2月4日 統合失調症の異常回路を直す(1月30日American Journal of Psychiatryオンライン掲載論文)
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2月4日 統合失調症の異常回路を直す(1月30日American Journal of Psychiatryオンライン掲載論文)

2019年2月4日

ガンの免疫療法が最近急に注目を集めるようになった最大の理由は、ガンに対する免疫過程を正確にモニターし、効果の予測が可能な科学的な治療を行うことができるようになったからだ。実際、私が大学に勤めている頃は、ガンに対する免疫がいつも成立しているかどうかすら確認することは簡単ではなかった。

当時の免疫学と同じような状況が、統合失調症など多くの精神疾患にも当てはまるような気がする。精神疾患の背景には、大脳の神経ネットワークの異常があると考えられるが、様々な症状と、脳の神経ネットワークの因果関係を特定することは、様々な脳内の画像解析法が進歩した現在でも簡単ではない。また、「脳内ネットワークの異常と症状の因果性が確定したとしても、現在ではその回路を繋ぎ直すことは難しい。・・・」と考えていたが、なんとそれができることを示した論文がハーバード大学のベス・イスラエル病院からAmerican Journal of Psychiatry オンライン版に発表された。タイトルは「Cerebellar-Prefrontal Network Connectivity and Negative Symptoms in Schizophrenia (小脳と前頭前皮質のネットワーク結合性と統合失調症のネガティブ症状)」だ。

この研究が注目したのは統合失調症の症状の中でもnegative symptomsと呼ばれる、普通の人にはあっても患者さんで失われている性質だ。例えば、感情的な反応、モチベーション、社会性、自発的動き、などの喪失はすべてnegative symptomsだ。このような喪失は、それぞれの過程に必要な脳内ネットワークの欠損によると考えるのが一番自然だ。すなわち、神経結合が低下しているため、行動が低下すると考える。

この研究ではまず44人の統合失調症患者さんの機能MRIを撮影し、negative syndromeと相関が高い脳内の結合を探索し、特に右脳の背側外側前頭前皮質と小脳との結合が低下するとnegative symptomが高まることを確認する。

これまでこのような研究は何度も行われていると思うが、negative symptomに焦点を当てたことがこの研究の特徴だ。さらに、症状との相関を確認した後、この研究ではなんと頭蓋の外から電磁波を照射して特定の場所の神経結合を高めることがわかっているTMSを一日2回、5日間照射することで、この結合を高めて、症状を変化させられないか調べている。

データを見ると、照射した7人のうち、3−4人で結合の明確な改善が見られ、また一人では悪化が見られている。症状についてみると結合が変わらなかった一人を含め、5人でnegative symptomが改善している。また、脳全体を調べて、症状改善が基本的には前頭前皮質と小脳との結合の改善の結果だと結論している。

結果は以上だが、本当なら特定のネットワークの異常を治すことで症状を改善するという因果的な治療が可能であることを示した画期的な研究のように思う。もちろん、統合失調症の全症状をもたらす多くの脳の変化については複雑で、この研究では全く扱うことができていない。また、今回の結果も統合失調症に特異的かどうかは分からない。従って、統合失調症の治療としては、今後も薬剤により全体の活動を調整する方針を変えるまでにはいかないだろう。しかし、神経管の結合を標的とする治療が可能であることを示せた点で、何か新しい時代を感じさせられる。同じように、自閉症など発達期の障害がうまく治療できないか、期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月3日 脳波から聞いている声を再現する(1月29日Scientific Reports掲載論文)

2019年2月3日

脳はすべてのことを神経細胞が興奮するパターンで表象している。このパターンを読み解けば、今脳に入っている現実の刺激や、これから取ろうとしている行動を知ることができる。これをうまく利用したのが、昨年このコラムで紹介した、脊髄神経を硬膜の外から刺激して脊損の患者さんが歩けるようにした新しい治療法(http://aasj.jp/news/watch/9166)で、特に失われた脳機能を補う方法の開発には極めて重要な分野だ。

今日紹介するコロンビア大学心と脳の研究所からの論文は、人の声を聞いている時の脳活動を分析して、その活動パターンから聞いている音を再現しようとする研究で1月29日号のScientific Reportsに掲載された。タイトルは、「Towards reconstructing intelligible speech from the human auditory cortex (人間の聴覚野の活動からはっきりとした言葉を再構成するために)」だ。

この研究は、いわゆる機械学習研究とはなにかを知るには最適の研究だと思うが、このためのメインのコンピューターアルゴリズムの設計については私は全く理解できていないので、気になる人は是非原文を読んでほしい。Scientific Reportsはオープンアクセスの雑誌だ。

