7月16日:なぜ農家で育つとアレルギーにならないのか(Journal of Allergy and Clinical Immunology掲載論文)
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7月16日:なぜ農家で育つとアレルギーにならないのか(Journal of Allergy and Clinical Immunology掲載論文)

2017年7月16日
昨年9月、農家で育った子供がアレルギーになりにくいことを報告したThoraxの論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/5850)。
乳児期に腸管から抗原を取り込むと、アレルゲンに対する抑制性T細胞を誘導して、将来のアレルギーを防ぐという通説の枠内で説明したが、本当に農家で育つと多くのアレルゲンに晒されるのかはわからない。農家で育つことで多様な腸内細菌叢を形成されるので、これがアレルギーを防止するという考えもある。
   今日紹介するスイスダボスにあるアレルギー研究センターを中心にする研究は、人間には存在しないが多くの家畜の細胞に発現しているN-glycolylneuraminic acid(Ne5G)に晒されることがアレルギーを防止していることを示した面白い研究でJournal of Allergy and Clinical Immunologyオンライン版に掲載された。タイトルは「Exposure to non-microbial N-glycolylneuraminic acid protects farmer’s children against airway inflammation and colitis(細菌叢に由来しないNe5Gへの暴露は農家の子供を気管の炎症や腸炎から守る)」だ。
   この研究は最初からNe5Gの役割にフォーカスを当てており、農家の子供とそれ以外の子供のNe5Gに対する抗体を調べている。人間は元々この物質を作ることができないので、暴露されると抗体ができる。実際、農家の子供はNe5Gに対する抗体が高く、しかもこの抗体価に比例して喘鳴(ゼーゼーとした呼吸)や、喘息の頻度が低下する(示されている差は極めて大きい)。はっきり言うとこの研究のハイライトは、この調査結果と言える。
   あとは人間では実験できないのでマウスを用いて、気管炎症を誘導するとき、毎日Ne5Gを摂取させると、アレルギー性炎症を抑えることができること、また腸管のアレルギー性炎症も同じようにほぼ完全に抑えることができること、そしてこれらの抑制が、IL-17を発現した炎症性T細胞の低下を伴っていることを示している。
   最後に人間に戻り、試験管内で樹状細胞、T細胞を培養するときNe5Gを転嫁する実験から、Ne5Gが樹状細胞を介して炎症性T細胞を抑えることを示しているが、この結果の歯切れは悪い。
   メカニズムはともかく、Ne5Gを毎日服用することでアトピーを防げることがわかったことは重要だ。もちろんすぐこの結果に飛びついて、子供に服用させるのは待つべきだ。Ne5Gは炎症やガンを誘導するという論文もある。農家の子供についてもう少し詳しく調べてから、都会の子供にも恩恵がいくよう時間をかけて進める必要があると思う。 
カテゴリ:論文ウォッチ

7月15日:道具使用のための脳機能を探る(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2017年7月15日
現在まだ南アフリカ滞在中だが、なんとか日常が落ち着いてきたので論文ウォッチを再開する。
  さて、私が滞在中の南アフリカは、人類進化研究からは決して外すことができない場所だろう。すなわち、アウスラロピテクスと名付けられた最も古い原人が最初に見つけられたスタークフォンテーン洞窟が存在し、現在も発掘が続けられている。ダートによる発見は、当時世紀の捏造あけぼの原人を指示していた英国考古学界から排除され続けるという悲劇の歴史があるのだが、常時2足歩行を行い、330万年前に始まる道具を使用した最初の原人は世紀の大発見と言える。
   言語と並んで道具を利用する能力に関する研究は面白い。実際、脳卒中でおこる道具利用の異常(失行症)には失語症が伴うことが多い。すなわちそれぞれに必要な脳領域のうち後頭頭頂皮質領域が相互に重なっているからと考えられる。330万前から道具はほとんど進歩しなかったが、言語を獲得した現代人類が誕生して道具が急速に進歩し今に至ることを考えると、道具使用は言語能力と相互作用することで急速に発展したのではないかと考えられる(私見)。
