9月14日:新石器時代ケニヤでの遊牧の影響(8月29日号Nature掲載論文)
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9月14日:新石器時代ケニヤでの遊牧の影響(8月29日号Nature掲載論文)

2018年9月14日
ナミビアの後、ケニアに入ってナイロビで一泊した。空港からホテルまで車から外を眺めていると、ナイロビはインドと同じように人が溢れているという印象がある。ただ大きな違いは、黙々と早足でしかも背筋を伸ばして歩いている人が多い。たまに走っている人も見かける。なんとなくマサイなど遊牧民の伝統を感じるが、思い込みだろうか。しかし、アフリカでは狩猟採取だけではなく、遊牧が3000年前から行われた痕跡があるようで、今日紹介するワシントン大学からの論文は新石器時代のケニアサバンナの遊牧民の痕跡についての研究で8月29日号のNatureに掲載された。タイトルは「Ancient herders enriched and restructured African grasslands(古代の遊牧民がアフリカの草原を肥沃にし再構成した)」だ。

ナミビアの砂漠地帯を走っているとアフリカの大地の多くが養分が少ない不毛の地だとわかる。ナミビア砂漠にも様々な動物を見かけるが、群れているのは珍しい。これは一匹の動物を支えるのに広い土地が必要だからだと思う。そこに、ケニアのように一部で森や肥沃なサバンナが広がる地帯が孤立して存在している。この研究では、このような新石器時代の遊牧民の暮らしが、ケニヤに存在する肥沃な土地をもたらしたと仮説を立て、それを土壌学から検証しようとしている。

これまでの発掘調査から、新石器時代の遊牧民が暮らしたことがはっきりしている場所を地層学的に調べると、最も表層の堆積物の下に15ー30cmの色の薄い堆積物が見つかる。この地層が遊牧民により形成されたと気づいたのがこの研究のすべてと言っていいだろう。この地層から採取した土を調べると、この土壌に多くの動物の糞から変化した様々な物質が他の地層の何倍も濃縮している。また、アイソトープを用いた生物成分の測定でも、これらが動物の有機物由来であることが証明できる。すなわち、遊牧民が家畜を連れて移動することで、家畜の糞が土壌の養分を高め、それを目指して多くの動物が集まり、有機物のサイクルが生まれて現在の肥沃なサバンナ地帯ができたと結論している。

もちろん地質学は素人の私には、よくわからない部分もあるが、おそらく以上が内容の全てだと思う。新石器時代から人間の活動が自然を大きく変化させてきたことは間違いないようだ。そのおかげで、今日見てきたケニヤのサバンナが成立していると思うと、感慨が深い。タイムリーな論文を紹介することができた。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月13日:アリの社会性を決めた遺伝子(7月27日号Science掲載論文)

2018年9月13日
ネットの制限であまり論文をダウンロードできないので、この機会に、少し古いが紹介したいと思いながらできなかった論文を取り上げることにした。今日は、ほぼ1ヶ月半前の7月27日にScienceにロックフェラー大学から発表されたアリの進化についての面白い論文を紹介したい。タイトルは「Social regulation of insulin signaling and the evolution of eusociality in ants (インシュリンの社会的調節とアリの真社会性の進化)」だ。

全てのアリは単独で生活することはなく、異なる役割からなる社会を形成して集団生活をしている。どのように卵を産む女王アリが決定されるかは種によりまちまちだが、種によっては女王アリ、働きアリ、雄アリ、兵隊アリ、ショジョ女王蟻など、複雑に分かれてはいるが、基本は生殖能力のある階層と、そうでない階層に分かれる点だ。この社会性は、全てのアリの先祖に誕生した後、現存する全てのアリで維持されて来た。この研究ではこの最初に社会性をもたらしたイベントに関わる分子を、おそらく脳に発現して食性を決める分子だろうとあたりをつけ、現存の多くのアリについて、生殖能力のある個体と、生殖能力のない個体にわけ、それぞれの頭部で発現する遺伝子を比較し、生殖能力と完全に一致する遺伝子を探している。驚くことに、両者ではっきり発現の異なる遺伝子はインシュリンに極めてよく似たペプチド、ILP2だけに絞られるというラッキーな結果が得られた。

すなわち成虫になる過程でILP2の発現が高いと食欲が刺激され、多くのカロリーを摂取できる結果、生殖能力を獲得できるという、なかなかよくできたアリだけが持つ仕組みが成立している。このシナリオをより実験的に検証するため、さすがアリの専門家と思わせる、Ooceraea biroiと呼ばれる卵を産む女王アリと働きアリのステージを、子育て時期に応じて周期的に繰り返すアリを選んで調べている。そんなアリがいるのかと感心したが、このアリは卵が幼虫になる段階では働きアリとして幼虫を育て、手がかからない蛹になると今度は女王アリに変わって卵を産む周期を繰り返す。アリの中では変わり者だ。このサイクルから、幼虫は子育てに専念させるため、働きアリが女王アリに変わるのを抑えていることになる。そこで、幼虫から働きアリを離して生殖能力が現れる時に、ILP2の発現が高まるかどうか調べると、期待通り幼虫から離すとILP2の発現が高まり、逆に女王アリの段階で幼虫を加えると、ILP2の発現が低下することが確認された。さらに、ILP2ペプチドは脳の中央にある一握りの細胞だけで生産され、食欲中枢を刺激することも明らかにしている。ILP2が生殖能力を決めていることをさらに確認する目的で、働きアリの段階でILP2ペプチドを注射すると、期待通り卵巣が活性化され、卵形成が始まる。そして、シナリオ通り、このペプチドにより食物摂取量が上昇することが卵巣の活性化を誘導していることを確認している。

