7月18日:幼児の行動パターンには遺伝性がある(Natureオンライン版掲載論文)
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7月18日:幼児の行動パターンには遺伝性がある(Natureオンライン版掲載論文)

2017年7月18日
以前、幼児に人が話をしているビデオを見せた時、正常児は目により多く注目するのに自閉症児では口を見る時間が長く、これで自閉症の早期発見が可能であることを示したアトランタ自閉症研究センターからの論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/686)。さらに、口により強く惹きつけられる性質が、実は扁桃体の単一神経レベルで記録できるというロサンゼルスCedar Medical Centerの仕事も紹介した(http://aasj.jp/news/watch/753)。これらの事実は、自閉症時の行動変化をかなり脳内ネットワークレベルの違いに落とし込むことができる可能性を示している。
   今日紹介する論文は、同じアトランタ自閉症センターとワシントン大学が共同で発表した論文で、ビデオを見たときの幼児の反応パターンが遺伝的に決まっていることを示す画期的な研究で、Natureオンライン版に掲載された。
   この研究では一卵性双生児82人、二卵性双生児84人、それ以外の幼児84人をリクルート、様々なビデオを見せた時の目の動きをアイトラッカーで追跡し、目を見ているか、口を見ているか、ビデオに注目していないのか、また、ビデオに反応してどちらに目を動かすのかなど、詳細に記録し、ビデオを見た時の幼児の反応を数値化し、一致率をそれぞれのペアで比べている。もし行動の一致が一卵性双生児のみで見られると、遺伝的要因が強く、一卵性、二卵性を問わず双生児全体で一致率が高い場合は、家庭環境などの外的要因が高いと結論できる。
   結果だが、一卵性双生児のみがほぼ完璧な一致を示すが、2卵生双生児と一般児ではペア間の相関がほとんどなくなる(実際の図を見ると一致の程度に目をみはる)。さらに、ミリ秒単位で目の動きを記録すると、ほとんど同じように目を動かしていることもわかる。この一致は、例えば目を急速に動かすサッカードのタイミングにまで及んでおり、さらには特定の場所の同じようなシグナルを見て網膜への刺激が一致する場合は、なんと次の目の動く方向まで一致することがわかった。そして、自閉症理解に重要な、意味的内容に対するの反応についても一卵性双生児のみ一致率が高い。言い換えると、外界に対して遺伝的に同じ幼児は、ほぼ完全に同じように行動していることになる。
   次に、この一致が刺激に対する反応の一致なのか、それともそれぞれの幼児がもつ目的に向けた行動の共通性による一致なのかを調べるため、同じ内容のビデオに対する反応、全く異なる内容のビデオに対する反応を調べ、単純な刺激への反応の一致ではなく、目的に向けた行動パターンの一致により、ビデオに対する反応が決まっていることを示している。すなわち、外界(社会)の情報を理解して、それに合致した目的に合わせた行動に関わる脳回路が、遺伝的に決まっていることを示している。
   最後に自閉症児での行動パターンを示しているが、目や口に対する反応の差というより、どちらにもほとんど興味を示さないというパターンになるようだ。いずれにせよ、正常児と明確に区別できる。
   一卵性双生児の研究から、このテストがここまで遺伝的に決まっているなら、自閉症児のパターンも今後遺伝的に理解できる可能性を示している。今後、一致率だけでなく、行動パターン自体と、ゲノムとの相関が調べられるだろう。双生児研究がいかに重要かを思い知らされた。
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7月17日:リンパ節転移と他臓器転移の起源は異なる(7月7日号Science掲載論文)

2017年7月17日
ゲノム研究の結果、ガンは原発巣の段階で大きく多様化していることが明確になった。だとすると、転移は原発巣のガンが確率的に外部に広がるのではなく、原発巣の段階で転移しやすい細胞に変化したあと、転移する可能性が高くなる。また、他臓器への転移と、ガンの周りのリンパ節への転移も、それぞれに適した細胞が広がった可能性が高い。したがって、他臓器への転移と、リンパ節への転移を同じことだと思うのは間違っていることになる。とはいえ、転移そうも含めてガン患者さんの細胞を集めることは容易でなく、転移へと進むガンの進化を詳しく調べることは、ゲノム時代の今でもそう簡単ではない。
