9月19日:記憶を固める脳回路(9月7日号Nature掲載論文)
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9月19日:記憶を固める脳回路(9月7日号Nature掲載論文)

2016年9月19日
   歳をとると記憶力が落ちるのはよく理解しているつもりでも、昨夜何を食べたかすぐ思い出せないことがあるとぞっとする。しかし、例えば1週間前でも、旅行先で食べた食事は鮮明に思い出せるので、心配することはないと思っている。このように、日常の経験が記憶として残るかどうかは、経験した時の状況に影響される。一般的に、新しい状況で刺激を受けた時の記憶は残りやすい。この新しい状況が記憶を高めるメカニズムについては、これまで腹側被蓋野(VTA)から海馬に投射する神経が、海馬記憶回路の結合を高めることで記憶が固まると考えられてきた。
   ところが、今日紹介するエジンバラ大学からの論文(Takeuchiさんというおそらく日本人が筆頭著者だ)は、VTAではなく青斑核(LC)から海馬へ投射する神経が記憶の固定に関わることを、マウスと光遺伝学を使って示した研究で9月7日号のNatureに掲載された。タイトルはズバリ「Locus coeruleus and dopaminergic consoledation of everyday memory (青斑核とドーパミンによる毎日の記憶の固定)だ。
   この研究では毎日の記憶が新しい環境で過ごすことで固定しやすくなるメカニズムについて、光遺伝学が利用しやすいマウスを用いて研究している。このため、マウスに餌の場所を覚えさせた後、30分ほどして真っ赤な床敷きの中で過ごさせ、記憶の固定を調べるという課題を設計している。結果をみると、場所の記憶は通常24時間で失われるが、新しい環境で過ごすと記憶が固定されている。
   次に、新しい環境に反応して記憶を固定させる神経が、これまで考えられてきたようにドーパミン神経かどうか、ドーパミン神経だけがチャンネルロドプシンを発現するように操作したマウスを用いて実験している。
   まず光で興奮する神経を特定して、実際に新しい環境に反応して興奮するか調べ、ドーパミン神経が存在するVTAとLC両方が新しい刺激で興奮することを確認している。
   次に、VTAとLCにCreリコンビナーゼを注射して神経を蛍光色素でラベルし、その投射を調べた実験から、通説に反し海馬に投射するのはLCのドーパミン神経であることを示している。
   そして、最後にLCを刺激すると、海馬のシナプス結合が高まり、記憶が固定すること、そしてこのLCがノルアドレナリンの刺激を受けて興奮する神経であることを示している。
   この結果は、海馬での記憶の固定を、新しい環境によって刺激されるLC細胞の海馬への投射が重要であることを示した重要な貢献だ。特に、LCがアルツハイマー病や自閉症、さらにはMECP2遺伝子異常に重要な関わりを持つことが注目されている今、この発見を基盤にこれらの疾患を見直すことは重要ではないかと思う。また、新しい環境によるドーパミン回路の活性化は、これまでの報酬回路とは異なる記憶のメカニズムだとすると、私たち高齢者にも重要なヒントになるように思う。
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9月18日:アルコール酵母は人間の歴史を語る(9月8日号Cell掲載論文)

2016年9月18日
どんな目的で人が集まっても、酒についての話題が始まると、本来の目的を忘れて話が盛り上がる。半分はアルコールの脳に対する作用のせいだが、もう半分は酒との付き合いが、多くの人たち(少なくとも私たち夫婦)の、生活を語り、歴史を語り、民族を語り、国際性を語るからだろう。
   同じように、酒は人類とともに進化し、その多様性は各民族の文化の一部を担ってきた。だからこそ、酒の話題になると誰もがウンチクを語りたがり、話が終わりなく続く。驚くのは、この多様性の全てが、発酵に関わる出芽酵母C.Cervisiaeの多様性を反映していることだ。
   この多くの酒好きのウンチクをさらに深めてくれる論文がビールの国ベルギーから9月8日号のCellに発表された。タイトルは「Domestication and divergence of saccharomyces cervisiae beer yeasts(ビール酵母S.Cerevisiaeの利用と多様化)」だ。
