1月27日:アルツハイマー病発症をApoEが促進するメカニズム(1月25日発行Cell掲載論文)
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1月27日:アルツハイマー病発症をApoEが促進するメカニズム(1月25日発行Cell掲載論文)

2017年1月27日
   ApoEは血中LDLの主要成分で大脳皮質の発生には欠かせない分子だが、その作用メカニズムについてはまだよくわからない点が多い。中でも臨床医学的に重要なのはアルツハイマー病との関係だ。人間のApoEには3種類の遺伝型、ApoE2, ApoE3,ApoE4が存在し、このうちApoE4はアルツハイマー病のリスクが高いことが知られている。ただ、そのメカニズムについてはよくわかっていない。
   今日紹介するスタンフォード大学からの論文はApoEとアルツハイマー病の重要な原因とみなされているアミロイドタンパクの合成との間のシグナルメカニズムに真正面から取り組んだ研究で1月25日発行のCellに掲載された。タイトルは「ApoE2, ApoE3, and ApoE4 differentially stimulate APP transcription and Aβsecretion(ApoE2, ApoE3, and ApoE4のアミロイドβ前駆タンパク質(APP)の転写とAβの分泌刺激能力はそれぞれ異なっている)」だ。
   私が熊本大学に赴任した頃は、様々なサイトカイン刺激から続くシグナル伝達メカニズムの研究が花盛りだった。この論文は、方法こそ新しいが、当時を彷彿とさせるApoEシグナル伝達の研究で、われわれのような古い世代にもわかりやすい論文だ。
   シグナル伝達機構を研究するにはまず培養細胞が必要だが、この研究ではヒトES細胞から神経細胞を誘導し、これを線維芽細胞と共培養することで、標的となるAPPの生産が見られることを示している。
   次にこの実験系に、ApoE2, ApoE3, ApoE4をそれぞれ加えてAPPの転写を調べると、驚くことにApoE2<ApoE3<ApoE4の順番でAPP転写が誘導された。すなわち、アルツハイマー病の遺伝要因とされるApoE4が、培養神経細胞のAPP転写を最も強く誘導することがわかった。
   次に、 ApoEからAPPまでのシグナル伝達機構を解析し、
1) ApoEが神経細胞上の受容体に結合すると、まだよくわからない機構でDLL分子の分解が抑制され、DLLのレベルが上昇する。
2) DLLは次にMKK7を介してMAPキナーゼ経路を活性化する。MAPキナーゼ経路の活性化についてもApoE4が最も強い活性を持つ。
3) CRISPRを用いたAPP遺伝子転写調節領域のノックアウトスクリーニングにより、MAPキナーゼ経路により活性化されるのはAP1(Jun/Fos)による転写で、c-Fosがリン酸化を受けることがAP-1活性をあげる。
ことを明らかにしている。すなわち、ApoE受容体のすぐ下流を除いて、ほぼシグナル伝達経路の全貌が明らかにされた。これでも十分だが、将来の前臨床研究を考えて、マウスでも同じことが言えるのか、マウス神経細胞及び脳内に直接CRISPRを導入する実験で、ほぼ同じ経路が働いていることを示し、生体を用いる実験としてマウスが使えることを示している。
   もともとAP-1経路はアストロサイトの刺激などで活性化されており、今後はApoE4のような付加的なシグナルが長期に続くことがアルツハイマー病を誘導しているのかなど、詳しい研究が行われるだろう。特にLDL受容体とApoEとの結合及びその直下のシグナルが解けると、アルツハイマー病治療の介入ポイントが見えるかもしれない。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月26日:Kisspeptin: 分子の名前に実際の機能が追いついてきた(Journal of Clinical Investigationオンライン版掲載論文)

2017年1月26日
    まだ名前の付いていない新しい分子を発見し、それについての論文を書く時、その分子を命名するチャンスが回ってくる。その時、誰もが覚えやすくて、語呂のいい名前を一生懸命探す。
   事実、名前の由来を聞いて「エ!」と驚いて、2度と忘れない分子もある。その一つがKisspeptinで、最初メラノーマの転移を抑制する分子として発見された。その後この受容体がG-タンパク質共役受容体であることを、武田薬品の研究室におられた故藤野さんたちが特定する。私がKisspeptinを初めて目にしたのは、藤野さんたちがNatureに発表した論文だが、なぜ転移を抑制する分子にこんな名前が付いているのか不思議に思った。
