10月22日:意外にも年齢が高い程、体外受精による胎児発生異常は少ない(10月17日International Journal of Obstetrics and Gynecologyオンラン版掲載論文)
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10月22日:意外にも年齢が高い程、体外受精による胎児発生異常は少ない(10月17日International Journal of Obstetrics and Gynecologyオンラン版掲載論文)

2016年10月22日
最初の体外受精は英国の医師ロエドワーズ博士により1978年に行われた。そして、普及は急速に進み、我が国では全出産の2%を超えているのではないだろうか。様々な批判はあったが、この普及ぶりを認めて、エドワーズ博士には2010年のノーベル医学生理学賞が送られている。
   すでに30年以上が経過し体外受精が当たり前の技術になっても、この技術については倫理的、医学的な根強い批判が続いている。その最大の理由は、生殖補助医療(ART)による出産では、発生異常の確率が高いことと、この治療を受けるカップルの経済的・精神的負担の問題だ。
   今日紹介するオーストラリア・アデレード大学からの論文は、南オーストラリア地区で1986年から2002年にかけて生まれた児童を対象にARTの影響を追跡調査した研究だが、私の予想を完全に裏切る結果に驚いた。タイトルは「Maternal factors and the risk of birth defects after IVF and ICSI: a whole of population cohort study(体外受精と顕微授精による出産時異常発生リスクに関する母体要因:全出産児対象コホート研究)」で、10月17日にInternational Journal of Obstetrics and Gynecologyオンライン版に掲載された。
   この調査では約30万人の出産を対象に、自然妊娠、体外受精、顕微授精による出産に分け、死産、早産、異常発生の診断に基づく人工流産、400g以下の体重など全てを出生に関わる異常としてカウントし、統計を取っている。
   さて結果だが、予想通り体外受精、顕微授精では出生時異常が7.1%, 9.9%と自然妊娠の5.8%に比べるとかなり高く、これまでの統計を裏付けている。しかし驚くのは、出産時の年齢を30歳から40歳以上と、5歳づつ区切って統計を取ると、正常妊娠では出産時異常率が、年齢とともに上昇する(30歳前は5.6%だが、40歳異常では8.2%)のに対し、驚くことに体外受精と顕微授精での異常率を各年齢ごとに調べると、30歳以前(9.4 and 11.3%), 30−34歳(6.1 and 9.9%), 34歳から40歳(7.7 and 9.4%)、そして40歳以上では(3.6 and 6.3%)と年齢が高いほど異常率が著明に低下している。
  もちろん母親の他の健康条件により、異常率は大きく左右されるが、30万人という十分な数で見たとき、予想に反しARTによる出産は、年齢が高いほど異常率が低下するという結果だ。
   体外受精の場合、受精後試験管内で胚を培養して正常胚のみを着床させるが、おそらくこの選別過程で年齢の高い母親からの胚ほど選別容易であるためだろう。要するに、年齢の高い母親からの胚では小さな異常でも試験管内及び着床までの過程が損なわれ、よほど強い胚だけが着床できるため、その後の異常率が減るのだろう。他にも様々な理由は考えられ、今後基礎的な研究も必要だ。研究から、新しい正常胚の選び方が明らかになるかもしれない。いずれにせよこの分野にとっては、重要な発見だと思う。
   もちろん年齢が高くなるほどARTの成功率は落ち、またこの技術は個人のスキルに負うところも多い。従って、一概にこの調査結果が我が国に当てはまるかどうかはわからないが、我が国でも正確な調査を行って欲しいものだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月21日:RNAワールド完成へもう一息II(Nature Chemistryオンライン版掲載論文)

2016年10月21日
    今年8月18日、「RNAワールド完成にもう一息」というタイトルで米国アカデミー紀要に掲載されたスクリップス研究所からの論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/5653)。複雑な2次構造を持つtRNAを転写するリボザイムが設計できたという論文で、全く複製という過程が存在しなかった生物が存在しない物理世界で、複製が十分可能であることを示す論文だった。