   少し前置きが長くなったが、今日紹介するハーバードからの論文は道具を使う手の脳内表象と手で使う道具のイメージの脳内表象の関係を調べた論文で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載されている。タイトルは「Sensiomotor-independent development of hands and tool selectity in the visual cortex(視覚野での手と道具の選択制は運動感覚系と無関係に発達する)」だ。
   これまで、手の写真を見せた時と、道具の写真を似せた時に興奮する視覚野内の領域が重複することが知られていた。これをHand Tool Overlap(HTO)と呼ぶが、道具を使ったり、使うのを見たりする経験により学習すると考えられてきた。しかし、視覚を生まれつき失っている方でもHTOが成立していることがわかり、視覚とは別に道具使用を行う経験がHTOを成立させていると考えられるようになった。この点を調べたのがこの研究で、生まれつき手が形成できない発達異常の方5人の協力を得て、手で道具使用を行った経験はないが、足を使って道具は使っている方と、正常人に手のイメージ、道具のイメージを見せ興奮する視覚野の領域、及び他の脳領域との結合について調べている。    結果は予想に反して、全く道具使用の経験がない人でも、HTOが成立していること、また脳内の運動感覚各領域との結合も大きな変化がないという結果だ。詳細は述べないが、もちろん経験により一定の変化は起こる。しかし、著者らは視覚や手を使う経験がなくても、ともにHTOが成立していることから、進化の過程で対象を認識して手のイメージとオーバーラップさせる回路が発達したことが道具使用の条件となったのではと結論している。
     言語でいうとチョムスキーの普遍文法と同じように、脳内に生まれつき回路を持っているという仮説で、今道具使用、音楽、そして言語の能力について調べている私には面白い論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

お詫び

2017年7月13日
毎日欠かさず論文を紹介してきましたが、南アフリカ旅行中に里美が膝の骨を折ってしまっててんやわんやしています。当分お休みをいただきます。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月12日:手足の長さを決めているGdf5調節領域と人類進化(Nature Genetics オンライン版掲載論文)

2017年7月12日
背の高さに関わる遺伝背景を探るためのゲノム解析はこれまでなんども論文が出ている。中でも注目されたのはTGFβ遺伝子ファミリーに属するGDF5遺伝子領域の一塩基多型(SNP)だろう。マウスのGDF5欠損は手足の長さが短縮し、またヒトでもGDF5突然変異により手足が短縮することが確認されている。従って、この遺伝子の発現量を調節する変異は、人間や民族の手足の長さを決める重要な領域になっていると推察される。ゲノム研究の結果、GDF5上流に背の高さを決めるSNPが特定された。面白いことに、横浜理研のゲノムグループにより、高い確率で変形性関節症になるSNPが同じ部位に特定され、変形性関節炎と背の高さが関わるのではと一時議論になった。ただ、SNPが遺伝子調節領域となると、因果関係を確立することは簡単でない。
   今日紹介するマウス遺伝解析のメッカ・ジャクソン研究所からの論文はオーソドックスな手法を用いてマウスGDF5調節領域を特定した上で、ヒトのSNPと対応させて、因果関係がはっきりしたSNPを特定しようとした研究でNature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Ancient selection for derived alleles at a GDF5 enhancer influencing human growth and osteoarthritis risk(ヒトの成長と変形性関節炎のリスクに影響するGDF5遺伝子座は人類史の初期から選択されてきた)」だ。
  この研究ではGDF5上流、下流の大きな領域をカバーするBACベクターをマウス受精卵に注射する方法で、骨発生過程でGDF5遺伝子発現を調節する領域を探索し、これまでの結果とは全く異なる、GDF5遺伝子下流に強い調節領域が存在することを特定している。さらにこの発見を機能的に確かめるため、GDF5ノックアウトマウスに異なる発現調節領域で支配されるGDF5遺伝子を導入する実験により、確かに上流調節領域ではなく、下流調節領域に支配されるGDF5を入れたときだけ完全なレスキューが可能であることを示している。
