4月9日 一人のバイキングに由来するポリメラーゼ γ 変異によるミトコンドリア病のメカニズム(4月3日 Nature オンライン掲載論文)
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4月9日 一人のバイキングに由来するポリメラーゼ γ 変異によるミトコンドリア病のメカニズム(4月3日 Nature オンライン掲載論文)

2024年4月9日
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ミトコンドリアは細胞内で独立して増殖するが、そのときのDNA合成はポリメラーゼ γ 複合体により行われる。ポリメラーゼ γ の機能が低下すると、当然ミトコンドリアの数が減少し、重傷のミトコンドリア病を発症し、目や眉を動かせないというミトコンドリア病特有の症状を始め、感覚運動失調やてんかん、さらには肝臓障害など多様な症状が現れる。

今日紹介するヘルシンキ大学からの論文は DNA ポリメラーゼ γ を構成する POLG1 の変異の中でも、p.W748S と呼ばれる一人のバイキングに由来し、フィンランドやノルウェーではキャリアの比率が1%を超えるまでに広がっている MIRAS と名付けられたミトコンドリア病の発症メカニズムを明らかにした研究で、ミトコンドリアの機能の複雑性がよくわかる面白い論文で、4月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Ancestral allele of DNA polymerase gamma modifies antiviral tolerance(先祖から伝わるDNA ポリメラーゼ γ の変異はウイルス感染寛容性を変化させる)」だ。

MIRAS の特徴は、発症時期が極めて多様なことで、年齢とともに発症する一般のミトコンドリア病とは大きく異なっている。このグループは、MIRAS の発症の引き金がウイルス感染ではないかと考えた。というのも、MIRAS で特に象徴的なのが、元気だったティーンエージャーが軽いウイルス感染の後、急にウイルス性脳炎と同じ症状を示すケースがある。また最近の研究で、ミトコンドリア DNA 合成時に発生する DNA が自然免疫センサーの感度を高める役割をしていることが明らかになっている。すなわちミトコンドリアとホスト細胞との相互作用が、ウイルス抵抗性に寄与している。実際、フィンランドゲノムベースで p.W748S と創刊する病気を調べると、トップに来るのが免疫不全になり、この可能性を強く示唆している。

そこで MIRAS 患者さんから線維芽細胞を分離し、2重鎖核酸で刺激すると、1型インターフェロン(IFN1)の誘導が低下している。また試験管内でヘルペスウイルスを始めコロナウイルスなど様々なウイルス感染実験を行っても、同じように IFN1 誘導が低下し、逆に NFκB を介する自然炎症が代償的に上昇することを確認している。以上のことから、ポリメラーゼ γ 変異によるミトコンドリアの DNA 合成低下が、ウイルス感染防御に関わっていることが明らかになった。

次の問題は、ウイルス感染という引き金が実際に神経や肝臓の症状まで進展するかで、このためにMIRAS 変異を持つマウスを作成して実験している。まず、MIRASマウスをダニ媒介脳炎ウイルスに感染させると、インターフェロンシグナルによる自然免疫遺伝子発現が軒並み低下しており、試験管内での結果が生体内で確認された。そして、脳細胞を調べると、特に GABA 作動性の抑制性神経の変性が強く、これがてんかんの原因になっていることを示している。

さらに肝臓では肝細胞の細胞死を誘導する MLKL 分子のリン酸化が上昇しており、何かの引き金で急速な肝臓障害が誘導できる状態になっている。この結果は、MIRAS 患者さんがてんかんを発症したとき使われる抗てんかん剤 valproate で肝臓細胞壊死が誘導されるケースの理解に極めて重要で、少なくともバイキングの子孫の場合、このことを頭に置いててんかんに対処する必要がある。

以上をまとめると、MIRAS ではミトコンドリアの DNA 複製が低下しているため、自然免疫系のセンサーの感度を維持することができておらず、ウイルス感染に対して IFN1 分泌が傷害され、ウイルス感染が拡大しやすくなり、脳炎や肝炎へと発展する。一方で、自然炎症は正常マウスより更新しやすく、感染症が重症化しやすく、変性が進む。

このような遺伝子変異がこれほどの頻度で維持されているのは不思議で、おそらくもっと面白い話が一人のバイキングの子孫から出てくる気がする。

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4月8日 大規模情報病理学 2,大規模言語モデルによる病理診断(3月号 Nature Medicine 掲載論文)