   今日紹介するマサチューセッツ総合病院からの論文は、病院の中で病理検査として行われた1400例近いガン患者さんのサンプルの中から、正常細胞、原発巣、リンパ節転移巣、他臓器転移巣が揃った患者さん13例について、ガンの進化と転移の関係を調べた研究で7月7日号のCell に掲載された。タイトルは「Origins of lymphatic and distant metastases in human colorectal cancer (人間の大腸直腸癌でのリンパ節転移、遠隔転移の起源)」だ。
   現在ではフォルマリンで処理された病理サンプルでも遺伝子解析を行うことは可能だが、この研究に必要な条件が揃った患者さんについては全ゲノムレベルの解析を行うための患者さんの承認が取れていない。そこで、遺伝子配列の中にポリグルタミンの繰り返し配列を持つ20−43種類の遺伝子を選び、この繰り返し配列の数の変化で細胞の進化を追跡している。ポリグルタミン繰り返し配列は、数が極端に増えない限り分子の機能に大きな影響はなく、多数の遺伝子を組み合わせれば細胞追跡マーカーとして使える。確かにいいアイデアだ。
  さて結果だが、原発巣からリンパ節転移、そして他臓器転移へと連続的に進化しているケースも35%程度存在するが、残りのケースでは、リンパ節転移と他臓器転移に見られるガン細胞は、それぞれ全く異なる起源を持つことが明らかになっている。また、このようなケースでは、原発巣自体も大きく多様化しており、転移が原発巣の変化としてすでに用意されていること、そしてリンパ節転移と他臓器への転移はに必要な条件は異なっていることを示唆している。
   ではどのような変化がリンパ節転移や他臓器変異の条件となるのか知りたいところだが、この研究ではエクソームなどの解析はできていないため、せっかくこれほどのサンプルが揃ったのに残念だ。しかし、保存サンプルで十分な遺伝子変化を捉えられるようになった今、この問題についても解析は急速に進む予感がする。また、臨床側でも、リンパ節と遠隔転移が全く異なる性質のものであることを頭に入れて、病気と対応する必要があるだろう。
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7月16日:なぜ農家で育つとアレルギーにならないのか(Journal of Allergy and Clinical Immunology掲載論文)

2017年7月16日
昨年9月、農家で育った子供がアレルギーになりにくいことを報告したThoraxの論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/5850)。
乳児期に腸管から抗原を取り込むと、アレルゲンに対する抑制性T細胞を誘導して、将来のアレルギーを防ぐという通説の枠内で説明したが、本当に農家で育つと多くのアレルゲンに晒されるのかはわからない。農家で育つことで多様な腸内細菌叢を形成されるので、これがアレルギーを防止するという考えもある。
   今日紹介するスイスダボスにあるアレルギー研究センターを中心にする研究は、人間には存在しないが多くの家畜の細胞に発現しているN-glycolylneuraminic acid(Ne5G)に晒されることがアレルギーを防止していることを示した面白い研究でJournal of Allergy and Clinical Immunologyオンライン版に掲載された。タイトルは「Exposure to non-microbial N-glycolylneuraminic acid protects farmer’s children against airway inflammation and colitis(細菌叢に由来しないNe5Gへの暴露は農家の子供を気管の炎症や腸炎から守る)」だ。
   この研究は最初からNe5Gの役割にフォーカスを当てており、農家の子供とそれ以外の子供のNe5Gに対する抗体を調べている。人間は元々この物質を作ることができないので、暴露されると抗体ができる。実際、農家の子供はNe5Gに対する抗体が高く、しかもこの抗体価に比例して喘鳴(ゼーゼーとした呼吸)や、喘息の頻度が低下する(示されている差は極めて大きい)。はっきり言うとこの研究のハイライトは、この調査結果と言える。
   あとは人間では実験できないのでマウスを用いて、気管炎症を誘導するとき、毎日Ne5Gを摂取させると、アレルギー性炎症を抑えることができること、また腸管のアレルギー性炎症も同じようにほぼ完全に抑えることができること、そしてこれらの抑制が、IL-17を発現した炎症性T細胞の低下を伴っていることを示している。
   最後に人間に戻り、試験管内で樹状細胞、T細胞を培養するときNe5Gを転嫁する実験から、Ne5Gが樹状細胞を介して炎症性T細胞を抑えることを示しているが、この結果の歯切れは悪い。
