5月22日 遺伝子改変ブタ心臓移植成功に向けた驚くべき研究が行われていた(5月17日 Nature Medicine オンライン掲載論文)
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5月22日 遺伝子改変ブタ心臓移植成功に向けた驚くべき研究が行われていた(5月17日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2024年5月22日
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2022年1月に行われた10種類の遺伝子を操作したブタから摘出された心臓を人間に移植する臨床研究は、日本のメディアでも大きく取り上げられた。残念ながら移植後60日で患者さんはなくなったが、原因が特定できない心臓の毛細血管網の破壊が拒絶の原因になったことがわかり、この論文については HP でも紹介した(https://aasj.jp/news/watch/22458)。

この論文を読むまで全く気づかなかったが、実際の臨床試験と並行して、なんと心疾患で脳死と判定された患者さんにブタの腎臓を移植して、移植に対する急性反応を調べる人体実験というのか死体実験というのか、我が国ではまず考えられない研究が、2022年の夏に2例行われ、まずその経過について2023年7月 Nature Medicine に報告されていた。結論的には、移植する心臓の大きさを正確に選ぶことが極めて重要で、小さい場合急速に機能低下を来す可能性が示された。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文はその続報で、この60時間の間に、血液や移植心臓の徹底的なオミックス解析を行い、その解析結果の報告で、5月17日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Integrative multi-omics profiling in human decedents receiving pig heart xenografts(ブタ心臓移植を受けた患者さんの統合的オミックスプロファイル)」だ。

繰り返すが、このような臨床実験が構想され、行われたことが驚きだ。移植を受けた患者さんはともに心臓病の患者さんで、基本的には移植の術式を確実にするための研究にもなっている。もちろん長期間の経過は見ることができず、66時間で心臓を取り出している。すなわち、急性の効果を調べる実験になっている。

最初の論文で、患者1、患者2で大きな違いが見られており、これが移植心臓の大きさのミスマッチであることが示されていた。この論文では、60時間採血とバイオプシーにより、移植臓器に対する反応を single cell RNA sequeicing やオミックスを用いて調べているのがポイントになる。

膨大なデータなので詳細は省くが、2人の患者さんで反応が大きく違っていることに驚く。すなわち患者1では、60時間という急性期間にT細胞の増加が見られている。おそらく急性の抗体が媒介する反応と考えられるが、T細胞も細胞障害反応に関わる可能性が示された。実際これに呼応して、患者1では、炎症性サイトカインも上昇している。

この差の一つとして、T細胞の反応が抑えられた患者さんでは移植前に通常の免疫抑制に加えてT細胞を抑制する thymoglobulin 投与が行われており、この有効性が示されている。

移植した心臓側で見ると、サイズミスマッチがあると心臓が虚血になって様々な変化が起こっていることがわかる。従って、移植する時のドナー選びの重要性がわかる。

最後に、移植心臓でサイズミスマッチの変化を除くと、両方の患者さんで血管内皮と線維芽細胞に遺伝子発現の変化が強く見られ、短い間にリモデリングをうながすシグナルが発生していることがわかる。実際の移植例でも、内皮の変化が最終的な拒絶の問題になっていたことを考えると、異種移植の今後の焦点は血管内皮の変化を起こさない方法の開発になる。

いずれにせよ、患者さんが脳死になってからの移植実験にともかく驚いた。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月21日 なじみの顔を見分けるメカニズム(5月15日 Nature オンライン掲載論文)

2024年5月21日
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年齢とともに記憶力は衰えるが、それを感じるのは人の名前を思い出そうとするときだ。この現象は一般的なので、若い人が我々年寄りと話しているとき、いつも相手は名前を思い出せていないのではと疑ってかかった方がいい。「申し訳ない、名前が思い出せない」と率直に言うのは失礼に当たると思って、話を合わすことがしばしばある。とはいえ、名前は出てこなくとも、見覚えのある顔かどうかについては比較的記憶は保たれている。そのため、出会ったときに知人であることははっきりわかるのに、名前が出てこないで焦ることになる。

