5月13日:脳内炎症と腸内細菌の関係(Nature Medicineオンライン版掲載論文)
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5月13日:脳内炎症と腸内細菌の関係(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2016年5月13日
    腸内細菌叢は、私たちには不可能な細菌特異的な経路を使って様々な分子を生成し、私たちを助けたり、困らせたりしている。その意味で、遺伝的にはもちろん完全に分離していても、もう一人の自己といえる存在で、私たちの健康を考える時には常に頭に入れておく必要がある。その典型がこのホームページで2014年9月19日に紹介したグルコース摂取を抑える目的で使うアスパルテームなどの人工甘味料が腸内細菌叢の作用で、インシュリン抵抗性を誘導する物質を作り、結果として逆に糖尿病を引き起こすという話だろう(http://aasj.jp/news/watch/2190)。
  今日紹介するハーバード大学からの論文もそんな一つで、脳内の炎症に関わる分子経路をたどっていくと腸内細菌産生分子に行き着いたという話で、Nature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Type I interferons and microbial metabolites of tryptophan modulate astrocyte activity and central nervous system inflammation via the aryl hydrocarbon receptor (1型インターフェロンと腸内細菌叢由来トリプトファン代謝物はアストロサイトの活性と芳香族炭化水素受容体を介する中枢神経炎症を変化させる)」だ。
  多発性硬化症のような自己免疫性脳炎に対して1型インターフェロン(IFN-1)が抑制効果を持つことがわかっていたが、他の作用も多く、この経路からより特異的な標的を見つけることは重要な創薬課題だった。著者らも同じ目的でマウス脳炎モデルを使って、炎症刺激によりアストロサイトで誘導される遺伝子の中からIFN-1で抑制される炎症分子を探索し、この多くが様々な芳香族炭化水素分子により活性化されるARH受容体を介していることを突き止める。これをきっかけに、論文の前半は、基本的にアストロサイト内でIFN-1からARH発現にいたるシグナル経路の話で、特に新味はない。要するに、IFN-1シグナル経路により誘導されたARHがSOCS2などの誘導を介して炎症を抑えるという話だ。
  ところが後半になると、このARHを活性化する芳香族炭化水素分子が腸内細菌によりトリプトファンが壊される過程で作られることを示して、面白い論文になった。実際、ARH分子の発現が上昇しても、それだけでは何も起こらない。ARHが機能するためには、それと結合して転写活性を上昇させるリガンドが必要だ。この研究では最初からリガンドのソースとして腸内細菌に焦点を当てている。そして、炎症マウスにトリプトファンを除いた食事を摂らせると脳内炎症が増悪することを確認している。また、トリプトファンからARHリガンドを作ることができる細菌をアンピシリンで殺すと、やはり脳炎が増悪することを示している。
   最後に、ちょっと驚くが多発性硬化症の患者さんと正常人の脳組織の血清を採取し、ヒトでもこの経路が働いていること、そして多発性硬化症の患者さんにはARHを活性化するリガンドの濃度が低いことを明らかにしている。
  結果をまとめると、腸内細菌叢でのARHリガンドの生産が落ちることで多発性硬化症が悪化することを示している。したがって、一定量のARHリガンド投与は、多発性硬化症の治療選択の一つだというのが結論だ。多発性硬化症の患者さんへの抗生物質投与には注意が必要なことも重要なメッセージだろう。    しかしARHのリガンドダイオキシンが引き起こす様々な症状を考えると、ARHを刺激して炎症を抑えようとすると、かなりさじ加減が必要な治療になる気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

創薬研究の施策と活動への希少難病患者の期待

2016年5月12日

『新薬候補、譲渡成立ゼロ』との見出しで4月末一部の専門紙に、日本医療研究開発機構(AMED)が運営する「創薬支援ネットワーク」が、2013年から大学での創薬研究から新薬に結びつきそうなテーマを採択して実用化を支援しているが、成果の主要指標である製薬企業への譲渡件数については、初年度として筋ジストロフィー治療研究の1件にその可能性が残されたのみであった、との記事が小さく出ていた。

AMEDは、44テーマについて有望と判断して資金や技術の援助をしたとしており、これらは同ホームページで『創薬支援ネットワークの支援テーマ(3月末現在)』 (http://www.amed.go.jp/program/list/06/theme_list.html ) として公表されている。製薬会社への譲渡で最も期待されたのは、具体的な化合物にまで絞られたテーマと思われるが、大学での限られた研究資源や化合物ライブラリーの範囲からの無理矢理な選別で、さらに研究当事者自身の判断に拠るものであって、緩い基準に基づいて選ばれた化合物と見做されるのが普通である。

