6月11日:MRIを用いた自閉症の早期診断(6月7日号Science Translational Medicine掲載論文)
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6月11日:MRIを用いた自閉症の早期診断(6月7日号Science Translational Medicine掲載論文)

2017年6月11日
   脳内の領域間の結合を調べる機能的MRI検査により、自閉症の背景には脳内ネットワークの形成異常が存在することが明らかになっている。とすると、脳内各領域の結合を早期に診断して、できるだけ早く自閉症に対する治療プログラムを始め、ネットワークを正常化させる可能性がある。特に、幼児の脳はフレキシビリティーに富んでおり、介入プログラムにより大きく変化できることは、3歳までの言葉の発達を見ておればよくわかる。しかし、現在自閉症が診断されるのは2歳以降で、脳はフレキシブルとはいえ、時間が経つほどネットワークを変化させるのは難しくなってしまう。もちろん、こんなことはよくわかっているため、自閉症を早期診断するための方法を開発しようと努力が続けられており、このサイトでも2013年11月に一つの試みを紹介した(http://aasj.jp/wp-admin/post.php?post=686&action=edit)。
この時紹介した研究は、6ヶ月齢以前の乳児の行動を観察する方法だったが、今日紹介するノースカロライナ大学からの論文は6ヶ月齢のMRI 検査を用いて自閉症を予測する方法の開発で6月7日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Functional neuroimaging of high-risk 6 month old infants predicts a diagnosis of autism at 24 months of age (6ヶ月齢の自閉症ハイリスク児童の機能的MRI画像検査により24ヶ月齢での発症を予測できる)」だ。
   この研究は、遺伝的に自閉症発症リスクの高い幼児のコホート研究の一環として行われている。この中の6ヶ月齢で詳しい機能的MRI検査が行われ、24ヶ月齢で確定診断がついた59人を対象としている。通常自閉症の発症率は1.5%程度だが、今回対象として選んだ59人のうち、約2割、11人が24ヶ月齢で自閉症と診断された。
   MRI検査では脳内230領域について、それぞれの領域間の結合の強さが計算している。一方、24ヶ月齢の診断時、知能、社会性、行動についての詳しいテストを行い、数値化している。それぞれの数値と、脳領域間の結合の強さをコンピュータで相関させ、可能な結合の4%、974結合が、24ヶ月での診断と相関していることを突き止める。
   次にこの結合を指標化して24ヶ月齢での診断と対応するかどうか調べると、MRIから計算する指標だけで症状に基づく診断結果を予想できることが明らかになった。これが正しいかどうか、さらに交差検証も行い93%の診断率があることも確認している。要するに、遺伝的リスクがある幼児については、6ヶ月齢で自閉症を診断できるという結論だ。
   一旦診断法が確定すると、今後、遺伝的リスクのない子供についても同じ方法を試し、早期診断が可能か調べられるだろう。自閉症が、脳内ネットワークの形成異常だとしたら、原因に関わらず診断する方法は見つかると思う。そして、最初に述べたように、早期診断の意義は極めて大きい。
   問題は、MRI検査で、乳児の自然睡眠時を狙って、頭の動きを感知して画像データを補正できる機械が必要で、すべての子供を調べるには大変な費用がかかる。従って、例えば脳波や、近赤外光イメージングのような安価な方法に置き換える必要があり、また計算機のキャパシティーの問題も出てくるだろう。しかし、自閉症児の持つ優れた点を伸ばしながら、社会性やコミュニケーションなどを現在の児童に合わせるといった究極の治療のためには、最も必要な分野だ。さらなる発展を期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月10日:顔認識機能を解読する(6月1日号Cell掲載論文)

2017年6月10日
人間に劣らず、猿も個別の顔を認識できることがわかっており、この識別がどのようなアルゴリズムで行われているのかを明らかにすることは重要だ。実際、人間(おそらくサルも)は毎日の生活で常に他人の顔から相手の気持ちを読もうと努力する。これがコミュニケーションの基本にあり、最終的に言語へと発展していく一つの力だとしたら、この機能の解明は、最も高次な脳活動の理解に必須で、これまで多くの研究が行われてきたようだが、私の頭の中は教科書的知識で止まっていた。
