1月13日:ヒットラーの医学者達(1月6日号Science掲載記事)
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1月13日:ヒットラーの医学者達(1月6日号Science掲載記事)

2017年1月13日
   英国のジャーナリストJohn Cornwellさんの著書「Hitler’s Scientists」は、ヒットラー政権下のドイツの科学とそれを支えた科学者についてのレポートで、読んだ後、科学者が本質的に政権側と一体化する宿命を背負っていることを再認識させる本だ。この本によると、様々な分野の中でも、医師・医学者が最もナチスを熱狂的に支持したようで、ピーク時には驚くことにドイツ医師会員の45%がナチ党員になっている。これは、例えば弁護士会の25%と比べると倍近く、医師達が圧倒的な政権支持基盤を形成していたことがわかる。
   この本はもちろん、ナチスの原爆開発とハイゼンベルグの果たした役割や、毒ガスの開発とドイツの化学などあらゆる分野にわたる本だが、医学出身の私にとってはやはり、当時収容所で行われた人体実験について述べた章が最も印象深く、他人事ではないと深く反省した。
   特に興味を惹かれるのは、ナチスによるユダヤ人大量虐殺の前に、ナチスと科学者が、知的障害や精神障害を持つ人を「Lebensunwertes Leben(生きる価値のない命)」と決めつけ、社会への負担であるとして抹殺する「Rassenhygine(民族衛生)」計画を策定、実行したことだ。この計画を理論的に支えたのは、当時ドイツの指導的精神科学者達で、この中にクレッペリンやアルツハイマーも含まれているのを知ると改めて驚く。
   この民族衛生計画はヒットラー政権下で実行に移され、精神疾患施設や学校では定期的にナチの点検を受け、「AktionT4」と呼ばれる安楽死担当室が設置され、20万人を超えるれっきとしたドイツ人がガス室送りになる。事実、後にユダヤ人大量虐殺に用いられるほとんどの技術はこの時開発されたもので、例えばシャワー室にしつらえたガス室などがそうだ。
   この時、おそらく生体実験は行われなかったと思うが、殺された人たちの一部の脳は、幾つかの研究室に研究材料として提供されている。これも「既に亡くなった人の脳だから使わせてもらおう」というのではなく、わざわざガス室で亡くなるのを待って、新鮮な脳を摘出することが日常行われており、研究者が積極的にこの計画に関わっていたことを示している。
    長くなったが、この恐ろしい民族浄化計画の後日談ともいうべき、ベルリン在住のレポーターMegan Gannonさんによる記事が1月6日号のScienceに掲載されていたので紹介する。タイトルは「Germany to probe Nazi-era medical science(ドイツはナチス時代の医学について調べを始める)」だ。
   記事の内容は、殺された後、数カ所のカイザー・ウィルヘルム研究所(現在のマックスプランク研究所の前身)に送られ、研究に使われた脳標本がその後どう処理されたかの全貌を明らかにするため、マックスプランク研究所(MPG)が再調査を四人の研究者に許可したというニュースについての解説だ。
   話は1980年に遡るが、一人のジャーナリストがHitler’s Scientistでも言及されている神経病理学者Hallervordenが用いた38人の知的障害児に関する標本を発見する。この指摘に対し、MPGは10万にも及ぶプレパラートを儀式を執り行って丁重に葬る。
   その後、当時の研究者がナチスと一体になって研究を行っていたことが明白になったため、MPGは犠牲者に対して歴史的な公式謝罪を行い、全貌解明に動き始める。特に焦点になったのは、戦争の終わった後も研究者が由来を知りながら、標本を使ったのではないかという点だ。事実Hallervordenは戦後国際的に活躍、1953年には神経医学の教科書の共同執筆者として、当時犠牲になったHans-Joachimさんの脳標本を瘢痕回の例として掲載している。
   これをきっかけに2015年、新たな脳切片が発見され、すべての標本が埋葬されたわけではないことが明らかになる。この事実に直面したMPGは、さらに徹底的な調査を行う目的で研究者にすべての資料を開示し、当時何が行われたのかの全容解明に踏み出すことを決める。
   これがレポートの内容だが、これにより当時のMPGと研究者が戦争に巻き込まれたのではなく、積極的に関わったことを示す暗い歴史が明らかになるだろう。これを暴き出すのは、それに関わった研究者を断罪するためではない。私たち研究者自身に潜む「ヒットラーの医学者」を暴き出すためだ。ミレニアムプロジェクトで政府と一体となって再生医学を推し進めた私も、思い当たることも多く、Hallervordenと変わるところはない。この意味で、この決断を行ったMPGには頭がさがる。