さて、同じような試みはこれまで行われており、私も2ー3の総説を目にしたことがある。ただ、ほとんどの研究は音を聞いている脳活動を頭蓋の外から記録する脳波や脳磁図を用いていた。この研究の最大の特徴は、音が最初に感じられる聴覚野に直接クラスター電極を埋め込んだ、てんかんの患者さんを用いて脳の活動を拾っている点で、これにより一段高い精度で脳活動を記録することができる。

その上で、この記録したパターンのどの情報を処理すべきか、機械学習の際に用いる回帰分析モデルにはなにを使うべきかなど、また、処理したあと声として再現するためどの波長の音を重ね合わすかなど、一つ一つ検討して、線形回帰モデルではない(当たり前と思うが)、deep neural networkモデルを用いて脳活動を処理し、それをVocoderと呼ばれる方法で再現することで、かなり正確で、さまざまな音素も重なった声を再現することに成功している。正門表の比較があるが、一見したところその一致率は高い。

その上で、脳活動も長い周期の波と、短い周期の波で表彰される両方の要素を統合した方がよく、学習を重ねれば重ねるほど精度は上がり、脳活動を記録する電極も多いほどいいことをしめし、この再現がまさにAI、機械学習過程そのものであることを示している。

結果は以上で、要するに今機械学習分野を席巻しているdeep neural networkを用いて機械学習を繰り返せば、聞いている音を再現することが可能であることを示している。詳細はわからないにしても、何の不思議もない話だが、声という視覚よりは少ない情報だが、十分複雑な情報を処理するという点では、将来性が感じられる研究だと思う。

いずれにせよ、処理のためのフレームワークは明らかになったので、今度は直接脳記録ではない脳波などの脳活動の記録から、どこまで同じ精度の声を再現できるのかなど技術的な見当が必要になるだろう。

もし自分がこの分野で働くとしたら、おそらく聞いてきた声を後で思い出す時の聴覚野の活動から声が再現できるかをゴールにするなと思いながら、機械学習の将来に夢を馳せている。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月2日 単純な発想でガン免疫を高める治療(1月30日Science Translational Medicine掲載論文)

2019年2月2日

チェックポイント治療は、ガンに対する免疫がすでに活性化されているという条件で、その反応にブレーキがかからないようにする治療だ。ただ、全ての人がガンに対する免疫を誘導できているわけではないため、全く効果が見られない人も多い。このためバイオマーカーを用いて効果を予想する方法の開発が進められているが、逆に言うとこの手法はチェックポイント治療という点だけに絞れば患者さんの選別と切り捨てを意味する。これに対し患者さんを選別することなく、ガン局所に免疫刺激剤を注射してガンに対する免疫を高める様々な方法の開発が進んでおり、その成功例をちょうど一年前にこのコラムで紹介した(ガン免疫を誘発する戦略としてのNK細胞 http://aasj.jp/news/watch/8038)。

 今日紹介するのは米国のベンチャー企業Modernaが1月30日発行のScience Translational Medicineに発表した論文で、ガン免疫を高めるという意味では同じ方向の研究だが、必要な免疫活性物質そのものではなく、そのmRNAをリポソームで包んでガン局所に注射する方法の前臨床研究だ。タイトルは「Durable anticancer immunity from intratumoral administration of IL-23, IL-36g, and OX40L mRNAs(ガン内に注射した IL23、IL-36γ、OX40をコードするmRNAは長期間続くガン免疫を誘導する)」だ。

mRNAを直接細胞に導入してタンパク質を作らせるデリバリー手段の開発は多くの企業で進められているが、この会社はアミノリピッドを外郭に用いるナノ粒子を用いる独自の方法を開発している。ただ、この研究ではこの技術が優れているのかどうかは分からない。すなわち、基本的にはどのmRNAを投与すればガン免疫が高まるかを調べており、最終的にOX40,IL-36γ,IL−23の3種類のmRNAを一緒に詰め込んだ場合に最も高い効果が得られることを、マウスにガンを移植する実験系で見つけている。

このmRNAメンバーを見ると、OX40LでT細胞の増殖生存を高め、IL23とIL36で眼の周りに強い炎症を誘導するという戦略だ。これまで、ガンの周りの炎症は一般的に直りを悪くすると考えられてきたが、この組み合わせでは特に自然免疫が高まる仕組みになっており、OX40Lだけでは根治できないガンも、動物実験とはいえ根治できている。面白いのは、この効果がCD8陽性細胞に完全に依存している点で、CD4細胞を除去しても効果がある。とはいえ、このmRNAを注射すると、CD8,CD4のみならず様々なタイプのT細胞が集っており、相乗効果を表すのかもしれない。何れにせよ、調べられたガンに関しては、効果が絶大と言える。