このなじみの顔を覚えているメカニズムは重要な脳研究分野になっており、素人でも比較的わかりやすい分野だったが、多くの電極からのデータを処理して神経回路上の反応をベクトル空間上の表象として調べるのが普通になってからは、理解が難しくなった。特に論文を直感に基づいて説明するのが難しくなった。しかし、最も興味ある分野なので、表面的な理解でもなんとかアップデートしようと、論文に目を通している。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、顔認識を3次元空間の平面として表象したとき、なじみの顔となじみのない顔の表象(これを Axis code とこのグループは定義している)の違いを調べた研究で、5月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Temporal multiplexing of perception and memory codes in IT cortex (一時的な感覚と記憶の複合が下部側頭皮質をコードする)」だ。

この論文のやっかいなのは、このグループ特有の情報処理方法を使っており、読者には優しくない。しかも、顔認識の脳表象が、ベクトル空間上の平面として現れており直感的にわかりにくい。しかし課題は面白く、人間の写真をサルに見せたとき下部側頭皮質の神経活動を記録することで、極めて多様な顔を、200の神経の反応パターンで区別できること、またそのときのパターンを、3次元ベクトル空間内のフラットな平面として表現できることを、2017年 Cell に発表している。といっても何のことかわかりにくいと思うが、要するに顔を見たときの脳反応を表現する方法を開発し、結果200神経だけでも無限の顔を区別できることが示された。

このときは顔の認識だが、今回の研究はそれに記憶を複合させて、なじみのある顔と、なじみのない顔で、顔認識表象平面がどのように変化するのかを調べている。

他のグループの研究で、なじみの顔となじみのない顔の違いは、対応する神経興奮の強さだとされてきたが、提示するなじみの顔写真と、なじみのない顔写真の数の比を変える実験で、興奮の強さの違いのように見えたのは、単純に実験に使ったなじみの顔となじみのない顔の比率によるアーチファクトであることを示し、この違いは顔が表象された表象表面の違いにあると考え実験を行っている。

実験自体は、下部側頭皮質の3領域にクラスター電極を設置し、顔写真を見たときの各神経興奮を経時的に記録し、そこから顔の表象に対応する表象平面を割り出し、その傾きを Axis code として数値化している。

この表象平面をなじみのある顔となじみのない顔で比較すると、記憶の影響を受けるなじみの顔の表象表面は、それが形成されると側座に記憶からのシグナルがインプットされ、反応後期に最終的に形成される表象平面の傾きが変化させられることを示している。

すなわち、顔に反応する一個一個の神経の反応が記憶で再現されるのではなく、顔を見たとき形成される表象表面の傾きが一次元的に変化させられるだけで、なじみのある顔だと判断されることがわかる。

といっても、本当にわかった実感がないのが情報処理に依存する研究だ。しかし考えてみると、なじみの顔と、誰の顔であるとアイデンティティーを認識することは全く違った過程だ。個人的感想だが、アイデンティティーは全くことなるメカニズムで行われる可能性すらある。次は是非顔の個性の特定メカニズムを明らかにしてほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月20日 DNA障害によるガン治療の成否を左右する因子SLFN11(5月17日 Science 掲載論文)

2024年5月20日
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分子標的薬の開発が進む現在でも、ガンの化学療法の主流は放射線や薬剤により DNA 障害を誘導する治療だ。これは我々の細胞が DNA 障害をうまく修復できないと細胞死に陥るようにできているからで、例えば修復酵素が欠損しているガンでは DNA ダメージを与える治療がよく効く。ただ、ガンもそのままやられっぱなしではなく、DNA ダメージでも生存し分裂を続けるための仕組みを開発する。その一つが有名な p53 で、これが欠損するとダメージに対する反応がなくなるとされてきたが、p53 欠損ガン細胞でも治療に反応するガンが多く存在することが知られている。

今日紹介するオランダガンセンターからの論文は、p53 が欠損していても DNA ダメージにより細胞死が誘導されるメカニズムを追求し、ダメージにより活性化される SLFN11 がリボゾームでの翻訳を止めることで、ストレス依存性の細胞死を誘導する鍵になる分子であることを明らかにした研究で、5月17日号の Science に掲載された。タイトルは「DNA damage induces p53-independent apoptosis through ribosome stalling(DNAダメージは p53 非依存性の細胞死をリボゾームの翻訳を止めることで誘導する)」だ。

