4月15日 リズム感が言葉の記憶を助ける(Nature Neuroscience4月号掲載論文)
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4月15日 リズム感が言葉の記憶を助ける(Nature Neuroscience4月号掲載論文)

2019年4月15日

心地よい、気持ちが良いという快感が、美しいという普遍的な美の認識へどう転換できるのかについて、「完全なイデアが、現実や認識を超えて存在するのだ」というプラトンの超越論的な考えから、「物の中に形相因として存在する」というアリストテレスのように、哲学の始まりから盛んに議論されてきた。

ただ現代の脳科学に近いのはカントの「判断力批判」からだと思う。単純化して言ってしまうと、普遍的な美に到達するためには、心地よい感覚インプットが個人の能力や経験を通した判断を通して目的化される必要があると考えたが、この目的化の過程に芸術の普遍性もあるし、個性もある。特に、個性になってくると先天的、後天的を問わず芸術家ならではの能力が存在し、これは脳の多様性として現れるはずだ。

先週土曜日、芸大の油絵科の学生達と話す機会があったが(不思議と全員女性だったが)、彼女たちと話していて驚いたのは、鏡で確認しなくても、自分の顔を思い出せるそうだ。もちろんこの能力は芸術家に限らないと思うが、私たち凡人は自分の顔は言うに及ばず、顔を空で思い浮かべることは簡単ではない。絶対音感もそうだが、一つづつこのような脳の多様性を解明していくことは芸術に関わる創造性、すなわち脳の多様性を理解するためには重要だ。

前置きが長くなったが、今日紹介するニューヨーク大学からの論文は、人間のリズム感についての差の脳科学的背景を調べた研究でNature Neuroscience4月号に掲載された(22:627, 2019)。タイトルは「Spontaneous synchronization to speech reveals neural mechanisms facilitating language learning(話し言葉への同調能力から言語学習を促進する神経学的メカニズムが明らかになる)」だ。

この研究ではまず言葉のシラブルの持つリズムの認知能力を、言葉を聞かせて、それをもう一度繰り返させるという課題で調べている。すると驚くことに、繰り返して同じシラブルを話すとき、聞いたリズムと同調したリズムで話せる人と、そうでない人がはっきり分かれることがわかる。

この2つのグループで、今度はもう少し複雑なシラブルを聞かせながら脳磁図で活動を調べると、同調能力の高いグループほど、左脳のブロードマン44領域と呼ばれる言葉を話すときのタイミングに関わる領域の活動が、聞いているリズムに強く同調していることがわかった。すなわち、言葉のリズムの認識力が脳の機能の違いとして検出できることになる。

そこで、ではこの機能的違いが脳のネットワークの違いを反映しているか、神経繊維を通る水分子の動きを調べる拡散強調MRIを用いて前頭葉と聴覚野の結合を調べ、左側の聴覚野への神経結合が高まっていることを明らかにしている。そしてこの能力が音を聞いて言葉を覚える能力とも相関する事を明らかにしている。

話はここまでで、高次の機能を支える脳の構造的違いを一つ明らかにした面白い研究だ。こうして特定された違いを、日本人と中国人や米国人と比べたり、あるいは音楽家と素人で比べたりすることで、さらに面白いことが発見できるような気がする。

このような論文を読みながら、土曜日の会話を思い出すと、芸術を鑑賞するとき、自分が心地よいというだけでなく、作者や演奏家の脳の多様性を楽しめる境地まで達することができれば、芸術のあり方ももっと大きく変化するような気がする。その意味で、科学者と芸術家が常に対話することは重要だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月14日 デニソーワ人は南アジアまで進出していた(5月2日発行予定Cell 掲載論文)

2019年4月14日

最初デニソーワ洞窟で見つかった指の骨からその存在が確認されたデニソーワ人も、その後の研究で他の個体も発見され、ゲノムの解析が続いている。ただデニソーワ人の骨は今のところシベリアのこの場所以外では見つかっていない。しかし、現代人に受け継がれているデニソーワ人のゲノムを調べると、シベリアからアジアにかけての民族のゲノムにはほんの少ししか残っていないのに、なんと遠く離れたパプア・ニューギニアの民族では5%前後のゲノムがデニソーワ人由来であることが明らかにされている。この結果は、なぜメラネシアだけにこれほどのデニソーワ人ゲノムが維持されることになったのかという人類史の大きな謎を残した。

今日紹介するニュージーランド・Massey大学を中心とする国際チームの論文は、インドネシアに属する南の島々の住人161人の全ゲノムを新たに解読し、すでにデータベースに預けられているゲノムと合わせて解析することで、デニソーワ人の足跡を追いかけた研究で、5月2日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Multiple Deeply Divergent Denisovan Ancestries in Papuans (パプア人には多様な複数のデニソーワ人からのゲノムが存在している)」だ。

