5月9日:母親の抗体が腸内細菌叢によるT細胞刺激を抑える(5月5日号Cell 掲載論文)
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5月9日:母親の抗体が腸内細菌叢によるT細胞刺激を抑える(5月5日号Cell 掲載論文)

2016年5月9日
  腸内細菌叢の成長と多様性が、宿主の健康維持に重要であることが広く認識されるようになり、この分野は急速に拡大している。しかし少し考えてみると、胎児が無菌状態で発生する以上腸内細菌は異物で、生後急速に腸内に入ってくるなら強い免疫反応が起り、腸炎に発展してもよさそうだ。しかし、実際には常在菌は通常は炎症の原因にならず、一種の共生関係が成立している。
   今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、母親がT細胞に依存しないで作る抗体が新生児の腸管内で細菌と反応することで、T細胞の反応を抑えていることを示し、この問題に一つの説明を与えている。タイトルは「Maternal IgG and IgA antibodyies dampen mucosal T helper cell responses in early life (新生児期に母親からのIgGとIgA抗体が粘膜T細胞の反応を抑える)」で、5月5日号のCellに掲載された。
  これまでも母親からの抗体が腸内で細菌叢が成長する際に強い炎症反応を防止する役割を演じていることが示唆されていた。しかし、分泌される抗体の代表であるIgAが欠損した人で新生児腸炎が見られるわけではないため、議論が続いていたようだ。この研究では、まずマウスが腸内細菌叢の2−3割に対して反応するIgG2b, IgG3抗体を持っており、特にIgG3はIgAより広い細菌に反応できることを発見している。この発見をきっかけに、この抗体の役割を追求したのがこの論文だが、詳細を省いて明らかになった過程を説明しよう。
1) 腸内細菌叢に反応するIgG2b, IgG3抗体は、バクテリアと直接B細胞が反応して、バクテリアの持つLPSなどの刺激にTLR2,TLR4を介して反応することで産生され、ヘルパーT細胞には依存しない。
2) これらの抗体を作るB細胞は、腸管の粘膜免疫に関わる腸間膜リンパ節やパイエル板で抗体を作る。
3) これらの抗体は、胎盤を通して、あるいは母乳を通しても胎児に伝わる。
4) 母親からの抗体が欠損した胎児の腸間膜リンパ節やパイエル板ではCD4陽性T細胞の数が選択的に上昇する。
5) このCD4+T細胞反応抑制にIgAも協力するが、IgG3,IgG2bが主役。IgMの関与は全くない。
6) 母親からの抗体なしに育った新生児は体重の増加が遅く、炎症性サイトカインが高い。
7) おそらく抗体によって細菌がリンパ節に移行するのを防ぐことで、T細胞の過剰反応を抑えているのだろう。
この研究もそうだが、逆に食物アレルギーの成立についての研究も、新生児期の腸内での免疫調節の重要性を物語っている。わが国でもこの分野が重点項目として選ばれたようだが、表面的な現象論ではなく、新しいメカニズムに迫る研究が行われ、そこから出た知見を活かして、子供を炎症やアレルギーから守ることのできる研究が行われるよう期待したいし、また成果について注視していこうと思っている。
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5月8日:ジカウイルスによる神経細胞死誘導機構(7月7日号Cell Stem Cell掲載予定論文)

2016年5月8日
今年の5月にリクエストに応じてジカ熱の流行とその問題について解説して以来、すでに4回にわたって6編の論文に触れてきた。これらの論文から、
1) ジカ熱ウイルス感染により高率に胎児発生異常が誘導されることが疫学的に明らかになった。
2) 多能性幹細胞から誘導した神経細胞や神経細胞のオルガノイドを使って、ジカ熱ウイルスが神経細胞に感染すると細胞死を誘導することが示された。
3) ジカ熱ウイルスはAXL分子を細胞内への侵入のための受容体として使っており、この分子を強く発現するラジアルグリア細胞が感染の標的細胞になっている。
4) ウイルス感染防御に関わるIRF等のメカニズムを外したマウスを感染モデル動物として使える。