   この記事を読んで、我が母校の京大医学部出身、石井四郎指揮下の731部隊を思い出した。おそらく私の先輩たちも731部隊の研究に協力し、標本の一部は京都大学にあるのではないだろうか。一度教授会で議論するぐらいの見識が欲しいと思う。かくいう私もかっての教授会メンバーで、このような議論ができなかったこと真っ先に反省すべきだと思っている。今更遅いのだが。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月12日:MRIによる組織学(1月6日Science掲載論文)

2017年1月12日
    論文の読み方は人によって違うだろうが、私はサマリーをざっと見て、本文を読むかどうか決める。したがって、サマリーがわかりにくいと、本当は素晴らしい話でも、読まずに済ましてしまうこともある。逆に、サマリーが面白いのに、読み始めるとがっかりという論文も多い。最も困るのが、サマリーはよくわかるのだが、本文に入ると自分の理解できない方法が使われている時だ。
   今日紹介するスタンフォード大学からの論文は内容は面白いが、実際に行われている解析については私の理解を完全に超えるケースの典型だ。タイトルは「Microstructural proliferation in human cortex is coupled with development of face processing (大脳皮質の微小構造の増殖が顔認識処理能力の発達と相関する)」で、1月6日号のScienceに掲載された。
   この研究はMRIを用いて子供と大人を比べ、人間の顔の認識機能の発達に呼応した脳の変化を明らかにしようと試みている。この目的で、どの領域が顔の区別や、顔の記憶に関わるかを調べる機能的MRIと最近進歩してきたquantitative magnetic resonance imaging(qMRI)という手法を用いた組織の成分や構造を調べる方法を組み合わせて、顔認識に対応する領域の組織学をMRIを用いて調べている。ただ、この組織学的プロファイルは磁場にさらされたプロトンの緩和状態が水と高分子で異なることの指標となる緩和時間で全て代表されている。
   研究では5−12歳の子供22人、22−28歳の成人25人について、顔と、場所の区別、記憶についての機能的検査を行うとともに、fMRI, qMRIでこの機能に関わる領域、及びその領域のプロトン緩和時間を調べる。プロトン緩和は高分子中のプロトンほど早いので、時間が短くなる(私の理解)。
   結果は、顔認識と場所認識領域は明確に区別できる。それぞれの領域のプロトン緩和時間を測ると、顔認識に関わる領域の緩和時間は、子供の方が明確に大人より長い。一方、場所認識に関わる領域ではこのような差はない。これが結論の全てで、あとは領域と機能との相関の確認など、この結論の検証を行ったデータが中心だ。最後に、緩和時間の変化が、ミエリンに覆われた軸索の増加によるかどうかを調べ、これだけでは説明できないと結論している。また、実際の脳の組織学とも比べて、この緩和時間の変化がミエリンの増加だけでなく、樹状突起やグリアの増殖による変化であると推定している。
   結論的としては、脳の組織学的発達は機能ごとに異なっていること、また発達に伴う組織学的変化は、これまで言われていたようなシナプス結合の整理だけではなく、ミエリンによる被服、樹状突起の増加、グリアの増加などを伴う場所があり、顔認識領域についてはこのような変化が著名に見られると理解していいのだろう。顔認識と、場所認識の発達がこれほど違っているというのは驚きだ。他人の顔色を伺いながら一生を過ごす運命の人間ならではなのか、あるいは他の動物でも同じなのか。さらには自閉症スペクトラムなどではどうなのか興味は尽きない
   物理と数学をマスターしないと方法は理解できず、結局批判的に読むことはできないが、今後脳障害の症例の検討や、組織学的検討が進めば私の頭の整理がつく。しかし、本当なら面白い。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月11日:食道癌・胃ガンと単純に2分することの間違い(Natureオンライン版掲載論文)

2017年1月11日