2024年4月8日
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大規模情報病理学の進展を見ると、すでにデータが膨大すぎて人間が見て診断するのではなく、人間にわかりやすいように膨大なデータを表示することが重要になっているように見える。ただこのような試みの基礎になるには、現在も臨床に欠かせない HE 染色標本についての病理診断で、これを AI で処理し、その上に組織上での他の情報(例えば蛍光抗体法による診断)などが統合されていくようになると思う。X線写真や MRI など、さまざまな画像診断の AI 化が進んでいる現在、もちろん病理標本の AI 診断研究も進んでいるが、まだ実用には至っていない。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、実際に病理診断で行われているのと同じレポート作成が可能な大規模言語モデルについての研究で、3月号の Nature Medicine に掲載された。タイトルは「A visual-language foundation model for computational pathology(コンピュータによる病理診断に向けた画像―言語基盤モデル)」だ。

同じ号にもう一方、大量の病理画像だけをラベル無し・マスクをかけてプレトレーニングした後、ファインチューニングにより画像中の異常を見つけて様々な用途に使えるようにした AI モデルの論文が掲載されていたが、ラベル付きの学習モデルから、大規模言語モデル LLM を用いる病理診断法の方へと移行しているのがよくわかる。

しかし、病理診断は病理医による言語ベースのレポートで行われることが普通で、画像からテキストが生成されるように、あるいは言語から画像が作れるようになるのが望ましい。この論文では、実際の病理診断での標本とレポート、論文に掲載された病理画像とその説明を、コントラスティブ学習により統合してエンベッディングすることで、現在行われている病理診断レポートが可能になるか調べている。

医学の様々な分野で進行している、いわゆる画像と説明のマルチモーダルエンべディングモデルの作成と考えて貰えば良い。じっさいには8台の GPU を備えたコンピュータに100万枚の画像とその説明をラベルなしで学習させた完全に独自のモデルを形成している。

多くの病理診断 AI はガン診断でのパーフォーマンスで評価されており、今回のモデルは全く新しい画像の診断(Zeroshot)では、すべてのガン診断でこれまで作成された他のモデルを凌駕する。さらに、訓練に使ったラベル付けされたデータセットで比べても、他のモデルより勝るという結果だ。

ただ、このような独自モデルでは学習したデータの大きさに限界がある。特に、稀なガンの診断となるとそのパーフォーマンスは低下する。そこで、少数ショット学習でそれぞれのクラスの特徴を示すラベルを増やしてパーフォーマンスを比べ、今回のモデルではより少ないラベルで高いパーフォーマンスに到達できることも示し、モデルのチューニングを工夫することでパーフォーマンスを挙げられる可能性を示している。

では画像からレポート作成が可能かだが、画像を見ただけですらすらレポートができるというわけではない。決まった書式の中の穴埋めを行う形でレポートが作成できるといった程度が現状だ。

他にも、組織上でガンなど病理変化を特定する能力についても調べているが、省略する。

読んだ印象では、他の分野の同じ試みと比べて、まだまだといった感がある。おそらく、病理標本の多様性が大きすぎて、100万程度の学習では、100%に近い診断率まではかなり道のりが遠い気がする。ただテキストと画像の統合は人間が最終判断する場合は必須になるので、さらに数を増やしてパーフォーマンスを上げていく必要があるだろう。また、少数ショット学習だけでなく、最近流行りのプロンプト学習なども合わせることで、進展していくと予想できる。

とはいえ、病理に特化したモデルを拡大していくのか、一般画像を学習したモデルを病理にも使えるようなチューニングを行うのか、素人には予想できない。重要なのは、並行して昨日紹介したような形態と遺伝子発現の統合されたデータが急速に拡大すると思うので、これと統合するという観点では、独自モデルを医学界全体で進めるのがいいような気がする。

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4月7日 大規模情報病理学 1.新しい in situ ハイブリダイゼーションを用いた腸炎モデルの解析(4月11日号 Cell 掲載論文)

2024年4月7日
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昨年の8月にも YouTube 配信で解説したが、大量の分子発現データを組織上で集める新しい組織学が急速に進んでいる。元々病理学組織には大量の情報が存在しており、情報の重要な部分は形態自体に内在している。従って、細胞を組織から分離する single cell RNA sequencing では明確にできない情報が組織学から得ることができる。すなわち、組織という場で多くの情報を統合する研究が重要になる。そこで、今日から3日間、新しい組織学研究を紹介する。

最初のハーバード大学からの研究は MERFISH と呼ばれる方法で940種類の RNA 発現を組織上で一度に調べる方法を用いて硫酸デキストランにより誘発されるマウス腸炎の発生および回復過程を調べた研究で、4月11日号 Cell に掲載された。タイトルは「Charting the cellular biogeography in colitis reveals fibroblast trajectories and coordinated spatial remodeling(腸炎の細胞のバイオ地理学図譜により線維芽細胞の変化と協調的構造変化が明らかになった)」だ。

