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5月13日 ガン組織で免疫細胞の数が概日リズムを示すという信じがたい現象(5月8日 Cell オンライン掲載論文)

2024年5月13日
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何度も紹介しているが、我々の体の細胞は地球の時点に適合して概日リズムを示す。これには Bmal1 をはじめとする転写因子が関わっており、これが欠損すると細胞レベルでこのリズムが狂う。この結果様々な遺伝子の発現も概日リズムに従うことになるため、例えば薬剤を投与するタイミングが異なれば、それに反応する分子の発現量が異なっており、効果も変わることが知られている。

ここまでは十分納得するが、今日紹介するジュネーブ大学からの論文は、遺伝子発現の概日リズムの結果、ガン組織の細胞数まで概日リズムを刻む、すなわち一日の間に数が増えたり減ったりすることを示した研究で、5月8日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Circadian tumor infiltration and function of CD8+  T cells dictate immunotherapy efficacy(腫瘍浸潤とCD8T細胞の機能の概日リズムが免疫治療の効果に現れる)」だ。

最初のデータがまず衝撃的だ。ガンを皮下に注射して12日経ってから、異なる時間にガン組織を取り出し、浸潤細胞の数を測ると、T細胞だけでなく、マクロファージや NK細胞、そしてCD45陽性血液細胞全体が夜の活動期の前をピークとする概日リズムを示す。そして、昼夜をずらせてリズムを狂わせると、浸潤細胞数の数も変化しなくなる。また、Bmal1 をノックアウトすると、同じようにリズムが消失する。

遺伝子発現のリズムならわかるが、簡単に出たり入ったりできない血液細胞数のリズムがどうして可能かについては、腫瘍血管内皮の ICAM やセレクチンが概日リズムを示して、出入りを決めていると結論している。しかし、いったん浸潤した T細胞はそんな短い間に消えていくのか?誰でも、かなり怪しいと思う。実際、normalized 細胞数の計算の仕方は方法を 読んでもよくわからない。

このように誰もが抱く疑問を当然感じて、今度は時間を変えて CAR-T を移植する実験を行い、リズムのピーク時に CAR-T を注射すると、細胞の浸潤が高まり、実際にガンの増殖が抑えられることまで示している。だとすると、CAR-T 治療は注射した時に腫瘍浸潤した細胞だけで決まるのか?これが本当なら、CAR-T 治療を考え直す必要がある。

浸潤した細胞も当然独自に概日リズムを刻む。そして、PD-1 発現を調べると、これも夜の活動期が始まる前にピークが来る。これ自体は全く不思議はないが、PD-1 に対する抗体注射を、ピークのタイミングで行うのと、最も低いタイミングで行う場合を比べると、驚くなかれ抗体の効果が異なり、ピークに注射した方が高い効果を示す。一見なるほどと思ってしまうかもしれないが、抗体の半減期は長い。もし飽和濃度の抗体を注射しておれば、注射後常に抑制が十分効いているはずで、こんな違いが出るのは解せない。もしこれが正しいとすると、最初の抗体注射の状況が記憶されていることになる。

最後に、人間でも同じことがいえることを、手術時間などが正確に知られているサンプルをデータベースで調べ、活動期をピークとする免疫細胞数のリズムがあることや、抗原刺激が続いてフィードバックがかかった CD8 の数が昼に上昇することなどを示している。

結果は以上で、最後まで信じがたい結果だと思う。特にチェックポイント治療結果については、かなりメカニズムを示すことを要求した方がよかった気がする。また、もう少しわかりやすい指標を示してほしかったと思う。ただ、本当なら免疫細胞動態を考え直す必要がある。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月12日 lipoprotein(a)阻害剤の開発(5月8日 Nature オンライン掲載論文)

2024年5月12日
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リポプロテインは今や悪玉、善玉コレステロールなどの言葉で一般にも広く知られるようになった。悪玉LDL、善玉HDLをはじめ数種類が知られているが、基本的には構成するアポプロテインの違いにより決まり、体内での脂肪輸送の特異性を決めている。

このリポプロテインの中に含めないようだが、最近明らかになったのが lipoprotein(a) (Lp(a)) と呼ばれる、機能が完全にはわかっていないリポプロテインで、この血中濃度と動脈硬化のリスクが相関することから注目されている。ただ、他のリポプロテインと異なり、濃度はほぼ遺伝的に決まっており、また濃度を下げる薬剤は存在しない。