   我が国では食道癌は圧倒的に男性に多く、発症数は増加傾向という程度で収まっている。一方、欧米では最も増加が著しいガンの一つで、かなり人種による違いが存在している。この原因の一つが、実はこれまで食道癌には胃の近くにできる腺ガンと上部にできる扁平上皮ガンに分けられることが知られており、我が国では圧倒的に扁平上皮ガン、一方欧米では腺ガンが多いためだと考えられる。さらに欧米では食道ガンと並行して胃ガンが増加している。要するに食道にできたから食道ガンとして扱うのではなく、食道から胃へとつながる連続して変化するガンとして扱う必要が認識されていた。
   今日紹介するガンゲノムアトラス国際プロジェクトによる論文は、胃から食道にわたって発生したガン559例で、化学療法や放射線治療を行う前にがん細胞を摘出して、全ゲノム、多型、DNAメチル化、mRNA、miRNAについて解析し、新しい分類の確立を目指した研究でNatureオンライン版に発表された。タイトルは「Integrated genomic characterization of oesophageal carcinoma(食道ガンの統合的ゲノムによる特性)」だ。
   これまで明らかにされたいたように、食道ガンでも腺ガンと扁平上皮ガンはゲノム上でも組織学的にも完全に分類できる。これをさらに分類可能か調べ、最終的に1−3型に分けられることを示しているが、ほぼこれまでの腺ガン、扁平上皮癌の分類で足りるように思える。また予想通り食道ガンのタイプと人種との関係は明確で、アジア人は1型、欧米人は2型が多く、3型はアメリカ、カナダにだけ存在している。これに生活習慣が加わり、かみタバコが普及しているベトナムではタバコによると見られる変異が強く見られるが、普通のタバコの影響はそれほどではない。日本人もそうだが、1型の場合はアルコール処理酵素の欠損と強く相関している。
   この研究のハイライトは、胃ガンを、EBウイルス感染、マイクロサテライトの不安定性、染色体の不安定性、ゲノム全体の不安定性から4種類に分類し、この中の染色体不安定性を示す胃ガンと2型の食道ガン(腺ガン)のゲノム変異、遺伝子発現、メチル化DNAの分布などが極めて似ていることを明らかにしている。また、2型食道ガンにも染色体不安定性がみられる。
   以上の結果から、食道ガンと胃ガンという単純な分け方ではなく、境界に発生する腺ガンは染色体不安定性を持つ共通のガンとして扱って、他のタイプとは分けて治療や予後予測を行うべきだと提案している。
   食道から胃にかけての正常組織学から考えても当然の結果で、やはりガンのゲノムや遺伝子発現をしっかり調べた上で治療方針を立てることの重要性を示す結果だと思う。今後は、予後も含めさらに臨床に利用できるデータが発表されるのを期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月10日:MLL白血病の新しい発症機序(1月14日発行予定Cell掲載論文)

2017年1月10日
   ガンの個性に合わせて治療を行うプレシジョンメディシンの先駆けは小児白血病と言えるかもしれない。多くの白血病が特定の遺伝子の染色体転座と対応付けられているため、最初から遺伝子診断が病気の確定に用いられる。さらに、白血病細胞の残存について比較的正確に評価できる。このおかげで、小児白血病の治療成績は飛躍的に向上し、治る病気になってきている。しかし、染色体転座による遺伝子診断がはっきりしても治療の難しいのがMLL遺伝子に様々な遺伝子が転座してキメラタンパク質が作られることによるMLL(mixed lineage leukemia)だ。
   MLL分子はクロマチン構造をオン型に変換するH3ヒストンのK4メチル化に関わり、血液の発生に必須の遺伝子だ。白血病発症については、転座によりMLLが活性化され、ガン化に関わる様々な分子の発現が高まるためだと考えられている。
   今日紹介する米国ノースウェスタン大学からの論文は、転座MLL遺伝子による白血病にはMLLキメラ分子による転写異常の誘導に加えて、もう片方の染色体の正常MLL分子の分解が高まることも、ガンの悪性化に関わることを示した研究で、1月14日号発行予定のCellに掲載予定だ。タイトルは「Therapeutic targeting of MLL degradation pathways in MLL-rearranged leukemia(MLL転座による白血病に見られるMLL 分子の分解は治療標的になる)」だ。
   この研究では転座MLLと正常MLLの関係を調べるため、抗体をはじめとする様々な道具を準備してから、白血病細胞内のMLLの状態を調べ、MLLがE20により強くユビキチン化され分解されていることを見出す。
