11月26日:時差に潜むガンの危険(12月12日号Cancer Cell掲載論文)
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11月26日:時差に潜むガンの危険(12月12日号Cancer Cell掲載論文)

2016年11月26日
   生物進化の過程を、生物による環境の同化と捉えることができる。例えば今年7月22日に紹介したカメの甲羅の起源は面白い(http://aasj.jp/news/watch/5537)。この時紹介した論文は、カメの甲羅形成に向けての進化は、まず穴を掘るための骨格を形成するため方向に進んだことを主張している。もしこれが正しければ、次のステップで穴そのものが甲羅として実現したことになり、環境を自己に同化したと見ることができる。
   この例にもまして生物による環境の同化を見ることができるのが、概日リズムだ。すなわち、単細胞生物から私たちまで、細胞の一つ一つが地球の自転による太陽光のリズムに合わせて遺伝子転写のリズムを持つようになっている。このリズムは皆さんも感じることができる。それが一足飛びにアメリカやヨーロッパに旅行する時煩わされる時差だ。この意味で、時差を人間の文明が生物進化を犯している典型と考えることができる。と言っても、ホモサピエンスの誕生以来20万年の歴史の中で、時差が問題になったのはほんの五十年ほどのことだ。もちろん、定期的深夜労働などを入れると100−200年の歴史はあるかもしれないが、いずれにせよほんの最近のことといえる。
   当然、自然の摂理に逆らうことが一時的な体の変調を超えて、深刻な影響を及ぼすのではと心配することになる。今日紹介する米国農務省の栄養研究センターからの論文は、時差のある地域を定期的に行き来すると肝臓ガンが発生する危険性が高まるという恐ろしい論文で12月12日発行予定のCancer Cellに掲載されている。タイトルは「Circadian homeostasis of liver metabolism suppresses hepatocarcinogenesis(肝臓代謝の概日リズムの恒常性が肝臓ガンの発生を抑えている)」だ。
   このグループは、部屋の明かりが12時間ごとにオン・オフする部屋を2室用意し、片方のオン・オフ周期が8時間ずれるようにして、例えば日本からヨーロッパに旅行したのと同じ時差環境を用意している。次に、マウスをケージごと、この2つの部屋を1週おきに移動させ時差により概日周期が乱されたマウスを準備している。
   あとは、このように生後4週から概日周期を乱したマウスの寿命、発がん率、そして代謝や遺伝子発現を詳細に調べているが、なんといってもこの研究のハイライトは、普通のマウスの概日周期を毎週乱し続けると、驚くことに8.75%のマウスに肝臓ガンができるという発見だろう。一方、同じ部屋で買い続けて概日周期を維持させたマウスでは発生率は0%だ。いくらマウスの話とはいえ大変だ。これが概日リズムの乱れによることは、遺伝子ノックアウトを用いて概日リズムを乱したマウスでも肝臓ガンが起こることを示して証明している。
   この恐ろしい現象の分子メカニズムを探るべく膨大な実験を行っているが、詳細は省いていいだろう。結論は以下のようにまとめられる。
   概日周期が乱されると、まず肝臓の代謝が変化し、いわゆるメタボ型になる。この結果肝臓は非アルコール性脂肪肝と同じ状態に陥り、実際非アルコール性肝炎まで進む。概日周期は細胞の転写のリズムを形成しているが、これが乱れると転写パターンが変化し、恐ろしいことに肝臓ガン型の遺伝子発現パターンに近づく。さらに、アンドロスタン受容体の発現を上げて、胆汁の肝内うっ滞を誘導し、この作用でDNA損傷などが進んでガンが発生するというシナリオだ。
   恐ろしい話だが、これは動物モデルの話として笑ってすませればいいのだろうか?