ILP2分子のみで生殖能力が決められることを、変わり種のOoceraea biroiを使って証明したことがこの研究のハイライトで、他のアリも含めたゲノムレベルの進化研究は全く手がついていない。しかし、示されたシナリオは説得力があり、この遺伝子をコードするゲノム領域を詳しく調べていくことで、エキサイティングなシナリオが生まれて来る予感がする。一つ物知りになったことが実感できる面白い研究だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月12日:AIと医療について考える IV 遠隔医療とAI

2018年9月12日
AIと医療の最終回は、アクセンチュアレポートがAIによりビジネスとしての発展が期待できる有望分野としてわざわざ取り上げていたtelemedicine、すなわち遠隔医療について考えてみようと計画していた。しかし、PubMedで最近の論文を調べていても、telemedicine全般がAIでどう変わるかについての論文や総説はほとんどない。それもそのはずで、telemedicineと言っても医師と同じ対応が期待され、診断と治療ができるシステムでないと役に立たない。町から遠く離れた辺鄙な地域を旅行していて、telemedicineがあればと思うことは確かにある。しかし、結局想像できるのは、少なくとも看護師さんが常駐し、ある程度の医療設備が整ったステーションを総合病院と結ぶというイメージだ。しかし将来はAIで武装したロボットで、医師がいなくとも全ての医療をカバーできるという夢に向けた研究をアクセンチュアは考えているのかもしれない。

とりあえず論文ウォッチなので、何を読もうかとPubMedを調べているうち、telemedicineには2種類流れがあり、一つは自動運転と同じで遠隔操作による手術ロボット、そして最終的には自動手術ロボットを大病院とつないで、医師不足をカバーするという方向だとわかった。同じ方向には、かかりつけ医や地方の診療ステーションを大病院と結び、必要に応じて患者さんの問診から、超音波検査や単純X線検査などの読影まで行うことも含まれる。この場合、患者さん自身が測定できる項目や、あるいはかかりつけ医やステーションで得られる画像などのAIによる自動診断が可能になれば、telemedicineはより高い医療レベルに達すると思われる。

Telemedicineで検索されるもう一つの方向性が、普及したスマフォを利用して、患者さんの病気の管理や、一般の人の健康を増進するための方向で、これについては、AIを導入するためのアイデア待ちというところではないだろうか。ただ、我が国と違って、アメリカではpatient portalのように、まず患者さんに健康データを返し、それをクラウドコンピューティングで匿名管理する仕組みが普及し始めており、これを基礎に様々なアイデアが生まれるように思える。私の古い頭で考えても、様々なアイデアが浮かんでくる。すでにバイオバンクの設立が民間主導で行えるのも、保険会社が強力にネットワークによる健康管理を進めているためで、病気にしない、病気を長引かさない健康管理が保険会社成功につながる以上、様々な可能性が試みられ、当然AIの導入も進むと考えられる。

我が国を含む国民皆保険の国々でも、当然病気を防ぎ、病気を長引かせないことは財政上の最重要課題で、英国やデンマークなどの論文を読んでいると、国主導で疾病予防のための方策をもとめてエビデンスが集めれれているのがよくわかる。我が国は、国民皆保険の維持の危機が叫ばれているにもかかわらず、行政も中途半端で何もできずにオロオロしている印象がある(例えばワクチン問題や、特保食品のようなごまかし)。AI研究推進を機に、病気を予防するための明確な施策を打ち出して欲しいし、それにAIホスピタルをはじめ、多くの研究が役に立って欲しいと思う。

というわけで、アクセンチュアレポートを裏付けるはっきりとした論文を見つけることができなかったので、最近ドイツベルリンのシャリテ病院とtelemedicine研究センターを中心とするグループがThe Lancetオンライン版に発表した、スマフォを利用した心疾患の管理についての論文を紹介して終わる。タイトルは「Efficacy of telemedical interventional management in patients with heart failure (TIM-HF2): a randomised, controlled, parallel-group, unmasked trial (心不全の患者さんのtelemedicineによる管理の有効性:無作為化、群間比較試験)」だ。

この研究では、かなり進んだ(NY心臓病学会基準II-III度で、心拍出量が45%以下)心臓病の患者さんを自宅で可能なテストを行い、このデータに基づいて主治医が治療方針を臨機応変に変化させることで、救急搬入される率や死亡率が減るかどうか調べている。ドイツ全土の大学や病院が参加した研究で、助成金のリストを見ると、様々なドイツ政府機関から助成金が出ている。

2013年から2017年までドイツ全土から該当する患者さん約1500人がリクルートされ、無作為化され、telemedicineのモニターを受けるグループと、従来通りの治療グループに分けられ、一年間の経過を比べている。経過中の治療は、患者さんのかかりつけ医がその時の状態に合わせて自由に投薬を調整してよく、決まった介入が要求されるわけではない。従って、telemedicineの情報が入ってくるかどうかだけが2つのグループの違いになる。治療の性質上、偽薬を使う治験のように治療内容を隠すことはできない。

Telemedicine群に選ばれると、心電図モニター、血圧計、体重計、酸素分圧測定機などが提供され、これを用いてデータが毎日決まった時間に集められ、自動的にシャリテ病院のセンターに送られる。また、患者さんは24時間いつでもシャリテ病院にスマフォで連絡して相談することができる。そして、ここで異常を察知すると主治医に状態の連絡が行き、主治医の自由な判断でそれに合わせた治療方針が決められる。

