8月24日:ウコン成分を用いた眼底検査でアルツハイマー病を診断する(8月17日号JCI Insight掲載論文)
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8月24日:ウコン成分を用いた眼底検査でアルツハイマー病を診断する(8月17日号JCI Insight掲載論文)

2017年8月24日
網膜の神経組織を見ると、誰もがその美しい構造に魅せられるが、光を感じることに特化した視細胞とともに、様々な神経細胞が秩序立って並んでおり、網膜がひとつの神経組織であることを実感する。そして他の脳組織と異なり、網膜だけは瞳を通して直接見ることができる。この特徴を利用して、脳の血管の状態を、眼底の血管から推察することは生活習慣病の進行度を調べるための必須の検査になっている。

それなら、神経組織が変性するアルツハイマー病の進行も眼底検査で診断できそうなものだが、あまり論文を見かけることはなかった(眼科の専門誌はフォローしていない)。

今日紹介する米国ロサンゼルスにあるCedars-Sinai医療センターからの論文は、眼底検査でアルツハイマー病が診断できる可能性を示した研究で8月17日JCI Insightに発表されている。タイトルは「Retinal amyloid pathology and proof-of-concept imaging trial in Alzheimer’s disease (アルツハイマー病の網膜のアミロイド病変と診断への利用可能性を調べる画像治験)」だ。

アルツハイマー病で最も重要な所見はAβアミロイドの神経組織での沈着だが、網膜組織でこの沈着を検出することが難しかったのか、網膜でのAβ沈着の報告は少なかった。この研究では、検出が難しい原因が、沈着が不均等に分布しており、これまでのように網膜切片を用いる方法では見落としが多いと考えた。そこで網膜全体を染め、全網膜組織をスキャンする方法を用いてアルツハイマー病で死亡した患者さんの網膜を調べ、ほぼ脳組織と並行してAβの沈着が見られ、形態学的にもアミロイドの異常沈着と診断できることを明らかにしている。

この方法でAβ沈着の分布を見ると、予想通り均一ではなく、上部の辺縁に最も強く分布していることがわかった。このように、確かにAβが沈着し、その場所も明らかになると、当然眼底検査で検出できる可能性が出てくる。この研究では、クルクミン、すなわちウコンに含まれる黄色のポリフェノールがAβに結合するという性質を利用してAβ沈着を観察できる方法を模索している。

実際には普通の薬局で売っているウコンを飲めばいいというわけではなく、Longvidaという会社から提供される特殊なクルクミンを経口で2日間服用してAβを染め、それを網膜レーザースキャンで検出するプロトコルを開発し、10人の様々なステージのアルツハイマー病患者さんを調べている。

結果はアルツハイマー病の進行度とクルクミンで染まるスポットの数がほぼ正比例し、十分診断に使える可能性が示せたと結論している。もちろん、加齢黄斑変性症など、同じようにクルクミンスポットが検出される疾患もあり、もう少し大規模な調査で、正確な診断法として確立するには時間がかかるだろう。

しかし、この方法がAβを検出できることは確かで、現在行われているAβに対する抗体治療や、あるいはAβの生産そのものを抑えるBACE阻害剤の効果を見るためのマーカーとしては大きく貢献する可能性がある。もともとウコンは普通に飲まれていることから、Aβ除去を目指したアルツハイマー病の治験では積極的に活用を図ることは重要だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月23日:胃の幹細胞システム(Natureオンライン版掲載論文)

2017年8月23日
腸の幹細胞に、R-spondinと呼ばれるWntシグナル促進因子の受容体Lgr5が発現しているという発見と、Lgr5遺伝子を利用した幹細胞特異的遺伝子操作法の完成、そして現在慶応大学内科に在籍している佐藤さんが開発した単一幹細胞から腸上皮オルガノイドを形成する培養法の開発で、腸の幹細胞システムの理解はずいぶん進み、また臨床医学研究にも大きく貢献している。

佐藤さんの方法の素晴らしさは、単一の幹細胞がほぼ完全な腸組織を作るところだが、もちろん培養には細胞の増殖に必要な因子は供給されている。おそらく発生学的に言えばこの方法の最も面白い点は、増殖因子が構造的にアレンジされなくても、上皮独自で構造を自己組織化できることで、この秘密に迫る研究が今後も進むと期待している。

今日紹介するドイツベルリンのマックスプランク感染生物学研究所からの論文は胃の幹細胞システムの構築を、増殖因子を産生している周りの間質細胞も含めて明らかにした研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Stromal R-spondin orchestrates gastric epithelial stem cells and gland homeostasis(ストロマ細胞が分泌するR-spondinは胃の幹細胞と臓器の恒常性をコントロールする)」だ。