  後は下流調節領域を絞り込むため、トランスジェニックマウスを使ったスクリーニングを行い、GROW1A,Bと名付けた2領域を特定している。
  次に、GROW1領域に対応するヒトゲノム領域をデータベースから調べ、GROW1B内に頻度の高い2種類(アデニンとグアニン)のSNPが存在することを発見する。圧巻は、それぞれのSNPを持つ調節領域をもつトランスジェニックマウスを作成し、アデニン型のSNPのほうが遺伝子発現量が低いことを示している。
   こうして遺伝子発現量という因果関係をはっきりさせたSNPについて全世界のヒトゲノムを調べ、発現量が低いアデニン型はアジアや中米に多く分布し、日本人もそれに入ること、一方発現量の高いグアニン型は南部アフリカ(なんと今旅行に来ている)の部族に多く分布することを示している。さらに、ネアンデルタール人やデニソーワ人などの古代人類もアデニン型を持っていることも明らかにし、人類進化と対応付けているが詳細は省く。
   SNPと遺伝子発現の因果関係がはっきりしているとはいえ、この部位がどこまで人類の骨格の多様性に関わってきたかはまだよくわからない。インカや南アジアに100%アデニン型が分布している民族があることから、間違いなく影響していると思うが、このSNP一つで全てが決まっていないことも確かだ。今後変形性関節炎と絡めてさらに研究を進める必要があるだろう。
   いずれにせよ、これまで進めれらてきたマウスでの研究が、そのままヒトの遺伝子研究を助けるいい例だと思って紹介した。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月11日:Rett症候群治療可能性(Disease Model and Mechanism)

2017年7月11日
Rett症候群はX染色体上にコードされているMECP2遺伝子の欠損で、完全欠損は胎生致死になるため、ほとんどの場合X染色体が2本ある女児に発症する。この病気については、Rett症候群の娘さんを持つお父さん、谷岡哲次さんが代表理事をなさっている認定NPO法人レット症候群支援機構のサイトに(http://www.npo-rett.jp/rett_kenkyu.html)様々な情報が記載されている。谷岡さんは馬力のある方で、NPO法人を立ち上げるだけでも大変なのに、寄付税制の恩恵をフルに活かせる認定NPOとして認可を済ませた数少ない患者さんの支援団体になっている。そして今年は、内外からRett症候群の研究者を招いた国際シンポジウムを開催され、患者さんと専門家の交流の重要性を示された。おそらく、日本の患者さん団体のリーダー的存在として今後も活躍されることが期待される。
   尊敬する谷岡さんについての前置きが長くなったが、今日紹介する論文はマウスのRett症候群モデルを用いて症状を抑える治療薬候補を発見したという研究で7月号のDisease Model and Mechanismに掲載された。タイトルは「A small-molecule TrkB ligand restores hippocampal synaptic plasticity and object location memory in Rett syndrome mice(TrkBのリガンドとして働く小分子化合物はRett症候群モデルマウスの海馬シナプスの可塑性と、ものの位置を覚える記憶の障害を回復させる)」だ。
   Rett症候群を根治するためには、生まれる前にMECP2遺伝子を正常化するしかなく、この可能性については現在クリスパーなどを用いる遺伝子修復方法の開発が進んでいる。一方、MECP2の作用を完全に理解できているわけではないが、この欠損により神経細胞で起こってくる分子発現の異常が明らかになることで、それを標的にした薬剤の開発も並行して進んでいる。
   中でもRett症候群ではBDNFと呼ばれる神経増殖因子の発現が低下していること、RettモデルマウスにBDNFを過剰発現させると一部の症状が回復することから標的として注目を集めている。
この研究ではまず、4ヶ月齢のマウスにBDNF受容体であるTrkBを活性化するLM22A-4を1日2回1−2ヶ月投与して、自発的運動検査、運動機能検査、海馬の機能を図る場所記憶検査全てで活性が改善することを示している。不思議なことに、同じ薬が正常マウスにはほとんど効果がないことで、治療する側に立てばこれほど好都合なことはない
   このモデルでの投与効果のメカニズムについて、あとはフレッシュな脳の切片を用いたメカニズム解析を行い、LM22A-4投与によりRettモデルマウス海馬の過興奮を抑え、EPSCと呼ばれるポストシナプス電流を抑えることで神経機能を改善しているのではと結論している。