実際にはtelemedicine群は5年で700人近くに上り、一年に平均して140人近くの患者さんに対して24時間モニターを行い、また相談に応じる必要がある。このためになんと4人の医師と5人の看護師が選ばれ、夜も医師の一人が当直、もう一人がいつでも対応できるように家で待機するという徹底ぶりだ。よくこの陣容で5年も研究が続けられたと感心する。

結果は、telemedicineの効果は確かにあり、一年間に病院に運び込まれたり死亡する率は、通常の治療群の6.6%に対し、4.8%に低下する。また、患者さんの入院日数で見ると、通常治療群の24日に対し、18日、また原因を問わず期間中の死亡率は、通常治療群の11.3%に対し、7.8日に抑えられた。大きくはないが、自宅でモニターするだけでも、十分治療効果を上げることができるという結論だ。この結果が保険会社や行政にアピールするほどの差かどうかは判断できないが、telemedicineの効果を確かめるため、5年に渡る臨床知見をドイツの病院が一丸となって行なっているのに感心する。

元々心電図モニターや血圧計には異常を感知するシステムが備わっているが、この研究では全ての判断を医師が行なっており、AIとは無関係の、あくまでもtelemedicineの効用についての論文だ。しかし論文を読んでみると、ここで集められた膨大なデータは、AIの開発時にデータとして使えることは間違いない。これまで紹介したように、AIのアルゴリズム自体も今後さらに発展すると思うが、結局AIとして機能させるためには、学習させるデータが勝負になる。この論文からわかるように、機械学習のためのデータと、結論のセットを集めるためには、大変な努力と時間がかかる。また、研究者だけでなく、医師も患者さんたちもAIが医療に果たす役割をしっかり理解して、一丸となって機械学習のためのデータ収集に協力してもらう必要がある。これには長期的な支援と、オールジャパンをまとめるリーダーシップが問われるだろう。これからスタートする我が国の医療に関わるAIプロジェクトが、学習のためのデータをどう集めようとしているのか?今回様々な論文に目を通して、この辺からウォッチしていけばいいことがよくわかった。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月11日:AIと医療をについて考える III 放射線科領域の画像診断とAI(Nature Review Cancer掲載総説)

2018年9月11日
第一回で紹介した皮膚の腫瘍を診断するためのAIも画像診断だが、医師にとって(少なくとも私のような年寄りの)画像診断というと、レントゲン写真の読影が頭に浮かぶだろう。我が国では現在もなお、健康診断に単純X線検査が入っており、膨大な数の写真が毎日読影されている。今も全て医師の目を通して行われており膨大な労力になる。疲れで診断ミスも当然考えられる。もしこれがAIに変われば、疲れることのない機械は何枚でも写真を判断し、なおかつ能力は進歩する。

X線写真の画像診断は、コンピュータが利用できるようになった頃からすぐに挑戦が始まり、私も様々な方法が試されてきたことを知っている。特に写真がデジタル化されてからはこの研究が加速している。診断とは画像の中から、平均値と異なる場所を割り出し、その違いの意味を判断することだが、このような画像解析法が急速に進歩しているのは、皆さんのデジタルカメラの進歩を見ればすぐわかる。顔を抜き出して笑っている場合に写真を撮るのは自動診断と同じだ。この判断については従来、形や、画像上の特徴を研究者側が指定し、この条件に合ったものを自動で選ばせる手法が取られているが、これがAI、すなわち機械学習、深層学習の登場で大きく変わった。この点についてよくまとまった総説が8月ダナファーバー腫瘍放射線科からNature Review Cancerに発表されたので、これを参考にしながらAIと画像診断について見てみよう。総説のタイトルは「Artificial intelligence in radiology(放射線科とAI)」で、基本的には様々なガンの画像診断についての総説だ。
<br class="none
” /> とはいえ、アルゴリズムなどの情報科学については私も門外漢で完全に理解できているわけではなく、広い範囲にわたって議論がされているので全部を紹介するのはやめて、私が理解できて特に興味を持った内容だけ箇条書きで紹介するので、興味を持たれたら原著を当たって欲しい。