この研究ではまずWntシグナルに反応している上皮細胞をAxin2をマーカーとして標識する実験から、Lgr5の発現にかかわらずAxin2陽性細胞が胃の幹細胞として機能し、Lgr5陽性細胞は完全に除去しても、幹細胞システムの維持やオルガノイドの形成に影響がないことを示している。これらの結果に基づき、胃の幹細胞システムは活発に増殖するAxin2陽性幹細胞が上部に移動して分化細胞を供給、また基底部に移動して増殖の遅いAuxin2陽性Lgr5陽性の幹細胞を形成するようにできていることを示している。

Lgr5が幹細胞システム維持に必要でないことがわかったので、次にそのリガンドのR-spondinの胃幹細胞システム維持に対する役割を検討すると、R-spondinが欠損すると幹細胞の増殖が維持できないことを明らかにする。面白いのは、Wntの発現は局在性はあまりないが、R-spondinは幹細胞の多い基底部の間質で発現している。そして、胃の上皮細胞はLgr5ではなく、Lgr4を受容体として使って、R-spondinの作用を受けていることが示唆された(照明はされていないと思う)。

すなわち、Wnt自体は全体で発現しているがR-spondinが基底部でだけ発現して勾配を形成することで、幹細胞の位置と活性を調節していることになる。最後に、胃上皮の増殖を誘導し胃がん発生を促進することが知られているヘリコバクターピロリを感染させる実験を行い、感染によりR-spondinの産生が強く亢進することを示している。

胃の幹細胞システムについてはっきりとしたイメージを持つことができるようになったが、もしR-spondinの局在が構造を決めているとすると、R-spondinが十分供給されたオルガノイド培養では、構造がうまくできないのではと思う。いずれにせよ、ストロマとの共培養系も可能なようで、ぜひヒトの構造化された胃幹細胞システムを作って、感染やガン化の研究に役立ててほしいと思う。例えば、スキルス胃がんの特徴を再現できたら、画期的治療が開発できるような気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月22日:生殖腺分化の新しいメカニズム(8月18日Science掲載論文)

2017年8月22日
卵巣や精巣とそれにつながる組織生殖腺は、男はウォルフ管由来、女性はミュラー管由来と男女で完全に異なっているが、実は最初は両方の組織が形成される。男性の場合はY染色体上の遺伝子SRYによりスイッチが入るカスケードを介して、最終的にTGFβファミリー分子のミュラー管抑制分子によりミュラー管が退縮しウォルフ管が残るが、SRYからのスイッチが入らない女性の場合は、精巣ができないため男性ホルモンが分泌されず、結果ウォルフ管が退縮すると考えられていた。

   ところが、今日紹介する米国環境衛生科学研究所からの論文は、精巣からの男性ホルモン分泌の欠如がウォルフ管退縮の引き金でないことを示した研究で8月18日のScienceに掲載された。タイトルは「Elimination of the male reproductive tract in the female embryo is promoted by COUP-TFII in mice (メスマウスでのオス生殖腺除去はCOUP-TFIIにより促進される)」だ。

このグループは中腎間質で発現する転写因子COUP-TFIIの機能に興味を持って研究していたようだ。COUP-TFIIが欠損したマウスは生後すぐに死ぬので、中腎の間質でだけCOUP-TFIIが欠損したマウスを作ったところ、メスでウォルフ管の退縮が起こらず、両方の生殖腺をもったマウスができることを発見した。

このマウスではウォルフ管は存在しても精巣は存在しないので、精巣由来の男性ホルモンは期待できない。もしウォルフ管の退縮が男性ホルモンの欠損だとすると、精巣以外の場所で男性ホルモンが分泌される必要があるが、結局そんな組織は存在しないことがわかった。すなわち、これまでの定説、男性ホルモンがないとウォルフ管が退縮するという話は間違っていることになる。

そこでCOUP-TFIIが欠損したマウスで発現が上昇している遺伝子を検索し、FGF7とFGF10が強く誘導されていることを発見する。次に器官培養を用いてFGF7,FGF10の作用を調べた結果、両方ともウォルフ管の維持に関わることを明らかにする。

以上の結果から、メスマウスではCOUP-TFIIによりウォルフ管を維持するために必要なFGF7やFGF10の発現が阻害され、その結果ウォルフ管が退縮すると結論している。