   今日同じタイトルで紹介するジョージア工科大学からの論文は、粘性の高い液体の中ではRNAの2次構造形成が遅れ、500塩基程度の長さなら、相補的な短い核酸配列(オリゴヌクレオチド)を用いて複製が可能であることを示した研究でNature Chemistryに掲載された。タイトルは「A viscous solvent enables information transfer from gene-length nucleic acids in a model prebiotic replication cycle(粘性の高い溶液により、生命のない世界で遺伝子のサイズの情報を伝達することができる)」だ。
   この研究の目的は、高粘度溶液中で、RNAの2次構造形成を抑え、これにより維持される線状の一本鎖RNAを、相補的オリゴヌクレオチドでカバーし、最後に鋳型上でアッセンブルされたオリゴヌクレオチドをリガーゼで結合させてRNAが複製できることを示すことだ。研究では、このための条件を一つ一つ調べ、最終的に545塩基の長さを持つRNAの完全複製に成功している。ただ、詳細は紹介する必要はないだろう
   残念ながら、この研究では大腸菌由来のリガーゼを用いてオリゴヌクレオチドを結合させているため、完全に生命非依存的に複製を行ったとは言えない。しかし、一部の脂肪酸などの有機分子が、RNAのポリメラーゼ活性やリガーゼ活性を持っていることが示されており(生命誌研究館HPより:http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2015/post_000021.html)、またリガーゼ活性を持つリボザイムの存在も知られている。従って、この系を完全に無生物系へと変換することはできるだろう。
   また、この研究では粘性を高めるためにglycolineを使っているが、生命以前の地球にこのような高粘度の溶液が存在し得るかも気になる。ただ、太陽などの熱で蒸発が起こると、水たまりで同じようなことが起こってもいいだろう。実際、多くの有機物合成に、同じような溶液濃度の上昇が必要になる。
   今後は、例えばニック・レーンたちが強力に進めている熱水噴出孔での有機物やエネルギー合成過程を(彼のThe Vital Question 参照)、もう少し安定な原始のスープにつなぐシナリオが必要かもしれない。
   しかし、生命誕生過程についての理解は急速に進んでいる。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月20日:解剖学・組織学の可能性(10月7日号Science掲載論文)

2016年10月20日
    解剖学と組織学はセットになって、医学部学生が最初に触れる医学の伝統だが、私の時代ですでに学問自体はなんとなく古くなってしまっていた印象があった。しかしよく考えてみると、私たちの体がなぜこのような形態を持っているのかについて理解することは、分子の機能を理解するよりよほど難しい。
   今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、人間の脳を理解するために形態学がいかに重要かを示す研究で10月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Extensive migration of young neurons into the infant human frontal lobe(新生児期に見られる若い神経細胞の大規模な前頭葉への移動)」だ。
   脳の発達には、生まれてから様々なインプットに対応した成長が必要なことがわかっている。特に前頭葉の発達は著しく、当然細胞の増殖も伴っている。この新生児期の脳発達を担う細胞がいつ、どこで、どのように作られるのかは神経科学の重要な問題で、様々な動物を使ったモデル実験系で詳しく研究されている。しかし、ほとんど介入実験ができない人間でも同じことがいえるのかどうかは、細胞標識などの実験手法では明らかにできなかった。
   これに対し、この研究は、丁寧な解剖学的、組織学的な観察を積み上げることで、この問題をある程度解決できることを示しており、新鮮な印象を持った。
   細胞が増殖する場所は脳室周辺帯とわかっているので、生後様々なステージの新生児の死後脳を集め、まず細胞の密度が高い場所を特定している。次に、この場所での、移動細胞が発現しているマーカー発現を調べ、移動細胞が脳の様々な層でどのように存在しているか明らかにするとともに、移動している細胞の形態学的特徴から、移動方向が推定できることを示している。さらに、移動中の細胞の形態学を電子顕微鏡を用いて調べ、確かに細胞の形態から移動の方向性がわかる組織学的理由についても示してくれている。
