6月14日 最近人々の道徳性は低下してきている?(6月7日 Nature オンライン掲載論文)
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6月14日 最近人々の道徳性は低下してきている?(6月7日 Nature オンライン掲載論文)

2023年6月14日
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今日は、「ChatGPTは実験哲学を可能にするか?」と銘打ったジャーナルクラブの開催日で、医学や生命科学から生成AIを考えて、できるだけユニークな議論をしたいと考えているので、是非Youtube配信をご覧いただきたい(https://www.youtube.com/watch?v=HlO67PydPdM)。 

この企画は私がChatGPTについて学んでいるとき、ChatGPTに英国の哲学者David Humeの経験論が実現していると感じたこと、そしてChatGPTが出来ないことを探れば、カントの絶対理性形式を実験的に示せると思ったことに始まっている。生命科学の枠を超えているといわれるかも知れないが、そろそろ哲学も生命科学として捉えてもいいのではと思っているので、その点についても議論したい。

カントが経験では決して説明できないと考えた一つが道徳だが、今日紹介するハーバード大学からの論文は、一般の人が持つ道徳感覚を定義することの難しさを指摘したユーモアに満ちた研究で、6月7日Nature オンライン掲載された。タイトルは「道徳が低下したという幻想」だ。

個人的には道徳心やその起源は生命科学の問題だと思っている。その時、経験でどこまで説明できるのかというカントの問いは参考になる。この点で言うと、この研究の結論は、「道徳感覚は個人の経験で形成される」でヒューム的だ。

この研究ではこれまで世界中で行われた「最近社会の道徳心が低下していると感じますか」というアンケート調査を集めると、米国ではこの70年間、調査が行われるたびに低下していると考える人が圧倒的に多い。そして、この傾向は米国にとどまらず、世界中のほとんどの国で人々は社会の道徳心が低下していると感じていることがわかる。

メディアの調査ならここでおしまいだが、道徳という言葉が抽象的なので、より具体的に、誠実性、親切心、良い感情など持つ人の割合を2000年から2020年までそれぞれ自己算定してもらうと、前の結果と同じで時間とともに、親切や誠実な人の割合は低下する。基本的にはこれまでの結果と同じだ。

このデータを元に、答えてくれた人の年齢などを考慮していくと、この現象は自分が生まれたときから始まっていると考えていることがわかった。すなわち、自分の生きてきた過去は良かったと思う感覚に基づいている。

面白いことに、社会一般の傾向と、自分の周りの人について、親切・誠実・良い人が減ってきているかと聞くと、社会一般では減ってきているが、自分の周りはいい人だと答えており、実際の感覚と、社会に対する意見は大きく異なる。

そこで最後に、現在と、自分が生まれたとし、そしてそれより前の社会についての道徳心の程度を想像してもらうと、結局生きている今が一番悪いと感じていることがわかった。

後半の調査はちょっと強引な気がするが、これらの結果から古今東西、ほとんどの人が今道徳心が低下していると感じるのは、生まれてから今まで、ネガティブな話を余計に経験として取り込んでいるからで、最終的に道徳心が低下しているという感覚は幻想に過ぎないと結論している。すなわち、道徳感覚も経験により形成されると言うことになる。

ちなみにGPT-4で「最近人々の道徳性は低下してきたでしょうか?」と訪ねてみると、

「たとえば、SNSやインターネットが普及した現代社会では、個人の行動が以前よりも公になる傾向があり、悪行や不適切な行動がより広く共有されやすくなりました。これにより、道徳的な逸脱が増加しているように見えるかもしれません。しかし、反対に考えると、過去には認識されていなかった問題についての認識が高まり、それに伴い新たな道徳的な基準が形成されつつあるとも言えます。例えば、性的マイノリティの権利や環境保護についての認識が高まっています。これらは従来はあまり注目されていなかった問題で、社会全体の道徳的な理解が進んでいることを示しているとも言えます。したがって、人々の道徳性が低下しているかどうかは、どの視点から見るかによります。一部の観点からは道徳性の低下が見受けられるかもしれませんが、他の観点からは逆に道徳的な理解が深まっているとも解釈できます。道徳性というのは個々の社会的な状況や文化的な背景に深く根ざしており、その評価は容易なものではありません。」