今日紹介する米国 Lilly 社研究所からの論文は Lp(a) の構成成分である apo(a) に結合する小分子化合物を開発し、Lp(a) の濃度を低下させることができる薬剤の開発研究で、5月8日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Discovery of potent small-molecule inhibitors of lipoprotein(a) formation(リポプロテイン(a) の生成を阻害する効果の高い低分子化合物の発見)」だ。

Lp(a )は LDL を形成している apoB-100 に apo(a) が結合することで形成され、これにはクリングルドメインと呼ばれる領域が関わることが知られている。この研究では apo(a) のクリングル IV ドメイン(KIV)に結合してアポBとの結合を阻害する化合物をスクリーニングし、まず LSN3358371 と名付けたリード化合物を特定し、これを経口可能な化合物へと至適化する中で、経口可能でリード化合物より2オーダーアフィニティーが高い LSN3441732の 合成に成功している。

この化合物をヒト apo(a) トランスジェニックマウスに投与すると、期待通り Lp(a) 合成が強く抑えることができる。また、この化合物が2つの KIV ドメインに結合することで強い活性を示していることを発見する。この結果から、さらに3つのKIVドメインと結合可能な LY3473329 を合成すると、さらに強い活性を示すことがわかったので、これを経口可能な薬剤としてMuvalaplinと命名し治験に進んでいる。

第一相の治験については昨年の9月にJAMA に発表されており、114人の参加者で特に急性の副作用がないこと、そして Lip(a) を65%程度減少させることに成功している。すなわち、今回の論文は治験結果と平行して、Muvalaplin の開発の基礎的過程を明らかにするための論文になる。

Lp(a) を低下させる薬剤の開発自体は当然評価していいが、論文の中で面白かったのは、apo(a) がプラスミノーゲン遺伝子の重複により進化してきたことに関わる現象だ。具体的には、Lp(a) はサル以上でしか存在しないので、前臨床試験はヒトLip(a)遺伝子を導入したトランスジェニックマウスで行うが、投与実験でラットのプラスミン活性が低下し、プラスミノーゲン濃度も低下するという問題を発見した。これが人間で起これば問題になるが、最終的にラットのプラスミノーゲンのみ、ヒトapo(a) と相同の領域を持つ KIV が存在するため、Muvalaplin がラットのプラスミノーゲンを分解しやすく変化させることを発見している。そして同じことはヒトプラスミノーゲンで起こらないので、プラスミン活性の低下はヒトでは起こらないと結論している。このような Lp(a) とプラスミノーゲンの進化過程にはなにか環境側の背景があるはずで、Lp(a)を損傷治癒に関わるという人もいるぐらいなので、面白い話が隠れているように思う。いずれにせよ、薬剤開発が難しいとされてきた過程に新しい薬剤が提供されそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月11日 AI と人海戦術を駆使した電子顕微鏡画像の再構成による大脳皮質神経結合マップ(5月10日 Science 掲載論文)

2024年5月11日
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「はじめに線虫ありき」は、分子生物学の祖の一人と言ってもいい故Brennerが、MRCに多細胞動物の発生や生理を研究するための線虫のモデル実験系を確立していく過程を克明にレポートした、大変面白い本だ。詳細はほとんど忘れているが、私の印象に強く残った内容の一つは、モデルが世界的に使われるようになり、このプロジェクトからノーベル賞受賞者が出たのにもかかわらず、Brennerはプロジェクトは不成功に終わったと総括したことだ。彼ならではの皮肉と考えてもいいのだが、自分で見たかったものが見えずに終わったことを率直に述べたのだと思う。

そしてもう一つ印象に残ったのが、プロジェクトの最も重要な目的として線虫内の細胞間の関係を解剖学的に知るという目的で、線虫のスライスを電子顕微鏡で解析し、細胞関係図として再構築しようとしたことだ。ただ、細胞数が1000個程度と言っても、2次元画像を立体的に再構築するのは、コンピュータにパンチカードでインプットしている時代には全く不可能だった。この結果、彼はプロジェクトは失敗したと総括したのだが、彼の夢はコンピュータや AI の発達のおかげで実現している。例えば線虫では、電顕画像をもとに神経発生を再構築した研究がある。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、人間の大脳皮質6層をカバーしている数ミリ単位のブロック(49080個の神経細胞とグリア細胞、8100個の血管細胞が存在し、1億5千万個のシナプスを要する)から、5019セクションを作成し、すべての画像が集められたデータベースを開発した研究で、5月10日号の Science に掲載された。タイトルは「A petavoxel fragment of human cerebral cortex reconstructed at nanoscale resolution(ペタボクセルデータを要するヒト大脳皮質フラグメントをナノスケールレベルで再構築する)」だ。