この研究ではエポトサイドなどの DNA ダメージ誘導因子でガンを処理したとき、リボゾーム上で起こる翻訳全体が停止する細胞が現れ、カスパーゼ3活性化による細胞死が翻訳が停止した細胞だけで起こることを発見する。また、この反応が p53 欠損した細胞でも起こることを確認し、p53 非依存性の DNA ダメージによる細胞死はリボゾーム上での翻訳停止によることを明らかにする。

次にDNAダメージにより誘導されるいくつかの遺伝子のうち、翻訳に関わる可能性がある SLFN11 と GCN に注目し、研究を進めている。まず、ノックアウト実験から、SLFN11 も GCN もリボゾーム上の翻訳停止に関与しているが、DNA ダメージによる細胞死に関与するのは SLFN11 だけであることを明らかにする。

SLFN11 は UUA-tRNA を中心にいくつかの tRNA を切断して翻訳を止めることで、感染したウイルスの翻訳を止める働きを持っている。すなわち、DNA ダメージによる反応もこの分子を使い回していることがわかる。

一方、翻訳が停止している分子を調べると、特定の tRNA 切断による翻訳だけでなく、翻訳全体の抑制が認められ、これは GCN が存在しないと起こらないことから、SLFN11 が DNA ダメージを検知すると、GCN を活性化して翻訳因子をリン酸化して翻訳を停止させるとともに、特定の tRNA を切断することで、MAPキナーゼから JNK 転写を介するミトコンドリア依存性細胞死を誘導していることを明らかにしている。

この細胞死経路について、実際の直腸ガンオルガノイドを用いて再検討し、DNA ダメージにより UAAtRNA が切断され、リボゾーム上で UAA を持つ RNA が止まってしまい、その結果細胞死が誘導されること、さらに同じ経路がT細胞でも発生することを明らかにしている。

以上が結果で、この経路が働いているかどうかが DNA ダメージを誘導する抗がん剤の効果を占う一つのバイオマーカーになること、そしてガン免疫系もこの治療により強く抑制される可能性が示された。これを実際の治療にどう生かすか、重要な課題になるが、少なくとも SFLN11 が欠損したガン患者さんで、一般的抗ガン剤や放射線療法を行っても、副作用だけ高まることになるので、現ゲノムを調べるときには注目すべき分子だ。

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5月19日 合唱が脳卒中後の失語症を改善できる神経学的証拠( eNeuro 5月号掲載論文)

2024年5月19日
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言語に関わる脳領域が卒中などで傷害されると失語症と呼ばれる状態に陥る。私が学生だった頃は、発話が傷害されるブローカ失語と言語理解が傷害されるウェルニッケ失語を習うだけだったが、現在では関与する様々な領域が特定され、失語の分類も複雑になっている。いずれにせよ、脳障害とそれに続く神経死が原因なので、残っている神経回路を動員して、言語を取り戻すリハビリテーションが唯一の治療になる。さらに、我々の脳は活動しなくなると、ますます神経結合が低下するので、失語により機能が失われることで、神経障害がさらに拡大することから、これを食い止めるためにもなおさら刺激によるリハビリテーションが重要になる。

この論文を読むまでほとんど知らなかったが、失語症のリハビリテーションとして、言語野と一部オーバーラップする音楽を用いる研究が進んでおり、リズムをたどったり、歌うことを通してイントネーションや、抑揚の感覚を取り戻す様々な治療法が開発され、効果を上げている。

今日紹介するヘルシンキ大学からの論文は、すでに効果が確かめられているグループでの合唱練習を中心として、歌う努力を重ねるリハビリテーションの効果を、症状だけでなく、MRIを用いた様々な指標で神経学的に確かめて研究で、eNeuro 5月号に掲載された。タイトルは「Structural Neuroplasticity Effects of Singing in Chronic Aphasia(慢性的失語症で歌うことの構造的神経可塑性効果)」だ。

卒中で失語症が発生し、通常のリハビリを繰り返しながら5年以上が経過した慢性の患者さんを無作為的に、グループ合唱と自宅での歌うプロトコルを組み合わせた方法と、それ以外のグループに分け、失語の改善を調べると、様々な指標で歌を通したリハビリテーションを行ったグループが改善率が高い。

そこで、これらの患者さんについて、様々な段階で MRI 検査を行い、脳内の神経結合と、神経細胞の数を反映する灰白質の体積の変化を調べている。

実際には各症状との相関を調べる研究になるが、詳細を飛ばして紹介すると、脳の後部と前頭葉を結ぶ神経回路、及び Frontal aslant tract と呼ばれる前頭葉内で言語に関わることが知られている回路の活性が高まっていることが明らかになった。