現在までの支援テーマは、どれも精々前臨床段階にあるが、今後ともAMEDとしてこのような支援を継続するのであろうか?製薬会社に提示したときに、「興味深いが今の段階では導入可否の判断ができない。ヒトでのPOC(概念実証)が得られたら改めて連絡ください。」などと無責任に臨床第II相程度の治験の実施が必須とのごとく要望されることが多かったと思われる。しかし、薬物の治験(臨床研究)は、動物での安全性と有効性が確立し、確固たる市場性、経済性や承認の見通し立った候補化合物に限ってその研究者や組織の全責任で行うものであって、単に薬理学的推論の効果の立証を目的として、濫りにヒトを実験台にしてはならないことは言うまでもない。一般論として、公的資金での薬物の治験の実施は、極限られた場合や代替方法が絶無でのみ可能と考える。

全く新しい薬理、原理、メカニズムなどに基づく薬物治療法やスクリーニング方法などに科学的や第三者の理解や評価を得るには動物実験で十分であるし、有効な特許の取得も可能で、この段階で研究成果や技術として製薬会社への導出も十分に可能である。従って、大学では更に進めて一般的な新薬の創出を目指しての化合物スクリーニングや臨床研究を行うことは非効率であるし無駄な行為でもある。大学では、動物実験レベルで成果を纏めて国内外の企業に導出することとして、リード化合物の選定や至適化、非臨床試験などその後の開発作業は、そのライセンスを受けた製薬企業でなされるべきである。

AMEDの創薬支援ネットワークは、上記の惨めな現状に対して「企業のニーズの事前把握が不十分だったことを反省点とし、改善した上で大学での革新的新薬の創出活動(事業)の支援を続ける」としている。AMEDは、発足当初から国税600億円以上を既に本ネットワーク事業に投入していることになるが、それら投資の結果として何か具体的な成果を残せたのであろうか?反省点が前記で全てであって、改善点が明示されないまま、また具体的な改革策を示すことなく、本創薬支援ネットワークを当初の計画に沿ってこのままで継続させることが、許されるとは思えない。

一方、上記AMEDからのテーマ進捗表『創薬支援ネットワークの支援テーマ(3月末現在)』の末尾部に、熊本大学発生医学研究所の江良択実教授の『ニーマンピク病C型(NPC)治療薬の開発』が本創薬支援テーマに採択され、前臨床段階にあることが公示されている。

NPCは、ライソゾーム病の一種で、乳幼児からも発症し進行性であり国内の患者総数が50名程度の希少難病であって、指定難病である。細胞内コレステロール輸送障害による疾病で、肝臓、脾臓の腫れと神経症状が徐々に進行し重篤化する。ごく最近になって、厚労省未承認薬検討委員会発足により、唯一スイス国発のミグルスタットが早期承認されたが、症状改善は一応期待されるもののまだまだ満足する治療効果には程遠く、また根治は期待できない。

第2番目のNPC治療剤としてヒドロキシプロピル-β-シクロデキストリン(HPBCD)が米国で 臨床開発中であるが、上記のとおり熊本大では2-ヒドロキシプロピル-γ-シクロデキストリン (HPGCD)という別個の関連化合物が、AMEDからも支援を受けてNPC治療剤として研究開発が進められている。

γ-CD体は、β-CD体に比べて、水に対する溶解性が高いためか、生体にはより安全とされており、コレステロール他被排泄(包接)物質に対する親和性や包接能も相互に異なるはずで、薬効の多様性が期待される。

幹細胞研究の権威の江良教授のグループは、iPS細胞出現の当初から希少難病治療の研究手段としてそれの活用に取り組んでおられ、今回も化合物スクリーニングに、NPC患者iPS細胞由来の肝細胞が用いられている。希少難病治療方法の研究に集中的に取り組む我国では数少ない基礎医学者であり、対症療法の本件を手始めに今後も継続してNPCをはじめライソゾーム病の根治療法の研究に取り組まれるものとその成果は大いに期待される。

希少難病治療用薬剤の研究開発は、その緊急性と専門性から個々の疾患について基礎研究段階から臨床開発、薬事承認と一貫性と連続性が非常に重要である。また、その市場性から例え開発途中からといえども民間企業の参入は、これまでの例外的なケースを除けば、殆ど期待できない。

