7月1日:ノンコーディングRNAの新しい機能解析(6月29日号Cell掲載論文)
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7月1日:ノンコーディングRNAの新しい機能解析(6月29日号Cell掲載論文)

2017年7月1日
ゲノムの中でタンパク質に翻訳される部分はたかだか2−3%しかないが、細胞中のRNAを網羅的に調べる研究から、実に9割以上のゲノム領域が低いレベルではあるがRNAには転写されていることがわかっている。こうして転写されるRNAはlong noncoding RNA(長いタンパク質をコードしていないRNA:lncRNA)と名付けられ、少しづつ研究が進んでいるが、遺伝子のノックダウンが難しい、機能に必要な分子複合体についての知識が不足している、そして何よりlncRNAがゲノム上のどの領域に結合しているのか調べる方法がないため、研究の進展は遅れていた。
   今日紹介するハーバード大学からの論文は、この3つの問題をなんとか解決できる方法を開発して、テロメアに存在する繰り返し配列を含むlncRNA、TERRAの多様な機能を明らかにした研究で6月29日号のCellに掲載された。タイトルは「TERRA RNA antagonizes ATRX and protects telomeres(TERRA RNAは ATRXに拮抗しテロメアを守る)」だ。
   もともとTERRAはテロメアのみに結合していると考えられ、実際核内で染色体あたり2箇所にTERRAが局在している写真はなんども示されてきた。このグループはTERRAの局在を示す同じ写真も長時間露出すると、他の部分にTERRAが結合していることをまず示し、常識にとらわれるとTERRA=テロメアで終わることを警告している。そしてTERRAが結合するゲノム領域を化学的に結合させ、シークエンサーで特定する方法を開発し、TERRAがテロメアの繰り返し配列だけではなくゲノムの様々な領域に結合していることを明らかにしている。
   この結果は、TERRAの多様な機能を想像させるため、次にTERRAを細胞から除去する新しい方法(化学修飾したアンチセンスを用いて標的を分解する方法)を用いて、TERRAの機能を検討し、TERRAが結合している遺伝子の多くの転写レベルが変化することを証明している。また、このような遺伝子ではTERRAは転写開始点近くに集まっていることも明らかになった。
   TERRAが転写にどう関わるのか調べる目的で次にTERRAと結合しているタンパク質を化学結合させて網羅的に調べる方法を開発し、134種類のタンパク質が結合していること、さらにこれらのタンパク質の結合領域を調べる染色体沈降法によるデータと組み合わせ、ATRXとTERRAが染色体上で特に抑制性のヒストンと結合している部分で共存していることを突き止める。
   こうして特定した幾つかの遺伝子領域についてATRXとTERRAの機能を調べ、TERRAは遺伝子発現を促進し、逆にATRXは抑える働きをしていることを明らかにしている。実際には、ATRXとTERRAが結合することで、ATRXの抑制が外れるというシナリオだ。
   今度はテロメアで両方の分子がどのように働いているのか、TERRAを除去する実験により調べ、TERRAとARTXが結合することでARTXのテロメア繰り返し配列への結合が阻害されることを明らかにしている。また、TERRAはテロメラーゼの一部のTercとTERRAも直接結合してテロメラーゼの活性を抑えて、テロメアの長さが一定に保たれるよう負の調節を行っていることを明らかにしている。
   以上の結果からTERRAがATRXを介して転写の調節と、テロメアの保護に関わるとともに、Tercの機能を抑制してテロメラーゼの活性を抑えるという様々な働きをする分子であることを示している。
   常識にとらわれない問題設定から始め、新しい方法を開発してその問題を解決した力作だと思う。
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6月30日:染色体ヘテロクロマチン形成の分子メカニズム(Natureオンライン版掲載論文)

2017年6月30日
遺伝子の発現調節に関わるエピジェネティックス機構の存在が最初に考えられるようになった一つのきっかけに、染色体のヘテロクロマチン構造の発見があったのではと思う(確かめたわけではない)。染色体上の大きな領域をヒストンや様々な分子とともに凝縮させて他の場所から隔離する巧妙な仕組みだが、これに関わる分子については理解が進んでいる。中でも、heterochromatin1(HP1α)分子は、抑制性のヒストンH3K9meに結合してクロマチンを凝縮させる鍵であることがこれまでの研究でわかっていた。