この研究では、多くのパプア人ゲノムとすでに存在するアルタイ洞窟のデニソーワ人ゲノムを統計学的に比べて、デニソーワ人ゲノムがメラネシアに伝わってきた様子を明らかにしようとしている。ただ、パプア人にはネアンデルタール人ゲノムも混じっており、確実にデニソーワ人から由来する遺伝子断片を特定する必要がある。この研究のハイライトは、確実にデニソーワ人由来と確定できる遺伝子断片を何千個もリストすることに成功したことだ。

このようにデニソーワ人由来であることがはっきりした長い断片を、元のデニソーワ人ゲノムとの違いを比べると、今度はデニソーワ人から流入したゲノムが多様化していくプロセスを追いかけることができる。この方法で、デニソーワ人とパプア人は最初は3万6千年前、次は2万8千年前の、少なくとも2回交雑を行なっていることが明らかになった。

それぞれのデニソーワ人ゲノムの地理的分布をさらに統合して、最終的に次の結論に到達している。
1)交雑が行われた時間帯や地理的分布から考えて、間違いなくデニソーワ人はメラネシアに存在していた。とすると、起源はともかく、デニソーワ人は海を越えてシベリアとメラネシアに分布できる能力を持っていた。
2)パプアでは、デニソーワ人は少なくとも3万年前、おそらく1万4千年前まで独立して生存していた。
3)交雑の様態から考えている、パプアに移動したホモ・サピエンスとデニソーワ人は、完全に独立して暮らしていた。

これ以外にも、デニソーワ人由来の免疫系遺伝子を含むいくつかの遺伝子が、パプア人の生存に貢献したこと、なども示されているが、なんといってもデニソーワ人が1万4千年前までパプアに生息していたという結論だけで十分だろう。

彼らがいつパプアに来たか調べるために、フローレンス人のゲノム断片が見つからないかなど探索はしているが、現在のところホモ・サピエンス、デニソーワ、ネアンデルタールのゲノム以外は見つかっていない。しかし、ジャワ原人、フローレンス人、あるいは最近発見されたフィリピン原人など、アジアの島々はアフリカに並んで、新しい人類研究の現場になること間違い無い。まず次のデニソーワ人の骨がこの領域から発見されることを期待している。

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4月13日 便の細菌叢移植による自閉症の治療(4月9日Scientific Reports掲載論文)

2019年4月13日

先日マウス自閉症モデルで見られる社会性の低下を、乳酸菌の一種ロイテリ菌が改善できること、そしてこの作用が迷走神経刺激を介したオキシトシン分泌によることを示したテキサス・ベイラー医科大学からの論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/9990)。ただ、これらの結果はすべてマウスでの話なので、是非ヒトでも早く研究を進めてほしいと期待を述べた。それから何日も経ってはいないが、自閉症を健康人の便から分離してきた細菌叢を服用させて治療できる可能性を示した論文がアリゾナ州立大学から4月9日号で報告された。タイトルは「Long-term benefit of Microbiota Transfer Therapy on autism symptoms and gut microbiota (自閉症の症状と細菌叢に対する細菌叢移植治療の長期効果)」だ。

腸内細菌叢が自閉症の症状に寄与している可能性は従来から指摘されていた。とくに、自閉症の多くで消化管症状がみられ、生活を阻害していることは周知の事実で、以前自閉症の健康と題して、Autism Reportsによる論文を紹介した時(http://aasj.jp/news/watch/6791)、多くの家族の方から、消化管症状で困っていると言うメールをいただいた。このように、毎日の生活を悩ませる慢性の消化管症状を治療することは生活の質を上げるために必須で、対応が望まれていた。さらに、ロイテリ菌などの結果から、消化管症状を改善させることが、自閉症の症状を改善させる可能性もある。

この消化管症状を便から分離した細菌叢を用いて治療できないか調べたのがこの研究で、細菌叢を投与後18週目までの結果はすでにMicrobiome 5:10, 2017に報告されている。この論文には全く気づかなかったが、読んでみると健康人の便から分離した細菌叢の投与で消化管症状は著しく改善し、さらに自閉症の診断指標も有意に低下するという素晴らしい結果だ。

今回の研究はこのときの18人をさらに長期間追跡した2年目の経過報告だ。結果を紹介する前に、まずどんな治療かを短く述べておこう。ずいぶん昔このブログで、クロストリジウム感染を健康人の便から分離した細菌叢を用いて治療するマサチューセッツ総合病院からの論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/6791)。これまで健康人の便の移植は行われていたが、カテーテルで腸に直接投与するので、医療としての普及が進んでいないが、これを飲み薬にしてしまうという発想の治療だ。

この研究でも、同じように調整した細菌叢を-80℃で保存し、同じ最近叢を全員に使っている。そして、投与前にすでに存在する腸内細菌叢を徹底的に抗生物質で処理し、また細菌叢を服用するときは胃酸を抑えて腸まで細菌が到達できるようにしている。そして最後に一回、大腸にも細菌叢を移植している。