  ほとんどの人は毎週ヨーロッパと日本を行き来することはない。したがって、まず気にすることはないだろう。ただ、職業によってはそんな生活が何年も続くことは十分ありうる。今後、この発見を元に国際線の搭乗員を始め、様々な職業で疫学調査が必要だろう。
  もし人でも危険が明らかになっても悲観することはない。この研究は肝ガン発生までの道筋を明確に示した。従って異常を早期発見することは可能だ。さらに、アルドスタン受容体が欠損すると、この危険は完全になくなることも明らかにしている。すなわち、この分子の阻害剤により異常を抑えることができる。
   しかし、脳の活動から生まれた文明と、ゲノムの進化が今ぶつかり合っていることを実感する。
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11月25日:肉芽種性炎症とマクロファージ(11月17日号Cell掲載論文)

2016年11月25日
    卒業後研修医として働き始めた頃は、我が国でも多くの結核患者さんがおられた。私自身は当時講師だった泉孝英先生についてサルコイドーシスの特殊外来にも参加した。両方の疾患とも病理的には肉芽種性炎症疾患と分類され、構造化されたリンパ球やマクロファージの集積によって、一般の炎症と一目で区別できた。病理像の中でも目を引くのは、多核の巨大マクロファージの存在で、結核ではラングハンス細胞、サルコイドーシスでもアステロイドボディーを持った巨細胞が、あたかもオーケストラの指揮者のように存在していた。事実、同じオーケストラも指揮者によって全く異なる演奏ができるのと同じで、それぞれの肉芽の形に合わせて、違うマクロファージ由来巨細胞の顔は異なっている。
   今日紹介するドイツ・フライブルグ大学からの論文は、結核菌をモデルに巨細胞形成の分子基盤に迫った研究で11月17日号のCellに掲載された。タイトルは「DNA damage signaling instructs polyploidy macrophage fate in granulomas(DNA障害により誘導されるシグナルが肉芽での多核マクロファージの運命を決める)」だ。
   この研究では、1)マクロファージを巨核細胞へと誘導するシグナル、2)巨核になるメカニズム、3)巨核細胞が増殖できるメカニズムなどについて実験を行っており、示されたデータは膨大だ。さらに、論文も話が飛んでわかりにくい。従って、著者らの結論だけを以下にまとめる。
  通常マクロファージは、M-CSFなどの作用で増殖するが、ここに様々なサイトカインや病原菌の刺激が入ると、特殊な分化過程をとる。最もわかりやすいのが、RANKL刺激により多核の破骨細胞が分化する過程だが、結核菌(実際にはBCGを使っている)の場合、BCGによりTLR2が刺激され、さらに慢性炎症でTNFなどのシグナルが加わることで巨核細胞への分化がトリガーされる。これにより、マクロファージの発現する分子が代謝や炎症の観点から完全にリプログラムされ、特有の炎症組織形成につながる。
   BCGによる多核形成は、菌がつくるリポタンパク質により細胞分裂がうまく進まないことによりおこる。ただ、普通はこのような細胞はDNA障害が起こり、分裂が止まり、最終的に死滅するが、TLR2からのシグナルにより、DNA合成が続く。この結果、リポタンパク質の刺激は持続し、DNA障害により誘導される様々な細胞反応が起こる。またTLR2はMycの発現を誘導し、DNA障害を乗り越えて細胞の増殖を維持することに寄与する。結果、炎症が遷延し、肉芽種が形成される。
   以上が、マクロファージが多核化しても増殖を続け、また独特の形の炎症像を形成するシナリオで、十分納得できる。実験としては特に目新しいものはないが、あらゆる方法を駆使して、ほとんどの研究者が顧みなくなった肉芽の巨細胞の成立を突き詰めた点には拍手を送りたい。
  ようするにそれほど、肉芽オーケストラの指揮者の顔には魅力がある。   
カテゴリ:論文ウォッチ

11月24日:教科書は書き換えられる(11月18日Science掲載論文)

2016年11月24日
   まず次のウィキペディア収録図を見てもらおう(https://en.wikipedia.org/wiki/Autonomic_nervous_system#/media/File:The_Autonomic_Nervous_System.jpg)。
  これは医学部で誰もが習う自律神経の解剖と生理をまとめた図だが、自律神経には交感神経系と、副交感神経系が存在し、交感神経系は胸部から腰部の脊髄から、副交感神経系は脳神経及び、仙骨部の脊髄から投射していることが示されている。1886年、Gaskellらが報告し、1921年有名なラングレーの教科書に自律神経系の構造として記載されてから今まで疑われることなく、信じられてきたドグマだった。
   もちろん疑われることがなかった十分な理由はあった。自律神経系は、交感神経系と副交感神経が拮抗して内臓の活動を調節しているとされ、例えば瞳孔の散大や収縮はこのドグマに基づいて医療が行われてきた。脳神経由来の副交感神経が来ていない膀胱や外性器などは、腰部からの交感神経に加えてどこからか副交感神経が必要で、仙骨神経は副交感系だとする方が理にかなっていた。
