12月2日:普通の人でアルツハイマー病が始まるメカニズム?(Natureオンライン版掲載論文)
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12月2日:普通の人でアルツハイマー病が始まるメカニズム?(Natureオンライン版掲載論文)

2018年12月2日
アミロイドタンパク質などの突然変異によりアルツハイマー病が誘導されることは疑いのない事実で、確実に発症させたい動物モデルの場合、ほぼ100%遺伝子変異マウスを用いている。しかし、多くのアルツハイマー病は、特に遺伝的な素因もなく一見全く正常な人にも突然襲ってくる。しかも、一旦アルツハイマー病を発症した人では、脳細胞にアミロイドβのような異常タンパク質が蓄積しているのは明らかなので、正常脳細胞のアミロイド前駆タンパク質(APP)におこった体細胞突然変異がアルツハイマー病の原因ではないかと考えられてきた。ただ、突然変異を持った細胞が他の細胞より増殖するガンと違って、遺伝的変異が起こっても細胞が増えるとは思えないアルツハイマー病では、変異が病気発症につながる道筋を考えるのは難しい。

今日紹介する米国Sanford Burmham Prebys医学研究センターからの論文は、アミロイドタンパク質をコードする遺伝子が、レトロウイルスのように組み替えで増殖することがアルツハイマー病の原因になっている可能性を示す恐ろしい研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Somatic APP gene recombination in Alzheimer’s disease and normal neurons (アルツハイマー病と正常人でのアミロイド前駆タンパク質の体細胞組み換え)」だ。

この研究ではまずアルツハイマー病の患者さんの脳細胞でAPPが本当に変異しているのかどうか調べている。ただ脳細胞は増殖しないので、同じ変異を異なる脳細胞が持っている可能性は少なく、ゲノム解析でこのような変化を見つけることは困難が予想される。そこで、異常タンパク質の原因となるようなmRNAが存在するのか、前頭前皮質からの神経細胞を精製し、50個づつにわけ、それらの細胞が発現している変異型のRNAを探している。そして期待通り、全てのサンプルで、12種類の変異RNAを特定するのに成功し、そのうち5種類はタンパク質へと翻訳できることを示している。しかも、これら変異タンパク質は途中のエクソン・イントロンが喪失した、短いcDNAであることがわかった。

次にこれらの異常RNAが作られる過程を調べ、異常mRNAが正常遺伝子から転写されたのではなく、イントロンを持たないスプライシングを受けた後のcDNAが、ゲノムに多く存在していることを発見する(genomic cDNA: gencDNA)。これらが元々のゲノム遺伝子とは別にゲノム上に存在していることを、核DNAのin situ hybridizationで確かめ、アルツハイマー病の細胞では複数のコピーがゲノムの別の場所に存在する事を確認する。これらの結果は、APP遺伝子が一度転写された後、逆転写酵素でcDNAに転換され、それがゲノムに再挿入された可能性を示唆している。

しかも、このようなゲノムに挿入されたgencDNAは神経細胞だけに認められ、またアルツハイマー病で異常が起こることが知られている他の遺伝子では起こらない。このことから、APP遺伝子は、gencDNAを合成してトランスポゾンのように増幅されることがわかった。

この現象は、アルツハイマー病を発症した神経細胞だけでなく、正常人の脳細胞でも見られる。ただ、正常人の脳細胞ではアルツハイマー病の脳細胞と比べはるかにgencDNAの数は少ない。またアルツハイマー病の患者さんでは、病気の発症に関わることがわかっているAPP異常タンパク質をコードするgencDNAが増えていることがわかった。幸い、正常人の細胞では見つかっていない。

以上の結果は、アルツハイマー病では、APPmRNAが逆転写酵素でDNAへと転写され直し、それがゲノムDNAに挿入されると言う、レトロウイルスさながらの過程が神経細胞では起こることで、異常APP遺伝子が増幅できる事を示している。

この研究では、こんなことが本当に起こるのかについても、培養細胞を用いて確かめている。具体的には、発現ベクターを用いて一つのタイプの変異APP cDNAを導入、この遺伝子からgencDNAが作られ、ゲノムに挿入されるのか調べている。結果だが、どんな細胞でも、逆転写酵素を発現して、APPの短い異常型mRNAがが転写され、その上にゲノムDNAが加わると、gencDNAが新たに作られることがわかった。さらに、ヒトの異常APP遺伝子を導入したトランスジェニックマウスの脳細胞でも、gencDNAができていることも示している。

以上の結果は、細胞が増えなくても、異常DNAがそれ自身でゲノム上で増殖していく事を示す恐ろしい結果だが、DNAの切断が脳細胞では起こりやすいことが知られており、説得力のある結果だ。なぜAPP遺伝子のみこんなことが起こるのかなど、わからないことも多いが、アルツハイマー病を考える上では、説得力がある。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月 注意障害を通して就学に際しての早生まれの問題を考える(11月29日発行The New England Journal of Medicine掲載論文)