もう一つ重要な点は、これらのmRNAをガンの中に注射する時に効果を発揮する点で、転移巣がいくつかあるという状況でも、一つの癌組織にこのカクテルを注射するだけで、他の転移巣も縮小させることができる。

またこの方法だけでは完全に根治できないガンについてもチェックポイント治療と組み合わせることで、腫瘍を完全に縮小することができる。すなわち、ガン免疫の入り口を高めてチェックポイント治療の難点を解決している。

色々な解析が行われているが、省略していいだろう。要するに、mRNAをナノ粒子につめ込んでガン局所に注射すれば、サイトカインを注射するより手軽に、しかも長期に渡ってガン免疫を刺激出来、現在のチェックポイント治療の問題を解決できるという結論だ。

論文にわざわざ第1相試験が終わったことを書いているので、この論文も第2相に向けてお金を集めるための布石かもしれない。しかし、mRNAを直接注射する方法は、この論文を読まなくとも、ガン局所の免疫を高める目的には極めて有望だと個人的にも思ってきたので、ぜひうまくいってほしいと思う。

1990年前後、サイトカイン研究分野では多くのベンチャー企業がトップジャーナルに論文を発表するのが当たり前だった。その中から世界のトップ10にリストされる企業が育っている。癌の免疫分野では同じような現象が今起こっていることをつくづく感じる。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月1日:IgA ではなくIgA分泌細胞が自己免疫性脳炎を抑える(1月24日号Cell掲載論文)

2019年2月1日

IgAは、抗原に対してB細胞が反応するとき、粘膜組織に多い特別な樹状細胞から分泌されるBAFFを含む様々な因子の作用によりIgAへとクラススウィッチを起こしたB細胞がプラズマ細胞へ分化して分泌される、J鎖で2量体になった交代分子だ。これはそのままだと体内にとどまるが、粘膜上皮や乳腺上皮の分泌タンパク質が結合することで、粘膜から体腔へと分泌される。従って、IgAは粘膜免疫のために進化した特殊なシステムで、一般炎症に関わることはほぼないと考えてきた。

今日紹介するトロント大学からの論文はIgAではなくIgAを作るB細胞やプラズマ細胞が脳内での炎症を抑える働きがあることを示す意外な研究で、1月24日号のCellに掲載された。タイトルは「Recirculating Intestinal IgA-Producing Cells Regulate Neuroinflammation via IL-10(体内を再循環している腸管のIgA 産生細胞はIL10を介して神経炎症を調節する)」だ。

IgAだけではなく、IgGも大量に抗体を産生する細胞が体内循環して他の場所に移ることは少ないと考えれれている。したがって、粘膜組織で形成されるIgA産生細胞が体の他の場所で見つかることはないはずなのに、炎症や腫瘍組織にIgA産生細胞が見つかることがあるらしい。

この研究の目的は、自己免疫性脳炎(EAE)をモデルに、IgA産生細胞が脳に移動するのか、脳での機能は何か、について明らかにすることだ。まず、EAEを起こしたマウスでIgA産生細胞が脳や脊髄に移動してくることを確認する。そして、様々な方法を駆使してこの細胞が腸管内から体内循環を経て脳に移動すること、特異性にかかわらず腸管内で形成されたIgA産生細胞は炎症部位に移動すること、そしてEAEでは例えば腸内で誘導されたロタウイルスに対するIgA産生細胞や腸内の細菌叢によって誘導されたIgA産生細胞が脳内へ移行することを示している。またその結果、腸管内のIgA産生細胞が減少し、IgAに結合するバクテリアの数も低下することを示している。

次に、わざわざIgA産生細胞のような最終分化段階の細胞が炎症部位に移行する意味を調べるために、IgA産生細胞の移植実験を行うと、EAEを抑える効果がある。また、単一のバクテリアが感染した実験系で、腸内細菌が感染してIgAが腸内で分泌される場合、同じ細胞は脳内へ移行しEAEを抑えることを示している。そして、このIgA産生細胞の炎症抑制効果は、IgAをノックアウトした細胞でも見られることから、腸管内でIgA産生細胞が分化する過程で受ける刺激が揃っておれば、IgAが分泌できなくとも炎症を抑制する細胞へと分化できることを示している。

最後にこの分子メカニズムを調べ、IgA 産生細胞が炎症を抑制する過程にはIL-10が強く関わっていること、また炎症を抑制する細胞への分化には予想通りIgA産生細胞への分化を誘導するのに必要なBAFFシグナルが必須であることを示している。面白いことに、BAFFを異常発現させたマウスでは、最初からEAEの発症は抑えられており、これはIgA産生細胞が過剰に誘導されるためであることも示している。