1)専門家には当たり前のことだと思うが、従来の画像診断では対象となる画像を論理数式で記述する必要があったが、基本的にAIでは、それが必要でなく、学習した多くの画像の平均から対象の画像の違いを抜き出すことができる。ただ何故そうか?という点については今の所説明できない。ただ、これまでの論理的研究も、AIにインプットする指標として使うことはでき、今後様々な手法が集まって、AIでも新しい病気を判断する理由がわかる時代は来ると期待できる。
2)ガンの存在をを画像から検出するAIは進展が遅い。ただ、マンモグラフィー画像にconvolution neural networkという手法を使ったAIでは成果が出始めており、これまでの課題は解決されていく。
3)腫瘤が良性か悪性かなどの性質の判断もまだまだ簡単ではないが、正常と異常の部位をトポロジカルに処理する方法(Water shed algorithm) の利用など、様々なアルゴリズムの実験場になっている。私たちは画像だけでガンの性質を判断するのをやめて、結局組織学的検査へと進むが、将来は画像だけで大概の診断ができるようになるかもしれない。
4)何度も繰り返すが、convolution neural networkは現在画像に関するAIの切り札で、素晴らしいことにオープンソースで誰もが利用できるアプリケーションが数多く提供されている。基本的には、画像データを任意の項に分けて学習させ、あとで全体を畳み込んで判断させる方法。例えば、ガンを検出し性質を調べる能力と、臓器の形を理解する能力が別々に学習により同時に進化する。若い人に期待できる分野だ。
5)ガンの経過を画像上だけで追跡する場合は、AIによる個々の画像の診断だけでなく、画像の時間経過を自動的に追跡して違いを知らせるテクノロジーの開発が必要になる。AIの判断に時間経過を組み合わせるのは、新しい分野で、例えば自然言語処理に用いられるrecurrent neural networkを利用するなど、多くの研究が行われている。また、実際の経過観察では、ほかの検査データを統合して判断が行われるが、画像にほかのデータをかぶせることも新しい挑戦の必要なAI開発分野になっている。
6)CT, MRIはもともとコンピュータで多くのパラメータを統合する処理が行われており、それ自体で多くのコンピュータ容量を必要とする。このデータ処理過程を機械学習と統合する(例えばMRIの画像処理過程を元にAIにアドバイスするなど)ことも新しい課題として研究が続いている。
7)他にも多くの課題が山積しており、一つ一つに新しいチャレンジが行われている。創設ではその例を数多くあげているが、これ以上は省略する。ただ重要なのは、一つ一つの課題の先に、画像診断だけでなく、AI自体の進化が促されることで、だからこそ多くの挑戦者が生まれている。
8)最後に、誰がAIのオーナーになるのか、どのような規制が必要なのか、このような社会的問題についても、単純にビジネスチャンスの問題にせず、方向性を明確にしておくことが必要になる。
総説を紹介するのはもともと難しく、今回もかなり単純化して、この論文を読んだ私の理解を列挙して来た。要するに、画像診断のAIにはまだまだ解決しなければならない多くの問題が山積みだが、それぞれはAI自体の将来にとっても重要な課題で、多くの挑戦者を惹きつけている。そして様々な課題が解決された暁には、画像を含む検査結果をAIが自動的に解析し、その結果を医師にもわかりやすい新しい言葉でレポートし、高いレベルの総合診断システムとして医療を助けることが可能になる。また、病気の経過を自動的に追跡し、人間なら見落とす小さなピクセルの差を発見し、経過の判断を支援する。こんな未来が十分実現可能な範囲に入ってきたことが実感された。

そして、現在進みつつある、患者さんや一般市民のpeer to peerウェブがいつかAIと統合されて、人間を一生涯追跡し、学んでいくAIを目指すべきだと締めくくっている。この視点は重要で、先にinternet of humanが形成され、そこにAIがアクセスできるようになるinternet of human to which things are connected(IoHtoT:私の勝手な造語)社会で、多くの医学知識が階層性から解放されることが目指されていることがよくわかった。 次回は最後で、遠隔医療とAIについて考える。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月10日 AIと医療について考える II アクセンチュアレポート

2018年9月10日
前回見たように、AIは知識を社会の階層性から解放する点に大きな可能性がある。これは仮想通貨をはじめとするブロックチェーンも同じで、仮想通貨の場合極論すれば中央銀行を頂点として出来上がっている階層性が壊れることを意味する。なら皮膚科の医師は失業してしまうのではと心配されると思うが、医師の仕事は診断だけではない。相談から治療まで多くの過程を進めないと意味がないことから、これまで以上に生産的な診療が可能になると確信している。ただ、どうしても診断に偏りがちな医学教育で教えなければならない内容も、大きく変化していくと予想できる。

そこで今回は、医療現場でのAIについても考えてみたい。このために世界最大のコンサルテーション会社の一つアクセンチュアが昨年発表した短いレポートをまず紹介しよう(https://www.accenture.com/us-en/insight-artificial-intelligence-healthcare)。経営のためのコンサルテーション会社がどこにビジネスチャンスがあると考えているのか、興味深い。タイトルは「Artificial intelligence: healthcare’s new nervous system (AI:ヘルスケアの新しい神経系)」だ。そして、出だしから2021年にはヘルスケア部門のAIマーケットが7兆円近くに達すると煽っている。そして、彼らがAIの伸びる分野として以下のトップ10を挙げている。

1、 ロボット手術:手術中に起こっていることをモニターし、的確な診断を下し、外科医を手術に専念させるとともに、手術ごとに学習を繰り返し、外科医の意図する動きと、意図しない動きを区別して手術を行う。要するに、車の自動運転で、この方法が普及すると、殆どの病院に手術ロボットが売れる。
2、 バーチャル看護支援:スマフォなどを用いた、いわゆる遠隔医療を考えればいい。
3、 病院管理支援:説明はいらないだろう。他のサービス部門に必要とされるように、IoTに基づく管理が進む。
4、 不正の発見:具体的に何を意味するのかよくわからない。
5、 薬剤投与の間違いを減らす:これもIoTによる管理。
6、 各機器の連結によるデータの統合的把握
7、 臨床治験参加者の追跡
8、 事前診断:これは前回紹介した、患者さんのレベルでかなり診断が行われることと同じで、これを病院から見ると、来院の後押しをするとともに、適切な診療を迅速に行える。
9、 自動画像診断:意外に期待が低いので驚くが、医学領域では最も期待されている。様々な画像をコンピュータで正確に診断すること。
10、 サイバーセキュリテイー:これも医療に限った話ではない。

