2月12日:アスピリンの発ガン抑制機構に関する新しい考え方(Cancer Prevention Research 2月号掲載論文)
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2月12日:アスピリンの発ガン抑制機構に関する新しい考え方(Cancer Prevention Research 2月号掲載論文)

2017年2月12日
     科学的調査に裏付けられたガンの予防法はそう多くない。またその多くは、肺ガン予防のための禁煙、大腸・直腸癌予防のための低脂肪食・高繊維食のような生活習慣に関わるもので、薬を飲んで予防する安易な方法(ケモプリベンションと呼ぶ)は少ない。そんな中で、低用量アスピリンが大腸・直腸癌の発生を予防できることを示す研究論文は数多く、気楽にガンを予防したいという期待に答えている。もちろん、「必ず副作用もある薬でガンを予防するなどもってのほか」、という意見もあるのを承知の上で、私も楽な予防法として低用量アスピリンをずっと飲み続けている。科学的な調査に裏付けられれば、薬剤の作用メカニズムがわからなくて問題はない。ただ、アスピリンが標的分子Cox2に働いて、炎症を抑えるというメカニズムは詳しく研究されており、ガンが発生する組織の炎症を抑えることで発ガンが予防されるのだろうと理解してきた。
   今日紹介するテキサス大学からの論文はこれに対して、アスピリンの発ガン抑制効果は血小板のCox1を阻害して、ガンの増殖を促進する血小板の働きを抑えることを示す論文でCancer Prevention Research2月号に掲載された。タイトルは「Unlocking Aspirin’s chemopreventive activity: Role of irreversibly inhibiting platelet cyclooxygenase-1(アスピリンのガン抑制活性を解明する:血小板のシクロオキシゲナーゼ1の不可逆的抑制の役割)」だ。
   この研究では最初からアスピリンの効果は組織中のCox2抑制によるのではなく、血小板のCox1抑制の結果であるという仮説を立てて実験を行っている。実験手法は20世紀に帰ったような極めて古典的な方法だが、私には馴染みが深い。
これらの実験から、
1) 血小板は試験管内、及びマウス体内での癌細胞の増殖を促進し、この促進はアスピリンで抑制できる。
2) 血小板が分泌する分子はガンに働いて上皮型から間質型への転換を誘導し、ガンの浸潤を助ける。この活性もアスピリンで阻害できる。
3) 化学物質を食べさせて腸の慢性炎症を誘導しガンを発生させる実験系では、血小板増多症が誘導され、アスピリンは前癌状態の発生とともに、血小板数も正常化させる。
4) 同じモデルで血小板の組織内での集積が見られるが、これをアスピリンが抑制する。
などのデータが得られ、アスピリンの効果を考えるとき、血小板とそのCox1を忘れてはならないと結論している。
   アスピリンファンとしてはどちらでもいいが、使われた量が、予防に使う量の20倍という点は気になる。一方、同じように消化器症状のないフォスパチジルコリン・アスピリンの方が効果が高いことを示しており、できればこれも低用量型のタブレットの発売を期待したい。
   とは言っても、低用量アスピリンは儲からないのか、日本ではほとんど市販されておらず、私も外国から取り寄せている。厚労省は現在かかりつけ薬局を推進しているようだが、このような薬局の最も重要な使命は、日常の健康相談だろう。その意味でアスピリンや、あるいは低用量のスタチンなどは、このような薬局が機能するときの核になると思う。儲かる、儲からないではなく、制度をしっかりと根付かせるための材料としてケモプリベンション(薬剤による予防)を考えてもいいのではと思う。
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2月11日:悪性のガンは弱点も多い(Natureオンライン版掲載論文)

2017年2月11日
    最近も知人から膵臓癌の新しい治療法がないのか相談を受けた。膵臓癌は私が医学部を卒業した時から治療成績がほとんど変わっていないガンの一つで、5年生存率は5%程度で止まっているのではないだろうか。実際これまで紹介してきたように膵臓癌は他のガンと比べても急速に増殖し転移できる様々な強みを持っているが、そのメカニズムは徐々に理解されつつある。一方で爆発的な増殖を支えるためにどうしても弱点が出ることもわかってきた。さらにこの弱点を狙ったFDA認可済みの薬剤も見つかりつつある。基礎実験から生まれた成果を、せめて現在使われているゲムシタビンなどとの併用療法のような形で、医師主導治験が行われることを期待したい。