   このような特徴から、脳室周辺帯で作られた神経細胞は、まず次の層へまっすぐ移動してから、脳皮質へ向かって様々な方向へと分散することを示している。この結果、脳出周辺帯にくさび形の神経細胞集団が形成され、そこから分散した細胞が、アーチ状の集まりを形成することを示している。そして、これらの一時的な構造が、MRIで確かに検出可能であることも示している。
   最後は、比較的新鮮な脳スライスを用いて、実際に細胞が移動することをビデオで示しているが、そこまでしなくとも観察を頭の中でつないで見れば、十分説得力のあるシナリオだと思う。この論文を読んで、生後7ヶ月までに急速に作られた神経細胞のほとんどは介在ニューロン細胞へ分化し、さらに介在ニューロンとして多様化することで、神経間の結合を高度化していることがよくわかった。
   このように、優れた解剖学的、組織学的理解は、ヒトの脳研究に欠かせない。AIだ、人工知能だと浮ついた議論を避けて、形態の美しさに魅せられる若者が生まれることは、我が国の脳研究に欠かせないと思っている。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月19日:食べたビフィズス菌の運命(10月12日発行Cell Host & Microbe掲載論文)

2016年10月19日
    ブルガリアを旅行した時、毎食何らかの形でヨーグルトが使われるのを見て、ヨーグルトがブルガリアの食の伝統として受け継がれているのを実感できた。ただ伝統は、体にいいからと続けられるものではなく、家庭、民族の味として受け継がれてきたのだろう。
   一方、私も10年以上朝食にヨーグルトを食べ続けてきているが、なぜ今食べているヨーグルトを選んだかについては明確な理由があるわけではなく、たまたま目にしたメーカーの宣伝を真に受けて続けているだけで、その効果を本当は確かめられるわけでもないし、また食べた乳酸菌やビフィズス菌が腸内に定着しているかどうかもわからない。
   今日紹介するカナダアルバータ大学からの論文はAH1206と名付けられたビフィズス菌の腸内での定着について調べた研究で10月12日号のCell Host & Microbeに掲載された。タイトルは「Stable engraftment of bifidobacterium longum AH1206 in the human gut depends on individualized features of the resident microbiome(bificobacterium longum AH1206菌の腸内での安定的な定着は個人の常在菌の特性に依存している)」だ。 
   私たちの素朴な疑問に答えようと、この研究では、AH1206というビフィズス菌株を7週間1セット(1週ベースライン、2週ビフィズス菌orプラセーボ投与、4週無投与経過)で投与し、AH1206投与の2群に分け、AH1206が腸内に定着するかまず調べている。結果は、約30%の人では定着し、服用をやめても菌は維持されるが、残りの人では投与を続けても全く定着しないことを明らかにしている。
   後はこの定着に必要な条件を検討している。結果だが、これまで言われてきたように、既存の細菌叢の多様性や絶対量が定着を決めるわけではなく、また逆にAH1206が定着しても、既存の細菌叢を大きく変化させるものではないことも明らかにしている。すなわち、多くの人では服用しても菌は素通りで、また定着しても他の菌に大きな影響はないという結果だ。
   さらに詳しく定着を支持する条件を検索した結果、同じ種類のビフィズス菌がもともと少ない人では定着しやすいこと、また、すでにビフィズス菌量が十分ある人でも、細菌叢全体が発現している遺伝子がAH1206が発現している遺伝子を欠乏している場合、定着できることを示している。わかりやすく言うと、遺伝子発現から見て既存の細菌叢にとってAH1206がユニークな場合は受け入れられるが、同じ特徴を持つ細菌が既に存在する場合は定着できないという結論だ。この定着条件になる遺伝子の多くは糖鎖の代謝経路に関わることから、服用した菌のニッチを作るのに必要だと結論している。
   皆が知りたいと思っていた問題を取り上げ、結論も十分ありそうな話で、納得できる。
