9月9日:子宮頸がんとパピローマウイルス(9月7日号Cell及びThe Lancet オンライン版掲載論文)
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9月9日:子宮頸がんとパピローマウイルス(9月7日号Cell及びThe Lancet オンライン版掲載論文)

2017年9月9日
子宮頸がんがパピローマウイルス(HPV)の感染なしに発症する可能性は理論的には存在しても、実際にはほぼすべての子宮頸がんでHPVの感染が見つかる。これは、HPVがコードしているタンパク質に、私たちが持っているガンを抑制する仕組みを無効にする働きがあるからだ。すなわち感染した細胞はガンへのスイッチが入りやすくなる。

とはいえ、感染したからといってほとんどはガンに発展しない。何がこの差につながるのか? 今日まず紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、全部で5570人という数の、ガン、前癌状態、正常の組織から分離したHPVの遺伝子配列を解読し、ガンを強く促進するウイルスの特徴が見つかるか調べた研究で9月7日号のCellに掲載された。タイトルは「HPV16 E7 genetic conservation is critical to carcinogensis(HPVのE7タンパク質は発がんにとって決定的)」だ。

実際に子宮頸がんにつながる危険のあるHPVの種類は数多いが、半分のガンはHPV16の感染が原因になっている。この研究では、可能性のあるすべてのウイルスを調べるのではなく、このHPV16だけに焦点を当てて遺伝子配列を比べている。この大規模調査から明らかになったことを以下のようにまとめることができる。

1) HPV16は極めて多様で、感染している人により、どこか遺伝子配列が違っている。要するに多様性の極めて高いウイルスだ。しかし、同じ人から調整したウイルスは同じで、何回も感染しないことを示している。
2) 感染するウイルスが最初からこれほど多様であることから、感染後細胞内でウイルスが変異するという考えは再検討が必要。
3) これほど変異が多いウイルスなのに、E7タンパク質の変異はほとんどなく、特に前癌状態や、子宮頸がんから分離されたウイルスのE7タンパク質は強く保存されている。
4) UPRやL2領域の遺伝子タイプから、ある程度発がんリスクを計算することができる。
以上の結果から、HPVの発がん性の中核はRB1と呼ばれる増殖抑制分子に結合して機能を抑え、細胞の増殖を促進するE7タンパク質で、このため他の部分にどれほど変異が重なっても、E7だけは変異が起こっていない。すでにHPVに感染してしまった場合は、元に戻れないので、今後E7を標的とする薬剤の開発が望まれる。

現在日本ではHPVワクチンはタブーになってしまったが、HPVがE6,E7とダブルでガン抑制機構を壊す分子を持っていることを考えると、感染を防げるなら子宮頸がんを撲滅することが可能だ。ただ、HPVの種類は多く、すべてのHPVに効くワクチンを製造するのは難しい。このため、最初は先に述べたHPV16とHPV18の2種類、それにHPV6、11を加えた4種類のHPVを用いたワクチンが開発されてきた。それでも約70%がカバーできるだけで、残り30%のウイルスへの対応が望まれていた。これに応えるべく、HPV6,11,16,18,31,33,45,52,58と9種類のウイルスをカバーするワクチンが製造されその効果が調べられ、今日紹介するアラバマ大学を中心とする18カ国の国際チームからの論文として発表された。タイトルは「Final efficacy, immunogenicity, and safety analysis of nine-valent human papillomavirus vaccine in women aged 16-26 years: a randomized double blind trial(9種混合HPVワクチンの効果と免疫原性と安全性:無作為化二重盲検治験)」だ。

この研究では組織的にもウイルスが感染していないことが確認されている16−24歳の女性を14000人集め、片方には9種ワクチン、もう片方には4種ワクチンを投与、子宮や膣のガンの発生が防げるか6年間追跡している。この研究では、ワクチンを打っていないコントロールはなく、あくまでも9種と4種の効果を比べる研究だ。

あらゆる詳細を省いて結論を述べると、4種でガンの発生が7割抑えられるのに対し、新しいワクチンによりガンの発生を90%抑制できることが明らかになった。一方、臨床的にはっきりした副作用はどちらのワクチンでも認められなかったという結果だ。

HPVが明らかにガンを誘導する分子を持っていること、その感染を9割減らすことができるワクチンが開発されたことを受けて、もう一度我が国でも冷静なワクチン議論が行われるが必要だ。それでもワクチンが進まないなら、中年になった時点で少なくとも感染ウイルスを調べてリスクを計算するぐらいのことはしてほしい。
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9月8日:ジカウイルスも使いよう(Journal of Experimental Medicineオンライン版掲載論文)