男性ホルモンの作用や、FGFの作用に関しては全て器官培養での結果で、最終的に男性ホルモンが全く必要ないと結論するには、実際にはもう少し他の実験を加える必要があると思う。ただ、生殖腺分化のカスケードは間違いなくより複雑になった。このグループの場合、最初から定説を疑ったわけではないだろうが、定説も一つの説でしかないことがよくわかる研究だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月21日:乳酸菌は開発途上国の子供を救う(Natureオンライン版掲載論文)

2017年8月21日
21世紀に入って、NatureやScienceのような一般読者を持つ科学誌が、貧困や格差問題など21世紀に解決すべき課題に関する科学研究をかなり重視し始めている印象を持つ。と同時に、これらの雑誌ではあまりお目にかからない臨床治験のような研究もしばしば目にするようになっている。意図するしないを問わず、このことは人間を直接の対象とする研究が、21世紀の重要な柱になっていくと予想しているように思える。考えてみれば、ゲノム、iPS、単細胞解析技術などのお陰で、ヒトの生物学や病理学の研究が急速に進み出したことは確かだ。

今日紹介する米国ネブラスカ大学とインドのアジア衛生研究所からの共同論文は、普通なら臨床雑誌に掲載されるような完全な臨床治験論文だが、開発途上国の新生児に乳酸菌とオリゴ糖を1週間投与し、その感染予防効果を確かめた研究で、Nature オンライン版に掲載された。タイトルは「A randomized symbiotic trial to prevent sepsis among infants in rural India(シンビオティックのインドの田舎の子供の敗血症に対する予防効果を調べる無作為化治験)」だ。

これまで乳酸菌やビフィズス菌の乳児の腸炎予防効果については様々な治験が行われ、私のブログでも未熟児壊死性腸炎へのビフィズス菌の効果を調べた論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/4488)。この論文もそうだったが、これまでのプロバイオやプレバイオの研究はそれほど目覚しい結果を示せていない。従って、我が国でもビフィズス菌や乳酸菌は、医療の領域ではなく、個人の健康志向による選択の域に止まっていた。

この研究では、今も多くの子供が感染症で亡くなっているインドの田舎で生まれた新生児を対象に、米国のバイオバンクに登録されている腸に定着することが確認された乳酸菌株に果糖ベースのオリゴ糖を合わせたシンバイオ剤が感染症予防効果を示すか調べている。

   治験は厳密で、二重盲検無作為化が完全に行われ、生後24時間から96時間にシンバイオか偽薬の経口投与を始め1週間続けるというプロトコルを用いている。投与は経口でカプセルを服用させるため、訓練された看護師により毎日投与されている。結果の判定も、敗血症発症数+死亡数と簡単なものにして人為的操作が加わらないようにしている。加えて、他の感染症の予防効果を2次評価基準として用いている。

詳細をすべて省いて結論を急ぐと、結果は予想以上で、敗血症数と死亡数を合わせた指標で見ると、9.4%が5.4%に低下、なんと40%の減少効果がある(経済発展著しいインドでさえ乳幼児期の敗血症感染による死亡がこれほど多いのかと思うとまだまだ格差問題が解決していないことを実感する)。また血中から菌が検出される明確な敗血症だけを対象にすると、その効果は高く、70%以上の減少効果がある。さらに他の感染症も防ぐ効果があることから、乳酸菌+オリゴ糖のシンバイオは乳幼児の感染予防に大きな効果が得られると結論している。
私も示された数字に驚く。極めて安価でしかも乳児期の限られた期間の投与でこれほどの効果があるなら、おそらくWHOやユニセフでも真剣に取り上げるのではないだろうか。もし成功すれば、大村さんのイベルメクチンのように多くの子供を救うことができるだろう。

子供を科学で救いたいという著者の気持ちだけでなく、このような論文をNatureのArticleとして取り上げた編集者の気持ちも伝わる論文だった。
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8月20日:Opioid epidemic:オピオイドのまん延(7月27日号The New England Journal of Medicine掲載総説、他)

2017年8月20日
トランプやプライス保険衛生局長が現在最も重要な米国の健康問題としてOpioid epidemic(麻薬まん延)を名指しし、非常事態として深刻に受け止めていることを最近表明したが、昨日の日本経済新聞はニューヨーク支社の大塚さんたちの連名で、この問題について記事を掲載していた。この記事ではopioid epidemicが医師の処方から始まることを匂わせつつも、この問題を最近の白人至上主義運動と連結させて、「トランプ支持の中核といえる労働市場から排除された白人中間層の崩壊の背景の一つにopioid epidemicがあり、この問題を政権が深刻に受け止めている」と抽象的な話で終わろうとしているように私には読めた。