2018年12月1日
子供の成長速度は年少時ほど早いため、学童期まで1年もたつと子供の身体や行動は大きく変化しているのが普通だ。しかし、幼稚園や学校に通い出すのは、わが国では4月と決まっており、4月生まれの子供と、3月生まれの早生まれでは、同じ学年でもほぼ一年という実年齢レベルの発達の違いがある。これがハンデとして様々な問題を引き起こすことは様々な調査でわかっており、小学校低学年までは早生れの子供は学力に差が見られる。しかし、生まれ月ごとに学業の開始時期をずらすことは現実に不可能なため、制度としての対策は難しい。

さて米国では学校の始業は9月になるが、今日紹介するハーバード大学医学部からの論文は、最も成長して就学する9月生まれの児童と、最も早く就学する我が国でいえば早生れに相当する8月生まれの児童で、ADHD(注意力欠如、多動性障害)の診断を受ける頻度が大きく変化することを40万人規模の学童調査で示した研究で11月29日のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Attention Deficit–Hyperactivity Disorder and Month of School Enrollment (ADHDと修学月)」だ。

研究では2007-2009年にかけて生まれたが児童の中でADHDと診断を受けてさまざまな治療を受けたケースを、保険会社の一種のレセプトから掘り起こし、症例をいくつかの条件で層別化し、9月生まれと、8月生まれの子供のADHD診断頻度を比べている。我が国で言えば、4月生まれの子供と、3月生まれの子供のADHDの診断率を比べるのと同じ研究だ。

少しわが国と異なるのは、小学校へ入学する前5歳前後でで幼稚園に入るが、この幼稚園入園は州によって9月で区切られている州と、入園時期を9月に限定しない州があるので、両者で診断率を比較している。

結果だが、幼稚園入園時期が厳密に9月になっている州では、9月生まれの児童と、8月生まれの児童でADHDと診断された頻度を見ると、3割高くなっている。ところが4月vs5月というように、他の前後の月を比べるとほとんど差がない。ADHDではなく、身体的な他の病気を比べると、このような差は見当たらない。さらに驚くのは、幼稚園の入園時期が小学校に連動して9月になっていない州では、このような差が見られない。そして、この差は男の子だけで有意に見られる。

以上が著者らが引き出した結果だ。ただ、データをよくみると、ADHDと診断される数は、もっとも年長の9月生まれが0.63%と最も低く、それから10月、11月、・・・6、7、8月と実年齢が低下するのに従って、0.69, 0.74, 0.76, 0,81, 0.89, 0.90, 0.90, 0.87となっており、実際には4月、5月生まれで診断率が最も高い。ただ、前の月とだけ比べると、その差が見えないようになっている。従って、私なら早生まれの最初の5ヶ月(4−8月生まれ)と最も年長の3ヶ月(9−11月)ではADHDの診断率が異なっていると結論するだろうなと思う。

いずれにせよ、我が国で言う早生まれの子供は確かにADHDと診断されやすいという結論になるが、ではその原因は何かが問題だ。著者らは、ADHDの気づきが最初学校や幼稚園の先生や、親が他の子供との比較をきっかけに行われることが多いことから、実年齢が低いことによる注意障害などが年長の子どもと比較することでより顕著に見えてしまうからだと考えている。すなわち、多くは過剰診断と結論している。

ただ、幼稚園の入園時期が9月と区切られていない場合この傾向が薄まることから、個人的には大勢の子供との交流が、児童に対してストレスになり、実年齢の差がより強く現れているのではとも思う。

このように、私は著者の解釈だけしかあり得ないとは思はない。ただ、早生まれの子供には、これまで問題になっていなかったADHDと診断される頻度の問題があることはよくわかった。子供のことを親身になって調べた研究だと思う。我が国では、教育のためのマニュアルも大きく違うと思う。その意味で、ぜひ同じような調査を行い、同じような傾向があるのか明らかにして欲しい。というのも、このような差でADHDの診断数が変わるなら、介入の余地がある。しかし、このような調査研究を掲載したThe New England Journal of Medicineの編集者も社会のニーズをよく把握して雑誌を運営していることがよくわかった。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月30日 ハイエナは女系社会か?(11月19日号Nature Ecoloty & Evolution掲載論文)

2018年11月30日
9月にアフリカに行った時、ハイエナは何回か見る機会があった。いつも物悲しい顔をしており、この写真も左側のオスの股間から察するに交尾に及ぼうとしているある意味では興奮の瞬間なのに、表情は物悲しい卑屈さが漂ったままだ。

面白いことに、ハイエナは群れで暮らすことが多いのに、珍しくオスメスのサイズが同じだ。強いオスがメスを支配する動物はオスの体格がメスより大きいのが普通だ。このことから、ハイエナの場合、メスが群れを支配していると考えられていた。メスは交尾は一回なので、オスを争はないからだろう。またハイエナの社会を観察したこれまでの研究でも、群れのトップは常にメスである事が観察されていた。