   しかし今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文を読んで、この分野が大きく進展しているのを知って驚いた。論文のタイトルは「The code for facial identity in the primate brain(サルの脳内での顔を識別するコード)」で、6月1日号のCellに掲載された。
   様々な数理的手法が使われており、全てを理解できているわけではないことを断っておくが、この研究は微小電極による脳微小領域(カラム)の神経活動の記録と、その活動を誘導する顔写真による刺激とを丹念に対応させ、個々のカラムの神経活動から顔認識へと統合しようとした、オーソドックスな研究だと思う。
   研究では2匹のサルが使われ、それぞれにスタンダードとなる写真を見せて、MRIを用いて神経活動領域を特定する。その後、その領域内の様々なポイントに電極を挿入、スタンダードな顔から計算機により人工合成した写真に対する反応を調べるという、忍耐と技術が要求される大変な実験だ。
   さて刺激に使う顔の写真だが、active appearance modelと呼ばれるアルゴリズムを使って顔の変化に寄与する200ポイントのデータを、輪郭と見かけのそれぞれ25次元上の指標に分解している。これにより、それぞれのポイントの数値を変化させることで、50次元空間に分布する2000種類の異なる顔写真を合成することができる。こうして合成した写真をサルに見せたときの神経反応を、2箇所の顔認識領域ML/MFとAM内のそれぞれ50前後のポイントで記録している。実験する方にとっても、サルにとっても大変な実験だ。
   こうして得られた神経活動記録を、それぞれの顔写真を記述する50次元空間の数値と対応させることで、神経が顔の違いを計算しているアルゴリズムを解読しようとしている。実験が複雑なのでうまく表現できるかどうかわからないが、簡単に言ってしまうと、記録した各ポイントの神経反応を、今回用いたアルゴリズムで50次元に展開した顔と単純な線形関係で対応させられるという結果だ。例えば、LM/FM領域のポイントは、形に関わる次元により強く相関し、AMは見た目に対応した次元に反応する。
   言い換えると、各ポイントでの反応の強さを総合すると、どの顔に反応しているかを予測できることができ、また顔の分析データがあれば各ポイントの反応を予測できることになる。この研究では実際にどちらの予測も可能であることを示して、顔認識領域内の個々の神経細胞の活動の強さが組み合わさって、異なる顔の識別に対応していることを示している。
   限られた紙面では説明しきれないが、各神経の反応程度が、一つの次元で線形に並んでいるデータや、ある次元での顔の変化には全く神経反応に差がないことをみると、各神経細胞が顔という複雑な対象に決まった法則で反応していることがよくわかる。
   単一神経カラムの記録という極めてオーソドックスな研究手法が、神経活動研究とは無関係に進んできた私たちの顔の分析についての手法と完全に一致するのをみると、感激を禁じえない。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月9日:エクソゾームを治療に使う(Natureオンライン版掲載論文)

2017年6月9日
   エクソゾームとは細胞から出芽するように飛び出して、細胞外に分泌される小胞で、血中で安定であること、また元の細胞が発現している様々な分子を含んでいることから、ガンの診断に使えないか研究が行われている。分泌されたエクソゾームは離れた場所の細胞に取り込まれていることもわかっている。エクソゾームをミサイルのように使ってがん細胞が周りの環境を自分に都合のいいようにリプログラムしている可能性を調べる研究もずいぶん行われている。
   しかし、今日紹介するテキサス・MDアンダーソンガン研究所からの論文のように、エクソゾームをガンの治療に使おうとする試みはそうないと思う。タイトルは「Exosomes facilitate therapeutic targeting of oncogenic KRAS in pancreatic cancer(エクソゾームは膵臓癌のドライバーKRAS標的治療を可能にする)」だ。
   この研究の目的は単純明快だ。膵臓癌のドライバー遺伝子KRASを抑制するためにはアンチセンスRNAiを用い、それを膵臓癌へ送るためにエクソゾームが使えるかに絞って研究が行われている。
   これまでRNAiを少し安定化して直接注射する方法はすでに臨床でも行われているが、まずほとんどが肝臓にトラップされるため、他の臓器への応用は難しい。これを解決しようと、リポソームと呼ばれる人工小胞にRNAiなどを運ばせる方法も開発されているが、肝臓にトラップされる問題は解決できていなかった。