   今日紹介するカリフォルニア大学サンフランスシスコ校からの論文は、HP1αが染色体を凝縮させるメカニズムを明らかにした研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Liquid droplet formation by HP1αsuggests a role for phase separation in heterochromatin(HP1αの液滴形成はヘテロクロマチン形成における相分離の関与を示唆する)」だ。
   従来の研究から、ヘテロクロマチン形成にはHP1α分子のリン酸化がスウィッチになっていることが示されており、この研究でも様々な部位でリン酸化されたHP1αを調整して研究を進めるうち、N末のリン酸化型HP1αは重合して溶液の中で相分離して液滴を作ることに気がついている。
    相分離は当然構造変化につながるため、これがヘテロクロマチン形成の物理化学的基盤になると着想して、HP1αが相分離する条件を調べている。
   様々な実験を行い、
1)リン酸化は引き金で、重合が進むと自然にそう分離が起こる。 2)C末領域がHP1αの重合を抑制しており、shugoshinなどの分子が結合できると、HP1αの重合と相分離が起こる。すなわち、この抑制を外すあらゆる条件は相分離を促進する。
2) HP1αがヒストンだけでなく、DNAに直接結合することで重合と相分離が促進される。
3) 伸びたDNAストランドにHP1αが結合すると、相分離によりDNAごと大きな凝縮塊が形成される。
4) 相分離した複合体に、H3K9meなども取り込まれる
などを示している。
  以上の結果から、HP1αのN末がリン酸化されると、他のHP1αとの結合が促進され、これにより元々重合阻害を行っていたC末の機能が低下することでさらに重合が進む。このコアを中心にした重合には非リン酸化HP1αも加わり、相分離を促進する。こうして、ヘテロクロマチンが他の場所から完全に隔離された状態が生まれることになる。
   なかなかうまくできた機構だと納得するが、実験中に生まれた相分離に気がついたことがこの研究の全てだろう。
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6月29日:統合失調症の病理学(7月1日号Biological Psychiatry掲載論文)

2017年6月29日
今、統合失調症などの精神疾患の病理学は面白い分野になるかもしれないと思っている。

私が学生の頃、精神科の高木先生から、鹿児島大学(だったと思うが)の病理学では亡くなった統合失調症の患者さんの脳標本を見るだけで、統合失調症かどうかを正確に診断できるようだと話しておられた。実際には高木先生も学生も半信半疑だったが、なぜなら統合失調症など精神疾患は、病理的特徴がないというのが常識だったからだ。
   しかし今日紹介するピッツバーグ大学からの論文を読んで、統合失調も病理学的に診断できる可能性があることがよくわかった。論文のタイトルは「Alterations in a unique class of cortical chandelier cell axon cartridges in Schizophrenia(統合失調症では特有の皮質シャンデリア細胞アクソンのカートリッジに変化が見られる)」だ。
最近のMRIなどを用いた脳イメージング研究によって、統合失調症だけでなく、様々な精神疾患で神経結合の変化が見られることが示されており、考えてみるとそれが病理学的変化を伴ってもなんの不思議もない。
実際、皮質の錐体細胞のアクソン同士を橋渡しするシナプスを形成するシャンデリア細胞の数や形が統合失調症で変化することについてはこれまで注目されていたことをこの論文を読んで学んだ。
  シャンデリア細胞が錐体細胞アクソンとシナプスを形成するとき、カートリッジと呼ばれるボタン型の突起(海馬でのスパインのようなもの)を介して結合するが、このカートリッジは合成したGABAをシナプス顆粒に運ぶGABAトランスポーター(GAT1)の発現で特定できる。これまでの研究でGAT1陽性カートリッジの数が統合失調症患者さんで低いことが示されていた。