2017年9月8日
1年前大騒ぎになったジカウイルス流行はほぼ制圧できたようだが、この時の集中的な研究の結果、ジカウイルスは最も研究の進んだウイルスの一つになった。このおかげで、試験管内の感染実験方法、感染実験が可能なマウスモデル、などが急速に整備された。このウイルスは増殖の盛んなラジアルグリア細胞を主な標的にしており、その結果胎児発生に大きな影響を持つ一方、大人の脳には影響が軽微で止まっていることも明らかになった。

この研究成果をうまく利用してジカウイルスを役に立つウイルスに変える可能性を追求したのが今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文でJournal of Experimental Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Zika virus has oncolytic activity against glioblastoma stem cells (ジカウイルスはグリオブラストーマ幹細胞を溶解させる)」だ。

この研究ではジカウイルスが増殖している神経幹細胞に選択的に感染し殺すなら、増殖力の強い神経細胞の典型であるグリオブラストーマの幹細胞も特異的に融解できるのではないかと着想、まず試験管内で増殖するグリオブラストーマ細胞株にジカウイルスを感染させている。結果は期待通りで、幹細胞だけを溶解し、分化した細胞にはほとんど影響がない。

次に細胞株ではなく、摘出したガンを培養したオルガノイドや、摘出組織のスライスにウイルスを感染させ、幹細胞の増殖を抑えられることを示している。

次にガン治療に使えるか調べる目的でマウスにも感染するよう順応させたウイルスを用いてグリオブラストーマを移植されたマウスにウイルスを注射、ガンの進展と生存を調べると、ウイルスの感染量に応じて強いガンの抑制効果があることを示している。

最後に、今後様々な変異を導入してウイルスをより治療に適したものに作り変える可能性を考え、インターフェロン感受性を落としたウイルス株を作成し、変異株でも同じようにガン幹細胞を融解させる効果があること、また抗がん剤との併用でさらに効果が高まることなどを示している。

グリオブラストーマは今も治療が難しいガンの一つで、効果があるならなんでも試したい気持ちになる。ただ、ウイルスを用いる治療法は、人工改変したウイルスが流行して新しい問題を引き起こすのではという公衆衛生学的な懸念を払拭する必要がある。したがって、かなり有望には思えるが、臨床応用までには多くのハードルが待ち受けているように思う。
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9月7日:もし「のっぺらぼう」に育てられたら?(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2017年9月7日
言語能力が生まれつき備わっているのか、あるいは学習によって初めて得るものなのかは現在も議論が続いて決着がつかない。しかし個人的にはどちらかと決めるのは難しいように思う。というのも、言語のような高次機能が成立するために学習が必要だとしても、それを可能にするそれ相当の生まれついての能力(脳構造)が必要になり、結局先天的な過程と後天的な過程を完全に分けることができない。

同じ問題は、顔認識にも言えるようだ。すなわち、様々な顔を認識できるのは、私たちが本能として顔を見るように生まれついているからと考えることもできるし、コンピュータのディープラーニングのように、学習しているうちに顔というカテゴリーを脳内に成立させるとも考えることができる。しかしこの2つの説をどう区別すればいいのだろう?

今日紹介するハーバード大学からの論文は、サルが顔というものを見ないで育ったらどうなるかを手の込んだ実験で調べた研究で、Nature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Seeing faces is necessary for face-domain formation(顔を見ることが顔認識領域の形成に必要)」だ。

手の込んだ実験といったのは、生まれたばかりのサルをすぐ親から隔離し、人間の手で育てている。その時、世話をしたり、実験をする人間はつねに顔を溶接の時に使うマスクを着用し、決して表情を見せない。もちろん他のサルとも出会うことがない環境で1年近く育てる。この時親代わりに人形が必要だが、これにも顔がない。ようするに「のっぺらぼう」の家族に育てられたらサルはどうなるのかを調べている。

論文を読んでみると、このような実験は以前にも行われており、例えばプリンストン大学の杉田さんという研究者が2008年に、顔を見ることなく成長したサルが最初に見た顔(実験ではサルか人間の顔を見せている)以外の顔の認識がうまくできないことを示している。