18週目の結果も印象的だが、消化管症状の改善は2年目まで続いている。実際、この治療を受けた全員、消化管症状に悩まされていた人たちだが、半分以上で大きな改善が続いて生活の質が高まっている、もちろんこれだけでも素晴らしいと思うが、自閉症の症状、特に専門家が検査するスコアでは、18週よりさらに改善がみられるという結果だ。そして、患者さんごとに消化管症状と自閉症の改善度をプロットすると、消化管症状の改善と自閉症の改善がほぼ相関している。

以上の結果は、消化管での細菌叢の変化が、消化管症状だけでなく自閉症症状にも寄与していることを強く示唆しており、ロイテリ菌の結果も含めて腸内細菌叢が自閉症治療の重要な標的になる可能性を期待させる。とはいえ、この研究はオープンラベルで、対象者に対するプラセボ効果でこのような改善がみられていることは否定できない。そのため、できるだけ早く、適切な対象を選んだ治験を進めてほしいと思う。

しかし個人的には、ロイテリ菌といい、この治療といいかなり有望な可能性ではないかと期待している。

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4月12日 RAGタンパク質の進化(Natureオンライン版掲載論文)

2019年4月12日

研修医の頃、京大に利根川さんが来られて、免疫グロブリン遺伝子再構成についてセミナーをされたのを聞いて、不思議な感動を覚えた。それが臨床を辞めてから、血液幹細胞からB細胞への分化を最初の研究テーマに選んだ理由だと思う。当時、免疫グロブリン遺伝子再構成はよくわかっていたが、それに関わる分子はほとんど分かっていなかった。そんな時、Baltimoreラボの若い研究者だったDavid SchatzがついにRAG1,RAG2の2つのタンパク質で遺伝子再構成が起こることを明らかにした。彼がRAGを見つけるまで、何回かミーティングで一緒になることがあったが、東海岸のエリート研究者を絵に描いたような印象は今でも忘れない。

あれからすでに30年以上経っているが、今日紹介するエール大学論文を読んでSchatzが今もRAGについて研究していることを知り懐かしく紹介することにした。タイトルは「Transposon molecular domestication and the evolution of the RAG recombinase(トランスポゾンの飼いならしによるRAGリコンビナーゼの進化)」だ。

免疫グロブリン遺伝子を正確に編集するRAG1/RAG2分子が、動く遺伝子トランスポゾンから進化しただろうことは当時から想定されたいた。その後、ショウジョウバエのゲノムからin silicoで再構成されたTransibがそのルーツで、その後ナメクジウオのRAG1/2プロトタイプを経て進化したことが明らかになっていたようだ。

この研究ではRAG1/RAG2の最も近い親戚と言えるproto(p)RAG1/proto(p)RAG2の、酵素活性、構造、トランスポゾン活性などを比較し、RAG1/RAG2のような正確な遺伝子編集酵素が進化してきたのかを調べている。

ほとんどの読者はもはや馴染みはないと思うが、RAGはゲノム上の極めて正確なシグナル配列セット(これもトランスポゾン由来と考えられる)を認識して、シグナル配列を切り出し、ゲノム側の断片はヘアピン構造を作らせた後、DNA修復で再結合させる一方、断片の方はシグナル部分で再結合させ新たなトランスポゾンになるのを抑えている。この辺りの研究については、1980年ごろ大変な競争があって懐かしいが、ナメクジウオのpRAGと比べると、まずRAGではシグナル配列の両端を必ずカットする一方、pRAGでは様々なタイプの断片ができてしまうこと、そしてpRAGでは切り出した後ゲノムの他の場所に挿入されるトランスポゾン活性が残っていることがわかった。

そこで、クライオ電顕を用いた構造解析を行い、トランスポゾン活性をどのように抑えている分子変化を特定している。詳細を省いて、この解析からわかった進化の過程をまとめると次のようになる。

これまではシグナル配列断片を環状に閉じることで、トランスポゾン活性が抑えられると説明されていたが、実際にはプロトRAG1,RAG2に起こった2つの変化によってトランスポゾン活性が抑えられたRAGが誕生する。一つは、RAG1の840番目のアミノ酸のアルギニンへの変化と、RAG2の酸性のC末の変化で、これにより再構成がシグナル配列に完全に縛られるようになり(12/23ルールと呼ばれている)、さらに切り出した後の細胞内過程を調節してトランスポゾン活性を抑えているというシナリオだ。

もう抗原受容体遺伝子の再構成に興味を持つ人は減ったと思うが、私にとってはSchatzの名前とともに懐かしく思わず紹介した。しかし、これほどマニアックなプロの研究がしっかりと進んでいることを見て、大変感銘を受けた。

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4月11日 高齢者の作業記憶低下を電流で元に戻す(Nature Neuroscienceオンライン掲載論文)