と、経験論に基づく至極まっとうな答えが返ってきた。

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6月13日 Rett 症候群に対する IGF-1 活性ペプチド第3相治験(6月8日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年6月13日
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MECP2重複症については、MECP2遺伝子の発現量を低下させる遺伝子治療が開発中で、期待を持ってみている。一方、Rett症候群に関しては、異常細胞と正常細胞がモザイクになっているので、単純な遺伝子治療は簡単でない。代わりに、MECP2欠損により起こる機能変化を補正する治療が試みられている。これらには、神経増殖因子の一つBDNFの脳内濃度を上昇させる薬剤、IGF-1あるいは活性化ペプチドのような、神経増殖やシナプス維持を直接サポートする分子から、GABA受容体やグルタミン酸受容体に対する薬剤まで、様々な治験が進んでいる。

今日紹介する Acadia 製薬からの論文は、IGF-1から切り出されて作用することがわかっているトリペプチド(グリシンープロリンーグルタミン:Trofinetide)の第3相治験論文で、6月8日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Trofinetide for the treatment of Rett syndrome: a randomized phase 3 study(Rett症候群治療のためのTrofinetide:無作為化第3相治験)」だ。

治験では5歳から20歳までのRett症候群の患者さんを無作為にtrofinetide群93人と、偽薬群94人にわけ、Trofinetidを12週間毎日経口投与、12週目の症状を総合的に偽薬群と比較して、評価を行っている。

結果はおそらく期待以上で、年齢を問わず、12週目で偽薬群と比べ、運動機能、知能、反復運動など様々な指標でtrofinetid投与群は症状の悪化をかなり止めることが出来る。

年齢で分けてみると、介護者によるスコアは若いほど効果が見られるが、臨床医による診断では年齢を問わず進行を止められているので、期待が大きい。

また障害度が高いほど、効果がはっきりするので、この点も既に発症した患者さんへの治療としては期待できる。

一方、ほとんどの患者さんで下痢がみられ、またかなりの割合に嘔吐も見られる。ただ、重篤な副作用ではなく、マネージ可能であると結論している。

以上、経口投与出来る点も含めて、大きな進展だと思う。一方で、IGF-1は正常細胞にも一定の影響が考えられるので、長期投与で新しい副作用が出るのかは今後の課題になる。これに、BDNFの方も合わさってくると、Rett症候群のマネージメントは大きく変わるように思う。

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6月12日 コレラ菌が免疫抑制のために備えるバイオフィルムシステム(6月8日号 Cell 掲載論文)

2023年6月12日
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我々を襲う細菌も、生物として様々な外敵に晒されており、これに対応するための様々なメカニズムを進化させている。ウイルスやプラスミドに対するCRISPRシステムは最適の例だが、物理的あるいは化学的に自らを守り、また相手を攻めるバイオフィルム形成も重要なメカニズムになる。

その例が強い腸炎をおこすコレラ菌で、小腸上皮にとりついて組織に侵入するために形成されるバイオフィルムについては詳しい研究が行われてきた。今日紹介するスイス・バーゼル大学からの論文は、組織に侵入した後のコレラ菌がマクロファージやT細胞表面でバイオフィルムを形成し、免疫細胞を殺すプロセスを詳しく解析した研究で、6月8日号 Cell に掲載された。タイトルは「Biofilm formation on human immune cells is a multicellular predation strategy of Vibrio cholerae(人間の免疫細胞上でのバイオフィルム形成はコレラ菌の捕食戦略)」だ。

コレラ菌のバイオロジーの論文を読むことはほとんどないが、バイオフィルム形成については詳しく研究されてきていることがわかる。そして、ガラス表面で形成されるバイオフィルムと、腸上皮で形成されるバイオフィルムでは全くメカニズムが異なっていることも、この論文を読んで学ぶことが出来た。

この研究ではコレラ菌が組織に侵入した後まず起こる免疫細胞との相互作用にバイオフィルム形成が関わるか、試験管内でコレラ菌と様々な免疫細胞を混合して免疫細胞上でバイオフィルム形成が起こるかを調べている。