   メカニズムはともかく、Ne5Gを毎日服用することでアトピーを防げることがわかったことは重要だ。もちろんすぐこの結果に飛びついて、子供に服用させるのは待つべきだ。Ne5Gは炎症やガンを誘導するという論文もある。農家の子供についてもう少し詳しく調べてから、都会の子供にも恩恵がいくよう時間をかけて進める必要があると思う。 
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7月15日:道具使用のための脳機能を探る(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2017年7月15日
現在まだ南アフリカ滞在中だが、なんとか日常が落ち着いてきたので論文ウォッチを再開する。
  さて、私が滞在中の南アフリカは、人類進化研究からは決して外すことができない場所だろう。すなわち、アウスラロピテクスと名付けられた最も古い原人が最初に見つけられたスタークフォンテーン洞窟が存在し、現在も発掘が続けられている。ダートによる発見は、当時世紀の捏造あけぼの原人を指示していた英国考古学界から排除され続けるという悲劇の歴史があるのだが、常時2足歩行を行い、330万年前に始まる道具を使用した最初の原人は世紀の大発見と言える。
   言語と並んで道具を利用する能力に関する研究は面白い。実際、脳卒中でおこる道具利用の異常(失行症)には失語症が伴うことが多い。すなわちそれぞれに必要な脳領域のうち後頭頭頂皮質領域が相互に重なっているからと考えられる。330万前から道具はほとんど進歩しなかったが、言語を獲得した現代人類が誕生して道具が急速に進歩し今に至ることを考えると、道具使用は言語能力と相互作用することで急速に発展したのではないかと考えられる(私見)。
   少し前置きが長くなったが、今日紹介するハーバードからの論文は道具を使う手の脳内表象と手で使う道具のイメージの脳内表象の関係を調べた論文で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載されている。タイトルは「Sensiomotor-independent development of hands and tool selectity in the visual cortex(視覚野での手と道具の選択制は運動感覚系と無関係に発達する)」だ。
   これまで、手の写真を見せた時と、道具の写真を似せた時に興奮する視覚野内の領域が重複することが知られていた。これをHand Tool Overlap(HTO)と呼ぶが、道具を使ったり、使うのを見たりする経験により学習すると考えられてきた。しかし、視覚を生まれつき失っている方でもHTOが成立していることがわかり、視覚とは別に道具使用を行う経験がHTOを成立させていると考えられるようになった。この点を調べたのがこの研究で、生まれつき手が形成できない発達異常の方5人の協力を得て、手で道具使用を行った経験はないが、足を使って道具は使っている方と、正常人に手のイメージ、道具のイメージを見せ興奮する視覚野の領域、及び他の脳領域との結合について調べている。    結果は予想に反して、全く道具使用の経験がない人でも、HTOが成立していること、また脳内の運動感覚各領域との結合も大きな変化がないという結果だ。詳細は述べないが、もちろん経験により一定の変化は起こる。しかし、著者らは視覚や手を使う経験がなくても、ともにHTOが成立していることから、進化の過程で対象を認識して手のイメージとオーバーラップさせる回路が発達したことが道具使用の条件となったのではと結論している。
     言語でいうとチョムスキーの普遍文法と同じように、脳内に生まれつき回路を持っているという仮説で、今道具使用、音楽、そして言語の能力について調べている私には面白い論文だった。
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お詫び

2017年7月13日
毎日欠かさず論文を紹介してきましたが、南アフリカ旅行中に里美が膝の骨を折ってしまっててんやわんやしています。当分お休みをいただきます。
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7月12日:手足の長さを決めているGdf5調節領域と人類進化(Nature Genetics オンライン版掲載論文)

2017年7月12日