この研究で使われた MERFISH は、一つの RNA を検出するオリゴプローブに2種類のユニークな読み取り配列が結合されており、組織上の RNA とハイブリダイゼーションした後、今度は読み取り配列に反応する蛍光ラベルプローブ(この研究の場合72種類の異なる読み取り配列を用いている)によるハイブリダイゼーションを繰り返すことで、特定の RNA の場所が決められるようになっている。もちろんこれには正確にプローブの場所を記録するイメージングシステムが重要になる。同じ目的で、プローブに結合したバーコードの配列を読み取る方法も開発されているが、1000個近いプローブを用いることができるなら、MERFISH のほうがまず普及しそうな感じがする。

この研究から生み出されるデータは当然膨大で、これを形態と統合して解析したり、あるいはわかりやすく可視化するソフトウェアの開発と一体化している。マウスの腸炎は硫酸デキストランで上皮構造を壊して起こる細菌感染から始まるが、この過程を回復まで21日間にわたって追いかけている。

Single cell RNA sequencing と比べると、新しい遺伝子が見つかるということはない。ただ、腸管に存在し、炎症過程で現れるほぼすべての細胞を完全に特定できる。上皮、免疫細胞、そして線維芽細胞それぞれ、正常時の種類に加え、炎症で特異的に変化した細胞が何種類も新しくできてくる。そして、こうして特定した細胞の組織上の分布を瞬時に組織上にディスプレーできる。

この結果、元々腸管では上皮や筋肉、あるいは神経細胞層が、異なる線維芽細胞と相互作用して形成されていることがわかる。さらに、細胞間相互作用に関わる分子セットと、それを発現する細胞セットの組織上の位置を統合し、例えば幹細胞ニッチと上皮との関係を維持に関わる Wnt シグナルの勾配などを知ることができる。

そして、炎症が起こると、新しいタイプの線維芽細胞が誘導され(この誘導シグナルについては特定できていない)、それぞれの線維芽細胞にリードされて、腸上皮の再編とともに、炎症細胞のリクルートが起こることがわかる。中でも面白いのが、IL11 などを介する異なる線維芽細胞同士の相互作用で、これにより炎症と修復の境界が形成されたりする。

さらにそれぞれの炎症性線維芽細胞種の起源を調べると、腸のクリプトで幹細胞維持に関わっていた線維芽細胞が上皮や血管の再構成を主導し、また白血球を上皮領域にリクルートする線維芽細胞は、正常状態ではクリプトの先端に存在する線維芽細胞が分化してきたこともわかる。

詳細は覚えきれるものではないので、結果は一種の辞典ができたと考えればいい。重要なのは遺伝子発現と形態が統合されることで、時間的ファクターもその中に含まれ、空間と時間が統合されたデータが現れることだ。

もちろん、炎症、回復過程での線維芽細胞間相互作用を IL11 は変化させ、損傷に応じて異なる効果を示すことなど、新しい介入方法も生まれているので、極めて重要なデータだと思う。これらの方法は、私が引退した頃に急速に開発が進んだが、10年を経てそろそろ実装期に入ったいるようだ。

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4月6日 統合的腸内細菌叢研究(4月11日号 Cell 掲載論文)

2024年4月6日
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専門誌はともかく、Nature などの一般紙に掲載される細菌叢研究の数は減っているが、内容は現象論から、より因果性やメカニズムに迫る研究に移行している。例えば、3月27日に紹介した IgA 腎症と細菌叢の話は(https://aasj.jp/news/watch/24237)、ヒトでも確認が取れれば重要性は計り知れない。

今日紹介するハーバード大学からの研究は、心血管系のコホート研究で集められた便を、細菌叢、メタボライト、患者さんの血液マーカーの間に存在する相関を統合的に調べ、この代謝に関わるバクテリアの遺伝子の特定と健康への影響まで調べた驚くべき大作で、4月11日号 Cell に掲載された。タイトルは「Gut microbiome and metabolome profiling in Framingham heart study reveals cholesterol-metabolizing bacteria( Framingham 心臓コホート研究での腸内細菌叢とメタボロームプロファイリングは、コレステロール代謝細菌を明らかにした)」だ。

このハーバードのグループは以前にも取り上げたが(https://aasj.jp/news/watch/20882)、元々複雑な細菌叢データとメタボローム解析データの関係を、健康への因果性を明らかにしようと、大規模コホート研究と組み合わせるインフォーマティックスで世界のトップを走っている感がある。はっきり言って、示されたデータは詳細すぎて見ただけではほとんど理解できない。それでも研究の方向性はわかる。