タイトルにあるようにこのデータベースには2の50乗のボクセルが集められており、これを立体画像にしたり、数値分析するためには様々なアプリケーションの開発が必要で、このグループも3種類のアプリを提供し、データとともに誰もがアクセスし利用できるようにしている。

最終的にどんな画像が得られるのかについては、アクセス可能な論文のアブストラクトに添えられた写真を見てほしい(https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk4858)。神経同士の関係や、一つの軸索に、一つの樹状突起が複数のシナプスを形成している像を見ると、ここまでできるのかと必ず驚くこと間違い無い。

ただ、これが完成するまでは、神経分岐や結合の再構成時の間違いを正す様々な仕掛けが必要になる。通常は全てコンピュータでエラーも検出できるようにするのだが、この研究ではデータを公開し、人間によって画像を追いかける方法も使えるようにしている。要するに、これからこのデータベースを見たいと思う人も含めて、人海戦術でプルーフリーディングを行なっている。

ではこのデータベースから何が新しくわかったのか。形態だけなので新しい発見は難しいかと思いきや、先に示した写真のように、皮質第6層の Triangular neuron が近接している細胞同士で密接な結合を形成していること、また第3層の錐体細胞アクソンにシナプス接合するデンドライトが、ほとんどは一カ所のシナプスで結合するのに対し、写真にあるように何カ所も極めて強固な結合を示す場合があり、分布は確率論的ではなく間違いなく神経活動依存的であることを示している。スパインの形態が変化するのは知っていたが、ここまで複雑な構造が形成されているのを見ると、形態学の重要性がわかる。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月10日 RoseTTAFoldAll-AtomとAlphaFold3(4月19日 Science 掲載論文と5月8日 Nature オンライン掲載論文)

2024年5月10日
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タンパク質の構造予測だけでなく、核酸から小分子化合物のような様々なバイオモレキュールを予測できる AlphaFold3 が、5月8日 Nature にオンライン掲載された話がメディアを賑わせている。今回の論文は難しいので、研究内容を紹介せず、何ができるかという話だけを書いているようだ。吟味なしに適当に報道するのは日本のメディア報道の典型で、それが如実に表れたのが、小保方さんの論文報道だと思うが、これに加えて今回は少しカチンとくるところがある。すなわち、この論文より1ヶ月前にワシントン大学から同じような内容の RoseTTAFoldAll-Atom が Science に発表された時には、全く報道されておらず、しかも今回の AlphaFold3 紹介時にも、ワシントン大学の論文には全く言及していない点だ。

1ヶ月遅れたが、RoseTTAFold All-Atom 論文について紹介する。タイトルは「Generalized biomolecular modeling and design with RoseTTAFold All-Atom(生体分子の汎用モデリングとRoseTTAFold All-Atom(RAAA)のデザイン)」だ。

この論文を読んだとき、タンパク質構造だけでなく、ほぼすべての生体分子や小分子化合物の相互作用を予測できるという話で、是非紹介したいと思った。しかも、Google ではなく、ワシントン大学など、アカデミアでこの様な研究が進んでいることに感銘を受けた。ただノーベル賞級の仕事でどこかで紹介すると思ったのと、大規模言語モデルを超えて、拡散モデルとガウスノイズや、集合データ学習など、私の最も苦手とする数理処理の話が多く書かれていたので、残念ながら紹介を断念していた。しかし、メディアも取り上げず、さらに今回言及もしないというので、理解できていないことを断った上で、私の理解できた内容だけ紹介する。

タンパク質構造予測というと AlphaFold2 になっているが、ほぼ同時に RoseTTA モデルも発表されていた。利用者では間違いなくAlphaFold2 に先を越されたので、タンパク質系統樹のアラインメント比較に基づく方法では達成できない新たの目的にチャレンジしたのがこの研究だ。