   この研究では40人の統合失調症の剖検例の前頭前皮質でこの問題を再検討し、皮質の2/3層では逆にGAT1カートリッジの密度が上昇していることを発見する。この発見をより明確にする目的で、カルシウム結合タンパク質(CB)をもう一つのマーカーとして加え、GAT1+/CB+カートリッジと、GAT1+/CB-カートリッジに細分して前頭前皮質を調べると、2/3層特異的にダブルポジティブカートリッジだけがほぼ倍に増加していることが明らかになった。一方、シンングルポジティブ細胞は変化なく、また他の層でも変化は見られない。
   話はこれだけだが、重要なことは病気の経過や、治療によってこの特徴が変化しないことで、すなわち統合失調症は最初からCB陽性のシャンデリア細胞カートリッジ密度が高いことになる。
   以上の結果から、統合失調症では前頭前皮質の錐体細胞のアクソンをつないでいるシャンデリア細胞のカートリッジ、すなわちシナプスの数が減らないことが病理的特徴として疾患の最初から見られるという結論が導ける。
   この前頭前皮質のシナプスが減らないという発見の生理学的意味を理解するためにはこれからの研究が必要だが、統合失調症も病理学の対象として研究できることがよくわかった。しかも、調べた脳標本は15年近く保存されてきた標本だ。今後調べる材料は十分ある。
   これまで統合失調症は、心理学、分子生物学、生理学の対象として研究が進んできたが、最後は脳ネットワークの変化があることは間違いない。そして、MRIを用いておおまかな変化を調べることも可能になっており、それを組織的に研究するための方法も集まってきた。私が学生の頃は、見る人が見ないと、精神疾患の病理学は成立しなかったが、今や誰にでも可能な新しい精神疾患の脳病理学が始まる予感がする。
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6月28日:アルツハイマー病新薬の治験に関する現状(Alzheimer’s & Dementia掲載論文)

2017年6月28日
人口の高齢化とともに、アルツハイマー病は全世界共通の問題として研究が行われており、重点的に研究助成も行われている。現在の患者数は我が国で150万人に近づいており、また米国では500万人だが、この数は急速に増加すると危惧されている。
   もちろん患者数が多いことは、新薬開発が盛んであるということで、エーザイのアリセプトの例からわかるように、効果が確認されれば大型薬に発展することから、各社しのぎを削っている。
   現在実際の臨床治験に入っている薬剤の現状は、患者さんや家族の最も知りたい情報だが、米国の治験登録サイトClinicaltrial.gov.を見るとかなり詳しく知ることができる。しかし、登録されている数が多いため、なかなかその気にはならない。
   まさにこの作業を行ってくれたのが今日紹介するクリーブランドクリニックからの論文で、Clinicaltrial.gov.に登録されたアルツハイマー病治療薬の治験についてわかりやすくまとまっている。タイトルは「Alzheimer’s disease drug development pipeline:2017(アルツハイマー病治療薬開発のパイプライン2017)だ」。
   現在開発中の治療薬は、対症療法に用いる薬剤と、病気のプロセスを変化させるための薬剤に分けることができるが、特に後者に注目して箇条書きで紹介したい。
1、 治験中の薬剤は全部で105種類存在し、第1相/25、第2相/52、第3相/28種。確かに治験は活発に行われ、その7割近くが企業が関わる治験だ。第1相治験が少ないのは、新しい開発が少ないのと、直接第2相にすすむ薬剤が多い結果だ。
2、 安全性を確かめる第1相試験のうち20種類が疾患進行過程を標的にしている。問題は、第1相でも平均755日、2年以上を要することで、他のステージと同じで、治験にかかる時間が最大の問題になっていることがわかる。
3、 薬の大まかな効果を判定する第2相試験には多くの薬剤がひしめいている。36種類の薬剤が病気の進行を止めるための薬剤で、メカニズムとしてはBACE阻害剤とアミロイドやタウに対する抗体が中心になる。第2相の平均期間は1140日と、3年を越しており、また1治験あたり151人の患者さんが参加している。
4、 最後に効果を確認する第3相28種類のうち18種類が病気の進行を止めるための薬剤で、我が国のエーザイ、協和発酵、武田の3社も顔を覗かせている。さて治験期間だが平均1012人の参加者で、なんと1677日もかかっている。