   このE20上昇の原因を調べるため遺伝子ノックダウンによる大規模スクリーニングを行い、IL1受容体を介するシグナルがE20のMLLへの結合を高めてMLLを分解することを突き止める。この結果、より転座MLLがクロマチンと結合を高め白血病化が促進すると結論する。これまで正常MLLは白血病に関わらないのではと考えられており、まったく新しい可能性が生まれた。
  この可能性を調べるため、IL1受容体の下流に位置するIRAK分子阻害剤で白血病を処理すると、正常MLL分子が安定化することで転座MLLのクロマチンへの結合を阻害し、白血病に関わると考えられているHOX9A, MEISをはじめとする様々な遺伝子の転写を低下させ、結果白血病細胞の増殖が低下することを明らかにした。また、白血病発症モデルでもIRAK阻害剤が発症を抑えることを示している。
   正常MLLは何もしないだろうという先入観を捨て、MLL分子の状態を生化学的に調べてみて初めてわかった新しいメカニズムで、MLL白血病治療の切り札とは言えないものの、手持ちの札が増える可能性は高い。期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月9日:クリスパーシステムを細菌ゲノムデータから見つけ出す(Nature オンライン版掲載論文)

2017年1月9日
    おそらく今年予想される科学ニュースはブロード研究所とカリフォルニア大学の間で争われているCRISPR/CASシステムの裁判の判決だろう。基本を発見したダウドナさんか、応用可能性を示したチャンさんなのか、これまではチャンさん有利と聞くが判決を見るまではわからない。
   しかし、CRISPR/CAS研究の面白さは応用可能性にとどまらないことは確かだ。発表されてからこの分野の研究は、アイデアがアイデアを生むという、百花騒乱の様相を示している。私にとっては裁判などより、こちらのほうがよほど面白く、今年も多くの論文を紹介することになるだろう。
   今日紹介するカリフォルニア大学バークレー校からの論文は、積み上げられた細菌のゲノムデータベースの中に、バクテリアが自ら進化させたCRISPR/CASの様々な姿を見いだせることを示した論文でダウドナさんも共著者に加わっている。タイトルは「New CRISR-Cas systems from uncultivated microbes(培養しない微生物から得られる新しいCRISPR-Casシステム)」で、Natureオンライン版に掲載された。
   現在利用されているCRISPR-Casは全て培養された細菌から分離されたものだ。しかし、地球上には無限と言っていい微生物が存在し、現在ゲノム解析データが急速に蓄積している。この研究では、CRISPRがひとつのシステムとしてクラスターを形成していることを利用し、細菌のゲノムデータベースから、ほとんどの種共通に存在するCas1の近くに存在するタンパク質をコードする15億種類の遺伝子を解析して、遺伝子切断に関わるCas9に相当する分子を探索している。こうして特定した分子中のなかから、これまでには見られなかった特徴を持つ面白いシステムをいくつか選んで紹介したのがこの論文だ。
   まず最初、これまで全くCRISPRの存在が確認されなかった古細菌にもCRISPRシステムが存在することを初めて明らかにしている。このうちARMAN-1古細菌で見つかったシステムでは、通常のウイルスに対する防御としての配列にとどまらず、なんと古細菌同士でのトランスポゾン伝搬に対する防御にも関わることを示している。
   さらに面白いのは、ARMAN4古細菌には他のシステムには数多く見られるはずのCRISPR配列が一個しか存在していないことだ。また、この配列に対応する標的が見つからないことから、全く新しい機能が予想され、今後の研究が期待される。
   これ以外にもこれまでとは全く異なるメカニズムで働くシステムの同定にも成功している。この中のCasXは標的配列に結合するRNAと、このRNAと相補的なRNAの両方をガイドとして使っている。このことから、将来より複雑なオン、オフの制御を可能にする遺伝子操作に使えるかもしれない。
   最後はこれまで発見されているCasと相同性が欠如しているCasY分子についてもPAM配列を特定し、これを用いて遺伝子編集が可能であることを示している。
   要するに、私たちが知らないCRISPR防御システムの存在、CRISPRメカニズムの予想もつかない利用方法がデータベースに眠っていることを示している。読んでみると、進化のダイナミズムに感心するとともに、ひとつの細胞を異なるCasシステムで順番に遺伝子操作するための新しい技術の目がゴロゴロしていることを実感した。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月8日:膵臓癌に見られる高いタンパク質代謝(Nature Medicine オンラン掲載論文)