結果は、好中球からリンパ球、そしてマクロファージまで細胞周囲にバイオフィルムが形成され、細胞が死に始めると、バイオフィルムが解消してコレラ菌が細胞から離れることを確認している。特にマクロファージでは分厚いフィルムが形成されるので、その後はマクロファージを用いて研究を進めている。

コレラ菌ともなると、実に様々なノックアウト系統が出来ており、これを組みあわせるとバイオフィルム形成に必要な分子のリストができる。その結果、腸上皮でのバイオフィルム形成に必要なシステムとは全く異なるメカニズムが明らかになった。

コレラ菌には長い鞭毛と、2種類の線毛(TC線毛、MSHA線毛)が存在するが、マクロファージ上でバイオフィルムが形成されるためには、まず鞭毛で動き回ってマクロファージに接触し、その後は上皮との接着に必要なTC線毛への依存性は低下し、よりMSHA線毛に強く依存してマクロファージに接着し、その結果MSHA線毛が全体に分布し、TC線毛由来分子がマクロファージ細胞膜に近い層に濃縮したバイオフィルムを形成される。

詳細は省いているが、ここまでの解析が圧巻で、バイオフィルム形成の多様性を獲得することで、コレラ菌が新しい生活サイクルを開拓していったことがよくわかる。

後は、バイオフィルムがマクロファージにへもリジンと呼ばれるトキシンで穴を開けて殺す時、マクロファージ膜へと濃縮するのにマトリックスが関わること、細胞が死んだ後はGpC受容体シグナルを低下させて、マトリックスから離れること、そしてこれら一連の機能は上皮と相互作用して組織侵入した後でも十分発揮できることが示されている。

バイオフィルムは慢性感染を理解するときの鍵になる。その意味で、今回のようなバイオフィルムから見た細菌の生活サイクル解明が、慢性感染を引き起こす細菌でも明らかにすることが重要だと思う。

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6月11日 グリオーマに対するIDH阻害剤の治験(6月4日 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2023年6月11日
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グリオーマは様々なタイプに分かれ、その中のグリオブラストーマは10年生存率が2.6%と最悪の腫瘍と言える。従来グリオーマの分類は、病理診断に基づいていたが、ガンのゲノム研究が進んで、変異遺伝子をベースに分類する事が進んできた。この過程で浮かび上がってきたのが isocitrate dehydrogenase 1 or 2酵素の変異を持つグループで、この中にはグリオブラストーマは含まれない。代わりにこれまでWHO分類でII or IIIとされていた、比較的進行が遅いグループがこれに含まれる事がわかった。

特にWHO group IIは、平均年齢43歳と若い人に多いグリオーマで、10年生存率は62%と高く、低悪性度グリオーマと名付けられているものの、何度も手術を受ける必要があり、また放射線治療と化学療法というアジュバント治療も副作用により生活の質の低下が避けられない。

今日紹介するスローンケッタリング・ガンセンターを中心とする治験グループからの論文はIDH阻害剤による WHO gorupII グリオーマの第3相治験研究で、6月4日号 The New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Vorasidenib in IDH1- or IDH2-Mutant Low-Grade Glioma(IDH1あるいはIDH2変異の低悪性度グリオーマに対するVorasidenib治療)」だ。

経過が長いgroup II グリオーマは手術後再発までの経過観察期間がある。この間のアジュバント治療については議論が続いており、再発が見られるまで待つことも多い。この経過観察期間を利用して、IDH阻害剤の再発抑制効果を調べたのがこの研究だ。

まず、なぜIDHが発ガン遺伝子として機能できるかについて述べておく。IDH本来isocitrateをαketoglutarateへと変換する酵素だが、変異体はαketoglutarateを2-hydroglutarateへと変換してしまい、ketoglutarate依存的ヒストン脱メチル化やDNA 脱メチル化が抑えられてしまう。この結果、代謝や増殖の大きなりプログラムが起こり細胞の増殖を促す。この過程を抑えるのがVorasidenibになる。