1、2、8、9を除くと、全て病院の管理システムの効率化と、人的ミスを減らすのにAIが期待されていることがわかる。言い換えると、経済界が医療をどのように見ているのかが良くわかる。医療を大きな経済分野と捉えて(実際アメリカでの医療費の総支出は3400兆円に達し、GDP比率で17%を越す産業と言える)、AIで生産性(もちろん患者さんが治ることも含まれると思うが)を上げようと考えると、これらの項目になるのだろう。。

ただ、私自身はAIを含むIT社会では、経済とは別に患者さんの側から医療を再編成できるチャンスがある点に意義があると思っている。また、行政にしても、健康にかかる費用を減らすことがAIの最も重要なテーマになると思う。是非いつか持論を展開したいとは思うが、今回はアクセンチュアの挙げるトップ10の中から、医療に直結している、遠隔医療、画像診断、そして時間があればロボット手術分野へのAI利用の現状について論文をもとに紹介したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月9日 AIと医療について考える I 皮膚病変とAI

2018年9月9日
ウェッブへのアクセスが確保できるかどうか少し不安な場所への旅行が近づいて、論文もダウンロードできないのではないかなどと心配し、穴が開かないように実は今日からアップする2日分は、前もって日本を離れる前に予約投稿をしていた。いまナミビア砂漠の端の街について見ると、携帯はつながらないのに、ホテルではWiFiが繋がる。ただ、明日、明後日はさらに砂漠の中に行くのでまだまだ安心はできない。ガラパゴスの時には全く繋がらなかった。そこで、計画どおり今日からは、いつものスタイルの論文紹介はお休みして、AIと医療について論文を読みながらかんがえてみたい。

せっかく特集的にまとめて書くとして何を題材に選ぼうかと考えていた時、中村祐輔さんがディレクターを務めるAIホスピタルプロジェクトについての記事を読んだので、AIについての自分自身の理解を深めるプロセスを書いたらいいのではと考えた。皆さんもご存知のように。AIは我が国でも最重点項目で、各省庁の大型予算が走っており、中村さんををヘッドとしたAIホスピタルプロジェクトはそのなかの一つだ。ただ、ミレニアムプロジェクトで人ゲノム研究の牽引役だった中村さんがAIに進出してきたということで注目度が高い。もちろん私も興味を持って、プロジェクトのポンチ絵を見たが、内容は中村さんの手になるというより、役所が作ったということがよくわかる内容で、これまでの基幹病院から開業医、そして患者さんという階層的目線をそのまま残している。この結果、個人がネットワークされる21世紀社会の構造に逆行している印象がある。勿論これは私のような世捨て人のコメントで、要はこのプロジェクトが新しい医療を実現するきっかけとして飛躍してくれればいいことで、外野の私にできるのは、このプロジェクトがどう我が国を変えるのかしっかり見とどけることだけだ。

とはいえ評価するためには、AIの可能性を正しく把握する必要がある。今回はまずAI全般の可能性について、このブログで今年の初めに紹介したScienceの総説をもう一度読み直すことから始めたい。

さてこの論文に書かれていたAIが最も得意とする領域は、以下のようにまとめられる。

1. はっきり定義できるインプットとアウトプットの間の関係の学習:医学情報がまさにこれにあたる。すなわち、データから病名を診断する過程は、インプットとアウトプットが明確に定義されている。ただ、予測や診断が可能になったからといって、因果関係を理解したことではない。
2. 多くの適切なデータが得られる学習:ニューラルネットによる機械学習(ML)ではデータが飽和して能力の限界に到達することはない。どんなデータも利用できるが、人間の手で対象をよく分析し、データをタグ付けし直すことで、ML の能力を高められる。
3. ゴールが明確で、定量的に評価できる学習:MLから考えると自明の話だが、例としては都市の交通量のコントロールなどがこれにあたる。ただこの時、データが期待しているゴールとの関連でラベルされるようにデータを調整するのが望ましい。
4. 常識や多様な知識が必要な段階的に論理を詰めていく過程の必要でない学習:迅速な反応が求められるタスクを選ぶのが重要。常識や多様な知識に基づいて、段階的に論理を進めるのは苦手。しかし囲碁やチェスは、その後の展開を正確にシミュレーションできるため、段階的論理過程に見えても、MLは得意。逆に、現実世界のシミュレーションは難しい。
5. 背景にある理由を説明する必要がない学習:診断にしても、囲碁にしても、MLは正解を出すことができるが、なぜそれを正解として選んだかの理由付けは出来ない(これこそが将来のAIの一つの条件、しかし人間だから理由が説明できるわけではない)。
6. 失敗が許容でき、実証性が必要のない学習:アルゴリズムの基本は統計学、推計学で、必ず間違いがあることは理解する必要がある。
7. 現象やインプット・アウトプットの関係が安定な学習:現在のアルゴリズムは、対象の振る舞いがある程度安定していることが必要で、状況が早く変化する現象には利用しにくい。
8. 熟練、技が必要ない学習:ロボットに使うとき、まだハードの方が、機械学習についていかないことを理解する(明日この問題は自動運転で取り上げる予定)

さてこの要件に合う医学への応用とは何かと考えてみると、私の頭に真っ先に浮かぶシーンは、一般の人が自分は病気ではないかと気にしはじめたときがそれに当たるように思う。もちろん元医師としては、まずかかりつけ医に診て貰うというべきだが、領域によればスマフォとAIでかなりの絞り込みが終わる可能性がある。その最適の例が、皮膚科領域だ。すなわち、皮膚病変をスマフォで撮影してAIで診断するシステムだ。