2019年4月11日

いつも不思議に思うのだが、機能的MRIで脳が働いている領域を血流の変化で捕らえられるということは、脳の働いている領域へ血流が優先的に向けられるということを意味している。しかし、どの様な機構でこれは起こっているのだろうか。もし血管レベルで脳の領域レベルの活動が調節できるとすると、私たちが脳でイメージする個々のシナプスでの神経同士の結合ネットワークだけでなく、より大きな細胞集団を選択的に支える機構も、脳機能にとって重要になる。

この疑問は、最近の脳へ磁場を与えたり、直接電流を流す研究を読んでいると、ますます強くなる。すなわち、個々の神経回路のみならず、領域単位の変化で神経機能を変化させられるとすると、集団の活動と、個別の神経の活動がうまく調節されることで、脳が働いていることになる。今日紹介するボストン大学からの論文はこの領域間の同期がうまくいかないのが老化による作業記憶の低下の原因で、これを電流で治せることを示した面白い研究だ。タイトルは「Working memory revived in older adults by synchronizing rhythmic brain circuits(高齢者の作業記憶は脳回路のリズムを同期させることで復活する)」で。Nature Neuroscienceにオンライン出版された。

この研究では、最近海馬の記憶形成時にみられる、γ波という早い周期の脳波成分が、θ波という遅い周期の成分に同期するPhase amplitude coupling(PAC)に注目して、老化による作業記憶の低下とPACの発生に何らかの関係がないか、作業記憶を調べる課題を行いながら、脳波を記録して調べている。

結果は、作業記憶が正常に働いていると、側頭葉で記憶される脳波でPACが見られるが、これが高齢者で欠損していること。また、このPACの発生は、前頭葉と側頭葉のθ波の位相が一致することで発生することを特定する。

同じような結果はこれまでも示されていたと思うが、この研究では前頭葉と、側頭葉の2箇所を位相を合わせた電流で25分間刺激して、側頭葉にPACを発生させることに成功している。しかも、このPACの回復の程度に応じて、作業記憶能力が回復している。

すなわち、

  • 前頭葉からの働きで、側頭葉が同調することで、側頭葉で発生したθ波にγ波がカップルすることで、作業記憶が維持されること、
  • この過程が高齢者では阻害されており、その結果作業記憶が低下していること、
  • そしてこれを領域レベルの操作で回復させることができること

が結論になる。

この研究では、極めて短期の操作による結果を調べているが、今後より長期の操作で、自然に前頭葉から側頭葉の同期が起こるようにすることが目標になるだろう。短期の操作を繰り返せば慣れで治るのか、あるいは他の刺激が必要なのか、興味が尽きない。おそらくスーパー高齢者での研究も必要だろう。しかし、私たち高齢者にとって一番気になる問題についても、着々と研究が進んでいるのは嬉しい。

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「生命科学の目で読む哲学書」第1回 はじめに

2019年4月10日


6年前にあらゆる公職から身を引いた。この決断に対して、仕事を続けるべきだとか、途中でやめるのは無責任だとか様々なアドバイスを受けたが、6年経ってみると本当に良かったと思っている。というのも、研究も含めあらゆる公職を辞すことは、あらゆる制限から解放されることを意味する。現役時代でも様々な分野に興味を持つ方だったが、それでも専門を持ったままではその縛りを無視して自由気ままに生きることは、よほど能力がないと難しい。そのため、例えば脳科学について論文を読むことなど、ほとんどなかった。

しかし今、この縛りから解放されると、分野を問わず毎日多くの論文を読むようになった。おそらく人生のうちで論文を最も読んでいる時期を過ごしているのだと思う。その結果、自分で言うのもなんだが、論文に目を通して理解するという点だけで言えば、他の人には負けていないという自信ができた。この蓄積が、様々な人に講義をしたり、あるいはコンサルテーションの仕事をする際に大いに役に立っている。専門に縛られていた頃の自分と比べると、世界の研究の今を俯瞰的に見るようになったことで、視野が開けた。そして、生命科学が量的に進展するだけでなく、革命的変化を遂げているのがよくわかる。逆に、6年間論文を読み続けると、わが国の生命科学界総体が(もちろん優れた個人は多く存在するが)、この革命から取り残されていることもよくわかる。

この生命科学の変革の核になっているのが、「人間の科学を中心に置く」生命科学の再統合ではないかと思う。「人間の科学を中心に置く」などというと、「生命科学の対象を人間に縛り付けることは、応用偏重の間違った方向性だ」とお叱りを受けそうだが、少なくともトップジャーナルの編集方針を見る限り、21世紀は人間学を中心に置く生命科学へと舵を切ったように思える。そして「基礎だ、応用だ」と議論が続くわが国の学界は、新しい時代の人間中心の生命科学を、応用重視としてしか見られない硬直した考えに支配されている。