   この論文では様々な酒類の発酵に使われる酵母157種類についてゲノムを調べ、酵母ゲノム変化と、そこから醸し出される酒の特徴とを相関させようとした研究だ。したがって、この論文はゲノムについての研究とはいえ、自然科学の研究というより、文化人類学についての研究と言っていい気がする。実際、特定の生物のゲノムを100や200解読したからといって、Cellの編集者の支持は得られないだろう。まさに、誰もがウンチクを語り始める酒についての核心に迫る面白さがあるから、この論文がレフリーや編集者に支持されたのだろう。おそらく編集者が全くの下戸ならこの論文は採択されなかったはずだ。まさに酒好きのための論文で、かくいう私も酒を思い浮かべながら楽しく読んだ。
   結論をまとめるとすると、「酒を作る時の酵母には人類の歴史・文化、そして嗜好までもが記録されている」と説明すれば十分ではなかろうか。
   ただ、次の酒の席でウンチクを語りたいあなたに、少しだけ知識についてもまとめておこう。
1) 世界中でアルコール醸造のために使われる酵母は、ほんの数種類の先祖から由来している。
2) 中でもビール酵母の多様性は大きく、英国やヨーロッパ本土のビール酵母の多様性は著しい。一方、アメリカのビール酵母は、私たちが感じているように多様性は少ない。
3) 酵母の系統の確率は、17世紀で、微生物学の概念が生まれるより前からそれぞれの土地で、人間の手で系統化された。
4) ビール酵母は醸造から醸造へと培養を続けていくので、すでに胞子形成能力を失っている。一方、ワイン酵母は、ブドウや昆虫とともに自然を生き続けているので、胞子形成能や自然ストレスへの耐性が維持されている。
5) ビール酵母は、2種類の異なる先祖から由来しているが、目的が同じであるため、匂いや味に関わる遺伝子の変化がほとんど同じになっている。
6) ちょっとマニア向けのウンチクだが、ビールだけでなく、日本酒やワインでも嫌う、強いスパイシーでクローバーの匂いは主に4VGという物質由来で、この物質を作る酵素は酵母から除かれていることが多いが、この匂いを特徴とするドイツのヴァイツェンビール酵母では、きちっと維持されている。
  他にもスピリットの酵母、日本酒の酵母について面白い話が目白押しだが、もう紹介しきれない。要するに、酒の酵母は文化の歴史を記録しているという話だ。そして、この文化と酵母のゲノムを組み合わせると、新しい味を生み出せる可能性まで示している。ひょっとしたら21世紀のコスモポリタン文化が、この論文から生まれるような気がする。
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9月17日:賢いカラス、アララ(9月15日号Nature掲載論文)

2016年9月17日
    ヒト以外に言葉を使う動物はいないが、道具を使う動物は数多く存在する。個人的見解だが、道具や言葉といった、自己の外にあるものを自分の体の一部として使う能力には、物語(実際に起こっていないこと)を構想する能力が必要になる。このため、道具を使う動物を研究する時、その動物が物語を実際に起こったことから獲得したのか、あるいは全く経験していないことを物語として構想したのかが問題になる。
   今日紹介する英国のセントアンドリュース大学からの論文は、ハワイに住んでいたアララと呼ばれるカラスは、経験したことのない物語を構想する能力を持っていることを証明した論文で9月17日号のNatureに掲載された。タイトルは「Discovery of species-wide tool use in the Hawaiian crow(ハワイのカラスの種に広く見られる道具の利用の発見)」だ。
   私は朝5時半過ぎからウォーキングしてからこの原稿を書くことを日課にしているが、春から夏にかけてカラスの群れが上手にゴミ袋から餌をつまみ出しているのを見ていつも驚いている。実際ニューカレドニアのカラスが道具を使って餌を摘み出す賢い鳥であることは報告されてた。ハワイに住んでいたカラスの一種アララも道具を使う賢いカラスとして知られていたようだが、残念ながら野生のアララはほぼ絶滅し、現在は保護繁殖されているアララだけが存在している。この状況を利用して、研究グループはアララの道具を使う能力が、経験で獲得したものか、あるいは経験しない物語を構想しているのか調べている。
   繁殖保護されたアララのほとんどが、木の穴に潜む昆虫の幼虫を、その穴にあった小枝を使っておびき出す離れ業を使って取る。この研究では、このような経験を一切できないようにした環境で育てたアララでも、人工的に作った状況で必要が生まれると、道具を使って昆虫を採るという物語を構想できるかどうかを調べている。