   今日紹介する論文を読みながら気になってもう一度調べ直すと、Wikipediaには、この分子が発見された町Hersheyの有名なお菓子Hershey’s Kissにちなんで命名されたことがわかった。
   この色気のある名前が幸いしてか(?)、この分子の研究はその後大きな転換を遂げる。2014年7月23日にこのホームページで紹介した論文では、視床下部で分泌される新しい性ホルモンとして、排卵誘発剤で誘導される卵の成熟度をあげることが示されていた(http://aasj.jp/news/watch/1907)。
   まさにKisspeptinという名前にふさわしい機能が後からついてきたことになるが、今日紹介するロンドンのインペリアルカレッジからの論文は、この名前にさらにふさわしい機能を発見した極め付きの論文でJournal of Clinical Investigation オンライン版に発表された。タイトルは「Kisspeptin modulates sexuall and emotional brain processing in human (Kisspeptinは人間の性的感情のプロセスに関わる)」だ。
   Kisspeptinは性ホルモンに関わる視床下部だけでなく、感情のプロセスに関わる大脳辺縁系にも発現が見られる。この研究では最初から、Kisspeptinが辺縁系の刺激を通して性的興奮にかかわるのではないかとあたりをつけて、25人のボランティア男性の脳の反応を機能的MRIを用いて調べている。
   実験はまずKisspeptinを静脈注射しても性的興奮に関わる男性ホルモンやオキシトシンの血中濃度は変化しないことを示した上で、被験者にセックス中のカップルの写真、セックスなしに抱擁しているカップルの写真、男女関係とは無関係の喜んでいる写真などを見せ、写真を見た時起こる辺縁系の興奮がKisspeptinで増強されるかMRIで調べている。
   詳細を省いて結論のみまとめると、セックス中のカップルを見た時、辺縁系の様々な領域が興奮するが、左の扁桃体、前後の前帯状皮質の興奮が特に増強される。面白いのは、写真だけではあまり興奮しなかった人の方が、Kisspeptinの効果が高いことだ。
   また同じ反応はただ抱擁しているカップルの写真を見せた時にも起こる。したがって、よりプラトニックで精神的な興奮に関わるようだ。
   無関係の写真や、あるいは同じ写真のネガを見せても反応は起こらないし、また実際の精神的興奮度にKisspeptinは影響がなく、効果はMRIで初めて把握できるようだ。
   ではなぜKisspeptinにこのような効果があるのか?これについては全く説明できていない。研究ではKisspeptin注射により前帯状皮質の周りにある、気持ちを憂鬱にさせる場所が刺激されることから、悪いムードを抑え、いいムードをあげる効果があると議論しているが、結論にはさらに研究が必要だ。
   いずれにせよ、性的な効果など全く想定せずにつけた名前が一人歩きして、今やガン領域ではあまり注目されず、性的興奮を高める効果に注目されるようになるなど、Kisspeptin以外には聞いたことがない。恐るべし唯名論。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月25日:新しいマイクロRNA活性調節機構の解明(Natureオンライン版掲載論文)

2017年1月25日
   マイクロRNA(miRNA)は特定のmRNAに結合して分解する機構で、急速に解明が進んできた領域だという印象がある。ゲノムからmiRNAが転写され、miRNAへとトリムされ、標的に結合し、分解するまで、Droshaから始まってAGO2に至るまで、この過程に関わるほとんどの分子は明らかにされ、分子メカニズムもタンパク質の構造解析に至るまでわかっている。しかし、細胞中に数多く存在する標的mRNAを同じゲノムから作られるmiRNAで効率良く制御ができるのかなど、まだ不思議な点も残っている。
   今日紹介するテキサス・サウスウェスタン医学センターからの論文は、miRNAが次から次へと新しい標的を処理うる仕組みを解明した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「An Argonaute phosphorylation cycle promotes microRNA-mediated silencing(miRNAによるサイレンシングをArgonauteのリン酸化サイクルが促進する)」だ。
   この研究ではガン遺伝子Mycなどの調節に関わることが知られているmiRNA、miR-19の標的配列を持った蛍光分子GFPを遺伝子導入した細胞を準備、CRISPR/Cas9システムを用いて約19000の遺伝子をランダムにノックアウトして蛍光が増強する細胞を選んでいる。この細胞ではmiR-19によりGFPの発現が抑えられているが、miRNAの合成、作用に関わる遺伝子がノックアウトされるとGFPの発現が上昇すると予測できる。