   しかし100年以上信じられてきても、ドグマは書き換えられるためにある。今日紹介するフランス・高等師範学校からの論文は仙骨神経は交感神経であることを示した論文で11月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「The sacral autonomic outflow is sympathetic(仙骨からの自律神経投射は交感神経だ)」。
   おそらくこのグループは神経発生を研究するうちに、仙骨からの神経発生過程で副交感神経特異的な分子マーカーが染まらないことに気づいたのだろう。研究では、副交感神経の代表、迷走神経発生過程での分子発現を、胸部交感神経、及び仙骨からの自律神経発生と比較し、仙骨からの自律神経系発生過程が、副交感神経系発生とは全く異なり、逆に交感神経の発生過程で発現する分子が出ていることを明らかにしている。
   はっきり言うと実験はこれだけだが、この分子マーカー発現に基づき、仙骨神経は、骨盤神経節に集まり、腰部からの交感神経とともに、直腸、膀胱、外性器を支配すると結論している。たしかに解剖学的に見ると、仙骨神経と脳神経が同じ副交感系を作ると考えるより、副交感系は脳神経、それ以降は全て交感系と考える方がすっきりする。しかし、では直腸、膀胱、ペニスなどの外性器の自律神経支配は説明がつくのかと心配になる。特に排便、排尿などの調節は重要だ。
   これについても著者らは明快で、これまでの生理学的研究は先入観に基づくもので、これらの臓器は交感神経だけで支配されていると考えても、生理学的に説明がつくと主張している。
   これほど明確なパラダイムシフトが提案されたからといって、この考えがドグマになるためには様々な検証が必要だ。しかし、排便、排尿だけでなく、性機能など人間にとって重要な生理機能がもう一度検討され直し、新しい治療法の開発に繋がる確率は高い。
   しかし驚いた。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月23日:芸術は科学で説明できるか?(10月30日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2016年11月23日
Adobe Photoshop PDF    最近読んだ本の中でオススメを一冊選ぶとすると、記憶研究でノーベル賞を受賞したエリック・カンデルの「Reductionism in art and brain science: Bridging the two cultures (芸術と脳科学における還元主義:二つの文化を橋渡しする)」だ。今年の9月に出たばかりでまだ邦訳はないが、訳されるのもそう遠くないと思う。
    いろんな読み方ができるだろうが、私にとってマーク・ロスコの絵が表紙に使われているこの本で取り上げられた問題は、「なぜ抽象絵画が私たちの心を揺さぶることができるのか?」だと思えた。
   これに対しカンデルは、ターナー、モネ、カンディンスキー、モンドリアン、クーニング、ポロック、ロスコ、ルイス、フラビン、タレル、カッツ、ウォーホールなど絵画を解説しながら、それぞれの画家が「見たもの」をどのように要素還元したのか、そしておそらく直感的に行われた還元過程が、視覚認識についての脳科学からみていかに理にかなったことかを説明している。
   要するに、カンデルの答えは、「私たちが視覚認識として行っている様々な脳過程の一部を、画家が直感的に取り出して表現しているのが抽象絵画である」とまとめていいだろう。
   カンデルの美術に対する専門的な造詣の深さに感心するとともに、その脳科学に基づく説明に納得し、舌を巻いた。もちろん、この説明が正しいかどうかを問うても意味がない。面白い説明に出会うとともに、抽象絵画も理屈から楽しむ可能性があることがよくわかった。カンデルの提案を頭に入れて、NY近代美術館をもう一度訪れたいという強い気持ちが湧いてきた。
   これと比べると、音楽の歴史を単純に要素還元的に説明することは難しいような気がする。これは、絵画と違って、音楽はもともと抽象的で、コンテンツそのものがないからだろう。これを研究するのは大変だが、それでも今日紹介するバルセロナ大学からの論文のように、音楽を聞いたときの快・不快をなんとか分析しようとする研究も行われている。タイトルは「Neural correlates of specific musical anhedonia(音楽特異的な不感症の神経的基盤)」で、10月30日号の米国アカデミー紀要に掲載されている。
   この研究では、45人の大学生を、筆記テストで、音楽好き、普通、無関心にわけ、次に古典から現代まで様々なクラッシック音楽を聴かせて、1)好感度の採点、2)皮膚伝導計による興奮度の測定、3)機能MRIによる脳活動の測定、を行い、音楽に対する感受性の違いを脳科学的に説明しようと試みている。
   詳細を省いて結果をまとめると、
1) BMRQと名付けられたテストで特定した音楽不感症の人は、快い音楽も、不快な音楽にも同じような身体的反応を示す。(ちなみにここで不快な音楽とは例えばシェーンベルグの弦楽四重奏曲3番)
2) 一方、音楽好きだけでなく、普通の人も、ぞくぞくする音楽には強く反応する。(ちなみにここでぞくぞくする音楽とは例えばベートーベンの第9交響曲と、チャイコフスキーのクルミ割り人形の中のシュガープラムの踊り。)