   詳しい結果を解説する必要はないだろう。答えはイエスで、どう考えても小枝と自分のくちばしでは届かない穴をみると、自然に枝を使って昆虫を追い出す行動をとる。しかも長い枝だと、短くしてから使ったり、カラスによっては枝を他の木から折って使うことすらある。これらの事実から、アララは道具を使う能力を生まれつき持っていることが証明されたと結論している。今後、この能力のあるカラスと、ないカラスの脳や遺伝子を比べることで、物語を作る能力の生物学的背景に迫れることになる。
   読者の中には、なんだ観察だけのゲテモノ論文だと考える人もいるかもしれないが、私はこの研究は極めて重要な一歩だと思う。すなわち、同じカラスの中に物語を持つ種と、そうでない種が見つかったということで、おそらく最も進化的に近い種の中で見つかった大きな違いを調べるチャンスが巡ってきたことを意味する。期待してみていきたい。
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9月16日:アトピーになりやすい腸内環境(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2016年9月16日
    アトピーを定義することは難しい。アメリカ喘息アレルギー学会は、普通に環境に存在する様々な抗原に対して免疫反応を起こしやすい体質と定義しており、この体質を明確に遺伝的体質であると明言している。最近の研究で、この体質の一端が、外界の抗原の進入を防ぐ皮膚のバリア機能の低下であることがわかってきた。この問題の一つの解決法として、保湿剤などを新生児に塗布してバリア機能を補完する試みが国立生育医療研究センターで行われ、高い効果があることが示されている。
  一方、体質以外のアトピーに繋がる要因として注目されているのが腸内細菌叢だ。昨年、生後3ヶ月の乳児の便を調べて、喘息のリスクと細菌叢の構成が相関することが示され、特に注目が集まっている。例えば今年8月このホームページで紹介した、不潔と思われる新生児の指しゃぶりにアトピー予防効果があるというニュージーランドからの研究も、最終的には腸内細菌叢の変化によりアトピーを予防しているのかもしれない(http://aasj.jp/news/watch/5506)。
   今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はこの問題をさらに掘り下げるため、生後1ヶ月という早い段階の腸内細菌叢とアトピーの相関を調べた研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Neonatal gut microbiota associates with childhood multisensitized atopy and T cell differentiation (新生児の腸内細菌叢は児童の多数の抗原に反応するアトピーとT細胞分化と相関する)」だ。
   研究では生後1−11ヶ月までの乳児298名から便を採取、腸内細菌叢及び真菌の構成を調べている。生後1ヶ月前後で多くのサンプルを集めている点と真菌についても調査が行われている点が今回の研究の重要な点の一つだ。
   実際には何百種類にも及ぶ細菌叢の構成を多くの人間で比べるため、様々な数理解析を重ねる分析が必要だ。例えば、腸内細菌叢の多様性と、真菌の多様性が逆相関することを示すグラフがあるが、実際には大きくばらついている。個体間の多様性についてみると、細菌叢は年齢とともに拡大するが、真菌は逆に収束する。これらの数理解析から、新生児の細菌叢をなんとか3群に分けている。各群で、2歳児時点で様々な抗原に対するIgE反応、あるいは両親からの聞き取り調査による喘息の有病率を比べると、一つの群がアトピーと相関することが認められ、このアトピーリスクと相関する群の特徴をさらに解析している。
   この群の特徴は、細菌叢の多様性が低いこと。特にビフィズス菌、乳酸菌、大便菌,真性細菌の比率が減り、真菌についてはマラセチア菌が減っている特徴を有している。その結果、胆汁由来の代謝物が上昇する一方、アミノ酸や脂肪など多くの代謝物の構成が正常群とは異なることが明らかになっている。
  最後に、便から水で抽出できる成分と末梢リンパ球を混合する実験から、アトピーリスクと相関する細菌叢から炎症性のT細胞がより強く誘導されることが明らかになっている。
   この結果は、期待通り新生児の腸内細菌叢の構成は将来のアトピーリスクと相関すること、そしてこれを標的にした治療が可能であることを示唆している。プレバイオかプロバイオか、小児科領域で重要な分野になると思う。