背の高さに関わる遺伝背景を探るためのゲノム解析はこれまでなんども論文が出ている。中でも注目されたのはTGFβ遺伝子ファミリーに属するGDF5遺伝子領域の一塩基多型(SNP)だろう。マウスのGDF5欠損は手足の長さが短縮し、またヒトでもGDF5突然変異により手足が短縮することが確認されている。従って、この遺伝子の発現量を調節する変異は、人間や民族の手足の長さを決める重要な領域になっていると推察される。ゲノム研究の結果、GDF5上流に背の高さを決めるSNPが特定された。面白いことに、横浜理研のゲノムグループにより、高い確率で変形性関節症になるSNPが同じ部位に特定され、変形性関節炎と背の高さが関わるのではと一時議論になった。ただ、SNPが遺伝子調節領域となると、因果関係を確立することは簡単でない。
   今日紹介するマウス遺伝解析のメッカ・ジャクソン研究所からの論文はオーソドックスな手法を用いてマウスGDF5調節領域を特定した上で、ヒトのSNPと対応させて、因果関係がはっきりしたSNPを特定しようとした研究でNature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Ancient selection for derived alleles at a GDF5 enhancer influencing human growth and osteoarthritis risk(ヒトの成長と変形性関節炎のリスクに影響するGDF5遺伝子座は人類史の初期から選択されてきた)」だ。
  この研究ではGDF5上流、下流の大きな領域をカバーするBACベクターをマウス受精卵に注射する方法で、骨発生過程でGDF5遺伝子発現を調節する領域を探索し、これまでの結果とは全く異なる、GDF5遺伝子下流に強い調節領域が存在することを特定している。さらにこの発見を機能的に確かめるため、GDF5ノックアウトマウスに異なる発現調節領域で支配されるGDF5遺伝子を導入する実験により、確かに上流調節領域ではなく、下流調節領域に支配されるGDF5を入れたときだけ完全なレスキューが可能であることを示している。
  後は下流調節領域を絞り込むため、トランスジェニックマウスを使ったスクリーニングを行い、GROW1A,Bと名付けた2領域を特定している。
  次に、GROW1領域に対応するヒトゲノム領域をデータベースから調べ、GROW1B内に頻度の高い2種類(アデニンとグアニン)のSNPが存在することを発見する。圧巻は、それぞれのSNPを持つ調節領域をもつトランスジェニックマウスを作成し、アデニン型のSNPのほうが遺伝子発現量が低いことを示している。
   こうして遺伝子発現量という因果関係をはっきりさせたSNPについて全世界のヒトゲノムを調べ、発現量が低いアデニン型はアジアや中米に多く分布し、日本人もそれに入ること、一方発現量の高いグアニン型は南部アフリカ(なんと今旅行に来ている)の部族に多く分布することを示している。さらに、ネアンデルタール人やデニソーワ人などの古代人類もアデニン型を持っていることも明らかにし、人類進化と対応付けているが詳細は省く。
   SNPと遺伝子発現の因果関係がはっきりしているとはいえ、この部位がどこまで人類の骨格の多様性に関わってきたかはまだよくわからない。インカや南アジアに100%アデニン型が分布している民族があることから、間違いなく影響していると思うが、このSNP一つで全てが決まっていないことも確かだ。今後変形性関節炎と絡めてさらに研究を進める必要があるだろう。
   いずれにせよ、これまで進めれらてきたマウスでの研究が、そのままヒトの遺伝子研究を助けるいい例だと思って紹介した。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月11日:Rett症候群治療可能性(Disease Model and Mechanism)

2017年7月11日
Rett症候群はX染色体上にコードされているMECP2遺伝子の欠損で、完全欠損は胎生致死になるため、ほとんどの場合X染色体が2本ある女児に発症する。この病気については、Rett症候群の娘さんを持つお父さん、谷岡哲次さんが代表理事をなさっている認定NPO法人レット症候群支援機構のサイトに(http://www.npo-rett.jp/rett_kenkyu.html)様々な情報が記載されている。谷岡さんは馬力のある方で、NPO法人を立ち上げるだけでも大変なのに、寄付税制の恩恵をフルに活かせる認定NPOとして認可を済ませた数少ない患者さんの支援団体になっている。そして今年は、内外からRett症候群の研究者を招いた国際シンポジウムを開催され、患者さんと専門家の交流の重要性を示された。おそらく、日本の患者さん団体のリーダー的存在として今後も活躍されることが期待される。