5、 メカニズムについては、ベータアミロイドが膜から切断されるのを止めるBACE阻害剤、βアミロイドやタウ蛋白を様々な段階で除去するための抗体が各社最も力を入れているが、抗炎症剤、神経細胞保護剤なども治験に入っている。
6、 BACE阻害剤が我が国のエーザイも含め5種類も2/3相治験に入っているのは驚くとともに期待を持った。この薬剤は、脊髄液へのベータアミロイド量を測ることで効果がわかるが、長期効果になるとすでに撤退した会社があるぐらいで、効果が確認しづらい。また分子構造から見て阻害剤が開発しにくい分子で、副作用の懸念も常に存在する。ぜひ現在治験中の中から幾つか薬剤が生まれてほしい。
7、 アミロイドやタウに対する抗体薬は、我が国のエーザイと協和発酵も含め多くの治験が走っている。ただ、脳血液関門の問題、抗体薬のコストの問題などから、効果が確認されてもそのまま手放しで喜べるかどうかわからない。しかし心配するより、まず効果を示すことが先決だろう。
8、 最後に、この論文では治験のための患者さんのリクルートに長い期間がかかること、さらに治験期間自体も全部で13年と長期にわたることを最も大きなハードルになっているとして強調している。このことは、現在第2相の薬剤が認可されるのがようやく2025年ということを意味し、新しい開発・治験方法の開発の必要性を物語る。 以上、ざっと紹介したが、論文自体は詳細にわたり、また元のデータベースが存在することから、患者さんの質問に答えるための資料としては最適の論文だと言える。そして、患者さんの期待に応えようと多くの企業や研究所が困難な治験に取り組んでいることは間違いない。
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6月27日パーキンソン病に自己免疫の可能性はあるのか?(Natureオンライン版掲載論文)

2017年6月27日
免疫機序が明確に関わる多発性硬化症を除くと、神経変性疾患の免疫反応を調べる研究はあまり存在しない。ただ私も知らなかったが、パーキンソン病のリスク遺伝子としてこれまでDRB5*01及びDRB1*15:01型MHC-IIが特定されている。連鎖不均衡の結果で免疫とは無関係の可能性もあるが、一般的には免疫反応も関わる可能性を示唆する証拠としてみることができる。また、もともと変性疾患の多くは細胞内での分子処理がうまくいかないことが特徴で、これも免疫反応を誘導する可能性がある。
   今日紹介するコロンビア大学からの論文は、パーキンソン病で沈着することが知られているαシヌクレインに対するT細胞の反応を、患者さんと正常人で比べた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「T cell from patients with Parkinson’s disease recognize α-synuclein peptides(パーキンソン病の患者さんのT細胞はαシヌクレイン由来ペプチドを認識する)」だ。
   この研究では67人のパーキンソン病の患者さんと36人の正常人をリクルートし末梢血のT細胞反応をCD4型の反応としてIL-5分泌、CD8型反応としてIFNγ分泌を測定して検出している。参加者の中でDRB5*01及びDRB1*15:01型は正常では15%程度だが、患者さんでは30%を超え確かに高い。
   まず、αシヌクレインのどの場所が抗原ペプチドとしてT細胞を刺激するかを調べ、酵素切断される部位を含むペプチドと(PI)、レビー小体で特に濃縮が見られる部位を含むペプチド(PII)の2種類を特定している。
   次にこれらのペプチドに対する反応を比べると、どちらにたいしても患者さんの方が反応するケースが多い。リン酸化や処理による変化などペプチドへの反応性について詳しく調べると、ほとんどの形のペプチドにT細胞が反応することが明らかになり、正常シヌクレインが十分抗原として作用することが分かった。
   一方MHC抗原との結合で見ると予想通りDRB5*01及びDRB1*15:01型には強く結合することがわかり、MHCの連鎖が免疫に直接関わる可能性が示唆された。今回の研究では、これ以外に2種類の抗原提示MHCが特定されている。また、クラス I MHCと結合するペプチドとそれに対する反応も示して、パーキンソン病に免疫反応が直接関わる可能性を示している。
   この結果から、今回特定されたMHCとペプチドに反応できるパーキンソン病の患者さんについては免疫反応が病気に関わる可能性があると結論している。