5) 人間の胎盤を構成するトロフォブラストの分泌するタイプ IIIインターフェロンは、ウイルスの胎盤通過を防御する。
など、このウイルス感染のメカニズム解明が月単位で急速に進んでいることがわかる。
   やはりヒトES細胞から誘導した脳神経細胞オルガノイド培養を用いた実験系を用いて、ジカ熱ウイルス感染による神経細胞死にTLR3が関わることを示したのが今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文で、ジカ関連の論文を積極的に扱っているCell Stem Cell7月号に掲載予定になっている。タイトルは「Zika virus depletes neural progenitors in human cerebral organoids through activation of the innate immune receptor TLR3(ジカウイルス感染は自然免疫に関わるTLR3分子の活性化を通して、ヒト脳オルガノイド中の神経前駆細胞を除去する)」だ。
  この研究では、まず脳オルガノイド培養での遺伝子発現を詳細に調べた後、ジカウイルス感染によりオルガノイドの成長が抑制された時、この遺伝子発現パターンがどう変化するかを調べている。この結果、ウイルスに対する自然免疫に関わることが知られていたTLR3がオルガノイド培養でも上昇していることを発見する。最後に感染によるオルガノイド発達抑制にTLR3が関与していることを明らかにするため、TLR3阻害剤を加えてウイルス感染実験を行うと、オルガノイドの発達を完全ではないが回復させられることを明らかにしている。    もともとTLR3は線維芽細胞を用いた実験でジカウイルスなどのフラビウイルス感染で活性化されることがわかっており、これが神経でも起こることを示した研究で、特に新味はない。しかし、研究のスピードには驚かされる。また、感染後の詳しいデータが得られたことで、今回見落とされた重要な経路も必ず発見されるだろう。
   リオ・オリンピックでも突貫工事が続いているようだが、オリンピックに影を落としていたジカウイルス問題も突貫研究で対策の糸口が見え始めているようだ。
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5月7日:性成熟と行動の遺伝学(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2016年5月7日
  タイトルを見た時と、論文を読んだ後ではだいぶ印象の異なる論文がある。今日紹介する英国MRC疫学研究所からの論文は、タイトル「Physical and neurobehavioral determinants of reproductive onset and success(生殖の開始と成功に関する身体的、神経行動的決定因子)」(意訳を避けて直訳している)を一瞥した時、何か人間の生殖に関わる研究であることはわかったが、具体的に何を調べているのか、私の英語力ではイメージを得ることができなかった。ただreproductive onset(生殖行動の始まり)という文言が気になって読み始めると、reproductive onsetとは初めての性的交渉、初体験のことだとわかった。この研究は要するに自己申告による初体験年齢と相関する遺伝子多型(SNP)をゲノム全体にわたって調べた研究で、Nature Geneticsに掲載予定だ。
  これまで、例えば初潮年齢など身体的性成熟指標について遺伝子多型との相関を調べる研究は進められてきた。ただこの研究ではさらに踏み込んで、自己申告による初性交渉(初体験)の年齢と相関する多型を全ゲノムにわたる4600万SNPについて調べている。並行して、初産年齢、子供の数など、より身体的指標と相関するSNPも特定して、初体験SNPと比較している。