AMEDにおいては、大学発の創薬支援テーマの採択にあたって、希少難病治療用薬剤の研究を重点的に採用し、一貫性を持って患者に投与できるまで支援を続けてほしい。この施策により、各大学において整備されてきた治験のための組織と施設が生かされる。さらに大学で生まれた希少難病治療薬創出研究の成果は、広く創薬研究のための革新的な基盤科学技術となり、民間に技術導出され応用・活用されることを期待する。(田中邦大)

5月12日:気になる2警告(5月号JAMA Neurology+4月29日Scientific Reports)

2016年5月12日
   私がまだ学生だった頃は、水俣病、イタイイタイ病、四日市喘息など様々な公害病が我が国の深刻な課題だった。幸い、このような深刻な公害は影を潜めたが、それでも仕事や食品を通して、知らず知らずのうちに体が蝕まれているのではないか懸命に調べている研究者たちがいる。今日は、最近私の目に止まったこのような問題を扱う2編の論文を紹介する。
   最初はミシガン大学からの論文でALSの発症に殺虫剤に暴露されることが関わっていないか調べた疫学調査でJAMA Neurologyに掲載された。タイトルは「Association of environmental toxins with amyotrophic lateral scleraosis(ALSと環境毒素の相関)」だ。
   ALS発症に様々な環境汚染が関わる可能性はこれまで調べられてきた。この研究ではこれまで可能性が指摘されて来た殺虫剤暴露とALSの相関について156人のALS患者さんと、対照126人について比べている。暴露の可能性のある職歴についての聞き取り調査で相関を調べると、暴露歴があると発症のオッズ比が5.46と優位に高い。次に相関が認められたのは、鉛暴露によるオッズ比2.0、軍隊経験でオッズ比が2.20だが、やはり殺虫剤に暴露される職業が一番強い相関を示す。
   同じような結果は、これまでも報告されていたようだが、この研究ではさらに踏み込んで、患者さんと対照群の血液中の残留化合物を調べて、例えばcis-Chlordaneの残留が認められる場合はオッズ比5.74, PCB202では1.36-3.27と有意に殺虫剤の残留とALSの相関が見られることを示している。
     この研究だけでChlordaneが悪いと決めつけるのは早計だが、統計学的結果を無視することはもっと間違っている。特に、職歴と残留殺虫剤が必ずしも一致しないことは、環境暴露も可能性があるので、真剣に検討を続けることが重要だ。
   次の論文は天然甘味料として加工食品に広く使われているコーンシロップなど果糖を多く含む食品が、胎盤機能不全につながることを警告するワシントン大学産科学教室からの論文で4月29日Scientific reportsに発表された。タイトルは「Maternal fructose drives placental uric acid producition leading to adverse fetal outcomes (母体の果糖は胎盤の尿酸合成を高め、胎児に悪影響を及ぼす)」だ。
   ブドウ糖と異なり果糖は代謝経路が全く異なる。特に、インシュリン耐性を誘導し、2型糖尿病や脂肪肝につながることや、ATP分解を促し最終産物の尿酸の産生を高めることも知られている。この研究では、妊娠中毒症などの胎盤に関わる障害を誘導するのではないかと考え、妊娠マウスを用いて果糖投与による胎盤の変化を調べている。
  詳細を省いて結論だけをまとめると、
1) 高い果糖を含む食事は胎児の発達を阻害する。
2) 胎盤での尿酸合成を高果糖食により誘導される
3) 高果糖食は胎盤の脂肪蓄積と酸化ストレスを誘導する。
4) キサンチンから尿酸への経路に関わるキサンチン酸化酵素を阻害すると、胎盤の障害や胎児の発達障害を抑えることができる。
5) 人間の妊婦さんの血中果糖濃度と胎盤の尿酸濃度は相関する。
という結果だ。
  我が国の現状は把握していないが、米国ではコーンシロップなどの使用制限を訴える運動が進んでいると聞く。天然の物質も、人間の偏った意図に基づいて使われると、問題を引き起こす例といえるだろう。
  このような研究に常に耳を貸すことの重要性を実感している。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月11日:認知障害の治療薬としてのリルゾール(Molecular Psychiatry オンライン版掲載論文)