   しかし強い免疫反応が見られれば、気づかれないはずはない。したがって、もし関与があるとしても最初の小さな引き金だけで終わっているのかもしれない。一方、免疫系の関与が長期にわたって存在しているのなら、治療の可能性もあるということで、論文を書いておしまいではなく、しっかり治療標的としての可能性までできるだけ早く調べて欲しいと思う。
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6月26日:肝臓癌のプレシジョンメディシンは可能か(6月15日号Cell掲載論文)

2017年6月26日
我が国では肝臓癌の死亡数は男女合計で5位(2014年)だが、世界では2位を占めるようだ。この多くは、B型、C型肝炎に起因することが多く、先進国では新しい肝炎根治薬によりさらに減少することが予想できるが、それ以外の国では癌発症がこれからも増えると予想できる。
   癌ゲノム時代に入って最初、肝臓癌も適切な標的薬が見つかり、テイラーメイド治療が可能になるのではと期待が膨らんだが、現在もなおオバマ元大統領が唱えたプレシジョンメディシンは実現していない。
   今日紹介する論文は癌ゲノム研究を推進してきた癌ゲノムアトラスネットワークが、この現状を打開しようとさらに多角的に肝臓癌を解析し直した研究で6月15日号のCellに掲載された。タイトルは「Comprehensive and integrative genomic characterization of hepatocellular carcinoma(肝臓癌の網羅的、統合的ゲノム解析)」だ。
   研究では363の肝臓癌(HCC)についてエクソーム解析、コピー数の変異を調べ、このうち196種類についてはDNAメチル化状態、マイクロRNA、そして必要に応じて翻訳されたタンパク質の解析も行っている。
   まず結論的に言ってしまうと、自分がHCC患者さんを見る立場だとして、今回の論文でどれだけ助かるだろうかと考えると、大きな期待は持てない。すなわち、プレシジョンメディシンはまだまだだという印象の方が強い。一方、これまで知らなかった話も見つかっているので、このような解析が無意味というわけではなく、HCCに関する限りゲノム解析に大きな期待を抱くのはまだ早いということだろう。
   さてデータ全体を統合的に眺めてHCCで異常が起こる過程を特定すると、1)細胞周期、2)チロシンキナーゼ、RAS経路、3)テロメラーゼ、4)Wntシグナル経路、5)クロマチン調節経路、6)炎症経路、が存在し、それぞれにはすでに様々な癌で知られている多くの変異が見つかる。各過程に関わる変異分子の種類をベースに、HCCを3種類に分類することができ、この分類から将来の予後をかなり正確に予想することも可能だ。ただ、他の消化器癌と比べると、圧倒的多数を占めるドライバー変異が見つからない点が最も難関で、薬剤の開発という面では簡単ではないなという印象を持った。
  細胞周期抑制分子の変異やテロメラーゼの発現は必須だが、これも薬剤開発は難しい領域だ。
   個人的に学んだのは、B型もC型も肝炎ウイルスはしっかりゲノムに統合されており、B型を持つHCCはヒストンメチル化酵素MLLの変異と、テロメラーゼの発現が高いこと、一方C型肝炎ウイルスをもつHCCではCDKN2A(細胞周期阻害分子)のサイレンシングとテロメラーゼプロモーターの変異が多い点だろう。
   原因でいうと、一部に植物毒に起因する変異が見つかっていることで、肝臓は解毒臓器として常に癌の危険性と隣り合わせであることもわかる
  代謝的にはアルブミンとAPOBの変異の頻度が高いことに興味を持った。肝臓細胞自体の機能には多くの資源が必要なので、癌になるまでに正常の機能を抑制する方がいいのだろう。またIDH1の変異や、Mycの増幅などを考えると、高まった癌の代謝システムを標的にしてみるのも一計かと思う。    最後に、はやりのチェックポイント治療の可能性についても検討されており、浸潤が強い場合はPD1,CTLA4,PDL1など役者が揃っており、また抑制性T細胞の数が増えていることを示している。
   あえてまとめると以上のようになるが、おそらくこのことをよく頭にいれて患者さんを見て新しいことを気づくことが最も重要かと思った。
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6月25日:仏、マクロン新党への科学者の期待(6月23日号Science掲載インタビュー)