今日紹介するのは、ドイツ ベルリンにある「動物園と野生生物研究所」からの論文で11月19日のNature Ecology and Evolutionに掲載された。タイトルは「Social support drives female dominance in the spotted hyaena(社会的指示がハイエナ社会の女性優位を形成させている)」だ。

著者らは長年の観察に基づいて、ハイエナ社会がメス優位の社会に見えるのは、実際には競争が起こるときに周りにいる親しい仲間の存在に大きく左右されるのではないかと直感し、これを調べるため丹念な観察を行った。

研究では8つの群れで起こった748回の個体同士の競合の状況を細かに観察し、何が勝者を決めるのか調べている。ハイエナの群れは、確かにメス優位で、受け入れられる流れものはオスだけという構造になっている。すなわち、メスは群れの中でずっと暮らす。このため、一対一の競合が起こるときの個体間の関係は、1)群のメンバーのメスと流れ者のオス、2)群のメンバー同士の個体同士(同性、異性両方の場合がある)、3)流れ者のオス同士、そして4)異なる群の個体同士の4状況に考えられる。

この時に、周りにいる個体の状況を丹念に観察し競合の結果の判断に組み入れたのがこの研究の重要性で、群れの個体の序列や関係性を知るためになんとハイエナの8世代、21年間の観察を続けた結果だ。

結果は予想通りで、どのような組み合わせでも近くにいる仲間の存在が競合の成否を決めている。一方周りに仲間がいない一対一の競合ではほとんど結果は予測できず、同じ群れのメンバーの場合はメス優位では全くなく、50/50の関係であることが分かった。

勝ち負けの絶対数だけを数えるとメス優位に見えるのは、オスの多くが後から群れに入った流れオスのため、仲間がおらず、一方メスはずっと群れで暮らしているためだ。すなわちオスとメスの競合だけに注目してしまうと、仲間の多いメス優位という結論になるわけだ。実際には、群のメンバーだとオスメスの間には差は全くない(それでも他の動物と比べるとかかあ天下と言えるが)。

以上が結果だが、同じことは人間にも言えるのかも知れない。直立原人誕生で人間の男女の体格差がほとんどなくなる。これは一夫一婦制が始まったせいかと単純に考えていたが、そう簡単な話ではなさそうだ。直立原人が誕生した当初は、おそらくハイエナのように肉や骨も狩で手に入れるのではなく、拾い集めていたのではないだろうか。とすると、身近な仲間の数が重視される社会構成さえ築ければ、見た目で女性優位社会ができ、男女の体格差がなくなることもあることがよくわかった。
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11月29日 理屈抜きで相関性を計算してみる重要性(Nature Neuroscience 12月号掲載論文)

2018年11月29日
20世紀までの生命科学は、物理学的な因果性で対応できないこと(例えば目的論や進化など)を取り敢えず情報の問題として、実体から分離してくることに成功した。例えば、ダーウィンの個体の形質の多様性をDNA配列の多様性に還元するのがこの例だ。しかも21世紀に入って、あらゆる生物のゲノムを完全に解読することが可能になり、とりあえずレファレンスの情報としてDNAが利用できるようになった。ただ、生物にはゲノム以外のさまざまな情報が集積しており、エピゲノム、神経活動、脳活動、そして人間になると言語から文字、バーチャルメディアまで、一人一人の個体にこれらの情報が集まっている。この為、21世紀に入って、それぞれのレベルの情報を関連づけることが生命科学の重要な課題になっている。こう考えると発生学はゲノムとエピゲノムの関連付けの学問と言えるかもしれない。幸い、ゲノム・エピゲノムは近いところにあり、統合しやすいが、高次脳機能となると、その間に多くの情報が介在して直接の関連を語ることは難しくなる。ここで出番になるのが、回帰分析のようなともかく相関を見つける方法だ。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、まさにこのラインの研究で様々なレベルの情報を自閉症の言葉を話す能力の発達障害と相関させようとした研究で12月号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Large-scale associations between the leukocyte transcriptome and BOLD responses to speech differ in autism early language outcome subtypes(白血球のトランスクリプトームと機能的MRIで測定される話し言葉に対する反応は初期から言語能力の影響が大きい自閉症の子供では異なっている)」だ。

この研究では言葉を話し始めた3−4歳児に様々なテストを行い、典型児、言語発達が強く抑制された自閉症スペクトラム(ASD)、そして言語発達は比較的正常なASDに分けて、その子供達を4年間追跡、最初に言語発達障害が強く認められた群で、自閉症症状が年齢とともに悪化すること、逆にASDでも言語発達障害が軽度だと、症状は改善する事を確認している。このことは、言語発達障害が最も感度の良い、予後因子として利用できることを示している。

次に、言葉を聞いた時にASD児で反応が低下していることが知られている領域の反応をMRIで調べ、特に言語発達の遅れているASDでこれらの領域の反応が低下していることを確認している。

この研究のハイライトはここからで、この症状を脳の変化を遺伝子や遺伝子発現(エピゲノム)の変化と相関させようと、ともかく調べやすい末梢血の白血球の遺伝子発現の網羅的解析と、症状やMRIの結果との相関を部分的最小2乗法を用いて計算し、相関する遺伝子を調べている。その結果、言語発達が障害されたグループの脳の反応とある程度の相関を示す遺伝子のモジュールを8種類特定している。