素人にとって、Google 論文と比較すると、この論文の方がよりわかりやすく(といっても難しいが)丁寧に説明がされている。これまでの LLM モデルは相同タンパク質を数多く比較してタンパク質進化で生まれた構造的特徴をコンテクストとして拾う方法だった。ただ、これだと小分子化合物やタンパク質と結合する金属イオンなどは扱えない。

そこで、最も近い相同タンパク質との比較だけを行うことでアラインメントによる制限を外し、分子を構成する要素のタイプ、原子結合のタイプ、そして分子のキラリティーのタイプを、それぞれ1D、 2D、3D Trackとしてモデル化して学習させる方法をとっている。

そして、構造のデコーディングには、ランダムな分子配置からノイズを減らす、画像処理に用いられる拡散モデルが使われている。また、学習時にノイズを入れてそれから正解を予測させる、一種のマスク学習のような方法で正解率の高い学習を可能にしている。

モデルの詳細についての私の理解はここまでだが、このモデルに10万を超えるタンパク質と小分子化合物の結合様態、金属イオン結合したタンパク質の構造データ、そして共有結合を起こす分子結合データを学習させ、このモデルに新しく報告された様々なデータをインプットして、構造予測を行い、その精度を調べている。

これまで LLM ではない構造予測モデルが存在しており、小分子化合物との結合様態予測では RFAA が優れていること、またこれまでのモデルでできなかった金属イオンとの結合による構造、さらには結合により共有結合が生じるようなケースの予測も可能であることを示している。ただ、どこまで精度が上がるのか、今後学習を増やせば解決するのかなどは今後の問題になる。

この研究で私が最も驚いたのは、ある特定の化合物に対するタンパク質をデザインできるという事実だ。すなわち、関与するアミノ酸がランダムに配置された中から、ノイズを減らす計算を繰り返すことで、最終的にフィットするタンパク質の構造が設計できる点だ。

実際、ジゴキシジェニンと結合する新しいタンパク質を設計し、合成してそれを確かめている。同じ実験をヘムやビリンと結合するタンパク質についても行っている。

以上が結果で、私の理解では示された方法は Google とほぼ同じモデルで、全バイオモレキュール構造予測のプラットフォームの糸口ができたと言える。いずれにせよ、この論文は昨年10月に投稿され、Google 論文は昨年の12月に投稿されるという競争が行われている。ただ、アカデミアで独自に進められている努力が先に論文発表につながったことは、この分野でアカデミアもまだまだやれることを示している。このように、新しい課題は山ほどある時に、成功例だけ追いかけるような研究助成のあり方を改めることが重要だろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月17日7:30pm 「ガンワクチンの進展」と題してジャーナルクラブを開催します。

2024年5月9日
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今月のジャーナルクラブは5月6日に紹介した論文を中心に、最近急速に進展しているガンワクチンについて論文や総説を紹介します。Zoomで開催したあと、すぐにYoutubeにアップロードしますので、是非ご覧ください。直接参加希望の方は、西川まで連絡ください。

カテゴリ:セミナー情報

5月9日 新しく見えてきた肝臓修復再生過程(5月1日 Nature オンライン掲載論文)

2024年5月9日
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肝臓は再生能力が高い臓器で、例えば生体肝移植のドナーが 2/3 の肝臓を提供しても、機能を取り戻すことができる。ただ、肝臓障害性の毒物の摂取や、劇症肝炎など急速な損傷が起きると、肝臓細胞の増殖が追いつかないのと、肝臓組織の美しい構築を再生することができず、死に至ることがある。

今日紹介するエジンバラ大学からの論文は、アセトアミノフェン摂取による肝臓障害後の肝臓再生過程を、組織学的、細胞学的に詳細に調べ、損傷部位に集まる特別な肝臓細胞が損傷部位をまず閉じることから肝臓再生が始まるという、新しい概念を示した研究で、5月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Multimodal decoding of human liver regeneration(様々な方法を併せて人間の肝臓再生過程を解読する)」だ。

アセトアミノフェンによる肝障害で移植を受けた患者さんの肝臓を、この HP でも紹介し YouTube で説明した最新の網羅的組織ゲノミックステクノロジー(https://www.youtube.com/watch?v=KtjY4JEEjaA)を用いて解析し、肝臓再生の空間時間的過程を解析している。その結果、これまでほとんど指摘されてこなかったアネキシン(細胞移動に関与すると考えられている分子)を発現する集団が再生中の肝臓に現れることを発見する。