以上の結果は、IgAではなく、IgA分泌細胞へと分化させるシグナルの副作用として、炎症を抑制する細胞ができて、それが脳内に移行して、脳内の自己免疫病を抑えるというシナリオを示している。意外性だけが際立った結果で、本当かという気持ちは抑えられないが、もし正しければ多発性硬化症などの細胞治療が可能になるはずだ。実際に人間でどうなのかを示す研究を進めて欲しい。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月31日 高血圧の遺伝素因の特定(Nature Genetics 1月号掲載論文)

2019年1月31日

私が当時科学技術会議議長の井村先生からミレニアムプロジェクトの発生・再生をまとめろと言われ、CDBの構想を進めている頃、同じ様に重点項目として推進されたのが、医科研の中村さんを中心にまとめられたゲノムプロジェクトで、病気と関係する遺伝子を疾患を持った人と、正常人のゲノムの比較から明らかにすべく、多くの研究者が集まっていた。他人の庭は美しく見えるというが、当時このプロジェクトから多くの疾患ゲノム研究がNature Geneticsをはじめとするトップジャーナルに掲載されていたのを思い出す。しかし、当時の面影は日本のゲノム研究から消えて久しいのではないだろうか。もちろんこれはわが国だけではなく、この数年全ゲノム解読やエクソームなど多くの新しい話題が増えて、疾患のGWAS研究について従来のような研究が発表されることは少なくなった。

ところが最近新たにGWAS研究と言われる疾患と関連する遺伝子を探索する論文が増えてきたように感じる。ただ今度は、100万人近い対象のゲノムを調べるGWAS研究で、Nature Geneticsについていえば、ほぼ毎回のように多くの論文が発表されるようになった。この背景にある一つの象徴が、UKバイオバンクで、なんと50万人規模の対象の様々なデータが集められており、これまで発見できなかった病気と相関する稀な遺伝子変異も含め、新しいことがわかると期待できるからだ。実際、この1ヶ月だけでも、レジリエンス(ストレスからの回復力)、幸せな気分、慢性鼻炎、高血圧など、病気に限らず多くの人間の性質についてのGWAS研究がこのバンクを使って発表されている。

今日紹介するバンダービルト大学を中心とする国際コンソーシアムからの論文はUKバイオバンクに匹敵する米国の退役軍人のバイオバンクと、UKバイオバンクの両方からデータを集め、高血圧のゲノムを再検討した研究でNature Genetics1月号に掲載されている。タイトルは「Trans-ethnic association study of blood pressure determinants in over 750,000 individuals (血圧の決定因子に関する75万人規模の連関研究)」だ。

このような大規模なGWAS研究が可能になった一つの要因は、異なるゲノムデータベースを合体させ、100万近い人のゲノムデータが得られることで、これがさらに新しいインフォーマティックスの主砲開発を促し、これまでの研究の中心だった頻度の多いcommon variantだけでなく、稀な変異についても検出できるようになったことが大きい。このために、既存のGWASデータいくつか集め、100万人規模のメタアナリシスを行うことが可能になった。

この研究では退役軍人とUKバイオバンクを合わせて75万人規模の遺伝子と血圧を調べ、高血圧関連遺伝子を探索している。

もちろんこれまで以上にcommon variantが見つかる。全部で505種類見つかり、そのうち収縮期血圧の高さに関わる遺伝子216、拡張期血圧の高さに関わる遺伝子76存在していた。このうち、304は既に相関があるとして報告されているが、大規模に調べることでなんと201種類の新しいSNPが明らかになった。

次に、これまで発見できていないタンパク質をコーディングしているエクソン上のrare variantを探索し、血圧や、高血圧とは逆相関する脈圧に関わる分子などを特定している。

特定されたSNPが見られた遺伝子についても詳しく書かれているが、興味がある場合は直接論文を見て欲しい。特定されたSNPが本当に血圧に関わるかを特定し、そのメカニズムを追求できるかが、GWAS研究の最大の問題だ。注目されるのは、この研究では今流行りのバーコードを用いたsingle cell transcriptome、腎臓から細胞を分離し、single cell 遺伝子発現をバーコードを用いて検討を行っている点で、特定した遺伝子の半分以上がこの方法で腎臓の尿細管に発現している事を確認し、尿細管が血圧を決める重要な細胞であることを示唆している。

他にも、薬剤との相関、分子の関連性を見るための経路解析、さらには、高血圧を様々な形質に分解して、それぞれとSNPとの相関を調べるPheWAS法などでSNPの意味を理解できることを示している。こうして見つかったSNPを一個一個丹念に突き詰めることで、間違い無く新しい治療標的が見えるはずだ。カルシウム拮抗剤やアンギオテンシン阻害剤などが出た後、なかなか新しいメカニズムの降圧剤は開発できていないことを考えると、このような大規模ゲノム研究は、その重要性がますます高まるように思っている。その意味で、生理学を研究する人たちには、重要なSNPリストができたと言える。