これはconvolution neural networkというAIのテクノロジーが一般で使いやすくなり、皮膚の病変を写真からかなり正確に診断できるようになってきたからだ。例えば昨年2月、スタンフォード大学から13万の臨床画像を用いた機械学習で、皮膚科の専門医レベルの診断が可能になることを示した論文がNatureに発表された(Esteva et al, Dermatologist-level classification of skin cancer with deep neural networks(深層ニューラルネットワークで皮膚科医レベルの皮膚ガン診断が可能になる), Nature 542:115, 2017)。

さらには今年3月には韓国仁済大学医学部から、マイクロソフトのconvolution neural networkプラットフォームを用いて皮膚にできる腫瘍を診断するスマフォのアプリを作成、機械学習させた結果、比べた16人の皮膚科医と同じレベルの診断制度が達成できたことがJournal of Investigative Dermatologyに報告された。(Han et al, Classification of the Clinical Images for Benign and Malignant Cutaneous Tumors Using a Deep Learning Algorithm(良性と悪性の皮膚腫瘍を区別するための深層学習による臨床画像の分類)Journal of Investigative Dermatology 138:1529, 2018)。この韓国の研究は、一般的に手に入る機械学習アプリをそのまま使ってシステムが組めることを示した点で重要だ。

このように、AIが進むということは、これまで階層性に閉じ込められていた医学知識が一般に開放されることを意味することを理解する必要がある(次回に続く)
カテゴリ:論文ウォッチ

9月8日:アレルギー炎症により誘導される上皮の変化(8月22日号Nature掲載論文)

2018年9月8日
炎症過程を見ていると、炎症が刺激に対する白血球やリンパ球だけの反応ではなく、その場所に存在する線維芽細胞が血液細胞からの刺激に反応して新しい細胞へと変化した時、急速に発展し、また遷延化することがよくわかる。これは炎症のストローマ細胞と呼べるのだろうが、基本的には発生過程でよく見かける仕組みが流用されていると考えられる。しかし、人間の炎症の現場で血球以外の細胞系列がどのように関わっているのかを調べるのは簡単ではなかった。

ところが今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、バーコードを用いたsingle cell transcriptomeを用いることで、アレルギー組織での上皮の変化の様態について見事に示した研究で8月22日号のNatureに掲載された。タイトルは「Allergic inflammatory memory in human respiratory epithelial progenitor cells(人間の呼吸上皮前駆細胞に認められるアレルギー性炎症の記憶)」だ。

それにしても、single cell transcriptome解析の力は絶大だ。発生研究やガン研究についてだけでなく、アレルギーでもこれまで難しかった細胞の解析が可能になっているのを見ると、当分この方法での研究がトップジャーナルの紙面を賑わすだろう。要するに、予断を排して起こっていることを虚心坦懐に眺めることができる。

この研究では、様々なステージの鼻アレルギー患者さんの手術サンプル、あるいはを鼻粘膜を掻き取ってきたサンプルに含まれる個々の細胞のmRNAの発現を調べ、特にこれまで研究が難しかった上皮について何が起こっているのかを調べている。最初に示された18000個あまりの細胞の解析では、その発現プロファイルからほぼ完全に細胞の種類を特定できる。当然炎症の主役の血液系細胞はもとより、ストローマ細胞や上皮も同時に解析できる。著者らはこの解析の威力を示すために、プロスタグランジンD2合成系がマスト細胞だけに発現していることを示しているが、どの細胞の解析結果も新しいことが満載で、結果の解析と解釈にはまだまだ時間がかかると思う。論文ではアレルギー性炎症が進展するにつれて,インターフェロンタイプから、IL-4/IL13を中心にした炎症へと変化すること、そしてこの刺激の変化に対して、血液以外の細胞の状態も変化することが詳しく述べられている。ただ、全て紹介するのはあまりにも膨大なので、今日は詳細を省いて上皮についての結果だけを紹介する。

鼻粘膜上皮には分泌細胞や繊毛細胞を含む多様な細胞が存在し、これらはsingle cell transcriptomeを用いてほぼ全て特定できる。そして炎症が進むと、上皮細胞のうち繊毛細胞や腺細胞のような分化細胞が失われ、基底細胞が増殖することで、全体として上皮細胞の多様性が減少し、分化が途中で抑制された状態になる。この変化には、アレルギー性炎症の主役IL4/13シグナルの持続刺激だけではなく、不思議なことにWntシグナル刺激で誘導されるプロファイルも存在している。著者らは、Wntが炎症局所で誘導されるのではなく、IL-4/13の刺激によりベータカテニンが誘導されるためと考えている。また、試験管内で炎症が進んでポリープを形成している患者さんの上皮をIL4/13で刺激すると、正常の上皮と比べてきわめて限られた分子だけが誘導されることから、上皮の多様性が著しく制限されていることが明らかにされている。さらに、アトピー性皮膚炎の治療として抗IL-4抗体を投与された患者さんについても解析を行い、IL-4刺激が止まると、IL4/13刺激による上皮分化の抑制がある程度解除されることも示している。これらの結果から、IL4/13刺激により、上皮自体も強く影響を受け、特殊なステージに集約され、一種の記憶状態が成立するというのがメッセージになる。