これまでトランプも、メキシコからの麻薬の流入や、それを防ぐための国境の壁建設と絡めて、この問題についての意見を述べてきた。しかし、今回のトランプやプライスのステートメントには、この危機が医療によりもたらされている「医原病」であり、1980年代に蔓延したクラックなどとは本質的に違う危機であるという明確な認識がある。事実、トランプは「薬物中毒や過剰摂取をやめる最も良い方法は最初の場所(医療現場)で薬物乱用が起こらないようにすることだ」とはっきり述べている。2015年、麻薬による死亡はじつに33000人を超えているが、この半数は医師の処方によるopioidが原因だ。

トランプに言われるまでもなく、米国医学界は米国を蝕むOpioid epidemicを医療の問題と理解しており、ここ数年多くの医学雑誌で特集が組まれ、また公的な調査レポートも発表されてきた。7月以降発表された論文だけでも30はくだらない。そこで、米国医師会雑誌と、The New England Journalに掲載された意見論文や、総説を今日は簡単に紹介する。

プライス長官が「毎年ヤンキースタジアムやドジャーススタジアムの観客数と同じ数の人たちが死んでいることを考えると、Opioid epidemicはまさに緊急事態と言える」と語ったように、8月1日号の米国医師会雑誌(Bonnie et al, JAMA 318:423, 2017)によると、opioidの過剰摂取による死亡が2011年の7019人だったのが、2015年には19884人に増加している。

   この意見論文では痛みの治療に対して、本当にopioidが長期効果を持つのか疑う意見もあることから、opioidの使用が完全に禁止される可能性すらあること(トランプ、プライスではこの可能性がないとは言えない)を懸念し、より現実的な方策を模索した米国アカデミーからの「Pai Management and the Opioid Endemic」を紹介している。

同じ JAMA には、国家機関であるFDA自身が、具体的な薬剤投与プロトコル提案も含めてこの危機を終わらす決意で取り組んでいる対策の概要について報告している(Gottlieb and Woodcock JAMA ,318:421)。詳細は省くが、いずれの意見広告も、opioidが医療に役立っていることも評価した上で、科学的証拠に基づきこの問題に対処すべきことを強調するものだ。

この問題をあくまでも科学的に解決しようとする米国医学界の考えを最も代表する特別レポートが7月27日号のThe New England Journal of Medicineに掲載されているので、最後にこの論文をかいつまんで紹介する。タイトルは「The role of science in addressing opioid crisis(opioid危機に対する科学の役割)」だ。

このオピニオン論文では、opioidの過剰摂取、中毒に対する薬剤の開発とともに、opioidに代わる鎮痛剤の開発がこの問題の解決に必要であることが述べられている。

現在のopioid過剰摂取による死亡の主な原因は、ヘロインの50-5000倍も薬効の高いμオピオイド受容体刺激剤であるフェンタニルやカルフェタニルで、救急で投与される拮抗剤のナロキサンの効果が追いつかないことを指摘し、これに対して新しいopioid拮抗剤の開発が急務であることを指摘した上で、全く新しい経路を介する過剰摂取患者の治療法の開発、自宅で過剰摂取を検知して自動で拮抗剤を投与する機器の開発などが中長期的方法として現在開発されていることを紹介している。

中毒に対しては現在メタドーン、ブプレノフィン、ナルトレゾンが利用できるが、効果が短いためどうしても回復施設での教育が必要で、当然数が足りない。従って、現在利用できる3剤を組み合わせて、外来でも治療可能なプロトコルを開発して当座をしのぎつつ、例えばロルカセリンやロフェキシジンなど全くメカニズムの異なる新しい薬剤の効果を早急に確かめる。最後にこれと並行して、長期効果の有る薬剤の開発、さらにはopioidに対するワクチンや交代の開発まで視野に入れた研究が進んでいることを指摘している。

最後に、一番効果があるのはより安全で、習慣性のない鎮痛剤の開発で、製薬企業も開発にしのぎを削っているが、短期的にはやはり医師の教育を含めて、新しいopioidと他の鎮痛剤を組み合わせた投与プロトコルの開発でしのぐしかないことを強調している(もちろんこの成否には、保険会社の理解も必要で、フェンタニルとヘロインはメディケイドも認める安価な鎮痛剤だ)。長期的展望としては、遺伝子治療から細胞治療まで挙げられており、政府の旗振りがなくとも開発が進むと確信できる。