   この論文を読むと、プロバイオといっても役にたつ菌を飲めばいいという話でないことがわかる。効果を調べる前に、まず定着するかどうか調べることが必須で、今後それぞれのプロバイオメーカーも定着について2ヶ月程度追跡したデータを示してほしいものだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月18日遺伝子重複と染色体の領域区分(10月5日号Nature掲載論文)

2016年10月18日
    染色体を様々な大きさの領域単位に区分し、遺伝子と遺伝子の発現を調節するエンハンサー領域との相互作用を区分された領域内に限ることで、エンハンサーなどの影響が、関係のない遺伝子に及ばないようにする仕組みの解明が急速に進んでいる。これは次世代シークエンサーを用いて、染色体内で相接している領域を特定する技術が開発されたためだ。ただ、この区分化の効果を明確に示すことはそう簡単でない。
   今日紹介するベルリンにあるマックスプランク分子遺伝学研究所からの論文は、遺伝子重複によりこの区分化が狂うかどうかで、ほんの小さな違いが大きな形質の変化につながることを示した研究で10月5日号のNatureに掲載された。タイトルは「Formation of new chromatin domains determines pathogenicity of genomic dupl.ications(新しいクロマチン領域の形成の有無が、ゲノム領域の重複による異常を決める)」だ。
   ヒトの突然変異の中には、ゲノム上の変異が完全に解読されても、その変異により起こる形質の変化を理解するのが難しい例が数多くある。特に、遺伝子調節領域だけに変異が起こると、解釈が難しくなる。
   このような例の一つが、Sox9遺伝子上流の0.5Mbにわたる領域の重複により起こる、女性から男性への転換で、この場合性染色体はXXでも外見は男性になる。この形質から、この領域はsex reversal(性逆転)と呼ばれていた。ところが、同じ領域を含んだもう少し長い領域が重複すると、性転換は見られず、代わりに重複領域の長さに応じて、指が短く、爪が発達しない異常を特徴とするCooks症候群が起こることが知られていた。
   これを染色体区分の変化による、遺伝子発現の変化から説明しようとしたのがこの研究で、性転換に関わるSox9エンハンサー領域、 Sox9遺伝子、そして隣の染色体区分に存在するKCNJ遺伝子が直接相互作用を起こしているか4C法を用いて調べている。
   結果だが、
1) 正常と比べると、性転換型重複の場合、重複部位とSox9遺伝子との結合が上昇する。この結果、Sox9発現調節が乱れ、余分に発現した結果性転換が起こる。この場合は、しかし、染色体区分は完全に維持され、隣のKCNJ遺伝子と、重複領域との相互作用は阻止されている。 2) ところが、重複する領域が少し長いと、それまで2個の染色体区分の間に新しい染色体区分が生まれる。この新しい染色体区分の中に全く遺伝子が存在しない場合は、重複によっても異常は起こらない。 3) ところが、重複が少し長くなって、新しい区分の中にKCNJ遺伝子が引きずり込まれると、重複部位はSox9と結合せず、代わりにKCNJ遺伝子と相互作用を起こし、本来四肢での発現のなかったKCNJ遺伝子がSox9の発現部位に発現する。この遺伝子はBMP4シグナルの異常を誘導するのでCooks症候群が起こる。
とまとめられる。
   実際にCooks症候群型変異でKCNJ遺伝子が発生段階で指に発現することを示すため、マウスでヒトと同じ重複を誘導、予想通り染色体区分の再構成により発生異常が起こることを示している。
   これまで難しかったヒトの遺伝子変異を見事に説明した面白い仕事だ。
  一方発生学者にとっては、染色体区分が変化するような重複で、これほど大きな形質の違いが起こりうることは進化を考える上で示唆に富む発見だ。おそらく、このような変化は、大きな形質の違いを生むための進化の駆動力として重要だったのではと想像される。病気から進化まで、想像をかきたてる面白い研究だと思う。    
カテゴリ:論文ウォッチ

10月17日:女子割礼風習をを変える(Natureオンライン版掲載論文)

2016年10月17日
   昨日はScience誌に掲載された難民問題に関する社会科学論文を取り上げたが、2大一般科学誌が社会問題を解決するための科学を重視し始めたことを示すもう一つの例として、Natureオンライン版に掲載された女子割礼の風習を変えるための一つの方法の有効性について示したチューリッヒ大学とスーダンのオムドゥルマント、カートゥームの地方政府の共同論文を紹介したいと思う。タイトルは「Changing cultural attitudes towards female genital cutting (女子外性器割礼に対する文化的態度を変化させる)」だ。