   この試験管内実験系でもLM22A-4がRett症候群の海馬の反応のみを改善することが確認され、MECP2遺伝子異常のない正常神経細胞にはほとんど効果がないことがわかっている。この理由を完全に理解できているわけではないが、逆に本来のリガンドであるBDNF を投与した場合他は、様々な副作用が考えられるため、この性質は重要だ。    以上まとめると、まだ完全にメカニズムが明らかになったとは言い難いが、LM22A-4はTrkBシグナルの一部にだけ作用を持ち、薬剤として病気にのみ選択性が存在するという観点から大いに期待できる薬剤で、LM22A-4あるいはこれに由来するさらに至適化された化合物の早期の臨床応用を望む。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月10日:一部のネアンデルタール人はホモサピエンスのお母さんに由来する(Nature Communicationオンライン版掲載論文)

2017年7月10日
ドイツ・ライプチッヒのマックスプランク研究所からのペーボさんたちの古代人ゲノム研究によって、ネアンデルタール人やデニソーワ人など古代人と私たちホモサピエンスは交雑が可能で、ちゃんと子供ができることがわかっている。その結果として、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアの現代人にはネアンデルタール人やデニソーワ人のゲノムが流入し今も維持され続けている。すなわち、ネアンデルタール人との間にできた子供も、ホモサピエンスの一員として受け入れられていたことを意味する。
一方、これまでの研究のほとんどは古代人からホモサピエンスへのゲノムの流入で、多くのネアンデルタール人のゲノムが解読されても、ホモサピエンスからネアンデルタール人へのゲノム流入はほとんど痕跡が残っていない。ところが昨年ライプチッヒ・マックスプランク研究所から、シベリアアルタイ地方のネアンデルタール人には、ホモサピエンスのゲノム流入の跡が残っていることが発見された。
   今日紹介する同じライプチッヒ・マックスプランク研究所からの論文は1930年代にドイツ南部で発掘されたネアンデルタール人のミトコンドリアDNAが他のヨーロッパから出土するネアンデルタール人とは異なり、ホモサピエンスに近いことを示す研究でNature Communicationオンライン版に掲載された。タイトルは「Deeply divergent archaic mitochondrial genome provides lower time boundary for African gene flow into Neanderthals(古代人のミトコンドリアゲノムの大きな多様性はアフリカのホモサピエンスからネアンデルタール人への遺伝子流入が比較的新しく起こったことを示す)」だ。
   論文では南ドイツから戦前に発掘され保存されていた大腿骨からDNAを取り出し、ミトコンドリアのゲノムの解読に成功している。古代DNA解読が進む現在では、当たり前のように聞こえる研究だが、実は博物館などに保存されている大腿骨のゲノム解析は、この骨を取り扱った人たちのDNAが混りこんで決して簡単でない。そのため、可能ならDNAが外界から守られている歯や耳骨のDNAが解析に用いられ、大腿骨は敬遠される。実際この研究でも、核内ゲノムの解読は難しいようで、まだまだ時間がかかると思われる。しかし、ミトコンドリアについてはなんとか解読し、これまで解読されたネアンデルタール、デニソーワなどの古代人や私たちホモサピエンスのミトコンドリアと比べている。
論文のほとんどは、このゲノム解析が信頼できるか、他の古代人との関係を調べるためのインフオーマティックスの適用などについて詳しく述べているが、すべて省いてズバリ著者らの主張だけを述べると、
  「新しく解読したネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムは、これまで発見された多くのネアンデルタール人ゲノムとは大きく違っており、20−30万年前に分かれており、アルタイのネアンデルタールに近縁だ。もっとも驚くのは、他のネアンデルタールグループと比べても現代人のミトコンドリアに近いことで、おそらく20−40万年以前にアフリカで現代人の先祖のミトコンドリアゲノムが極めて限られたネアンデルタール人部族に流入し、他とは異なる私たち現代人と母系を共有するネアンデルタール人系統を形成した。」が結論になる。