脳とちがって白血球の転写を指標にするとはなんと乱暴なと思ったが、ともかく相関が認められ、相関するモジュールの遺伝子の殆どは多くの組織で発現が見られる分子だ。白血球で調べているのだから当然と言えば当然だが、それでも例えば鳥の鳴き声を調整する遺伝子が多く集まっているモジュールが存在する。また、人間のASDの解剖例の前頭前皮質や、側頭皮質で発現が低下している遺伝子群も多く見られる。他にも、ASDでの異常が知られている様々な機能的指標に関わる遺伝子が今回話し言葉に対する脳の反応と相関した発現遺伝子モジュールに濃縮しているのを示している。
これは遺伝子発現なのでエピゲノムレベルだが、最後にゲノムレベルとの相関を調べるために、これらのモジュール内の遺伝子と、ASDの多くで変異が見られる2種類の遺伝子FMRPとCHD8との関係を調べ、これらの標的遺伝子がやはり相関モジュールの中に濃縮されていることを示している。

話はこれだけで、症状をfMRIの反応と相関させ、それをさらに遺伝子発現と相関させ、最後はゲノム変異と相関させるという21世紀の典型的論文だと思う。ただ、AIもそうだが、計算によって相関が出てしまうので、議論を深めてそれ以上突っ込むのが難しいと言う難点はある。しかし、今の所これに変わる方法はないなと思うのが正直なところだ。 来月神戸大学で、数理生物の本多先生と、いま存在する膨大なデータを使って論文を書いて科研費の少ない時代を乗り越える可能性について大学院生と議論する予定だが、おそらくquestionさえあればともかく可能性が確かめられるのも、ビッグデータの時代だとも言える。
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11月28日 生きたマウスのファイブロブラスト長期観察(11月29日号Cell掲載論文)

2018年11月28日
「何事も目で見ないとわからない」ことはよくわかっていても、私たちは多くのことを見ないですましてしまう。多くの場合見るのが難しいからで、生物学的プロセスを見るためにはそれを可能にするテクノロジーが必要だ。例えば、神経の興奮を何週間も見続けようとすると、興奮時のカルシウム流入を光に変えて、しかも嚢の中を何日も覗き続けるテクノロジーが必要になる。方法がない場合は、断片を創造力で組み合わせて結論せざるをえないが、これがしばしば間違いの元になる。

今日紹介するエール大学からの論文は皮下に存在するファイブロブラストを、皮膚を傷つける事なく観察する方法を開発しファイブロブラストの動態を何ヶ月も追いかけた研究で11月29日号のCellに掲載されている。タイトルは「Positional Stability and Membrane Occupancy Define Skin Fibroblast Homeostasis In Vivo(場所は変えないが膜の領有範囲の変化が皮膚のファイブロブラストのホメオスターシスを決めている)」だ。

耳は薄いので光を通すため、傷つけずに細胞を観察できる。同じグループはすでに耳の皮膚に存在する細胞を、生きたままマウスを傷つけることなく観察する方法を確立している。この研究では、同じ方法を用いて皮下組織にあるファイブロブラストの核や膜の動態を追跡できるようにし、時間ごとにファイブロブラストの場所や形態を追跡している。これは連続的に観察するのではなく、あくまでも日にちを開けてしかし同じ場所を観察している。

もちろん普通に利用できる共焦点顕微鏡があればできる実験で、はっきり言って新しい技術は全くない。しかし、同じ場所を何回でも、何ヶ月後でも観察できるはずだと考えたのが偉い。おそらく、細胞がダイナミックに移動したとすると、時間を空けてしまうと、その間どうなったのか全く分からなくなるはずだ。しかし、耳介のファイブロブラストの位置が全く変化しないという予想外の結果が図らずも、著者らの実験を後押ししてくれた。すなわち、細胞は何ヶ月も増えも減りもせず、同じ場所に居続けるため、核の分布を見るとそれが指紋のように同じ場所を見ていることを教えてくれる。

私も写真を見ながら驚いているが、2週間ぐらいでは全く変化がない。しかしこんなことを誰が予想しただろう。ある意味では大変な発見だ。そして、まわりの細胞を皮膚の上からレーザーで焼き切っても、細胞の位置は変わらない。すなわち、細胞が消えた穴を埋めることが全くない代わりに、細胞膜を伸ばして細胞が消えた穴をなんとか埋めようとはする。ビデオで撮ると、核の位置は全く変わらないのに、膜だけはダイナミックに変化している。この膜の動きは予想通りRac1とよばれる分子の働きで動きをますが、これは膜の変化だけで、細胞核のポジションは全く変わらない。

面白いことに、これは耳や足の毛のほとんどない部分の話で、同じ耳でも端の方の毛が存在する場所では、自然に新陳代謝が維持され、細胞は2週間もすると違う場所に動いている。とすると、おそらく体幹の皮膚のファイブロブラストはもっと動き回っていると考えればいいのだろう。