さらに、言語野(ブロードマン領域44)の神経細胞が存在する灰白質の大きさを調べると、歌を通したリハビリテーションを受けたグループは、明らかに体積が増加している。重要なのは、コントロール群でこの領域が持続的に減少していることで、言語野が使えなくなることで、他の領域まで神経数が変化することを示しており、歌を通したリハビリテーションによりこの体積減少を食い止めるだけでなく、新たな神経回路を開発できていることがわかる。

以上が結果で、症状の改善だけでなく、脳実質の変化とリハビリテーションを関連付けることができたことが大きい。リハビリテーションは、未来を信じて地道な努力を繰り返す作業だが、このように明確に脳回路の変化が認められるというこの研究は、おそらく多くの患者さんの励ましになること間違いないと思う。

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5月18日 ラッコの道具使用と歯の健康(5月17日号 Science 掲載論文)

2024年5月18日
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現役を退いてから、すでに6回以上、道東に出かけている。タンチョウヅル、オオワシ、オジロワシを中心に、様々な鳥を見ることができるからだが、霧多布岬でラッコが見られるのも楽しみだ。何度も潜っては手で貝を食ている姿は見飽きない。

さて、道具の使用が人間の歴史を作ってきたと言っていいが、人間以外にも道具を使う動物は存在する。ラッコも道具を使う仲間で、石を使って貝殻を割る個体が多く観察されている。今日紹介するワシントン大学からの論文は、カリフォルニアのラッコ196匹に追跡のための電波発信機を装着し、道具使用の必要性について調べた研究で、5月17日号の Science に掲載された。タイトルは「Tool use increases mechanical foraging success and tooth health in southern sea otters (Enhydra lutris nereis)(カリフォルニアのラッコの道具使用は力の必要な食べ物にありつき歯の健康を守るために重要だ)」だ。

今日の論文には難しい方法論はないが、ラッコについて多くのことを学べるので、気楽に読んでほしい。道具の使用を促す条件を観察を通して仔細に調べた研究で、霧多布岬で眺めた経験から考えても、観察だけで食性や歯の状態まで調べることは並大抵ではないはずだ。

まず、同じ場所のラッコでも道具使用が全体に広がっているわけではない。ラッコの歯のエナメル質は特別に堅いものをかんでも傷つかないよう頑丈にできているが、かむ力が強く、エナメルも頑丈なオスはメスより道具を使う頻度が低い。

そして、メスは硬い食べもの、すなわちハマグリや巻き貝、あるいは同じ貝でも殻が頑丈な大きな貝を食べるときほど道具の使用率が増える。一方、オスの場合は食べ物の堅さと道具の使用率に明確な相関はない。

おそらく一番大変だったのが、歯と道具使用の関係を調べることだと思う。双眼鏡でのぞいて決められるものではないので、観察途中で死亡が確認され、死体が回収できた個体について調べ、生存中の道具使用と比較している。繰り返すが、大変な研究だ。そして、オスもメスも、道具使用が多いほど、エナメルの障害が少ないことを確認している。

では何が道具使用を促すのか。オスで道具使用が少ないことから、当然硬い食べ物を食べる必要からなのはわかる。よく調べていくと、基本的には食べ物をめぐる競争がその背景にあるようで、大きな栄養分の多い貝を食べるために道具使用が促進されることは間違いない。

ただ、個体数が多い場所では、大きな貝をゲットするチャンスは低下する。そこで、もっと採りやすいが小さくて硬い巻貝にシフトして競争を避け、潜る回数を増やしてエネルギーを供給する個体が生まれる。このような場合道具使用は食べる回数を増やすために必須で、この結果メスでは巻貝を専門で食べる個体が生まれる。

以上が主な結果で、ラッコも生きていくために新しいニッチを探して、食性を多様化させていることがわかる。一方、霧多布岬のラッコの個体数は数個体と言われているので、おそらく競争はあまりないようで、残念ながら道具を使っているのは見たことがない。

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5月17日 抗肥満薬の飽くなき追求 (5月15日 Nature オンライン掲載論文)