組織学的ゲノミックスを用いて調べると、この細胞は中心静脈から広がる壊死部分と正常組織の境界に現れ、遺伝子発現から肝臓細胞由来で、境界部に堤防のように上皮ライニングを形成していることが明らかになった。また、アセトアミノフェン障害だけでなく、肝炎による再生でも現れることが確認された。

次に、このアネキシン2陽性細胞をさらに詳しく調べるため、マウス肝再生モデル実験系を同じように調べると、マウスでも再生誘導後にアネキシン2陽性細胞が壊死細胞と正常組織の境界に現れるのが確認できる。そこでラベル実験を行い、この細胞が肝細胞由来であること、そして壊死細胞との境界に移動してくるが、その間48時間ほどで、細胞の増殖は必要ないことを明らかにする。すなわち、アネキシン2陽性細胞は傷口を塞ぐために現れ、壊死細胞の境界で極性を持った上皮構造を形成して、肝臓実質を外部から守る役割を持つことがわかる。

これらのことを確認するために、生きたマウスの肝実質での細胞動態を観察するシステムを完成させ、アセトアミノフェンによる障害で細胞の移動が誘導されることを観察している。これまで様々な組織のリアルタイムイメージングは見てきたが、肝実質でこれが可能になるとは驚きだ。見て新しいことがわかるかというと難しいと言わざるを得ないが、ともかくシステムを構築し、細胞が分散してくるのを見たことが重要だ。

さらに、肝細胞増殖による再生過程との関係を調べると、まず壊死細胞との境界を定め、それから細胞の増殖が誘導されるという順序が存在することが明らかになった。

最後に、マウス肝再生が進むときにアネキシン2をノックアウトすると、壊死層との境が閉じないことから、アネキシン2陽性細胞が壊死部と正常部の境を形成して、壊死部を閉じる過程にアネキシンが必須であることを示している。

結果は以上で、肝臓のような実質臓器で、皮膚損傷治癒と同じような傷口修復、その後の再生という過程が順序よく進んでいくことを知り、実にうまくできていると感心した。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月8日 全ゲノム重複が起こるメカニズム(5月3日号 Science 掲載論文)

2024年5月8日
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昨年7月、2回にわたって細胞周期の調節メカニズムの見直しが進んでいることを紹介した(https://aasj.jp/news/watch/22329)、(https://aasj.jp/news/watch/22475)。ざっくりまとめると、増殖因子により活性化される CDK4/6 が、G1 期を超えて必要とされるという話で、異なるサイクリンがチェックポイントに応じて順々にリン酸化、分解を繰り返すことで、正確な DNA 複製と細胞分裂が進行する、美しいスキームで説明できないことが多くあることを示している。

今日紹介する米国ジョンズホプキンス大学からの論文も CDK4/6 の G1 期を超えた役割を明らかにした研究で、5月3日号の Science に掲載された。タイトルは「CDK4/6 activity is required during G2 arrest to prevent stress-induced endoreplication( CDK4/6 は G2 停止期にストレスデ誘導される核内倍加を阻止する)」だ。

ガン細胞の多くは分裂を経ずに DNA 複製が核内で起こる染色体倍加が起こっていルことが知られている。この研究は、各細胞周期特異的ドライバー(サイクリン A/CDK1 )の標的分子を蛍光分子と結合させて、それぞれのドライバーの活性をモニターしながら G2 期から細胞分裂に至る過程を追跡することで、G2 期から細胞分裂を経ずに DNA 複製が始まる分子過程を調べている。

細胞周期の研究を理解するには、各ドライバーについての知識が必要で、詳細に踏み込むとますますわかりにくくなるので、かなり省略して紹介すると次のようになる。

これまで核内倍加は p53 の変異が主原因であるとされていたが、正常細胞を用いた実験で p53 とは無関係に、リボゾーム機能阻害、DNA損傷、浸透圧などの様々なストレスで誘導できることを示している。

次に、G2 期から分裂期へのドライバー活性をモニターする系で、ストレスによりリン酸化活性化されるMAP3K を起点とするシグナルが、細胞後期のドライバー Anaphase promoting complex (APC) の活性化を誘導することで、核内倍加が起こることを示している。

そしてストレス存在下で、各ドライバーの活性を精緻にモニターして、このストレスによるシグナルがCDK4/6、CDK2 などを順々に抑制することで、分裂前のG2期停止から解放し、結果早期にDNA合成、そして核内倍加が起こることを示している。