2017年1月8日
毎日紹介する論文をどうして選んでいるのかよく聞かれる。実際には、臨床、基礎の有力雑誌は最新刊に目を通し、分野を問わず面白いと感じた論文は読むようにしている。これに加えて、各大学のプレス発表を集めて紹介しているScienceNewsLineやAdvantage Business Mediaなどは毎日記事に目を通して、定期的には目を通していない雑誌に掲載された面白い論文がないか探している。結局、その時の気分で紹介する論文を選んでいるが、幾つかの個人的バイアスは存在する。まず、我が国からの論文は原則読んでも紹介はしないようにしている。なぜなら、既存のメディアはほとんどの場合我が国からの業績を紹介するからで、よほどのことがない場合、私の出る幕はないと思っている。もう一つは、個人的に強い興味を持つ分野は、おそらく紹介する頻度が高いと思う。例えばがんの中でも膵臓癌は多くの友人を失ったこともあり、特によく紹介していると自覚している。
   今年最初に紹介する膵臓癌に関するマサチューセッツ工科大学からの論文は、膵臓癌の強さが、周りの組織からタンパク質を吸い上げ自分の肥やしにする並外れた能力にあることを、ユニークな方法を用いて示した研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Direct evidence for cancer cell autonomous extracellular protein catabolism in pancreastic tumors (膵臓癌は細胞外のタンパク質を異化して利用する能力を持つことの直接的証拠)」だ。
   正常細胞より高い増殖力を支えるために、がん細胞は高い代謝活性が見られることが普通で、これを新しいガン治療の標的とするため、ガンの代謝研究が最近加速している印象を持つ。
   ガンが進行すると低アルブミン血症が起こることからわかるように、ガンではタンパク質代謝も上昇することが予想できるが、生きた動物の中でガン特異的にタンパク質代謝を調べることは簡単ではなかった。
この研究のハイライトは、生きた動物の中で、がん細胞がタンパク質を分解してアミノ酸として再利用する能力が高いことを示すため、
1)窒素13で置き換えたアルブミンを合成し、このアルブミンでマウズのほぼ全部のアルブミンを置き換える血清置換法を開発したこと、
2)分解されると蛍光を発するアルブミンや薬剤などの高分子を特定の組織に注入するための、マイクロビーズを用いた方法を開発したこと、
の2点だと言っていいだろう。
   この方法を用いて、 1) マウス膵臓癌誘導モデルで、アイソトープ標識されたアミノ酸がガン細胞で蓄積していること、
2) 正常細胞と比べて、移植した膵臓癌細胞株はアルブミンを高率に取り込み、リソゾームでアミノ酸に分解すること、
3) リソゾームの活性を阻害すると、タンパク質の分解が低下すること、
4) アルブミンだけでなく、周りの組織からフィブルネクチンなどの細胞外マトリックスタンパクも取り込み分化していること、
などを明らかにしている。
   話はこれだけで、はっきり言って、方法論の原理も結論も驚くほどのものではない。しかし、この結論を示すため、既存の方法を組み合わせて新しい方法へと最適化する努力については感心する。
   結論でもこの研究によって、膵臓癌の進行にクロロキンが効くのは、オートファジーによるタンパク質などの再生をブロックするだけでなく、タンパク質の分解阻害も関わることを示している。
実際には、このような地道な努力が続く必要がある。膵臓癌の克服も少しづつではあるが進展していることを実感させる論文だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月7日:恐竜の卵の孵化期間(米国アカデミー紀要掲載論文)

2017年1月7日
嬉しいことに、多くの方が「論文ウォッチ」を読んでいただいているのだが、「専門」と印がついていなくても、なかなか理解するのが難しい解説が多いと最近お叱りを受けることが多い。よくわかるのだが、1日1報、平日は朝6時半から書き始めて7時半まで(休日や旅行中はこれには当てはまらない)に書き上げようと思うと、どうしても生命科学科の専門家向きの文章になってしまう。これを改めるのは簡単ではないので、代わりに、病気についてのわかりやすい論文や、生物についてのおもしろ知識になりそうな論文も紹介して、ある程度批判をかわせたらと思っている。ただ、どんなに「おもしろ知識」でも、原則として(たまにそうでない場合もあるが)レフリーによる審査を通って掲載された論文に限って紹介することにしている。