この研究の重要性は、行動解析に加えて、MRIによる脳の反応を調べた点で、これにより顔に反応する脳領域が形成されているかどうか分かる。

詳細を省いて結論を急ぐと、顔を見ないで育ったサルは、顔に反応する下部側頭葉内の領域が全く形成されない。しかし、手や体に反応する領域は正常に形成される。また、網膜の空間地図がそのまま投射された脳領域も正常だ。そしてこの結果、顔を見ないで育ったサルに人間の写真やビデオを見せても、顔を見ることはなく、視線は体の他の部分に集中する。しかし、例えばハンマーを見せたときの視線の集中は、他のサルと変わることはない。

これらの結果から、網膜の空間地図の投射領域は発生過程で形成されるが、この領域の刺激が顔というカテゴリーとして認識するためには、顔を見て育つ必要があり、またこの結果は脳内の顔反応性の活動領域として維持されることが分かる。著者らの結論は、顔を認識するためにはまず顔を繰り返し見ることが重要な点を強調している。しかし、刺激を受け取るための網膜の空間図が投射された領域の形成は発生学的にまず形成されることを考えると、もちろん学習をするための脳構造は前もって形成する必要があることも間違いない。
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9月6日:アフリカ原住民腸内細菌叢の季節変化(8月25日号発行Science掲載論文)

2017年9月6日
「腸内細菌叢を調べようと計画しているのですがどうでしょうか?」と仕事で聞かれることが最近多くなった。確かに腸内細菌叢は様々な介入が可能なもう一人の自分と言えるため、人間の一つの性質として調べるに越したことはない。ただ、16Sリボゾームのユニット配列を用いたメタ解析で平均値をはじき出したところで、細菌叢の構成は複雑で、その意味を知ることは難しい。結局、細菌叢を調べたことをうまく宣伝に使ってマーケティングするのが関の山ということになる。実際、2014年に紹介した一年365日毎日細菌叢を調べた論文では、旅行に行くと構成は大きく変わるし、平静な生活を送れば変化は少ない。また個々の細菌を追いかければ、1日単位で消長がみられる(http://aasj.jp/wp-admin/post.php?post=1944&action=edit)。結局、細菌叢全体を追いかけた論文は、例えば無菌マウスに各細菌を再構成するような地道な研究と比べると、解釈が難しい。

とはいえ、生活スタイルで細菌叢の構成が大きく変わることは確かなので、これまで生活スタイルが先進国とは大きくかけ離れた民族の研究から何かヒントが得られないか調査が行われている。今日紹介するスタンフォード大学からの研究もそんな一つで、農耕に携わらず、古代の生活を続けているハッツア族の便を集め、季節変化を調べている。タイトルは「Seasonal cycling in the gut microbiome of the Hadza hunter-gatherers of Tanzania(タンザニアの狩猟採集民ハッツァ族の腸内細菌叢の季節変化)」だ。

腸内細菌叢の研究を読むときの最大の問題は、生データまでさかのぼることはないので、結局著者らの結論に誘導されてしまうことだ。私も例外でないので、前もって断っておく。

伝統的生活を続けるハッツァ族はもう200人に減っているようだが、乾季には主に狩りで得た動物中心、雨季には蜂蜜や木の実を中心の食生活を送っている。この研究では27人のハッツァ人から季節ごとに350の便サンプルを集め、そのまま液体窒素に入れて研究室へ持ち帰り、リボゾームの標準配列を用いたメタアナリシス、場合により全ゲノムのショットガン解析を行っている。

結果は期待通りで、腸内細菌叢は季節ごとに大きく変化する。面白いのは肉食が中心になる乾季には、現代人に近づく。全ゲノム解析で細菌叢の代謝経路を再構築して調べると、不思議なことに動物タンパク質を食べる乾季には食物繊維を処理する細菌叢の機能も同時に高まる。一方、現代人で高い肉食に関わるムチンなどの代謝経路は、雨季、乾季を問わず低いままで、肉食と言ってもハッツァの場合基本は食物繊維が中心であることがよくわかる。雨季ではあらゆる細菌叢の機能が低下しているのも面白い。乾季はよく食べるが、雨季には食が細るという印象を持った。

最後に、どの細菌叢の変化が多いかについて検討し、変化のほとんどは都会人にはほとんど存在しない細菌が季節変化の主役になっていることを示している。

結論としては、食生活が細菌叢を変化させる原動力であるという当たり前の結論になる。また研究自体は現象論で終わっている。

そろそろ、トップジャーナルもハードルをあげて、現象論だけでなく、なぜ特定の細菌が現代人では消えてしまったのか、さらに古代型の細菌叢は健康にいいのか悪いのか、など因果性の問題に突っ込んだ論文でないと採択しないようにするのがいいように思う。
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9月5日:初期胚の微小管オーガナイザー(9月1日発行Science掲載論文)