3) 音楽好きの人は、MRI検査で側坐核を含む腹側線条体が好感度の高い音楽ほど反応する。しかし、音楽不感症の場合は逆に興奮が低下する。一方、ギャンブルでの喜怒哀楽については、音楽好き、不感症を問わず、大体同じ。
4) 音楽不感症の人では、一次聴覚野から側坐核への神経結合がもともと低下している。
    要するに、音楽不感症に対して脳科学から一定の説明が可能だと主張している。しかし、この論文は始まりに過ぎないだろう。今年7月21日にここで紹介したように、人間が生まれついて持っているハーモニーへの感覚でさえ、文化と教育の産物であることがわかってきた(http://aasj.jp/news/watch/5533)。これは言葉の獲得と同じだ。
   像がコンテンツとして外的、内的に存在する絵画と異なり、音楽に対する私達、あるいは音楽家の行動を脳科学的に説明するには、まだまだ調べなければならないことが多い。実際、この論文を読んでいて、いくら音楽不感症とはいえ、ベートーベンの音楽と、シェーンベルグやウェーベルンの音楽に対して同じように反応するとは到底信じられなかった。
   いずれにせよ、この論文も、カンデルの著書も、芸術と科学を二つの文化として並置するのではなく、なんとか接点を求めようとする試みが21世紀に求められていることを伝えようとしている。カンデルの本が、CP Snowがかって表明した「二つの文化に接点はない」というテーゼの説明から始めているのも、接点は必ずあるという信念があるからだろう。ぜひ若い人たちに読んで欲しい本だ。
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11月22日:リン酸化Tauはアルツハイマー病の神経死を防ぐ(11月18日号Science掲載論文)

2016年11月22日
    アルツハイマー病の病理像の特徴は、細胞外にβアミロイドが蓄積し、細胞内にはリン酸化Tau分子を含む線維性のタンパク質の凝集が起こることだ。ただ、細胞の内と外とは言え、両タンパク質の相互作用により、異常蓄積が起こると考えられている。例えばTauタンパクをノックアウトするとβアミロイドの毒性が消失することが知られており、両者の密接な関係を示唆している。
   今日紹介するオーストラリア・New South Wales大学からの論文はこの過程に関わるリン酸化酵素を特定しようと研究するうち、思いもかけずリン酸化Tauがβアミロイドの毒性を抑制することを発見した論文で11月18日号のScienceに掲載された。タイトルはズバリ「Site-specific phosphorylation of tau inhibits amyloid β toxicity in Alzheimer’s mice(アルツハイマー病マウスでTauの部位特異的リン酸化はアミロイドβの毒性を阻害する)」だ。
   この研究はアミロイドβがグルタミン酸受容体を介して示す神経毒性を、PTZによる痙攣発作誘導の強さで測定する方法を用いて調べる実験系で、p38ファミリーのリン酸化酵素遺伝子をノックアウトして痙攣発作を調べ、リン酸化酵素を特定しようと試みている。αからδまで四種類のp38遺伝子をノックアウトしたマウスの痙攣発作を調べると、p38γをノックアウトしたときだけ痙攣が強くなり、またアミロイドβを過剰発現するマウスと掛け合わせると記憶の低下が促進される。 すなわち、p38γによるリン酸化がアミロイドβの毒性を抑えている可能性が浮上した。
   次に、このp38γノックアウトによる効果とTauとの関わりを調べるため、Tauノックアウトマウスと掛け合わせる実験を行い、アミロイドβの神経毒性にはTauタンパクが必須であることを明らかにした。
   最後に、Tauリン酸化からアミロイドβによる痙攣までの生化学的プロセスを検討し、Tauの205番目のスレオニンのリン酸化により、シナプスの足場になるPSD-95分子と、Tau, そしてリン酸化酵素Fynの結合が阻害されることで、アミロイドβの神経毒性が低下することを明らかにした。
   話はこれだけだが、これまでリン酸化Tauというと全て悪者扱いしていたが、2o5番目のスレオニンのリン酸化はアルツハイマー病での神経毒性を抑えているという、思いもかけない結果だと思う。
   最近紹介したBACE阻害剤の開発研究(http://aasj.jp/news/watch/6016)といい、アルツハイマー病の研究は一段と加速している印象がある。論文ウォッチャーとしては興奮が途切れない、面白い時代に入った。
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11月21日:眠っているとパーキンソン病の運動障害は正常化している(11月16日号Journal of Neuroscience掲載論文)

2016年11月21日