2017年6月25日
一時、ブレクジットに始まる反ユーロ運動の波に飲まれかけたヨーロッパは、既存政党の枠を超えて大統領に当選したマクロンが新たに組織した政党、共和国前進が577議席のうち308議席を獲得する圧勝によって、欧州連合の強化に舵を切りなおした。
   もちろん、政権発足早々から4閣僚が辞任するなど、前途多難が報道されているが、フランス無党派層に新しい受け皿を示し、支持を集めたことはまちがいなく、当分は新しい風を送り続けるように思える。
   この新しい風について6月23日号のScienceが、マクロンの科学政策を紹介した上で、今回共和国前進から当選した数学者、セドリック・ヴィラニのインタビュー記事を掲載していたので紹介したい。
   もちろんどこまで実現できるのかはわからないが、国内政策の柱としてマクロンは、科学技術予算を2.2%から3%に引き上げ、大学自体の裁量を高めるという大胆な提案を行っている。そして、トランプの反科学政策に対抗して約束したグローバルな公約、「Make our planet great again」に基づいて、3千万ユーロをかけて外国人研究者を呼び寄せ、フランスを環境や温暖化問題の中心にしようと意欲的な計画を打ち出している。
   新しい風は今回共和国前進の議員の顔ぶれにも見られる。なんとほぼ半数が女性で、大きなメッセージとなっているが、Scienceが注目したのは、フィールズ賞を始め様々な賞を受賞したトップ数学者セドリック・ヴィラニが選挙に出馬し議員になった点だ。我が国で言えば、京大数理研の森先生が議員になったようなものだ。虚ろな目で政府見解を繰り返す、タレント先生を駒として使っているどこかの政府とは大違いだ。多くの人が新しい風を感じることができたと思う。サイエンスも早速インタビューを試みている。
  まず、議会活動で何を行うのかという質問に対して、
「フランス人に自信を取り戻してもらうこと」 「競争的研究資金の効率化」 「国と私企業の開発コストのバランス」 に重点的に取り組むと答えている。   具体的にな何をするのか?という質問に対し
研究に専念できるポジションの創設、大学が学生に明確なキャリアパスを示せるようになることなどをあげた上で、自分のミッションは科学に限るものではなく、政治に全く科学マインドが見られない状況を、科学に基づく政治に変えることだと答えている。
   マクロンは本当に科学推進派か?という質問に対し
科学技術相にフレデリック・ビダルが選ばれたことからよくわかるように、基礎と応用のバランスも含めて期待に十分応えるはずだと答えている。
   最後に数学者としてのキャリアは捨てるのかと聞かれて、
すでにポアンカレ研究所の所長になった2009年に研究は終わっていると明確に答えている。そして今は、政治家としての使命の方が大きいと締めくくっている。
過去のキャリアに綿々としがみつかず、新しい使命に挑戦する我が国には考えられない明快な答えに脱帽。
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6月24日:大腸ガンスクリーニングに関する米国消化器医師連合の提言(6月6日号American Journal of Gastroenterology掲載論文)

2017年6月24日
大腸ガンはわが国だけでなく、アメリカでも増加傾向にある。さらに、他のガンと比べると早期発見による治療効果は高いため、定期的な大腸ガン検診が推奨されている。わが国では便に血液が混じっているかを調べる免疫テストが最も一般的だが、現在定期検診に用いることができる方法は、7種類存在する。今日紹介する3つの米国消化器に関連する学会を代表する専門家による論文は、この7種類の方法をこれまで発表されている論文に基づいて検討し、現時点の大腸ガンスクリーニングのあり方について提言をまとめたもので6月6日号のThe American Journal of Gastroenterologyに掲載された。タイトルは「Colorectal cancer screening:Recommendations for physicians and patients from US nulti-society task force on colorectal cancer (大腸直腸癌のスクリーニング:複数の学会を代表する大腸直腸癌の特別調査委員会からの医師及び患者さんへの提言)」だ。
