コンピューター上で実現しているニューラルネットの威力については、昨年のノーベル賞を挙げるまでもなく、我々は日々実感しているが、エネルギー消費や可塑性などまだまだ問題はある。逆に言うとさらに進化する可能性がある。素人目に見たとき、AI のニューラルネットは刺激に応じて調節可能な興奮性ニューロンのみで形成されている様に思える。それでも十分な数のニューロンと多層性があれば驚くべき力を発揮するのだが、この調節可能性を実際の脳で行われている様々な介在ニューロンが関わる複雑な回路に近づけることはおそらくこの分野の重要な課題になっていると思う。
今日紹介するニューヨーク大学からの論文は AI を意識した研究ではないが、場所記憶の成立過程で海馬に存在するほぼ全ての介在ニューロンの活動を調べ、その機能を今度はAIを用いて解析した研究で、9月4日 Science に掲載された。タイトルは「Cooperative actions of interneuron families support the hippocampal spatial code(様々なタイプの介在ニューロンの協調作用が海馬の空間コードを支えている)」だ。
海馬の場所細胞は興奮ニューロンを記録から定義されるが、これを維持するためには当然介在ニューロンを介する調節機構が働いて、特定の興奮ニューロンが特定の場所で興奮するように調節されている。これに関わる介在ニューロンの機能については盛んに研究されてきたが、この研究では海馬に存在する5種類の介在ニューロンの活動と興奮ニューロンの活動を、一匹のマウスで記録し刺激できるようにして、行動中、あるいは刺激後の神経興奮の特性を徹底的に調べ、介在ニューロン同士のネットワークを解析するとともに、場所細胞成立への関与について研究している。
面白いのは、ここまでデータを蓄積すると、大量のデータを学習してそのコンテクストを見つけてくれる AI に頼ることになる。まずわかるのは、異なるタイプの介在ニューロンは、生理学的にも全くことなる性質を持っていることだ。
海馬の脳波活動は波長の異なる様々な成分に分けることができ、さらにリップルと呼ばれるスパイク状の興奮が重なるが、それぞれの介在ニューロンのこれらの成分に対しての寄与度は違っている。最も目立つリップルへの関与を調べるとほとんどの介在ニューロンは同時に興奮するが、Id2、CaMK2 介在ニューロンの活動は抑制されているといった具合だ(ただその意味は示されてはいない)。
さらにそれぞれの介在ニューロンを刺激して、介在ニューロン間のネットワークを調べることができる。これも意味はわからないが、各介在ニューロンは相互に繋がっているが、シナプスの反応性は異なっている。
これらの解析の上で、場所細胞を特定する迷路実験を行い、そのときの各介在ニューロンの活動を重ね合わせると、それぞれは場所に応じて興奮することがわかる。ただそれぞれの反応のコンテクストを把握するために、AI ニューラルネットを用いて各反応シークエンスを多次元空間にエンベッディングして解析している。すると、Pvalb介在ニューロンは場所細胞の安定性と強く相関することなど、それぞれの介在ニューロンの機能を場所細胞成立過程と相関させることができる。さらに、この機能的解析は、興奮ニューロンや介在ニューロンネットワーク同士の解剖学的結合性とも一致する。
最後に、それぞれの介在ニューロンを行動中に刺激する実験もできる。少し驚いたが、各介在ニューロンを刺激しても行動にはあまり変化が見られない。しかし、例えば Vip介在ニューロンの刺激は場所細胞の興奮を抑えるし、Sst介在ニューロンの刺激は興奮頻度を抑える。 以上あまりに専門的なのでかなりすっ飛ばして紹介したが、複雑な回路の特性について調べようとすると今や AI が必須である事実で、ここから得られる結果が AI の新しい回路設計に進むとすると、脳、AI、脳の理解、新しいAI設計と進んでいくような気がする。面白い