   今日紹介するテキサスMDアンダーソン病院からの論文も膵臓癌の弱点についての研究で、マウスモデルと実際の人の膵臓癌サンプルの両方を比較しながら新しい治療標的を探す極めてオーソドックスな研究で Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Synthetic vulnerabilityies of mesenchymal subpopulations in pancreastic cancer(膵臓癌の間質型集団は統合的な弱点を持っている)」だ。
   既に述べたが、この研究はマウスの膵臓癌発生モデルでの結果をヒトのガンで確かめながら膵臓癌の弱点を探す戦略で研究を進めている。まず膵臓癌モデルマウスから膵管細胞を取り出し試験管内で継代を繰り返しながら発がんを試験管内で観察するという面白い方法を用いて、上皮細胞型と、間質細胞型の2種類の膵臓癌を試験管内で発生することを示している。様々な検査から、後者の方が悪性度が高いことを確認した後、両者の遺伝子発現を比較して、間質細胞型ではKras下流の遺伝子の発現が低下するとともに、クロマチン構造調節に関わるSmarcb1の発現が低下していることを突き止める。
   次にモデルマウスの体内でも2種類のガンが発生し、試験管内と同じで間質型がSmarcab1陰性で、Ras下流の活性が低いことを確認している。同時に、ヒトのガンでもSmarcb1発現により、予後が全く異なることも確認し、マウスモデルがほぼそのままヒトのガンにも適用できることを示している。
   次は再びモデルマウスに帰って、間質型の悪性度の高いガンに弱点がないかを調べて、間質細胞型ではMycガン遺伝子が強く発現し、MKK4経路が活性化されることで、タンパク質代謝が変化しており、その結果として細胞内に処理しきれないタンパク質が蓄積していることを示している。これまでも膵臓癌ではタンパク質代謝の亢進でERストレスが高まることが知られていたが、結局この研究でも同じ経路に弱点が集約した。ただ、MKK4回路については新しく、またこの変化の大元がSmarcb1及びmycであることを突き止めたことが重要だろう。今回明確になった全ての分子経路が治療標的になることを確認した後、ヒトのガンを使ったモデルでERストレスとp38/JNKの阻害実験を行い、現在使われているゲムシタビンに加えて、これら薬剤を併用すると、ガンを抑制できることを示している。
   この結果をそのまま臨床に応用することはまだ早いが、Smarcb1をガンの悪性度を知るためのサロゲートマーカートして使えること、そしてSmarcb1陰性ガンに対しては、ERストレスやMKK4抑制を組み合わせることで効果が生まれるという発見は将来期待できることは間違いない。
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2月10日:眠りはシナプスの形態変化を促す(2月3日号Science掲載論文)

2017年2月10日
   自己の感覚や意識、学習や記憶など大脳皮質が行うどんな高次機能も、そこに存在する1600億個の神経細胞同士がシナプスを介して結合する強さのパターンの違いとして表現されている。この強さは、神経細胞の遺伝子発現の変化として維持されるが、その結果はシナプスの反応性の生化学的変化を生むだけでなく、シナプスの形態学的変化につながることが知られている。
   今日紹介するウィスコンシン大学からの論文は毎日繰り返している眠りがこのシナプスの形態変化を誘導するかどうか調べた研究で2月3日号のScienceに掲載された。タイトルは「Ultrastructural evidence for synaptic scaling across the wake/sleep cycle(覚醒・睡眠サイクルによるシナプスの拡大・縮小が起こることの超微細構造的証拠)」だ。
   シナプスの変化は神経細胞の興奮により誘導されることから、当然刺激が多い覚醒中に変化が誘導されると考えられる。大脳皮質でのほとんどの興奮性入力は、スパインと呼ばれる樹状突起から飛び出した小さな突起が受けている。一個のニューロンは何百ものスパインから興奮性入力を受けており、他の神経の軸索とスパインの接合部は様々な形を示している。この形態変化はシナプスの強さの変化を反映すると考えられており、覚醒中と睡眠中でスパインの形態が変化する可能性がある。これを確かめるため、睡眠中のマウスと覚醒して動いているマウスの脳皮質のスパインの形態の3次元画像を、シリアルブロックフェイス走査電子顕微鏡で撮影し、統計的に比較したのがこの研究だ。シナプス接合部の肥厚状態、軸索との接合の面積、スパイン先端突起部の体積などを、7000以上のシナプス結合が確認されたスパインについて計測するだけでなく、スパイン先端部に存在するミトコンドリアなどの細胞内小器官も網羅的に調べた研究で、形態学の極致という印象を受ける。