2017年9月5日
微小管は細胞分裂時に染色体分配に関わるだけでなく、細胞極性などの構造、さらには細胞内の分子輸送に関わっており、細胞生物学でもっとも研究されてきた分子の一つだと思う。これらの機能は、微小管が中心体をオーガナイザーとして方向性を持って伸長できる性質に依存しており、この点についても研究が進んでいる。

ところがこの中心体は卵には存在しない。では卵はどのように分裂するのか?この論文を読むまで、私自身は受精により精子から供給された中心体がオーガナイザーとして作用すると思っていた。しかし、中心体が構成されるのは6回程度分裂が終わって、胚の外と内が決まってからで、それまでは明確な中心体を形成せず分裂が起こっているようだ。

今日紹介するシンガポールの分子細胞生物学研究所からの論文は、この時期の微小管の伸長が細胞膜直下の彼らがブリッジと呼ぶ構造をオーガナイザーとして使っていることを示した研究で9月1日号のScienceに掲載された。タイトルは「A microtubule-organizing center directing intracellular transport in the early embyo (初期胚では微小管オーガナイズ中心が細胞内輸送の方向を決める)」で、9月1日号のScienceに掲載された。

極めてオーソドックスな細胞生物学研究で、まず微小管を生きたまま観察できるようにした初期胚の分裂をビデオで撮影、二個の娘細胞で微小管が細胞膜を挟んで細胞内へ放射されているのを発見する。もちろん中心体を構成する分子はここには存在しないが、微小管のオーガナイズ中心に存在する幾つかの分子がブリッジにも存在し、そこの微小管のプラスエンドがアンカーしていることから、このブリッジが微小管オーガナイズ中心として機能していると考えた。

この考えを確かめるため、ブリッジをレーザーで破壊したり、あるいは微小管重合阻害剤処理を行い、ブリッジが中心体と同じように微小管オーガナイズ中心としての機能を果たしており、この機能を中心体分子ではないCAMSAP3という分子が肩代わりしていることを明らかにしている。

以上がこの論文の一つの重要な発見だが、このあとこのブリッジ近くに多くの細胞内小器官が集まってきていることに気づき、細胞内の分子輸送の方向性を決めることがブリッジの機能である可能性を追求している。この目的で、初期胚の構成に最も重要なE-カドヘリンの輸送を調べ、微小管にそってブリッジへと輸送されること、そして胚の外と内の細胞でこの輸送速度が異なり、この結果、極性が維持できていることを示している。

言い換えると、ブリッジは分裂した娘細胞の非対称性を生み出すオーガナイザーとして、細胞の内外を決めているという結論だ。もっと考えると、まず大きな内外が決まるまでは中心体を形成させないことが重要ということになる。さすがに、オーソドックスな細胞生物学は説得力がある。
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9月4日 あくびがうつる現象の脳科学(9月11号Current Biology掲載論文)

2017年9月4日
毎日発表される論文を眺めていても飽きないのは、重要な発見や新しい考えに出会うだけでなく、馬鹿げて研究の対象になどなりえないと思うようなことが結構真面目に研究され、論文になっていることを知り、ホッとすることができる点だ。
例えばシマウマのシマができた理由を研究した論文は、2014から約2年間になんと3編も論文が出ていたのに驚いた。しかし一見トリビアのように見える論文にも、本当は深刻な問題がある場合もある。例えば以前「スパイスの効いた食事と死亡率」という論文を紹介したことがあるが(http://aasj.jp/news/watch/3931)、これが中国四川省からの論文だと知ると、その土地の人たちには極めて重要な研究であることがわかる(結論は酒を飲まずスパイシーな食事をしている人ほど死亡率は下がるという結果)。

今日紹介する英国・ノッチンガム大学からの論文もそんな研究の一つで、「また面白いタイトルで人を引きつけて」と読み始め、「あくびの研究は重要だ」と真面目に読み終わることになった。タイトルは「A neural basis for contagious yawning(あくびがうつる神経的基盤の一つ)」で、9月11日号のCurrent Biologyに掲載された。