あとは新陳代謝のない耳のファイブロブラストに戻って、最後に老化での変化を調べている。ファイブロブラストは老化により失われていくが、これはランダムなプロセスで、皮下で寿命がきた細胞から失われていく。そして、これまで見てきたように、新陳代謝はないため、徐々に細胞数が低下する。その結果、細胞は膜をのばして間を埋めようとする為サイズが大きくなる。しかし、最終的には老化とともに細胞間のギャップは拡大し、いわゆる薄っぺらい皮膚になっていくという結果だ。 実際にはこれ以外にもさまざまな実験を行なっており、大きな損傷では流石に細胞は増殖して穴を埋める。しかしそれでも膜を広げて埋め合わせをしようとする性質は変わらない。何れにせよ安定した皮膚組織では、ファイブロブラストは場所を全く変えないで、老化とともに失われ、この間、膜は極めてダイナミックに変化するが、それによって細胞の場所が変わることはないという結論で、細胞の新陳代謝が必須と思っていた常識を見事に覆した研究だ。最初に書いたが、このような予想外の結果は、結局見て見ないとわからない。「なんでも見てやろう」という気持ちの重要性がよくわかる研究だった。
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11月27日 ヒトのダウン症のシナプス形成をマウスの脳で観察する(11月16日Science掲載論文)

2018年11月27日
ヒトiPSが発表された時Nature Reviews Molecular Cell Biologyに「The promise of human induced pluripotent stem cells for research and therapy」というエッセイを書いた。 あの時のエッセイのFig2にリストした内容は(https://www.nature.com/articles/nrm2466/figures/2)10年近く経ったいま、着々と実現しているように思う。しかし、あの時全く予想できなかったこともある。例えば、iPSを用いたヒトの疾患モデルを、マウスの身体の中で再現する事だ。と言うのも、マウスとヒトでは共通に働かない分子も数多くある。従って、単純な組織ならともかく、複雑な組織に移植したいヒト細胞がそう上手く働くようには思えなかった。

今日紹介するロンドン王立大学からの論文は私の間違った思い込みを覆し、マウスの脳内でヒトiPS由来の神経のシナプス形成や剪定を長期間観察できることを示した論文で11月16日号のScienceに掲載された。タイトルは「In vivo modeling of human neuron dynamics and Down syndrome(体内でのヒトニューロンの動態およびダウン症候群のモデリング)」だ。

研究は極めてシンプルで、iPSから皮質の興奮型神経細胞を誘導し、これをそのまま大人のマウス大脳体性感覚野に移植しているだけだ。実際には、分化誘導後36−38日目の神経細胞なので、未分化な細胞が50%含まれている。これによりマウス脳内には、iPS由来のグリアや興奮性ニューロン、抑制性ニューロンが確認される。ちょっと気になるのは、多くはないがミクログリアまで存在していると言うので、試験管内の分化がどこまで進んでいたのか怪しい気がする。

とはいえ、神経細胞はしっかりできており、様々な場所にアクソンを伸ばしている。しかも、マウスの体性感覚野の神経細胞と同じ場所に軸索を伸ばしている。この標識されたiPS由来のヒト神経細胞の動態を顕微鏡で追いかけているのがこの研究のハイライトで、この間に興奮性、及び抑制性のシナプスが形成された後、軸索が退縮してバラバラになるところまで観察することができる。

ではiPS由来神経はどの細胞とシナプスを形成しているのかと調べると、ほとんどがヒトの神経同士でのシナプス結合だが、7.5%は確かにマウスの神経とシナプス形成をしており、しかも感覚刺激により人ニューロンが興奮することまで確認している。これが本当だとすると、ヒトvsマウスシナプスの構造や組成をさらに詳しく調べる必要があるだろう。

ヒトvsヒトであっても、ヒトvsマウスであっても、ともかくシナプス形成やその剪定まで持続的に観察できることは、この系で複雑な遺伝的変化の神経細胞への影響を調べる可能性がある。この研究では、ダウン症の人から得られた線維芽細胞から21番染色体がトリソミーのままのiPSと一本の染色体が失われて正常化したiPSを作成し、これらを用いて同じ実験を行なっている。

そして、トリソミーを持つダウン症の神経細胞は、軸索に沿って形成されるスパインとよばれるシナプスが、正常細胞に比して安定で剪定されにくいため、スパインの密度が増えていることを発見する。ところが、ニューロンの活動は強く低下していることが明らかになった。

もちろんこの結果だけから、ダウン症候群の神経について議論することは時期尚早だと思う。しかし半年以上移植した神経が観察できること、また移植した場所に応じた神経細胞ができること、さらに遺伝子導入が簡単であることから光遺伝学が容易に使えること、そしておそらく何箇所にも人間の細胞を移植できるだろうことから、人間の神経細胞同士の相互作用の研究にかなり流行るのではと予感している。しかしなんでもやってみることだと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月26日:司法判断を科学的に検証する(Nature Human Behaviour掲載論文)

