9月5日 交叉抗体によるデングウイルス感染増強の疫学(9月3日 Science Translational Medicine 掲載論文)
AASJホームページ > 2025年 > 9月 > 5日

9月5日 交叉抗体によるデングウイルス感染増強の疫学(9月3日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2025年9月5日
SNSシェア

コロナパンデミックの頃、抗体がウイルス感染を増強する Antibody dependent enhancement (ADE) が問題になったことがある。ADEはウイルスと抗体が結合してマクロファージやリンパ球などの Fc受容体を持つ細胞に取り込まれやすくなることで感染が増強する現象で、コロナウイルスの場合まずACE2陽性細胞に感染するので本来問題にならないのだが、当時は一つの可能性として議論された。しかしその後の疫学的検討から、Covid-19の場合ADEはほとんど認められないことが示されている。

これに対し、蚊が媒介し、最初にマクロファージや樹状細胞に感染するフラビウイルスは明確にADEの関与が知られている。例えばデングウイルスは、前に違ったタイプのウイルスに感染していた場合、その後の感染で重症化しやすいことがわかっている。これはウイルスが皮膚に入ったとき抗体がマクロファージへの取り込みを助けるからと考えられている。

今日紹介するシンガポール国立大学からの論文は、ネパールのデングウイルス感染者ほぼ500例を詳しく精査し、ADE、特に同じフラビウイルスの日本脳炎ウイルスのワクチン接種で抗体が中程度に低下してきた患者さんでは、おそらくADEの結果重症化しやすいことを示した面白い疫学研究で、9月3日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Dengue disease severity in humans is augmented by waning Japanese encephalitis virus immunity(ヒトでのデングウイルス症状は日本脳炎ウイルスへの免疫が低下していると重症化する)」だ。

ネパールのデングウイルス感染、2004年に初めて報告され、その後インドへの旅行者に散発的に見られていたが、明確なパンデミックが認められたのは2019年からで(17000)、その後2022年には57000人の感染が認められている。感染が拡大したのは、温暖化によるモンスーン季節の長期化と、急速に進む都市化の結果だとしている。

この研究では2019年から2023年にわたってウイルス感染が確認された患者さん約500名について、以前のデング感染とともに、ネパールで行われている日本脳炎ワクチン接種とウイルスに対する抗体価などを測定し、ADEの関与を疫学的に探索している。元々デングウイルス感染が拡大している国では、以前の感染歴が複雑になるのでこのような研究は難しいが、2019年から多くの感染が始まったネパールでは患者さんの感染歴が明確なので研究に最適な対象になっている。

2019年から2023年までのウイルスタイプを見ると、時間とともに変化しており、2019年のウイルス型は2023年には完全に消失し、新しい2種類の形に置き換わっている。即ちウイルスは新しい変異株に変化している。2回目の感染者を調べると、2023年では10%に達しており、ウイルス型の変化により、繰り返す感染があり得ることがわかる。そして期待通り、デング感染の症状と比例するキマーゼの濃度を比較すると、2回目の感染者の方が高く、異なるウイルス型に対する感染が次の感染での症状を重くしていることがわかる。

そこで、ほとんどが初感染である事実を利用して、同じフラビウイルスの日本脳炎ウイルスに対する免疫が、同じようにデングウイルス感染を悪化させるか調べている。結果だが、日本脳炎ウイルスワクチンを受けている場合、デングウイルスを発症すると明らかに血中のキマーゼ濃度が高いことから、重症化しやすい事がわかる。

最後に、日本脳炎ウイルスに対する抗体価と血中キマーゼの値を比較すると、抗体価1/160で重症化率が3倍に跳ね上がるが、それ以上かそれ以下だと、ワクチン被接種者と変わらないことが明らかになった。

結果は以上で、中和抗体とは異なる抗体が存在するとフラビウイルスではADEが起こる可能性が高く、特にアジアの場合、日本脳炎に対するワクチンで誘導される抗体の関与は無視できないという結論になる。アジア諸国で日本脳炎ウイルスが広くブタで維持されていることを考えると、ワクチンをやめることで致死率が40%にも達する日本脳炎ワクチンをこれを理由に中止するわけにはいかない。そこで、常に日本脳炎ウイルスの抗体価を高く維持するようワクチン接種を定期的に行うよう勧めているが、ADEの性質上そう簡単に結論していいのかはわからない。同じフラビウイルスにジカウイルスも存在しており、これらにどう対応するかは少し真剣に検討する必要があると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
2025年9月
« 8月  
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930