2016年5月11日
    グルタミン酸による過剰興奮毒性を抑えるとしてALS患者さんに現在使われているリルゾールは、その作用機序から海馬のグルタミン酸作動性ニューロンの変性が進むアルツハイマー病や高齢化による認知障害にも効果があるのではと現在ロックフェラー大学が治験を進めようとしている。実験レベルでは記憶伝達の細胞学的基盤となっている神経軸索の樹状突起の集合をリルゾールが誘導できることが知られており、治験結果への期待は大きい。
  今日紹介する論文は治験を推し進めているロックフェラー大学がMolecular Psychiatryに発表した論文で、認知症治療としてのリルゾールの可能性をさらに裏付け、治験への期待をさらに高める目的で行われた動物実験だ。タイトルは「Age and Alzheimer’s disease gene expression profiles reversed by glutamate modulator riluzole (年齢やアルツハイマー病による遺伝子発現プロフィールはリルゾールで元に戻る)」だ。
  研究では老化による海馬の遺伝子発現変化と、リズロール投与による遺伝子発現変化を比べ、老化で低下する96種類の遺伝子がリズロール投与で上昇し、また老化で上昇する240種類の遺伝子がリズロールで低下することを発見している。次に、リズロールで変化する遺伝子群をそれぞれの機能をもとに分類して、変化する神経細胞過程を、アルツハイマー病で変化する過程と比べると、神経の軸索投射やシナプス活動など多くの過程で逆相関が見られることを発見している。このことは、アルツハイマー病や老化により進む様々な神経細胞過程の変化をリズロール投与が元に戻せることを示している。
   ただ残念ながら、老化マウスに投与して実際に変化を戻すことができるかについては、データが思い通りになっていないのか、示されていない。もちろん変性が進んでしまうと、この薬も効かないことは十分ありうる。したがって、異常の少ない時点から長期に投与する研究が必要だろう。しかし、代わりに余分なグルタミン酸を処理してくれる遺伝子EAAT2に絞って老化マウスでみられる低下を抑えることができるか調べ、老化マウスでもEAAT2の発現を強く上昇させられることを示している。従って、進んだケースでも、グルタミン酸毒性による細胞変性は防げるかもしれない。    結果はこれだけで、実際に効果があるかどうかについては同じグループが進める治験の結果を待つ必要がある。ただ、老化により進む全体的な異常にもしグルタミン酸による神経過剰興奮があるなら、期待は持てるような気がする。すでにALSで利用されており、治験へのハードルも低いだろう。今後注意深くウォッチしていこうと思っている。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月10日CRISPRを使った遺伝子置換(5月5日号Nature掲載論文)

2016年5月10日
   CRISPR/Cas9による遺伝子編集は、ガイドRNAによって希望のゲノムの位置にCas9を導いて遺伝子を切断することにより行われる。こうして切断されたDNAはもちろん修復されるが、断端をそのまま修復する非相同末端結合機構が働くと欠失や挿入が起こるため、結合部分に突然変異が導入される。遺伝子をノックアウトするだけなら、この性質は好都合なのだが、特定のゲノム部分を正確に置き換える遺伝子ノックインには向いていない。ノックインの場合、置き換えたい配列を持つ遺伝子断片を導入して、相同組み換え修復機構を誘導する必要がある。実際、Cas9で切断した後、相同組み換え修復も誘導され、遺伝子ノックインが可能であることは示され、また実際に使われてきたが、ノックアウトと比べると思った通りのノックインが起こる確率は低いため、新しい方法の開発が待たれていた。
   今日紹介するロックフェラー大学からの論文はこの課題に挑戦した研究で5月5日号のNatureに掲載された。タイトルは「Efficient introduction of specific homozygous and heterozygous mutations using CRISPR/Cas9 (CRISPR/Cas9を用いた高効率のホモ、ヘテロ突然変異の導入)」だ。
  著者らはもともとヒトiPSに早期発症のアルツハイマーを引き起こす突然変異をCRISPR/Cas9と相同組み換え修復を用いて導入しようとしていた。ただ、こうして得られた遺伝子置換部分を調べると、欠失や挿入が起こっていることが多いことに気づいた。この原因が、CAS9活性が新しく修復された遺伝子も切断することによるのではと考え、CRISPR/Cas9と共に導入する相同組み換えの鋳型オリゴヌクレオチド (ODN)の配列を変化させて、新しい遺伝子へのCas9の働きを抑えることができる正確なノックインを達成するための条件を探っている。そのための手法としては、論理的に責めることも行ってはいるが、基本はトライアンドエラーを丹念に進めている
  まずCas9が認識するPAMやその上流に変異を導入したODNを用いると、相同修復後Cas9がDNA切断を起こすことを防ぐことができる。この方法では目的の変異以外に、Cas9をブロックする変異が入るので、この変異に対応するガイドRNAを使ったノックインをもう一度繰り返し、目的の遺伝子に置換することで、正確なノックインが10%以上の細胞で得られることを示している。他にも、PAM配列に変異の入った遺伝子置換を行い、次のラウンドで変異型 PAMを認識する変異CAS9を使う方法も開発している。
   普通ならこれでめでたしめでたしなのだが、この方法では両方の染色体で置換が起こる確率が高く、片方の染色体だけ変化させることが難しい。そこで、導入したい突然変異の場所と、Cas9による切断場所の長さを変化させて、片方のだけに置換がおこる確率を調べ、切断と導入変異の距離が20merあるとほとんどの置換が片方だけで止まることを見出している。ただ、この方法だと効率が低下するので、最後にホモ変異が入る条件で、正常の配列と、突然変異配列のODNを混合してノックインを行うことで、結果としてホモ変異導入細胞と、ヘテロ変異導入細胞を1対1の割合で作ることに成功している。
  一般の方には少しマニアックな話で分かりにくかったと思うが、ノックインのための条件を粘り強く探索し続け、目的を達成する条件を示した、この技術を導入したい研究者には役にたつ論文だと思う。
  この論文でも方法の開発だけでなく、新たに作成したホモ、ヘテロ変異細胞を用いてアミロイドの急速な蓄積を再現できることを示している。しかし、受精卵に直接注射して遺伝子ノックインを行えるほどの効率があるかどうかはわからない。当分はiPS/ESとの組み合わせが重要だろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月9日:母親の抗体が腸内細菌叢によるT細胞刺激を抑える(5月5日号Cell 掲載論文)