この研究で調べられた因果関係は、心臓疾患と血中バイオマーカー(例えば LDL、HDL やトリグリセライド)、細菌叢、さらに便のメタボロームの間の膨大な関係だ。この中からまず心臓疾患のリスクマーカーと細菌叢の相関を調べると、LDL や TG など脂質代謝に悪い方に働くのが細菌叢の多様性欠如と、Clostridium bolteae などの細菌、逆によい方に働いているのが細菌叢の多様性と Alistipes および Oscillibacter の存在であることを発見する。

ここまでならほかにも多くの研究があるが、次に便中の代謝物を調べて、血液リスクマーカーとの相関を調べ、脂質代謝異常と関わる代謝物、およびそれを合成したり分解したりしている細菌種を特定している。こんなバクテリアを抱えておれば、健康に留意していても意味がない。改めて健康的な細菌叢と付き合うことの重要性がわかる。

脂質代謝に悪影響のある代謝物は脂質代謝に直接関わるものだけではない。例えば短鎖脂肪酸のように炎症を抑えて、脂質代謝によい影響を及ぼすものもあるし、逆にトリプタミンなど自然炎症を促進して脂質代謝や心臓病に関わるものもある。

このようなまさにビッグデータ解析から特に注目して抽出しようとしているのがコレステロール代謝で、中でも心臓疾患やリスクマーカーのリスクを低減させる Oscillibacter のコレステロール分解機能に焦点を当てている。

これまでも、コレステロール分解の最初の過程を媒介する IsmA 酵素を持つ細菌が血中コレステロールを下げる可能性が示唆されていたが、バクテリアの特定、発現遺伝子の機能アノテーション、便中の代謝物解析、さらに細菌培養にアイソトープラベルしたコレステロールを添加する実験を組み合わせて、Oscillibacter 種に様々なコレステロール分解に関わる分子が発現して、IsmA と強調して、腸管中のコレステロールを取り込み、それを分解し、ホストには吸収できない形に変化させている可能性を示している。また、こうしてできた代謝物は、ほかのコレステロールを好む細菌を増やすことでさらに腸管中のコレステロールを下げてくれていることも示している。

以上が結果で、心疾患、LDL や TG などの血中マーカーと、コレステロール分解バクテリアの関係は、動物実験などで確かめる必要があるが、脂質代謝異常を抑えてくれる細菌叢があり得ることは心強い限りだ。

しかしこのグループのインフォーマティックスは勉強になる。新しいところでは、Oacillibacter の遺伝子からコレステロール代謝に関わる分子を特定するのに、タンパク質構造ベースで機能を予測する言語モデルを使っている。もちろんアルファーフォールド2を使って確認もしており、この分野を目指す若い人には大変参考になると思う。

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4月5日 神経発生時の1型インターフェロンの機能(4月11日号 Cell 掲載論文)

2024年4月5日
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1型インターフェロン(IFN1)は感染防御の第一線で、このシグナル経路に関わる様々な分子の遺伝子変異を持つ動物やヒトは、ウイルス感染防御の低下が共通に存在している。このように IFN1 は感染防御システムとして存在していると考えられ、正常の組織課程に関与するとは考えられてこなかった。しかし、発生時にウイルス感染等で IFN1 に暴露されると、神経発生異常が誘導されることはよく知られた事実で、異常な状況では発生にも影響することはわかっていた。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、感覚神経発生をモデルに IFN1 が正常発生にも関わっていることを示した研究で、4月11日号の Cell に掲載された。タイトルは「Type-I-interferon-responsive microglia shape cortical development and behavior(1型インターフェロン反応性のミクログリアは皮質神経発生と行動に関わる)」だ。

おそらく最初から IFN1 の関わる正常発生過程を探すとことが研究の目的だったと思われる。そして選んだのが、一本一本のヒゲの刺激を区別して感じるために形成される一次感覚野のそれぞれのヒゲに対応するバレルと呼ばれる単位構造だ。ヒゲに対応するバレル構造は大変有名な実験系で、感覚刺激を受ける細胞だけが生き残り、ほかの細胞が除去されることでバレル構造ができる。構造が形成できない。生まれてすぐにヒゲを抜いてしまうと、感覚刺激がないため、神経やシナプスの剪定ができず、バレル構造が消失する。

このバレル形成過程を観察すると、通常ほとんど存在しない IFN1 反応性グリア細胞が急速に増加し、ヒゲを抜いた場合はこの増加が見られないことがわかった。この IFN1 反応性グリア細胞の機能を調べていくと、バレル形成領域で死んだ神経細胞を貪食しているのがわかる。すなわち、選定過程で不要になり細胞死に陥った神経を速やかに除去するため、誘導されるのがわかる。

