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アルツハイマー病(AD)の最も重要なリスク因子は脳細胞の老化なので、脳細胞老化自体を抑制し AD進行を抑制できないかは重要な研究方向になっている。そして、老化を抑える一つの方法が老化した細胞を除去して新陳代謝を促進する senolysis で、これまで何回も紹介した。とはいえ、AD患者さんを対象にした senolysis治療が始まっているとは想像しなかった。
上の論文はテキサス大学からの論文だが、5人の AD患者さんを対象に、特異性の低いキナーゼ阻害剤Dasatinib と抗酸化剤quercetin を投与し、安全性と薬剤動態を調べ、次の治療治験へと進むための第一相治験についての報告だ。まだ治療効果を云々する段階ではないが、腎硬化症や肺線維症だけでなく、ADまでこの治療が拡大出来るのか、興味が引かれる。
もう一つ老化を対象にした AD治療の可能性が、筋肉から分泌されるミオカインのひとつ Irisin で、2019年マウスADモデルの記憶が Irisin で回復することを示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/9706)。
今日紹介するハーバード大学からの論文は、試験管内のADモデルを用いてこの Irisin作用機序を詳しく調べた研究で、9月8日 Neuron にオンライン掲載された。タイトルは「Irisin reduces amyloid-b by inducing the release of neprilysin from astrocytes following downregulation of ERK-STAT3 signaling(Irisinはアストロサイトの ERK-STAT3 経路を阻害して neprilysin 分泌を誘導してアミロイドβ を低下させる)」だ。
結論は、タイトルに全てまとめられている。驚くのは、これを全てヒトAD神経幹細胞を用いた3D培養で行っている点で、Aβの蓄積と続くTau分子のリン酸化という点では5週間培養すると再現できる様だ。
この培養に irisin を加えると、上清に分泌される Aβ量を抑えることが出来る。すなわち、ADの一側面を試験管内で再現できる。この系を用いて、後はなぜ Aβ量が低下するのかメカニズムを調べることになる。詳細を省いて結論だけを箇条書きにすると以下の様になる。
- Irisin はアストロサイトに働いて、Aβを分解する neprilysin を分泌させることで、Aβの蓄積を抑える。
- Irisin はアストロサイトが発現するインテグリンαV/β5 に働く。
- このシグナルは、IL6/ERK-STAT3シグナル経路を阻害し、炎症を抑えることで neprilysin の分泌を促進する。
すなわち、おそらく試験管内培養では、老化と同じで自然炎症が促進しており、アストロサイトが Aβ などを処理する能力が低下している。これに対し、Irisin はアストロサイトの炎症性変化を弱め、neprilysin 分泌を促すことで Aβ を分解し、AD進行を抑制するというシナリオだ。
結局 irisin の作用も自然炎症と細胞老化抑制と言うことになるが、この作用も Aβ蓄積の早期段階で効果が見られることから、運動の効果が irisin分泌だとすると、早くから運動して irisin を増やすことが重要の様だ。