   この委員会で検討された方法は、1)大腸内視鏡検査、2)S状結腸ファイバースコープ、3)CT コロノグラフィー、4)便の潜血免疫検出、5)便のDNA診断、6)血清中のセプチン9検査、7)カプセルによる大腸内視鏡検査で、詳細は省くがそれぞれの検出率、副作用、コストなどを丁寧に調べている。
  その上で、最も信頼が置ける検査として推薦しているのが、大腸ファイバーによる検査で、大腸ガンのみならず、前癌状態の検出が可能なことが重要な点だ。しかし、この検査には幾つかの問題がある。すなわち医師の熟練度、さらに検査による出血は0.26%,大腸に穴が開く危険性が0.05%,そして検査による死亡が10万人に2.9人存在することだ。したがって、これを毎年受けることは問題で、この提言では十年に一回で良いと結論している。
   わが国で最も普及している便の潜血検査も、大腸ガンの発見率を上げ、死亡率を下げることがわかっているが、問題はやはり診断率で、大腸ファイバーで見つかる例の74%が診断されるが見落としが多く、前癌状態についてはほとんど検出できない。
   最近登場したDNAテストは、大腸ファイバーで検出されるケースの92%が検出できること、さらに前癌状態についても発見率が高いが、年齢とともにガンのない人も遺伝子の変化が見られるようになるため、65歳以上では過剰診断につながる可能性が高い点だ。
   他の方法についても丁寧に解説しているが、推薦は控えており、これに基づいた提言をまとめると以下のようになる。
まず検査だが、基本的には検査開始は50歳以降で統計学的には十分としているが、もちろん若い人にも発症するので、自分で判断する必要があるが、以下の提言を示している。
推薦1位:十年に一度の大腸ファイバー
      毎年の便の潜血検査
推薦2位:五年に一度のCTコロノグラフィー
     3年に1度の便DNAテスト
     5−10年に一回のS状結腸鏡
推薦3位:5年に一回のカプセル内視鏡
推薦できない:血中ガンマーカー

としている。
   問題は医師の大腸ファイバー検査の技術になるが、これについては患者から医師への質問票を用意している。
1) アデノーマ(前癌状態)の発見率(25%程度存在している)
2) 盲腸まで到達する確率(95%以上)
3) 前処置として2日に分けて処理剤を服用する2回法を使っているか?
4) レポートには大腸全体の写真をつけてくれるか
5) 前処置が完全だったかについての報告をつけてくれるか?

患者さんの立場からは簡単ではないが、ぜひ聞いてみる価値はあるし、医師の方もそれだけ身構えるのではないだろうか。
   以上は一般の人の話だが、家族に直腸癌患者さんがいる場合には、大腸ファイバー検査を早くから、より頻回に受ける必要も述べている。さらに、これまで検査を受けていて何もなかった場合、75歳以上は検査の必要がないことまで書いている。
   このまま我が国の状況に当てはめられるかは明瞭ではないが、詳細にわたるしっかり受け止めるべき提言だと思う。
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6月23日:抗原からT細胞受容体を推定する(Natureオンライン版掲載論文)

2017年6月23日
感染やガン、あるいはアレルギーで、抗原はわかっているのだが、それに対してどのT細胞受容体(TcR)が反応してくるのかを予測することは簡単でない。もともと、ランダムに再構成を遂げたTcRの組み合わせの中から選ばれることを考えると、予想不可能だろうと諦めているところがある。しかし、抗原とTcRの結合は化学的な分子結合であれば、必ず何らかの法則性が存在するはずだ。
   今日紹介するメンフィス・セントジュード病院からの論文は、一つの抗原エピトープに対するTcRの遺伝子配列を比べることで、TcR側の法則性が見つからないかという重要な問題に挑戦した論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Quantifiable predictive features define epitope specific T cell receptor repertoires(特定の抗原エピトープに対するTcRレパートリーは、定量的に予想可能な性質により決められる)」だ。
   研究ではMHCと抗原ペプチドが結合させた複合体に結合するT細胞を取り出し、個々のT細胞が発現しているTcRのDNA配列を4600近いT細胞について調べている。あとはこうして得られたデータから様々な性質を抽出して、抗原によりどのような制約がTcRにかかっているのか調べている。