  もちろん今後他のサンプルで、アルタイから南ドイツまでに同じネアンデルタール系統がさらに発見される必要がある。とはいえ、この結果はこれまで謎だったミトコンドリアDNAから見た時の古代人の系統樹と核DNAから見た系統樹の矛盾を説明するとともに、ネアンデルタール人と一緒になったホモサピエンスの女性が、ネアンデルタール人の中で受け入れられ、子孫を残したことを示す重要な結果だと思う。さらにこのロマンが証明される証拠が発見されることを期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月9日:個人向けガンワクチンをオーダーする日がやってきたII(Natureオンライン版掲載論文)

2017年7月9日
昨日は個人用ガンワクチンについてのハーバード大学からの論文を紹介して、この分野の進歩を実感してもらった。実は同じ号のNatureにドイツ・マインツ大学が中心のグループが、異なる方法を用いた個人用ガンワクチンが可能であることを示す論文を発表しているので、公平を期すため昨日に続いて、紹介することにした。論文のタイトルは「Personalized RNA mutanome vaccines mobilize poly-specific therapeutic immunity against cancer (ガン細胞の変異を反映させたRNAのmutatome(突然変異を網羅的にリストして作成する)ワクチンは、ガンに対する複数の多様性の治療的免疫反応を誘導する」だ。
   ステージの進んだメラノーマに対する、個人用ガンワクチンを実現するという点ではこの研究も同じだが、放射線照射や抗がん剤など一般的メラノーマ治療と併用している点、そして抗原として合成したペプチドを使うのではなく、ネオ抗原として利用出来ると判断した突然変異部位を含む短いペプチドをコードする全部で10種類のRNAを直接リンパ節に注射、RNAを取り込んだリンパ球やマクロファージにペプチドを作らせ免疫している。ガンの遺伝子を調べてからネオ抗原を決め、臨床用のRNAを合成するまで平均2ヶ月かかることまで正確に記録している点も、臨床応用への執念が感じられる。
   13人の患者さんにワクチン摂取が行われているが、ワクチンを開始するまでは、一般のメラノーマの治療を行っているので、ハーバードの治験よりは応用範囲が広いだろう。
   さて結果だが、期待どおり一人当たり少なくとも選んだ3種類のネオ抗原に対してT細胞の反応が得られている。反応の主体はCD4T細胞で、キラーは誘導しにくい傾向がある。しかし、心配したネオ抗原に対する免疫寛容は問題にはならなかったようだ。ワクチン摂取により、新しいT細胞受容体が誘導されることも確認しており、この方法の有効性が確認されている。
  肝心のガンに対する効果だが、13人中8人はワクチン摂取を始めた後は再発を認めていない(1−2年)。
   残りの5人はワクチン摂取後も腫瘍が増大したが、一人は抗PD-1抗体治療、一人は抗CTLA4治療に反応してその後再発はない。結局2人はワクチン摂取後に亡くなってしまっているが、臨床効果としては大成功といっていいと思う。
   さらに驚くのは、亡くなった一人の患者さんについて失敗の原因を調べ、β2ミクログロブリンの発現が消失しているため、ガンのネオ抗原が免疫系に提示できなくなっていることを示している。
   昨日と今日の研究をまとめると、「ついに個人用ガンワクチンが現実になった」と言っていい。メラノーマと同じように、突然変異の多いガンについてはぜひこの治療法を完成して欲しいと思う。個人用ガンワクチンがうまくいけば、自ずと抗PD-1や抗CTLA4療法の未来も見えるはずだ。    そして次に目指すのは、ネオ抗原特定の的中率を上げることと、新しいインフォーマティックスに基づいて、突然変異の少ないガンにも範囲を広げることだろう。簡単ではないが、我が国でも王道を進む研究者が出てきて欲しいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月8日:個人向けガンワクチンをオーダーする日がやってきた(Natureオンライン版掲載論文)

2017年7月8日
新しいガン治療として抗PD-1抗体治療が注目され、患者さんの期待を集めている。ただメディアやウェッブでの情報提供の有様を見ていると、この治療法が決してガンに対する直接的な治療ではなく、間接的な免疫治療であることを正確に理解している人がどの程度おられるのか心配になる。
   例えば2−3割の人にしか効果がないことがよく問題になるが、ガンに対する免疫が成立していなければこの治療は無駄だ。逆にもしガンに対する免疫反応を誘導できれば、この治療法の恩恵にあずかれる人は大きく増えるだろう。
従って、今、最も重要なのは、ガンに対する特異的免疫反応誘導法を確立することで、治療にはまず個々のガンに発現する抗原を特定し、その抗原をワクチンとして免疫し、PD-1による免疫反応抑制がかかってきたときに、抗PD-1抗体を投与して免疫反応を維持するのがゴールになる。