   今日紹介するフロリダ大学からの論文は恐竜の卵が孵化するまでどれぐらい日数がかかるかについての研究で、一般の人にも理解しやすく楽しめる研究だ。また孵化期間だけでなく、様々な知識を得ることができる論文で、私にとっても大変勉強になった。タイトルは「Dinosaur incubation periods directly determined from growth line counts in embryonic teeth show reptilian grade development(胚の歯に現れる成長線の数から直接決定される恐竜の孵化期間は爬虫類型の発生を示す)」だ。
   様々な証拠から、恐竜は現存の爬虫類より鳥類に近いとされている。ただ、中生代から白亜紀の恐竜の化石はあまりに古すぎて、DNAレベルで比較することはもはやできない。もっぱら恐竜の化石の特徴を、現存の鳥や爬虫類、あるいはその化石と比較することが研究の中心になる。
   この研究では発見された恐竜の卵の中に見つかる胚から、卵の孵化期間を推定しようと試みている。もちろんこれまでも同じような研究が行われ、現存の鳥類と同じで、孵化期間は短かったというのが通説になっていた。この通説にももちろん根拠があり、卵の大きさの比較、成体と孵化したばかりの個体のサイズの比較、あるいは成体と孵化時点での爪の大きさの比較などがその根拠になっていた。しかし、産卵後ずっと卵や子供の世話をやく鳥には短い孵化期間は適しているが、恐竜は爬虫類と同じように卵を産みっぱなしでなかったという説もあり、より正確な孵化期間推定が求められてきた。
   著者らは、カルシウムの沈着により骨が形成されるとき、夜と昼の代謝の違いを反映する骨成長スピードの差が線として現れるvon Ebner成長線が、歯の成長に必要な期間を教えてくれることに着目し、体長2mぐらいのプロトケラトプスの胚(卵の大きさは230ml)と9mの身長を持つピパクロサウルスの胚(卵の大きさは3900ml)の中で、歯の発生過程が終えるケースについて成長線の数を数え、これに同じ個体に見られる生え変わり用の歯の発達状況を加味して(現存の爬虫類の中には孵化中に歯が生え変わるものがいるとは全く知らなかった)などから、歯の形成にプロトケラトプスで48日、ピパクロサウルスで約100日と計算している。これに、全孵化期間のうち歯の形成に様する期間を42%と仮定し、最終的にそれぞれ83日、171日という孵化期間をはじき出している。
   結果はこれだけで、このために貴重な歯の切片を作って成長線を数えており、博物館の協力の賜物と言える。ただ、今回の結果を鵜呑みにしていいかどうかは疑問だ。詳しくは述べないが、まだまだ多くの仮定が導入されており、より総合的な算定方法が必要だろう。
   いずれにせよ、もともと恐竜は爬虫類に近いと考えてしまう私たちの直感とフィットしており、楽しんで読める論文だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月5日:グリオブラストーマに対するCART治療(12月29日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2017年1月6日
   今年もがん治療の中心は免疫治療になるのではという予感がする。元旦に紹介したNatureの記事でも、2017年への期待の一つにFDAが認可した白血病に対するキメラT細胞受容体を導入したT細胞(CART)を用いる免疫機能が挙げられていた。確かに最初CARTによるリンパ性白血病治療の論文が発表された時、私だけでなく、ほとんどの研究者はT細胞の力に目を見張った。もちろん正常のB細胞も完全に除去されてしまう副作用はあるが、ぜひ多くの患者さんがこの治療の恩恵に預かれればいいと期待している。
   しかしCART治療にも弱点がある。一つは、ガンだけに発現している抗原を見つけるのが難しい点、及び移植したリンパ球の移動の関係で、固形がんに対しては大きな成果が生まれていない点だ。
  これに対し、今日紹介するカリフォルニア・シティーホープ医療センターからの論文は、最も悪性の脳腫瘍、グリオブラストーマにCARTが効果を持ち得ることを示唆する症例を報告している。タイトルは「Regression of glioblastoma after chimeric antigen receptor T cell therapy(キメラ抗原受容体T細胞治療によってグリオブラストーマが縮小した)」だ。