他にも、この変化がクロマチンの状態に反映された安定的記憶になっていることを調べるために、やはり流行りのAttac-seqを使うなどこれでもかこれでもかと実験が行われており、読む方もなかなか頭がまとまらないのが問題だ。印象としては、データが多すぎて解釈が追いつかないというのが本当のところだろう。言い換えればまだ掘られていない菌が眠っているのと同じだ。このデータにアクセスできれば、誰にでも重要な発見ができるチャンスがあるように思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月7日:ガンゲノムの変異を解釈するシステム開発の重要性(Nature Cell Biology 8月号掲載論文)

2018年9月7日
ガンがゲノムの病気であることは間違いないが、「ゲノム」あるいは「ゲノムの変異」という背景には複雑な生化学的プロセスがある。これについてはよくわかっているのだが、一つのガンにこれほど多くの突然変異が集まっていることがわかると、「このガンはRAFとp53か」などと、遺伝子名を列挙しただけでわかった気持ちになる。事実、臨床現場にこれ以上の理解を求めるのは難しいが、背景の生化学的過程を勘案した変異の解釈のできるAIを是非開発して臨床現場で利用できるようにして欲しいと思う。

こんなことを考えたのは、今日紹介するRevolution Medicineという大きな名前の企業の研究所からの論文を読んだからだ。タイトルは「RAS nucleotide cycling underlies the SHP2 phosphatase dependence of mutant BRAF-, NF1- and RAS-driven cancers (RAS nucleotideのサイクルが、BRAF, NF1, そしてRASをガンのドライバーとするガン増殖のSHP2依存性の背景にある)」で先月号のNature Cell Biologyに掲載されている。
私のようなアウトサイダーにとっては、RASの変異によるガンと言われると、どうしても周りの分子の制御から独立して活性化されてしまった状態を想像するが、実際には突然変異の種類により、さまざまな分子調節を受けている。この研究では、RASのさらに上流のシグナル経路にあるSHP2と呼ばれる脱リン酸化酵素をノックアウトすると増殖が低下するガンがあることから、SHP2阻害剤でRAS経路のガンを制御する可能性を詳しく調べてい

まずRMC-4550がSHP2の自己抑制機構を安定化させることでSHP2の活性化を阻害する化合物であることを確認した後、BRAF, NF1, RASのさまざまな変異により増殖しているガン細胞への効果を調べ、薬理作用の生化学的基盤を調べている。そして、メラノーマでよく見られるリン酸化活性がオンになりっぱなしのBRAFではなく、RAS-GTP依存性に2量体を形成する過程の変異が原因で増殖している細胞だけに効果があることを発見する。

次に、やはりRAS-GTP の合成を抑えるNF-1の欠損細胞株についてRMC-4550の効果を調べると、期待通り増殖が抑制される。そして本丸RASの変異についても調べ、驚くべきことにKRASの12番目のアミノ酸グリシンが変異したガンだけで強く抑制がかかることがわかった。即ち、このタイプのRAS変異はSHP2依存的に活性化が維持されていることがわかる。

RASはGDP型とGTP型を変換させてその活性が調節されているが、以上の結果から、活性型のRAS-GTPの上昇に依存して増殖するガンでは、SHIP1阻害剤が効果が見られることがわかった。そこでSHP2と、RAS-GTP上昇の関わりについて調べ、増殖因子シグナルによってSOSが活性化されRAS-GTPを合成する過程にSHP2が必要で、この過程の阻害によりRAS-GTP 濃度が減少し、増殖が低下すると結論している。上流のメカニズムはともかく、RAS経路の変異の中には、RAS-GTPの量に依存性のガン細胞が一定程度存在し、SHP2阻害はすぐ使える治療薬になる可能性を示している。

データを詳しく見ると、この薬剤が効いても、さまざまな新たな変異により耐性が簡単に生じるような印象を持つ。また、がん移植モデルで効果を調べてはいるが、人間で使えるのかを確認するには時間がかかるだろう。しかしながら、この研究を読んで、一つ一つのガンが抱える様々なゲノム変異をできるだけ正確に解釈するアプリケーションの開発が必要だとつくづく思った。でないと、ガンゲノムをいくら調べても、それを治療に結びつけることができる患者さんは限られたままになる。ゲノムも重要だが、このようなインフォーマティックス、それもユーザーフレンドリーなインフォーマティックスの開発にも是非重点を置いた支援が必要だと思った。
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9月6日 炭水化物摂取量と死亡率(The Lancetオンライン版掲載論文)

2018年9月6日
私たちの学生時代は、ドンブリ飯といって、何は無くとも米がエネルギーの元だった。今と比べると、タンパク質や脂肪の摂取量はかなり低かったと思う。実際、我が国のコホート研究の多くは、米食中心の炭水化物依存性が早死にの元だとされていた。

その後、我が国も豊かになり、誰もがローカーボなどと炭水化物制限が健康の維持につながると信じるようになった。しかし本当かどうか、実際には20年を超える追跡調査が必要だ。今日紹介するハーバード大学からの論文は15000人に及ぶ45−64歳の人を25年も追求して炭水化物の量と死亡率を調べた研究でThe Lancetオンライン版に掲載された。タイトルは「Dietary carbohydrate intake and mortality: a prospective cohort study and meta-analysis (食事での炭水化物の摂取量と死亡率:前向きコホート研究とメタアナリシス)」だ。