   例えば抗原に結合するCDR3領域の長さ、電荷、疎水性を調べると、抗原によって確かに制約のされ方が異なり、配列にも一定の法則が存在する可能性がうかがわれる。
   もちろんV領域やJ領域の、αとβのペアリングによる選択制も検討している。抗原によって違うが、予想どおり抗原ごとに一定のコンビネーションが現れる確率は高い。そして、抗原ごとに反応するTcRのクラスターマップを作ることに成功している。すなわち、全くランダムにTcRは選ばれない。そして、立体構造的にもそれぞれの組み合わせの妥当性が確認できる。
   最後に、TcRレパートリーの分類アルゴリズムを作成して、それが反応する抗原を特定することができるかも調べている。
結果はまだまだだが、反応するTcRデータが揃ったエピトープに対しては、かなりの確率で特定のTcRがそのエピトープとどの程度反応するかを予想できることを示している。
   この研究は、TcRの配列からエピトープへの反応を特定できるかという重要な問題にチャレンジした点が重要で、ここで開発された様々な情報処理法が洗練されてくると、いつかエピトープに対するTcRを設計する日が来るのではと期待させる。これが可能になれば、ガン抗原に対するT細胞を設計することも可能になる。情報処理法の詳細はほとんど理解していないが、注目したい研究だ。
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6月22日:脳下垂体神経による神経幹細胞の増殖調節(6月15日号 Science掲載論文)

2017年6月22日
以前は脳神経は一度できると一生増殖しないと思われていたが、現在では成人の脳内でも神経幹細胞が必要に応じて増殖することがわかっている。神経幹細胞は脳室下帯(SVZ)と呼ばれる場所に存在し、ここにその増殖を調節するニッチがあると考えられているが、脳内のすべてのSVZで同じように幹細胞が増殖しているとは思いにくい。
   今日紹介するスイスバーゼル・バイオツェントルムからの論文は嗅球の介在神経をリクルートする腹側前方のSVZに存在する神経幹細胞に焦点を当て、この増殖が遠くに存在する神経自体により調節されている可能性を示した論文で6月15日号のScienceに掲載された。タイトルは「Hypothalamic regulation of regionally distinct adult neural stem cells and neurogenesis(脳下垂体は特定の領域にある神経幹細胞による神経新生を調節する)」だ。
   この研究ではまず腹側前方部SVZの神経幹細胞を増殖させる化合物をスクリーニングし、なんとオピオイド(エンドルフィン)受容体を刺激する化合物が静止期にある幹細胞を増殖させることを発見する。
  静止期幹細胞を刺激する因子がエンドルフィンと特定できたので、次に腹側前方のSVZに存在して、背側には存在しないエンドルフィンを分泌できる神経細胞を探索、ついに視床下部に存在する神経にエンドルフィンを分解して分泌できる細胞が存在し、腹側前方のSVZまで神経端末を伸ばし、場所によっては神経幹細胞と直接接触していることを発見する。
   ほんとうに下垂体神経により神経幹細胞の増殖に関わるかを調べるため、下垂体でエンドルフィン分解する神経を70%程度除去すると、神経幹細胞も約60%程度低下することが明らかになった。
   次は逆にこの細胞のみ刺激できるシステムを用いて刺激すると、複属前方部の神経幹細胞のみ増殖することがわかった。
   驚くことに、このエンドルフィン分解能のある下垂体神経細胞は空腹・満腹の調節に関わる重要な神経であることがわかっている。そこで、マウスに十分餌を与えて満腹にした時、空腹にした時、空腹の後餌を与えた時に分けてこの神経の活性を調べると、空腹時で低下し、満腹時で元に戻ること、そして何よりもこれに合わせて神経幹細胞も空腹で減少、餌を食べると増殖することがわかった。さらに、この刺激により嗅球の介在神経数が調節されていることを明らかにしている。
   神経幹細胞が、神経の興奮状態により増えたり減ったりすることを示した驚くべき論文だが、同じことが他の領域にも見られるのか重要だと思う。様々な精神疾患で神経幹細胞の増殖が低下することが知られている。この原因が、神経ネットワークの変化で起こるなら、将来対処法も見つかるかもしれない。
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