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9月15日:光遺伝学のサルへの応用(9月8日号Cell掲載論文)

2016年9月15日
   つい4日前に光遺伝学を応用した眠りの研究について紹介した(http://aasj.jp/news/watch/5763)。この時、人間以外の動物にこの技術を応用した研究が進んでいるだろうと述べたが、早くもCellにアカゲザルのドーパミン神経についての研究がロンドン大学から発表された。2006年にこの技術が報告されたことを考えると、当然のことだろう。タイトルは「Dopamine neuron specific optogenetic stimukation in rhesuss macaques (アカゲザルのドーパミン神経を光遺伝学的に刺激する)」だ。
   この研究の主目的は、サルにも光遺伝学が使えることを示すことだ。実際、遺伝子操作が簡単なマウスで開発された技術をそのままサルに応用するのは簡単ではない。特に光遺伝学の場合、光に反応するチャンネル遺伝子を特異的な細胞に発現させることが必要だが、これを確かめるためにはかなりの数の動物が必要になる。ところが、倫理的な問題は棚上げにして、問題を実験コストに絞っても、サルを使うハードルは高い。今後、CRISPR技術などが使われ、特異的神経の光遺伝学を同じ条件で使うための系統が整備されるように思うが、繁殖の問題を含めまだまだ時間がかかる。
   そこでこの研究では個体ごとに目的の脳細胞に遺伝子導入を行う方法を用いて、ある程度納得のできるレベルで光遺伝学が使えれば良いと割り切って研究を行っている。そのため、まずドーパミン神経細胞で遺伝子発現の特異性がよく研究されているTHプロモータを用いてCreリコンビナーゼを発現させ、この Creにもう一つのベクターを使って導入したチャンネルロドプシン(ChR2)遺伝子を活性化型に変えるという方法で、個体間で導入効率にばらつきのない、95%レベルの特異性を実現している。
   研究自体は、この方法で確かにChR2遺伝子がドーパミン神経細胞に発現し、光によってドーパミン神経だけが興奮していることを示した後、行動実験を行っている。
   ドーパミン神経は、期待が実現した時に興奮して満足感を与える報酬回路に関わることが知られている。研究では、まずサルにご褒美を与えると同時に光刺激をすることで、ドーパミン神経がより強く興奮することを示し、報酬系を光が刺激していることを確認している。
  次にサルに2枚の図を見せて、片方を選んだ時にはご褒美だけ、もう片方を選んだ時にはご褒美と光刺激を加えて、どちらを選ぶか追跡すると、光刺激を受ける方を選ぶようになることを示し、今回用いた光遺伝学で操作したドーパミン神経への光刺激が、確かに報酬系を活性化していることを示している。
   もちろん同じ実験をマウスで行っても、論文はCellには掲載されないだろう。話は簡単だが、サルで行ったところが評価されている。実際、報酬系を調べる実験は、サルでないとできないレベルの実験だ。マウスではできなかった多くの実験がこの技術を待っている。その一歩が始まった。
   さらにこのような研究から、脳細胞へ遺伝子導入する時の効率や、新しい手法が開発されることも期待される。その結果、脳細胞を標的にする遺伝子治療に対して重要な情報をもたらせてくれるだろう。期待したい。
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9月13日:ビデオゲームの脳への影響(Annals of Neurology 9月号掲載論文)

2016年9月14日
   少し専門性の高い論文紹介が続いたので、一般の方にも十分理解できる論文を探していたら、スペインのdel Mar病院から発表されたビデオゲームの脳に対する影響を調べた論文に出会ったので紹介することにした。タイトルは「Video gaming in school children: How much is enough ? (学童のビデオゲームの限度)」だ。
  学童を持つ両親にとったら、子供のビデオゲームをどう規制すればいいのか頭の痛い問題だが、脳研究から見た時ビデオゲームは必ずしも悪い面だけではない。例えば2013年9月には高齢者の認知機能を高めるビデオゲームについての構想がNatureに掲載された(http://aasj.jp/news/watch/407)。一方、英国の10歳から15歳の学童についての研究ではビデオゲームで遊ぶ時間と、行動障害の罹患率が相関するという報告が出ている。