  私自身が女児割礼について初めて知ったのは、大学6年の夏休み、刀根山病院で学生研修を受けたときで、ケニアの医療機関で指導された経験のある山村医師からこの風習を習った。この研究が対象にしているスーダンでもこの風習は現在も続いており、しかも外国に暮らすスーダン人の中でもこの風習を守る人たちがいる。すなわち風習と片付けられない、長い歴史で形成された文化になっている。
  とはいえ、不衛生な環境で行われる割礼により多くの女児が死亡したり、感染に苦しむ現状は明らかなので、女児を守る意味では即刻やめるべき文化と言える。事実様々な機関が教育により、割礼をやめさせようと努力してきた。ただ、頭ごなしにその危険性を説く多くの試みは、現地の人たちに先進国の文化を強要するための活動に見え、新しい方法論の開発が必要とされていた。
   この論文の著者らは、既に一般住民の中に女子割礼に反対する意見が生まれていることに着目し、多様な意見に住民が気づくことで、変えることができない文化として無意識のうちに従ってきたこの風習を自分の子供には受けささないという選択ができないか調べた研究だ。
   女児割礼が続く背景には、それぞれの個人が持っている価値観、そして自分の子供が結婚できるかの2大要因が存在する。しかし、個人的価値観は純潔や文化を守るという立場だけではなくなり、衛生上の安全性を価値観として押し出す人たちも増えてきている。一方、子供が結婚できるかについては、自分の息子は割礼された女性を本当に喜んで迎えるか、疑念を持つ人たちも生まれてきている。
   研究では住民の中にこの価値観の違いが生まれていることを、3本の娯楽映画で表現して、これを住民に見てもらった後、意見が変わったかどうかを調べている。3本の映画は、価値観の多様性、結婚可能性に関する考えの多様性、そして両方の要因についての意見の多様性をテーマとしている。それぞれの映画は90分の娯楽映画に仕立てられており、子供の割礼をめぐって夫婦が様々な議論を繰り返した後、自分たちの父親に止めたいという気持ちを伝え、父親もそれを許すという筋立てになっている。
   それぞれの映画を見せた後、すぐに聞き取り調査で割礼に対する意見を聞くと、それまで割礼賛成の住民の多くが、反対に回るという結果を得ている。ただ、この場合どの映画を見ても同じ結果で、それぞれの映画の効果に差はない。
   ところが、映画を見た後数週間後に意見を聞くと、価値観と結婚観の両方が扱われた映画を見た住民では割礼反対の意見が維持されていたのにもかかわらず、価値観、結婚観をそれぞれ別々に扱った映画の効果は大きく低下していた。
   面白いのは家から離れることの多い遊牧民では、割礼を維持する考えを変えることは難しいようだ。
   とはいえ、この結果から、できるだけ多くの要素について、住民の中で多様な意見があることを認識すること、また夫婦や家族の中で問題をタブー視せず話し合うことができることを認識すること、この2点について、決して上から目線の啓蒙映画ではなく、娯楽映画仕立てで見てもらうことで、住民の意識が変わることを示している。
   繰り返すが、Natureがこのような取り組みを掲載するのは21世紀に入って大きな変化が進んできていることを示している。
  もちろん、割礼については納得の論文だが、皮肉な見方をすると、洗脳技術を高めれば文化でさえも変わると読める論文でもあった。
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10月16日難民問題のサイエンス(10月14日号Science掲載論文)

2016年10月16日
    10月から日本フンボルト協会・関西支部との共同企画で「ドイツへの新しい眼差し」と題して、フンボルト財団奨学生としてドイツに留学経験のある方々を招いて、現代ドイツについて語ってもらい、ニコニコ動画やYouTubeで発信する企画を始めている。第一回は10月2日、同志社大学美学科教授の岡林先生の、異才シュリンゲンジーフを中心に、ドイツ再統一とテロリズムについて語ってもらい、私と平安女学院大学教授、高橋先生が議論に参加した(https://www.youtube.com/channel/UCrUx4EiHsTRpuKnElG3QDVA)。
   次回は11月13日午後4時から、同じ高橋先生をお招きして、ヨーロッパ各国を揺るがしている難民問題とドイツの立場について語ってもらうことになっている。ジャーナリズムとは異なる視点でこの問題を議論しようと考えており、多くの方に見ていただきたいと思う。