「人間を中心におく生命科学」で私が意味したいのは、決してiPS細胞などを用いた応用研究を強化せよという話ではない。例えば、ガラパゴスでの軍艦鳥の研究も(http://aasj.jp/news/watch/5615)念頭に置いているし、何よりも科学者に自らの興味に基づく自由な発想の研究ができるようにしないと実現できない目標だと思っている。わかりやすく言ってしまうと、生命を考える時、人間という究極の生命システムにまで視野を広げて、現象を理解しようとする態度だ。ダーウィンが「The Decent of Man」を書いたことを思い出してほしい。

しかし口で言うのは簡単だが、実際にあらゆる生命科学の問題をこの方向と結びつけて考えることは簡単ではない。この発想の転換ができていないと、結局生命科学を「基礎と応用」に分離する2元論に陥り、出口のない議論を続けることになる。おそらくこの発想の貧困が我が国の最大の問題点のように思える。新しい未来を視野に入れた議論を行うためには、生命科学全体を把握できる知識と知性が必要なのだ。とはいえ、深い見識を持つ研究者が世界中にあふれているわけではない。どの国でもほんの一握りしかいない。しかし、一握りにせよ、私たちに様々なアイデアを提供することができる人を頂点に科学界がバランスの良いピラミッド構造をとることが、このような変革期には必要だ。実際本を読んでみると、世界には確かにそのような未来の議論を行う知識人が存在し、科学と他の分野をつないでいる。しかし残念ながら、わが国の生命科学界に同じレベルの役割を演じられる思想にお目にかかったことはない。

もちろんこの批判は当然私自身にも当てはまる。批判に応えるためには、結局広い知識に裏付けられた見識を獲得した上で考える以外方法はない。大事なことは、世間に迎合してしまっては、薄まった情報で満足して、脳を成長させられない点だ。幸い世事から解放されたのを機にこの心配はなくなり、しっかり脳を成長させられそうだ。この歳になると、死が訪れるチャンスは大きく高まる。生きていたとしても、自分の脳がいつ制御不能になるかわからない。ゆっくりしている時間はないが、それでも脳が機能している間は、いくら歳を重ねても自分の脳を日々変革できるはずで、それなら自分で納得できる脳を作り上げて死にたいと思っている。

そう決めるとあとは学び続け、それを基礎に考えるだけだ。毎日出版される生命科学の論文を広い分野に渡って読み通すことは、当然重要な作業になる。ただ、これに加えて生命科学の過去、現在、未来について、自分の専門にはこだわらないが、少しテーマを絞って頭の整理をすることが必要になる。こう思って進めた作業の一部は、私が今年の3月まで顧問として務めたJT生命誌研究館のHPにノートとして断片的ではあるが書き残してきた。

この作業で扱ったテーマは、

  • ゲノムと生命情報
  • 無生物から生物が生まれるAbiogenesis
  • 言語の誕生
  • 文字と誕生と歴史

の4項目で、これまでの専門とはまるでかけ離れたテーマでしんどい作業だったが、解説書のみならず、総説や場合により原著論文まで当たって、自分なりに納得できるところまでは整理できたと満足している。このノートについては、もう少しまとめ直して、このサイトでも閲覧できるようにする予定だ。

読んでいただくとわかると思うが(生命誌研究館のHPにまだ掲載されている)、この4つのテーマは、現在から未来にかけての生命科学に関わっている。しかし現在や未来を理解するためには、過去、すなわち生命科学がどう生まれてきたのかについて自分なりの考えをまとめる必要がある。実際、欧米の研究者の著書を読むと、科学や生命科学が発展する前の人間の思想の変遷について、高いレベルの知識を感じる。私自身、現役の頃から毛嫌いせずに哲学書も読んだ方だが、到底知識でも理解でもかなわないと思える現役研究者は、例えばDeacon, Damasio, Tomlinson, DeWahl, Tomaselloと容易に名前を挙げることができる。

勿論、ただ過去の哲学書などを読めば彼らの域に到達できるというものではないが、しかし今のままでいいはずは無い。そこで、過去から20世紀まで、現代の生命科学が生まれる過程を整理するために、ギリシャ時代から現代まで、哲学書を中心に思想の変遷をまとめてみようと思い立った。それが、これから始まる「生命科学の目で読む哲学書」だ。

次回から、様々な著書を下敷きに、生命科学者の目に過去や現在の著作がどう映るのか率直に書いていきたいと思っている。もちろん対象は哲学書に限らない。過去の特定の時代を理解するために私が最適と考える本を選んで、何が学べるのかをノートとして書き残していきたい。

だいたい2ー4週間に1回、新しいノートをアップロードするつもりだが、基本的には不定期でいいと思っている。もちろん哲学や科学の始まりから現在までカバーするつもりだが、何が出てくるのかは見てのお楽しみだ。まず第1回はみなさんの意表をついて、フロイトの著作から始めようと思っている。