    パーキンソン病の運動障害に視床下核の刺激が効果があるのは、ドーパミン欠乏により視床下核の脳活動のβバンドと呼ばれる12−20Hzの電気振動と運動支配の脳ネットワークが乖離するのを深部刺激で止めるからだと考えられている。すなわち、視床下核のこの活動と運動とのリンクの重要性を示しており、患者さんでは運動時にβ振動との乖離がにより運動開始がうまくいかないと考えられている。実際、パーキンソン病の患者さんも火事場の馬鹿力がでて、家からいち早く逃げることができるのが知られている。さらに面白いのは、パーキンソン病の患者さんも、睡眠中、特にREM睡眠時に体が動くときは運動がスムースに進むことが広く知られていることだ。すなわち、運動の開始を抑制するネットワーク支配から乖離できれば、スムースな運動が可能になる。
   今日紹介するスイス・チューリッヒ大学からの論文はREM睡眠中の運動が視床下核のβ振動のロックの影響から逃れているのか生理学的に調べた研究で11月16日号のJournal of Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Electrophysiological evidence for alternative motor networks in REM sleep behavior disorder (REM睡眠中の運動には、通常運動とは異なる運動ネットワークが関わっていることの電気生理学的証拠)」だ。
   研究ではREM睡眠中にスムースに運動することが確認された4人のパーキンソン病の患者さんに設置された深部刺激用の電極を通して視床下核の電気活動を記録するとともに、脳波を同時記録し、他の脳の活性との同調性を計算している。
   これまで知られていたように、視床下核ではβ振動が覚醒中と、REM睡眠中に見ることができる。パーキンソン病患者さんではこのβ振動が覚醒時の運動中に低下するのに対し、REM睡眠中では逆に促進する。
   次に脳波から見られる脳活動と、視床下核のβ振動との同調性を調べ、運動時の脳と視床の連動性を調べると、REM睡眠中だけβ振動と脳波との同調性が低下することを見出している。
   あと運動開始とβ振動の時間的関係などを詳しく調べているが、患者さんにお願いして調べさせてもらっているので結果はここまでだ。あとは、これまでの論文などと合わせて以下のような結論に到達している。
  おそらく脳皮質から視床下核へのインプットが運動の阻害に関わっており、この間にどの運動を始めれば良いのかなどが統合的に決定される。パーキンソン病患者さんではこの運動開始を支配するネットワークが、ドーパミン依存性の基底核とリンクしており、ドーパミン欠乏下ではうまくいかない。ところが、REM睡眠中には運動開始が抑制されるより前に脳皮質からの刺激が入るが、睡眠により運動を支配する基底核の抑制性活動はバイパスされるため、他のまだわからないネットワークに運動が依存する。この結果、視床下核のβ振動とリンクを保てることでスムースな運動が可能になっているというものだ。
   残念ながら、この基底核をバイパスした時に働くネットワークのメカニズムについては全く不明だ。しかし、この理解が進めば、深部刺激と同じように、ドーパミン欠乏状態でもスムースな運動を可能にする方法が開発できる可能性がある。生理学は苦手だが、今後もこの分野を注視したいと思っている。
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11月20日:先入観にとらわれないCRISPR/Cas9の利用(Natureオンライン版掲載論文)

2016年11月20日
    CRISPR/Cas9は遺伝子編集と名付けられているが、編集というには、自由に中身を変更することが必要だ。ところが、今の所この技術を使って中身を変化させる、すなわち特定の場所に他の遺伝子配列を導入することは簡単ではなかった。
   今年の5月、この技術を用いて遺伝子ノックインが難しい原因を、Cas9が相同組み換え中にもう一度遺伝子を切断するからではないかと考え、用いるオリゴヌクレオチドを工夫して正確な遺伝子置換ができることを報告したロックフェラー大学からの論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/5208)。ただ正確とはいえ、遺伝子置換の効率から見ると低く、この技術を活かしたとは言い難い結果だった。
   この研究からわかるのは、ほとんどの人がノックインには相同組み換えが必要だと考えてしまうことだ。これに対し、今日紹介するソーク研究所からの論文は、ノックインには相同組み換えを必要とする考え自体が間違っているのではないかと条件を見直した研究でNatureオンライン版に掲載されている。Joan-Carlosの研究室からで、筆頭著者の鈴木さんもそうだが、多くの日本人が彼の研究所で働いているのに驚いた。タイトルは「In vivo genome editing via CRISPR/Cas9 mediated homology-independent targeted integration(相同性に基づかない遺伝子ノックインにより生体内でCRISPR/Cas9による遺伝子編集が可能になる)」だ。
   この研究ではまず、緑の蛍光を発するGFPを赤の蛍光を発するCherryで置き換えるモデル実験系で、置き換える遺伝子が、GFPに相同な遺伝子を持つ場合と持たない場合で効率を比べている。遺伝子にdouble strand breakが入ってからの修復には断端部が結合するend-joiningと相同組み換えが働くが、導入する方の遺伝子に相同部分がないと、end-joiningになる。様々なコンストラクトを試しているが、修復メカニズムについてしっかりとした知識の上に研究が組み立てられた実験だ。CRISPRを単純な方法としてしか理解しない研究者には生まれない発想のいい研究だ。このことは、ノックインする遺伝子にもCas9の標的配列を組み込んでいることからもよくわかる。