   尊敬する谷岡さんについての前置きが長くなったが、今日紹介する論文はマウスのRett症候群モデルを用いて症状を抑える治療薬候補を発見したという研究で7月号のDisease Model and Mechanismに掲載された。タイトルは「A small-molecule TrkB ligand restores hippocampal synaptic plasticity and object location memory in Rett syndrome mice(TrkBのリガンドとして働く小分子化合物はRett症候群モデルマウスの海馬シナプスの可塑性と、ものの位置を覚える記憶の障害を回復させる)」だ。
   Rett症候群を根治するためには、生まれる前にMECP2遺伝子を正常化するしかなく、この可能性については現在クリスパーなどを用いる遺伝子修復方法の開発が進んでいる。一方、MECP2の作用を完全に理解できているわけではないが、この欠損により神経細胞で起こってくる分子発現の異常が明らかになることで、それを標的にした薬剤の開発も並行して進んでいる。
   中でもRett症候群ではBDNFと呼ばれる神経増殖因子の発現が低下していること、RettモデルマウスにBDNFを過剰発現させると一部の症状が回復することから標的として注目を集めている。
この研究ではまず、4ヶ月齢のマウスにBDNF受容体であるTrkBを活性化するLM22A-4を1日2回1−2ヶ月投与して、自発的運動検査、運動機能検査、海馬の機能を図る場所記憶検査全てで活性が改善することを示している。不思議なことに、同じ薬が正常マウスにはほとんど効果がないことで、治療する側に立てばこれほど好都合なことはない
   このモデルでの投与効果のメカニズムについて、あとはフレッシュな脳の切片を用いたメカニズム解析を行い、LM22A-4投与によりRettモデルマウス海馬の過興奮を抑え、EPSCと呼ばれるポストシナプス電流を抑えることで神経機能を改善しているのではと結論している。
   この試験管内実験系でもLM22A-4がRett症候群の海馬の反応のみを改善することが確認され、MECP2遺伝子異常のない正常神経細胞にはほとんど効果がないことがわかっている。この理由を完全に理解できているわけではないが、逆に本来のリガンドであるBDNF を投与した場合他は、様々な副作用が考えられるため、この性質は重要だ。    以上まとめると、まだ完全にメカニズムが明らかになったとは言い難いが、LM22A-4はTrkBシグナルの一部にだけ作用を持ち、薬剤として病気にのみ選択性が存在するという観点から大いに期待できる薬剤で、LM22A-4あるいはこれに由来するさらに至適化された化合物の早期の臨床応用を望む。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月10日:一部のネアンデルタール人はホモサピエンスのお母さんに由来する(Nature Communicationオンライン版掲載論文)

2017年7月10日
ドイツ・ライプチッヒのマックスプランク研究所からのペーボさんたちの古代人ゲノム研究によって、ネアンデルタール人やデニソーワ人など古代人と私たちホモサピエンスは交雑が可能で、ちゃんと子供ができることがわかっている。その結果として、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアの現代人にはネアンデルタール人やデニソーワ人のゲノムが流入し今も維持され続けている。すなわち、ネアンデルタール人との間にできた子供も、ホモサピエンスの一員として受け入れられていたことを意味する。
一方、これまでの研究のほとんどは古代人からホモサピエンスへのゲノムの流入で、多くのネアンデルタール人のゲノムが解読されても、ホモサピエンスからネアンデルタール人へのゲノム流入はほとんど痕跡が残っていない。ところが昨年ライプチッヒ・マックスプランク研究所から、シベリアアルタイ地方のネアンデルタール人には、ホモサピエンスのゲノム流入の跡が残っていることが発見された。
   今日紹介する同じライプチッヒ・マックスプランク研究所からの論文は1930年代にドイツ南部で発掘されたネアンデルタール人のミトコンドリアDNAが他のヨーロッパから出土するネアンデルタール人とは異なり、ホモサピエンスに近いことを示す研究でNature Communicationオンライン版に掲載された。タイトルは「Deeply divergent archaic mitochondrial genome provides lower time boundary for African gene flow into Neanderthals(古代人のミトコンドリアゲノムの大きな多様性はアフリカのホモサピエンスからネアンデルタール人への遺伝子流入が比較的新しく起こったことを示す)」だ。