もう少し細胞周期的に説明すると、ストレスによりまず CDK1/CyclinA が阻害されることで、G2 期停止が起こる。このとき分裂前の DNA 合成を抑えるためには CyclinA の標的分子 E2F のリン酸化を維持することが必要で、これができないと DNA 合成が分裂前に始まる。このとき、同じ E2F をリン酸化するCDK4/6/CyclinD の活性が維持されていると、G2 停止期は正常に続き、ストレスがなくなると正常分裂が始まる。すなわち、前回紹介した論文と同じで、G2 から分裂期への離脱時期でも、増殖因子により活性化される CDK4/6 は、細胞周期を維持するために働いていることになる。

以上が結果で、核内倍加が p53 とは無関係に起こりうること、そして CDK4/6 シグナルがこのようなストレスから細胞周期を守る働きをしていることがよくわかる。CDK4/6 は治療に使われており、この結果はストレスの多い条件でこの薬剤を使うともっと効果が高まることを示している。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月7日 中枢神経のミエリン化を促進するエピジェネティック治療薬(5月2日 Cell オンライン掲載論文)

2024年5月7日
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神経伝達速度がアクソンのミエリン化により維持されていることは神経科学のイロハだが、軸索がミエリン鞘と呼ばれる膜で包まれているのを電子顕微鏡写真で見ると、その美しさに感動を覚える。逆に言えば、このような美しい形態を維持することが簡単でないこともよくわかる。事実、神経損傷や多発性硬化症でミエリン鞘が傷害されると、再生には時間がかかる。また、老化により脱髄は進み、痴呆の原因になる。

今日紹介する中国四川大学と、米国シンシナティ子供病院からの論文は、HDAC3 阻害剤として開発されていた化合物 ESI1 がオリゴデンドロサイトの分化を促進してミエリン鞘形成を高め、多発性硬化症治療から老化脳でのミエリン化促進まで多様な効果を持つことを示した研究で、5月2日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Small-molecule-induced epigenetic rejuvenation promotes SREBP condensation and overcomes barriers to CNS myelin regeneration(エピジェネティック若返りを誘導する小分子化合物は SREBP の相分離を誘導し中枢神経でのミエリン化の障害を突破する)」だ。

実に多くのデータが集まった論文なので、詳細は省いてポイントだけを紹介する。

この研究は、多発性硬化症(MS)の脳で、オリゴデンドロサイトは比較的正常に存在するのに、なぜミエリン化がうまくいかないのかという疑問から発している。MS 脳組織を解析した結果、ミエリン化に必要な遺伝子がエピジェネティックにサイレンスされていることを発見する。そして、このエピジェネティック変化を反映して分子マーカーを発現するトランスジェニックマウスを用いて、サイレンシングを解除する化合物をスクリーニングし、ヒストンアセチル化酵素 HDAC3 阻害剤としてインドで開発された化合物 ESL1 を特定する。この化合物は最初老化による認知障害を治療できることが示されていた。

後は発生過程、神経再生過程、そして MS で MSI1 の効果を調べ、オリゴデンドロサイトの分化を促進し、ミエリン形成能を高める結果、神経再生や、MS モデルマウスの再ミエリン化を促進し、症状を抑えることを明らかにしている。

次に培養細胞を用いて ESI1 が確かに HDAC3 を阻害することで、オリゴデンドロサイトをエピジェネティックにプログラムし直し、細胞分化だけでなく、細胞骨格の変化、そして何よりもミエリン形成に必要なコレステロール代謝に関わる酵素群の発現が再活性化されることを示している。

脂肪代謝システム活性化をさらに追求すると、HDAC3 阻害効果だけでなく、コレステロール代謝の核になる転写因子 SREBP 分子の核内での相分離を促進して転写活性を高めることも、ミエリン合成システムの促進に関わることも示している。ただ、この相分離の詳しいメカニズムについてはよくわからないが、スーパーエンハンサー形成と結びついていそうだ。

最後にもう一度生物学的効果の検討に移り、ヒト iPS 由来神経細胞オルガノイドで、ミエリン鞘の長さを延長できること、そしてインドからの論文が示したように、老化による認知機能が改善されるが、この効果が老化脳のミエリン化を再活性化させることによることを示している。