実際に IFN1 シグナルが関わるかを調べるため、全身、あるいはミクログリア特異的に IFN1 受容体をノックアウトする実験を行って調べると、神経細胞を貪食した後消化が遅れてリソゾームが泡状に膨れたバブル細胞が増加することを発見する。また、IFN1 を局所に投与する実験系で、ミクログリアの貪食も促進することを示している。一方、貪食される側の神経を調べると、主に感覚野の興奮神経であることも確認している。以上の結果から、IFN1 は感覚神経依存性のバレル形成過程で、興奮神経細胞を刺激を受けた必要な細胞だけに抑制する役割があることがわかる。このシグナルが欠損すると、貪食が低下し消化が進まず、神経細胞の剪定が進まず、細胞が全体で増加してバレルの境が消失する。

最後に IFN1 反応性ミクログリアの増加を誘導するシグナルを、様々な自然免疫分子のノックアウトマウスを用いて調べ、刺激を受けない興奮神経で細胞死過程が始まると、そのとき生じる dsRNA が MAVS により検知され、インターフェロンが誘導されることを示している。

結果は以上で、まず刺激依存的シナプスの剪定、それに続く神経細胞死の誘導が始まると、自動的に IFN1 反応性のミクログリアが増加して、必要ない神経細胞を除去する過程が明らかになった。IFN1 自体が神経発生に関わることはわかっていたが、正常過程でも機能していることを示したのがこの研究のハイライトといえる。

3月31日にも TLR9 が記憶の固定化に重要な働きをしていることを示す研究を紹介したところだが(https://aasj.jp/news/watch/24198)、自然免疫がここまで広く神経のダイナミズムに関わっているとは驚きだ。

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4月4日 痛みを感じる神経の興奮は傷の修復も調節する(3月27日 Nature オンライン掲載論文)

2024年4月4日
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感覚神経は外界からの刺激に対する最初の防御機構だが、神経系的反応が起こった後、様々な役割を果たすことが知られている。このシステムが機能しなくなると、肺の感染症にかかりやすいことが知られている。また、感覚神経異常が起こる糖尿病で傷が治りにくいのも神経システムと損傷治癒に感覚神経が重要な働きをしていることを示している。このブログでも、以前、痛み感覚神経がカルシトニン関連ペプチド (CGRP) を分泌して自然炎症を誘導することを示した研究を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/10612)。

今日紹介するオースリアにある EMBL 研究所からの論文は、痛み神経から分泌される同じ CGRP が、傷口を炎症防御優先から、修復優先へスイッチさせる働きを持つことを示した研究で、3月27日 Natureにオンライン掲載された。タイトルは「CGRP sensory neurons promote tissue healing via neutrophils and macrophages( CGRP 感覚神経は好中球とマクロファージを介して組織修復を促進する)」だ。

この研究では痛み受容体を発現する感覚神経をジフテリアトキシンで除去できるモデルマウスを用いて、皮膚の損傷治癒過程を調べると、神経がないと損傷治癒が遅れることに注目している。また、筋肉損傷でも同じ実験を行い、筋肉の損傷修復も同じように、痛み感覚神経に依存していることを明らかにする。

以前にも紹介したように、痛み感覚神経は CGRP を分泌して周りの組織に働きかけることが知られている。そこで、CGPRシグナルに対する受容体コンポーネントRamp1 を、関与が強く疑われる骨髄球でノックアウトする実験を行い、損傷治癒誘導は、CGRP が白血球の傷口への遊走を抑え、マクロファージを炎症型から、修復型へ変換させることで、損傷修復を促進していることを明らかにしている。

この過程は極めて合目的に行われており、早期に傷口での炎症防御に関わった白血球が、それ以上傷口へ入るのを抑え、さらにマクロファージの死細胞の貪食を押さえる。同様に、この時期では様々な炎症性サイトカインの分泌も抑えられる一方、損傷治癒に関わる例えば血管増殖因子などの発現が上昇する。

そこで、CGRP の刺激を受けてこの複雑な機能を担う分子を探すと、刺激によってマクロファージでの発現が最も高まるトロンボプラスチン1一つで、炎症組織での好中球やマクロファージの細胞死を誘導し、白血球の傷口への遊走を押さえ、マクロファージによる死細胞貪食を高めることを確認する。また、トロンボプラスチン1をマクロファージでノックダウンすると、損傷治癒が強く押さえられることも示している。

以上の結果から、痛み神経、CGRP、そしてトロンボプラスチンとつながる損傷治癒促進過程のメカニズムを明らかにできたので、最後に CGRP を治療に使えないか検討している。

