数多くの骨格が出土し、形態学的は研究が進んでいるネアンデルタール人と異なり、ペーボさんたちがシベリアデニソーワ洞窟で発見したデニソーワ人については、断片的な骨から得たDNAやタンパク質の解析から、デニソーワ人と特定されている。ただ、骨や歯からのDNAに加えて、洞窟の土に染みついているDNA、さらには骨のプロテオーム解析をベースに、デニソーワ人と考えられる骨は東ヨーロッパから台湾まで広く発見されている。
デニソーワ人由来でチベットやネパールのヒトに受けたウガレテイル高地順応遺伝子、さらにポリネシア人ではデニソーワ人由来のゲノムの割合が5%を超えることが観察されることなどから、デニソーワ人はホモサピエンスが来る前からアジア一帯に広く分布していたと考えられる。
しかしこれらはすべてゲノムやプロテオームから得られた結果で、残念ながらデニソーワ人の形態を知るための頭蓋や骨格の情報はこれまで皆無だった。とはいえ、中国にはホモサピエンスが来る前のネアンデルタール人とは異なる骨が多く発掘されていたことから、デニソーワ人の骨格がわかるのも時間の問題とされていた。
今日紹介する中国科学アカデミー研究所からの論文は、最近黒竜江省ハルビンで発掘されたほぼ完全な頭蓋標本が15万年前のデニソーワ人の頭蓋であることをプロテオーム解析(Science論文)、そして歯石に残るDNA解析 (Cell 論文)から明らかにした研究だ。タイトルは「The proteome of the late Middle Pleistocene Harbin individual(中期更新世後期のハルピン人)」が Science 論文で、「Denisovan mitochondrial DNA from dental calculus of the >146,000-year-old Harbin cranium(デニソワ人のミトコンドリアDNAが146000年以上前のハルビン人頭蓋の歯石から確認された)」だ。
2021年に発掘された頭蓋は、ホモサピエンスでもなくネアンデルタール人でもないとして、Homo long と名付けられ、ひょっとすると新しいホモ族かと騒がれていた。ただ、デニソーワ人の骨格がわかっていないこと、また東アジアに広く分布していたことから、当然デニソーワ人である可能性も高かった。
そこで Science 論文では頭蓋の一部からペプチドを抽出し、なんとデニソーワ人と特定するためのアミノ酸の多型を122種類も特定するのに成功している。そして、これをベースに今回発見されたデニソーワ人がデニソーワ3と呼ばれるデニソーワ洞窟で見つかったDNAから推察されるデニソーワ人の先祖に近いグループであることを確認している。この結果、ついにデニソーワ人の完全頭蓋が発見されたことになる。見てみると、目の上が大きく張り出した特徴的な構造を持っている。
ただ、ペプチドだけでは満足せず、DNAを抽出する試みも行われたが、得られる骨や歯からはほとんど古代DNAを検出することはできなかった。
そこで目をつけたのが歯石で、これまでも歯周病菌を含む食べ物のDNAまで保存されている場所で、しかも分解から守られていることがわかっている。この歯石に残るDNAの中から、人間由来で、しかも14万年という経年変化を受けたDNAのライブラリーを作って調べたところ、ミトコンドリアDNAに関しては比較に使えることがわかった。その結果、ペプチドの結果と同じでデニソーワ3と呼ばれるDNAに最も近い系統のデニソーワ人で、チベット付近で発見されたデニソーワ人やデニソーワ洞窟で最初発見された新しいデニソーワ人とは明確に区別される2系統の一つであることを明らかにしている。
結果は以上で、ついに現れたデニソーワ人特徴的な頭蓋のおかげで、今後の発掘は進むと思う。実際、発見時に発表された論文で、形態学レベルの系統樹が詳しく作られていることから、これまで発掘された頭蓋の断片も分類が進むだろう。まだまだ謎に包まれたデニソーワ人研究に大きな光が差し込んだ研究と言える。