   この論文はあくまで一例報告で、これが一般性を持つかはこの段階で結論できない。それでも、表題にあるように、ただただ進行するグリオブラストーマを縮小させることができた点がNew England Journal of Medicineも大きく評価したのだろう。
   患者さんは55歳男性で、通常の治療では効果がないと、CARTが用意された。この研究で使われたCARTは少し変わっている。まず、抗体遺伝子の代わりに、グリオブラストーマに高頻度で出ているIL13受容体に結合するIL-13分子とT細胞の共刺激分子4-1-BBを結合させたキメラ受容体だ。
   再発後、大きな腫瘍を取り除き、そこにできた空洞に用意したCARTを週一回のペースで注入している。すなわちCARTの局所注入だ。これにより腫瘍の進行を抑えることができたが、45日目には再発が見られている。普通なら諦めるところだが、著者らは手術でできた空洞に注入するのが効果が出ない原因ではないかと考え、今度はCARTの注入場所を脳室に切り替えている。
   すると、すでに3塊目の注射で脳内に見られた全ての腫瘍塊及び脊髄の転移巣が急速に縮小し、その後7.5ヶ月間にわたって再発を抑えることができた。しかし、その後他の場所に新たな腫瘍が見つかったという経過だ。
   繰り返すが、1例報告なので、今後症例を重ね、治験へと進む必要がある。ただ、脳室内への細胞移植が脳内や脊髄内の腫瘍に対して有効なことだ。さらに、今回標的にされたIL-13受容体は全ての腫瘍細胞に出ているわけではなく、約3割は完全に陰性、3割の発現は低いことがわかっている。にもかかわらず脳室注射で全ての腫瘍がほとんど消失したということは、CARTが刺激になって患者さんのT細胞が活性化され、腫瘍縮小に関わったことを意味する。また、今回注入したCARTは脳内で増殖を続けることはなく、細胞移植をつづけられる必要があることだ。最後に、これまで腫瘍がなかった場所に新たな腫瘍が再発したことは、IL-13受容体の発現のない腫瘍が新たに発生したことを示唆し、グリオブラストーマのしたたかさを再認識させる。
   とはいえ、CARTを脳室内に頻回投与する治療法は、さらに症例を重ねる治験へと進んで欲しいと期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月5日:嗅覚を調節する抑制ニューロンの発生(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2017年1月5日
   動物を生かしたまま神経活動をモニターしたり、操作したりする方法が開発されてからの神経科学の進展はめざましい。今年も多くの論文を紹介することになるだろう。実際、現在のテクノロジーをもってすればかなり解決可能な問題は山ほどある。したがって、問題のありかに気づいて、それに対して妥協せず、最も直裁な方法を採用することがいい研究になるかどうかを決めるのだろう。 
  今年最初に紹介するテキサスベーラー大学からの論文は感覚中枢で働く抑制性の介在ニューロンの機能的発達を調べた論文でNature Neuroscienceオンライン版に先行発表された。タイトルは「Developmental broadening of inhibitory sensory maps(抑制性の感覚マップは発生過程で拡大する)」だ。
   これまで感覚神経投射の発生に関しては多くの研究がある。身体各部位の触覚をなぞっていくと、脳の表面にホムンクルス(小人)が現れるという話は誰もが知っている。視覚や、ヒゲ触覚の研究から、感覚野の発達は刺激依存性で、最初ランダムに結合していた神経同士が、刺激によりシナプス結合を減らして、感覚を研ぎ澄ませていくことがわかっている。しかし、それぞれの感覚神経はそれと結合する介在ニューロンにより調節を受けている。この介在ニューロンの発達についてはこれまでほとんど研究がない。    この研究では、嗅覚神経が投射する嗅球での介在ニューロン、顆粒細胞の機能的な発達、特に感覚神経の刺激依存的発達と同じように、介在ニューロンと嗅覚神経の結合も刺激に応じて減少し、相互作用の特異性が高まるのかどうかを調べている。結果を順に紹介すると、 1) 嗅球の存在する顆粒細胞は、できたての未熟型と、成熟型にDlx5/6及びコルチコトロピンユーリホルモン受容体(Crhr1)で分別できる。 2) 成熟型と未熟型は、生理学的活動電位のパターンが異なる。 3) それぞれの顆粒細胞の活動を蛍光カルシウムセンサーを細胞に導入することで測定できる。 4) 嗅覚神経は発達とともに活動領域が減少するが、顆粒細胞の興奮領域は成熟とともに拡大する。