ただ、患者さんは治療までに長い経過を経ているので、脱メチル化によるエピジェネティック変化が元に戻らないのではという懸念があった。

これらの懸念を一掃したのがこの治験で、毎日一回の経口投与で、再発までの期間を11ヶ月から28ヶ月まで延長することに成功している。また、再手術などの次の治療を要するまでの期間でみると、偽薬群では17.8ヶ月だったのに対し、3年経っても8割以上の人が次の治療を必要としないことも分かった。すなわち、発症してからもIDH阻害は十分効果があり、エピジェネティックな状態は良い方向に変化させられる事がわかった。

この研究では、大きな効果に押されて、途中で偽薬群の患者さんにもVorasidenibを投与する治療に切り替えている。すなわち、偽薬との大きな差が明らかになったため、人道的な観点から最後まで治験を完遂することは中止している。初期の目的にこだわらず、このような変化が可能になるのは、FDAが柔軟になってきたことを物語る。

副作用については、変異型特異的のようで、重症の副作用は2%以下に抑えられており、間違いなく臨床に使われると思う。今後は手術後の経過観察期に、偽薬なしに何が起こるのかを臨床の現場で確かめることになると思う。おそらく、エピジェネティックな状態の解析など、新しいデータにより、さらに根治に近づく治療が開発できることを願う。

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6月10日 真核生物進化の新説(6月7日 Nature オンライン掲載論文)

2023年6月10日
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ゲノムに基づく系統樹から、真核生物はおよそ12−18億年前に発生したと考えられる。生命誕生から現在までのほぼ7割の時間が真核生物誕生にかかったと言うことは、様々な新しい性質が独自に進化した性質が揃うまでにそれだけの時間がかかることを示している。しかし、形態学的にも真核生物であることがはっきりしているのは10億年以降で、16億−10億年前の地層から発見される化石生物は、真核生物か、原核生物かはっきりしない。

今日紹介するオーストラリア国立大学とブレーメン大学からの共同論文は、コレステロールなど真核生物の膜成分に欠かせないステロールに注目し、16億年以降の地層を調べ、現存の真核生物には見られないタイプのプロトステロールが検出できることを示し、これが既に絶滅した真核生物の遺産である可能性を示した研究で、6月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Lost world of complex life and the late rise of the eukaryotic crown(複雑な生物の失われた世界と真核生物クラウングループの勃興)」だ。

古生物学の研究からは学ぶことが多い。地上のステロールのほぼ全ては生物由来と考えられるが、他の有機物と違い経年変化が少ないらしい。しかし、細胞膜が様々な環境に耐えられるために存在すると思うと納得する。

実際、10億年以降の地層では、まずコレステロールタイプのステロールが発見される。そして6億年以降はコレステロイド、エルゴステロイド、スティグマステロイドの全てが発見されるようになる。

しかし10億年まではステロイドは存在しない、すなわち真核生物は存在しないのか?オーストラリア北部の16億年前の地層を調べると、コレステロールができる前のプロトステロイドと呼ばれるステロイドが何種類も見つかることを発見する。

他にも、米国や中国の10−14億年前の地層でもプロトステロイドを検出する事ができる事がわかった。

以上のことから、ゲノムから計算されるように16億年前後にすでに複雑な真核生物が発生し、多くがステロール合成系を備えてちょうど上昇する酸素環境に伴う大きな変化に適応していたが、そのほとんどは絶滅し、8億年前後にコレステロール合成系を獲得した種が、その後の真核生物の起源となったというシナリオを提出している。

もちろん、今回検出されたステロイドが原核生物由来である可能性は排除できない。今後、さらに他の真核生物の特徴を探し出して、化石に残る生物群を調べる必要がある。

このように生命誕生からの30億年についての研究は、着目点が全く異なっていることから本当に面白い。

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6月9日 文字情報のみを使った大規模言語モデルの威力(6月7日 Nature オンライン掲載論文)

2023年6月9日
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生物学的人類が進化してから、その大きな発展を支えたのが、5万年前後に起こったと考えられるシンボルを用いた言語の誕生、そして紀元前4000年頃に起こった文字の発明と言われている。文字の発展については、少し古くはなったがこのHPに書き残している「文字の歴史」を是非お読みいただきたい(https://aasj.jp/news/lifescience-current/11129)。