   この研究ではエクソゾームが血中で安定に維持されることに注目し、この原因がエクソゾームがCD47と呼ばれる分子を発現しているからではないかと考えた。CD47はマクロファージに食べられるのを防ぐ「don’t eat me signal」で、この分子がないと細胞や、その断片はマクロファージに掃除されてしまう。
   そこでまずヒトの線維芽細胞から調整したエクソゾームを調べると、CD47を発現しており、腹腔内に注射しても循環に入って様々な臓器に分布する。しかし、リポソームはすぐにマクロファージに掃除されてしまう。さらに、CD47がノックアウトされたマウスからエクソゾームを調整すると、リポソームと同じでマクロファージによって除去されることがわかった。
   期待通り、エクソゾームが血中で安定していることを確認した後、人間の膵臓癌細胞を注射したマウスをモデルにエクソゾーム/KRAS-RNAiでの治療実験を行うと、膵臓癌にエクソゾームが取り込まれ、高い治療効果が得られる。この結果は治療のためには都合がいいが、エクソゾーム自体はどの細胞に取り込まれてもいいはずで、次になぜ膵臓癌に対する治療効果が高いのかを調べている。この結果、KRASを発現する細胞では、ピノサイトーシスが促進してエクソゾームの取り込みが上昇していると結論している。後は、ガンが進行した時期に治療を始めるモデルで、進行したガンでも転移を抑制し、生存期間を伸ばせることを示している。
   実験は単純で、ぜひ人間でも試してほしいと思う。ただ、臨床に応用するとなるとエクソゾームの調整にどの程度の費用がかかるのかなど、心配の種はまだまだ多い。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月8日:ガラパゴス小羽鵜が小羽になったメカニズム(6月2日号Science掲載論文)

2017年6月8日
   ガラパゴス諸島を訪れて最も驚くのは、動物や鳥が人間をほとんど恐れないことだ。恐れないというか、ほとんど景色と同じように見ているのではと錯覚する。喧嘩を始めたシギに近づいても、喧嘩に夢中で手がとどく距離まで近づいても、私は全く眼中にない。他では得難い感激だ。
   ガラパゴスは、南米から飛行機で1時間半ぐらいかかる全く孤立した島々で、多くの固有種が存在する。その中でガラパゴス小羽鵜は、名前の通り羽が小さく退化して飛べなくなった鵜だ。なぜこんな進化を遂げたのか不思議に思うが、ガラパゴスに行って、天敵がいないこと、食べ物が豊富なことを実感すると、泳ぐのに邪魔な羽はなくしても問題ないと納得できる。
   今日紹介するUCLAからの論文はガラパゴス小羽鵜の全ゲノムを解読し、小羽になった進化過程を推察した研究で6月2日号のScienceに掲載された。タイトルは「A genetic signature of the evolution of loss of flight in the Galapagos cormorant (ガラパゴス小羽鵜が飛行能力を失った進化の遺伝的特徴)」だ。
   別に飛ばなくなった鳥は珍しくないが、例えばペンギンでは種が分離して5千万年なのに、ガラパゴス小羽鵜はまだ200万年しかたっていない。すなわち、羽が短くなる遺伝的原因だけが強調されている可能性がある。
   この研究ではガラパゴス小羽鵜とともに近縁のほかの鵜の全ゲノムを解読し、ゲノムの比較を通して、その中で骨格変化につながる遺伝変異を探している。
   まず他の鵜との関係だが、南米に住む種類に最も近く、まだ分離して230万年程度だ。一方、日本の鵜と比べると分離して2000万年が経っている。飛ばなくなってガラパゴスに隔離されているため、遺伝子の多様性がなく、日本のトキ以下だ。すなわち、常に絶滅の危機にさらされていると言っていい。
   さて、南米種と比べた時に、羽の大きさに関わる遺伝子が見えてくるかどうかだが、分子機能に変化が起こったと考えられる11種類の繊毛形成、上皮細胞極性に関わる遺伝子を特定し、またそれぞれの遺伝子について人間でも骨格異常がおこる突然変異が見つかっていることを示している。繊毛はshhシグナルに必須の細胞構造で、おそらく繊毛形成や上皮極性異常により骨格形成に必須のシグナルshhがうまく働かないようになったことが、羽が退化した一つの原因であるとしている。実際、ガラパゴス小羽鵜で見つかった変異が、機能異常を引き起こすか、線虫を使って確かめているが詳細はいいだろう。人間でも普通に見られる骨格変化の突然変異がガラパゴス諸島では選択されたことになる。
   これらの遺伝子以外にも、もう一つCux1と呼ばれる転写因子の変異についても調べており、この変異によりやはり繊毛形成や上皮細胞極性に関わる遺伝子の転写が低下するとともに、この変異があると軟骨細胞が骨芽細胞で置き換わらず骨が伸びないことも示している。