   論文では南ドイツから戦前に発掘され保存されていた大腿骨からDNAを取り出し、ミトコンドリアのゲノムの解読に成功している。古代DNA解読が進む現在では、当たり前のように聞こえる研究だが、実は博物館などに保存されている大腿骨のゲノム解析は、この骨を取り扱った人たちのDNAが混りこんで決して簡単でない。そのため、可能ならDNAが外界から守られている歯や耳骨のDNAが解析に用いられ、大腿骨は敬遠される。実際この研究でも、核内ゲノムの解読は難しいようで、まだまだ時間がかかると思われる。しかし、ミトコンドリアについてはなんとか解読し、これまで解読されたネアンデルタール、デニソーワなどの古代人や私たちホモサピエンスのミトコンドリアと比べている。
論文のほとんどは、このゲノム解析が信頼できるか、他の古代人との関係を調べるためのインフオーマティックスの適用などについて詳しく述べているが、すべて省いてズバリ著者らの主張だけを述べると、
  「新しく解読したネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムは、これまで発見された多くのネアンデルタール人ゲノムとは大きく違っており、20−30万年前に分かれており、アルタイのネアンデルタールに近縁だ。もっとも驚くのは、他のネアンデルタールグループと比べても現代人のミトコンドリアに近いことで、おそらく20−40万年以前にアフリカで現代人の先祖のミトコンドリアゲノムが極めて限られたネアンデルタール人部族に流入し、他とは異なる私たち現代人と母系を共有するネアンデルタール人系統を形成した。」が結論になる。
  もちろん今後他のサンプルで、アルタイから南ドイツまでに同じネアンデルタール系統がさらに発見される必要がある。とはいえ、この結果はこれまで謎だったミトコンドリアDNAから見た時の古代人の系統樹と核DNAから見た系統樹の矛盾を説明するとともに、ネアンデルタール人と一緒になったホモサピエンスの女性が、ネアンデルタール人の中で受け入れられ、子孫を残したことを示す重要な結果だと思う。さらにこのロマンが証明される証拠が発見されることを期待する。
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7月9日:個人向けガンワクチンをオーダーする日がやってきたII(Natureオンライン版掲載論文)

2017年7月9日
昨日は個人用ガンワクチンについてのハーバード大学からの論文を紹介して、この分野の進歩を実感してもらった。実は同じ号のNatureにドイツ・マインツ大学が中心のグループが、異なる方法を用いた個人用ガンワクチンが可能であることを示す論文を発表しているので、公平を期すため昨日に続いて、紹介することにした。論文のタイトルは「Personalized RNA mutanome vaccines mobilize poly-specific therapeutic immunity against cancer (ガン細胞の変異を反映させたRNAのmutatome(突然変異を網羅的にリストして作成する)ワクチンは、ガンに対する複数の多様性の治療的免疫反応を誘導する」だ。
   ステージの進んだメラノーマに対する、個人用ガンワクチンを実現するという点ではこの研究も同じだが、放射線照射や抗がん剤など一般的メラノーマ治療と併用している点、そして抗原として合成したペプチドを使うのではなく、ネオ抗原として利用出来ると判断した突然変異部位を含む短いペプチドをコードする全部で10種類のRNAを直接リンパ節に注射、RNAを取り込んだリンパ球やマクロファージにペプチドを作らせ免疫している。ガンの遺伝子を調べてからネオ抗原を決め、臨床用のRNAを合成するまで平均2ヶ月かかることまで正確に記録している点も、臨床応用への執念が感じられる。
   13人の患者さんにワクチン摂取が行われているが、ワクチンを開始するまでは、一般のメラノーマの治療を行っているので、ハーバードの治験よりは応用範囲が広いだろう。
   さて結果だが、期待どおり一人当たり少なくとも選んだ3種類のネオ抗原に対してT細胞の反応が得られている。反応の主体はCD4T細胞で、キラーは誘導しにくい傾向がある。しかし、心配したネオ抗原に対する免疫寛容は問題にはならなかったようだ。ワクチン摂取により、新しいT細胞受容体が誘導されることも確認しており、この方法の有効性が確認されている。
  肝心のガンに対する効果だが、13人中8人はワクチン摂取を始めた後は再発を認めていない(1−2年)。
   残りの5人はワクチン摂取後も腫瘍が増大したが、一人は抗PD-1抗体治療、一人は抗CTLA4治療に反応してその後再発はない。結局2人はワクチン摂取後に亡くなってしまっているが、臨床効果としては大成功といっていいと思う。