2016年5月9日
  腸内細菌叢の成長と多様性が、宿主の健康維持に重要であることが広く認識されるようになり、この分野は急速に拡大している。しかし少し考えてみると、胎児が無菌状態で発生する以上腸内細菌は異物で、生後急速に腸内に入ってくるなら強い免疫反応が起り、腸炎に発展してもよさそうだ。しかし、実際には常在菌は通常は炎症の原因にならず、一種の共生関係が成立している。
   今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、母親がT細胞に依存しないで作る抗体が新生児の腸管内で細菌と反応することで、T細胞の反応を抑えていることを示し、この問題に一つの説明を与えている。タイトルは「Maternal IgG and IgA antibodyies dampen mucosal T helper cell responses in early life (新生児期に母親からのIgGとIgA抗体が粘膜T細胞の反応を抑える)」で、5月5日号のCellに掲載された。
  これまでも母親からの抗体が腸内で細菌叢が成長する際に強い炎症反応を防止する役割を演じていることが示唆されていた。しかし、分泌される抗体の代表であるIgAが欠損した人で新生児腸炎が見られるわけではないため、議論が続いていたようだ。この研究では、まずマウスが腸内細菌叢の2−3割に対して反応するIgG2b, IgG3抗体を持っており、特にIgG3はIgAより広い細菌に反応できることを発見している。この発見をきっかけに、この抗体の役割を追求したのがこの論文だが、詳細を省いて明らかになった過程を説明しよう。
1) 腸内細菌叢に反応するIgG2b, IgG3抗体は、バクテリアと直接B細胞が反応して、バクテリアの持つLPSなどの刺激にTLR2,TLR4を介して反応することで産生され、ヘルパーT細胞には依存しない。
2) これらの抗体を作るB細胞は、腸管の粘膜免疫に関わる腸間膜リンパ節やパイエル板で抗体を作る。
3) これらの抗体は、胎盤を通して、あるいは母乳を通しても胎児に伝わる。
4) 母親からの抗体が欠損した胎児の腸間膜リンパ節やパイエル板ではCD4陽性T細胞の数が選択的に上昇する。
5) このCD4+T細胞反応抑制にIgAも協力するが、IgG3,IgG2bが主役。IgMの関与は全くない。
6) 母親からの抗体なしに育った新生児は体重の増加が遅く、炎症性サイトカインが高い。
7) おそらく抗体によって細菌がリンパ節に移行するのを防ぐことで、T細胞の過剰反応を抑えているのだろう。
この研究もそうだが、逆に食物アレルギーの成立についての研究も、新生児期の腸内での免疫調節の重要性を物語っている。わが国でもこの分野が重点項目として選ばれたようだが、表面的な現象論ではなく、新しいメカニズムに迫る研究が行われ、そこから出た知見を活かして、子供を炎症やアレルギーから守ることのできる研究が行われるよう期待したいし、また成果について注視していこうと思っている。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月8日:ジカウイルスによる神経細胞死誘導機構(7月7日号Cell Stem Cell掲載予定論文)