CGRP の機能についてはこれまでも多くの論文が報告されているので、おそらく CGRP を用いる治療実験がこの研究のハイライトといえる。CGRP はペプチドなので、局所でその機能を維持することは簡単でない。そこで、組織に保持されやすいエンジニアした CGRP を作成し、これを糖尿病モデルマウスに作成した損傷部位に塗ると、傷口が閉じる過程が大幅に促進されることを示している。

以上が結果で、糖尿病患者さんの損傷治癒を助けるペプチド薬が完成する期待がある。メカニズムはもっぱら神経血液サーキットで興っているので、これが存在する組織なら、効果も皮膚に限らないだろう。期待したい。

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4月3日 IgA腎症は腸内細菌叢により誘導されるのか?(3月27日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2024年4月3日
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IgA 腎症は腎炎の中でも最も頻度の高く、しかも3−4割の人が腎不全におちいる恐ろしい病気だとされてきた。実際、2016年版の Nature Review Disease Primer に掲載された IgA 腎症のレビューを読むと、明確な治療法がないことが言明されている。しかし2023年版では、2021年に発表された KDIGO ガイドラインに従って保存治療をつづけることで、免疫抑制のような強い治療を行わなくともマネージできることが高らかにうたわれている。この大きな変化をもたらせたのが、糖尿病薬として開発された SGLT2 阻害剤と ACE 阻害剤・受容体阻害剤の組み合わせが病気の進行を大きく遅らせることがわかったからで、おそらくこの分野の最大の発見だと思う。

とはいえ、この病気のメカニズムをしっかり把握して原因に対する治療法開発を目指すことは重要だ。今日紹介するパリ大学からの論文は、腸内細菌の一つ A.muciniphila が腸内で IgA 免疫反応を刺激するとともに、分泌された IgA の糖修飾を除去することで、IgA 腎症の発症に関わることを示した研究で、3月27日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「The gut microbiota posttranslationally modifies IgA1 in autoimmune glomerulonephritis(自己免疫性糸球体腎炎では腸内細菌叢が IgA1 を翻訳後に変化させている)」だ。

IgA 腎症では糖鎖修飾異常 IgA と、それに対する自己抗体が糸球体のメサンギウムに沈着することが主原因とされている。従って、自己抗原となる糖鎖修飾異常 IgA の産生経路を特定することが研究の焦点になる。

IgA 産生は腸管で刺激されることで誘導される部分が大きいので、このグループは細菌叢によって IgA の糖鎖修飾が変化させられるのではと考え、まず IgA 腎症とそうでない人の腸内細菌叢の変化を調べた。あまり大きな変化は見られなかったのだが、それでも粘液の分解に関わる、すなわち糖鎖を変化させる細菌 Akkermansia muciniphila(Am) が上昇していることに注目し、研究を進めている。

まず、Am と IgA を共培養すると、期待通り IgA の糖鎖修飾が除去される。さらに、腸内での IgA 産生もAm により増強される。すなわち、IgA 腎症を誘導する IgA は腸内で Am などの粘液分解菌が誘導している可能性が示された。

しかし、いったん腸管へ分泌された IgA は体内へ戻れるのか。FITC ラベルした IgA をマウスに飲ませると、4時間ぐらいで血中に現れる。さらに、Am が存在すると、再吸収率が上昇する。このルートをたどると、腸の上皮の小胞輸送を利用して体内に再吸収されていることが明らかになった。

以上の結果は、Am が IgA 腎症の自己抗原形成と体内への取り込みを誘導していることを示している。では、これが引き金となって IgA 腎症は発症するのか。これを調べるために、ヒト IgA がノックインされ、IgA 結合 CD89 遺伝子が導入され IgA 腎症の発症が誘導されやすいマウスで Am の機能を調べると、Am の腸内の存在が IgA 腎症発症に必須であることを示している。

また患者さんの血清中に、Am で糖鎖修飾を変化させられた IgA に対する自己抗体があることも確認している。

最後に、IgA 腎症のゲノム解析で明らかになっているリスク遺伝子の一つ defensinはAm の増殖を抑える防御因子であることも示している。

以上が結果で、Am だけでなく、粘液分解細菌が IgA 腎症の最初の引き金を引く可能性が強く示唆された面白い論文だ。とすると、今後 IgA 腎症予防の手立ても開発できるかもしれない。

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4月2日 リボゾームを使わないペプチド合成過程をデザインする(3月22日号 Science 掲載論文)

2024年4月2日
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このペプチドは、遺伝子からリボゾームで作られるのではなく、微生物が持っているさまざまな酵素活性が集まった酵素システムによって作られる。とすると、この過程を解明して、様々な薬剤を新たにデザインできないか考えるのは当然の帰結だ。