   さて結果だが、軸索との接合面積は睡眠により約18%小さくなる。すなわち覚醒・睡眠サイクルに合わせて、軸索接合部が拡大・縮小することを示している。またこの変化は、スパインの密度が高い樹状突起では見られず、スパイン密度の低いところで著明になる。さらに、この変化は接合部の面積が小さいスパインでより著明に見られる。
   他にも詳細な比較が行われているが省略して、これを自分なりに解釈すると、軸索との接合が大きく、シナプスに細胞内小器官が少なく、スパインの多い軸索からの神経接合は既に確定しており、興奮性インプットが途切れても変化しないが、それ以外の軸索はまだ可塑性が高く、確定するまで変化し続けると考えられる。もしこれが本当なら、この形態から機能を推定できる点が素晴らしく、これを利用して脳の機能的結合マップを描くことができるような気がする。期待したい。
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2月9日:腫瘍のエピゲノム(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2017年2月9日
   ほとんどのガンでは、発ガン遺伝子やガン抑制遺伝子を中心に、複数の遺伝子に変異が起こり、そのガンの性質を決めている。これがガンがゲノムの病気であると言われる所以で、ガンのゲノムを知ることが治療にとって重要な理由だ。ただガンの性質はゲノムだけでは決まらない。遺伝子のオン・オフを調節するクロマチン構造にも大きく左右される。例えば発ガンの初期に、DNA修復遺伝子のスウィッチがオフになり、ゲノムの変異を促進することはよく知られている。このクロマチン構造はDNAのメチル化と、DNAが巻きついているヒストンタンパク質のメチル化やアセチル化などの修飾により調節されている。21世紀に入って次世代シークエンサーが導入され、ゲノムだけでなく、クロマチン構造をゲノム全体にわたって調べる方法が相次いで開発された。こうして解読するクロマチン構造をエピゲノムと言うが、ガンのエピゲノム解読が加速している。
   今日紹介するオーストリアにある分子医学研究所を中心に26の研究所が集まる国際チームからの論文は、小児の肉腫の一つユーイング肉腫のエピゲノムを140人の患者から集め、DNAのメチル化状態を中心に調べた研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「DNA methylation heterogeneity defined disease spectrum in Ewing sarcoma(DNAメチル化の多様性がユーウィング肉腫の疾患スペクトラムを決める)」だ。
   この研究の目的は、同じタイプの腫瘍のエピゲノムはどのぐらい多様なのか、また解読されるエピゲノムの違いは臨床症状の違いをどの程度反映しているのかを、メチル化DNAの分布から明らかにすることだ。
   ゲノム研究と同じかと勘違いされるかもしれないが、次世代シークエンサーが利用できるとはいえ、エピゲノムの解読はゲノム解読の何十倍も大変だ。それを140人について調べただけでも頭がさがる。
   さて、ユーイング肉腫はEWS遺伝子とFLI1遺伝子が転座で融合するゲノム変異が疾患の重要な引き金になっていることがすでに明らかになっており、しかもこれ以外のゲノム変化は極めて少ない。従って、病気の性質決定にエピゲノムの関与が大きいと考えられてきた。
   膨大なデータが示されているので詳細を省いて結果を箇条書きにすると、
1) ユーウィング肉腫のDNAメチル化パターンは他のガンと比べて、患者間の多様性が極めて大きい、
2) メチル化が低下している領域と上昇している領域を比べると、エピゲノムは決してランダムに決まるのではなく、ユーイング肉腫に特徴的なエピゲノムが存在する。これにはエピゲノム調節に関わるポリコム遺伝子のメチル化が関与している。
3) ガンの発生に関わるEWS-FLI1結合エンハンサー部位のメチル化パターンはほとんどの腫瘍で共通に低下しているが、クロマチンがオープンな領域でのメチル化パターンは多様。
4) DNAメチル化と、クロマチンの開き方、そしてヒストンアセチル化などを合わせて調べると、転写とメチル化パターンが相関しており、これが病気の共通性の基盤になること。
5) 一人の患者さんの肉腫細胞のエピゲノムの変化が大きいこと。