   おそらく予想以上の結果で、もちろんDroshaやArgonauteなどmiRNA経路に関わることが知られている遺伝子が全て特定されているが、これと同時に新しい分子が5種類特定された。
   それぞれの遺伝子のノックアウトされた細胞を用いてmiRNA経路に関わる遺伝子かどうか検討した結果、著者らはANKRD62、PPP6Cの2種類の分子を選んでその機能を調べている。詳細を省いて、この解析から明らかになった結果をまとめると、
1) ANKRD62とPPP8Cは複合体を作り、miRNAを標的に結合させる過程に関わるArgonaute(AGO)分子の、セリン、スレオニンの脱リン酸化を行う。
2) この脱リン酸化システムが壊れた細胞ではAGOのリン酸化が上昇し、その結果miRNAと標的の結合が低下する。
3) AGO分子のアミノ酸を置換する実験で、AGO分子のS824−S834領域のリン酸化がmiRNAとAGOの結合を調節していること。
が明らかになった。
   これが正しいと、当然AGOのリン酸化を行う酵素があるはずで、脱リン酸化が壊れた細胞を用いてもう一度クリスパーによるスクリーニングを行い(今度は蛍光が低い細胞を選んでいる)CSNKA1リン酸化酵素を特定、AGOが標的に結合するとリン酸化が誘導され,、この結果miRNAが標的から解離することを明らかにしている。
   以上の結果からAGOのリン酸化・脱リン酸化サイクルにより、miRNAと標的mRNAの結合が調節され、一つのmiRNAが繰り返し標的の分解に関われることを明らかにしている。またこの研究は、miRNAの標的の選択制についても、miRNA,mRNA、AGO三者の生化学的結合力として理解できることを示している。この研究で作成されたAGO変異体は今後様々なmiRNAの標的選択性を調べていくために役にたつツールになると思う。
   一つの疑問が解けた素晴らしい研究だと思うが、改めてクリスパーの威力を思い知った。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月24日:CTC(末梢血中がん細胞)を早期診断に使えるか?(米国アカデミー紀要掲載論文)

2017年1月24日
     末梢血中に流れ出てきたガン細胞を、診断や治療効果の検証に使おうとする研究が進み、すでに臨床現場でも使われていると思う。例えば以前ここでも紹介したように、乳がんの場合、ガンの初期であるステージ1でも、30ccの血中に1−数個のガン細胞を発見することが可能だ。生きたがん細胞が簡単に手に入るという意味は臨床には大きい。特に病気の経過と、得られたガン細胞の治療に対する反応などを調べることができる。細胞数にもよるが、ゲノムや遺伝子発現の変化についても調べることができる。しかし早期診断となると、この方法の最終診断にはあくまでガンマーカーを用いた細胞診が必要で、血中に流れるDNAを調べるリキッドバイオプシーなどに劣ると考えられてきた。しかし、リキッドバイオプシーにしても、最近期待されているエクソゾームを用いる方法にしても、がん細胞を直接扱っていないという問題が付いて回る。
   今日紹介するハーバード大学からの論文はガンの早期発見という目的に絞ってCTCの可能性を探った論文で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「An RNA based signature enables high specificity detection of circulating tumor cells in hepatocellular carcinoma(特徴的RNA発現を組み合わせると肝臓癌でのCTCを特異的に検出することが可能)」だ。
   この研究では肝臓癌の早期発見に絞っている。我が国では早期発見というとすぐに健康診断への利用と結びつけるが、様々なガンではリスクが高い集団が存在し、ガンの発生がモニターできると大きな恩恵をこうむる人たちがいる。なかでも、慢性肝炎や肝硬変の患者さんは肝臓ガンのハイリスクグループで、確実な方法でガンの発生をモニターする意味は大きい。
  研究では、ここでも紹介した(http://aasj.jp/news/watch/2114)物理学的性質を用いて血中のガン細胞を集める機器CTC-iChip(http://www.nature.com/nprot/journal/v9/n3/fig_tab/nprot.2014.044_F1.html)を、PCRで肝ガン特異的遺伝子発現検出と組み合わせることで、肝ガンの検出率をあげることができるか調べている。まず、CTC-iChipで生成したガン細胞のRNA発現を調べ、肝ガンに特異的に上昇している遺伝子10種類を選び出し、細胞診の代わりに遺伝子発現を指標にした検査を開発している。