   分離して200万年ぐらいだと、確かに最もらしい変異が多く見つかると感心するが、これがコーディングエクソンにこれほどクラスターしているのには驚く。進化はまず、転写調節の変化から始まると思われているが、コーディング変異が集まることの重要性を明確にした点では重要な話だと思う。ただ証明のためにこれ以上の検証は簡単ではないなと思う。あとは、見つかった変異を他の鳥に導入して調べるほかないだろう。ゲノムの後は実験進化研究が必要だとすると先は長い。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月7日:心筋細胞も再生させられるかもしれない(Natureオンライン版掲載論文)

2017年6月7日
再生医学にiPSやES細胞が重要視される最大の理由は、人間では多くの組織で細胞自体の再生が抑制されているからだ。一方、心臓も含めてほとんどの組織で高い再生能力を示すイモリのような脊髄動物も存在し、このような動物では組織さえ残っておれば、心臓や神経でさえ再生する。従って、人間の再生力の低い組織で細胞の増殖を制限しているメカニズムが解明されれば、組織が傷ついても、組織を再生させることが可能になる。特に、心臓は細胞移植が簡単ではなく、この方向の研究に期待が集まっていた。
   今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文はこの重要な問題を解決し、新しい心臓の再生療法に道を開いたという点では画期的な研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「The extracellular matrix protein Agrin promotes heart regeneration in mice(細胞外マトリックス形成タンパク質のひとつAgrinはマウスで心臓の再生を促進する)」だ。
   同じ号にテキサス・ベイラー大学のグループが生後すぐに心筋細胞の増殖を停止させるYap-Hippoシグナル経路の詳細について解明した論文を発表しているが、再生医学という点ではワイズマン研究所の論文が先を行っているように思えるので、こちらを紹介する。
   生後1日ぐらいはマウスの心臓にも再生能力が残っていることが知られている。この研究ではまず生後1日と、7日目の心臓の細胞外マトリックスを調整し、生後1日目のマトリックスに心筋細胞増殖を誘導する力があることを確認し、この再生誘導能力の差に対応する分子を探索した結果、Agrinと呼ばれるプロテオグリカンを特定する。
   Agrinは神経・筋接合部形成に必須の分子で、ノックアウトマウスは生後すぐ死亡するため、心臓での機能はほとんど知られていない。そこで、心臓だけでAgrinが欠損するマウスを作成すると、胎児発生での心臓形成は正常に進むが、できた心臓は生まれた時からほぼ完全に成熟型の組織を示す。そして期待どおり、普通なら再生が見られる生後1日目の再生能力が完全に失われている。
   一方、若年、あるいは大人のマウスの心臓を血管結索により心筋梗塞をおこし、心筋に直接Agrinを注射すると、心筋細胞の増殖が誘導され、1ヶ月目にはおどろくべき回復を示していた(写真を見ると本当に驚く)。これはマウスだけの話ではなく、iPSから作成したヒト心筋細胞でも細胞分化を抑え、増殖を誘導することを確認し、将来人間でも応用可能であることを示している。
   最後に、この現象のメカニズムを調べ、AgrinはAgrin結合複合体 (Dag1)を介して筋ジストロフィーに関わるディストロフィンとグリコプロテイン複合体 (DGC)に結合し、DGCを介する筋肉内の細胞骨格の安定性を低下させることを示している。
   紹介しなかった論文では、DGC、Dag1、Yap-Hippoシグナル経路が心筋細胞の増殖を制限する鍵であることが示されており、この結果も合わせて考えると以下のようなシナリオが見えてくる。
   DGCは心筋細胞のシグナルセンターで、AgrinがDag1に結合している場合は、心筋細胞間の結合が弱められ、分化が抑制され、増殖が促進されるが、Agrinが存在しなくなると、Yap-Hippoシグナルを介して、心筋細胞の増殖を抑制、分化を促進し、心筋細胞間の結合が高められる。この抑制状態は、Agrinが存在しないと心臓が傷ついても変わることがないため再生できないが、そこにAgrinを外部から添加すると、DGCによる筋肉結合が弱まり、細胞増殖が始まるという話だ。
