10月22日 物理公式を導き出す生成AIモデル(10月15日 Nature Machine Intelligence オンライン掲載論文)
AASJホームページ > 2025年 > 10月 > 22日

10月22日 物理公式を導き出す生成AIモデル(10月15日 Nature Machine Intelligence オンライン掲載論文)

2025年10月22日
SNSシェア

昨年のノーベル物理学賞は、ニューラルネットを用いた機械学習に対して、ホップフィールドとヒントンの二人に与えられた。これに対し理研の脳研におられた甘利さんは、物理学賞が「物の理」を研究する領域から、「事の理」へと広がったとコメントしていた。この「ものとこと」は、京大医学部教授会で一緒だった木村敏さんの哲学の基本で、「もの」には客観性が存在するのに対し「こと」とは「こと」ば(言葉)でのみ語られる主観と客観の間にある何かと述べられていた。どちらも日本語に即した捉え方だが、西欧的に翻訳し直すと Physics と Metaphysics と言ってもいいのではないかと個人的には思っている。Metaphysics とは哲学の用語に見えるが、これを「物理」を超えると読み換えてみると、理解してもらえるのではないだろうか。そして、自然史研究の18世紀以来、生物学は Metaphysics を科学として取り扱い、ダーウィンの進化アルゴリズム、メンデルの生命情報へと発展した。こう考えると、ニューラルネットを導入したノーベル物理学賞は、まさに物理学がアルゴリズムと情報を世界の説明に用いる metaphysics = 生命科学 の領域へと拡大されたと私には思える。既に Organism を扱うノーベル化学賞は生命科学へと拡大していることを考えると、ノーベル賞の分類そのものが意味をなさない時代が来たように思える。

このように、私は生成AIは元々生命科学の領域に近いと思っているが、今日紹介する中国精華大学からの論文は、Transformer を用いて物理現象から公式を導き出すモデルが作成できることを示した研究で、10月15日 Nature Machine Intelligence に掲載された。タイトルは「A neural symbolic model for space physics(宇宙物理のためのニューラル記号モデル)」だ。

これまで何度も断ってきたが、私は物理と数学が今も苦手で、この論文で行われている数理処理については全く理解できていない。ただ、transformer/attention のようなモデルが物理の公式を導き出すのに使えるということを知って、physics と metaphysics の関係をこれからは分離するのではなく、統合的に見ていくべきだと考え、字面を追ってこの論文がしようとしていることだけを紹介することにした。

イントロで述べられているが、惑星運動のケプラーの法則や、ファラデーの電磁誘導法則は、観測結果を集めて、これをさらに一般化するため導き出された公式と言える。このような公式化を観測データから自動的に行う方法の開発がこれまでも進められており、Genetic Algorithm 法や Monte Carlo Tree Search (MCTC) 等が開発されていたようだ。即ち、物理現象を公式化するアルゴリズムの開発が進んでいた。

このようなアルゴリズムが適用できるのなら、当然 Transformer/attention ベースの言語モデルをこれに使えないかと考え、開発したのが PhyE2E で、Physics と end to end という言葉を使って、近似法ではなく、現象全体を一般化できる公式を導き出すという意図が現れている。

方法だが、現在存在する現象と公式セットだけでは不十分な学習しかできないので、最初 LLM を物理公式でファインチューニングしたあと、27万種類の物理公式を生成させ、これを使って PhyE2E を学習させている。

次にデータだが、まずオラクルニューラルネットを用いて観測データでの変数の相互作用を計算、それを部分式に分解するという前処理を行い、これを学習させた PhyE2E にインプットすると、公式の候補が出てくる。これについてのほとんど評価することはできないのだが、普通の LLM と比べるとかなり複雑だ。しかも出てきた候補を初期値として、さらに既存の genetic algorithm や MCTC を用いて最適の公式が導き出せるようにしている。間違っているかもしれないが、既存のアルゴリズムも含めてあらゆる方法を統合するのがこのモデルと言えるのではないだろうか。

さて結果だが、太陽の黒点数、地球近傍プラズマ圧、太陽の自転角度、局紫外線放射強度、月潮汐による磁気圏電場を説明する公式を導き出している。評価については、より単純な数式で物理単位の整合性があるかどうかを既存のアルゴリズムで導いた公式と比べ、精度が向上していることを示している。

以上が結果で、どのぐらい有用かについては今後物理学での利用を通して評価されていくのだと思うが、個人的には物理学は全く言語モデルから無関係かと思っていたが、人間の全ての活動に LLM が適用できることを知って気持ちを新たにした。

もちろんこの方法で、アインシュタインの一般相対性理論のような抽象的理論構造に基づく方程式が出てくるとは思わないが、physics と metaphysics が異なる方向性から統合するのではないかと期待を持った。

カテゴリ:論文ウォッチ
2025年10月
« 9月  
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031