今日紹介するドイツ・マーブルグにあるマックスプランク研究所からの論文は、現在知られている多くのリボゾーム非依存的ペプチドを合成する酵素を進化系統樹的解析を行い、これらの酵素が組み換えを起こしているサイトを明らかにし、この組み替え部位を用いて異なる酵素のユニットを組み合わせることで、異なる生産ラインを持った新しいペプチド合成システムを構成できることを示した研究で、タイトルは「Evolution-inspired engineering of nonribosomal peptide synthetases(進化にヒントを得たリボゾーム被依存的ペプチド合成酵素のエンジニアリング)」で、322Scienceに掲載された。

隠れマルコフモデルを用いたペプチド合成システムの構造解析から、複雑な酵素の並びが共通部分と、変化が大きい部分のユニットの組み換えにより形成されており、ゲノムレベルで組み換えが起こっている特定の部位が六種類存在することを明らかにしている。すなわち、この部位でユニットを交換しても、それぞれの機能に影響を及ぼさない。

この結果に基づき、異なる微生物由来で、異なるペプチド合成に関わるユニットを組み合わせた43の異なるエンジニアー酵素を作成し、それぞれ大腸菌に導入して同じ基質から合成を行わせると、様々な構造のペプチドが期待通り形成されることを確認している。

これらの解析に基づき、プロテアゾーム阻害に利用できるペプチドを作成するため、5種類の由来の異なる合成アッセンブリーユニットを組み合わせた生産システムを構成すると、アミノ酸が11−13並んだペプチドが合成され、プロテアソームを阻害することを確認している。

結果は以上で、詳細をすっ飛ばして紹介したが、リボゾームに依存しないペプチド合成システムは、あたかもベルトコンベアでの生産ラインのように、アデニル化、濃縮、チオエステラーゼなど、数種類の酵素活性が並んでいる。したがって、それぞれの活動を並べ替えることで、新しい有効ペプチド化合物が作れると考えられ、その可能性が追求されてきた。この研究は、このような生産ラインの入れ替えを進めるために重要な組み替えサイトを決定することで、今後自由に様々な微生物から選んできた酵素を組み合わせた生産ラインがデザインできることを示している。

専門でないので、一度 RNA に戻してペプチドとして合成する方法と、リボゾーム非依存的合成系をエンジニアする方法と、どちらが利用しやすいのかよくわからないが、いずれにせよペプチドエンジニアリングが創薬のトレンドになり、急速に進んでいることは確かだ。

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4月1日 発声学習の進化(3月29日号 Science 掲載論文)

2024年4月1日
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人間もそうだが、鳥を含むいくつかの種は vocal learning(発声学習)能力が備わっている。すなわち、親の声を学習して自分も同じように発声する能力で、複雑な音をベースにした言語の必須条件になる。面白いことに、吠えサルも含めてサルは発声学習がないとされているようで、鳴き声を出せても、それを親から習うかどうかが問題になる。

今日、紹介する論文は、発声学習が確認されている哺乳動物での遺伝子進化速度から発声学習進化に関わる分子を特定しようとした研究で、3月29日号 Science に掲載された。タイトルは「Vocal learning–associated convergent evolution in mammalian proteins and regulatory elements(哺乳動物のタンパク質と遺伝子調節領域の発声学習と連関した収斂進化)」だ。

哺乳動物の進化で発声学習は独立に数度起こっている。サルから人間への進化、コウモリの進化、イルカの進化、そしてアシカなど鰭脚類の進化だ。このように独立して一つの形質が進化するとき、同じような遺伝子が収斂的進化することが知られている。この研究では、タンパク質に翻訳される遺伝子のなかで、発声学習の進化にリンクして進化速度が変化したタンパク質を200近く特定している。また、同じようにリンクした遺伝子発現調節領域も50近くリストしている。

ただ、すべての種の発声学習進化に共通に関わると特定できるタンパク質は5種類にとどまっている。しかし、それでもかなり重要な発見だ。これに対し、遺伝子発現領域の進化を見ると33/50が3種類の発声学習進化で共通に変化していることを突き止めている。

次にこれらの遺伝子の機能を理解するため、まずコウモリを用いて発声学習の神経科学的条件を確認している。これまで、発声学習が可能になるためには、喉頭部への脳神経の中継シナプスを介さない直接支配が必要とされてきた。これをコウモリで調べると、運動野の第5層興奮神経が長いアクソンを伸ばして喉頭の筋肉を支配することを確認し、運動野からの喉頭直接支配が発声学習の条件であることを確認している。