   これが本当なら、心臓の再生医学にとっては画期的な話で、心筋梗塞など細胞を用いない治療が可能になるかもしれない。また、細胞を作るという点でも大きなブレークスルーになる。特に、心臓型のマトリックスを作ってアグリンを加えれば、より簡単に心筋シートも作れるかもしれない。大きな一歩ではないかと期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月6日:慢性痛の新しいメカニズム(5月31日号Science Translational Medicine掲載論文)

2017年6月6日
11個のアミノ酸がつながったサブスタンスPと呼ばれるペプチド(SP)は、ニューロキニン受容体(NKR)を介して、痛み刺激を伝達するシナプスの神経伝達因子として働いている。他にも、中枢神経では不安やストレスに関わることが分かっており、NKRを標的とする薬剤が痛み止め、抗うつ薬などの治療目的に開発されてきた。しかしこれまで開発されたNKR阻害剤は、慢性の痛みには効かないことが多く、この原因についての解明が待たれていた。
   今日紹介するオーストラリア・モナーシュ大学からの論文は、NKR阻害剤が効かない原因として、刺激によりSPに結合したNKRが細胞内エンドゾームに隔離され、そこで神経を刺激し続けるためであると特定した研究で5月31日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Neurokinin 1 receptor signaling in endosomes mediates sustained nociception and is a viable therapeutic target for prolonged pain relief (ニューロキニン1受容体がエンドゾーム内で刺激されることが持続する痛みの原因で、長期効果の有る痛み止めの治療標的になる)」だ。
   NKR受容体はGPCRと呼ばれるGタンパク質と結合してシグナルを送るタイプの受容体で、刺激によりエンドゾームに移行することが知られている。この研究ではモデル細胞を用いて、SP刺激によりNKR受容体がエンドゾームに移行し、そこで持続的に刺激を発生し続けること、またこのような長期的な刺激がエンドゾームの合成を止めることで抑制できることを確認し、同じことが体の中で起こっているのか、ラットの後根脊髄神経のスライス組織を使って調べ、SPによる神経興奮がエンドサイトーシスにより持続し、この興奮がエンドサイトーシスによるNKRの細胞内移行を抑制することで抑えることができることを示している。
   持続する痛みの原因が刺激を受けたNKRがエンドサイトーシスによりエンドゾームに移行なら、エンドゾーム内へ移行してNLRに結合する阻害剤を開発すれば、神経興奮を抑えられるのではと考え、NKRを阻害する化合物をコレステロールに結合させてその効果を確かめている。
莢膜内にコレステロール結合阻害剤を注射した後、痛み受容体の慢性刺激を誘導する実験系で調べると、痛みが50%以上、しかも持続的に和らぐことが確認されている。
   私にとっては新しいアイデアで慢性の痛みのメカニズムと治療法の開発を行った面白い仕事だと思う。もちろん、服用薬を作ることは現段階で難しいと思うが、神経ブロックなどのための薬剤としては期待できるのではないだろうか。
   一つだけよくわからないのは、通常の痛み刺激の伝達に、このメカニズムがどの程度関わっているかで、ひょっとしたら痛みはある程度持続させることが重要で、このようなメカニズムが発展したのかもしれないと思った。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月5日:水の味(Nature Neuroscience掲載論文)

2017年6月5日
私たちの感覚にとって、H2O、すなわち純水が刺激として働くなど考えたことはなかった。というのも、水は私たちの体の6割を占め、感覚器の周りにあまりにも多く存在しすぎているし、刺激物を溶かす媒体にはなりえても刺激物としての資格を備えているようには思えない。
   しかし今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文を読んで、純水の感覚刺激について考えている人たちがいるのを知って驚いた。責任著者は岡さんという方で、アメリカで独立している若手の日本人のようだ。タイトルは「The cellular mechanism for water detection in the mammalian taste system (哺乳動物味覚システムが味を感知する細胞メカニズム)」で、Nature Neuroscienceオンライン版に掲載された。
   タイトルを読んで、面白いことを考える人がいると感心したが、イントロダクションを読んで科学はこの問題にも取り組んできた歴史があることを知った。とはいえ、哺乳動物が純水を感知するメカニズムはほとんどわかっておらず、この研究は知覚神経を純水で興奮させられことを確かめるところから始め、確かに人工的に合成した唾液を加えたときと比べるとイオンを除いた純水が神経の興奮を誘導できることを確認している。