2018年11月26日
特に最近テレビを見なくなったが、それでもサスペンスドラマは好きで、出来るだけ見ようと時間をやりくりしている。ところが最近の刑事ドラマを見ていると、数年前とは大きく内容が変化したように思える。まず女性の刑事が主人公のドラマが圧倒的に増えた。それと、警察トップやキャリアは忖度して現場に圧力をかけるのが当たり前で、それに屈しないで真実を追求する一匹狼の刑事や警官の話が多い気がする。もちろん、見終わった後の満足感は大きくいつも喝采をあげているが、しかし考えてみると、警察トップは政府や組織が大事で、決して正義など求めていないと考える風潮が蔓延しているとしたら問題だ。ぜひこんな話がドラマで終わるよう努力しないと、私たちの国はとんでもないことになるだろう。

ちょっと脱線したが、今日紹介したいデューク大学医学部からの論文はまさに司法上の正義の問題で、主に一般人の行う司法判断に潜むバイアスを階層的ベイズモデルを用いて分析した研究だ。Nature Human Behaviourに掲載予定論文でタイトルは「Modelling the effects of crime type and evidence on judgments about guilt (犯罪の種類と証拠が有罪判断に及ぼす影響)」だ。

わが国の現状は把握していないが、陪審員制度が定着している米国では、司法判断が公正に行われているのか、学問として常に検証を行っているようだ。ところが、これまでの調査のほとんどは、多くの統計データを見て人間が問題を判断する手法で行われていた。そこで、この研究ではウェッブで集めた成人の判断を、それに用いた様々な条件を階層的ベイズ法を用いて統計計算することで、判断を客観的に行おうとした研究で、このような分野では画期的な試みと言えるのかもしれない。

研究ではおそらくこれまでに行われた裁判記録をもとに、万引きから強姦殺人まで33の裁判シナリオを被験者に示し、その時の証拠の内容や、目撃情報、前科の有無など、様々な条件をもとに、それぞれのシナリオで有罪にする根拠をほとんどないから確実まで点数をつけさせるとともに、有罪の場合はどの程度の量刑が適当かを、無罪から終身刑までの中から選ばせる。この点数と、それぞれの判断に用いられた条件、例えば犯人のDNAが現場から検出されたなど、模擬裁判シナリオで提供されている証拠のどれを使ったかなどを総合して、司法判断が何に基づいて行われているのかを推計している。 また、検察官、法廷弁護士、司法を学んでいる学生にも同じ実験を行なっている。

結果は以下のようにまとめられるだろう。
1)階層的ベイズモデルは計算が大変だが、司法分野の科学的分析にも有力な方法となる。
2)基本的には、ほとんどの人がDNAを筆頭に物的証拠を重視し、目撃証言や前科などにはあまり重きを置かない判断をしている。
3)とはいえ、同じような犯罪歴がある時、それが判断に影響する率は10%も存在する。
4)証拠以外にも、犯罪の重大さ、証拠の種類など、直接有罪無罪に関係ない、Crime effectと呼ばれる指標が影響する。
5)学生も含め、司法関係者は物的証拠重視が徹底してる。
6)意外なことに、前科を重視しないという点では検事が一番徹底している。
7)物的証拠や目撃者などを判断材料にする時、司法関係者はほとんど証拠以外のCrime Effectが見られないが、一般人ははっきり存在する。
8)犯罪の量刑が重いほど、有罪判断の自信が高まる。これは、司法関係者も同じ。

きわめて常識的だが、しかしこれは全てベイズモデルを用いて判断された結果である点が大きい。もちろん、データを見て考える重要性は今後も変わらないだろう。しかし、今回のようにベイズ推計を積極的に利用することは重要だろう。というのも、いいか悪いかは別として、裁判の結果をAIで評価する未来と繋がっている。あるいは、AIで先に判断するようになるのかもしれない。これにより、裁判とは何かが問い直されると思う。 いずれにせよ、司法によって立つ人間の判断を常に科学的に確かめることで司法に対する国民の信頼も維持されるのだろう。その意味で、刑事ドラマが映し出す世相を考えながら、わが国はどこへ行こうとしているのかを考えざるを得ない今日この頃だ。
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11月25日 マンノースを食べるとガンを弱体化できる(Natureオンライン版掲載論文)

2018年11月25日
最近代謝研究が進み、こんなことがわかっていなかったのかと思うような話が発表される。例えば今年2月に紹介した果糖がなぜ肝臓障害を起こしやすいのかを示した論文(http://aasj.jp/news/watch/8072)はその一例で、糖の代謝などとっくにわかっていると思わず、調べてみることの重要性を示している。

今日紹介するCancer Research UKからの論文も結構驚きの話で、今度はマンノースのガンに対する作用について示した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Mannose impairs tumour growth and enhances chemotherapy(マンノースは腫瘍の増殖を抑制し、化学療法の効果を促進する)」だ。