   この方法のミソは、RNAの発現を調べるために液滴の中で個々のRNAを増幅して発現を調べるデジタルPCRを用いている点で、これにより増幅のバイアスを減らして、量的な比較が可能になるとともに、検査全体を一つのフローとして自動化することも可能になる。
   次にこうして確立した検査法を持ちいて、肝ガンと診断されたばかりの患者さんの血液を調べ、調べた全ての患者さんで特異的に肝臓ガンを検出が可能で、治療効果もモニターできることを示している。
   最後に肝炎の患者さんについて早期発見に使えるかモデル実験で可能性を確かめた上で、ガンと診断された15人の患者さんについて、現在最も使われているαフェトプロテイント比較しながら調べている。まず、5例はどちらの検査でも陰性。AFPとCTC両方で陽性が5例、CTCのみで検出できるのが4例、AFPのみが1例という結果だ。診断率から見ると、この検査も完全ではない。ただ、肝臓移植などで治療可能な患者さんに限ると、1/3でCTC検査陽性だったが、AFP検査では診断できていない。従って、現時点で手術治療可能かどうかを診断するためにはCTCは利用価値が高いという結論で終わっている。
   早期発見のための検査としてはまだまだと言わざるをえないが、かなり仕上がってきてはいる。また、細胞から始める点で高い特異性がある。個人的には他の方法より、期待できるのではと感じている。
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1月23日:腸内細菌とホストの新しい関係(1月26日号Cell掲載論文)

2017年1月23日
    腸内細菌叢に関する研究の勢いは今年も衰えることはないと思うが、これまでの様に、次世代シークエンサーを使って細菌の種類とその変化をただ特定するという研究は、この研究領域の主役から退き、ホストとバクテリアの相互作用に関わる分子メカニズムの研究がこの分野の主役として牽引するだろう。ただ、因果性を明確にしようとすると、細菌叢全体をそのまま対象にして研究することが困難になり、どうしても部分に焦点を充てざるを得なくなる。この矛盾する課題を扱うどんな新しいアイデアが登場するか、楽しみな一年になりそうだ。
   今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、腸内細菌叢を構成する細菌に特異的に見られるペプチド合成系に着目し、細菌叢とホストの新しい関係の可能性を調べた研究で1月26日号のCellに掲載予定だ。タイトルは「Discovery of reactive microbiota-derived metabolites that inhibit host proteases(ホストのプロテアーゼを阻害する腸内細菌叢由来の代謝物の発見)」だ。
   この研究は、リボゾームとは無関係にアミノ酸を結合させて小さなペプチドを合成する細菌の能力に最初から焦点をあてて研究を行っている。もともとアミノグリコシル系の抗生物質はバクテリアの持つこの能力を利用したものだが、この研究ではこのグループがこれまで発見してきた腸内細菌に特に発現が多いペプチド合成系に焦点をあて、バクテリアゲノムデータベースを探索し、主に腸内に生息する嫌気性菌ゲノムに存在し、他の場所にはほとんど見当たらないペプチド合成酵素遺伝子を47クラスター発見している。
   次にこのクラスターを、遺伝子操作がしやすい大腸菌や枯草菌に組み込んで培養し、上清中に出てくるペプチドを質量分析器で解析し、ピラジノンやN-acylated dipeptide aldehydeなどのペプチドを合成できる機能的クラスターを7種類同定している。
   次に、試験管内で合成できるペプチドが、実際の腸内に存在する細菌が合成しているのか菌を培養して調べているが、一部の細菌で確かに合成が確認されているが、合成が見られる培地を見つけるのは困難で、この点については未解決のまま残されたと言える。ただ、遺伝子の配列は9割以上の腸内細菌ゲノムに見られ、腸内でRNAに転写されていることも確認されているので、今後新しいペプチドの発見を含む進展が期待される。
   最後に、今回特定したペプチドの一つPhe-Phe-Hが抗原をMHCにロードする際に重要な働きをするカテプシンを強く抑制することができることを示している。
   以上の結果と、この合成系が腸内細菌に特に強く発現しているという事実から、ホスト免疫系とうまく付き合う一つの進化として進化したのではないかと結論している。
   この研究は、これまでのバクテリアの代謝物や中間体がたまたまホストの機能に影響があったという関係を超えて、ホストの生体機能を外から調節するためにバクテリアが進化させた代謝物が存在し、ホスト〜バクテリアの関係を考えるときに、考えなければならないことを示している。その意味で、ホストとバクテリアの本当の共生関係を探る新しい分野であると言っていいだろう。すなわち、バクテリアもホストに合わせて進化している。