4月10日 免疫細胞プログラムとすい臓ガン幹細胞(4月18日号 Cell掲載論文)

2019年4月10日

すい臓ガンも直腸ガンも、ガンのドライバー遺伝子や、抑制遺伝子は共通であることが多く、しかも発生学的起源は一緒なのに、どうして膵臓ガンだけこれほど悪性なのかはよくわからない。このすい臓ガンの特殊性を探索するために今も多くの研究が行われている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文はその典型で、すい臓ガンの薬剤耐性の幹細胞を取り出しRNA解析、スーパーエンハンサー解析からリストされる遺伝子をクリスパー/Cas9でノックアウトして機能を調べるという、大変だが極めてオーソドックスな方法でガンの幹細胞に必須の遺伝子をリストした研究だ。ただ、そこで発見された分子があまりにも意外で、しかも治療標的になる可能性があるという、結果オーライの面白い仕事になった。タイトルは「A Multiscale Map of the Stem Cell State in Pancreatic Adenocarcinoma(すい臓ガンの幹細胞状態についての差複数の指標を用いたマップ)」だ。

研究では慶応の岡野さんが最初に発見、現在では幹細胞のマーカーとして使われているRNA結合タンパクMusashiを指標に、ras,p53変異を導入したマウスすい臓ガンモデルで幹細胞を集め、RNA-seq, ヒストンH3K27アセチル化を指標にしたスーパーエンハンサー 支配遺伝子検出、single cell seqなど多くの方法を組み合わせて、幹細胞状態に関わる遺伝子をリストし、このリストと10万近いガイドRNAを用いるクリスパー/Cas9で遺伝子ノックアウトを行い、すい臓ガンの増殖に関わる遺伝子を特定したリストを比べ、ガンの標的になりそうな分子を探索している。

この結果、新しい遺伝子、既知の遺伝子など同じすい臓ガン幹細胞状態に関わる重要な遺伝子群がリストされたが、この研究ではこの中で通常免疫系の細胞に発現するサイトカイン受容体など様々な遺伝子が、同じすい臓ガン幹細胞で発現し、しかもIL10RやCSF1受容体を抑制するとガン細胞の増殖が抑えられることを明らかにした。特に驚くのが、人間のすい臓ガン細胞でも同じ結果になる点だ。重要なのは、免疫系を介してこれら分子が働いているのではなく、がん細胞に発現し、ガン細胞の増殖を助けている点だ。何れにせよ、すぐ対応できる分子なので、治療可能性を調べられるだろう。

次に通常は免疫系で発現している多くの分子がどうしてすい臓ガンで発現するのか探索し、詳細は省くが最終的に昨日紹介したILC分化にも関わるRORγ分子がすい臓ガンでも発現することがその根本にあることを明らかにする。

RORγに関しては免疫性炎症を制御するために様々な薬剤が開発されており、最後にRORγ阻害剤SR2211がすい臓ガンに効果があるかを調べ、SR2211単独でも強いすい臓がん増殖抑制効果があり、また通常用いられるgemicitabinと組み合わせるとさらに大きな効果が得られている。

最後に患者さんから採取したヒトすい臓ガン培養でも、RORγの発現はガンの悪性度と比例し、SR2211が効果があることを示している。

これまで同じような網羅的解析は行われていたが、この研究の重要性は、免疫プログラムがそのまますい臓ガンに発現して幹細胞状態を作っていることの発見、そして何よりすぐに使える様々な治療標的が特定された点で、早期に治験が進むことを期待したい。

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4月9日 腸管で制御性T細胞を誘導するメカニズム(Natureオンライン版掲載論文

2019年4月9日

現在小児のピーナツアレルギーや卵アレルギーを抑える目的で、逆に乳児にピーナツオイルや卵オイルを食べさせてトレランスを誘導する治療がスタンダードの治療になりつつあるが、この方法でトレランスが誘導されるメカニズムのカギを握るのが、坂口志文さんが発見し、定義した制御性T細胞Tregの誘導だ。

TregがIL-2受容体CD25を発現しておりIL-2で増えることは、もちろん坂口さんの研究で今や疑う者もいないが、最初の頃は論文を通すのにも苦労していた時代があった。試験管内でTregの機能を証明した重要な研究もなかなかトップジャーナルに受理されなかったようで、嬉しいことに1998年京大の教授をしていた私にInternational Immunologyにトランスミットするよう依頼され、掲載にこぎつけたことがある。当時ほとんど免疫学から離れていたので、これが最後のエディターとしての仕事になったが、世界のTregの記念すべき論文掲載のお手伝いができて今でも懐かしく思い出される。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は腸管でTregを誘導する細胞が、現役時代私たちが研究していたリンパ組織誘導細胞を含むILC3と呼ばれる細胞集団が作るIL-2により誘導されるという論文でNatureオンライン版に掲載された。本来坂口さんとは研究上では特につながりはなかったが、それぞれが研究していた細胞がつながるとは、なんとなく因縁を感じて紹介することにした。タイトルは「Innate lymphoid cells support regulatory T cells in the intestine through interleukin-2 (内因性リンパ球が腸管での制御性T細胞の調節をIL-2を通して行なっている)」だ。