   私も、ビデオゲームは脳の発達に大きく影響すると思っている。それが人類にとっていいか悪いかは、経験しない私たちだけが判断し得ることではないが、この影響について繰り返し調査を行うことは、将来のためにも重要だ。
   この研究ではスペインの39の学校から7−11歳の2897名をリクルートし、まずビデオゲームを日常行っているグループと、行わないグループに分け(2442名がゲーマー)、様々な脳機能、性格を親からのアンケートを含む様々なテストで評価するとともに、MRIを用いて、白質の大きさの変化、拡散テンソル法を用いた神経結合、機能的MRIなどを駆使した画像診断を278人の学童に行い、脳機能や性格と相関させている。通常行っているゲームの種類も調べているが、極めて多様で、今回はその内容で層別化することはしていない。
   結果だが、これまでの多くの研究と同じで、ビデオゲームは明らかに学童の運動反応を高める。ただ、これは週1時間ゲームで遊べば十分で、それ以上遊んでも特に反応が高まることはない。また、学業の方も、少しではあるがゲーマーの方が良い。睡眠時間、作業記憶、注意力など他の様々な指標についても調べているが、今回の調査では差は見られていない。
   一方、行動障害を見てみるとゲームで遊ぶ時間が2時間を超えると、時間に比例して頻度が上がる。これは英国の調査を裏付ける。
   以上を総合すると、週1時間程度は明らかに運動機能を高める効果があるビデオゲームだが、やはりのめり込むと行動障害につながるという結果だ。
   次に、この行動異常と相関するMRIによる脳画像を調べている。結果だが、
1) 運動機能の上昇と相関して、運動機能に関わる線条体の神経線維の豊富な白質部分が、ゲーマーで明らかに増大している。
2) 拡散テンソルで調べた神経結合性でも、線条体の側方につながる部分が上昇している。
3) 被蓋と尾状核との機能的結合の上昇もゲーマーで見られる。特にゲーム時間が長い対象では、前帯状皮質との情動に関わる部分のとの結合性が上昇している。
脳画像については素人なので、どこまで行動と相関させられるか評価のしようがないが、要するに運動機能上昇は脳の変化として検出できるが、行動異常については明確な相関を特定できるところまでは至っていないということだろう。
いずれにせよ、やりすぎはいけないが、ゲーム自身は大丈夫ということだ。しかし、これは親が規制が効く学童の話で、独立して生活している若者だと、全く規制が効かない場合もある。次はその辺の調査も重要ではないだろうか。高齢者にゲームが効果があるなら、青年の脳に及ぼす効果はもっと大きいはずだ。
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9月13日:試験管内での魚の細胞分化(9月13日号Stem Cell Reports掲載論文)

2016年9月13日
   脊椎動物の発生研究は様々なモデル動物を使って行われているが、ゼブラフィッシュ、アフリカツメガエル、ニワトリ、そしてマウスの4種類が中心になっている。それぞれの動物に、実験上の有利な点、不利な点があり、解きたい問題に応じて使われてきた。
  この4種類の中でゼブラフィッシュは最も新しいモデル動物で、短いライフサイクル、発生過程の観察の容易さなど、大規模突然変異誘導に基づく発生遺伝研究上の利点から20世紀後半から急速に普及した。
   大規模発生遺伝学が可能なモデル動物としてのゼブラフィッシュ確立に向けて踏み出したパイオニアはオレゴン大学のチャック・キンメルだが、始めた時はもちろんこれほど成功するとは思っていなかったようだ。熊本大学でようやく自分の仕事がで始めた頃、ケルン大学のスプリングミーティングに招待された。この会議は多くの発生学者と出会う機会になったが、この時、朝食の席でたまたま一緒になったキンメルと同じく線虫の研究でノーベル賞を受賞したホーヴィッツが、研究人口が少ないゼブラフィッシュや線虫ではなかなか論文が通らないとぼやいていたのを覚えている。
   少し脱線したが、今日紹介する中国武漢大学からの論文はゼブラフィッシュ胎児細胞から心臓を誘導する培養系の開発の研究で、9月13日号のStem Cell Reportsに掲載された。タイトルは「Directed differentiation of zebrafish pluripotent embryonic cells to functional cardiomyocytes(ゼブラフィッシュ多能性胎児細胞から機能的心臓細胞への分化誘導)」だ。