最近、ガンは自分の増殖を支えるために、グルコース代謝が正常細胞より亢進しており、それをガンのアキレス腱として標的にできることがわかってきた。この研究もそのうちの一つと言えるが、グルコースと同じ単糖にもグルコース代謝を抑制できるものがあるのではと、培養ガン細胞に様々な単糖を加える実験を行い、一部のガンの増殖をマンノースだけが抑制できることを発見する。

最初単純に細胞内へのトランスポーターをグルコースと競合するからかと単純に考えたようだが、最終的にマンノース摂取により細胞内で上昇するマンノース6リン酸がグルコースから乳酸への経路、あるいはTCAサイクルなど、様々なグルコース代謝経路を抑制することを明らかにする。すなわち、グルコース代謝が高まっているガンで特にこの効果が高い。そこで、一般に用いられる抗がん剤との併用効果を調べると、マンノースは抗がん剤にさらされたガン細胞の細胞死を、ミトコンドリア膜で細胞死を調節しているBclX, Mcl-1の翻訳を抑えることで、促進していることが明らかになった。そして、試験管内でマンノースの効果がはっきりしているガンでは、マウスのガン治療モデルで、マンノースを食べさせることで化学療法の効果を高めることが明らかになった。

最後に、マンノースの効果の見られるガンと、そうでないガンを比べ、マンノース6リン酸とフルクトース6リン酸の間の転換に関わる酵素PMIが高いと、マンノース6リン酸の細胞内濃度が低下し、効果が薄れる可能性に気がつく。そして、マンノースの効果がないガンも、PMIをノックアウトすると効果が現れることを示している。また、直腸ガンでは一般的にPMIの濃度が低いことから、マンノースの効果が高いと予想できると考え、マウスモデルでこれを証明している。

話はこれだけだが、マンノースという安価な糖を用いてガンを抑制することができるという発見は、臨床的にも重要だと思う。以前紹介したが、ビタミンCの大量静脈注射など、副作用が強くなく、どの機関でも使いやすいガン治療法が開発されるのは望ましい。この研究では、効果が期待できるかどうかについても予測できる指標まで開発しており、ぜひ早期に臨床治験を進めてほしいと思う。副作用がないと言っても気になる点もある。例えば、マンノースは抑制性T細胞を増やすことが昨年報告されている。とすると、癌に対する免疫が落ちるかもしれない。その意味で、化学療法と併用しても、副作用がないからと飲み続けるのは問題になる。このような薬剤は、決して根治につながるものではないため、一般的なガン治療の補助剤として使うことになるが、まずコストはほとんどかからないだろう。ガンの代謝研究の重要性を認識できるいい研究だと思う。
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11月24日 ピーナツアレルギーの新しい脱感作療法(11月19日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2018年11月24日
ピーナツをはじめ、さまざまな食品に対する1型アレルギーを持っている人は、外食の際に常に食材に気を配る必要がある。まだアレルギーが何かよくわからない、特に育ち盛りの子供が、みんなと同じ食事を取れないというのは精神的負担が大きく、小児科領域では最も重要な開発課題の一つだといえる。しかし、症状の強い人では、間違うとアナフィラキシーショックによる死につながるため、現在もなお原因になる食物を特定して、避けるのが最も確実な対処方法になる。

しかし、アレルギーを起こす免疫系を変化させようとする試みも、欧米ではピーナツアレルギーに、わが国では卵アレルギーについて進んでおり、成果が出始めている。中でも注目されてれいるのが、アレルギーの親族がいる子供に、乳児期から敢えてピーナツを食べさせて治療する方法で、おそらく腸管から免疫することで、制御T細胞を活性化することができるのだろう。アレルギーの治療としては、ますます発展させる必要のある方向だろう。

一方、すでにアレルギーが発症している人については、昔から脱感作療法が行われている。特定できた抗原を、低い量から徐々にエスカレートさせ、一定期間注射を続ける治療法だが、私の理解では免疫系が抑制されるというより、同じ抗原に対してIgG4などアレルギーを起こさない抗体を誘導し、抗原を中和するのが作用メカニズムだと思う。この脱感作は、これまで医師による注射で行われていたが、これをピーナツ抗原の入った飲み薬で行うのがAimmuneという会社の開発したAR101で、この第3相臨床試験を、欧米の機関が集まって行った結果が、11月19日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「AR101 Oral Immunotherapy for Peanut Allergy(ピーナツアレルギーに対するAR101を用いた経口免疫療法)」だ。

まず800人程度の、ピーナツアレルギーとたしかに診断できる患者さんを無作為に、AR101と偽薬にわけ、どちらも脱感作療法プロトコルに従って投与している。脱感作だが、最初は医師の見ているところで毎日0.5mgから6mgまで量を上げていき、その後は2週間ずつ300mgまでエスカレートさせ、その後300mgを24週間続ける約1年のプロトコルだ。この治療を受けた患者さんは、100mg(ピーナツ半分)に対してさまざまな程度のアナフィラキシーが起こることが確認されている。従って、300mgまで増量できることは、脱感作がうまくいっていることを意味する。一般的な脱感作療法と同じで、実際にはこの時多くのアレルギー症状が出て、治療をストップせざるを得ない。この治験でも、374人からスタートしたAR101グループのうち41人が、さまざまなアレルギー症状でドロップアウトしている。その意味では、これまでの脱感作療法とあまり変わることはないが、注射が必要なく、エスカレーションの後は自宅で管理ができる点が売りになるだろう。 それでも、副作用が出たのは10%強ということで、それ以外は300mgというピーナツ1個分を毎日食べられるようになっていることを意味する。