確かに誰かがあくびを始めると、あくびが広がるという現象は誰もが経験している。個人的には、前の日に飲みすぎたり、話に飽きたり、部屋の炭酸ガス濃度が上がるからではと単純に考えていたが、この現象が真面目に研究されてきたことが論文を読むとよくわかる。

これまでの研究で最も有力な説は、ミラーニューロン仮説だ。

ミラーニューロンは、サルがエサを取る行動時に活動する神経を調べていたイタリアの研究者が、サル自身がエサを取るときだけでなく、たまたまサルが実験に関わる研究をしていた研究者が同じエサを掴んだのを見たサルの脳でも同じように興奮する神経があることに気づいて発見された細胞だ。

要するに、他の個体の行動を自分の行動に映すのに関わる神経細胞だ。この説では、あくびがうつるのは、ミラーニューロンが興奮して行動を真似ようとすることが原因になる。実際、あくびがうつるのは人間以外の動物でも見られる。しかし、MRIを用いた研究では、人間のミラーニューロンがあくびで興奮する証拠はなく、また個人差が大きいことから、ミラーニューロン仮説の可能性は低い。

もう一つの仮説が、他人のあくびが私たちの本能を刺激して、相手を真似る行動を誘発するという仮説がある。実際、生後すぐの赤ちゃんでは、あくびも含めて他人の真似をする回数が多いが、3歳児をすぎるとただ身振りを真似る行動はなくなる。この本能の名残があくびがうつる現象として大人になっても残っているという考えだ。

この研究では、あくびのうつりやすさが、あくびを見ることで起こる刺激に対する運動野の感受性を反映している可能性を調べている。この論文のタイトルはあくびがうつる神経基盤についての研究になっているが、実際にはあくびのうつりやすさの個人差についての研究といったほうがいい。

実験では実験に参加したボランティアにテレビであくびのビデオを見せ、被検者にあくびがうつるか観察すると同時に、被検者が自覚的にあくびをしたいと感じる程度を刻々とレバー操作で報告させる。次に、同じ実験をあくびをこらえるように命令をしたあと繰り返す。最後にこの一連の実験を、運動野を頭の外から磁場で刺激して運動野の感受性を低下させた条件で繰り返し、運動野の感受性があくびのうつりやすさに関わるかを調べている。

結果だが、
1) まずあくびはビデオで見ても確かにうつる、
2) あくびをするなと言われると、なんとか押し殺すことができるが、外から見ても抑えたあくびが出ているのがわかる。これをカウントすると、あくびをするなと命令してもあくびの数は減らない。すなわち本能的な行動だ。
3) あくびをするなと命令されると、自覚的には余計にあくびをしたくなる。
4) 運動野を磁場で刺激すると、あくびが強く抑えられる。
とまとめられる。

あくびをするなと命令する実験から、あくびがうつるのは自分の意思ではどうにもならない、本能的な行動であること、そしてうつりやすさの個人差は、運動野の刺激感受性が大きく関わるという結論になる。

最初は興味本位で読み始めたが、最後は結構シリアスな研究だということがわかった。特に、運動野の感受性の問題は、てんかんや自閉症の研究に取っても重要だ。あくびがうつるかどうか、様々な病気で見直してみれば、全く新しい課題が生まれるかもしれない。
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9月3日:喘息薬サルブタモールによるパーキンソン病進行抑制の可能性(9月1日号Science掲載論文)

2017年9月3日
先週は京大の高橋淳さんのグループから、ヒトiPSでサルのパーキンソン病モデルを治療する前臨床試験の集大成論文が8月31日号のNatureに発表され、我が国のマスメディアでも大きく取り上げられていた。内容はメディアで紹介されている通りで繰り返さないが、一つだけ強調したいことがある。高橋さんはパーキンソン病の患者さんに多能性幹細胞由来のドーパミン細胞を移植するためには、1)異常増殖の起こらない細胞の調整の仕方、2)万が一細胞が増殖しても治療が可能であることを示すこと、が、細胞移植の効果を示すのと同じように重要であると考え、研究に時間と金のかかるサルにこだわって研究を続けてきた人だ。実際、10万個程度の細胞で治療が望める黄斑変性症と比べると、少なくとも500万〜1000万個の細胞が必要なパーキンソン病は、安全性のハードルが高い。様々な批判を乗り越えてこれを解決した高橋さんの臨床家魂に敬意を表したい。いよいよ臨床試験で、次は患者さんの望みを実現して臨床のトップジャーナルに論文が掲載されるのを心待ちにしている。