おそらくお分かりのように、今日この論文を紹介した最大の理由は、ミレニアムゲノム研究を経て20年、このように大規模データが揃うようになり、GWAS研究の新しい波が始まっているという実感を伝える為だ。しかし、わが国のこの分野はどうなっているのか、論文を読んでいるだけでは全く表面に見えてこない。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月30日 アルツハイマー病は歯周病菌が原因?(1月23日号Science Advances掲載論文)

2019年1月30日

昨日に続いてアルツハイマー病(AD)の治療についての論文を紹介する。昨日も、ADはさまざまな角度から研究が進んでおり、意外な標的が見つかる可能性が高いと述べたが、今日紹介するCortexymeと呼ばれる創薬ベンチャーからの論文は、意外性が大きすぎる論文だ。もし示された結果が確認され、仮説が正しいとすると、この分野がひっくり返ると行ってもいい話で、Science Advancesではなく、Scienceが掲載したはずだ。すなわち、AD病の原因が歯周病菌という大胆な結論が提出された論文だ。タイトルは「Porphyromonas gingivalis in Alzheimer’s disease brains: Evidence for disease causation and treatment with small-molecule inhibitors (アルツハイマー病の脳内に存在するP.gingivalis:病気の原因を示す証拠と小分子を用いた治療)」だ。

繰り返すが、実験結果はしっかりしている。まず、ADの脳組織と正常の脳組織をそれぞれ50近く集め、歯周病菌P.gingivalisが分泌するタンパク分解酵素gingipainに対する抗体で調べると、AD患者さんは圧倒的に高値を示す。実際logスケールで比べられており、その差がはっきりする。さらに組織学的に、海馬のニューロンおよびアストロサイト内にgingipainが存在することが示される。そして、組織からgingipainを免疫沈降で集められることも示している。

以上の結果は、ADの脳にはgingipainが高い値で存在しているが、正常の脳でも低いが、ほとんどの例で同じように存在することを示しており、歯周病菌が普通に脳に侵入していることを示唆している。実際、歯周病菌自体の存在をPCRで調べると、ADだけでなく、ほとんどの正常人でも見つけることができる。ただ、先にも述べたように、ADでの値は1桁高い。

Gingipainは蛋白質分解酵素だが、Tauタンパク質がgingipainで切断されることを示している。ADの一つの引き金は神経細胞内にリン酸化Tauが沈殿することだが、切断によリン酸化が起こることから、細胞内に入ったgingipainがTauタンパク質を切断、リン酸化を誘導し、細胞内で沈殿させることを示している。また、この切断サイトも特定するという念の入れようだ。

その上で、培養神経細胞に対するP.gingivalisの細胞障害性実験系で、彼らが開発しているCor286、Cor271と名付けたgingipain阻害剤が細胞毒性を緩和すること、さらに生きたマウスの脳内での細胞毒性も軽減させることを示している。

ではもう一つのAD原因因子アミロイドβタンパク質はどのような役割があるのか当然気になるが、この研究ではP gingivalisの感染により脳内に短いAβタンパク質が誘導されることを示している。そして、gingipainを欠損したP gingivalisではこのような反応が起こらない。そして、このAβの切断はP gingivalisに対する防御反応であることを示唆している。

すなわち、AβはADの原因というより、歯周病菌感染の結果で、ADの発症はTauの沈殿により細胞が失われると考えている。最後に、Cor286,Cor271投与によって、脳内でのP gingivalisの感染を防いで、神経を守れることを示している。この結果から、さらに効果の強い化合物Cor388を合成し、最終的にはこの薬剤に集中していいる。

さすが力のあるベンチャー企業でしっかり実験しているように思えるが、気になるところも多くある。まず使っている実験系で、これでAD過程が研究できているのか、あるいはただの脳の炎症と言えるのか、Tauのリン酸化が示されていないこと、アミロイドプラークが示されていないことなど、ちょっと疑わしい。さらに、実験評価に多くの指標が手を替え品を替え使われているので、本当の評価ができずまだまだ確定できないと思う。ただ、魅力的な話で、Cor388の治験により私の懸念が払拭できればいい。

ちょっとウェッブで調べてみたら、Cor388は第1相の試験が終わって、特に毒性がなかったようで第2相のリクルートが始まっている。すでに80億円以上のファンドマネーを集めているようで、第2相も進めるだろう。驚くことに、ファイザーも絡んでいるようで、まんざらガセネタでもなさそうだと思える。さてどうなるか、今後に注目したい。

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1月29日 医師の責任でアルツハイマー病のラパマイシン治験を進めるべき(1月23日号Science Translational Medicine掲載意見)