   調査によると、英国の若者の初体験年齢は男女共18歳で、わが国の20代の若者で行われた統計より少し早い程度だ。この年齢を、他の性や身体的成熟指標と比べると、思春期開始年齢が早いほど初体験が早く、また肥満度が高いほど初体験が早い。一方、身長は関係ないか、逆相関している。面白いことに、ヨーロッパの統計では思春期開始年齢と教育レベルは反比例しているが、この結果と一致して、初体験年齢も大学教育率は反比例している。一番納得できるのは、初体験が早いと、初出産も早く、多くの子供を持つという相関で、この結果高等教育が中断されるのかもしれない。このように、一人の人間が抱える様々な要因は複雑に絡んでおり、そのうちの一つの要因を取り上げて調べたゲノムとの相関は、絡み合う全てが合算された結果になることを頭に入れておく必要がある。
   こうして得た初体験年齢と相関するSNPを調べると、なんと33箇所も見つかっている。相関が見つかったSNPの意味づけのため遺伝子同士の相関を調べると、「概日周期」「テロメアのパッケージング」「RNAポリメラーゼIのプロモーター活性化」「Notch経路」と相関しているらしいが、私たちの直感とはかけ離れている。
  さらに個々のSNPの近くにある遺伝子の機能と、初体験の年齢を説明できるか調べているが、はっきり言って簡単でないというのが結論だろう。バイオインフォーマティックスを使って相関する遺伝子ネットワークの重なりを調べると、自閉症や、統合失調症のリスクと、初体験年齢とが重なる結果が得られているが、初体験年齢はリスクをいとわない精神性とも相関しており、初体験年齢が性格とも関わるという以上のことはなかなかわからない。
   初体験年齢と相関があった個々のSNPを調べても、この結果の意味を理解するにはまだまだ時間がかかることがわかる。例えばCADM2と呼ばれる神経接着因子遺伝子の近くのSNPは、リスクを厭わない性格、セックスフレンドの数、子供の数などとも相関しており納得できるが、同じように肥満係数とも相関があるため、実際の因果性を説明するには時間がかかるだろう。
  極め付きは女性ホルモン受容体のイントロン部分にあるSNPとの相関で、英国バイオバンクだけでなく、デコード社のデータでも今回の結果は再現できており、また性ホルモンとの相関は直感的にも納得できるが、従来の研究で様々な性成熟形質と相関があるとして同じ遺伝子近くに特定されたSNPとは全く異なっており、解釈は難しい。
  このように、まだまだ現象論的段階で、納得いく説明は難しいというのが本当のところだろう。ただ、最初「初体験のゲノム」として世間受けを狙う興味本位の仕事ではないかと思ったが、精神、身体が密接に絡んだ様々な形質を発掘してゲノムと相関させるという努力は、21世紀の重要な課題で、是非授業にも使っていきたいと思う。その意味で、自己申告による初体験年齢は目の付け所の良い指標と言える。すこし馬鹿げていると思えるようなことにチャレンジする若者が我が国にも多く出てきてほしいと願っている。
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5月6日:パーキンソン病治療に移植したドーパミン産生細胞は24年間ホストの脳で維持され、働いた。(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2016年5月6日
パーキンソン病は黒質に存在するドーパミン産生細胞が様々な原因で変性することにより起こる。細胞減少により分泌が低下するドーパミンの量を上げるためL-dopa投与が行われるが、細胞が失われるとL-dopaの処理ができなくなるため、効果が薄れる。このため、この病気に対する根本的治療として、ドーパミン産生細胞の移植か、ドーパミン産生のために必要な酵素遺伝子を脳内に導入して線条体の神経細胞にドーパミンを作らせる遺伝子治療が試みられている。
   なかでも中絶胎児の中脳細胞移植は、スウェーデンで1980年代後半から200例以上行われ、少なくとも一部の患者で著効を示したことが報告されている。これらの例は細胞治療の可能性を示す証拠として、その後の多能性幹細胞を用いる治療の拠り所となってきた。中絶胎児中脳移殖自体も、効果を確かめるため長期にわたって中断されていたが、最近全ヨーロッパ規模の共同国際治験として再開されている。
   今日紹介する胎児中脳移殖の総本山とも言えるスウェーデン・ルンド大学からの論文は1989年に大樹中脳移殖により劇的な回復を見せた一人の患者の死後解剖所見で、米国アカデミー紀要に掲載予定だ。タイトルは「Extensive graft-derived dopaminergic innervation is maintained 24 years after transplantation in the degenerating Parkinsonian brain (変性したパーキンソン病の脳に移殖した細胞はドナー細胞由来のドーパ作動性の広域にわたる神経結合を移植後24年間にわたって維持し続ける)」だ。
