いくつかのインテグリンに対する抗体はすでに臨床応用が進んでいる。α4β1 や α4β7 に対する抗体はリンパ球のホーミングをブロックして免疫抑制に使われているし、αIIbβ3は血小板凝集抑制に使われている。
今日紹介するトロント大学 Sunnybrook 研究所とジェネンテックからの論文は、場合によってはファイブロネクチン受容体 α5β1 に対する抗体もガンなどの治療に使えるかもしれないことを示した研究で、9月8日 Cell Reports Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Modulation of fibronectin extracellular matrix enhances anti-tumor efficacy of immune checkpoint blockade(ファイブロネクチンを核とする細胞外マトリックスを変化させると免疫チェックポイント治療の効果を高められる)」だ。
α5β1 はファイブロネクチンと結合して細胞膜と細胞外マトリックスをつないでいるが、この研究ではファイブロネクチンによりガイドされる細胞外マトリックスの形成自体に α5β1 が関わるのではないかと考え、血管内皮の試験管内マトリックス形成実験系を用いて調べている。効果に少し驚いたが、20時間程度抗体を加えるだけで構造化されたファイブロネクチンがほとんど無くなっている。その結果、血管内皮の透過性が高まり、さらにCD8キラーT細胞の接着が促進される。
マトリックスはファイブロネクチンだけで無く、コラーゲンも巻き込んでおり、血管周囲のマトリックス全体に及ぶ。試験管内とは言え、ファイブロネクチンを核とするマトリックスができると、血管内皮の機能が大きく変化することがわかる。
CD8キラーT細胞の血管への接着が高まるという結果から、ガンの免疫療法を高められるか調べている。乳ガンモデルを用いているが、免疫が成立している場合 α5β1 抗体だけでも一定の効果が見られるが、PD-L1チェックポイント抗体と組み合わせるとより高い効果が得られる。
この効果のメカニズムを探ると、マトリックス形成がなくなることで、なぜかガン組織のキラーT細胞の exhaustion と呼ばれる機能消失が抑えられる事で PD-L1 の効果を高めていることがわかる。メカニズムはここまでで、あとは様々な実験系で臨床応用可能性を調べている。
一番うまくいっている実験系は、最初から大きなガンを移植して、免疫系の増強だけでは対処しきれないガンを、抗ガン剤とPD-L1 及び α5β1 抗体を組み合わせることで、抗ガン剤のガン組織への浸透を助けるとともに免疫細胞の浸潤をさらに進める混合治療の可能性を示している。
とはいえ、ガンによっては全く効果がないものもあり、また実際のガンで治療前のバイオプシーによる α5β1 レベルとガンの予後についての相関も、ガンによってはまちまちで、このまま臨床へ進むという段階ではない。
また、ファイブロネクチンは血管内皮だけでなく、線維芽細胞によっても合成される。臨床応用にはこの時のマトリックス形成に対する効果も調べる必要があるだろう。しかし、ファイブロネクチンと細胞上の受容体との結合を抑えるだけで、ここまでマトリックス合成が変化するというのは驚きで、追求する価値はありそうだ。