   純水と人工唾液を比べると、つまるところイオンが含まれているかどうかなので、この刺激がイオン濃度の低下と関係するのではと考え、人工唾液中のイオン濃度を変化させた実験を行い、重炭酸塩の濃度の急激な低下を味覚システムが感知することを突き止めた。すなわち、唾液に含まれる重炭酸塩などのイオンが水で洗われることが水の感知につながっている。
  ではどの味覚受容体がこれに関わるか、一つ一つ遺伝学的手法で調べている。嗅覚受容体分子と比べると味覚受容体の数は限られているのでこれが可能だ。最終的に、酸を感じる細胞が水の感知に関わることを突き止めている。
   重炭酸塩の濃度変化を味覚受容体が感知するメカニズムについては、細胞が発現している炭酸脱水酵素のノックアウト実験から、この酵素が媒介する、(炭酸ガス+水)対(重炭酸塩+プロトン)の転換反応のバランスが水により変化し、結果プロトン濃度(pH)変化として水が感知されることを示している。
   最後に、この経路が水を求める反応につながるかどうかを調べた方法が面白い。酸を感知する細胞にチャンネルロドプシンを導入したマウスの飲み水を制限し渇きを感じさせた後、水の代わりに光を飲む行動(舌なめずり)を示すか調べている。結果は予想通りで、光に当たると、水がなくとも水を飲んだような行動を起こす。さらに当然といえば当然だが、光で水の刺激を代用しても満足感が得られない。
   最後に行動学的解析から、このシステムが喉が渇いた時、体が必要としている水を他のドリンクと区別して摂取するのに関わっていることも示している。
   他にも、クエン酸を使った酸に対する反応実験から、水の感知が脳では異なるルートで処理されることが示されているが水という何も含まない媒体が生命にとって最も重要な分子であることを考えると、私には大変面白い論文だった。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月4日:エジプト・ミイラのゲノム解析(Nature Communication 掲載論文:DOI: 10.1038/ncomms15694)

2017年6月4日
     覚えておられる方もいると思うが、2010年米国医学雑誌にツタンカーメンを含むエジプト新王国由来のミイラのゲノムが調べられ、親族関係や、慢性の持病について明らかにしたという衝撃の論文が発表された(Hawass et al, JAMA, 303, 638,2010)。我が国のメディアでも大きく取り上げられ、現在なおこの論文をそのまま鵜呑みにした報道も行われている。しかし、ほとんど報道されなかったが、この論文が2月に発表された後すぐ、6月には5グループからこの論文の真偽を問う意見が同じJAMAに掲載された。特に、ミイラ作成時に用いられた化学物質により人工的に変性した軟部組織のDNAが、正しい情報を示しているのかについては強い批判が展開され、この論文の結論をそのまま鵜呑みにする専門家はいないと言っていいだろう。
   しかし世界中の博物館に数多く秘蔵されているミイラのゲノム解析は、書かれた記録の不足や不備を補うことができる唯一の手がかりだ。今日紹介するドイツチュービンゲン大学からの論文は、チュービンゲン大学とベルリンの先史博物館に集められている、Abusir-el Meleqから出土したミイラの軟部組織、骨、歯から回収したDNAを解析し、現存するミイラからどの程度の情報が集められるのか調べた論文でNature Communication(DOI: 10.1038/ncomms15694)に掲載された。タイトルは「Ancient Egyptian mummy genomes suggest an increase of sub-saharan African ancestry in post Roman periods(古代エジプトのミイラゲノムはサハラ以南の民族の遺伝子がローマ時代以後増加していることを示唆する)」だ。
   この研究で調べられたミイラは150体以上に及ぶが、全てAbsur-el Meleqから出土したもので、時代的にはツタンカーメン時代と同じ新王国時代からローマ時代に及んでいる。通常ミイラは裕福な階層に限られていたが、後期になるとミイラ作成自体が安価になったため、このコレクションには一般市民のミイラも混じっているのが考古学的には重要な点だ。
   まずこれまでのミイラDNA研究の信頼性を確かめる意味で、軟部組織と骨のDNAを比べ、DNAの変性が軟部組織では骨や歯由来のDNAの2倍にも達するため、全ゲノムレベルの解析にはミイラといえども、骨や歯を用いないと信頼するデータが得られないことを示している。このことは、ツタンカーメンの親族についての研究も、もう一度硬組織を用いてやり直したほうがいいことが示唆された。