このような対策に加え、緊急に行う必要のあるのは処方する医師の教育だ。これに関して全米経済研究所は「Addressing the opioid epidemic: is there a role for physician education?(医師の教育はopioid endemicに役立つか)」という恐るべきレポートを出しているので最後に紹介する(http://www.nber.org/papers/w23645でダウンロード可能)。論文では医師の出身校のランクと、麻薬の処方量を比較し、ハーバードをトップとした時、全米ランキングの低い医学校出身者ほど麻薬処方量は高く、例えば全米トップのハーバード出身者と比べた時、最低ランクの大学の医師は、なんと3倍も処方していることを明らかにしている。出身校で医師のランキングが決まるわけでは決してないが、平均値として考えた時、大学格差が医療にとって重要な問題であることを示している。

最後に、これは決して対岸の火事ではない。我が国でも、全ての薬剤は処方可能で、痛みから解放してほしいという要望も強い。全米経済研究所のレポートを読んで、問題が深刻にならないうちに教育と、opioidの新しい安全なプロトコルの開発から始めるべきだと思った。
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8月19日:細胞周期抑制治療の思わぬ効果(Natureオンライン版掲載論文)

2017年8月19日
現在乳がんの増殖を抑える期待の新薬としてCDK4/6阻害剤(ファイザーのパルボシクリブ、イーライリリーのアベマシクリブ、ノバルティスのリボシクリブ)の我が国での承認申請が行われており、すでにFDAはパルボシクリブ、リボシクリブを承認しており、よりCDK4への選択制の高いアベマシクリブもおそらく承認されていくだろう。すでに論文発表されている結果によれば単剤で延命効果が期待でき、乳ガンだけでなく、肺がん、グリオブラストーマ、メラノーマにも効果が認められている。しかし、CDK4/6阻害剤は細胞周期を停止させるがガンの細胞死を誘導できないことがわかっている。しかし単剤治療がガンの増殖を抑制するだけでなく、一部の患者さんではガンの退縮も認められる。

今日紹介するハーバード大学からの論文はCDK阻害剤で増殖抑制だけでなくガン退縮が起こる理由についてヒントを与える研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「CDK4/6 inhibition triggers anti-tumor immunity(CDK4/6阻害は抗腫瘍免疫を誘導する)」だ。

この研究ではまずマウスの乳ガンモデルを用いてアベマシクリブを投与した時、腫瘍が少しづつ退縮することを確認した後、ガン細胞内で何が起こっているのか遺伝子発現を調べ、期待通りサイクリン下流の分子発現が低下するだけでなく、クラス1組織適合性抗原とそれに抗原ペプチドを提示するトランスポートに関わる一連の分子の発現が逆に上昇していることを発見する。すなわち、乳ガン自体は増殖を止めても全く死ぬことはないが、ガンの免疫原性が上昇したことがガン退縮につながる可能性が示唆された。

次に免疫原性が上昇するメカニズムを検討し、これに関わる最も主要な経路として、CDK4/6・サイクリン活性抑制、E2F活性低下、メチル化酵素DNMT1発現低下、DNAメチル化低下による内因性ウイルスなどの活性化、type IIIインターフェロンの活性化、組織結合抗原を含むインターフェロンにより誘導される分子の発現、が寄与していることを示している。

これがマウスの乳ガンモデルだけの話でないことを示すために、実際にアベマシクリブの治療を受けた患者さんのバイオプシー標本を用いて、投与前、投与後でインターフェロンにより誘導される分子、炎症関連分子、さらには拒絶反応に関わる分子が上昇することを確認している。

ただ、話はこれだけではなく、免疫反応側でも、CDK4/6阻害は抑制性T細胞に強く働いて増殖を止めDNMT-1発現を低下させる一方、キラー細胞への影響は少ない。その結果、より強い免疫効果も得られるというものだ。

さらにキラー細胞の方ではPD-1やCTLA4の発現も低下して消耗が防がれる一方、ガンの方ではPD-L1が上昇している。そこで、PD-L1に対する抗体を同時に投与すると、より強いガン退縮が見られた。