文字の誕生以降我々の脳活動の一部を蓄積できるようになり、さらにこの蓄積がデジタル化されることで、これまで特殊な専門家のみが独占してきた様々な情報が、一般にも広く使えるようになってきた。そこに、ChatGPTのようなAIが登場することで、これらの蓄積は完全に一般に開放された。

事実、1700億という膨大なパラメーターを備えたChatGPTを使ってみると、膨大であれば、言語情報を学習するだけで人間が出来るほとんどのことがGPTで出来ることを認識し、改めて文字情報の蓄積が人間そのものであることが実感できる。

とはいえ、医学となると言語以外の様々な情報が必要になり、5月11日に紹介したように(https://aasj.jp/date/2023/05/11)大規模言語モデルを基礎としつつも、言語とともに画像などの他の情報も同時に処理できるようにするmultimodal AIが必要になる。この場合一つのトークンに画像などの他の情報を載せる必要があり、素人の私から見ても大変なトライアンドエラーが必要になり、どこでもすぐに導入と行かないだろう。

これに対して今日紹介するニューヨーク大学からの論文は、病院に蓄積された言語情報だけで医師の将来予測を助けるAIを設計可能であることを示した論文で、ChatGPTだけでなく、特殊な学習をさせた様々なAIが併存することの重要性を示した研究で、6月7日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Health system-scale language models are all-purpose prediction engines(ヘルスシステムスケールの言語モデルは多用途予測エンジンになる)」だ。

この研究ではGPTではなく、Googleの開発したBERTを用いて、ニューヨーク大学(NYU)関連4病院の電子カルテの中から、文字情報として書き込まれたノートをランダムに集めるとともに、一部微調整のためのラベルをつけたノートを用意し、これを学習に用いている。

学習は一般的に用いられる文章の中の隠された単語を推測するという、masked learningを用いて、ランダムに集められた臨床ノートだけで学習させる。そのタグ付けされた臨床ノートを用いて強化学習を行い、こうしてできたAIをNYUTronと名付けている。

学習には10億(ChatGPTで1700億)のパラメーターを持つニューラルネットに数十万のノートから抽出された5千万語の単語が用いられている。おそらく様々な問題に答えを出せると思うが、この研究では、院内死亡確率、感染など他の病気の合併の可能性、30日以内の再入院の可能性、予想される入院日数、そして保険請求が拒否される確率を計算させている。

これまでもこのような問題については、主に教師付学習をも強いたAIが使われており、これと比べると、いずれの問題についても他の方法より遙かに高い予測率(専門的にはAUC0.8以上)を示している。また、再入院可能性については他の大規模言語モデルを用いたAIと比べているが(専門知識がないのでBERTを用いたNYUTronとどこがどう違うのかはよくわからないが)、少ない学習で高い予測率という点でNYUTronが勝っている。さらに、新しい患者さんについても調べており、AUCで79%と十分な予測率を確認している。

以上が結果で、医師の判断と言うより、病院経営に重きが置かれている印象があるが、文字情報が人間の文明を支えてきたことを改めて感じる。

さらに、生成AIも、ChatGPTのような一般モデルだけが全てを席巻するのでなく、それぞれの組織でそれぞれの知識を学習させたAIが生まれるような予感がする。とすると、それぞれが相互作用することで、より高いレベルのAIが生まれるのではと期待する。

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6月8日 心臓・脳結合(6月2日号 Science 掲載論文)

2023年6月8日
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先日、心臓をドキドキさせると不安になることを心拍を変化させる光遺伝学を用いて証明したDeisserothグループからの論文を紹介(https://aasj.jp/news/watch/21651)。心機能が脳の構造や機能に強い影響を持つこと、また逆に統合失調症やうつ病で心疾患の合併率が高まることなど、心臓と脳の密接な結合について示す多くのエビデンスが存在する。

ただこのような心臓・脳結合を画像診断や遺伝子診断を用いて網羅的に調べた論文が、今日紹介するノースカロライナ大学生物統計部門からの研究で、6月2日号の Science に掲載された。タイトルは「Heart-brain connections: Phenotypic and genetic insights from magnetic resonance images(心臓・脳結合:磁気共鳴像から得られた形質的遺伝的考察)」だ。