2019年1月29日

アルツハイマー病(AD)に対する治療法の開発は高齢化する先進国にとって、最も緊急の課題になっている。これまで、βアミロイドタンパク質に対する抗体、ワクチン、アミロイドの切断を阻害するBACE阻害剤など様々な臨床治験が行われてきたが、結果ははかばかしくない。幸い、アルツハイマー病の基礎研究は着実に進展しており、これら以外にも多くの治療標的が見つかる可能性は高い。さらに、臨床治験の結果を判断する指標も、より正確に、短期で判断できるものが開発されると期待される。実際、もし新しい治療薬剤が開発できれば、世界中の患者数から考え、製薬会社はまちがいなく大きな利潤を得ることができる。従って、どんなにこれまでが失敗続きでも必ず研究を続けられると期待できる。

当然研究が進むと様々なADの治療標的分子が明らかにされると思うが、もし既存の安価な薬剤の中にそれが見つかった時、治験をおこなってくれる研究者や医師はいるのかという疑問が湧く。特に、ジェネリック薬品がある場合は、製薬企業がその主体になることは期待できない。実際このような例が、mTORと呼ばれている多様な作用を持つ分子に対する阻害剤ラパマイシンで、ADにも効果がある可能性があるにもかかわらず、全く臨床試験が行われていない。この状況を打破しようと、ワシントン大学やテキサス大学などの研究者が、ラパマイシン治験の重要性を訴えたのが、今日紹介する論文で1月23日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Rapamycin and Alzheimer’s disease: Time for a clinical trial? (ラパマイシンとアルツハイマー病:治験に進む時が来た?)」だ。意見論文なので、特に実験ということはないので、彼らの主張をそのまま紹介する。

ADも一種の老化過程: AD発症と経過に関わる最も強いリスクファクターは年齢で、55歳と85歳の間でADのリスクは700倍増加する。従って、もっとリスクとしての年齢の役割を研究すべきだし、年齢によるリスクを軽減する方法を開発するべき。

なぜラパマイシン :多くの論文が、ラパマイシンに老化を遅らせる働きがあることを証明している。これはラパマイシンの標的mTORが増殖や代謝など様々な機能を持っており、これを抑えることで寿命が伸びることが知られている。さらに、動物ADモデルでラパマイシンがアミロイドβの蓄積やTauタンパク質の沈殿を抑えることも示されている。またmTORを阻害することでADによる記憶が回復するという研究もある。

「治験失敗が恐ろしい?」:ラパマイシンはこれまでもガンや移植に利用されており、副作用についてもよくわかっているのに、どうして治験をしないのか専門家に聞くと、なんと「失敗が恐ろしい」という声が返ってきた。そしてその背景に、これまで前臨床はクリアしたにも関わらず多くの治験の失敗があるADというトラウマがあることに著者らは気づいて驚き、できればより簡単に効果評価が可能な指標を開発し、失敗を恐れずできるだけ多くの治験を行う体制を作る必要があると示唆している。

ラパマイシン前臨床試験はその第一歩:その意味で、動物を使ったADに対する効果を調べたラパマイシンの前臨床研究結果は十分行われており、臨床研究へ移行して問題はないので、これを医学界全体で進めるべきと提案している。

ラパマイシンに問題はないのか?:ラパマイシンは現在抗がん剤として用いられているが、当然様々な副作用がある。しかし、高齢者に対してもその程度は低く、5mg/weekでは副作用は大幅に軽減される。また長期使用については、移植後の免疫抑制で何年も使用されていることから、十分合理的知見を計画できる。

医師主導で治験は行われる:ラパマイシンにはすでにジェネリックも存在し、製薬企業に治験を行う動機付けは少ない。したがって、公的な助成も積極的に使った、治験がおこなわれるべきだ。

以上が著者らの意見で、熱意が伝わってくる。おそらく、多くのAD患者さんも間違いなく協力されるように思う。論文を見ていると、ラパマイシン以外にも様々な既存の薬剤の効果が前臨床で確かめられている。全世界あげて、すべての可能性がチャレンジされることを期待したい。

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1月28日 Brachyuryは脊索腫に必須の転写因子(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2019年1月28日

古い世代の発生学者にとってbrachyuryという分子は、他の分子より大きなインパクトを持っていたと思う。もともとマウスの尾が短くなる突然変異として単離されたが、突然変異の解析から、当時の発生学が最も集中して研究していた中胚葉、特に脊索の発生に異常が起こることがわかり、早く遺伝子が何か知りたいと皆考えていた。1990年HerrmannとLehrachによって遺伝子がクローニングされた。私たちも熊本大学で、大理石病マウスの遺伝子を特定していたので、Hans Lehrachには何回か小さな発生遺伝学の会議で話を聞くことができた。このbrachyury遺伝子がマウスのprimitive streakに綺麗に発現しているのを見て、是非中胚葉分化も調べてみたいと思ったのを今でも覚えている。この希望は京都大学に移って実現できた。