以上が結果で、簡単に言ってしまうと「CDK4/6阻害剤はガン免疫誘導という点では理想の薬剤だ」になる。できすぎた話だが、説得力はある。細胞は完全なまま存在し続けることで、免疫が誘導されるなら、この薬剤を他のガンにも使ってみる価値は大きい。これまでの治験データを新しい観点から見直してみると同時に、今後はガン免疫の視点を加えた臨床観察を緻密に行い、画期的治療法へと発展させることが重要だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月18日:難民問題の治療薬?(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2017年8月18日
私たちの社会性に及ぼすオキシトシンの効果については多くの研究があり、治験レベルではまだうまくいっていないが、社会性が低下している自閉症スペクトラムの治療に使えないかについては多くの臨床研究が現在も行われている。一方様々な状況を設定した心理テストを用いて、オキシトシンが他人を思いやる利他的行動を促進するのではないかという一般市民を用いた臨床研究も進んでいる。

今日紹介するドイツ・ボン大学からの論文は、現在、世界各地で進行中の難民問題を用いた課題設定で、難民に対する思いやりをオキシトシンが回復させられるか調べた研究で、米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Oxytocin-enforced norm compliance reduces xenophobic outgroup rejection(オキシトシンで規範遵守の気持ちを高めることで外人嫌いに基づく外部集団への拒否感を減らすことができる)」だ。

アメリカで起こっている白人至上主義者をめぐる深刻な衝突の報道を目にし、殺されたハイヤーさんの母親の追悼集会での演説に感激し、さらに「No one is born hating another person because of the color of his skin or his background or his religion」とマンデラの言葉を引用したオバマ全大統領のツィートに納得する毎日の中で論文を探していると、Xenophobia(外人嫌い)とタイトルがついたこの論文に手が伸びた。

読んでみると、このグループの研究は2013年にも紹介した。「愛と辛抱強い愛の絆は深い喜びをもたらすが、壊れると深刻な悲しみと絶望につながる」という、おおよそ科学論文とは思えない書き出しから始まる論文で、オキシトシンによって現在つきあっている相手への愛情が深まり、浮気しなくなることを示す内容だった。こんな研究グループの日常を一度見てみたいと思う。

同じグループが今回は、現ドイツの最大の政治・社会問題、難民の流入によるXehophobia(外人嫌いと訳してしまえるが、実際には社会に流入してきたアウトサイダーに対する嫌悪感と考えればいい)に対するオキシトシンの効果を調べている。

3種類の実験が行われている。最初は難民とドイツ人の困窮者に対して、今回人権に参加した謝礼50ユーロから寄付を行わせるときのオキシトシンの効果を無作為化二重盲検法で調べている。結果は、難民に対しても、ドイツ人の困窮者に対してもオキシトシンを投与したグループは寄付額が大きく跳ね上がる。

次に、実験に参加したボランティアのXenophobia度をオーストラリアで開発されたテストを用いてスコア化し、Xenophobiaの強い人と、低い人にわけ同じ実験を行うと、低いグループではオキシトシンで寄付額が上がるのに、Xenophobiaの人は、難民に対しても、ドイツ人困窮者に対しても寄付額は上がらない。すなわち、強い嫌悪感が生まれてしまうと、オキシトシンで思いやりの心は生まれない。基本的にドイツ人の困窮者も難民と同じ扱いになっているのにも驚く。

しかし、Xenophobiaが強い人も、実験に参加した多くが寄付をしたことを告げ、それが社会規範であることを示しながらオキシトシンを投与すると、嫌悪感を克服し難民に寄付をする人が出てくる。

結果はこれだけで、Xenophobiaに対してはオキシトシンだけでは効果がなく、社会規範に関する教育と同時にオキシトシンを投与することが重要という結論になる。

それが思いやりを高めることだとしても、この結果をもとに、国民の心を操作することはやめてほしいが、オバマのツィートにあるように、Xenophobiaも教育の問題であることはよくわかった。

17世紀、まだキリスト教の善悪に関する絶対的規範が支配していたオランダで、スピノザは「我々の行動を支配する目的とは衝動」でしかなく、「善悪の認識は私たちの喜びと悲しみの感情に他ならない」と言い放った。スピノザを思い起こしながらこの論文を読むと、何が正しい、何が間違っていると口角泡を飛ばすより、各人の感情について理解し合うことから始めることが、憎悪のサイクルを根絶する近道である気がする。
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8月17日:価格はワインのテースティングに影響するか(Scientific Reportsオンライン掲載論文)

2017年8月17日
現役時代、新しい研究室のメンバーと飲みに行って酔いが回り始めると「ワインはサイエンスと同じ」と定番の話を披露するのが恒例だった。 「サイエンスと同じで、対象となるワインは膨大だ。全て味わい尽くすことなど、ロバートパーカーでも無理だ。しかし、誰でもトップジャーナル(ブランド)に論文を載せたいと思うように、確かにワインもブランドで選べば当たる確率は高い。一方、あまり有名でないブランドにも美味いワインがあるのも確かで、これもサイエンスと同じだ。では、ブランドのない美味しいワイン(トップジャーナル以外に掲載された面白い論文)をどう探すかだが、呑んだくれるか、情報ネットワークを広げておくかしかない。」という話だ。