などを見出している。期待通り、ユーイング肉腫ではエピゲノムが変化しやすいことが明らかになった以外に、すぐに治療に結びつくわけではないと思うが、膨大なデータをどう処理するのかなど、学ぶところの多い論文だった。
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2月8日:乳がんの骨転移を抑制する薬剤(Science Translationa Medicineオンライン版掲載論文)

2017年2月8日
    ガン治療はまず原発巣を完全に制御することが最重要だが、次に転移を防ぐことが重要な課題になる。中でも乳ガンは、原発巣を切除した後、すっかり治ったのかと思っていたら急に転移が見つかり患者さんを失望させる。末梢血中に流れるガン細胞の数を調べる方法の開発により、乳ガンは早い時期から血中に漏れ出す性質を持つことがわかってきた。従って、漏れ出しても他の組織で増殖できなくする方法の開発が重要だ。
   今日紹介するユタ大学からの論文は、骨を溶かす破骨細胞の活性を制御して乳ガンで多い骨転移を抑える薬剤の開発についての論文でScience Translational Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「RON kinase:a target for treatment of cancer-induced bone destruction and osteoporosis(RONキナーゼ:ガンにより誘導される骨吸収と粗鬆症の治療標的) 」だ。
   乳ガン骨転移のためには、骨を吸収しできた足場の中で増殖しなければならない。ほとんどの癌細胞自体は骨吸収能力がないため、もともとホストが持っている吸収能力を活性化しなければならない。これには骨を吸収する破骨細胞の活性化が必要で、従来から破骨細胞を抑制して骨転移を抑える治療が試みられていた。しかし、この切り札とみられていたRANKL抑制の効果が思ったほどでなく、他の経路が探索されていた。
   以前このグループは、マクロファージ刺激因子(MSP)を過剰発現した癌細胞が骨転移しやすいことを見出しており、この研究はその続きになる。結果はクリアで、まとめると、
1) MSPは破骨細胞が発現するRONキナーゼ受容体を活性化して、破骨細胞の骨吸収機能特異的に促進する、
2) RON刺激による破骨細胞活性化にはRANKLやTGFβシグナル系の関与はなく、破骨細胞の増殖や分化も変化せず、機能だけが促進する。
3) RON刺激は細胞内のSrcキナーゼを活性化して、破骨細胞の機能を更新させる。
4) RONキナーゼ阻害化合物により骨転移が抑えられる。
5) RON阻害化合物の中でもRONに対する特異性が弱い OSI-296は骨転移後の乳がんの増殖を抑える。
6) よりRON特異的阻害剤は、閉経後の骨粗鬆症を抑制する。
になる。
   この結果から見えてくるのは、乳がんの初期に骨転移を防ぐため、RON特異的な阻害剤を服用すること、また骨転移が発見されたらOSI-269により骨吸収とガン自体の増殖を抑える。必要なら、RANKL1阻害やTGFβ阻害も組み合わせてガンの骨内での拡大を防ぐ、といった治療法だ。血中の癌細胞数がCTC検査で多いかどうか調べて、予防投与を行うこともできる
   幸い、RON特異的な阻害剤の方は第1相の治験により、安全性が確認されているので、乳がん骨転移の予防効果についても治験へのハードルは低いだろう。私の印象でしかないが、期待できそうだ。
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2月7日:レット症候群の新しい治療戦略の可能性(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2017年2月7日
   レット症候群はメチル化された DNAに結合して遺伝子転写を調節するMECP2遺伝子の機能喪失突然変異により起こる病気で、女児にのみおこる。というのも、MECP2遺伝子はX染色体上に存在し、X染色体を一本しか持たない男性で突然変異が起こると、発生できず生まれてこない。一方、女性の場合一本のX染色体で突然変異が起こってももう一本の染色体が残っているのだが、X染色体不活化と呼ばれる現象により、病気が発症してしまう。このX染色体不活化は、発生途上で片方のX染色体上の遺伝子をほとんど発現できない様にするメカニズムで、これによりX染色体が一本の男性と、2本の女性での遺伝子発現量を同じレベルに保つことができる。このため、女性の体は、いずれかのX染色体が不活化された細胞が混在しており、片方に突然変異があると、突然変異を持つ細胞と持たない細胞の両方の細胞により組織が形成される。この結果、突然変異は片方の染色体のみにあっても、組織には遺伝子欠損細胞が存在することになり、組織の機能が維持できなくなる。