この研究は極めて古典的な実験、すなわちIL-2中和抗体の抗体をマウスで調べることから始まっている。こんな研究はずいぶん昔から行われていると思うが、とにかく腸管でのTregの減少と、その逆にCD4細胞による炎症性サイトカインの強い発現を認めている。

すなわち、腸管でTregはIL2依存的に誘導されることがはっきりしたので、次にTreg誘導に関わるIL-2分泌細胞を探索し、腸管ではパイエル板を誘導する能力を持つILC3aを特定することに成功している。

次に、ILC3でIL2が誘導されるメカニズムを探求し、腸内細菌叢により活性化されたマクロファージが分泌するIL1βがIL2誘導因子であることを特定する。すなわち、無菌動物や抗生物質で処理したマウスではILC3のIL2分泌は起こらない。

腸管内でのTreg誘導のシナリオが明らかになったので、次に抗して誘導されるTregが口から摂取した抗原に対するアレルギーを抑える機能を持つかどうか、ILC3のみでIL2が欠損したマウスに卵白アルブミンを食べさせる実験を行い、予想通りILC3からのIL2分泌がないとTregが誘導されず、卵白アルブミンに対するトレランスは誘導できないことを示している。また、ILC3のIL2分泌ができないマウスでは、腸管全体にわたる炎症が起こることも示している。

最後に、今度は人間のクローン病の患者さんのILC3細胞を取り出して培養する実験でIL2分泌が低下していることを示し、人間の腸管の炎症もIL-2分泌不全によるTregの抑制にあることを示している。

まとめると、腸内細菌がマクロファージの自然免疫系を刺激して、IL1βを分泌、これがILC3のIL2分泌を誘導してTregを誘導、腸内での炎症を抑えるというシナリオになる。ILC3は登場しなかったが、このシナリオも最初に紹介した奇しくも私がトランスミットした論文で示されたシナリオを腸管に移していることがよくわかる。次はこのシナリオをもとにアレルギーや腸炎の多くの治療戦略を開発してほしい。

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4月8日: 同じメカニズムでもオプジーボとキイトルーダの効果は違うのか?(The Lancetオンライン掲載論文)

2019年4月8日

確認したわけではないが、現在わが国で保険収載されている抗PD1抗体はおそらく2種類で、一つは小野薬品のオプジーボと、もう一つはメルク社のキイトルーダだと思う。両者がどのように選択されているのかよく知らないが、承認を受けるための治験での対象をうまく選ぶことで、差別化を図ろうとしている。例えば、マイクロサテライト不安定性の固形癌を選んで治験効果を示せたキイトルーダは、ゲノムの不安定性さえはっきりさせれば全ての癌に使える。ただ、いずれの場合も、メラノーマを除くと、他の治療がうまくいかない患者さんのみに使用が認められている。従って、化学療法や標的治療の前に使うことができるかどうかは、さらに使用を拡大させるためには重要になる。

例えば先日紹介した(http://aasj.jp/news/watch/9787)グリオブラストーマの手術前に抗PD-1抗体を使う方法は、治療を続ける判断を組織学的に検証できるので認可されていくのではと感じる。もちろん、未治療の患者さんで従来の化学療法と比較する治験も盛んに行われている。ただ、ステージIVの非小細胞性の肺がんについて行われたCheckmate国際治験では一般化学療法に対してほとんど優位性は認められなかったことが報告された(The New England Journal of Medicine 376:25, 2017)。この場合でも突然変異が多い肺がんでは明らかにオプジーボが優位性を示しており、患者さんを選ぶことが重要であることが示された。

驚いたことにオプジーボの代わりにキイトルーダを用いる以外はほとんど同じプロトコルの国際治験がThe Lancetに発表され、今度はチェックポイント治療に優位性が示されて驚いたので紹介する。タイトルは「Pembrolizumab versus chemotherapy for previously untreated, PD-L1-expressing, locally advanced or metastatic non-small-cell lung cancer (KEYNOTE-042): a randomised, open-label, controlled, phase 3 trial (未治療進行性非小細胞性肺癌に対するキイトルーダと化学療法の比較:無作為化、オープンラベル、第3相試験)」だ。

オプジーボに対する治験とこの治験の違いは、ガンでのPD-L1の発現をはっきりと層別化している点と、もともと標的治療がよく効くALK変異、EGF受容体変異を除去している点だろう。実際、PD-L1の発現が低いガンではキイトルーダと化学療法の差はほとんどなくなる。半分以上のガンでPD-L1が発現している場合、3年目の生存率で40%に近い。一方化学療法では20%以下だ。もちろん再発があるかどうかで見ると、成績のいい群でも3年再発のないケースは10%近くに低下するので、なかなか根治とはいかないこともわかる。

