免疫コントロールを唄った食品が世の中に満ちあふれ、問題なく受け入れられている一方、本当の免疫コントロールといえるワクチン反対論は不思議なほど根強く、米国では反ワクチン論者が保健福祉長官になる勢いだ。細菌による病気が理解され始めたドイツでも、感染症を細菌の病気と考えるコッホと環境や生活スタイルの問題と考える公衆衛生学のペッテンコッファーの論争が勃発し、ペッテンコッファーは勢いでペスト菌を飲んで見せた話は有名だ。
もちろん答えはどちらも正しい側面を見ており、細菌に対する抵抗力が生活スタイルや公衆衛生で維持されることは間違いないし、ペストが細菌によって起こることも自明の事実だ。このように、一つの現象をいくつかの側面に分けて説明していくのが科学だが、病原菌やガンに対する免疫で最も大きな要因を占めるのは、細菌やウイルス、あるいはガン細胞が発現している抗原に対する特異的免疫反応だ。おそらく今年も様々なワクチンのアイデアが論文として発表されると期待している。
そこで年始に当たって、ホスト免疫コントロールの変わり種を紹介する。
まず最初はマラリアに対するワクチンだ。一昨年の最も重要な医学トピックスは有効性の高いマラリアワクチンの開発で、スポロゾイトと呼ばれるステージから次のメロゾイトへ進まないように弱毒化した一種の生ワクチンを抗原に用いるワクチンが中心になっている。
今日紹介するライデン大学からの論文は、スポロゾイトを注射するのではなく、蚊の中で生成されたスポロゾイトを蚊に皮膚を刺させて感染させる方法で注入するワクチン投与法で、1月3日 Nature Medicine に掲載された。タイトルは「Single immunization with genetically attenuated Pf∆mei2 (GA2) parasites by mosquito bite in controlled human malaria infection: a placebo-controlled randomized trial(遺伝子操作で弱毒化した GA2 原虫を蚊に刺させる方法で免役することで感染を防げる:無作為化2重盲検法)」だ。
蚊の中で原虫の接合が起こりスポロゾイトが形成される。こうしてスポロゾイトを体内で増やした蚊50匹に腕を晒して一度だけ感染させ、41日目に弱毒化していないマラリア原虫に感染させ免疫の成立を確かめた。要するに人体実験が行われており、スポロゾイトを持たない蚊に刺された人は全員10日以内で感染したが、弱毒化スポロゾイトの蚊に刺されたグループで感染したのは10人中1人だけだったという結果だ。また、 スポロゾイトに対する CD4 T細胞の成立も調べた全員で確認している。
結果は以上で、わざわざ蚊に刺させることが注射より効果があるという話ではないが、おそらくアフリカへワクチンを運んで投与というロジスティックを考えるとこの方が良いのかもしれない。いずれにせよ一回で長期の免疫が成立するワクチンで、マラリア撲滅も夢でないかもしれない。
次の論文もオランダのガン研究所からの論文で、ガンのネオ抗原を特定して直接注射するのではなく、まず試験管内で抗原特異的な細胞を増殖させた後患者さんに戻すことで、免疫のコントロールを高めようとする試みで、1月3日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Personalized, autologous neoantigen-specific T cell therapy in metastatic melanoma: a phase 1 trial(転移メラノーマに対する個人用ガンネオ抗原特異的T細胞移植治療:第一相治験)」だ。
これまでの研究で、ガンの多様性を克服するためには、様々なガン抗原に対するT細胞を動員することが望ましい。ただ、抗原注射では多くの抗原に対する反応を誘導できるという保証はない。そこで、個人のガンゲノムからネオ抗原を特定し、40種類の短いペプチド、20種類の長いペプチドを用意した後、10ペプチドづつで患者さんのT細胞を試験管内で免疫。その後 、IL-15、 IL-7 で増幅させ、それらを全てプールして患者さんに戻すことで、ワクチンで免役した免疫リンパ球移植療法を行っている。
この方法で特に大きな副作用は出ていない。ただ、効果は思ったほど大きくないが、治療までこぎ着けた9例のうち5例は進行が抑えられ、2例はガンの大きさが抑制できている。また、期待通り多くの患者さんでネオ抗原特異的なT細胞の複数のクローンが誘導されており、コンセプトについては有効性が証明されたとしている。
最後のスタンフォード大学からの論文はペプチド設計を駆使して、特定の MHC とペプチドが結合した立体構造を認識するペプチドを設計する試みで、12月13日 Nature Biotechonology に掲載された。タイトルは「A general system for targeting MHC class IIantigen complex via a single adaptable loop(単一の調整可能なループ構造により媒介される MHC class II と抗原の複合体を標的にする普遍的システムの開発)」だ。
この研究ではクラスII MHC(MHCII)に結合し、多くのT細胞が反応できるスーパー抗原の構造解析をヒントに、ペプチドと MHCII とペプチドの結合プラットフォームを形成し、異なるペプチドが結合したときに、特異的に認識するT細胞抗原受容体を模したペプチドを設計する方法を開発している。
詳細は省くが、タンパク質の構造を予測する RosettaやAlphafold を駆使した論文で、こうしてガン抗原や病原菌抗原と結合した MHC と特異的に反応するペプチドが作れると、ADC や CAR-T などその用途は広い。まだまだ初期段階にあるが注目の技術だと思う。