今日紹介するハーバード大学からの論文はこのbrachyuryが発生に関わる腫瘍、脊索腫の話でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Small-molecule targeting of brachyury transcription factor addiction in chordoma (脊索腫のbrachyury転写因子強依存性を標的にした小分子化合物)」だ。

脊索は発生途上で消失するが、極めて稀に完全に消失しないで細胞が残ってしまうと脊索腫を作ると考えられている。すなわち脊索腫は奇形腫の一種と考えられる。発生学から考えて、当然この腫瘍にbrachyuryが重要な役割を演じることが推察されており、実際brachyuryが重複している場合に脊索腫の発生率が高まることが知られているし、他にも脊索腫の中にはbrachyuryのコピー数が増えているケースもある。しかし、多くは特に遺伝子変異はなく、brachyury依存性と決まったわけではなかった。

この研究ではまずCRISPR-Cas9を遺伝子ノックアウトに用いるスクリーニングで、脊索腫の増殖が低下する分子を探索し、最も強く増殖が抑制されるのがbrachyuryが欠損した時であることを見出す。

ただ、brachyury自体に特に変異があるわけではないので、この分子を標的にするためには遺伝子発現を抑える必要がある。そこで、brachyuryを強く誘導するエンハンサーを低下させる化合物が見つかるのではないかと、脊索腫の増殖を指標にスクリーニングを行い、期待通り、一般的な増殖阻害剤だけでなく、転写を抑制するCDK7やCDK9阻害剤を特定する。

これまでの研究で、CDK7やCDK9はスーパエンハンサーの形成を阻害して、転写を抑え、その結果細胞の増殖を低下させることがわかっていた。そこで脊索腫についてスーパーエンハンサーがどの遺伝子に形成されているのかを調べ、予想通りbrachyury遺伝子にスーパーエンハンサーが形成されていることを確認する。

最後にCDK7/9阻害剤が脊索腫の増殖を抑制する理由が、brachyury遺伝子の調節領域に形成されるスーパーエンハンサーが維持できなくなり、brachyuryの発現が低下するためで、スーパーエンハンサーの影響を受けない外来のbrachyuryを過剰発現させることで、増殖は部分的に回復できることも示している。

脊索腫はゆっくり増殖するが、浸潤性が高く、放射線抵抗性が強いため、治療が難しいが、CDK7/9阻害剤は多く開発されているので、是非臨床治験がうまくいくことを願っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月27日 右派はフェイクニュースが好き(1月25日号Science掲載論文)

2019年1月27日

モラー特別検察官によるロシアゲート事件捜査は大詰めを迎えているようで、昨日もウィキリークスと内通してヒラリークリントンのメール流出を促していた件について、トランプ陣営の元幹部、ロジャー・ストーンが逮捕された。しかし、この事件は政治を決める現代の「一般意志」が、メディアやSNSに溢れる情報に影響されてており、政治家もそれを積極的に利用しようとしているのがよくわかる。例えば、我が国の報道の自由度は72位と台湾45位、韓国63位より遅れており、中国支配の強まった香港と肩を並べていることは、政治がメディア支配を強めていることを如実に物語っている。実際、メディアやSNSを統制・支配できないと、政治もなかなか打つ手がない。その結果がフェイクニュースを垂れ流すとするメディアの選別で、同じことはわが国でも起こっている。

実際にフェイクニュースを流すメディアは政治的立場を問わず存在している。ここから流れるニュースが2016年の米国大統領選挙前後にどうSNS上に流れたのを解析した論文がノースウェスタン大学から1月25日に発表されたので紹介する。タイトルは「Fake news on Twitter during the 2016 U.S. presidential election (2016年米国大統領選挙中にツイッター上に現れたフェイクニュース)だ。

この研究ではまずフェイクニュースを流しているニュースソースを特定し、1)すでに市民やジャーナリストによりフェイクニュースだけを意図的に流しているソースとして認定されているソース(Blackソース)、2)著者らが特定した編集過程でニュースを意図的に変化させるサイト(Redソース)、そして3)フェイクニュースを流しているが、これを意図的、系統的に行なっていることは確認できないサイト(orangeソース)の3種類に分けている。次に、この研究のために抽出した16442のツイッターアカウントで、それぞれのフェイクニュースがどう使われ、流されたのかを分析している。