   この患者さんは50歳で発病、52歳からL-dopa治療を受け始めたが、変性の進行が急速でl-dopaの効果が失われて症状の制御が困難になっていたため、59歳(1989年)時点で4体の中絶胎児からの中脳細胞を3箇所に移殖された。この患者の症状は移植後3年間、目覚ましい改善を続け32ヶ月でl-dopaを中止、64ヶ月で免疫抑制剤も中止している。その後7年目からは低用量のl-dopaを再開、12年目まで症状は安定していた。しかし、12年後から症状が悪化し、14年以降はパーキンソン病を超えて、脳全体の萎縮を伴うシヌクレイン症が進行し、24年目に心不全で亡くなった。
  死後行われた解剖から2つの重要な所見が得られている。
   まず何よりも、移殖されたドーパミン陽性細胞が24年経った後もドーパミンを作り続け、周りの組織との結合を維持し、機能し続けていたことだ。周りに炎症もなく、組織適合性とかかわらず拒絶反応は起こっていないことも重要だ。これまでも移植後10年にわたってドーパミン産生細胞がホストで機能し続けたという結果が報告されており、胎児中脳に存在するドーパミン産生細胞と同じステージの細胞は治療に確実に使えることを示している。この結果は細胞移殖を計画している研究者にとって大きな励みになるだろう。
  ただ、ドーパミン産生細胞がいくら維持されても、全身でシヌクレインが蓄積する場合、細胞移殖でそれを食い止めることはできないことも明らかになった。また、このシヌクレイン蓄積により、この患者でも移殖した細胞の10%以上にレビー小体が見られ、宿主の異常が移殖細胞へも波及することを示している。
   明暗が混じった結果だが、細胞移殖によるドーパミン産生細胞の補充とともに、シヌクレインの蓄積を抑える方法の開発が重要であることを改めて示している。連携のとれた研究の推進を期待する。
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5月5日:少し気になった臨床論文(5月3日号Pediatrics掲載論文、The American Journal of Cardiology掲載予定論文)

2016年5月5日
   最近純粋な臨床論文を紹介していない。自分が基礎医学だったせいもあるが、紹介したくなる気にさせる論文があまりなかったことも事実だ。そんな中でも、タイトルを目にするとちょっと気になるという論文は確かにある。今日はそんな2編の論文を紹介する。
   最初の論文はユタ大学産科学教室からの論文で、母親へのインフルエンザワクチンが生まれた子供に期待通り免疫力を付与しているという論文で、5月3日号のPediatricsに掲載された。タイトルは「Influenza in infants born to women vaccinated during pregnancy (妊娠中にワクチン接種を受けた母親から生まれた子供のインフルエンザ)」だ。
  もともとワクチンを全く信じないという一般の方は多い。特に妊娠中だと、何か問題が起こるのでは懸念する人の方が多いだろう。この研究ではユタ州のIntermountain Healthcare と呼ばれる施設で出産したお母さんにインフルエンザワクチン接種についての聞き取り調査を行った上で、生まれてきた子供のインフルエンザ罹患率を調べている。
   ユタ州でも予想通りワクチン接種率は5%以下と低かったが、H1N1流行が問題になった後25%ぐらいに上昇し、最近ではインフルエンザシーズンには5割以上の妊婦さんがワクチンを受けるようになっている。
  ワクチンの効果は的面で、出産後6ヶ月までに赤ちゃんが臨床的にインフルエンザと診断される率が、ワクチン接種をしていない妊婦さんの子供で0.37%であるのに対し、ワクチン接種したお母さんからの子供は0.13%、病院で治療が必要になる重症例の率はそれぞれ0.066%、0.013%と、妊婦さんへのワクチン接種は確実に子供をインフルエンザから守る。