2016年5月8日
今年の5月にリクエストに応じてジカ熱の流行とその問題について解説して以来、すでに4回にわたって6編の論文に触れてきた。これらの論文から、
1) ジカ熱ウイルス感染により高率に胎児発生異常が誘導されることが疫学的に明らかになった。
2) 多能性幹細胞から誘導した神経細胞や神経細胞のオルガノイドを使って、ジカ熱ウイルスが神経細胞に感染すると細胞死を誘導することが示された。
3) ジカ熱ウイルスはAXL分子を細胞内への侵入のための受容体として使っており、この分子を強く発現するラジアルグリア細胞が感染の標的細胞になっている。
4) ウイルス感染防御に関わるIRF等のメカニズムを外したマウスを感染モデル動物として使える。
5) 人間の胎盤を構成するトロフォブラストの分泌するタイプ IIIインターフェロンは、ウイルスの胎盤通過を防御する。
など、このウイルス感染のメカニズム解明が月単位で急速に進んでいることがわかる。
   やはりヒトES細胞から誘導した脳神経細胞オルガノイド培養を用いた実験系を用いて、ジカ熱ウイルス感染による神経細胞死にTLR3が関わることを示したのが今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文で、ジカ関連の論文を積極的に扱っているCell Stem Cell7月号に掲載予定になっている。タイトルは「Zika virus depletes neural progenitors in human cerebral organoids through activation of the innate immune receptor TLR3(ジカウイルス感染は自然免疫に関わるTLR3分子の活性化を通して、ヒト脳オルガノイド中の神経前駆細胞を除去する)」だ。
  この研究では、まず脳オルガノイド培養での遺伝子発現を詳細に調べた後、ジカウイルス感染によりオルガノイドの成長が抑制された時、この遺伝子発現パターンがどう変化するかを調べている。この結果、ウイルスに対する自然免疫に関わることが知られていたTLR3がオルガノイド培養でも上昇していることを発見する。最後に感染によるオルガノイド発達抑制にTLR3が関与していることを明らかにするため、TLR3阻害剤を加えてウイルス感染実験を行うと、オルガノイドの発達を完全ではないが回復させられることを明らかにしている。    もともとTLR3は線維芽細胞を用いた実験でジカウイルスなどのフラビウイルス感染で活性化されることがわかっており、これが神経でも起こることを示した研究で、特に新味はない。しかし、研究のスピードには驚かされる。また、感染後の詳しいデータが得られたことで、今回見落とされた重要な経路も必ず発見されるだろう。
   リオ・オリンピックでも突貫工事が続いているようだが、オリンピックに影を落としていたジカウイルス問題も突貫研究で対策の糸口が見え始めているようだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月7日:性成熟と行動の遺伝学(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2016年5月7日
  タイトルを見た時と、論文を読んだ後ではだいぶ印象の異なる論文がある。今日紹介する英国MRC疫学研究所からの論文は、タイトル「Physical and neurobehavioral determinants of reproductive onset and success(生殖の開始と成功に関する身体的、神経行動的決定因子)」(意訳を避けて直訳している)を一瞥した時、何か人間の生殖に関わる研究であることはわかったが、具体的に何を調べているのか、私の英語力ではイメージを得ることができなかった。ただreproductive onset(生殖行動の始まり)という文言が気になって読み始めると、reproductive onsetとは初めての性的交渉、初体験のことだとわかった。この研究は要するに自己申告による初体験年齢と相関する遺伝子多型(SNP)をゲノム全体にわたって調べた研究で、Nature Geneticsに掲載予定だ。
  これまで、例えば初潮年齢など身体的性成熟指標について遺伝子多型との相関を調べる研究は進められてきた。ただこの研究ではさらに踏み込んで、自己申告による初性交渉(初体験)の年齢と相関する多型を全ゲノムにわたる4600万SNPについて調べている。並行して、初産年齢、子供の数など、より身体的指標と相関するSNPも特定して、初体験SNPと比較している。
   調査によると、英国の若者の初体験年齢は男女共18歳で、わが国の20代の若者で行われた統計より少し早い程度だ。この年齢を、他の性や身体的成熟指標と比べると、思春期開始年齢が早いほど初体験が早く、また肥満度が高いほど初体験が早い。一方、身長は関係ないか、逆相関している。面白いことに、ヨーロッパの統計では思春期開始年齢と教育レベルは反比例しているが、この結果と一致して、初体験年齢も大学教育率は反比例している。一番納得できるのは、初体験が早いと、初出産も早く、多くの子供を持つという相関で、この結果高等教育が中断されるのかもしれない。このように、一人の人間が抱える様々な要因は複雑に絡んでおり、そのうちの一つの要因を取り上げて調べたゲノムとの相関は、絡み合う全てが合算された結果になることを頭に入れておく必要がある。
   こうして得た初体験年齢と相関するSNPを調べると、なんと33箇所も見つかっている。相関が見つかったSNPの意味づけのため遺伝子同士の相関を調べると、「概日周期」「テロメアのパッケージング」「RNAポリメラーゼIのプロモーター活性化」「Notch経路」と相関しているらしいが、私たちの直感とはかけ離れている。
  さらに個々のSNPの近くにある遺伝子の機能と、初体験の年齢を説明できるか調べているが、はっきり言って簡単でないというのが結論だろう。バイオインフォーマティックスを使って相関する遺伝子ネットワークの重なりを調べると、自閉症や、統合失調症のリスクと、初体験年齢とが重なる結果が得られているが、初体験年齢はリスクをいとわない精神性とも相関しており、初体験年齢が性格とも関わるという以上のことはなかなかわからない。
   初体験年齢と相関があった個々のSNPを調べても、この結果の意味を理解するにはまだまだ時間がかかることがわかる。例えばCADM2と呼ばれる神経接着因子遺伝子の近くのSNPは、リスクを厭わない性格、セックスフレンドの数、子供の数などとも相関しており納得できるが、同じように肥満係数とも相関があるため、実際の因果性を説明するには時間がかかるだろう。
  極め付きは女性ホルモン受容体のイントロン部分にあるSNPとの相関で、英国バイオバンクだけでなく、デコード社のデータでも今回の結果は再現できており、また性ホルモンとの相関は直感的にも納得できるが、従来の研究で様々な性成熟形質と相関があるとして同じ遺伝子近くに特定されたSNPとは全く異なっており、解釈は難しい。
  このように、まだまだ現象論的段階で、納得いく説明は難しいというのが本当のところだろう。ただ、最初「初体験のゲノム」として世間受けを狙う興味本位の仕事ではないかと思ったが、精神、身体が密接に絡んだ様々な形質を発掘してゲノムと相関させるという努力は、21世紀の重要な課題で、是非授業にも使っていきたいと思う。その意味で、自己申告による初体験年齢は目の付け所の良い指標と言える。すこし馬鹿げていると思えるようなことにチャレンジする若者が我が国にも多く出てきてほしいと願っている。
カテゴリ:論文ウォッチ