   もともとゼブラフィッシュを実験に選ぶ時、細胞培養が可能かどうかあまり問題にならない。ただ、研究が進んで実験材料としての厚みが増すと、様々な方法を適用してみたくなる。例えば心臓を考えると、細胞分化培養が可能になり、特定の分化中間段階が分離できると、構造と細胞との関連を調べるための新しい系が完成することは間違いない。
   この研究では、ゼブラフィッシュの心筋細胞が成熟後も再生能が高い点について将来研究するという目的を掲げて、その前段階としての心臓細胞培養法の確立を行っている。
  研究ではまずマウスでの多能性維持に関わるマーカーを指標に、多能性細胞を分離できるステージを選び、そこで得られた細胞から心臓細胞を誘導するための条件を検討している。実験自体は、私たちがマウス胎児を用いていろいろ試行錯誤を繰り返した時代を彷彿とさせる古典的なもので、未熟細胞を分離したり、中間段階を分離したりする技術はまだ利用できない段階の研究だ。
   一言でまとめると、ゼブラフィッシュ胚から取り出した多能性細胞から2日で拍動し、組織学的にも、生理学的にも完全な心臓細胞を誘導するためのフィーダー細胞や、増殖分化因子の条件が決まったというのが結論だ。
   今後、細胞移植や遺伝子発現研究を通じて、なぜ私たちの心筋細胞では再生能力が失われたのかを調べたいということだろうが、そこまでには多くの難関が立ちはだかるだろう。実際、研究人口が多いということが、研究推進の最も重要なファクターになっている。それから考えると、例えばES細胞が安定に培養できるようになり、十分な細胞数を用いて中間段階でのエピゲノムが解明できるというような大きなブレークスルーがないと、この程度の培養だけでは研究人口増加につながらないように思える。   再生だけでなく、他にも、発生での細胞と器官の関係を研究するためにもゼブラフィッシュの細胞培養は大きく貢献できる可能性がある。その意味で、コツコツ人とは違ったことをやり続けるこのグループの努力に期待したい。
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9月12日:RNAのアデニンメチル化の機能(Natureオンライン版掲載論文)

2016年9月12日
   このホームページでも何回か紹介しているが、ヒト細胞でもアデニンがメチル化されたRNAが存在することが明らかになり、現在はメチル化されたRNAの機能に研究の焦点が当たっている。特に、RNAを直接メチル化する酵素Mettl3が特定されてからは、この分子を欠損させた細胞を使った解析が進んでいる。
   今日紹介するコーネル大学からの論文は、これまでRNAメチル化の機能を調べた研究の中でも、インパクトの大きさと、研究の徹底性では高いレベルにあると思ったので紹介する。タイトルは「m6A RNA methylation promotes XIST-mediated transcriptional repression(m6A RNAメチル化はXISTによる転写抑制を促進する)」だ。
  女性の細胞はX染色体を2本持っているため、そのまま両方のX染色体から遺伝子が発現すると、その遺伝子は男性の2倍量発現してしまう。2倍でもいいのではと思われるかもしれないが、ほとんどの細胞にとっては致命的になることが確認されている。そのため、一本のX染色体がそっくり不活化される。その時最も重要な働きをするのがXISTと呼ばれるRNAで、片方のX染色体をマークして、遺伝子抑制型のクロマチン構造形成の引き金になっている。
  これまで著者らはXISTがアデニンメチル化されていることを示している。この結果をもとに、この研究の著者らは最初から、XIST-RNAのアデニンメチル化がX染色体の不活化に必須であることを証明するのに狙いを定めて研究を進めている。
  まずRNA結合活性を持つRBM15分子は、一方でXIST-RNAに直接結合し、また他方でRNAメチル化活性のあるMETTL3などの分子複合体と直接結合して、XISTのメチル化に関わることを明らかにしている。ただ、RBM15には、ほとんど同じ機能を持つRBM15Bが存在するため、細胞から片方だけを欠損させてもXISTのメチル化は阻害されない。しかし、RBM15とRBM15Bの両方をノックダウンすると、METTL3を欠損させた時と同じで、XISTのメチル化が強く阻害を受ける。そこで、ES細胞でXISTを誘導して遺伝子発現抑制を誘導する実験系で、RBM15/RBM15B両方を欠損させる実験、あるいはMETTL3遺伝子を欠損させる実験を行い、XISTのメチル化を阻害すると、いくらXISTが発現しても、X染色体上の遺伝子発現抑制が起こらないことを明らかにしている。すなわち、XISTがメチル化されないとX染色体不活化が起こらないことを確認している。