   この企画では、元科学者の私にはなかなか出番はないので、もっぱら聞き役かと思っていたが、幸い難民問題については今週号のScienceにヨーロッパ各国18000人を対象に難民問題についての考えを聞いた調査論文が発表されたので、今日紹介するとともに、当日重要な資料として高橋先生の意見を聞いてみたいと思っている。
   スタンフォード大学とロンドンスクールオブエコノミックスからの論文で、タイトルは「How economic, humanitarian, and religious concerns shape European attitudes toward asylum seekers (難民に対する欧州人の意見に及ぼす経済的、人道的、宗教的要素の影響)」だ。
   研究ではヨーロッパ各国の市民18,000人を対象に、コジョイント分析手法を用いて難民の受け入れに当たっての条件を聞いている。
   コジョイント分析というのは商品開発や政策決定のためによく利用される調査手法で、一つ一つの問題に複数例の回答を提示し、回答者に選ばせる方法で、これを基礎に商品企画などが行われている。この研究では商品開発ではなく、今ヨーロッパを揺るがす難民問題に対する政策決定に役立てることが目的だ。
   しかし驚くのは、このような研究がScienceにレギュラーに掲載されるようになってきたことで、この前の号にはインドの医療政策についての論文が掲載されている。またNatureでも先週号にはアフリカで問題になっている女児の割礼が取り上げられている。これについては明日紹介するつもりだ。
   今日の論文に戻ろう。
  調査では、保安問題と関連して、難民の聞き取り調査で答えに一貫性があったかどうか、出身国(シリア、アフガニスタン、コソボ、エルトリア、パキスタン、ウクライナ、イラク)、経済問題と関連して母国での職業、人道問題に関連して迫害等の経験、国を捨てた理由、そして宗教などについて幾つかの例が提示され、それぞれの例について難民受け入れを支持する理由になるか、拒否する理由になるかを聞いている。
   調査した15カ国で結果に大きな差はなく、
1) 身元調査で首尾一貫していない場合は受け入れ拒否する、
2) 職業に関しては教師や医師のような高レベル教育を受けた難民を優先して受け入れ、受け入れ国の経済的負担にならないようにする。
3) 拷問などの迫害を受けた経験のある難民を優先的に受け入れる。
4) イスラム教徒は受け入れを拒否したい。
という結果になっている。ただ、最後のイスラム教徒受け入れについては、左翼政党支持層ほど拒否反応が低い。    現在ヨーロッパに押し寄せる難民のほとんどがイスラム教徒である一方、イスラム教徒への拒否反応が強い現状を考えると、「宗教、信条に関わらず、母国から迫害を受ける人は、何人も難民として認めるべきである」という国連憲章は極めて高いハードルであることがわかる。
   おそらく、難民の身元調査を徹底さ保安上の問題を取り除くこと、難民が経済的に貢献することを説得するとともに、市民のイスラム教アレルギーを解消するための政治的想像力が必要であることが、政治家へのこの研究のメッセージだろう。
   しかし、政治家がサイエンスを読む時代を目指すサイエンス編集者の選択意図がはっきりわかる論文だった。
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10月15日:膵臓癌の見方を変える発見(Natureオンライン版掲載論文)

2016年10月15日
   このホームページではなんども膵臓癌のことを扱ってきた。これは、膵臓癌治療成績が、がん研究の進歩をあざ笑うかのように、半世紀以上も変化していないからだ。
   ゲノムから見ると、膵臓癌のほとんどがRAS, p53, SMAD4, CDKN2Aと典型的なガン遺伝子、ガン抑制遺伝子が積み重なった、ガン多段階説の手本のような存在で、同じような組み合わせは他のガンにも見られることから、膵臓癌の群を抜く悪性度を理解することはできていなかった。
   しかし、今日紹介するカナダ・オンタリオガン研究所からの論文は、膵臓癌が、他段階的に変異を積み重ねて進化するのではなく、或る日突然カンブリアの大爆発のように大変革を起こして悪性化していることを示し、私の膵臓癌についての見方を完全に変えた。タイトルは「A renewed model of pancreatic cancer evolution based on genomic rearrangement patterns (ゲノムの再構成パターンに基づく膵臓癌進化の新しいモデル)」で、Natureにオンライン掲載された。