5月6日:パーキンソン病治療に移植したドーパミン産生細胞は24年間ホストの脳で維持され、働いた。(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2016年5月6日
パーキンソン病は黒質に存在するドーパミン産生細胞が様々な原因で変性することにより起こる。細胞減少により分泌が低下するドーパミンの量を上げるためL-dopa投与が行われるが、細胞が失われるとL-dopaの処理ができなくなるため、効果が薄れる。このため、この病気に対する根本的治療として、ドーパミン産生細胞の移植か、ドーパミン産生のために必要な酵素遺伝子を脳内に導入して線条体の神経細胞にドーパミンを作らせる遺伝子治療が試みられている。
   なかでも中絶胎児の中脳細胞移植は、スウェーデンで1980年代後半から200例以上行われ、少なくとも一部の患者で著効を示したことが報告されている。これらの例は細胞治療の可能性を示す証拠として、その後の多能性幹細胞を用いる治療の拠り所となってきた。中絶胎児中脳移殖自体も、効果を確かめるため長期にわたって中断されていたが、最近全ヨーロッパ規模の共同国際治験として再開されている。
   今日紹介する胎児中脳移殖の総本山とも言えるスウェーデン・ルンド大学からの論文は1989年に大樹中脳移殖により劇的な回復を見せた一人の患者の死後解剖所見で、米国アカデミー紀要に掲載予定だ。タイトルは「Extensive graft-derived dopaminergic innervation is maintained 24 years after transplantation in the degenerating Parkinsonian brain (変性したパーキンソン病の脳に移殖した細胞はドナー細胞由来のドーパ作動性の広域にわたる神経結合を移植後24年間にわたって維持し続ける)」だ。
   この患者さんは50歳で発病、52歳からL-dopa治療を受け始めたが、変性の進行が急速でl-dopaの効果が失われて症状の制御が困難になっていたため、59歳(1989年)時点で4体の中絶胎児からの中脳細胞を3箇所に移殖された。この患者の症状は移植後3年間、目覚ましい改善を続け32ヶ月でl-dopaを中止、64ヶ月で免疫抑制剤も中止している。その後7年目からは低用量のl-dopaを再開、12年目まで症状は安定していた。しかし、12年後から症状が悪化し、14年以降はパーキンソン病を超えて、脳全体の萎縮を伴うシヌクレイン症が進行し、24年目に心不全で亡くなった。
  死後行われた解剖から2つの重要な所見が得られている。
   まず何よりも、移殖されたドーパミン陽性細胞が24年経った後もドーパミンを作り続け、周りの組織との結合を維持し、機能し続けていたことだ。周りに炎症もなく、組織適合性とかかわらず拒絶反応は起こっていないことも重要だ。これまでも移植後10年にわたってドーパミン産生細胞がホストで機能し続けたという結果が報告されており、胎児中脳に存在するドーパミン産生細胞と同じステージの細胞は治療に確実に使えることを示している。この結果は細胞移殖を計画している研究者にとって大きな励みになるだろう。
  ただ、ドーパミン産生細胞がいくら維持されても、全身でシヌクレインが蓄積する場合、細胞移殖でそれを食い止めることはできないことも明らかになった。また、このシヌクレイン蓄積により、この患者でも移殖した細胞の10%以上にレビー小体が見られ、宿主の異常が移殖細胞へも波及することを示している。
   明暗が混じった結果だが、細胞移殖によるドーパミン産生細胞の補充とともに、シヌクレインの蓄積を抑える方法の開発が重要であることを改めて示している。連携のとれた研究の推進を期待する。
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5月5日:少し気になった臨床論文(5月3日号Pediatrics掲載論文、The American Journal of Cardiology掲載予定論文)