   今日紹介するシアトルのフレッドハッチンソンガンセンターからの論文は不活化されたX染色体を再活性化する方法の開発についての研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Screen for reactiveation of MECP2 on inactive chromosome identifies the BMP2/TGF-βsuperfamily as a regulator of XIST expression(不活化されたX染色体上のMECP2遺伝子を再活性化する遺伝子スクリーニングによりBMP2/TGF-βファミリー分子がXIST発現の調節因子として特定された)」だ。
   この研究では、MECP2遺伝子に光を発するルシフェラーゼ遺伝子と薬剤耐性遺伝子を融合させたX染色体を持つマウスから融合遺伝子を持つX染色体が不活化された線維芽細胞株を樹立し、薬剤耐性と発光を利用してX染色体の再活性化をモニターしている。
   次にこの細胞に60000種類のshRNAを導入して様々な分子をノックダウンして、X染色体再活性化に関わる遺伝子をスクリーニングし、30種類の分子を特定している。この中には当然、X染色体不活化に関わる分子群が存在しており、例えば不活化の鍵XISTをノックダウンすると染色体は再活性化する。
  この研究のハイライトは、スクリーニングにより、BMP2シグナル伝達経路に関わる分子が、Rnf12と呼ばれるユビキチン化酵素を介してX染色体不活化に関わることの発見で、このシグナルを抑制することで患者さんのX染色体を再活性化して、正常のMECP2を組織で発現させる可能性が生まれた。
   この研究はここで終わっており、実際にモデルマウスの治療実験には踏み込んでいないが、BMP2シグナルを特異的に抑制する薬剤はおそらく存在しており、今後それを使った前臨床研究が行われるだろう。すなわち、遺伝子治療を待たなくとも、薬剤でMECP2遺伝子発現を正常化させる可能性が生まれた。是非期待したい。
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2月6日:エクソームチップを用いた身長と相関する遺伝子の探索(Natureオンライン版掲載論文)

2017年2月6日
  学生講義を頼まれると、「21世紀の科学の課題」か「21世紀の臨床医学」のどちらかを選んでもらって話をする。どちらも20世紀の遺物である私に完全に予測できるわけではないが、少なくとも私たちが教えられないことを若者が自分で見つける助けになれば良いと思っている。
   後者の話題で講義するときは、1)ゲノム、2)コホート研究、3)IT、そして4)コレクティブインテリジェンス、と4つのキーワードをしっかり理解してもらおうと努力しているが、これは地球上の全ての個人を記録し続けるという新しい歴史学なしに、医療も、医学も、心理学もないと思うからだ。
   しかしこの中で最も難しいのはコホート研究で、資金、プライバシー保護、インフォームドコンセントなど多くの問題を解決する必要がある。
   今日紹介する米国、英国、カナダ3国を中心に多くの国からなんと281にわたる研究所が参加した身長と相関する分子についての研究は、大規模調査研究のための一つのヒントになる。タイトルは「Rare and low-frequency coding variants alter human adult height(人間の身長を変化させる低頻度のコードされた分子の変異)」だ。
   これまでの調査やコホート研究は、既存の技術を利用する方向が体制を占めていた。例えばGWASによる一塩基多型の探索、あるいは次世代シークエンサーによる大規模ゲノム研究がそうだ。例えばガンのコホート研究なら助成を得られるチャンスもあるが、身長に関わる遺伝子を調べるというプロジェクト「役に立たない」となかなか助成してもらえないのではないだろうか。とはいえ、これまで私も多くの論文を目にしてきたし、すでに身長に関わる700近い変異が、ゲノムの421か所に特定されている。それでも違いの20%を説明できるだけで、しかもほとんどは遺伝子をコードするエクソームではなく、イントロンの変異で、因果性を理解するのは困難だ。
   さらなる研究のためにはこれまでリストされた変異よりははるかに頻度が低く、またタンパク質へ翻訳される遺伝子の検査が必要になる。頻度が低いと、これまでのような千人から一万人までの対象をさらに増やし、何十万、何百万のゲノムを調べる必要が出てくる。さてこの難問をどう実現するかだ。