これに伴い、嗅覚刺激によって興奮する成熟顆粒細胞の数は増大する。 5) 鼻を塞いで嗅覚刺激をシャットアウトすると、顆粒細胞の興奮領域は拡大せず、一方特定の匂いを嗅がすことで、その刺激に対応する顆粒球領域も拡大する。 以上が結果で、予想どおり顆粒細胞のシナプス結合も、刺激依存性に変化するが、感覚神経と異なり、刺激によりより多くの神経結合を発達させ、おそらく多くの興奮細胞を制御、チューニングして、多くの匂いを区別するのに関わっているのだろう。     介在ニューロンの発達を調べようと思いたったのがこの研究のポイントだが、この目的のために確かにあらゆる方法が駆使されている。これを見ると、若手研究者にもこのような方法が容易に利用できるように体制を整備すべきだろうと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

1月4日:変異型K-RASと細胞膜の相互作用(1月12日号Cell掲載論文)

2017年1月4日
   昨年もRAS発がん遺伝子についての論文を多く取り上げたと思う。これは、半数近いガンで突然変異が見られるRASの活性を制御できれば、ガン治療は大きく変化すると期待しているからだ。私自身の印象では、RASの活性制御という困難な問題にかなりの研究者が今もチャレンジを続けており、しかも生化学や構造生物学のプロ中のプロがこのチャレンジに加わっており、確実にゴールに向かって進んでいることは間違いない。
   今日紹介するテキサス大学からの論文はプロ中のプロの仕事の典型で、読んで全く異なる視点と素人には及びもつかない視点を学ぶことができる。ぜひ若い研究者には熟読して欲しい論文だ。タイトルは「Lipit sorting specificity encoded in K-RAS membrane anchor regulates signal output(K-RASの細胞膜アンカー部位によってコードされた特異的な脂質との反応がシグナル出力を調節する)」だ。
   RAS分子は活性化されると細胞膜にアンカーされ、クラスターを形成することで下流のシグナル伝達因子をリクルートすることが知られている。RASの膜アンカーについて私が知っていたのは、C末端のファルネシル化やゲラニル化を介するメカニズムだけだが、実際にはもっと複雑で、C末に連なるリジンの繰り返し配列が重要な働きをしていると考えられていたようだ。この研究では、細胞膜の脂質とRASの相互作用に関わるこのリジンの繰り返し配列を含むC末領域の役割が包括的に研究されている。
   これまでの研究でリジン繰り返し配列にはフォスファチジルセリン(Ptd-Se)が集まってRASの集合に関わることが示唆されていたので、この研究では細胞膜上のPtd-SerをR-Fedilineという薬剤で減少させたたあと、さまざまな形のPtd-Serで膜を再構成して、変異型K-RASが集まってクラスターを作るかどうか調べ、非対称アシル鎖を持つPtd-Serだけがこのクラスター形成に関わることを示している。このアッセーだけでも驚くが、あとは分子間の結合を調べるための電子顕微鏡技術、FRET法を駆使して、K-RASのリジン繰り返し部分とPtd-Serが直接結合することで、K-RASが集合し、そこに下流のシグナル分子RAFが関わることを示している。
   次は、K-RAS側のリジンの繰り返し配列を含むK-RAS側に変異を導入し、クラスタリングやPIP2との結合など、脂質との関係について丹念に調べている。詳細は全て省くが、リジン繰り返し配列を含む膜アンカー部分の各ドメインが、異なる役割を持っており、小さな変化が膜やPtd-Serとの大きな変化につながることを証明し、膜アンカーの電荷のみが関わるという単純な話でないことを示している。
   そして、得られた定量的な結果から、K-RASアンカー部分の構造趣味レーションを展開して、アンカー部分が秩序をもった構造と、無秩序な構造の間を、中間構造を介して行ったり来たりできること、またそれぞれの突然変異体をこの方法で分類できることを明らかにしている。
   プロの総合力に触れると本当に圧倒されるが、今回明らかになった細胞膜とタンパク質の関係については、この研究をきっかけに、新しい検討が始まるような予感がする。期待したい。
   私は医者から転向した素人研究者だったが、素晴らしいプロと付き合うことができた。亡くなった月田さんや、高井さん、竹縄さんなど、教えてもらうことは多かった。網羅的研究やインフォーマティックス、AIが大きく進む時代こそ、細胞学、生化学、解剖学などのプロが我が国に何人いるのかが問われるだろう。もし数が減っているなら、育成を真剣に考える必要がある。
カテゴリ:論文ウォッチ