2024年5月17日
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昨年、生命科学界トップニュースとして Nature,、Science ともに挙げた一つが GLP-1 薬で、肥満治療を可能にする新しいブロックバスターとして現在も利用が拡大している。創薬系シンクタンクによると、2022年 21,876mil (218億ドル)の売り上げが、2028年には840億ドルを超すと予想されており、恐るべき勢いであることがわかる。現在この市場を巡っては、ノボノルディスクと Lilly を中心に熾烈な競争が行われており、さらに新しいタイプの薬剤の開発が進んでいる。

今日紹介するコペンハーゲン大学とノボノルディスク研究所からの論文は、GLP-1 ペプチドにグルタミン酸受容体(NMDA)阻害剤を結合させ、GLP−1 に反応する視床下部神経だけで NMDA 阻害剤が働くようにすることで、現行の GLP-1 単独よりさらによい効果を得る可能性を追求した研究で、5月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「GLP-1-directed NMDA receptor antagonism for obesity treatment(GLP-1 反応精神系特異的に NMDA 受容体阻害による肥満治療)」だ。

視床下部での NMDA 阻害は食欲を低下させることがこれまで知られており、シナプスの可塑性を変化させ長期的効果が得られる抗肥満薬になるのではと考えられているが、他の神経細胞にも広く働くため、阻害剤単独投与では低体温症など様々な副作用が出る。

そこで、GLP-1 と NMDA 阻害剤 MK-801 を結合させ、GLP-1 に反応して食欲を低下させる神経だけでNMDA阻害を行うことで、食欲を落とす神経活動をより長期に高めることができるのではと着想したのがこの研究だ。GLP−1 が受容体と反応して細胞内に取り込まれると、MK-801 が細胞質内に遊離して受容体を内側から抑制する薬剤を開発した。

肥満マウスに投与すると、予想通り GLP-1 単独よりさらに高い体重減少効果を示す。食欲抑制に関しては GLP-1 と同じだが、エネルギー消費が高まり、インシュリン感受性がより高まることで、血糖だけでなく、コレステロールやトリグリセライドなど血中脂肪の低下も見ることができる。

MK-801 の不活性型を結合させた実験で、これらの効果が GLP-1 だけでなく、結合させた MK-801 が関与していることを確認し、現在利用されている様々な GLP-1 薬と比較している。中でも重要な結果は、一回だけ直接脳内に投与する事件により、GLP-1 単独と比べると効果が長続きし、長期的なシナプス可塑性の変化を誘導した結果だとしている。

実際刺激された細胞での遺伝子発現を比べてみると MK-801 を加えることで、シナプス形成に関わる遺伝子を中心に、GLP-1 単独委より多くの遺伝子が動いて、シナプス長期変化に関わることを示している。

以上のように、体重を落とした効果がそのままインシュリン感受性を高める効果へとつながり、脂肪代謝にも好影響を示す点で、明らかに現在の GLP-1 薬より優れており、また MK-801 単独投与で見られる様々な副作用もほぼ完全に抑えられていることを示している。ただ、よく見ていくと、体脂肪だけでなく、筋肉などのボディーマス低下が見られることから、今後治験に進むとしたら、筋肉等の維持を組み合わせるなど、体力を維持して肥満を抑えるという工夫が必要だと思う。

いずれにせよ、現代社会で肥満抑制への欲望が満たされるまで、これからも抗肥満薬開発競争は続く。

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5月16日 2細胞期から胞胚期までのヒト胚初期発生での運命決定メカニズム(5月4日 Cell オンライン掲載論文)

2024年5月16日
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ヒトの胚発生で最初に起こる分化決定は、将来胎児へと発生する内部細胞塊(ICM)と胎盤へと発生する栄養外胚葉(TE)への分化だ。逆に言うと、そこまでは分裂中の細胞もほぼ同じ分化能を保っているといえる。ところが最近になって、ヒト細胞のゲノムを何回も繰り返して読むことで、成人後の細胞の由来をある程度調べることができる様になり、私たちの身体の細胞の由来に不均等性が存在することがわかってきた。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、ヒト初期胚を2細胞期から胞胚期までの発生過程を細胞レベルでトラッキングして、最初に分化決定が起こるのが8細胞期で一部の細胞に見られる不当分裂の結果である可能性を示した研究で、5月4日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「The first two blastomeres contribute unequally to the human embryo(最初の分裂で形成される2個の割球の胎児への分布は不均等に起こる)」だ。