そして1年後、AR101服用をやめる時に、600mgと1000mgを余分に食べさせてみて、アナフィラキシーが出るか症状で見ている。結果だが、効果は絶大で、6割を超える4ー17歳の子供は、ほとんど症状がでない。また症状に対してエピネフリン注射を行った頻度も、コントロール群では53%に達するのに、AR101群では10%と抑えられており、アレルギーを抑えられていることを示している。メカニズムに対しても検査が行われており、AR101によりIgEのレベルは変わらないが、IgG4が誘導され、おそらく抗原が中和出来るのではと考察している。

以上が結果で、アレルギーを抑えるという点では成功した治験と言えるだろう。ただ脱感作だと今後も服用を続ける必要があり、それ自体が免疫反応を誘導することになるので、治療として定着できるかどうかは判断が難しいように思う。とはいえ、脱感作という私たちが学生の頃からの治療法に集中するベンチャーが存在していること、そしてここまで開発が進んでいることに本当に驚いた。
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11月23日:メチル化の程度が世代を超えて再現できる仕組み(11月15日号Cell掲載論文)

2018年11月23日
親の経験が生殖細胞のエピジェネティック変化を誘導し、その変化が安定的に孫子にまで伝わるエピジェネティックな遺伝は、さまざまな疾患の原因になっているのではと注目されている。しかし、エピジェネティックな記憶は一度生殖細胞を通ることで完全にリセットされるので、本当にその様な安定な伝達が起こるのか、いまだによく分からない。しかし、遺伝的には全く同じなのに、色素の量を決める遺伝子の発現が異なる結果、違う毛色が子孫に伝達されるケースが確かに存在している(Agouti viable yellow:Avh)。そして、これがアグーチ遺伝子の発現が上流に飛びこんだレトロウイルスプロモーターのメチル化の程度で決まっていることも知られている。一般的に、遺伝子に内在するレトロウイルスは完全にメチル化され不活化されるのに、Avhの場合、アグーチ遺伝子上流に挿入されたレトロウイルスは不活化が完全でない状態が、子孫まで維持されることになる。

今日紹介する英国ケンブリッジ大学からの論文は同じように世代を超えて伝えられるメチル化のパターンがどの程度ゲノム上に存在し、またそれを維持する条件を現象論的に調べた研究で11月15日号のCellに掲載された。タイトルは「Identification, Characterization, and Heritability of Murine Metastable Epialleles: Implications for Non-genetic Inheritance (マウスの比較的安定に伝達できるEpi-alleleの特定、解析、そして遺伝性:非遺伝的伝達についての示唆)」だ。

この研究は、マウスゲノムの中にある内在性レトロウイルスのうちのIAPに焦点を当て、どの程度のIAPがメチル化のパターンを子孫に伝達できるのか網羅的に調べることが目的になっている。そのため、1)個体間でメチル化パターンが異なり、2)それがメチル化パターンと対応し、3)その近くの遺伝子の発現量が変化するという条件でIAP-LTRを探している。実際、ほとんどのIAPは完全にメチル化されているが、30種類のIAPがAvhと同じように切れ切れで中途半端なメチル化パターンを持っていることが分かった。

次にIAP-LTRの中で、完全にメチル化されるものと、メチル化のレベルが変動するものに分かれる理由について塩基配列を比べているが、特に特徴的な塩基は見つからなかった。ただ、多くのマウス系統で同じようなメチル化が変動するIAPを比べると、比較的新しくゲノムに飛び込んできたIAPにこの傾向があること、そして変動タイプのIAPの隣にはクロマチン制御にかかわるCTCF結合サイトがあることが分かった。また、転写への影響をヒストンのアセチル化やメチル化などで調べると、このような新しくゲノムに入ったIAPは確かに転写に影響し、それもメチル化の程度と転写が反比例することも分かった。

ではこのメチル化が変動する状態が生殖細胞へ分化した時も維持されるのかどうか調べるため、精子でこれらの部位のメチル化を調べると、完全にメチル化されている。従って、世代を超えてこのメチル化の状態が遺伝するためには、発生過程でもう一度同じ変動型のメチル化状態が作られる必要があることも分かった。おそらく、CTCF結合サイトが近くに存在することで、メチル化がほころびるのではと考えているようだ。

話はこれだけで、Avhと同じようなメチル化が完全でないIAPが結構存在でき、そのパターンがもう一度発生で再現できるという現象論で終わっているので少しフラストレーションは残るが、やはり内在性のレトロウイルスが個体差の重要な要因になることが確認されたのは重要だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