   最後に、メチル化されたXISTだけが遺伝子発現抑制に効果があるのかについて、メチル化RNAに結合するタンパクとXISTやそれ以外のメチル化RNAとの結合を詳細に調べ、YTHDC1(DC1)分子だけがメチル化されたXISTに特異的に結合できることを突き止める。そして、DC1とXISTを直接結合させた分子を使って、XISTのメチル化がなくとも、DC1とXISTが結合しておれば、遺伝子を抑制できることを示している。すなわち、XISTのメチル化はDC1を特異的にXISTに結合させる機能を持っていることを示している。    この研究をもう一度まとめると、   「XISTはRBM15及びRBM15Bを仲立ちとしてメチル化作用を持つ分子複合体と結合、メチル化される。このメチル化によって初めてDC1がXISTと結合し、結合部位の遺伝子発現抑制の引き金になる」という結論になる。    一般の方には難しすぎたと思うが、RNA研究のプロの力が存分に発揮された研究だと感心した。
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9月11日:眠りを抑える中枢(Nature Neuroscienceオンライン版英紙論文)

2016年9月11日
   脳内に光を照射することで目的の神経細胞集団を刺激、あるいは抑制することを可能にした光遺伝学によって、様々な行動の支配神経が続々明らかにされている。特定の神経操作は光照射に限らない。薬物を使う神経操作、磁気を使う神経活動操作が可能になり、これらを組み合わせて研究が加速している。
   今のところこれらの方法の利用は、遺伝子操作が簡単なマウスに限られているが、CRISPRが組み合わさることで、人間以外であれば、ほとんどの動物でこの技術の利用が可能になると予想される。
   この状況をみれば、おそらくCRISPRだけでなく、光遺伝学もノーベル賞の受賞はまちがいないと思う。
   この技術の最大の特徴は、神経操作を行いながら、動物の行動を長期間観察できる点だが、睡眠の研究はこの技術の恩恵を最大に生かすことができる分野だ。2014年9月このホームページでも、slow wave sleepを誘導する中枢を、光遺伝学と、薬物による神経操作を組み合わせて解明した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/2210)。
   ただ、睡眠は一つの睡眠中枢が特定できればそれで話が終わるほど簡単ではない。
   今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、これまで睡眠との関係がほとんど研究されてこなかった腹側被蓋野(VTA)が、覚醒状態を維持する中枢であることを示した研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは、「VTA dopaminergic neurons regulate ethologically relevant sleep-wake behaviors (VTAのドーパミン作動性ニューロンは行動と関連する睡眠—覚醒行動を調節する)」だ。
   VTAにあるドーパミン作動性ニューロンは、覚醒時の様々な行動にかかわる領域であることが知られていたが、この研究ではまずVTAの神経活動を蛍光で測定できるようにしたマウスに、睡眠記録のための電極を併設し、睡眠時、覚醒時のVTA神経活動を調べ、VTAドーパミン作動性ニューロンは深いノンレム睡眠時に活動が抑えられることを発見している。
   覚醒とVTAの活性が同期していることが分かると、後は、このVTAドーパミン作動性ニューロン(今後VTADNと略する)を抑制、あるいは刺激して睡眠や行動への影響を調べれば仕事は完成する。この研究では、この分野の最新の技術を駆使した一種の物量作戦が繰り広げられている
  結果をまとめると、
1) VTADNを抑制すると、脳波でも行動でも確認できる睡眠状態に入る。
2) VTADNを抑制すると、食べ物、異性の存在、あるいは天敵の匂いによる覚醒誘発がいちぢるしく抑制される。
3) 新しい環境(巣が準備できていない環境)でVTADNを抑制すると、本来なら寝るはずのところ、まず寝るための巣作りを始める。
4) VTADNを刺激すると覚醒するだけでなく、巣作り行動もなくなる。
5) VTADNのうち側坐核に投射するニューロンがこの行動にかかわる。
になる。結論としては、VTADN活動は、覚醒と同期しており、睡眠行動を抑え、覚醒を維持するのにかかわるという結論になる。個人的には、巣作り行動が眠りの準備行動として、睡眠と一体化しているのに驚いた。