責任著者の Magdalena Goez はヒト胚培養の第一人者で、手法は特に新しいわけではないが、その経験に基づくプロの仕事で、さすがと思う研究だ。TE と ICM への分化の分子生物学的メカニズムはよくわかっているが、この差がどう発生するのかはわかっていないことが多い。

そこで、まず最初の2個の割球が ICM と TE にどう分布するかを、片方の細胞をラベルして調べている。もしカエルのように早い段階で決定されるとすると、例えば ICM の全てはラベルされるか、あるいはラベルされないことになる。

実際には ICM も TE も両方の割球から由来することがわかるので、早い段階で運命が決定されるわけではない。ただ、ICM でのラベル細胞の割合を見ると、決して 1:1で分布するのではなく、どちらかの割球に由来する細胞が 75% を中心に分布している。ところが、TE ではほぼ 50% を中心に分布している。すなわち、ICM への分化だけが不均一に起こっていることがわかる。さらに、ICM とそれに接する TE とは由来が共通であることも発見する。

この単純な結果が研究の全てで、簡単そうに見えるが、ヒト胚を用いる数の制限を考えるとよくここまでできたと感心する。そしてこの結果から、続く卵割の早い時期に一部の細胞だけが TE と ICM へと不当分裂をする結果、ICM だけでラベルが不均等に分布すると予測した。

後は、細胞分裂の停止や、ゲノムの不安定性などの要因により分布に偏りが生じる可能性を排除した上で、ラベルした細胞をビデオで追いかける実験を繰り返し、8細胞期に胚の中心部へと落ち込む過程が鍵で、中心に位置した細胞でだけ ICM への分化が決定されること、そしてこの過程がランダムだが一部の細胞だけで起こるため、中心に落ち込んだ細胞の数を反映して、ICM への分布比率が変わることを明らかにしている。例えば一個の細胞だけが不当分裂ができた場合は、ICM の100% はどちらかの割球由来になる。

ただ、このようなラベル実験は正常を反映できない可能性があるので、最後に embryoscope と呼ばれる機械で、母胎に戻して発生能が確かめられた胚を記録した画像を解析し、8細胞期で起こる分裂時の不当分布が ICM を決めること、そして最初の卵割後、早く分裂を始めた割球ほど8細胞期での不当分裂、そしてそれに続くICM への分化確率が高まることを明らかにしている。

以上が結果で、後はこの現象論を、分子レベルのモニター可能な方法と組み合わせることで、最初の運命決定の分子メカニズムへとつなげることになる。Single cell レベルのエピゲノム解析手法もあるので、次の論文は割と早く出てきそうな気がする。

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5月15日 髄膜脊髄瘤の責任遺伝子の特定(5月3日号 Science 掲載論文)

2024年5月15日
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髄膜脊髄瘤は背骨の一部が欠損する二分脊椎の一型で、胎生期の神経管形成異常で、発生頻度は比較的高い。母体の葉酸摂取量と発症が関わっていることが知られており、葉酸摂取が勧められるようになりその頻度は低下してきた。しかし、ほとんどのケースで発生のメカニズムはわかっていない。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校を中心とする研究は、髄膜脊髄瘤のゲノム解析とマウス発生遺伝学を組み合わせて髄膜脊髄瘤発生のリスク遺伝子を特定した研究で、5月3日号 Science に掲載された。タイトルは「Risk of meningomyelocele mediated by the common 22q11.2 deletion(高い頻度で見られる22q11.2欠損により媒介される髄膜脊髄瘤の高リスク)」だ。

突然変異により発生する病気の多くは、子供だけに変異が見られる病気が多く存在する。この HP で何度も紹介した筋肉が骨に変わる病気FOPはその例で、精子か卵子の発生過程で起こった遺伝子変異が原因になる。この様な場合、両親と子供のゲノムを比較して原因遺伝子を特定することになるが、この研究でも髄膜脊髄瘤を発症した715ケースについて、本人と両親のゲノムを比較し、これまで報告がなかった22番染色体の q11.2 領域に小さな欠損が見られるケースを6例発見した。この領域欠損と髄膜脊髄瘤発生頻度を計算すると、正常の12-50倍のリスクになる。また、他のコホート集団も調べ、8例 22q11.2 欠損を認めている。