この研究の参加者のほとんどが、ペンシルバニア大学のデータサイエンス部門と、ノースカロライナ大学生物統計学部門に在籍する中国系の研究者で、使ったデータはUKバイオバンクと日本のバイオバンクのデータである点にまず驚いた。すなわち、戦争や国家間の摩擦が高まっている今、データサイエンス領域にはデータに国境をもうけず国籍を問わず様々な研究者が自由に利用できるよう維持できていることに安心した。

さて、研究では心臓のMRI画像から82種類の特徴を抜き出し、これを脳の3種類のMRI画像(構造、結合、機能)と相関させている。心臓については構造中心になるが、構造と機能が強く相関しているので、構造で十分と言うことになる。すると、1000を超す脳MRIの特徴と心臓画像の特徴が相関する。いちいち述べないが、例えば左心室の肥大は、血圧などを介して、当然白質障害につながる。

問題は、これらの相関から如何にして異常発症のメカニズムを明らかにするかだが、それぞれの特徴と遺伝子多型との相関を調べ、その遺伝子の機能や発現から、心臓・脳結合が起こっているメカニスムを探っている。

この結果例えば心臓については89種類の遺伝子多型が特定されている。これを脳や心臓の遺伝子発現(eQL)やエピゲネティックデータベースと照合したりして、最終的に分子からそれぞれの臓器の異常までの過程をデータから明らかにしようとしている。

わかりやすい例として、rs597808多型は細胞毒の除去に関わるALDH2遺伝子の多型で、心筋や動脈の異常に加えて、パーキンソン病やアルツハイマー病とリンクしている。すなわち、細胞毒の除去効率が、心臓・脳細胞の維持に関わることを示している。

このような分子を起点にした相関のリストが出来てくると、その中には薬剤により阻害、あるいは活性化出来る分子がリストできる。例えば先に挙げたALDH2の活性を高めることが出来れば、脳と心臓の健康を守ることが出来るようになる。

実際、リストされた遺伝子の多くがイオンチャンネルであることも、心臓や脳の機能から理解できる。例えば、心臓のカルシウム拮抗剤が認知機能低下を強く抑制できるというこれまでの報告もある。

以上、まだまだ多くの例が示されているが、わかりやすい例のみ説明した。要するに、医学や生物学教育も、データサイエンスの割合を大きく高める必要があることをこの研究を含む最近のトレンドは示唆しており、その例として取り上げた。

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6月7日 βサラセミアから骨髄造血の意義を新たに学ぶ(5月31日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年6月7日
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βサラセミアは、βヘモグロビン遺伝子の変異により貧血が起こる遺伝疾患だが、輸血が必要な重症型では、酸素を運ぶヘモグロビンの異常を超えて、骨髄外での造血による脾臓や肝臓の肥大、骨髄造血異常、そして病的骨折などの骨形成バランスの異常を伴う。しかし、なぜこれほど多様な症状が発生するのかについてはよくわかっていない。

今日紹介するイタリア・サンラファエロ科学研究所からの論文は、FGF受容体とKlothoが複合した受容体に結合して、リン酸のバランスを調節するFGF23に注目してβサラセミアを見直した研究で、5月31日号 Science Tanslational Medicine に掲載された。タイトルは「Inhibition of FGF23 is a therapeutic strategy to target hematopoietic stem cell niche defects in β-thalassemia(FGF23阻害はβサラセミアの造血幹細胞ニッチ欠損を標的にする治療戦略になる)」だ。

タイトルにあるように、このグループは骨の異常と造血の異常をつなぐ鍵がリン酸バランスを調節して骨の骨化を調節するFGF23にあると考え、まずβサラセミア患者さんのFGF23測定から始め、FGF23が上昇している患者さんが多いこと、そしてFGF23の血中濃度と、骨密度とヘモグロビン量が反比例することを明らかにする。すなわち、FGF23が上昇すると骨化異常による骨吸収が起こり、貧血が進む悪循環が起こることを示している。

患者さんではFGF23とエリスロポイエチン(EPO)が相関するので、マウスの骨細胞にEPOを添加するとFGF23が上昇することを発見する。またFGF23は骨細胞にEPO受容体が発現していること自体驚いたが、EPOが 骨化に関わるFGF23誘導に関わるという発見は、ヘモグロビン異常、EPO、FGF23、そして骨化異常、造血という連鎖を明らかにした。

