9月15日 ガンによる悪液質による人間の筋肉の変化(9月10日 Nature オンライン掲載論文)
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9月15日 ガンによる悪液質による人間の筋肉の変化(9月10日 Nature オンライン掲載論文)

2025年9月15日
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ガンの末期ではいわゆる激やせが進み、筋肉や脂肪が失われる。一見ガンによって栄養が吸収されてしまっているように見えるが、多くの場合ガンが分泌する様々な因子により筋肉や脂肪代謝が変化し、これが痩せる原因になっている。痩せる原因として、患者さんの食欲が落ちて食べない事が最も重要な原因になるが、食べていないにもかかわらず現在やせ薬として使われているGLP-1の血中濃度が上がっている。このように通常では考えられない代謝の変化の原因と結果を正確に調べていくことが悪液質治療の鍵で、このブログでも何度も紹介してきたように様々な研究が進んでいる。ただ病気の性質上人間のデータは意外と少ない。

今日紹介するカナダ・アルベルタ大学からの論文は、人間の腹直筋をバイオプシーして採取し、悪液質により起こる変化を徹底的に調べた研究で、910日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Molecular subtypes of human skeletal muscle in cancer cachexia(ガンによる悪液質で見られる人間の骨格筋のサブタイプを分子生物学的に分類する)」だ。

この研究では、悪液質が検出される前にリスクの高い膵臓ガンや大腸ガンの患者さんを選んで経過を観察。体重が急速に低下する悪液質が起こったと診断された時にすぐに腹直筋のバイオプシーを行い、mRNAだけでなく、全てのタイプのRNAを網羅的に調べ、筋肉に起こる変化を定義している点で、最初から計画性を持って患者さんを選んでいる点が重要だ。

RNAにはmRNA、tRNA、long noncoding RNA、microRNA、piwiRNA、 small noncoding RNA が存在するが、これらをまとめてAIに学習させ、筋肉のRNA発現から患者さんを分別すると、1型と2型に分かれ、1型がほぼ悪液質発症と一致する。そして50%の方が亡くなる時点を調べると、1型に分類される患者さんで50%短い。また、RNAの発現だけでなく、形態的にも筋繊維と核の位置が正常とは大きく異なり線維の中央に位置するケースが多い。

この研究では、AIを使った相関性の解析から、悪液質によって上昇する long noncoding RNA が大きなハブとなって、遺伝子発現を調節する microRNA を包括的に調整することで悪液質型の筋肉が形成されることを示している。ただ、これは極めて理論的で実際に証明されているわけではない。

最後に mRNA で筋肉に起こる様々な変化を解析しており、主なものを示すと、

  • 炎症とピロトーシスを誘導する様々なシステムが活性化されている。
  • 筋肉と神経間のシナプス形成に関わる遺伝子が大きく変化し、筋肉の機能を低下させている。
  • 外来の化学物質を排除する異種生体物質代謝が上昇している。
  • ES細胞などで発現が高い Sox2 や Nanog の発現が見られる。

などなどで、特に新しい結果や、明確に治療対象になる変化は示されていないと思う。例えば、神経筋接合の低下を刺激により抑えられるかなど考えつく可能性もあるが、悪液質の難しさを再確認した論文だ。この論文をそのまま外挿すると、ハブとして悪液質を誘導するのに大きな貢献をしていると考えられる long noncoding RNA を標的にした治療の開発が重要ということになるが、筋肉の数は多く、筋肉を標的とする治療は簡単ではないだろう。結局悪液質は、ガンを治療することが一番手っ取り早そうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ
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