   今日紹介するハーバード大学からの論文は、実際のステージIII,IVのメラノーマの患者さんについて、このゴールを達成できるかどうか調べた臨床治験で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「An immuneogenic personal neoantigen vaccine for patients with melanoma(メラノーマ患者さんに対する個別のネオガン抗原ワクチン)」だ。
   同じ方向の論文はすでに2年前Scienceに報告されており(http://aasj.jp/news/watch/3176)、このHPで以前紹介した。それと比べると、この研究はより臨床治験としての体制が整った研究のように思う。
  十人の患者さんが選ばれ、まず主病変を手術で取り除く。得られたメラノーマのエクソーム(ゲノムの中で翻訳される部分のDNA配列)を調べ、ガンに新しく発生した突然変異をリストする。並行してガンに発現しているRNAから、実際に新しいネオ抗原としてガン特異的に発現し、さらに組織適合性抗原MHC上に抗原として提示されている候補を洗い出している。この結果、一人当たり20種類のネオ抗原ペプチドを作成し、これをワクチンとして患者さんを免疫している。    とは言ってもこのようなネオ抗原が特定できたのは残念ながら10人中8人で、全員ではない。この研究ではそのうちの6人について個別のワクチンを作成し、計画通りに5回の免疫を行い、その後2ヶ月毎のブーストを行っている。驚くのは、手術とワクチン以外の治療を行っていないことだ。
   25ヶ月の時点で、4人は再発なしだが、2人は転移が発見されている。この2人に抗PD-1抗体を投与すると、2人とも腫瘍は消失し、現在まで再発は見られないという結果だ。繰り返すが、化学療法を行わないで得られる結果だ。
   もちろん論文では、この6人の患者さんを免疫することで、CD8陽性キラー細胞、CD4陽性ヘルパー細胞が誘導されていることの確認、ガン免疫には両方のクラスのT細胞が必要なこと、この反応を誘導したネオ抗原の由来分子の特定(一人一人抗原は違っている)、ネオ抗原特異的T細胞の特定と細胞株樹立、ネオ抗原や抗PD-1抗体がT細胞に及ぼす作用などを示している。私が注目したのは、ネオ抗原特異的T細胞を株化することまでできる点で、キラー細胞が枯渇した場合それを移植する治療も可能かもしれない。要するに、オーダーメードのワクチン療法はかなりの確率で成功するということで、これ以上詳細を紹介する必要はないだろう。
  今のところいくらかかるかわからないが、一歩一歩免疫のオーダーメード治療が近づいていることは確かだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月7日:プロトン阻害剤のリスク(The BMJ Open 掲載論文)

2017年7月7日
胃の痛み、胸やけなど、誰もが経験する嫌な症状だが、背景に消化器潰瘍や、逆流性食道炎があることが確認されると、胃酸の分泌を抑えるため、H2ブロッカーと呼ばれるヒスタミン受容体阻害剤か(H2B)、プロトンポンプ阻害剤(PPI)が処方される。ただ、症状を抑える力はPPIが強く、患者さんも喜ぶので、PPIが処方される頻度は最近急速に伸びている。実際昨年厚労省が発表した処方数では、上部消化管症状に対する処方のうちPPIが24%、H2Bが9%を占めており、これを裏付けている。
   ところが最近、PPIが間質性腎炎、認知症など様々な疾患のリスクになることが報告されるようになった。そこで医療についての比較的正確な記録が残っているアメリカ退役軍人局からデータを抽出して、新しくPPIを使用した患者さんを平均5年追跡、死亡率を比べたのが今日紹介するセントルイス疫学センターからの論文でThe BMJ Openにオンライン掲載されている。タイトルは「Risk of death among users of proton pump inhibitors: a longitudinal observation cohort study of United States veterans(プロトンポンプ阻害剤のリスク:米国退役軍人の縦断的観察コホート研究)」だ。
   調査では2006〜2008年にPPIやH2Bの処方を初めて受けた患者さん約35万人を平均5.7年追跡し、原因を問わず死亡率を調べた研究だ。結果は、PPIとH2Bを処方された人で比べると、生存曲線でPPIを処方された人の死亡率は高い。これを背景などを計算し直してPPIとH2Bのオッズ比を算定すると、1.16-1.25と優位にPPI使用者の方が高いオッズ比を示す。さらに、PPI の処方期間ごとにハザード比を調べると、処方期間と正比例してリスクが高まることがわかった。これらの結果から著者らはPPI服用により、原因は不明だが全般的な死亡リスクが高まると結論している。