  人間では、お母さんの抗体が胎盤を通しても、また母乳を通しても子供に伝わることはわかっていても、ここまで効果があるとは考えていなかった。インフルエンザワクチンによって母子ともに守られると結論していいだろう。
   もう一編のジェファーソン大学医学部からの論文は、米国でもガイドラインに書かれている治療が徹底されていないことが普通にあることを示す論文で、The American Journal of Cardiologyに掲載予定だ。タイトルは「Frequency of use of statins and aspirin in patients with previous coronary artery bypass grafting(冠動脈バイパス手術を受けた患者さんがスタチンとアスピリンを服用している率)」だ。
   冠動脈狭窄により狭心症などの症状がある場合、現在はステント手術が普及しているとはいえ、効果が長く持続することから、足の伏在静脈を使ったバイパスは現在も重要な治療法だ。これまでの研究で、術後スタチンとアスピリンを長期に服用することで移植血管の閉塞が防げることが明らかになっている。この研究では、381人の患者さんについて、バイパス手術後このガイドラインに従ってスタチンとアスピリン治療を受けているか、血中LDLはコントロールできているか、移植した血管は機能しているかを調べている。
  予想に反し、スタチンとアスピリンの両方を処方されている患者さんは50%にとどまっており、臨床的にも処方を受けていない患者さんは、特に新生血管の出来がよくないことが示されている。
  厳格な標準治療が行われるのかと思っていた米国でも、まだまだ医師主導のさじ加減が普通に横行しているのを知って驚いた。
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5月4日:乳がんの全ゲノム解析(Natureオンライン版掲載論文)

2016年5月4日
   ほとんどのガンが遺伝子に起こる様々な変異により誘導されることは、最近のガンゲノム研究の進展で動かせない事実として確認された。ただ、これまで行われたガンゲノム研究のほとんどは、ゲノムの中でもエクソームと呼ばれるタンパク質に翻訳される部分に集中して行われている。その理由だが、まずエクソンは全ゲノムの1.5%程度で、シークエンスにかかるコストが安い。また、これまでの発がん遺伝子研究の積み重ねがあり、エクソーム解析から明らかになる遺伝子変異の生物学的意味を把握しやすい。これらの理由から、次世代シークエンサーを用いたガンゲノム研究の第一段階は、エクソーム解析からスタートしたが、最近になってガンの全ゲノム解析の報告が増えてきた。とはいえ、エクソーム解析と比べるとまだまだ結論がすっきりしない論文が多い。
   今日紹介するサンガー研究所を中心とする国際チームからの論文はこの典型例で、560例の乳がんの全ゲノム解析から乳がん発生過程を類型化して調べた研究だ。タイトルは「Landscape of somatic mutations in 560 breast cancer whole-genome sequences (560例の乳がんの全ゲノム配列から見えてくる突然変異の全体像)」だ。
   原理的に突然変異がゲノムのあらゆる場所で起こり、また遺伝子発現を調節しているのはエクソン以外の場所であることはわかっていても、エクソーム解析より50倍以上多い遺伝子配列データを、560人分も処理することがいかに大変かはよく理解できる。実際、確実な塩基の変異はトータルで約350万箇所発見されている。平均すると一人8000箇所の小さな変異があり、挿入や欠失、再構成も1000カ所近く存在している。この中から、発がんに関わる変異や、逆にガン化することで起こった変異をどう特定するのか?簡単ではない。560人という多くのガンを調べたおかげで、新しい遺伝子を含む93種類の発ガンのドライバーとなった変異を特定しているが、ガンと結びつけて明確に理解できるのはここまでで、これ以外はゲノム解析に基づく乳がんの分類の仕事と位置付けられる。実際、ガンに関係するかどうかの判断は、同じ変異が繰り返しガンで出現するかどうかが主要な判断基準にならざるをえない。この研究でも期待どおり幾つかの遺伝子のプロモーター領域に変異が繰り返していることを特定している。しかし、遺伝子発現に明確な影響が認められておらず、機能的な意味は不明なままだ。生きた細胞を用いた詳細な研究が必要だろう。