今日紹介するソルボンヌ大学からの論文は、ブランドではないが値段を聞くことでワインの評価が変わる脳の回路について研究した論文でScientific Reportsに掲載された。タイトルは「How context alters value: The brain’s valuation and affective regulation system link price cues to experienced taste pleasantnesss(コンテクストによる価値がどう影響されるか:脳の価値判断システムは値段と満足を結びつける)」だ。

ソルボンヌ大学の研究だが、対象はドイツ人で、値段は同じ12ユーロの3種類のワインを、値段が3、6、18ユーロの別のワインだと偽って、テースティングさせ、満足度の点数をつけさせる。値段を教えてから味を楽しむまでの30秒間を機能的MRIで値段を聞いたことによる脳の活動、テースティングによる判断時の活動を記録し、値段を知ることでテースティング結果が変化する過程と相関する脳領域を特定している。最後に、同じワインを今度は全くブラインドでテースティングさせ、満足度をつけてもらい、値段を聞いた影響を算定している。

結構複雑な論文なので結論だけを列挙すると以下のようになる。

1) まず値段を知ることは確実にワインの満足度に影響する。特に、安い値段を聞いてしまうと、満足度の低下が激しい。
2) 一般的に物の値段に反応する前頭前皮質の領域があり、脳の価値判断システムBVSと名付けられているが、価格を知る影響はこの領域を介してテースティングに関わる領域をリンクされる。
3) BVSの活動は個人的に大きな差があり、実際に値段を気にする人ほど、満足度への影響が強い。
4) BVSには前頭前皮質の幾つかの領域が関わっているが、この研究では最初の値段を聞いたことによる活動は前頭全皮質で見られ、後方側方前頭前皮質は全ての過程で興奮が続く。したがって、前方の皮質で価格の情報がテースティングの早い段階で様々な統合を行う後方の皮質に影響し、最終的なテースティングと判断につながる。

考えてみれば当たり前の結果で、これを真に受ければ安いワインもいい値段で売れば満足してもらえるという結論になる。

私の印象では、この研究グループは本当のワイン好きではなさそうだ。私ならまずワインを飲ませた後、違う値段を告げて満足度を調べる方が面白いと思う。ブランドのない、安いワインに美味しいワインを探すことこそ、ワイン好きの真骨頂だ。
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CRISPR/Casを用いたリピート病治療の可能性(8月24日号発行予定Cell掲載論文)

2017年8月16日
昨日に続いてCRISPR/Casを用いた研究の広がりを紹介しよう。

CRISPR/Casシステムの最も重要な点は、DNAでもRNAでも特定の塩基配列に活性を持った分子をリクルートできる点だ。従って、ノックアウトやノックインといった遺伝子編集への利用はほんの入り口で、このことを理解できないと、胚操作の議論もCRISPRのポテンシャルのほんの上澄みだけの寂しい議論に陥ってしまう。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、このシステムを使って生きた細胞で特定のRNAを可視化するということと、特定のRNAを分解するという機能を組み合わせ、トリプレットリピート病のような短い核酸配列の繰り返すRNAを発現する病気を治療する可能性を追求した論文で8月24日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Elimination of toxic microsatellite repeat expansion RNA by RNA-targeting Cas9(RNAを標的とするCas9を用いてミクロサテライトの繰り返し配列が増加する病気を治す)」だ。

3−6塩基の配列が繰り返すリピート病は、様々な病気の原因であることがわかっている。ハンチントン病のように特定の遺伝子のCAG配列が増大して、その結果翻訳されるポリグルタミンが細胞内に蓄積して細胞死を誘導するものと、翻訳とは無関係にリピートを持った長いRNAがスプライシングを阻害することで遺伝子発現の大きな異常が引き起こされるケースがあるが、いずれもリピートを持つRNAが原因で、これを壊せば病気は食い止められる。


このグループはRNA を標的としたCRISPRの開発をずっと行ってきており、今回は核酸分解能を失わせたCas9に蛍光マーカーを結合させた分子を用いて、塩基リピートを持つ長いRNAが核内に粒子状に蓄積されることを可視化できることを示している。すなわち、これが細胞内にリピートを持つ RNAの存在を示す診断になる。