   この研究では既存の様々なコホート研究147を利用して実に45万人の対象のゲノムを調べることができている。ただ、50万規模になると、エクソームでもDNA配列の情報処理が大変になる。そこで、エクソームチップと著者らが呼んでいる、16000人のゲノムデータから拾い上げたコーディング領域の変異を選んだDNAチップを新たに設計して、変異の一部で良いと割り切って、規模を重視する研究を行うため、それぞれのコホートに提供している。すなわち、コホートを新たに立ち上げるのではなく、既存のコホートに使いやすい技術を提供する手法だ。実際には身長だけではなく、今後は様々な形質について同じデータから結果が出てくるだろう
   今回の調査の結果、これまで見落とされてきた頻度の低い(0.2%以下)身長に関わるコーディング遺伝子が発見された。各遺伝子の役割については今後の研究が必要だが、コーディング遺伝子であるため研究はやりやすい。
  例えば、これまで発見された分子も合わせて、新しく発見された分子が関わる生物学的プロセスを抽出すると、骨格形成に関わるヒアルロン酸やプロテオグリカン合成に関わる経路が特定される。また、新たに発見されたSTC2遺伝子は、過剰発現させるとインシュリン様増殖因子の機能を阻害してマウスの成長を阻害することから、この分子の機能が阻害されることで身長が伸びるという因果性も示している。他にも、コレステロール代謝異常とも関わる遺伝子の存在など、面白いネタが示されているが、詳細は省く。今回発見された頻度の低い分子変異を、これまでの研究成果と合わせた、より総合的研究がようやく始まったと言っていいのだろう。
   その意味で、この研究のハイライトは、既存のコホートを活用するための新たな技術開発が新しい成果を生むことを示した点だと思う。
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2月5日:パーキンソン病でのPINK1とPARKIN(1月24日号Cell Reports掲載論文)

2017年2月5日
   現役を退いてからは、できるだけ多くの分野の論文を読み、様々な情報を提供できたらと努力しているが、専門ではないのでどうしても勇み足がおこる。昨日紹介した論文の著者の一人から、重要なコメントをいただいた。もっともな指摘で、それを同じサイトにアップロードしたので、ぜひ読んでいただきたいと思う。
   本題に入ろう。つい先日、ニコ動にも出演してもらったパーキンソン病の知り合いから、遺伝子検査でPINK1の変異が判明したと連絡を受けた。これは私にとっては驚きで、同じニコ動に出演してもらったもう一人の知り合いはすでにParkin遺伝子変異が判明している。すなわちこのニコ動に出演してもらった3人のうち2人に遺伝子変異が特定されたことになる。遺伝素因が明らかなパーキンソン病の発症頻度については把握していないのだが、おそらく意図せずにParkinとPink1遺伝子変異を持つかたに関わる確率はそう多くないと思う。これを因縁に、この二つの分子については重点的に論文を紹介したいと思う。    Parkinは標的タンパク質にユビキチンを結合するユビキチンリガーゼで、標的タンパク質の分解のスイッチを入れる分子だ。一方、Pink1はタンパク質のリン酸化に関わる分子だ。このParkinとPink1が、同じ経路を介してドーパミンニューロンの細胞死を調節していることはすでに確立した事実だが、両者の相互作用については不明な点が多かった。
   今日紹介するジョンホプキンス大学からの論文はParkinとPink1がParisと呼ばれる分子の分解に関わり、細胞の生存を維持していることを示し、これら分子の変異がなぜパーキンソン病につながるかを示した研究で、1月24日号のCell Reportに掲載された。タイトルは「Pink1 primes Parkin-mediated ubiquityinization of Paris in dopaminergic neuronal survival(Pink1はParkinを介するユビキチン化を誘導しドーパミンニューロンの生存に関わる)」だ。
   この研究ではまずParkin,Pink1,Parisの3分子がドーパミンニューロン細胞株で複合体を形成するという発見から始まっている。Parisは転写のコアクチベータで、PGC-1αと呼ばれるミトコンドリアのエネルギー代謝に関わる分子の転写調節に関わる重要な分子だ。この研究は、この3者の生化学的関係を詳細に検討し、
1) Pink1はParisの特定のセリンをリン酸化する。