このうち2例では両親のいずれかに同じ変異が認められることから、この欠損により必ず髄膜脊髄瘤が発生するものではないことも明らかになった。さらに、このうち半数は、葉酸摂取が推奨されるようになってからの発症で、発症に様々な因子が関わる複雑な病態であることがわかる。

この領域には10種類の遺伝子が存在しており、発現パターンやノックアウト実験か、チロシンキナーゼと下流シグナルをリンクする機能を持ち、神経管発生時に強い発現が見られる、アダプター分子 CRKL を特定する。

後はこの遺伝子をノックアウトしたマウスを作成し、脊髄発生以上が起こるか調べることになるが、全く同じ脊髄瘤が発生するわけではなく、難しい実験だったようだ。まず、ノックアウトされた全てのマウスで異常がでるわけではなく、26%だけに尻尾がカールするという異常が認められた。

このように結果がばらつく場合、遺伝的バックグラウンドの影響もあるので、この研究ではB6マウス系統にそろえ、また低葉酸食を摂取させて発生率を調べると、脊髄瘤よりより強い異常、脳が頭蓋外に飛び出る外脳症が37%に見られるようになった。大事なことは、葉酸を摂取させたグループでは、このリスクが35分の1になることで、葉酸と CRKL が合わさって神経管発生異常が起こることを示すことができている。

最後に神経管での生化学的変化を調べると、CRKL が欠損すると ERK のリン酸化が強く抑制されることも示している。

結果は以上で、外脳症や脊髄瘤がどうしてできるのかという詳しいメカニズムはわからないままだが、モデル動物もでき、脊髄瘤という複雑な異常を解析するための入り口にようやく立てたという感じだ。

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5月14日 幻覚剤を抗うつ剤に変える(5月8日Nature オンライン掲載論文)

2024年5月14日
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この HP でも何回か紹介したが、LSD やシロシビンのような幻覚剤がうつ病に効果があることがわかってきた。このような幻覚作用や抗うつ作用はセロトニン受容体を介して起こると考えられているが、2種類あるセロトニン受容体のうち、5-HT2A を介すると考えられてきた。しかし、LSD は HT2A だけでなく、もう一つの受容体 HT2A にも反応することができ、さらに同じ親和性で両方の受容体に反応する、ガマ由来の化合物 5-MeO-DMT の存在が明らかになり、それぞれの受容体の幻覚作用と抗うつ作用の関与をはっきりさせる必要が生まれてきた。

今日紹介するニューヨークのマウントサイナイ Ichan 医科大学からの論文は、5-MeO-DMT とセロトニン受容体の構造を変化させ、5-HT1A への特異性が高まった化合物を開発することで、5-HT1A が抗うつ作用により強く関わることを示し、幻覚作用のない抗うつ剤の可能性を示した研究で、5月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Structural pharmacology and therapeutic potential of 5-methoxytryptamines(5-メトキシトリプタミンの構造薬理学と治療可能性)」だ。

この研究ではガマ毒素 5-MeO-DMT と2種類のセロトニン受容体との結合や活性化を構造的に詳しく調べることで、最終的に 5-HT2A への反応性が低下し、5-HT1A への反応性が高められた薬剤を開発し、幻覚作用と抗うつ作用を分離することを目的にしている。

従来指摘されていたように 5-MeO-DMT は両方の受容体をほぼ同様に活性化する。一方、LSD は 5-HT2A への親和性が若干強い。それぞれの 5-HT1A との結合をクライオ電顕で構造学的に調べると、概ね同じように結合するが、結合部位にあるさらに小さなポケットとの組み合わせが異なることを明らかにする。

そこで、5-MeO-DMT のアミン基やインドール基を様々な構造に変化させて、それぞれの受容体への親和性を調べ、最終的にほぼ 5-HT1A 特異的とも言っていい化合物 4-F、5-MeO-PyrT を開発している。そして、4-F、5-MeO-PyrT と 5-HT1A との結合の立体構造解析と、受容体側の変異導入実験から、4-F、5-MeO-PyrT と受容体との結合様態をほぼ完全に解読している。

その上で、これまで 5-HT1A 特異的とされてきた化合物と比べると、小さなポケットも含めてぴったりと結合し、その結果どの化合物より高い親和性で 5-HT1A 受容体を刺激する化合物であることを明らかにしている。