そこで、FGF23は分解されcFGF23になるが、これはFGF23の阻害剤として働く。そこで、サラセミアのモデルマウスに、FGF23阻害分子を投与すると、骨化が正常化、さらに骨髄での造血幹細胞が回復する。すなわち、ニッチが回復して貧血を抑えることが出来る。さらに、赤血球産生で見ても、様々な文化段階での細胞死を抑えることが出来、その結果貧血を抑えることが出来ている。

以上が結果で、骨形成と造血がニッチ形成を通して密接に関係していること、赤血球産生についても正常な骨髄構造が必須であることが、FGF23の研究からよくわかった。

以上が結果で、骨髄という現場でEPOが骨に働いてFGF23を誘導することが、赤血球の作りすぎを抑えていることになるが、このおかげでEPOによる赤血球の作りすぎが抑えられ、安全に使えていることがわかる。一方、このようなメカニズムがない血小板増加因子は作りすぎという副作用のため、臨床では使えない。

また、FGF23は主に腎臓に働いてリンの排泄を調節しているが、EPOは腎臓で作られる。すなわち、腎臓で造血していた水中脊髄動物が陸上に上がって骨髄を造血に使うようになったとき、FGF23とEPOの関係が生まれた可能性もある。

臨床研究とは言え、様々な可能性が湧き上がる面白い研究で勉強になった。

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6月6日 種レベルの寿命と老化(6月1日 Cell オンライン掲載論文)

2023年6月6日
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以前紹介したように、熊大の三浦さんからハダカデバネズミだけでなく、長生きでガンになりにくい動物ではネクロプトーシスを調節するRIPKやMLKL遺伝子が欠損して、炎症を抑えることで長生きできる種が生まれている。ただ、これらの分子は感染防御には重要なので、野生での平均寿命は低下するかと思うが、象で調べると、GPT4でもgoogleでも野生では平均寿命は60−70歳となっており、一方最高齢は90歳ぐらいなので、この変化は感染には影響ないのかも知れない。

このように長生きの遺伝子変化についての研究は行われているが、今日紹介するハーバード大学からの論文は、種レベルの寿命と、個体レベルの老化との関係を様々な動物で網羅的に調べた研究で、6月1日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Distinct longevity mechanisms across and within species and their association with aging(種間及び種内での異なる寿命を決めるメカニズムとその老化との相関)」だ。

なんとテキストだけで14ページという膨大の論文で、全部紹介するのは難しいとはじめから断っておく。

この研究の第一の目的は、若い成体の各臓器の遺伝子発現から、それぞれの種の寿命を予測できるパターンを、40種類の哺乳動物のデータを用いて探っている。種が違えば、同じ臓器でも遺伝子発現のパターンは異なっており、この中に種固有の寿命に関わる遺伝子パターンが存在するはずと考えている。

期待通り、臓器を問わず発現と種の寿命とが相関する遺伝子が特定される。この多くはDNA損傷や、代謝に関わる遺伝子で、これらが集まることで少しづつ種の寿命が延びている。これに加えて、ハダカデバネズミのような特殊な変異が寿命を加速しているのがわかる。

一方、老化に伴う遺伝子変化をデータベースから調べると、臓器や種を問わず老化に伴う変化が間違いなく存在し、免疫反応や炎症に関わる分子、及びエネルギー代謝に関わる遺伝子がリストされる。

こうしてリストした種の寿命と、老化に関わる遺伝子の関係を調べるため、寿命を延ばすための様々な介入により変化させることが可能な老化遺伝子に着目して調べると、介入で老化を遅らせることができる遺伝子は、種の寿命を決める遺伝子とほとんど相関がないことがわかる。すなわち、種の寿命を決める遺伝子発現を変化させることは老化を遅らせることにはならない。

あとは、こうしてリストした重要な寿命あるいは老化遺伝子について個々に調べている。中でも面白いのは尿酸で、勿論細胞を傷害し炎症を起こすことから老化遺伝子として治療の対象となっているが、尿酸自体は多いほど種の寿命は長い。ただ、乳酸からallantoinを合成するウリカーゼは寿命の長い動物ほど低く、霊長類では消失している。すなわち、allantoinを合成しないで尿酸を高く保つことが種の寿命を決めている。