   加えて、こうして発見された様々な代謝物は、研究材料としても有用で、一石二鳥の分野だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月22日:鬱状態とJNK1(Molecular Psychiatry オンライン版掲載論文)

2017年1月22日
   うつ病にかかったことはなくても誰でも憂鬱な気分に沈むことはあるし、身近な人がうつ病にかかっていたという経験を持っていると思う。私も身近な人が重いうつ病にかかったという経験があるが、症状が重いとまず仕事を続けながら治療などと悠長なことは言っておられない。このうつ病に対しては現在、セロトニン再吸収阻害剤、セロトニン・ノルエピネフリン再吸収阻害剤が使われるが、これらは残念ながら対症療法でしかない。特に、最近の研究でうつ病の患者さんでは海馬の神経細胞増殖分化が抑制されている可能性が示され、根本的治療は細胞の増殖力や分化力を元に戻すことであると考える人が増えてきた。
   このホームページでも、
1) FGF2対して拮抗作用を持つFGF9を脳に投与するとラットの鬱状態を誘導できること(http://aasj.jp/news/watch/4086
2) 神経幹細胞を増殖させる化合物NSI-189の第2相の治験で症状は改善されるが、海馬の大きさは変化なかった(http://aasj.jp/news/watch/4537
などを紹介してきた。
   今日紹介するフィンランド・トゥルク大学からの論文も神経細胞の増殖分化を調節できればうつ病を治せる可能性を示した研究でMolecular Psychiatryオンライン版に掲載されてた。タイトルは、「JNK1 controls adult hippocampal neurogenesis and imposes cell autonomous control of anxiety behaviour from the neurogenic niche(JNK1は海馬の神経細胞生成を調節し、神経細胞生成能をもつニッチに起因する不安行動を細胞自律的に調節する)」だ。
   断っておくが、この研究は全てマウスで行われており、またメカニズムの解析も不完全だと言わざるをえない。とはいえ、現象自体は面白いので紹介することにした。
   研究はJun転写因子をリン酸化して活性化するJNK1遺伝子がノックアウトされたマウスが不安を感じなくなり、これと並行して海馬の顆粒細胞の増殖と分化が上昇しているという発見から始まっている。ノックアウトマウスは最初からJNK1が存在しないため、成体でのJNK1阻害剤の効果を調べると、長期間投与を続けると不安反応が低下し顆粒細胞の樹状突起が増え、細胞数も増えることを明らかにしている。以上の結果から、JNK1はなんらかの理由で海馬の顆粒細胞の増殖と分化を阻害しており、これを抑制することで、海馬での顆粒細胞の数や機能が促進され、不安反応が低下すると結論できる。JNK1阻害剤は必ずしも特異的でないので、これを確認する目的でレトロウィルスベクターを用いてJNK1阻害配列を海馬に注入し、成体での効果もJNK1の特異的阻害によることを示している。
   話はこれだけで、ではうつ病ではJNK1の活性が上がっているのか(これを示す論文は存在する)など、実際のうつ病患者さんの解析が必要になる。うつ病に海馬幹細胞の増殖が関わっているという可能性はヒトで完全に証明されたわけではない。また、鬱状態で脳の酵素活性を調べることも簡単ではない。したがって、この発見をすぐに臨床応用することは難しいだろう。その意味で、Neuralstem cell Incが進める、幹細胞増殖活性化化合物の治験は重要な意味を持つだろう。これが成功裏に終われば、まず重症患者さんに限ってJNK1阻害剤などの治験も行われるようになると思う。その意味では、試験管内で人間の神経幹細胞を用いた研究が重要になる。
   重症のうつ病患者さんの治療の難しさを考えると、発展を期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月21日:心臓機能補助・ソフトロボット(1月18日:Science Translational Medicine掲載論文)

2017年1月21日
    2000年に入ってから、小型の埋め込み型補助人工心臓の開発が加速し、最終的に心臓移植以外の治療法がない患者さんでも、自宅で長期間生きることが可能になり、装着数は飛躍的に増加していると思う。しかし、いくら埋め込みと言ってもこの方法では循環システム外に血液を流す必要があり、凝固を防ぐためワーファリンなどの抗凝固剤の投与が必要で、常に出血の危険と隣り合わせになる。