   確かに膵臓癌では遺伝子のコピー数が変化することがわかっており、大きなゲノム変化が起こりやすいことはわかっていた。しかし、ゲノム研究が遺伝子配列の比較に偏り、例えば染色体の数が変化するような大きな変化について詳しく調べた研究は、あまり目にしたことがなかった。
   この研究では、まず100に及ぶ膵臓癌の全ゲノム配列を解読している。ただ、これまでの研究と異なり、膵臓癌細胞だけをセルソーターで集め、ゲノム解析を行っている。膵臓癌では線維芽細胞の増殖が強く、がん細胞の割合が少ない。それでもインフォーマティックスでガンゲノム配列を解読することは可能だが、ガン以外の細胞が多いと、染色体全体の数が増えるような大きな変異を見落としてしまう。
   次に、シークエンサーのリード回数からゲノム各部のコピー数の変化を正確に推定できるソフトを開発して染色体レベルの変化を調べることができるようになった。
   これに加えて、細胞レベルで特定の遺伝子数をカウントするFISH法を用いてゲノム解析の結果を確認するともに、異なる時期に採取したガン細胞を比較し、ガンの進展過程を追求している。
   この改良により、なんと膵臓癌の半分で全染色体の数が倍化、あるいは3倍化する場合もあること、またこれに伴い、クロモスプリシスと呼ばれる一部の染色体の断片化と再構成が起こり、遺伝子変異が急速に積み重なることを発見している。
   この100例のゲノム解析に加え、個々の患者さんのガンの進化過程のゲノム解析を加えて、次のような結論に至っている。
1) 膵臓癌でも、最初はRASガン遺伝子とともに、p53、CDKN2Aのようなガン抑制遺伝子が変化する通常の発がん過程から始まる。
2) しかし、染色体の不安定性を誘導する変異が入ると、まず染色体が倍化が起こる。これにより、発ガン遺伝子のコピー数は増大し、染色体もより不安定になる。
3) ここに、クロモスプリシスが起こることで、一挙にガン遺伝子やガン抑制遺伝子の大きな再構成が起こり、ガン抑制遺伝子がさらに失われ、ガン遺伝子はコピー数が増える。
4) この大きな変化に呼応して、悪性度が進み、転移が広がる。
以上の結果は、膵臓癌の予後診断にとって、遺伝子変異だけでなく、染色体検査が極めて重要であることを意味する。すなわち、染色体の大きな変化が起こる前と後でガンを分類し、それぞれに特異的な治療を考える必要がある。また、化学療法に関しても、染色体が極めて不安定になっている点を突いた治療が重要であることも示唆している。
   一見救いのない論文に見えるが、ガンをよく知ることが制圧のための第一歩だ。その意味で、優れた研究に出会ったと喜んでいる。
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ボランティア精神はボケを防ぐ(10月3日号Journal of American Geriatrics Society掲載論文)

2016年10月14日
  我が国を含む長寿国の高齢者にとって一番気になるのは、このままボケずに暮らせるかだ。実際、書店に行くとボケを防ぐと称する本が平積みになっている。目を通したわけでないので論評を控えるが、ボケ防止と推奨されている方法のうち、どの程度が科学的に確かめられた方法か気になるところだ。元気なお年寄りの個人的経験をそのまま集めた本も多いのではないだろうか。
   若い時の教育や、経験が本当にボケを防止するか調べるためには、長期の追跡が必要だ。例えば2014年6月に紹介した外国語学習がボケを防止するという研究は1936年から追跡されているスコットランド人の集団が高齢になるのを待って集計され、2014年に論文にまとめられたものだ(http://aasj.jp/news/watch/1660)。なんと足掛け70年にわたる研究と言っていい。このように積み重ねられた研究結果をもとに、ぜひ一般向けの本を書いていただきたいと思う。
   今日紹介するアリゾナ州立大学からの論文は、70年とはいかないものの、1998年から2012年までほぼ15年にわたって高齢者を追跡した研究で、ボランティア精神があると認知症になりにくいことを示唆する論文だ。タイトルは「Volunteering is associated with lower risk of cognitive impairment (ボランティア精神があると認知症リスクが低い)」だ。
   研究では1998年時点で60歳以上(平均71歳)の13262人をリクルートし、インタビューにより様々な質問に答えてもらい、14年にわたって記憶力テストにより確認できる認知症の発症を追跡している。    この研究で調べたのは、ボランティア精神があるかどうかで、最初にこれまでボランティア活動に参加したことがあるかどうかを聞き取り調査し、その後もボランティア活動に参加したかどうか調べ、認知症の発症率と相関させている。