   結果はこれまでの先入観を覆し、導入する遺伝子が標的遺伝子と相同な配列を持たない場合の方が高い効率で、しかも正確にノックインが可能になっている。End-joiningには欠失や変異が多いと考えていたが、ノックインするだけなら気にする必要はないという結果だ。
   この研究のハイライトは相同組み換えを用いないことが高効率のノックインの条件であることを示した点に尽きる。後は、この結果に基づいて、増殖が止まった神経細胞でも遺伝子置換を高効率で誘導できること、そして最後に網膜色素変性症のモデルラットを、アデノ随伴ウイルスベクターを用いて遺伝子置換を試み、遺伝子導入した眼球のみ視力が回復することを示している。
   これだけでも十分だが、今度は静脈注射による遺伝子導入で、筋肉、心筋や肝臓細胞を標的にする遺伝子編集が可能であることを示している。実際、5−10%細胞で遺伝子置換が起こっており、臨床的に効果が期待できるレベルだ。たしかに遺伝子挿入や欠失も起こっているが、導入する遺伝子にのりしろが十分あれば問題にならないだろう。
   この研究は、多くの遺伝子疾患に対する遺伝子編集の応用が現実に近づいたことを示した重要な貢献だ。早く臨床応用されることを多くの遺伝病の患者さんが期待している。
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11月19日:効くインフルエンザワクチン開発への努力(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2016年11月19日
今猛烈な勢いでインフルエンザ感染が拡大しているようだ。先週もいろんな方と出会ったが、何人か咳やくしゃみで具合が悪そうだった。そうこうするうちに、私も急に鼻水とくしゃみに襲われ、今所用で東京にいるが、なかなか仕事に集中できない。この文章もくしゃみの合間に書いているという有様だ。今の所全身症状は少なく、インフルエンザかどうかわからないが、できることはこの週末無理をしない程度が関の山だろう。
   今の所、インフルエンザの予防にはワクチン接種しかないが、医師も含めて多くの人があまり効果がないと思っている。実際、科学的なサーベーで、成人でもワクチンが効果を示すのは60%で、幼児や高齢者になるとさらに効果は落ちる。
   しかし、免疫学者にしてみれば、「残念ながら効果は低い」と言うこと自体が敗北になるはずだ。なぜ効果が低いのか?どうすれば効果のあるワクチンを開発できるのか?ワクチンに対する免疫反応を詳しく調べてこの問題にチャレンジしたのが今日紹介するテキサス大学からの論文でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Molecular-level analysis of the serum antibody repertoire in young adults before and after seasonal influenza vaccination (流行とは関係なく季節的に行うインフルエンザワクチン接種前後の抗体レパートリーの分子レベルの解析)」だ。
   通常のワクチンには二種類のA型インフルエンザウイルスと、一種類のB型インフルエンザウイルスの赤血球凝集素(HA)が混合されている。この研究の重要性は、ワクチンに対する反応を、通常抗体のアッセイとして行われる赤血球凝集反応だけでなく、抗体のアミノ酸配列レベルで解析している点だ。接種前及び接種後20日、180日目の血清を採取、抗原で抗体を純化し、そのアミノ酸配列を質量解析法で調べている。これにより、ワクチン接種前に存在した抗体のレパートリー、ワクチンにより新たに出現したレパートリーを比べ、免疫反応動態を明らかにできる。ただ、大変大掛りな実験で、この研究でも4人の青年について解析するのが精一杯だったようだ。
  これにより、ワクチン接種前には6種類の抗体しか持っていなかったのが、免疫で40から150種類にまで上昇する。ただ、種類は増えても、実際にはトップ6%のクローンが、抗体全体の60%を占めている。そして面白いことに、接種前に存在する抗体の種類が少ない人は、免疫後多くの種類の抗体ができることがわかった。すなわち、免疫前に持っている低いレベル抗体が、新しい抗体のできるのを抑制している可能性が示された。
   これらは、詳しい免疫動態の解析で、なるほどと納得するだけだが、この研究のハイライトは特定された抗体の中にH1とH3型の両方の赤血球凝集素(HA)に結合できる抗体は、通常のインフルエンザ抗体測定に使われるHA阻害効果は全くないが、強い予防効果があるという発見だ。
   構造解析から、この抗体はHAが3量体を形成すると隠される領域に対する抗体で、3量体のHAには阻害効果がないが、HAが細胞膜上で形成されるのを阻害し、感染予防効果が強いということが明らかになった。さらに、この抗体はH1、H3だけでなく、他のタイプのHAにも結合するため、ユニバーサルなワクチン開発につながる点だ。