   この問題を解決すべく、心臓を空気で膨れたり縮んだりするパイプが埋め込まれたシリコンで包み込んで、心臓の動きに合わせて空気を出し入れすることで、心臓の収縮・拡張を助ける方法の補助心臓の開発が続けられていた。この方法の最大の利点は、血液を本来の循環システム外に導入する必要がないことから、抗凝固剤を必要としない点だ。
   今日紹介するハーバード大学からの論文は、この方法が臨床応用までもう一歩のところに来たことを示す研究で、1月18日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Soft robotic sleeve supports heart function(柔らかいロボット化したカバーを使って心臓の機能を助ける)」だ。
   このソフト補助心臓カバーには心筋の走行性に合わせ、斜めのパイプと、水平に丸く取り巻くパイプが任意の数設置できる。収縮拡張には空気を用いるが、それぞれのパイプを別々に時間コントロールすることで、通常の心室が収縮するのに近い動きを再現している。また、それぞれの収縮拡張のタイミングを、本来の心臓の動きと完全に連動できる。
  こうして作成した補助心臓を、まずは安楽死させた豚の心臓に装着し、血液の拍出量等を実測した後、急性心停止を起こさせた豚に15分装着して、急性に不全に陥った機能を回復できるか調べ、90%近い回復が可能であることを示している。最後により実践的な心停止モデルでも装着して、エコー検査で機能回復を確認している。また、長期間心臓に装着しても、炎症が起こらないことも確認している。
   この研究では急性の心不全に、しかも短期に装着する実験だけが行われ、現在用いられている補助人工心臓の様に何年もこれが機能するかどうかめどがたつためには、何年もの年月がかかるだろう。しかし、様々な原因の急性心不全で心臓が回復するまで補助するためには、比較的早い段階で臨床に使われる可能性があると思う。さらに、このカバーに持続的注入器を装備して、心筋細胞や薬剤を注入しながら回復を待つことも可能だと提案している。人型ロボットには大きな関心が集まっているが、この様な見えないロボットも着実に進歩していることがよくわかった。
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1月20日:人間でしかできない統計研究(American Journal of Hypertension及びJAMA Pediatricsオンライン版掲載論文)

2017年1月20日
   人間でしか研究できない、あるいは気づかない課題は山ほど存在する。例えば言語能力となると、当然人間でしか研究できないが、それ以外にも哺乳動物共有の性質だが、人間を見ていないと気づかないことは存在する。この様な性質の中には、動物で実験し直せば面白いかもしれない性質がある。今日は最近読んだ中で動物でも実験してみたら面白いと思った2編の論文を紹介したいと思う。いずれも先進国の医療機関が、途上地域に出かけて行ったコホート調査だ。
  最初はカナダ・トロントにあるマウントサイナイ病院が中国瀏陽市で行っている妊娠前から出産後まで追跡するコホート研究の解析からわかった不思議な現象についての報告でAmerican Journal of Hypertensionオンライン版に掲載された。タイトルは「Maternal blood pressure before pregnancy and sex of baby: a prospective preconception cohort study(妊娠前の血圧と生まれた子供の性別:妊娠前からの前向きコホート研究)」だ。
  タイトルを見てわかる様に、妊娠前の血圧が高いほど男の子が生まれる確率が上がるという話だが、最初からこの問題を調べようとしたのではないだろう。2009年から3,000人近い妊娠前の女性をリクルートし妊娠、出産、育児と継続的に様々な項目について調べる研究だ。カナダの研究機関がわざわざ中国に出かけてと思うが、湖南省の瀏陽市では民族的にも環境的にも揃った集団を追跡することができるためだろう。実際、出産年齢も平均25歳と極めて揃っている。こうして得られたデータと、生まれた子供の性別に影響する様々な要因(血圧、喫煙、肥満度、教育、コレステロール値、血糖値)との相関を調べた結果、驚くことに血圧のみ強い相関があるのに気づいている。データに影響する様々な要因を補正して調べると、男性が生まれる確率はオッズ比で血圧とともに比例して上昇、例えば収縮期血圧100で1とすると、120で1.5、160で2.5だ。しかも、妊娠前の血圧のみ相関が見られ、妊娠中の血圧は生まれた子供の性別とは全く相関がない。