結果は以上で、これまで免疫を抑え、脱髄を抑制することに集中してきた MS 治療に、新しい治療可能性をもたらすとともに、アルツハイマーに並んで認知障害の原因になる白質障害の治療が可能になる可能性が示されたと思う。ESI1 が本当に薬剤として必要な性質を持つのか、他の細胞のエピジェネティックな状態の変化が問題にならないか、など検討項目は大きいが、MS、白質障害の新しい治療可能性が示されたことは極めて重要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月6日 新しい mRNA 抗ガンワクチンの開発(5月1日 Cell オンライン掲載論文)

2024年5月6日
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感染防御のためのワクチン開発競争が一段落した今(といっても水面下では熾烈な競争が行われていると思うが)、最近目立つのがガンワクチンの前臨床、臨床研究論文だ。コロナワクチンと同じで様々な方法の開発が進んでいるので、近々ジャーナルクラブで取り上げたいと思っている。

そんな中でも今日紹介するフロリダ大学からの論文は、少し変わった方法で、しかも基礎から第一相臨床治験までデータが示されている mRNA ワクチン研究で、5月1日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「RNA aggregates harness the danger response for potent cancer immunotherapy(RNA凝集塊は強力なガン免疫治療のための danger 反応を制御する)」だ。

この研究では、mRNA ワクチンに使われる脂肪膜粒子を RNA をブリッジとして凝集させ、エクソゾームサイズで多層膜構造を持つ LPA を作成、これを静脈投与するというユニークな方法を開発している。この構造のおかげで、多くの RNA を LPA にロードすることができ、例えばガン細胞の全 mRNA をそのまま使って LPA を作成することも行われる。この出だしの説明を読んで、シュードウリジンが使われていないこと、全身投与であること、サイズが通常のナノパーティクルの数倍であることを知ると、強い炎症反応が出るので大丈夫かなと思うが、RNA と脂肪膜がうまく組み合わさって、ある程度は炎症反応が抑えられているようだ。

まず腫瘍から生成した mRNA をロードした LPA を作成し、腫瘍を移植したマウスに投与すると、容量依存的に強い炎症反応とともに、ガン増殖を抑制することができる。また、200nm以下の LPA だけにすると効果がなくなるので、大き凝集を作ることが重要なこともわかる。もちろん、ガン特異抗原の mRNA を合成して免役することもできるし、驚くことにグリオーマに機能を持ったヒストンメチルか酵素を投与するためにも用いることができる。当然、一つの mRNA だけでなく、ガン抗原と、PD-L1を抑制する siRNA をロードして、免疫反応を高めることも可能になる。

驚いたのは、ガンで高発現が認められ CAR-T の標的として用いられる CD70mRNA をロードして LPA を作り、これを全身投与すると CAR-T の効果が格段に高められることだ。わざわざ CAR-T の標的を全身に投与して正常の細胞を殺すのかと心配するが、実際にはガンへのアクセシビリティーが低いため免疫が成立できていない状況を、全身に CD70 が発現して抗原として利用されることで、正常細胞もある程度は殺されるが、CAR-T を全身で活性化してガンの方に振り向けられるということになる。

全身に投与して何が起こるか詳しく調べており、ほとんどの LPA は全身の間質細胞が取り込み、特に取り込みの多い脾臓などのリンパ組織で強い免疫を誘導すると同時に、末梢での炎症反応を誘導して、免疫細胞の移動を促すと解釈している。さらに、グリオーマではガン周囲の環境も白血球やリンパ球が浸潤しやすい環境へプログラムし直せることも示している。

このように動物実験では理屈はともかく、うまくいっていることから、犬に自然発生したグリオーマの治療、そして人間の臨床研究へと移行している。

10匹の末期グリオーマ犬が用いられ、バイオプシー標本の mRNA をロードした LPA 投与群と、バイオプシー前に免疫を変化させるサイトメガロウイルス分子を投与した後、ガン mRNA を投与する群に分けて効果を調べている。結果は上々で、通常1−2ヶ月で死ぬ犬が、平均で150日、5ヶ月生存できている。また、投与すぐから炎症性サイトカインが血中に放出される。