後は、この神経細胞で発現する遺伝子と、発声学習進化とリンクして変化した遺伝子の発現を連関させ、運動神経細胞が長いアクソンを直接投射する過程に関わったと思われるいくつかの遺伝子をリストしている。もちろん、発現や収斂進化だけでこれらの遺伝子変化が発声学習進化に関わったと結論はできない。また、発声学習進化の種に共通性がないとして除外した分子も、この進化に関わらなかったと結論できるわけではない。

論文全体を見ていくと、多くの遺伝子がそれぞれの種で変化することがまず発声学習の可能性を準備し、その中でいくつかの遺伝子事態の変化と、遺伝子発現調節の変化が大きなきっかけとなって、最終的に発声学習が可能になったと考えられる。

このような変化の仕方は、まさに自閉症スペクトラムで、多くの遺伝子が性格的な条件を準備する中で、キーとなる変異が発症を後押しするのとよく似ている。実際、今回特定された遺伝子の中のいくつかは、自閉症発症との関わりが示されている。自閉症スペクトラムが喉頭の解剖学的変化とはいえないので、おそらく発声学習を必要とする脳の条件の一部が自閉症の発症に関わると考えられる。例えば、社会性がないと発声学習は可能にならないといった感じだ。その意味で、喉頭神経支配を超える面白さが発声学習進化に存在することは間違いない。

実際の結果より、想像力がかき立てられる研究だが、遺伝子発現調節領域の解析にAIを使うなど、データ処理技術を駆使した新しいタイプの進化研究といえる。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月31日 自然炎症機構は脳の記憶維持に流用されている(3月27日 Nature オンライン掲載論文)

2024年3月31日
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2015年6月7日このブログで神経の興奮後にDNA切断が起こることを紹介して以来(https://aasj.jp/news/watch/3560)、たとえば左巻きDNA形成を介して記憶維持に関わる(https://aasj.jp/news/watch/13152)、そしてこのDNA切断を修復するため、神経細胞は独特の修復機能を発達させていること(https://aasj.jp/news/watch/21573)、などを紹介してきた。ただ、これらの研究ではDNA切断と炎症機構とリンクさせることは行われなかった。

しかし、DNAは Toll like receptor を介して自然炎症を誘導することが知られており、今日紹介するシカゴ・Northwestern 大学からの論文はこの点について調べ、自然免疫反応の下流で誘導される分子がDNA修復とともに、記憶形成に関わることを明らかにした論文で、3月27日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Formation of memory assemblies through the DNA-sensing TLR9 pathway(DNAを検知する TLR9 経路を解する記憶神経集団の形成)」だ。

これまでの神経興奮によるDNA切断に関する研究は、神経興奮後の immediate early gene の発現までの過程に焦点を当てていたが、この研究は恐怖刺激による条件付けを用いた文脈依存記憶成立に関わる後期、すなわち興奮後96時間でみられる過程に焦点を当てている。

マウスの条件付け後、海馬の興奮神経でDNAの切断部位が1時間目で急速に増加し、6時間ぐらいかけて修復されていくが、この研究では24時間後96時間にかけて、切断DNAが核外に放出される像が見られるのに注目した。そして、これに呼応して細胞内DNAを検知して自然免疫反応の引き金を引く TLR9 が上昇することに気づいた。

そこでこの神経興奮後、後期過程で起こる TLR9 が引き金を引く自然免疫反応が、長期記憶に関わるかどうかを調べるため、Tlr9 を海馬神経特異的にノックアウトすると、恐怖に対する記憶の成立が低下する。一方、アストロサイトで TLR9 をノックアウトしても同じような記憶成立障害は見られない。

以上の結果は、DNA切断、興奮後後期に見られるDNAの細胞質への排出、TLR9 による自然免疫誘導と続く過程は、単純にストレス反応だけでなく、記憶形成に必要なシナプス変化を誘導している可能性がある。そこで、TLR9 ノックアウトマウスと正常マウスを条件付け、後期に見られる遺伝子発現の変化を調べると、TLR9 はシナプス分子の発現に関わるというより、たんぱく質の安定化、小包帯輸送、繊毛形成、代謝、などさまざまな過程を介してシナプス接合の安定化に関わっていることがわかった。また、海馬のシナプス形成の成熟に関わる DCX 発現との比較から、TLR9 が DCX 発現を通してシナプス成熟を後押しする可能性も示唆している。

さらに、TLR9 自体はそのまま細胞死過程まで誘導する可能性があるが、まずDNA修復機構を誘導して刺激を抑えることで、神経細胞を変性から守る働きもある。

以上が結果で、自然免疫システムの特徴が、うまく記憶形成に流用されたと考えたほうがよさそうだ。とすると、やはり神経が興奮すればするほど、神経にストレスを与え、それが記憶に繋がることになる。頑張ってブチ切れよう。

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