細胞治療は失われてしまったドーパミン産生細胞を外から補う治療法だが、パーキンソン病では徐々にドーパミン細胞が失われることから、失われる速度を抑制することも重要な治療の方向性だ。今日紹介するハーバード大学からの論文はパーキンソン病進行に関わるシヌクレインの産生を喘息治療に使われるβ2アドレナリン受容体刺激剤が抑制できる可能性を示す画期的な論文で9月1日号Scienceに掲載された。タイトルは「β2-adrenoreceptor is a regulator of the α-synuclein gene driving risk of Parkinson’s disease(β2アドレナリン受容体はパーキンソン病のリスクを高めるαシヌクレイン遺伝子の調節因子だ)。

この研究では、神経細胞株を用いて、パーキンソン病の進行を促進するαシヌクレインの発現を抑えることのできる化合物の大規模なスクリーニングを行い、30種類近くの化合物を発見している。今後各化合物を検討する段階に入るが、見つかった化合物のうち3つがβ2アドレナリン受容体の刺激剤であることに着目し、まずβ2アドレナリン受容体刺激剤に絞って研究を進めている。

というのも、β2アドレナリン受容体刺激剤は喘息の治療薬としてFDAに認可されている薬剤がすでに開発されており、うまくいけばすぐに治験に入れる。この研究では喘息などの気管支拡張薬として最もよく使われるサルブタモールを使って、この受容体が刺激されると、細胞株でのシヌクレインの転写がヒストンのアセチル化を通して抑制されることを確認した後、マウスへの投与実験でパーキンソン病で失われるドーパミン細胞のシヌクレン発現が3割程度低下することを明らかにしている。

次にヒトでも同じ効果が見られるかを調べる目的で、ノルウェーの薬物治療に関するデータベースを用いて、サルブタモールを使用した人と、使用経験が全くないヒトを比べ、使用した場合はパーキンソン病発症が3−4割低下すること、逆にβ2アドレナリン受容体を抑制して血管を拡張させる目的で使われるプロプラノールを使用している患者さんでは、パーキンソン病の発症率が2倍に上がっていることを突き止めている。

最後に、パーキンソン病の患者さんからiPSを作成し、ドーパミン神経を誘導した後、その細胞でのシヌクレインの発現を調べ、サルブタモールが抑制することを示している。

これまで私が見てきたパーキンソン病の進行を遅らせる薬剤の研究の中では、画期的だという印象を持つ。だからといって、すぐに現在進行中のパーキンソン病の患者さんにサルブタモールを投与するのは、心臓や血管への影響を考えると危険だと思う。ぜひこれまでの喘息患者さんへの投与プロトコルと副作用を分析し、最も合理的プロトコルを作成して、すでに病気が始まった患者さんについて治験を行って欲しいと思う。

高橋さんの治験も、サルブタモールの治験もそう遠い話ではないと私は期待している。
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9月2日:トランスポゾンは卵割期のクロマチン構造のオーガナイザー(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2017年9月2日
私たちのゲノムのほぼ半分はそれ自身で機能を持たず、しかもその数を増大させる可能性を持つトランスポゾンに占められている(生命誌研究館ブログ参照)。ほとんどはゲノムに入り込むとすぐにメチル化され転写が起こらないように調節されている。しかし、クロマチン構造が大きく変化する受精後の初期発生では、クロマチンが緩んでトランスポゾンが転写されることが知られていた。ただ、これは発生初期の一種の副作用として考えられ、トランスポゾンの転写が初期発生に重要な働きをするとは考えられてこなかった。

ところが今日紹介するドイツミュンヘンのヘルムホルツセンターからの論文はLine-1と呼ばれるトランスポゾンの転写が発生初期のクロマチン調節のオーガナイザーとして働くことを示した論文でNature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Line-1 activation after fertilization regulates global chromatin accessibility in the early mouse embyo(受精後のLINE-1の活性化はクロマチン全体のアクセスのしやすさを調節している)」だ。

もともLINE-1の転写は受精後クロマチンが開くことが引き金になって始まるが、この研究では開いたLINE-1の転写を任意に調節するシステムを開発している。細胞株や個体での実験ではなく、単一卵の操作になるので、簡単ではない。