この調査では、1987年から1989年にかけて、約15000人の45−64歳の人たちをリクルートし、66以上の項目について面接を行い、日常の食事の内容を聞出して、炭水化物のエネルギーに占める割合を計算している。その後25年間、全部で5回にわたって対象を訪問し、生活状態を把握するとともに、毎年電話で生存確認を行っている、かなり念入りなコホート研究だと言える。調べられたのは、25年間でのカロリーのたった20%が炭水化物という人から、8割を超すグループまでハザード比をプロットしてみると、一番死亡率が低かったのが50%を炭水化物でとるグループで、あとは高くても、低くても死亡率が上昇する。とはいえ、最も死亡率が高くなるのは、炭水化物が3割以下のグループで、ハザード比が1.5近くになる。また高くても死亡率は高く、8割を炭水化物でとるグループのハザード比は1.2ほどだ。この結果は、どのような方法でも炭水化物の摂取を抑えすぎると、死亡率を高めるという結果になっている。わかりやすく計算してくれているが、50歳の人の平均余命でいうと、炭水化物の比率が30%の人が29.1歳、50−55%33.1歳、そして65%以上の人が32歳という具合だ。

このコホートから得られた結果を他の様々な国のコホート研究と比べるために、文献を調べるメタアナリシスを行っているが、広い範囲で炭水化物の比率を調べた2つのコホート研究は、このグループの結果と一致しており、低い場合も、高い場合も死亡のハザード比が高い。基本的にはどの研究も、炭水化物はほどほどが良いという結果になっている。

ただ、どんなに結果が美しくても、この結果を炭水化物のせいだけにはできない。管理されたダイエットでなく炭水化物の摂取が少ない人は、動物性の脂肪を多く取る傾向がある。実際詳しく内容をみると、その傾向は強く、また野菜やフルーツ、あるいはホールグレインなどの摂取量も低い。逆に、アジアでの研究では炭水化物の摂取量が多いほど死亡率が高く見えたのも、副食が少ないなどの食事の質を反映するように思う。何れにせよ、所得が上がると炭水化物の摂取量が低下し、これが極端になった人の健康が損なわれるというのがこの論文の結論だろう。 食や栄養についての研究は21世紀の重点課題だが、新しいコホートの仕組みが必要とされる分野だ。今後もウォッチして行きたい。
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9月5日:頭蓋骨髄から直接脳へとつながる血管ルートが存在する(8月27日号Nature Neuroscience掲載論文)

2018年9月5日
医学部の授業の中で、一番苦労したのが骨学、特に頭蓋を観察しながら各部の名前を覚える学習だった。頭蓋から出てくる顔面神経の通る穴を覚えるのが苦手で、自分に構造や立体感覚を捉える才能が皆無であること、また詳細を地道に拾う根気がないことがよくわかった。

今日紹介するハーバード大学医学部からの論文を読んで遠い昔の医学生時代の頃を思い出したのも、この論文が頭蓋から脳内に直接つながる血管を通って白血球が移動することを示した、「え!」と思いたくなる論文だったからだ。タイトルは「Direct vascular channels connect skull bone marrow and the brain surface enabling myeloid cell migration (顆粒球の頭蓋骨髄から脳表面への移動を可能にする直接の血管チャンネル)」だ。

この研究は、頭蓋骨髄と、脛骨骨髄中の血液細胞が同じような動態で炎症局所にリクルートされるのかという素朴な疑問から始まっている。これを明らかにするため、頭蓋と脛骨の骨髄腔に異なる色の蛍光物質を直接注入して色分けし、様々な組織に現れる、脛骨由来および脛骨骨髄由来の顆粒球の割合を調べている。なかなか素朴な方法で、よく思いついたと思う。こうしてラベルした後、末梢血や、脾臓を見てみると、それぞれは混じり合って存在している。

ところが脳卒中を起こさせたマウスの脳組織で調べると、卒中後6時間目の脳組織に浸潤してくる白血球は頭蓋骨由来のものが2倍多い。また、脳に炎症を起こす操作をすると、やはり頭蓋由来の白血球が2倍多いことがわかった。一方、心筋梗塞部位への浸潤でみると、大きな差はない。

この原因の一つが、卒中により誘導される骨髄からの白血球動員が頭蓋からの方が機動的ではないかと考え、骨髄中の顆粒球の数を調べると、卒中後頭蓋骨髄では明らかな好中球の減少が見られており、迅速な動員を可能にする特別なメカニズムが存在するのではと考えられた。

この一つの理由は、頭蓋骨髄では好中球を骨髄内に維持するSDF-1の量が減っているので、卒中により頭蓋だけでSDF-1のレベルを低下させるシグナルが出ているのかも知れない。そして、さらにこの素早い動員の原因を探っていく中で、頭蓋から脳の硬膜外へと続く血管構造が存在し、その中に単球や好中球が存在することを見つける。生きたマウスの頭蓋を共焦点顕微鏡で観察して、この血管内では血流は骨髄腔の方に、好中球は逆に脳の方に移動することを観察している。最後に人間の頭蓋も組織学的に調べ、マウスより少し大きな穴が多数存在し、そこを血管が通っていることを確認している。

以上が結果で、頭蓋だけは脳の炎症に対して迅速に対応する特別な構造を作っていたという話だ。残念ながらこのルートで脳内にリクルートされる細胞の機能については全くわからない。実際、脳は一般的に全身の循環からはかなり独立しているからこそ、ミクログリアなどは発生初期に一回リクルートされるだけだと納得していた。この結果が本当だとすると、白血球系の細胞も脳内に簡単にリクルートされるような気がするが、他の条件で是非調べて欲しい。
カテゴリ:論文ウォッチ