   長くなるので、この辺で紹介はやめる(またクシャミ)。
   ゲノム研究が進んで、抗原側の解析は進んだが、実際のヒトの免疫反応をクローンレベルで調べる研究はほとんどない。ヒト免疫反応の詳しい解析を通してしか効果のあるワクチン開発はないこと、さらにそのための方法論を示した点で、重要な研究だと思う。
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自閉症は人類進化に必須の性質(11月15日Time & Mindオンライン掲載論文)

2016年11月18日
    今日紹介するのは研究論文ではなく、人類進化において、自閉症傾向を持つ人の存在の重要性を考察した総説で、考古学に関する雑誌Time & Mindの11月15日号に掲載されている(http://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/1751696X.2016.1244949)。論文はOpen Accessなので専門家だけでなく、グーグル翻訳などを使ってもぜひ一般の方も一読されることをお勧めする。タイトルは「Are there alternative adaptive strategies to human pro-sociality? The role of collaborative morality in the emergence of personality variation and autistic traits (人間の社会性にとっての適応戦略に他の選択肢はあるか?変わった個性や自閉症的性質の誕生に果たす共同的道徳性の役割)」だ。
   現役を退いてから、「17世紀、科学の誕生とともに排除された非唯物論的因果性が、ダーウィンによりもう一度新しい科学の対象として復活し、21世紀にさらに大きく発展すること」というシナリオについて、講義をしたり、本にまとめるためのノート作りに励んでいる。ただ、科学論文を読めばよかった現役時代と異なり、本を読む必要があり、めぼしい本はかたはしからKindleに放り込んでいる。現在ノート作りは最も苦手な脳研究から人類進化にさしかかろうとしており、この分野には特に重点をおいて本を集めている。この中には今日紹介する論文の著者、Penny Spikinsの「How compassion made us human(思いやりの心が私たちを人間にしたか)」もあり、特に興味を持ってこの総説を読んだ。
   読んでみて、この総説は人類進化と自閉症について、多くのヒントを与えてくれたと満足している。
著者らの問題は「なぜ社会性に問題があるとされる自閉症が、今も淘汰されず1−2%という高い頻度で存在しているのか?」で、これに対して「共同的道徳性の誕生が人類進化の必要条件だが、これには多様な人材を擁することが重要になる。自閉症的傾向を持つ人材は、一つのタイプとして必要とされ、また尊敬されることで、進化で淘汰されることはなかった」という答えが結論になっている。
   総説では、この可能性を裏付ける様々な証拠を列挙しており、これが面白い。ほんの一部だが、紹介しておこう。
   まず、個人や家族の力量だけが問われる段階では、他の個体との関係に苦労する自閉症の人は淘汰される確率が高い。しかし、人類進化でうまれた共同的道徳性(Collaborative Morarity)の社会が生まれると、状況は一変する。この社会は多様な人材を必要とする社会で、いわゆる変わり者の能力を必要とした。
   この総説で議論しているのは、知的障害のない自閉症についてだが、これは全自閉症の7割を超え、全人口の1−2%になる。
   自閉症は社会性が欠如しているとよく言われるが、それには反対している。自閉症の人たちは、私たちが持っている、他の人も自分と同じように考えているとするTheory of Mindの代わりに、他人の意見に流されない、法則に従うようなTheory of Mindを持っていることを強調している。この例として、自閉症の人には数学者、物理学者、技術者、そして法律家が多いことをあげている。
   また、原始社会でも、誰もが新しい石器の作り方を考案できたわけではなく、おそらく狩りは下手でも道具作りのイノベーションを起こせる人材がいる社会だけが、道具を進化させ、他の社会を淘汰したと考えられる。そしてこのイノベーションには自閉症を持つ人が大きく貢献したのではと議論している。
   さらに、社会自体の維持にとっても、自閉症の人は大多数の意見に流されず、冷静に状況を判断できる点で、社会の存続に大きく寄与したと考えている。実際、トランプ現象をみると、私たちがいかに大勢に流されるかよくわかる。この状況を打ち破れるのが、「連帯を求めて孤立を恐れない」自閉症の人たちで、その人たちを尊敬する社会が最終的に持続可能な社会と言えるのだろう。自閉症の人が、確固たる法則を重視し、大勢に流されないことについては論文もあるようだ。
   進化は、生殖優位性だが、共同的道徳性の社会では、新しい技術を生み出し、また大勢に流れようとする社会に警告を発することができる自閉症の人は、異性にもてるという文化人類学的証拠を示している。このため、決して淘汰されることはない。それどころか、優れた社会では自閉症児の数は逆に増える。