最後に、この化合物をマウスに皮下注射すると、30分をピークに脳に移行し、ストレスによるうつ状態を改善できること、そして元の 5−Me-DMT と比べると幻覚状態を反映する反応がほぼ完全に消失していることを示している。

以上が結果で、少なくともガマ毒に関しては、幻覚作用と抗うつ作用を、それぞれ 5-HT2A 及び 5-HT1A の作用であることを示すとともに、幻覚作用にない強い抗うつ剤開発が可能であることを示した。薬理学の手本といえる研究で、期待できる。

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5月13日 ガン組織で免疫細胞の数が概日リズムを示すという信じがたい現象(5月8日 Cell オンライン掲載論文)

2024年5月13日
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何度も紹介しているが、我々の体の細胞は地球の時点に適合して概日リズムを示す。これには Bmal1 をはじめとする転写因子が関わっており、これが欠損すると細胞レベルでこのリズムが狂う。この結果様々な遺伝子の発現も概日リズムに従うことになるため、例えば薬剤を投与するタイミングが異なれば、それに反応する分子の発現量が異なっており、効果も変わることが知られている。

ここまでは十分納得するが、今日紹介するジュネーブ大学からの論文は、遺伝子発現の概日リズムの結果、ガン組織の細胞数まで概日リズムを刻む、すなわち一日の間に数が増えたり減ったりすることを示した研究で、5月8日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Circadian tumor infiltration and function of CD8+  T cells dictate immunotherapy efficacy(腫瘍浸潤とCD8T細胞の機能の概日リズムが免疫治療の効果に現れる)」だ。

最初のデータがまず衝撃的だ。ガンを皮下に注射して12日経ってから、異なる時間にガン組織を取り出し、浸潤細胞の数を測ると、T細胞だけでなく、マクロファージや NK細胞、そしてCD45陽性血液細胞全体が夜の活動期の前をピークとする概日リズムを示す。そして、昼夜をずらせてリズムを狂わせると、浸潤細胞数の数も変化しなくなる。また、Bmal1 をノックアウトすると、同じようにリズムが消失する。

遺伝子発現のリズムならわかるが、簡単に出たり入ったりできない血液細胞数のリズムがどうして可能かについては、腫瘍血管内皮の ICAM やセレクチンが概日リズムを示して、出入りを決めていると結論している。しかし、いったん浸潤した T細胞はそんな短い間に消えていくのか?誰でも、かなり怪しいと思う。実際、normalized 細胞数の計算の仕方は方法を 読んでもよくわからない。

このように誰もが抱く疑問を当然感じて、今度は時間を変えて CAR-T を移植する実験を行い、リズムのピーク時に CAR-T を注射すると、細胞の浸潤が高まり、実際にガンの増殖が抑えられることまで示している。だとすると、CAR-T 治療は注射した時に腫瘍浸潤した細胞だけで決まるのか?これが本当なら、CAR-T 治療を考え直す必要がある。

浸潤した細胞も当然独自に概日リズムを刻む。そして、PD-1 発現を調べると、これも夜の活動期が始まる前にピークが来る。これ自体は全く不思議はないが、PD-1 に対する抗体注射を、ピークのタイミングで行うのと、最も低いタイミングで行う場合を比べると、驚くなかれ抗体の効果が異なり、ピークに注射した方が高い効果を示す。一見なるほどと思ってしまうかもしれないが、抗体の半減期は長い。もし飽和濃度の抗体を注射しておれば、注射後常に抑制が十分効いているはずで、こんな違いが出るのは解せない。もしこれが正しいとすると、最初の抗体注射の状況が記憶されていることになる。

最後に、人間でも同じことがいえることを、手術時間などが正確に知られているサンプルをデータベースで調べ、活動期をピークとする免疫細胞数のリズムがあることや、抗原刺激が続いてフィードバックがかかった CD8 の数が昼に上昇することなどを示している。

結果は以上で、最後まで信じがたい結果だと思う。特にチェックポイント治療結果については、かなりメカニズムを示すことを要求した方がよかった気がする。また、もう少しわかりやすい指標を示してほしかったと思う。ただ、本当なら免疫細胞動態を考え直す必要がある。

カテゴリ:論文ウォッチ
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