話はこれだけだが、ともにPD-1を標的にしており、しかも免疫グロブリンのクラスもIgG4と同じオプジーボとキイトルーダで、結果がこんなに違うと使う方も戸惑うのではないだろうか。実際、理由はほとんど理解できない。おそらく、治験のちょっとしたプロトコルの違いでこんな結果が出るのではないだろうか。

プレシジョンメディシンの時代、やはりこれまでの治験と認可のあり方を真剣に議論する時期が来たように感じる。

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4月7日 ゼブラフィッシュを用いて統合失調症の研究は可能か?(4月4日号Cell掲載論文)

2019年4月7日

FacebookでSydney Brennerが亡くなったことを知った。ドイツに留学している時と、日本の会議で何回かお会いして、私たちにとっては神のような存在だった。分子生物学の勃興期に大きな業績を挙げた彼が、最後に線虫をモデル動物とした発生遺伝学を確立しようとした過程は、青土社の「はじめに線虫ありき」という本に、Andrew Brownによりドキュメント風に書かれているが、現在大型予算のプロジェクト研究とはどうあるべきかが盛んに議論されている我が国で、この機会に改めて読まれる本ではないかと思う。まだ読んでいない人は、ぜひ読んで、日本の科学の将来を考えるときの参考にしてほしいと思う。

さて、この線虫を用いて、Brennerが知りたかったことの一つは、神経系の発生と構築だったようだ。この本の中に、線虫を用いて全ての神経接合を電子顕微鏡的に全て記述しようとしたことが書かれている。このように、モデル動物を用いる重要なメリットは、一つの分子のとらわれることなく、一つの過程を全て調べ尽くすという方法が取れることだ。そして、クリスパー/Cas9の技術は、この可能性をさらに大きく拡大した。

今日紹介するハーバード大学からの論文は統合失調症と相関しているとしてリストされた130もの遺伝子を一つ一つクリスパー/Cas9でノックアウトしたゼブラフィッシュ株を作成したという研究で4月4日号のCellに掲載された。タイトルは「Phenotypic Landscape of Schizophrenia-Associated Genes Defines Candidates and Their Shared Functions(統合失調症と相関した遺伝子に関わる形質の景観は病気の遺伝子候補とその共通の機能を明確にする)」だ。

今日の論文については、何が行われたのかの紹介はできるが、何か結論を出すのは難しい。さてこれまでの研究で、統合失調症と相関のある遺伝子多型は100を超えており、これほど数が多いとそれぞれがどのように病気の発症に関わるのか因果性を決めることは極めて難しい。また、各遺伝子の機能についてもはっきりとわかっているわけではない。そこで、相関の確認された多型の近くの遺伝子を、ゼブラフィッシュでクリスパー/Cas9を用いて一つ一つ完全にノックアウトして、ノックアウト個体のライブラリーを作成している。驚くことに、ノックアウトした132遺伝子のうち、2つの遺伝子だけが致死的で、あとは発生し、生存することができている。

こうして作成したノックアウト個体ライブラリーについて、1)暗明移行テスト、2)プレパルス抑制、3)tap habituation試験、4)明暗移行テスト、5)熱ストレステスト、などをテストしそれぞれの個体の反応を表にしている。

このような行動テストに加え、普通に泳いでいる時の脳の活動をカルシウム刺激後に上昇するリン酸化ERKの発現で調べるとともに、脳の大きさの変化も測定して、リストにしている。ほぼ半分の遺伝子のノックアウトで、脳の活動の何らかの変化が見つかっている一方、脳の解剖学的構造変化が起こった遺伝子変異は12%に止まっていた。

このようにして遺伝子ノックアウト個体のライブラリー、遺伝子変化による行動変化、脳活動の変化、脳構造の変化がリストされた大きなデータベースが完成したことになる。もちろん調べる項目を増やせば、このデータベースはいくらでも成長できる。

そしてこのデータベースから、例えばtcf4変異では視覚領域が変化し、その結果動く虫を捕獲して食べることができなくなり、実際生きた餌をほとんど食べなくなるといった遺伝子変異の因果的影響を記述することができるようになる。

あとは、それぞれの遺伝子について存在するこのようなシナリオを集めて、それを人間へと外挿することで、統合失調症を理解することだが、残念ながらそう簡単ではないような印象を持つ。おそらく何か機械学習のような方法を組み合わせることが必要ではないかと感じる。

それでも、何もなしに議論はできない。ともかく出来ることは着実に準備してみようと、作業を厭わず大変なデータベースを作成し、公開したことに脱帽する。ぜひ我が国の研究者からも、このデータベースを使うオリジナルなアイデアが生まれることを願う。

しかしこのような研究を読むと、Brennerにより植えつけられた研究の心が今も生きていることを感じる。

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