ツイッターの内容からアカウントの政治的立場を極右から極左まで5段階にわけてフェイクニュースソースとの関係を分析している。

結果は以下のようにまとめられる。

  • フェイクニュースをツイートで流す人は多くない。
  • ツイッター上のフェイクニュースの8割はたった1%のアカウントからツィートされる。
  • シェアされたフェイクニュースの8割は0.1%のアカウントから出ている。
  • このようなフェイクニュースに偏ったアカウントは一日平均72回もツイートしているが、一般平均は0.1回。また、自分のコメントを載せ、写真をアップロードする政治マニアが多い。
  • フェイクニュースをよく利用するアカウントの政治的立場を比べると、極左、左派(アメリカでの話)はたった2.5%だが、右派、極右は16.3%にも及ぶ。すなわち右派がよりフェイクニュースを使う。
  • フェイクニュースをよく流す層は、高齢者で選挙に行く層ほど多い。

結論としては、ほとんどの人は一般ソースからのニュースを政治的判断に使っており、フェイクニュースに惑わされているという心配はないが、一部の政治マニア、特に右派がフェイクニュースをSNSに流している、という結論だ。しかし、SNSのおかげで、ここまで詳しい解析ができることこそ、私たちは学ぶ必要があると思う。

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1月26日 猿と人間の単一神経細胞レベルでの比較(1月24日号Cell掲載論文)

2019年1月26日

やろうとしていることは面白いのだが、そのために用いた手法がよく理解できない論文が、脳科学には多い。これはどんなに複雑な行動でも、それに関わる神経活動は結局興奮スパイクとして現れるので、それを目的に合った形で処理するうちに、極めて抽象的な指標になり、私のような素人の読者が、実際に起こっている過程を頭にイメージすることが難しくなるためだ。

今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は、猿と人間の神経系の違いを単一神経細胞レベルで特定しようとした研究で、目的は大変面白く、よくわからないながらもなんとか最後まで読んだ。タイトルは「A Tradeoff in the Neural Code across Regions and Species (領域と種を超えて見られる神経のコードの折り合い)」だ。

結局理解の浅い人間に紹介されても余計わかりにくいと思うので、今回は猿と人間の違いをなんとかここの神経細胞の反応の違いに集約できないか頑張っているグループがあるという程度に理解してもらって、面白いと思われたら是非オリジナル論文を読まれることを進める。しかし、同じような課題を行なっている人間と猿の神経活動を細胞レベルで比べた研究はまずないと思う。

実際にはこのコラムでも紹介しているように、テンカンが起こる場所を特定するためには、電極を長期間脳内に留置した患者さんと実験ごとに電極を挿入したカニクイザルを使って比較を行っている。イメージを見せて思い出すという課題をこなしてもらっている間に、扁桃体と前帯状皮質の神経細胞のスパイクを記録しているが、これらの領域は課題を行うことに直接関わるのではなく、統合された感覚や判断を処理する高次の過程に関わっているため、単一の神経活動は課題に関わる脳の反応全体が反映されていると考えられる。しかし、一個一個の神経はあくまでも興奮スパイクでしか評価できないので、このスパイクの特徴を読み取るための様々な手法を使うことになる。

普通スパイクを処理するとき、スパイクの全体数や反応のスピードを判断し、これにより神経反応の信頼性を図る。この研究では、これに加えてスパイクのパターンを言語に見立てて、意味のあるパターンを取るかどうかを調べるエントロピーという指標を導入し、一つの神経が行なっている情報伝達の量を測っている。これにより、一つの神経の反応の速さや信頼性を反映した一種の規則性と、処理している情報量の両方の数値を比較できる。少し具体的に言うと、神経細胞が規則的に反応している場合は、多くの神経は同じように反応している。しかし、情報量は乏しい。一方多くの情報量を伝える場合は、規則性は失われるといったような話だ。

この研究の問題はこうして指標を決めた後は、全くそれぞれの抽象的指標だけが一人歩きしてしまうので、ついていくのが困難だが、この指標を使うと何がわかったのかだけ、箇条書きにしておく。

  • 人間の神経細胞は、反応性は犠牲にしても多くの情報を伝えられるようにできている。
  • 猿でも、人間でも、前帯状皮質の方が扁桃体より多くの情報を処理している。
  • 反応性と情報性は逆相関する。
  • 猿の扁桃体は、従って、最も情報処理量が低いことになるが、そこに存在する神経細胞の多くが同調して活動している。要するに、反応の多様性が少ない。

とまとめていいだろう。結論を見ると、納得なのだが、これが単一神経細胞レベルの特性としてあるのかと言われると、おそらくそうではないだろう。しかし、全ネットワークに表象された情報の全体が、一個一個の細胞でどう見えるのか、こんな地道で大変な作業を繰り返す必要があるのかと、困難に唖然としてしまう。

感想:これほど読むのに時間がかかり、それでも理解が浅いと反省する論文は、どうしても敬遠してしまうが、頑張って今後もできるだけ紹介したい。

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