ノーベル化学賞の講演を YouTube でゆっくり聞いたが、最初に登場した David Baker さんは、ペプチドデザインの前置きはさっと切り上げて、最も新しい RFdiffusion を使って何が可能かを様々な例を挙げて紹介していた。生み出されるタンパク質の広さと深さは圧倒的で、これからも論文が次々と生まれることを予感させる。これは未来の話ではなく現実の話で、実際講演の中で取り上げられていたTNF受容体の阻害ペプチドについては、講演が行われるより前 Science に発表されていたし(Science 386, 1154-1161, 2024)、またペプチドブロックを組み合わせたナノケージに関する Nature 論文は昨年暮れに紹介した(https://aasj.jp/news/watch/25825)。
ノーベル賞講演で Baker さんが最初に紹介していたのがヘビ毒を中和するペプチド設計の話だったが、1月15日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「De novo designed proteins neutralize lethal snake venom toxins(新たにデザインしたタンパク質が致死的なヘビ毒を中和する)」だ。
これほど続々新しいタンパク質のデザインが発表されるのは、必要な全ての方法が Baker さんの研究室に揃っているからだ。タンパク質の設計は、まず標的分子の構造を知ることから始まる。現在は結晶構造が完全にわかっている分子が標的にされているが、当然 Rosetta や AlphaFold も将来は使っていける。
構造と機能から標的部位を決めると、次は Baker さんたちが2023年8月に Nature に発表した RFdiffusion と呼ぶ画像生成に使われるDiffusionをペプチドの設計に利用する方法の登場だ(Nature, 620, 1089, 2023)。Diffusion を用いたモデルは AlphaFold3 や最新版 Rosettaに も使われている(https://aasj.jp/news/watch/24442)。
こうして構造が決まると、Bakere さんたちが2022年に Science に発表した構造からアミノ酸配列を抽出できる ProteinMPNN が登場して、アミノ酸、そして遺伝子配列が決まる。ただ、現段階では100点のデザインはまだできない。そのため、Rosetta や AlphaFold を用いて構造を至適化している。
この研究ではアセチルコリン受容体への作用を阻害するヘビ毒と、細胞膜を引きちぎるヘビ毒両方に対してペプチドを設計しているが、神経毒では44種類のペプチドに絞った後、実際に大腸菌でタンパク質を作り、ヘビ毒への結合を調べている。この結果出来てくる阻害ペプチドは842nMの結合係数なので、まだまだ結合力は弱い。
そこで、できてきたペプチドの一部だけをやはり RFdiffucion で至適化する方法で設計し直し、最終的に0.9nMという実用範囲のペプチドを作成している。こうしてできたペプチドとヘビ毒との相互作用は、結晶解析が行われて今後のデータとなっていく。この方法で、細胞膜を引きちぎるサイトトキシンに対しても、通常では考えられない部位を標的にするペプチドデザインに成功している。
最後は試験管内での実験を経て、マウスにヘビ毒を注射した後、15分後、30分後それぞれデザインペプチドで中和できるか実験を行い、30分後でも、ほぼ100%の生存を可能にするペプチド作成に成功している。効果としては現在利用できる抗血清より高い活性がある様で、明日からでも使える可能性があるのでノーベル賞講演の最初に持ってきたのではと思う。
以上が結果で、全ての方法論が独自に用意されているとは言え、何サイクルも検討を加えた大変な実験だと思う。Baker さんたちがこれまで発表してきたデザインペプチドの特徴は、全て大腸菌で作れるという点だ。すなわち、糖鎖などの修飾は必要なく、安価に作れる。これは進化を経て形成されるのと、ペプチドデザインはかなり異なる経路でできてきたことを意味する。
いずれにせよ、安価に作成できるということは、薬剤としては素晴らしく、ヘビ毒中和剤のように開発途上国で使われることを考えると誰もが中和剤を携帯することができる時代が来ることを示している。また、抗体の場合免疫原性が低い分子に対しては作成が難しいが、ペプチドデザインはそれを克服できる。2025年、Baker さんの研究室からいくつの論文とデザインペプチドが発表されるのか、想像ができないぐらいの数になる様に思う。