そして、ヒトでの治験に進んでいる。サイトメガロウイルス pp65mRNA と、グリオーマで活性化されている自己抗原セットをロードして、パイロットで許容性などを調べた上で、第一相試験を行っている。放射線や化学療法を終えた後で、LPA を投与する治験で、期待通り投与初期から強いサイトカイン反応が誘導されるが、これはなんとか乗り越えられているようだ。さらに、ガン特異的抗原に対するT細胞反応も誘導でき、2例ではバイオプシーでガンを検出できず、平均の生存が9ヶ月を超し、5−8ヶ月よりは延命できることがわかった。

結果は以上で、要するに様々な mRNA をロードできる LPA の開発で、臨床治験まで進んでいるが、まだまだ基礎研究も必要な面白いワクチンモダリティーだと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月5日 ミトコンドリア移植により血管内皮移植が改善する驚くべきメカニズム(5月1日 Nature オンライン掲載論文)

2024年5月5日
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京大の再生医学研究所、そしてミレニアムプロジェクトの神戸の発生再生科学総合研究センターの設立と、立て続けに大きな研究所構想の実現に奔走した思い出は今も生き生きとよみがえるエキサイティングな経験だった。これら研究所の設立時、研究所が目指すべき最も大きなゴールとして考えたのが自己ES細胞作成による再生医療だったが、これは設立時には予想しなかった山中さんのiPS細胞により実現している。そして、もう一つ再生医学臨床応用の象徴が血管内皮移植による虚血障害の治療だった。当時まだ米国在住の浅原さんを始め、多くの研究者がしのぎを削っており、ミレニアムプロジェクトでもこの方向の研究を重視した。あれから20年以上が経ち、血管移植療法はどうなっているのか?実は全くフォローしていなかったが、私が今目を通しているジャーナルにはあまり現れてこないし、それほど華々しい話も聞いていない。

今日紹介するハーバード大学からの論文を読んで、血管内皮移植がうまく進んでいない理由を知るとともに、この問題の解決にミトコンドリア移植による内皮ミトファジー活性化が切り札になる可能性を理解した。タイトルは「Mitochondrial transfer mediates endothelial cell engraftment through mitophagy(ミトコンドリア移植はミトファジーを通して内皮細胞を支持する)」だ。

まず前書きを読んで、血管内皮移植では内皮細胞の生着が低く、臨床結果が安定しないこと、間質幹細胞と同時移植はこれを改善できる可能性があるが、複雑な移植で同じ条件での臨床応用が難しいことからまだ普及していないことを知った。

この研究でも、ヒト血管内皮と間質幹細胞移植で、マウス体内での内皮の定着率が上昇することを確認した上で、間質幹細胞から血管内皮へのミトコンドリア移行が効果の原因ではないかと、間質幹細胞のミトコンドリアをラベルして実験を行い、ミトコンドリアが細胞間ブリッジを通って移行していること、このブリッジ形成を TNF で活性化するとより多くのミトコンドリアが移入されることを明らかにしている。

次に、間質幹細胞からミトコンドリアを抽出し、これを内皮細胞と培養して EC の生着率を調べると、ミトコンドリアを移植した群で生着率が上昇し、虚血モデルで血管新生を高めることができる。

しかしよく調べると、移植されたミトコンドリアの数はたかだか細胞全体の10%にとどまり、しかも一週間以内に消失するのに、ミトコンドリアとして機能しているのかが疑問だ。事実、これまでもミトコンドリア移行が血管内皮を活性化するという話はあったが、外部から移植したミトコンドリアが機能を担えているのか疑問が投げかけられていた。

この研究ではミトコンドリア機能維持に必須のミトコンドリアDNAを除去したミトコンドリアを調整し、これを移植するという離れ業の実験を行い、ミトコンドリア移植の効果にはミトコンドリアDNAは必要なく、当然ミトコンドリアの正常機能は必要ないという驚くべき結果を示す。

そして、移植した機能欠損ミトコンドリアが、ミトコンドリア特異的なオートファジー、すなわちミトファジーを活性化することで血管内皮の増殖や移動機能を高めていることを明らかにしている。

生化学的なメカニズムはすっ飛ばして紹介したが、ミトファジーが活性化していることを確認し、またミトファジーを抑制すると生着できないことを示している。

以上が結果で、本当なら血管内皮移植は大きく進展すると思う。また、ミトコンドリアの死骸を使ってミトファジーが活性化できるなら、他の細胞にも応用できるはずで、再生医学の大きなブレークスルーになる様な気がする。臨床から基礎へ、そして臨床へつなげる素晴らしい研究だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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