次にCas9にRNA分解酵素を結合させて利用すると、リピートを持つRNAを特異的にほぼ完全に壊せることを示している。

このように、診断と治療が組み込まれたシステムを用いて、異常RNAの集合やポリグルタミンの産生が抑えられることを示した後、筋ジストロフィーをモデルにこの治療法を用いることで、リピートを持つRNAが壊され、スプライシングが正常化し、筋細胞が正常化することを示している。

さらに、将来の遺伝子編集治療に向けて、アデノ随伴ウイルスにこのシステムを組み込めることも示している。

現在リピート病についてはアンチセンスなど、様々なトライアルが進んでいるので、この方法の応用も近いのではと期待する。
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8月15日:CRISPR/Casを使ってアリの社会行動を変化させる(8月10日号Cell掲載論文)

2017年8月15日
CRISPRを使ったヒト胚遺伝子改変論文が発表され、我が国で議論が行われているようだ。個人的な意見だが、クローン個体作成問題と同じで、実際に実施に必要な施設、人材などの問題を考えれば、実際の応用に関しては現実的に抑止が効いており、あらゆる実験の記録と開示を条件にしておけば、CRISPR使用に制限をかけなくとも問題はないと思う。どの国にも犯罪者はいるが、それを除くと我が国は十分成熟している。「そもそも」などと自分の意見をかざして議論してもほとんど結論は出ない。

それより重大なのは、我が国で倫理問題ばかりの議論が盛んで、この技術を自由な発想で使いトップジャーナルに掲載されるような研究が今も皆無である点で、議論に参加している専門家と称する人も、この技術の本当の深さやポテンシャルの生の声を聞くことができず、表面的な議論に終わってしまうのだろう。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文はCRISPRでハリアリの遺伝子を改変し、社会行動の変化を調べた論文で8月10日号のCellに掲載された。タイトルは「An engineered orco mutation produces aberrant sociall behaviour and defective neural development in ants(Orc遺伝子の人為的変異誘導によりアリの社会行動と神経発生の異常が誘導される)」だ。

ほぼ同じ内容の論文が同じ号にもう一編掲載されていることは、CRISPRを利用するために長い時間をかけた準備が必要な研究を、ほとんど同じ系進めてきたラボが少なくとも2つはあるということだ。このようにCRISPRの可能性は野生生物の遺伝子改変が可能になったことで、この方向の仕事は爆発的に拡大するだろう。
それでもアリの遺伝子改変は簡単ではない。というのも一匹の女王アリだけが生殖可能な点で、実験室で操作するハードルになっている。今回研究に使われたハリアリは、この問題が自然に解決されている種類で、女王アリから離すとどの働きアリも女王アリに変身し卵を生むことができる点だ。この特徴を使って、簡単に採取できる働きアリを女王アリに変身させ、オスアリと掛け合わせて得られた卵にCRISPR/Casを導入、核だけが分裂する合胞体時期にそれぞれの核で遺伝子編集が進み、生まれたアリが改変細胞と、非改変細胞のキメラになるという系を使っている。

キメラでも、一部の個体は生殖細胞が置き換わっているので、あとはハプロイドのオスで変異体を分離して、交配を繰り返して突然変異態を分離している。

標的に選んだのは、女王からのフェロモンを感じるための嗅覚受容体と結合して機能を助けるOrc遺伝子で、これをノックアウトするとチャンネル型の嗅覚受容体を介する嗅覚が欠損する。

おそらく条件を設定するのには時間がかかったのだと思うが、鼻のきかない働きアリから以下のようなことが明らかになっている。
1) 群れから離れる時間が長くなるが、狩りの能力は嗅覚がないため全くない。
2) 他のアリとの交流がなくなる。
3) 普通は抑えられている女王になるための触覚の動きを示す。
4) しかし、他のアリがいる巣の中で女王になるための競争には参加できない。
5) 女王になってもオスを無視して自然に生殖ができない。
など、様々な発見が行われている。
これに対応して、嗅覚と行動をつなぐ中枢領域の大きさが低下しているが完全になくなっていないことなど、解剖学的変化も明確になっている。

はっきり言って、他の動物のノックアウトと同じで、形質は面白いが、これを完全に理解するためには解析にまだまだ時間がかかるという印象だ。しかし、このような遺伝子ノックアウトを野生生物に広げることが可能であることが示され、実際そうなっていくだろう。

最後に、野生生物の遺伝子改変の条件として、研究室内への封じ込めの問題は大至急指針を作る必要がある。特に、野外の行動の観察が必要な場合の封じ込めをどうするのか、私は受精卵問題より先だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