2016年5月5日
   最近純粋な臨床論文を紹介していない。自分が基礎医学だったせいもあるが、紹介したくなる気にさせる論文があまりなかったことも事実だ。そんな中でも、タイトルを目にするとちょっと気になるという論文は確かにある。今日はそんな2編の論文を紹介する。
   最初の論文はユタ大学産科学教室からの論文で、母親へのインフルエンザワクチンが生まれた子供に期待通り免疫力を付与しているという論文で、5月3日号のPediatricsに掲載された。タイトルは「Influenza in infants born to women vaccinated during pregnancy (妊娠中にワクチン接種を受けた母親から生まれた子供のインフルエンザ)」だ。
  もともとワクチンを全く信じないという一般の方は多い。特に妊娠中だと、何か問題が起こるのでは懸念する人の方が多いだろう。この研究ではユタ州のIntermountain Healthcare と呼ばれる施設で出産したお母さんにインフルエンザワクチン接種についての聞き取り調査を行った上で、生まれてきた子供のインフルエンザ罹患率を調べている。
   ユタ州でも予想通りワクチン接種率は5%以下と低かったが、H1N1流行が問題になった後25%ぐらいに上昇し、最近ではインフルエンザシーズンには5割以上の妊婦さんがワクチンを受けるようになっている。
  ワクチンの効果は的面で、出産後6ヶ月までに赤ちゃんが臨床的にインフルエンザと診断される率が、ワクチン接種をしていない妊婦さんの子供で0.37%であるのに対し、ワクチン接種したお母さんからの子供は0.13%、病院で治療が必要になる重症例の率はそれぞれ0.066%、0.013%と、妊婦さんへのワクチン接種は確実に子供をインフルエンザから守る。
  人間では、お母さんの抗体が胎盤を通しても、また母乳を通しても子供に伝わることはわかっていても、ここまで効果があるとは考えていなかった。インフルエンザワクチンによって母子ともに守られると結論していいだろう。
   もう一編のジェファーソン大学医学部からの論文は、米国でもガイドラインに書かれている治療が徹底されていないことが普通にあることを示す論文で、The American Journal of Cardiologyに掲載予定だ。タイトルは「Frequency of use of statins and aspirin in patients with previous coronary artery bypass grafting(冠動脈バイパス手術を受けた患者さんがスタチンとアスピリンを服用している率)」だ。
   冠動脈狭窄により狭心症などの症状がある場合、現在はステント手術が普及しているとはいえ、効果が長く持続することから、足の伏在静脈を使ったバイパスは現在も重要な治療法だ。これまでの研究で、術後スタチンとアスピリンを長期に服用することで移植血管の閉塞が防げることが明らかになっている。この研究では、381人の患者さんについて、バイパス手術後このガイドラインに従ってスタチンとアスピリン治療を受けているか、血中LDLはコントロールできているか、移植した血管は機能しているかを調べている。
  予想に反し、スタチンとアスピリンの両方を処方されている患者さんは50%にとどまっており、臨床的にも処方を受けていない患者さんは、特に新生血管の出来がよくないことが示されている。
  厳格な標準治療が行われるのかと思っていた米国でも、まだまだ医師主導のさじ加減が普通に横行しているのを知って驚いた。
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