この研究ではゲノム編集に用いられるTALEをLINE-1の上流の特定の配列に結合するように設計し、これに転写活性化分子としてVP64、転写を抑制する分子としてKRABを結合させ、LINE-1の転写を調節できるようにしている。もともとLINE-1の転写は受精後から上昇し、2細胞期で最高に達し、その後急速に低下して胚盤胞期にはほとんど発現がなくなる。この時、TALE-VP64を卵に注射しておくと、転写は2細胞期を超えてもそのまま続く。一方、TALE-KRABを注射しておくと、転写はほとんど上昇しない。

結果だが、何れの操作でも胚発生が胚盤胞前で止まってしまう。

このように、LINE-1の転写が胚発生に必須だが、LINE-1のメッセンジャーを胚に注射しても同じ効果は全く得られない。また、LINE-1の転写を抑制しても、他の遺伝子の発現にもあまり変化がない。したがって、翻訳されたタンパク質や、mRNAにはほとんど機能はない。

単一細胞レベルでクロマチンが開いたかどうかを調べる方法(DNaseIを注入して開いたクロマチン箇所を切断した後ゲノムの切断をTINELで調べる方法)でクロマチンの開き方を検討し、LINE-1の転写が続くと、クロマチンが開いたままで閉じない。一方、転写を抑制すると、クロマチンの開きが悪いことが明らかになった。

結果は以上で、おそらく広く分布したLINE-1をクロマチン再構成の起点として使うことで、初期発生の極めてダイナミックなクロマチン変化をゲノム全体に及ぼすことができるのだろうという結論だ。しかし、もしそうならLINE-1をこれほど多く残している意味もあると納得する。
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9月1日:脳外科手術中の患者さんにサキソフォンを演奏させる(9月11日号Current Biology掲載論文)

2017年9月1日
人間特有の能力で、その結果他の動物を抑えて地球に100億近い個体が生存し、地球の大気まで変化させる元になったのは言語能力に他ならない。この意味で、言語の誕生過程を理解することは、21世紀最大の科学の課題だ。

しかし言語だけ取り出して研究するのは難しい。私自身も、言語の誕生を理解するためには、言語とともに道具の使用、音楽を合わせて考えていくことが重要だと思っている。実際失語症の患者さんの中には道具がうまく使えなくなる失行症や、音楽がわからなくなるamusia(失音楽症)が併発することが知られている。また、道具、そしておそらく音楽も言語の誕生とともに、長い眠りから覚めたように大きな質的転換をとげて急速に発展する(JT生命誌研究館に書いた「道具と言葉」「音楽と言語」を是非一読願いたい)。

音楽能力を支配する脳領域の研究者は増えてきたと思うが、今日紹介するニューヨーク・ロチェスター大学からの論文のように人間の脳を直接操作した研究には滅多にお目にかかれない。この研究では、良性の脳腫瘍にかかったプロのサキソフォン演奏家の腫瘍摘出手術中に、音楽に関わる脳領域を直接刺激して、音楽能力の変化を調べた研究で、9月11月発行のCurrent Biologyに掲載されている。タイトルは「Direct electrical stimulation in the human brain disrupts melody processing(人間の脳を直接電気的に刺激するとメロディーの処理が障害される)」だ。

脳科学を学ぶ学生なら誰もが知っていることだが、脳外科の手術中に電極を挿入して患者さんの反応を調べるのは、カナダのペンフィールドの研究以来の伝統で、機能の局在を明らかにするのに大きく貢献してきた。この研究も、まさにこの伝統の延長にある。

ただペンフィールド時代と異なるのは、脳機能を調べるイメージング技術が進んでいることで、この研究でも患者さん(AEさん)のピッチ、メロディー、リズムなど様々な能力に関わる脳の領域を前もって詳しく調べている。

実際には音楽に関わる脳領域は人により大きく異なる。芸術は右脳と言われるが、例えばプロの音楽家では言語と音楽は左脳に支配される確率が高いことがわかっている。なんと、ラベルは左脳の出血により、言葉と音楽理解の両方を失っている。AEさんの場合は、多くの一般人と同じで右脳の上側頭回と言われる場所が、最も音楽に反応することが確認されている。

この準備の後、開頭中のサキソフォン演奏まで計画に入れて、術中に負担なく演奏できるように、ブレスが短くて済む特注の音楽を聴かせ、弾けるように練習させている(ビデオで見るとこの音楽とはなんと朝鮮民謡「アリラン」だったので驚いた)。