  研究では変異の起こり方(分裂時、転写、損傷 etc)、変異箇所の特徴などから、ガンの変異のでき方に一定の法則を導き出すことができている。これに基づき、例えば乳ガンの遺伝子として知られるBRCA1/2の変異があればどのタイプに入るかを予測できることなどを示している。
   残念ながらこの論文では、議論は完全にゲノム変異からだけわかることに終始して、病気の経過であるとか、組織型などとの相関は全く調べられていない。この意味で、全ゲノムを読んでデータベースができたという段階だろう。
   今後は、このゲノムデータをもとに他の情報との統合が進むだろうと予想できるが、これには丹念な個別研究が必要だ。今政府も企業もビッグデータの重要性を強調しているが、データに自分で語らせるためには、変化の意味についての膨大な個別データが必要な気がする。
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5月3日:ちょっと恐ろしい話?高脂肪食の脳への影響(5月5日号Cell掲載論文)

2016年5月3日
  データが明確になるよう様々な条件を課した実験条件で行われた結果をみると、「え、こんなことが起こるのか!」と驚くことがよくある。特に、私たちの日常生活に潜む問題が、誇張されているとはいえ明確に示されると、背筋が寒くなることすらある。
   今日紹介するドイツ・ケルンのマックスプランク代謝研究所からの論文は高脂肪食を続けることにより脳に様々な急性変化が起こることを教えてくれるとともに、この変化を元に戻すための機構について理解させてくれる面白い研究で5月5日号のCellに掲載された。タイトルは「Myeloid-cell-derived VEGF maintains brain glucose uptake and limits cognitive impairment in obesity (肥満では顆粒球細胞に由来するVEGFによって脳へのブドウ糖の取り込みが維持され、これにより認知機能障害を防いでいる)」だ。
   高脂肪食が肝臓や脂肪組織に働きかけてインシュリン抵抗性を伴う代謝変化の原因になることは詳しく研究されているが、これまで研究が進んでいなかった脳への影響を調べるのがこの研究の目的だ。
  まず最初の驚きは高脂肪食に変えてすでに3日目で脳のグルコーストランスポーター遺伝子Slc2a1の発現が50%も低下することだ。しかもこの低下に呼応して脳内へのブドウ糖の取り込みが低下する。ステーキを食べると眠たくなるのはこのせいか、などと悠長な話ではない。片方の染色体でこの遺伝子が欠損するマウスでは、半数が脳活動が維持できず死亡することを考えると、高脂肪食は急性ではあっても深刻な脳の活動低下につながることがわかる。
   もちろんこのままだと、高脂肪食を続ければ、メタボになるより先に脳の活動異常で死亡することになる。幸い、この急性のブドウ糖の取り込み不全は徐々に回復に向かい、1ヶ月目ではほぼ正常化する。脳での代謝異常を察知してSlc2a1の発現を元に戻す仕組みがあるようだ。
   この研究では脳内のグルコーストランスポーターの発現の変化が脳血管関門に存在する血管内皮で起こっていることを突き止めて、血管内皮のSlc2a1を正常化するメカニズムについて調べている。
   第2の驚きは、トランスポーターの働きを調節しているのが血管内皮増殖因子(VEGF)で、これを全身投与することでトランスポーターの発現を元に戻すことができることだ。もしこれが正しいとすると、ガンの治療に用いられる抗VEGF抗体はガンの血管内皮増殖を止める代わりに、脳の代謝異常を引き起こす心配がある。この論文では、この治療の創始者であるFerraraが共著者に入っているためか、この問題については指摘がない。
  いずれにせよ、高脂肪食は脳血管関門にある血管内皮のSlc2a1発現を抑えて、グルコースの脳内取り込みを抑える。これを徐々にではあるが、血中で上昇するVEGFが元に戻すというシナリオだ。