   また、従来の光遺伝学実験から睡眠中枢として他の領域もリストされていることを考えると、睡眠は一つのコントロールセンターで話が終わるものではないことがよくわかった。
   しかし、光遺伝学、化学的神経操作、発行による神経活動測定、電極による神経活動測定を組み合わせた今回のような大掛かりな研究を見ていると、我が国で独立したばかりの若手がこの技術を駆使した研究ができるようになっているのか少し心配になる。若手が物量作戦を前に沈没しないでいいような研究助成を望む。
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9月10日:37億年前の生物の痕跡(8月31日号Nature掲載論文)

2016年9月10日
    ガラパゴス島に行くと、人間に侵されない生命の息吹が感じられるのに対して、アイスランドは地球のエネルギーを感じる。9月2日にアイスランドに来てからすでに1週間以上、あちこちドライブしたり、歩いたりしているが、毎日が新しい発見だ。今日は、地球のプレートの動きによる割れ目が見えるというシンクヴェトリルを歩いてきた。他の渓谷とどこが違うのかと言われても答えようがないが、知識と景色が合わさって頭の中で感じる興奮だろう。
   同じ様な興奮を期待して、体の動くうちにぜひ行きたいと思っているのが、アイスランドのすぐ近く、グリーンランドのイスア地域だ。というのも、ここには38億年前に形成された地層が表面に露出している。38億年前は、言うまでもなく生命が誕生したと考えられる時期で、この地層にもし生命の痕跡が残っていたら、生命誕生時に最も近い痕跡と言える。
   今日紹介するオーストラリア・Quest研究センターからの論文は、イスアで新たに見つかった37億年前の地層に、ストロマライトと呼ばれる新たな生命の痕跡が見つかったこと示唆する研究で8月31日号のNatureに掲載された。タイトルは「Rapid emergence of life shown by discovery of 3,700 million year old microbial structures (37億年前の微生物の構造から生命が急速に発展したことがわかる)」だ。
   この研究の結論を一言で表すと、「グリーンランド・イスアの地表に露出した37億年前の地層に、ストロマライトと呼ばれる、粘液を出す細菌が沈殿した層が発見される」、になる。
   生命の痕跡を探すということは、物理化学現象としては説明できない痕跡を探すことになる。ストロマライト層は、地学上の地層形態、アイソトープによる生命関与の検出、そしてドロマイトの中に形成されていることなどから、物理化学では説明できない最も古い生命の痕跡とされてきた。
   これまで最も古いストロマライトはオーストラリア・フィルバラに存在する34億年前の地層で見つかっている。この地層ではさらに、微小化石と呼ばれる細菌様の形態をした化石も発見されている。同じ様なストロマライト構造がもっと古い地層にないかを探したのが今回の研究だ。
   もちろん従来から、グリーンランド・イスアで生命の痕跡を探す研究が進められており、東北大学のグループにより、生命の関与を匂わすグラファイト層が存在することも報告されている。しかし、オーストラリアで見られるストロマライトはイスアでは発見されていなかった。
   このグループは、最近氷が溶けて地表が露出した場所の地層を調べ、オーストラリアで見られるのに似たストロマライトが存在することを発見した。このストロマライトが、物理化学的に合成されたものでないことを確認するために多くの研究が行われているが、詳細の説明は必要ないだろう。
   ストロマライト層の形態学、沈殿・蓄積の仕方、地層の非対称性、地層の平坦さ、炭素同位体による検証などから、今回発見されたストロマライト層は生命により形成されたもので、現在知られている中で最古生命の痕跡であると結論している。考古学的アプローチで37億年前の地層に生命の痕跡が認めれたとすると、38億年前、そしてそれ以上前の生命誕生の痕跡を探すことも将来可能になるかもしれない
   21世紀に入って無機物から生命が誕生するための条件の理解が急速に進んでいる。その意味で、今日紹介した論文の様に、考古学的アプローチの重要性がますます高まっている。次にアイスランドに来るときは、ぜひグリーンランドにも足を伸ばして38億年前の太古を感じてみたいと思っている。
カテゴリ:論文ウォッチ
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