そしてようやく実験に入る。まず、音楽を聞いたり、口ずさんだり、さらにはサキソフォンが演奏できる最も楽なポジションを選んで座らせる。そのまま全身麻酔で眠らせた後、開頭して脳を露出させた後、麻酔が冷めるのを待つ。そして、絵を見て名前を当てる、言葉を聞いて繰り返す、音楽を聞いて繰り返すという様々な動作を行ってもらう間に、本人が知らないうちに先に特定した音楽に関わる上側頭回の様々な箇所に電気刺激パルスを加え、その時、課題に影響があるかどうか調べている。

長い話を短くまとめると、MRIで特定した領域を刺激すると、言語や絵を認識する能力にはまったく影響はないが、音楽の課題に対応する能力が大きく抑制され、完全にメロディーを口ずさめなくなってしまう。また、その周辺の領域を刺激した場合は場所により、小さな間違いが誘導できることがわかった。そして、抑制されるのはほとんどメロディーで、しかもAEさんは自分が間違っていることをよくわかっている。

最後に、この結果が手術中の音楽能力の低下によるものでないことを示すため、開頭されたままのAEさんになんとアリランの短いパッセージを演奏させる念の入れようだ。おそらく、AEさんは開頭のままサキソフォンを吹いた人類最初の演奏家になるのだろう。

要するに、上側頭回自体の電気活動が乱されると、音楽能力が乱されるというだけの結果で、特に新しい話ではない。しかし、このグループは、現代のペンフィールドになるべく、同じ実験を言葉と、音楽について繰り返そうと着々と準備を重ねているようだ。特により小さな領域の刺激による研究は、おそらくこの分野を大きく進展させる気がする
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8月31日:ヘモグロビンだけの詰まった赤血球がどうしてできるのか(8月4日号Science掲載論文)

2017年8月31日
今日紹介するハーバード大学からの論文は8月4日号の Science掲載で、少し古くなったが、是非取り上げたいと思って今日まで来てしまった。というのも、長く血液細胞の分化を研究してきて、一度も考えたことがない問題を扱っていたからだ。すなわち、なぜ赤血球にはヘモグロビン以外のタンパク質が存在しないのかという疑問だ。

哺乳動物の赤血球ではまず核が細胞外にはじき出されると、もはや新しいmRNAは作られなくなり、網状赤血球という段階に入る。もちろん核が存在しているうちに、GATA1を中核にした強い転写調節で多くのヘモグロビンmRNAを用意することはできる。しかし、網状赤血球として生存し翻訳を続けるにはヘモグロビンだけでは不可能で、多くのタンパク質が必要とされる。しかし、網状赤血球から赤血球に分化するときには、リボゾームを含めほとんどのタンパク質や核酸が綺麗に除去され、ヘモグロビンだけになっている。確かに、重要な疑問なのに、考えたこともなかった。

論文のタイトルは「UBE20 remodels the proteome during terminal erythroid differentiation(UBE20が赤血球分化の最終段階でプロテオームを再構成する)」だ。

このグループの専門は細胞内でのタンパク質分解機能で、もちろん最後のプロセスにはタンパク質のユビキチン化と分解が関わると目星をつけていた。中でも、貧血を引き起こす突然変異hem9がユビキチンか酵素の一つUBR20遺伝子の機能欠損突然変異であることを特定して、UBR20こそがタンパク質の大掃除に関わる主役であると確信したようだ。実際UBR20はヘモグロビンと同じようにGATA1で誘導され、赤血球分化で強く発現する。

この研究ではUBR20を欠損した細胞と正常細胞を比較しながら、

1) UBR20は様々なタンパク質に結合できるが、とりわけリボゾームタンパク質をユビキチン化し、翻訳を完全に止めること、
2) 通常ユビキチン酵素は基質を認識する分子と、ユビキチン化する分子に分かれているが、UBR20は両方が合体しており、これによりワンステップでタンパク質をユビキチン化すること、
3) ユビキチン化されたタンパク質はプロテアソームで分解されること。

などを明らかにしている。正直、この分子一つでよくここまでできるなと思うが、この分子がリボゾームのような大量の大型ゴミを処理しているうちに、残った酵素も使って隅々まで掃除が行き届くのだろう。いずれにせよ、転写調節の効かない赤血球分化で、あれほど大きなタンパク質の変化が起こるメカニズムはよく理解できた。

現在ユビキチン化を利用した創薬が加速していることを考えると、UBR20という特殊なタンパク質の構造は、この分野でも新しい可能性を教えてくれるかもしれない。
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