   高温多湿に加えて化学処理という三重苦にさらされてきたミイラDNAでもミトコンドリアのような小さなDNAについては信頼出来る配列が得られるようで、なんと90体のミトコンドリアDNAの全配列が解読されている。この結果、プトレマイオス以前、以後、ローマ時代とほぼ1300年にわたって一つの民族が維持されていたこと、現代エジプト人より中近東の民族に近いこと、そしてローマ時代以降はサハラ以南の遺伝子流入があることも分かった。この結果は、後に述べるY染色体の解析からも明らかになっている。
   多数のミトコンドリアゲノム解析が進んだおかげで、当時の人口動態も推察することができ、最初48000人程度の集団が、1300年の間に31万人に増加することが明らかになった。この結果は、プトレマイオス朝時代に埋葬場所から近い都市ファイユーの人口が9万人程度だったとする記録とも合致する。
   硬組織のDNAの変性は軟部組織に比して少ないことはわかったが、それでも信頼をおける解析ができたのは3体に止まっている。もちろん解読は情報学なので、さらに解析を進めて多くの遺体のゲノム情報が得られることが期待されるが、この研究では信頼性の面から3体のデータに限って解析している。これまで得られるデータとの比較から、3体のゲノム解析からも、古代エジプト人は、イスラエルを中心にそれを取り巻くレバントと呼ばれる地域の民族に近いことが確認された。
   最後に、肌の色は現エジプト人と比べて白く、黒い目の、農耕民族の特徴を持つゲノムであることを示している。
   まとめると、この研究はエジプトミイラの信頼おける最初のゲノム解析で、ミトコンドリアからも、Y染色体からも当時のエジプト人が新石器時代、レバントに住んでいた民族の子孫で、ローマ支配が終わった頃から、この民族を土台にナイル川を経由して移動してきたアフリカ人の遺伝子が流入することで現代のエジプト人が形成されたことがよくわかった。
   ミイラは、エジプト文化だけでなく、ギリシャローマ時代を読み解くための鍵になる。今中東は大混乱の様相を見せているが、このようなゲノム解析からわかる中東の人たちの共通性の発見が、違いを乗り越えた安定した中東形成に役立つことを期待したい。
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6月3日:一夫一婦制の生物学的起源(6月8日号Nature掲載予定論文)

2017年6月3日
   決まったパートナーと一生を添い遂げる一夫一婦制の哺乳動物は、人間も含めて(?)5%しかないようだ。進化的に考えれば、強いオスが子孫を残す方がいいようにも思うが、必ずしも腕力だけで適応が可能なわけではなく、社会の維持という観点からは、個体の多様性が維持できる一夫一婦制もアドバンテージはある。とはいえ、フロイトに指摘されるまでもなく性的欲望が行動を促す強い力になるとすると、一夫一婦制の哺乳動物もこの欲望に対抗する強い脳回路が必要になる。
   この難関に挑んだのが今日紹介する米国エモリー大学のグループで、来週発行予定のNatureに論文を発表している。タイトルは「Dynamic corticostrial activity biases social bonding in monogamous female prairie vole(一夫一婦制のプレーリー・ハタネズミの社会的結びつきに影響する皮質線条体回路)」だ。
   この研究の最大の売りは、一夫一婦制の哺乳動物、プレーリーハタネズミを実験室で飼育し、最新の光遺伝学まで使った実験ができるようにした努力だ。ハタネズミの夫婦形態は生態学的にも解析が進んでいるとはいえ、これを実験室で使うとなると、大変だっただろうと想像する。したがって、研究の進め方は「最初に仮説ありき」で、前頭前皮質から、情動に関わる側坐核への神経結合が、側坐核の神経興奮を調節する過程が、一生のパートナーを見つける過程に関わると仮説を立て、これを確かめる方向で研究を進めている。
   まず研究対象になった行動だが、始めて出会ったオスとメスが最終的にパートナーとなるまでの時間を調べると1時間から4時間と大きな個体差がある。要するにオスとメスが出会えばパートナーができるわけではない。パートナー誕生までの過程には、オスがメスへマウンティングしたりするメーティング行動、自分自身の毛づくろい、そしてペアで体を寄せ合って同じ場所で過ごすハドリングが認められる。実験では前頭前皮質、側坐核、それ以外の領域などに電極を設置し、神経活動を記録しながら、オスと初めて出会ってからとる上記の行動と、神経活動との相関を調べている。