   この結果が、自閉症には100を越すゲノム領域が関わるという複雑さで、複雑な選択を受けてきた結果だろう。まさに自閉症が「Neurodiversity」のみならず「ゲノム多様性」の駆動力になっているのがわかる。また、最近自閉症と相関する幾つかの遺伝子や遺伝子多型が、ホモサピエンスに存在しても、ネアンデルタールに存在しないことが示され、自閉症に関わるゲノムが生殖優位性を持っていることも示されていることも強調している。
   最後に、自閉症を持つ人が積極的に維持されたことについての考古学的証拠についても列挙している。例えば「複雑な技術的イノベーションが石器などの道具で起こっていること、あるいは常識に惑わされず法則を導き出すことで可能になる地図や暦の発見」などが議論されているが、これを自閉症と関連づけるためには、遺伝子解読や、現存の比較的未開部族についての文化人類学的研究が必要だろう。
  以上のような様々な議論を経て、
1) 共同的道徳性の社会には自閉症の人は、社会に一つではなく、もう一つの選択肢を与えて、社会を強靭にした。
2) 特に、大勢に流されず、イノベーションを起こし、確固たる法則に基づいて社会を導く点で貢献している。
3) このように、自閉症を社会性の欠如ではなく、もう一つの社会性として積極的に評価することで、人類進化に対する新たな視点が生まれる。
と結論している。
  トランプを筆頭に、世界中で多様性を排除する動きが高まっている。おそらくその先には、人類滅亡しか見えないのは私だけだろうか。 一般の人にも、グーグル翻訳などを使ってぜひ読んで欲しい総説だ。しかしこの総説を読みながら学生運動時代の「連帯を求めて孤立を恐れず」というフレーズが浮かんできた私は、もう遺物になっているようだ。
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11月17日:冠状動脈疾患への遺伝と生活習慣の関与(11月15日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2016年11月17日
我が国でも、個人のゲノムを解析して様々な病気のリスクを割り出す遺伝子診断サービスが幾つかの会社から提供され、広く普及とは言えないまでも、徐々に広がりを見せているようだ。しかしいつも問題になるのが、病気になりやすいことがわかっても、手が打てなければ何の意味もないのではという疑問だ。これに対し、私もそうだが個人ゲノム解析の推進派は、「生活習慣を改善して病気にならない努力は、病気の遺伝リスクを知って初めてできる」と答えてきた。しかし、このことを本当に確かめるためには、遺伝リスクと生活習慣の両方をモニターした大規模な追跡調査が必要になる。
   今日紹介するマサチューセッツ総合病院を中心とする論文は、この問題を正面から取り上げた研究で11月15日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Genetic Risk, adherence to a healthy lifestyle, and coronary disease(遺伝リスク、健康的ライフスタイル、そして冠動脈疾患)」だ。
   この研究では1987年、1991年、1992年に始まった中年から高齢の人たちを対象とした3つの大規模追跡調査データをもとに、遺伝リスクと生活習慣を調べ、冠動脈に起因する病気の発症と相関させている。遺伝リスクについては、五十種類の冠動脈疾患に関わるSNPを調べ、この結果を総合してリスクを数値化している。ライフスタイルについては、喫煙、肥満防止、そして自己申告に基づく食事を総合して、好ましい生活スタイルなどを総合して数値化している。
   遺伝と生活習慣のリスクをそれぞれ3段階に分けて、冠動脈疾患発症率を調べてみると、遺伝リスクの高い人ほど発症率は高く、また好ましくないライフスタイルほど発症率は高い。これは3つの調査すべてに当てはまり、遺伝リスクと、ライフスタイルリスクは、それぞれ独立に冠動脈疾患発症に寄与している。
   では遺伝リスクが高い人は、ライフスタイルを改めれば少しは病気を防げるのか?この研究では、3つの調査について別々に計算しているが、結果は期待通りで遺伝リスクが高い人ほど、ライフスタイル改善効果が高いという結果だ。著者らも、この点を強調したディスカッションを展開している。
  しかしよくデータを見てみると、遺伝リスクの高い人がライフスタイルを改善した場合の発症率は、生活スタイルを気にしない遺伝リスクの低い人の発症率のレベルになんとか近づいている程度で、どこまでも遺伝リスクはついて回ることも確かそうだ。もちろん、遺伝リスクの低い人が生活スタイルを改善すれば、もっと発症率は減る。
   結果は以上だが、推進派の私としては、やはり著者らと同じで、リスクを知って、生活スタイル改善の重要性を認識することが病気を防ぐと言っておきたい。おそらく次に重要なのは、遺伝子リスクを知って節制に努めた人、努めなかった人を、リスクの低い人と比べることだろう。このような調査には大変な努力が必要だ。ぜひ遺伝子検査を受けた人たちの大規模調査が行われることを願う。
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