  おそらく他の研究で確認される必要があるが、現象としては面白い。しかし今の所理由は全くわからない。これまで、テロの襲撃にあったといった大きなストレスにさらされた女性からは男児が生まれやすいことを示す研究もある。こんな話から、重要な発見があるかもしれない。
   同じ様に、理屈を調べれば重要なことがわかるのではと思った論文がスウェーデンのウプサラ大学からJAMA Pediatricsオンラン版に発表された。タイトルは「Effects of delayed umbilical cord clamping vs early clamping on anemia in infants at 8 and 12 months(臍帯結紮の時間と8、12ヶ月時点での貧血)」だ。
   比較的古くから生後すぐに臍帯を結紮しないで、3分以上待ってから結紮すると子供の血液量は30−40%増え、新生児の血行や呼吸動態をよくすることが知られている。ただ、このグループがスウェーデンで無作為化して臍帯結紮時期を変え、長期効果を調べたところ、早くても遅くても、あまり変化がなかった。一方、発展途上国で行われた研究では、結紮を遅らせると、8ヶ月経った後も貧血が少ないことが示されており、
   この違いを明確にするため、ネパール・カトマンズの病院で、無作為化研究が行われた。方法は徹底しており、臍帯結紮時間をストップヲッチで正確に指示、記録している。出産後8、12ヶ月で貧血を中心に検査を行い効果を確かめている。最終的にはそれぞれ150人程度の子供を追跡できている。
   結果は明確で、8ヶ月時の鉄欠乏性貧血で見ると、早く結紮すると38%、遅く結紮すると22%と多く改善している。その後1年目になると、43%、35%で差は縮まっているが、やはり遅く結紮したほうが良い。
   驚くのは、ネパールではまだ子供の貧血率が高いことだ。実際、8ヶ月より12ヶ月後の貧血率は高くなっている。おそらくスウェーデンで行われた調査で差が出なかったのは、子供の栄養がよく、もともと貧血率が低いからだ。このことから、途上国では間違いなく臍帯結紮を3分間待ったほうがいい。一方、基礎研究側から言うと、幹細胞の数が増えたからだろうと単純に説明しないで、様々な可能性を調べることは、今後途上国の母子衛生に重要な示唆を与えられるのではと思う。
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1月19日:動物のロボット化(1月12日号Cell掲載論文)

2017年1月19日
   分野を問わず論文に目を通すようになって感じるのは、読者から見たとき脳研究領域が面白いという点だ。もちろん脳の解明は21世紀を超えた最も重要な分野で、何を今更と言われそうだが、この面白さの感覚は、重要性の認識や、新しいことがわかるということとは別の原因があるように感じていた。
   同じことを考えながら今日紹介する、ネズミが餌を追いかけて食べるという一連の過程に関わる脳回路を調べたイェール大学の論文を読んでいるうちに、突然、ずいぶん昔に見たキューブリックの映画「時計仕掛けのオレンジ」が頭に浮かんだ。黒、白、赤が強調された原色の画面と、大音量で暴力シーンに流れるベートーベンの第9交響曲以外の詳細は思い出さないが、この映画の主人公アレックスの暴力性を脳科学的に治療しようとするイメージが、この論文と重なった。そのおかげで、最近の脳科学の面白さの一つの理由が、生きた生物を、機械仕掛けのロボットのように意のままに動かすという研究者の欲望を、光遺伝学をはじめとする様々なテクノロジーが解放したからではないかということに気がついた。
   前置きが長くなったが論文のタイトルは「Integrated control of predatory hunting by the central nucleus of the amygdala(捕食行動は扁桃体中心核により統合的に制御されている)」だ。
   この研究では、ネズミがコオロギを追いかけ、補足し、食べるという一連の動作に関わる神経回路の解明を目指している。これまでの論文なら、行動中の脳活動の記録から始まるのだが、この論文では最初から扁桃体中心核がこの過程をコントロールするとあたりをつけて、中心核のGABA作動性神経を光でコントロールできるマウスを作成し、疑似餌にたいしても補足し噛みつくこと、また本当のコウロギをハントする速度が上がることを示すことから始めている。
   その後、実際の捕食活動での記録、光遺伝学を用いた様々なタイプの神経(GABA 作動性、グルタミン酸作動性)の操作、同じく化学物質を用いた操作をそれに組み合わせる実験などから、扁桃体中心核が、捕食のための首と肩の筋肉の動き、補足後に食べるかどうかの判断など、必要なすべての行動を制御していることを明らかにしている。例えば、扁桃体から網様体へ投射する小細胞性ニューロンは噛みつく動作を抑制しており、この神経を活性化すると、噛み付いて殺す動作が抑えられる(この辺を読んでいたとき突然時計仕掛けのオレンジがひらめいた)。