2) Parisのリン酸化がシグナルとなり、ParisにParkinが結合し、ユビキチン化する。
3) ユビキチン化されたParisはすぐ分解される。したがって、Pink1,Parkinの変異によりParisの細胞中の蓄積を誘導する。
4) Parisの量が増えると、PGC-1αの転写が抑制され、ミトコンドリアの増殖など細胞のエネルギー代謝が障害され、最終的にドーパミンニューロンの細胞死が促進され、結果パーキンソン病になる。
というシナリオだ。このシナリオが正しいか、マウスドーパミンニューロンの遺伝子操作を用いて確かめており、他の経路ももちろん並存するが、この論文が示したシナリオがPink1,Parkinの関わる最も重要な経路だと結論している。
   この経路が明らかになることで、細胞内のParis量を低下させる、あるいはPGC-1αを補うことで細胞死を防ぐ治療の可能性がクローズアップされる。特にPGC-1α遺伝子の注入治療は早く開発して欲しいと期待する。ただ、この治療はドーパミン神経が死んでしまうと役立たない。その場合はやはり細胞治療や遺伝子治療による、ドーパミン生産システムの再構成しかない。こちらの治療も加速して欲しい。
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2月4日:視覚に関する学習の効果を上げるコツ(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2017年2月4日
   脳機能の研究は21世紀最大の課題で、分子生物学から心理学まで、あらゆる分野の研究者が参加し、あらゆるレベルの研究を長期にわたって支援する必要がある。ただ、重要なのは各分野の連携で、これはそう簡単ではない。おそらく、大所高所からこのような研究を眺めて、統合のためのシグナルを送る役割を担う人物が必要だろう。今まで読んだ脳科学の本を元にこの難しい課題が果たせそうだと思い当たるのはアントニオ・ダマシオさんだが、こんな心配をするのは、論文を読んでいると、まだまだ各研究領域は独立しており、対話は容易でないと感じるからだ。例えば、心理学と認知についての医学研究の間ですらそんな壁を感じる。
   今日紹介するブラウン大学からの論文は、心理学分野で、脳の中で新しい学習がどのように安定化されるか調べた、Nature Neuroscienceオンライン版に掲載された研究だ。タイトルは「Overlerning hyperstabilizes a skill by rapidly making neurochemical processing inhibitory dominant(余分に学習することにより急速に抑制優位の神経化学的状態が生まれスキルを強く安定化する)」だ。
   この研究はブラウン大学で研究を行っている渡辺さんという日本人の研究室の仕事で、所属を見ると心理科学となっているので、心理学と言っていいのだろう。面白い研究で、最新のMRI技術を用いて生理学的因果性についても調べた良い研究で、これからも頑張って欲しいと期待する。
   しかし、医学出身の私にとって、わかりにくいというか、心理学領域への壁を感じる論文でもあったので最後にその感想も述べる。
   この研究では、繰り返して訓練を行い学習させた効果が、時間をおかず始めさせた別の学習により邪魔されるという現象に焦点を当てている。面白いことに、最初の訓練をこれ以上繰り返してもそれ以上上達しないというレベルを超えて、さらに訓練を繰り返すと、違う課題の訓練をすぐ始めても、邪魔されにくくなる。もっと面白いのは、最初の訓練を余分に繰り返すと、次の課題の学習が今度は邪魔される。ところが、最初の学習と、次の学習の間に十分時間をおくと、両方ともしっかり固定されるという結果だ。
   心理学としては十分面白いが、この脳生理学的基盤をMRIによる成分分析を用いて調べ、視覚野ではたらく神経伝達物質のうち、興奮性のGlutamateと抑制性のGABAの濃度の比が、余分に学習することで低下する、すなわち抑制性にシフトすることが、最初の学習を安定化させるのに聞いていることを明らかにしている。
   私なりに解釈すると、学習が十分できると脳内で興奮性が高まるが、この時邪魔が入ると、学習効果が消える。従って、十分休んでから(この研究では3.5時間以上)次の課題にかかるのが望ましい。一番いいのは、これで十分と思っても、余分に学習すると、脳内の興奮が強く抑制できるので、邪魔が入っても最初の学習はのこる。ただ、課題もしっかり学習したい場合は、やはり十分間隔を開けないと、今度は新しい学習効果がなくなる。面白いのは、脳が余分な学習になると自然に抑制性にシフトすることで、さらなる研究を期待したい。
