これまでの細菌叢研究は、細菌叢のゲノムから健康との相関を割り出し、そのあとで細菌が合成する様々な分子と健康状態との因果性を確かめる一種のリバースジェネティックスが用いられてきた。ただ、遺伝子とプロダクトの相関についてのデータが不足しているため、健康と細菌叢の因果性を明らかにするのは簡単ではないが、短鎖脂肪酸と免疫や代謝疾患の相関などはこの方向から生まれた研究と言える。
これに対し、今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、体内に存在するアミノ酸と脂質が結合した N-acyl-lipid を網羅的に調べ、この変化を細菌叢、そして特定の細菌へと追求する形質から初めて遺伝子に至るフォワードジェネティックスを用いたユニークな研究で、5月16日 Natureにオンライン掲載された。タイトルは「The microbiome diversifies long- to short-chain fatty acid-derived N-acyl lipids(短鎖及び長鎖脂肪酸由来N-acyl-脂肪酸は細菌叢により多様化する)」だ。
すでに述べたように、この研究では体内に存在する様々な代謝物から、その由来とともに病気との相関を探ることで、その代謝物を合成している細菌を特定できるかという課題にチャレンジしている。ただ、無数の代謝物のなかからアミノ酸と脂肪鎖が結合した N-acyl-lipid (NAL) に着目して研究を行っている。というのも、NAL の中には免疫や神経機能を変化させる化合物が知られており、ガンやアルツハイマー病の診断に利用できないか研究されている。
質量分析データを解析し直して、血液や臓器のNALを探索すると、結合しているアミノ酸と炭素鎖の長さが異なる脂質が結合したNALを815種類特定することができる。これらの中から、実験が可能なマウスと人間で共通に検出できる205種類のNALに絞りさらに検討を進めている。
まず、無菌マウスを用いて細菌叢の関与を調べると、短鎖脂肪酸とアミノ酸が結合したNALのほとんどが細菌叢により合成されることがわかる。一方長鎖脂肪酸と結合したNALは細菌叢が存在すると低下するので、ほとんどが食べ物の中の植物成分に由来することがわかった。元々細菌叢により植物成分が短鎖脂肪酸へと転換されることは知られているが、これに様々なアミノ酸を結合させる作用が細菌叢に存在し、NALが合成され、高い濃度で体内に吸収されることがわかった。
次に病気との関係を調べる目的で、エイズ患者さんと健常人を比較し、エイズ患者さんではヒスタミンおよびカダベリンと短鎖脂肪酸が結合したNALが増加していることを発見する。他のエイズ検査と相関させると、このNALはCD4T細胞数と逆相関し、HIVウイルス量と相関する。
次に、このNAL上の変化の原因となる細菌を特定するため、患者さんで増加する細菌を選び出し、さらにそれぞれの細菌を培養して同じNALの合成が観察できるか調べている。その結果、Prevotella buccae などいくつかの菌ががエイズの腸管で増加しており、これらの細菌にヒスタミンと短鎖脂肪酸が結合したNALを合成する能力があることが突き止めている。
最後にカダベリン結合短鎖脂肪酸、及びヒスタミン結合短鎖脂肪酸を試験管内でT細胞に加える実験を行い、NALがそれぞれのT細胞に複雑な作用を持つことを示している。
以上が結果で、実際に細菌叢由来のNALが病気とどう関わっているのかについて結論するのは早いと思うが、まず代謝物の違いから初めて、細菌叢の違い、そして細菌叢のゲノムの違いへと遡るフォワードジェネティックスが可能であることを見事に示した研究で面白い。