   詳細は全て省いていいと思うが、一連の動作の促進も抑制も、同じ場所に収束し統合されていることが解剖学的、生理学的に示されている。この様な領域は例えばダマシオらがConvergence-divergence region (CDR)と呼んだ機能領域に一致するが、これを操作して本当にマウスを機械仕掛けの様に動かせるのは圧巻だ。新しいテクノロジーを用いた脳科学も一つのピークに差し掛かった気がする。
   さて時計仕掛けのオレンジに戻ると、映画では人為的洗脳は完全でないことが示唆される。すなわち、暴力性に対抗する良心が生まれるのではなく、暴力性だけが抑制されただけであることがわかる。しかしそんなことにはお構いなく、人間のマインドコントロールに使えないかなどと思い始める権力者がでないとは限らないとちょっと心配になる。
   幸いこの研究グループは脳に限らず広い視野を持っている様で、捕食活動は、顎を持った脊椎動物の進化とともに発生したはずで、これは顎を持たない八つ目ウナギに扁桃体結合が存在しないことから想像できることを議論している。
   今の脳科学が生物を機械の様に動かしたいという研究者の本能を解放したことを考えると、広い視野と倫理性を持つ若者の育成の必要性を実感する。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月18日:全能性のES/iPS(1月12日号Science掲載論文)

2017年1月18日
    Natureに掲載された2報の小保方論文を見たとき、STAPがES細胞と決定的に異なると思ったのは、若山さんがlast authorのletter の方の論文の最初の図に、STAPが胎盤と胎児の両方に分化することが示されていたからだ。私が記憶する限り、このデータは、最初2年ほど前に見せてもらった論文のドラフトにはなかったと思う。この結果は単純にES細胞を注射する実験では得られるはずがなく、当事者からの説明ができていない点だと思っている。
   一般的にES細胞やiPS細胞は胎盤などの胚外組織に分化できないため、多能性(Pluripotent)であっても全能(Totipotent)ではない。このため、この差を生む分子メカニズムは多能性の研究にとって重要な課題だった。
   今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校からの論文は、この違いが一つのマイクロRNA、miR-34aによって決められている可能性を示す研究で1月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「Deficiency of microRNA miR-34a expands cell fate potential in pluripotent stem cells(miR-34マイクロRNAの欠損は多能性幹細胞の分化能を拡大する)」だ。
   どうもこの発見は、研究の過程でたまたま見つかり、著者らも驚いたといったたぐいだ。もともとmiR-34aをノックアウトすると、iPSの樹立効率が上がることが知られており、これについて深掘りしていたのだろう。ところが、miR-34a欠損iPSからできたテラトーマの中に、胎盤細胞が存在していることに気づき、また同じことは試験管内の培養でも再現できることを発見する。そこで、miR-34a欠損細胞を胚盤胞に移植する実験を行い、まず普通なら内部細胞塊だけに組み込まれるES細胞が、胚外の栄養膜細胞にも組み込まれること、そして分化した胎盤にも注入細胞由来の細胞が見つかることを示している。すなわち、全能性を獲得したES/iPSが樹立されたことになる。
  次に、この全能性が獲得された分子メカニズムの解析に進んでいるが、遺伝子発現の比較では内因性のレトロウイルスMERVLのヒストン修飾がオン型に変わり、ウイルス分子が発現していること以外に明確な違いを見出すことができなかったようだ。ただ、この発現は正常マウス発生でも、全能性を持つ細胞だけに見られることから、たしかにmiR-34a欠損と全能性とが一致することは明確だ。そこでMERVLの発現誘導のメカニズムを探索し、miR-34aの標的GATA2がMERVLの発現調節の必要十分条件であることを示している。
   残念ながら、なぜ全能性が獲得できたのかの完全な答えは得られていない。しかし、この研究としては単一のmiR-34a欠損細胞が両方の組織に組み込まれているという結果で十分なような気がする。この分野にはプロが多くいる。納得いく説明があっという間に出てくるだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