光遺伝学が広く使われるようになったおかげで、マウスの様々な本能行動の背景にある神経活動を特定できるようになった。特に食欲についての研究の進展は、GLP-1 受容体刺激による肥満抑制という臨床的ニーズと相まって大きく進展している。
おそらくサルでも同じような研究が可能になると思うが、遺伝子操作に限界があり、神経活動を丹念に調べて統計的に解析する方法が今後も中心になる。ただ、サルの場合安定したデータをとるため、例えば腕の運動を調べるときは、他の場所を固定して神経活動を調べるのが普通になっている。
今日紹介するイタリア・パルマ大学の研究は、従来の行動制限下での生理学的実験を、よりサルの自由意志に基づく行動学実験へと転換する可能性を追求しており、ひょっとしたら形而上学の重要なテーマとして考えられてきた自由意志の問題にも発展しうる面白い研究で、1月10号 Science に掲載された。タイトルは「Neuroethology of natural actions in freely moving monkeys(自由に動けるサルの自然な行動の神経行動学)」だ。
この研究では脳の運動野にクラスター電極を設置したサルを用いて、口や前肢の運動時の単一細胞レベルの神経活動を記録する実験を、従来のようにサルを狭いケージに入れて行動を制限したときと自由にサルを行動させて行ったときで比較している。自由な行動をさせる場合、運動の評価が重要でそのためにいくつもビデオカメラを設置してサルの行動を完全に把握できるようにしている。全般的な神経活動を比べると、期待通り自由に行動しているサルの方が個々の神経の反応は多様性に富んでいる。
次に自由行動サルの各神経と行動の種類を調べると、制限された実験条件で得られる結果と大きく異なり、様々な行動に多様な反応を示す単一神経が多く存在することがわかった。これは、一つの末梢レベルの行動のためには体幹の動きを制御する必要があるためで、このような連携はこれまでの実験では見過ごされてきた。
次に同じ電極を使って刺激を入れて運動を誘導する実験を行い、例えば木を登るという運動を誘導できる神経細胞は手の動きに反応する神経だが、頭や体幹の動きに関わる神経でも誘導され、様々な神経のシナジーがセットとしてコードされていることがわかる。
次に同じ動きを異なる事件条件で誘導したとき反応する神経を調べると、同じ行動で同じように反応する神経と全くことなる反応を示す神経に分かれることがわかる。さらにデコーダーを用いて神経活動と運動との相関を調べる実験から、神経活動から明確に行動を予測できることがわかる。
一番面白いのは、自由に動いたときの神経活動で学習させたデコーダーは行動制限下での運動も予測できるが、制限下の神経活動で学習させたデコーダーは自由に行動できるサルの神経活動から運動を予測できないという結果だ。すなわち、自由運動では重複した神経細胞が参加するより複雑なアンサンブルが存在し、そのセットが何らかの意志により誘導されていることになり、予想されて結果とは言え、運動を誘導する刺激、すなわち意志を理解するための重要なステップだと思う。
動物園では同じ行動を延々と繰り返している動物を見ることができる。もちろんスペースの制限もあるのだが、特定の行動を続ける自発性の背景をいつも知りたいと思う。そして自発性の理解の向こうに初めて、自由意志問題が脳科学の対象に上がってくると考えながら動物を見ている。
考えるより前に行動する可能性を示したリベットの実験は、自由意志問題として哲学者にも有名だが、この論文のような地道な努力を重ねた上でしかこの問題は扱えないと思う。