   最後に心理学の壁だが、学習の課題にガボールパッチが使われているが、これは心理学特有ではないだろうか。他の課題でも同じ結果になるのだろうか。また、実験結果が正しいかどうかの検証が完全に統計学に依存している点だ。もちろんどちらも問題はないのだが、医学部出身者にとってはどうしても違和感を感じる。こんな小さな違和感がおそらく大きな壁に発展するように思う。この小さな違いをぜひ両方で乗り越え、対話を深めて欲しいと感じた。
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2月3日:視覚を調節する2種類の刺激調節アルゴリズム(1月26日号Cell掲載論文)

2017年2月3日
    私たちの視力は、例えばネコ科の動物と比べてかなり劣るはずだ。ただ、劣るというのはカメラの解像度といった問題ではないだろう。遠くのものを区別する能力があれば視力として充分だ。この私の勝手な思い込みの背景には、哺乳動物でサルと人間だけに存在する中心窩という構造があり、周りの網膜と比べ極めて特殊な構造をしており、緻密な視覚はここから得られるという、解剖学・生理学的ドグマがある。事実、私たちの網膜から出る視神経の50%は中心窩からのシグナルを1次視覚野に伝えている。また中心窩には色を認識する錐体細胞で占められており、色彩はこの場所を中心に認識される。今再生医学が注目される黄斑変性症はまさにこの中心窩の機能を奪うことから、単純に視野が一部失われる以上の影響を視覚に及ぼしているはずだ。
  などと知識を並べてみたが、今日紹介するワシントン大学からの論文は中心窩が他の網膜とは全く異なるアルゴリズムで興奮を伝えていることを示す、文字通り目からウロコの論文で、1月26日号のCellに掲載された。タイトルは「Cellular and circuit mechanisms shaping the perceptual properties of primate fovea(サルの中心窩の感覚特性を調節する細胞及び神経回路メカニズム)」だ。
   もともと電気生理学は苦手な分野で、上手く紹介できているかわからないが、この研究はまさにオーソドックスな解剖生理学的研究と言える。
  研究ではサルの網膜を取り出して網膜を培養している間に、細胞の興奮特性の記録や、組織学的検討を行っている。ウイルスベクターでマーカーを導入する程度のことは行われているが、全く光遺伝学や光を使った興奮記録もない。考えてみると、もともと光に反応する網膜では光遺伝学は使いづらいのだろう。
   まず最低限の知識として、かのカハールを魅了した (http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2016/post_000023.html) 網膜神経結合について述べておくと、光刺激により誘導される錐体細胞の興奮はまずミゼット神経節細胞の興奮に転換され、それが視神経へと伝えられるという、3段階になっている。この神経節細胞レベルでは抑制、あるいは興奮性の調節を受け、網膜で変調させた信号を脳に伝えるようにできている。
   この研究は、切り出した網膜で、光を当てた時の各細胞の電気生理学的特性を丁寧に記録し、中心窩とそれ以外の場所で比べている極めてシンプルな研究だ。詳細は省くが結果は、
1) 同じ光に対する視覚ユニットの反応は、中心窩で反応が遅く、だらだら続く。
2) 解剖学的に中心窩では視細胞、神経節、視神経が一対一の結合を行っているが、周辺では多数の視細胞と多数の神経節細胞がひとつの視神経に集約される階層構造になっている。
3) 解剖学的にも生理学的にも、中心窩の神経節細胞はほとんど抑制性のシナプス入力が存在しない、
4) 錐体細胞刺激経路では、抑制性シナプスは反応のパターンではなく、反応の強さのみ調節する、
5) 中心窩で光に対する反応がだらだらしているのは、錐体細胞自体(特に外接と言われる部分の電導性)の特性が、他の場所とは異なり、その結果遅い反応が起こっている。
とまとめられる。
   こんな基本的なことが今までわかっていなかったのかと驚くが、このような2種類のアルゴリズムが何をしているのか、極めて面白い課題が誕生したように思う。機能的に同じかどうかわからないが、哺乳動物以外の脊椎動物では中心窩が存在するものも多い。例えば鳥がそうだが、同じことが鳥でも言えるのか興味は尽きない。大事なことでも本当にわかっていないことが多いこともよくわかった。これが解明されれば、また新しい電子の目が可能になるだろう。
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