他にも、NADを高めて老化を防止することが一般に行われているが、種を超えて同じ現象が見られることはない点も面白い。すなわち、種の寿命とアンチエージングとは全く別物であることがわかる。

このように膨大な老化と寿命についての遺伝子発現データベースを形成した上で、これらの発現パターンを変化させる様々な介入法について細胞を用いた検討を行い、PI3K阻害剤、PKCβ阻害剤、PI3K/AKT阻害剤、TNF阻害剤、MTOR阻害剤などが寿命を延ばす遺伝子発現パターンを誘導できることを見つけている。

そして最後に、これまでも老化に介入する可能性がある標的として考えられてきたmTORに対する新しい阻害剤(KU0063794)を、老化が始まった750日齢のマウスに投与し、余命を2割ほど伸ばすのに成功している。

かなりはしょって紹介したので、面白い話を飛ばしている可能性があるので、老化に興味がある人、あるいは特定の遺伝子について知りたいヒトは是非論文を読んで欲しい。いずれにせよ、種の寿命を、個体の老化と分けて考えることでわかる様々な現象が示されている力作だ。

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6月5日 ミエリン障害はアミロイド蓄積を助ける  (5月31日 Nature オンライン掲載論文)

2023年6月5日
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アルツハイマー病(AD)の最大のリスクは老化だが、脳老化とADを直接結びつける明確なメカニズムはわかっていない。一方、脳の老化というと、血管性の虚血などに起因するミエリン障害がポピュラーで、MRI検査で白質障害が見られますと言われるのは、これを意味する。

今日紹介するドイツ・ゲッチンゲンのマックスプランク研究所からの論文は、老化によるミエリン障害がミクログリアのアミロイドプラーク除去を低下させる一方、神経でのアミロイドの合成を高める役割があることを示し、老化がADのリスク要因になりうるメカニズムの一端を明らかにした研究で、5月31日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Myelin dysfunction drives amyloid-β deposition in models of Alzheimer’s disease(アルツハイマー病モデルでミエリン異常はアミロイドβの沈殿を誘導する)」だ。

ADの脳を調べていて、原因か結果かは明らかではないものの、常にミエリンの消失も伴っていることに注目し、ミエリン異常が原因となるかどうかを、ミエリン異常を起こす遺伝的マウスとアミロイド沈殿が起こるトランスジェニックマウスを組みあわせて調べている。

その結果、ミエリン異常を合併したマウスでは、アミロイドプラークの数や大きさが著しく上昇すること、またミエリン異常とアミロイド蓄積は協調的に認知障害を高めることを明らかにしている。さらに、ミエリン異常が原因か結果かをさらに明確にするために、ミエリン毒による異常の誘導、あるいは多発性硬化症モデルによるミエリン障害とADモデルを組みあわせ、ミエリン異常誘導後にアミロイドプラークの上昇が起こること、すなわちミエリン異常がアミロイドプラーク形成の原因になり得ることを明らかにしている。

次にミエリン異常がアミロイドプラーク形成を高めるメカニズムを探索するため、ミエリン異常の起こった神経を調べると、アミロイド前駆体を切断するBACE1やγシクレターゼの発現が高まっていることを発見する。すなわち、アミロイドβの生産上昇がミエリン異常で誘導される。

これに加えて、ミエリン異常マウスではアミロイドプラーク周りのミクログリア浸潤が低下しているが、これがミクログリアがミエリン処理の方向に向いた結果、プラーク処理能力が低下していることを明らかにする。

以上の結果から、神経細胞ではミエリン形成阻害によりBACE1やγシクレターゼが上昇、この結果アミロイド蛋白質が切断され、プラーク形成が促進すると同時に、それを処理するミクログリアがミエリン処理に動員され、アミロイドプラーク除去まで手が回らない結果、Aβの蓄積が促進されると結論している。

以上まだまだマウスの段階だが、一つの可能性として老化がなぜADリスク要因になるかがうまく説明されていると思った。

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