   驚くべき結果だ、まず認知症を発症した群と、発症しなかった群でボランティア経験を調べると、発症した群でのボランティア経験率は約50%、発症しなかった人のそれより低い(0,23vs0.33)。 
  今度は逆に調査開始後ボランティアに行ったことのある回数と認知障害の発症率を調べると、全くボランティア経験がない人の認知症率が17.3%に対し、1回経験で14.3,2回経験で14.9%、そして3回以上でなんと7.6%に低下している。すなわちボランティアに行く人ほどボケないことがわかる。
  これはボランティアで汗を流すからという話ではなく、おそらくそれまでの生涯でボランティア精神をつちかったことがボケを防止していると解釈すべきだろう。ボランティアの盛んなアメリカならではの話だが、優しい心はボケを防ぐなら、優しい人間をどれだけ増やすか、教育を考えることが重要なようだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月13日:卵巣癌に対するPARP阻害剤の効果(10月8日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2016年10月13日
   現在のところ卵巣癌を根治するためには早期に発見して手術を受けるほかなく、ステージが進んだ症例に使われる化学療法では、多くの場合ガンを叩き切ることが難しい。その意味で、ガンのチェックポイント治療への期待が高まっており、またこれまでの治験で効果が示されている。一方、これまでの抗がん剤による治療をさらに高めることができないか模索も続いている。    今日紹介するコペンハーゲン大学を中心とするヨーロッパ、アメリカ、カナダ107施設が参加する第3相国際治験に関する論文は、従来のプラチナ製剤を中心とする治療にDNA修復に関わるPARP阻害剤を組み合わせることで高い再発予防効果が見られることを示した論文で10月8日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。
   PARPはDNA2本鎖にできたブレークを検出して塩基除去修復機構システムをリクルートする重要な酵素で、抗がん剤などによってできたDNA損傷の修復を妨げる効果があり、抗がん剤の効果を高める新しい治療法として治験が始まっていた。この治験では、すべてのステージの卵巣癌(1or2期を10%前後含むが、ほとんどは3期以上)で、プラチナ製剤による化学療法で反応が見られた患者さんを選び、8週以内にPARP阻害剤ニラパリブ300mg、1日2回投与を続け経過を観察、ガンの進行が抑えられるかを評価している。また、治験途中で亡くなった場合、その原因を問わず再発例として扱っている。治験は偽薬を用いた無作為化二重盲検法で、再発の判断も主治医以外が行うという完全なものだ。
   さらに患者さんを、遺伝的なBRCA遺伝子の変異を持つかどうかで分けて効果を評価している。BRCAが欠損すると相同組み換えがうまくいかないため、この薬剤の効果がより高くなると想定されるためだ。さらに、遺伝的BRCA変異がないケースも、がん細胞の相同組み換え機能を確かめる検査を行い、この機能の有無で薬剤の効果に違いがあるか調べている。すなわち、将来ニラパリブの効果を前もって予測できるかについても検討している。
   結果はめざましいもので、最初からBRCA遺伝子に変異を持つ群でみると、偽薬群では5.5ヶ月で再発したのに対し、21ヶ月再発が起こらない。また、遺伝的BRCA変異がなくとも、相同組み換え機能が欠損しているガンでみると、再発までの期間が偽薬群の3.8ヶ月に対し、12.9ヶ月だ。もちろん、相同組み換え欠損がない場合でも一定の効果があり、偽薬群の3.9ヶ月に対し9.3ヶ月に伸びている。
   一方、 PARP阻害剤はガン特異的ではないため、一般抗がん剤と同じように吐き気、血小板減少症、貧血などは半分以上の患者さんに見られる。また、14%の患者さんが副作用のため服用を中止している。ただ著者らは患者さんの生活の質に関しては、自覚的にも我慢できる範囲だったと結論している。
   ガン特異的ではない薬剤としてはかなり期待できる結果だと思う。特に、プラチナ製剤でDNAに傷をつけ、その修復を止めるという作戦は、論理にかなっている。また、完全とは言えないものの、効果を前もって予測できる検査があることも重要だ。今後、再発ではなく、生存率などさらに詳しいデータを待つ必要があると思うが、難治の卵巣癌にも光が差してきた印象を持つ。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