   さらに驚くのは、亡くなった一人の患者さんについて失敗の原因を調べ、β2ミクログロブリンの発現が消失しているため、ガンのネオ抗原が免疫系に提示できなくなっていることを示している。
   昨日と今日の研究をまとめると、「ついに個人用ガンワクチンが現実になった」と言っていい。メラノーマと同じように、突然変異の多いガンについてはぜひこの治療法を完成して欲しいと思う。個人用ガンワクチンがうまくいけば、自ずと抗PD-1や抗CTLA4療法の未来も見えるはずだ。    そして次に目指すのは、ネオ抗原特定の的中率を上げることと、新しいインフォーマティックスに基づいて、突然変異の少ないガンにも範囲を広げることだろう。簡単ではないが、我が国でも王道を進む研究者が出てきて欲しいと思う。
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7月8日:個人向けガンワクチンをオーダーする日がやってきた(Natureオンライン版掲載論文)

2017年7月8日
新しいガン治療として抗PD-1抗体治療が注目され、患者さんの期待を集めている。ただメディアやウェッブでの情報提供の有様を見ていると、この治療法が決してガンに対する直接的な治療ではなく、間接的な免疫治療であることを正確に理解している人がどの程度おられるのか心配になる。
   例えば2−3割の人にしか効果がないことがよく問題になるが、ガンに対する免疫が成立していなければこの治療は無駄だ。逆にもしガンに対する免疫反応を誘導できれば、この治療法の恩恵にあずかれる人は大きく増えるだろう。
従って、今、最も重要なのは、ガンに対する特異的免疫反応誘導法を確立することで、治療にはまず個々のガンに発現する抗原を特定し、その抗原をワクチンとして免疫し、PD-1による免疫反応抑制がかかってきたときに、抗PD-1抗体を投与して免疫反応を維持するのがゴールになる。
   今日紹介するハーバード大学からの論文は、実際のステージIII,IVのメラノーマの患者さんについて、このゴールを達成できるかどうか調べた臨床治験で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「An immuneogenic personal neoantigen vaccine for patients with melanoma(メラノーマ患者さんに対する個別のネオガン抗原ワクチン)」だ。
   同じ方向の論文はすでに2年前Scienceに報告されており(http://aasj.jp/news/watch/3176)、このHPで以前紹介した。それと比べると、この研究はより臨床治験としての体制が整った研究のように思う。
  十人の患者さんが選ばれ、まず主病変を手術で取り除く。得られたメラノーマのエクソーム(ゲノムの中で翻訳される部分のDNA配列)を調べ、ガンに新しく発生した突然変異をリストする。並行してガンに発現しているRNAから、実際に新しいネオ抗原としてガン特異的に発現し、さらに組織適合性抗原MHC上に抗原として提示されている候補を洗い出している。この結果、一人当たり20種類のネオ抗原ペプチドを作成し、これをワクチンとして患者さんを免疫している。    とは言ってもこのようなネオ抗原が特定できたのは残念ながら10人中8人で、全員ではない。この研究ではそのうちの6人について個別のワクチンを作成し、計画通りに5回の免疫を行い、その後2ヶ月毎のブーストを行っている。驚くのは、手術とワクチン以外の治療を行っていないことだ。
   25ヶ月の時点で、4人は再発なしだが、2人は転移が発見されている。この2人に抗PD-1抗体を投与すると、2人とも腫瘍は消失し、現在まで再発は見られないという結果だ。繰り返すが、化学療法を行わないで得られる結果だ。
   もちろん論文では、この6人の患者さんを免疫することで、CD8陽性キラー細胞、CD4陽性ヘルパー細胞が誘導されていることの確認、ガン免疫には両方のクラスのT細胞が必要なこと、この反応を誘導したネオ抗原の由来分子の特定(一人一人抗原は違っている)、ネオ抗原特異的T細胞の特定と細胞株樹立、ネオ抗原や抗PD-1抗体がT細胞に及ぼす作用などを示している。私が注目したのは、ネオ抗原特異的T細胞を株化することまでできる点で、キラー細胞が枯渇した場合それを移植する治療も可能かもしれない。要するに、オーダーメードのワクチン療法はかなりの確率で成功するということで、これ以上詳細を紹介する必要はないだろう。
  今のところいくらかかるかわからないが、一歩一歩免疫のオーダーメード治療が近づいていることは確かだ。
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