   もちろんこの研究には問題も多い。対象を統計学的に選んではおらず、一般的観察研究である点、またオッズ比が1.2という数字は、リスクとしては大きくない。しかし、古いデータだがタバコを10本以上吸う人の全体の死亡率で算定された1.8というハザード比(Arch Intern Med, 159, 733, 1999)を基準にすると、1年以上PPIを服用した場合のハザード比が1.5なので、タバコ程度の問題はあると考えたほうがよさそうだ。
   しかしこれらはすべて医師の処方を受けた場合の話で、米国ではPPIは自由に薬局で買うことができる。PPIは安全な薬なのでH2Bのように市販薬として認めて欲しいという意見がgoogle検索のフロントページに出てくるのを見ると、やはりリスクはあることを警告したほうがいいと思った。
  リスクの生物学的メカニズムの研究及び、観察研究でも良いのでこの結果の追試が行われるまで、規制緩和はちょっと待ったほうがいいように思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月6日:コロンブスの卵と言える発想の転換(6月29日号Cell掲載論文)

2017年7月6日
次世代DNAシークエンサーは、解読したいDNA断片をスライドグラスの上の微笑スポットに補足して、その場所で増幅し、伸長反応を進めることで塩基配列を決めている。すなわち、何十万もの小さなスポットで起こる反応を個別に読み取って大量のシークエンスデータを集める。解読が終わると、何十万もの異なる配列を持った増幅されたDNA断片が張り付いたスライドグラスが残ることになるが、すべて廃棄されていた。
   今日紹介するテキサス大学からの論文はこれまで廃棄されてきた、配列が解読されたDNA断片が張り付いたスライドグラスを、DNA結合分子の反応を調べるために再利用するという素晴らしいアイデアを示した研究で6月29日号のCellに掲載された。タイトルは「Massively parallel biophysical analysis of CRISPR-Cas complexes on next generation sequencing chips(次世代シークエンサーチップ上でCRISPR/Cas の複合体の生物物理的解析を超大規模に行う)」だ。
   この研究ではCRISPR/Casシステムと標的DNAとの結合の特異性を調べているが、同じプラットフォームは核酸配列を標的とする様々な分子反応に利用できるだろう。
   研究ではまずCRISPR/Casとの反応を調べたい遺伝子配列(300bp程度)の異なるDNA断片を約40000種類合成、これをMiSeqを使って配列を決定する。そうするとすべての断片がスライドグラス上に捕捉され、配列が決まるが、反応が終わったDNA断片が載ったスライドグラスに、ガイドRNAと蛍光標識したCasを加えると、DNA配列がガイドと一致するスポットだけにCasの結合が見られることになる。この時すべてのスポットで蛍光の場所と強さを記録すると、何万、何十万種類の標的配列と、CRISPR/Casの反応を調べることができ、CRISPR/Casが働くためにはどの程度の配列の一致が必要かなどを網羅的に調べることができる。
   配列を決めれば捨てていたチップを、貴重な宝として蘇らせる発想で、言われてみれば当然だと思うが、これを発想したことに本当に感心する。
   もちろん発想が正しいことを示すため、この方法を用いて、ガイド配列の条件、ガイドに続くPAM配列の条件などをすべて明らかにし、また得られた各配列のチップ上での反応性と、それを用いた遺伝子編集効率が相関することも示している。そして最後に、人間のエクソーム配列決定を行ったチップ上でCRISPR/Casを反応させ、どの遺伝子がoff-target標的になってしまうかも示している。
予想以上の結果で、今後遺伝子編集を行う時、CRISPR/Casシステムの特異性を前もって調べるための方法として広く用いられるだろう。
  これまでDNAを標的とする分子反応の測定にはEMSAとか CHIPとか、様々な方法が開発されてきたが、この方法はそれらを置き換えるポテンシャルがある。もちろん、転写調節や、エピジェネティックスなど他にも様々な分野に応用できるjことも容易に想像できる。新しい材料を開発しなくても、発想の転換だけで新しい道を切り開けることを示した素晴らしい研究だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