   この研究が注目したのは側坐核の神経興奮を示す高周波電気活動が、前頭前皮質の低周波神経活動に影響される程度で、これを行動と対応させると、メーティング行動が繰り返されるにつれて、前頭前皮質の側坐核への影響が強まり、最終的なペアが誕生しハドリングが始まると、この影響が低下することがあきらかになった。また、ハドリングまでの時間と、メーティング時の前頭前皮質から側坐核への神経の影響の程度は完全に逆相関を示すことから、メーティング時の前頭前皮質から側坐核への影響が強いほどスムースにペアができることがわかった。
   この結果は、前頭前皮質の低周波活動が側坐核の高周波活動に介入することが、最終的ペアリングの動機になることを示しており、これを示すために光遺伝学的に前頭前皮質から側坐核への経路を刺激してハドリングまでの時間を見ると、あまり綺麗な結果とはいえないがハドリングが促進されることを示している。
   結論としては、前頭前皮質から側坐核への神経支配が、ペア形成への気持ちを高めるという予想通りの結果だ。
   残念ながらこの結果は、ペアリングまでの脳活動と行動とを相関させた研究で、ペアが成立してから一夫一婦制が守られる生物学起源には迫れていない。今後同じ実験系を使ったもう少し複雑な関係性についての研究、例えば成立した一夫一婦制の破綻(浮気)や、オキシトシンの影響など徐々にあきらかになるのだと期待している。野生動物を実験室モデルにするのは簡単でない。それにチャレンジしたこの実験系への私の期待は高い。
カテゴリ:論文ウォッチ

6月2日:育毛T細胞?(6月1日号Cell掲載論文)

2017年6月2日
    以前紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/2050)、円形脱毛症の多くは何らかの理由で活性化されたCD8陽性の細胞がインターフェロンを分泌、毛根細胞への障害性免疫反応を起こす結果であり、実際人間の円形脱毛症もJAK阻害剤を服用することで治療が可能だ。従って、炎症や障害性T細胞を抑える抑制性T細胞(Treg)は毛根を守ってくれている・・・と私は考えていた。実際、Tregは毛根周りに多いことが知られている。
   ところが今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はTregが炎症を抑えるだけでなく育毛を直接促進するT細胞として働くことを示す研究で6月1日号のCellに掲載されている。タイトルは「Regulatory T cells in skin facilitate epithelial stem cell differentiation (皮膚に存在する抑制性T細胞は上皮幹細胞の分化を促進する)」だ。
   この研究ではまず毛根近くに分布するTregの数が、毛周期の休止期に多く、成長期になると低下することを明らかにする。次に、Tregのみ除去する遺伝子操作を受けたマウスを用いて、毛を強制的に抜いた後Tregを除去すると、上皮細胞の細胞の増殖と分化が抑制され毛の再生が極端に遅くなる。また、Tregは幹細胞が存在しているバルジ領域に多く存在している。以上のことから、Tregは確かに毛根の再生に関わることが明らかになった。
   おそらく著者らもこの現象が炎症を抑えて幹細胞を守るためだと考えたのだろう。実際RAG1/2が欠損してリンパ球が全くないマウスも禿げているわけではなく、Tregがないと毛が生えないわけではない。しかし、Tregが除去されると毛根周りで炎症が高まるか調べ、毛を抜いて再生を見る実験系ではTregが炎症を抑えているわけではないことがわかった。
   そこで今度はTregが直接毛根幹細胞へ働いている可能性を調べるため、休止期の皮膚に存在するTregとリンパ節内に存在するTregを比較し、毛根の発生に関わることがわかっているNotchリガンドの一つJagged1が皮膚のTregだけで強く誘導されることを発見する。Jaggd1発現をTregで抑えると、やはり毛の再生が低下することを明らかにしている。
   結果は以上で、Cellレベルの論文として物足りなく感じるのはポジティブな実験が行われていないことだ。まず、TregのJagged1発現を誘導するのがどの刺激かわかっていない。抗原特異的なのか、そうでないのか。これがわからないと、Tregが毛根に集まる理由も全くわからない。これを知るためにも、例えばRAG2 ノックアウトマウスに様々な抗原特異性を持ったTregを移入する実験もほしいところだ。確かにsoluble Jagged1-Fcを投与する実験を行っているが結果は中途半端だし、やはりTregに恒常的に発現させる実験が必要だと思う。
   専門的には不満の残る論文だが、一般の耳目を集める意味があると編集者も採用したのかもしれない。そういえば、ずいぶん昔だが、γδT細胞がなくなると、腸の絨毛が短くなるという論文もあったのを思い出した。
カテゴリ:論文ウォッチ