が ApoB に作用するのを阻害し、それに続く VLDL 合成を抑えることを明らかにしている。すなわち、tPA は血栓形成を防ぐ線溶系機能だけでなく、細胞内では VLDL 合成阻害剤として VLDL 合成の調節に関わっている可能性が示された。
この tPA の VLDL 合成調節因子としての作用をさらに調べると、これまで tPA の酵素活性阻害剤として考えられてきた PAI-1 が、肝臓内で直接 tPA と結合すると、今度は tPA の VLDL 合成抑制活性が失われ、結果 VDLA の合成が上昇することを示している。
面白いことに肝臓での PAI-1 と tPA の結合は脂肪を摂取することで上昇する。すなわち、脂肪を摂取すると、肝細胞では PAI-1 と tPA の結合が促進され、その結果 tPA による ApoB と MTB 相互作用の抑制が外れるため、VLDL 合成が上昇、その結果 LDL 上昇と動脈硬化へと進むというよくできたメカニズムになっている。人間でも PAI-1 の発現が低い人では LDL が低いようで、おそらく同じ機構が働いていると考えられる。
結果は以上で、脂肪摂取で PAI-1 と tPA の結合がなぜ高まるのかについてはこれからの問題だが、細胞外で働いていると思っていた tPA や PAI-1 が肝臓細胞内で VLDL 合成に関わるという面白い結果で、今後新しい脂質異常治療の標的へとつながる可能性もある。