JT生命誌研究館の顧問をしていた頃、アリの研究一筋の有本さんと出会って、いろいろアリの種類や生態の奥深さを教えてもらったことがあるが、その知識を超える意外なアリの生態についての論文がフランス モンペリエ大学から9月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「One mother for two species via obligate cross-species cloning in ants(種を超えたクローン化を通して行われる一種類の雌アリから2つの種が生成される)」だ。
アリはメスアリと働きアリは diploid (2n) で、オスアリはhaploid (1n) で、遺伝的には違いが無いが、多くの場合メスと働きアリは食べ物などの差によるエピジェネティック過程で機能の違いが形成される。この研究ではヨーロッパ中に生息する Messor ibericus の働きアリが例外なく M. structor 由来のゲノムを有しているという発見からスタートしている。
M.Ibericus と M. structor はともにヨーロッパに生息しているアリだが、遺伝的には500万年前に分岐しており、また生息域が重なるのは南フランスからスイスにかけての一部であるにもかかわらず、M.Ibericus の働きアリはスペインから南イタリアまで全て両方の種のゲノムを持つハイブリッドであることがわかった。もちろん他の種と交雑する例はあるが、M.Ibericus の場合生息域が重なるから M.structor 交雑するのではなく、何らかの方法で M.structor のオスを種内で生成する仕組みがあることになる。
そこで野生の M.Ibericus のコロニーに存在するオスを調べると、形態的に異なる2種類のオスが存在することがわかった。それぞれのミトコンドリアゲノムを調べると、全て M.Ibericus のミトコンドリアを有していることから、種の異なるオスが一匹のメスから生まれていることがわかる。さらに、実験室に持ち帰って卵を産ませると、11%が M.structor のゲノムを持っている卵であり、実際に卵から異なるオスが発生することが確認された。
以上のことから、M.Ibericus のコロニーでは、働きアリは M.Ibercus ゲノムだけでは発生できないため、M.structor のオスをコロニー内で維持する必要がある。そのため、メスはゲノムが存在しない卵と、ゲノムが存在する卵を産卵し、オスの精子で受精すると、M.Ibericus 同士のゲノムが合わさるとメスアリ、M.Ibericus と M.structor とが合わさると働きアリ、そしてメスのゲノムが存在しない場合は、精子に対応すす雄アリが発生することになる。
このような仕組みが発生した経緯を考えると、最初生息域がオーバーラップする領域で偶然に異なる種の交雑が起こり、そこから発生する働きアリの効率が良いことから、M.Ibericus ゲノムだけを持つ働きアリより両方のゲノムを持つ働きアリを生成するため、ゲノムの存在しない卵に受精させることで、一旦手に入れた M.structor の精子から雄アリをクローン化して生成する方法を発達させたことになる。
実際、生息域がオーバーラップする領域では、コロニー内だけでなく M.structor との交雑が確認されることから、このシナリオは十分可能性があると結論している。また、コロニー内で維持される M.structor ゲノムは組み替えが無いため、相同性が高いことも、M.structor のオスゲノムがクローンとして維持され、働きアリ生成に使われていることがわかる。
卵への核移植がクローン動物作成の最初だったが、まさに同じ事が自然に行われ、組織化されているというアリの多様性に驚くほかはない。