   そして第3の驚きが、このVEGFを供給しているのが脳血管関門に多い、血液系の特殊なマクロファージであることだ。実際、血液細胞でVEGF遺伝子を欠損させると、Slc2a1の発現は元に戻らず、グルコースの取り込みは低いままになる。そして、この障害によってアルツハイマー型痴呆の発症が促進することも示している。
   話はこれだけだが、マクロファージや血管内皮がこれほど高脂肪食による代謝変化に関わるということは、高脂肪食が炎症を引き起こし、メタボ以外にも多くの異常につながっているということを理解させてくれる。少し誇張しすぎかと心配するが、面白い論文だった。
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5月2日 睡眠と覚醒の調節機構研究の新しい展開(4月29日号Science掲載論文)

2016年5月2日
   このホームページでも睡眠と覚醒を調節している機構についての研究を何回か紹介してきた。研究は、眠りの様々な状態を維持するための神経サーキットについて研究する方向と(http://aasj.jp/news/watch/2210)、脳脊髄液内の物質の変化を追求する方向(http://aasj.jp/news/watch/608)、に大別できるようだ。それぞれの研究を読むと、門外漢の私などはすぐに説得されるが、よくよく考えてみると、どちらの方向からも、最初から最後までの因果関係を説明するシナリオは出ていない。しかし、素人に取っても面白い研究の多い分野であることは確かだ。
   今日紹介するロチェスター大学からの論文は、細胞外のカリウム濃度が睡眠と覚醒のサイクルを反映しており、この濃度差が脳全体の興奮性を調節している主因であることを示した研究で、4月29日号のScienceに掲載された。タイトルは「Changes in the composition of brain interstitiall ions control the sleep-wake cycle(脳間質のイオン組成が眠りと覚醒のサイクルをコントロールする)」だ。
  これまでの研究で睡眠—覚醒サイクルに応じて脳脊髄液のカリウムを始めとする電解質の濃度が変化することが知られていた。ただ、この変化は脳細胞の活動性の結果が反映されていると解釈されていた。この研究では、脳のスライス培養をノルエピネフリン、アセチルコリン、ドーパミン、オレキシン、ヒスタミンが混合されたカクテルで刺激すると、確かに細胞外のカリウム濃度が上昇することを示した上で、次に神経興奮を完全に抑えるテトロドトキシン存在下でもこのカリウム濃度上昇が起こることを発見した。すなわち、カリウムの上昇には神経細胞自体の興奮は関わっていないことが明らかになった。
   次に同じことが生きた動物の脳で言えるのか調べるため、まず脳内の細胞外液の様イオン組成を調べてみると、1)覚醒時にカリウムが上昇、カルシウムとマグネシウムが低下すること、2)麻酔剤イソフルランで睡眠を誘導すると、これに呼応してカリウムが低下、カルシウム、マグネシウムが上昇すること、3)麻酔剤に最も早く反応するのがカリウムで他のイオン変化は遅れること、を見出している。
  最後に、睡眠覚醒時の脳間質液のイオン組成の分析に基づいて、睡眠時と覚醒時に対応する間質液を人工的に作成し、例えば覚醒しているマウスの脳脊髄液を睡眠時のイオン組成に変化させると眠りを誘導できること、逆に睡眠時の脳を覚醒時のイオン濃度に晒すと覚醒することを発見した。これらの結果から、脳脊髄間質液のイオン組成が覚醒睡眠サイクルを決める重要な要因であることが初めてわかった。
   もちろん、この電解質濃度のシフトを調節するメカニズムの解明には、さらに研究が必要だ。とは言え、このようにまだ現象論的研究だが、おそらくイソフルラン麻酔剤による睡眠の誘導、その後の覚醒の二つの状態を、脳の細胞外液を変えることで得られるという発見は大きな前進に思える。
   例えば、昏睡状態で脳幹の活動が停止している人の脳脊髄液はどうなっているのか?また、覚醒型のイオン組成に変化させれば何が起こるのか、私の脳でも覚醒される。
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5月1日:多細胞への進化(4月22日号Nature Communication及び5月19日号Cell掲載予定論文)

2016年5月1日
  最初誕生した単細胞生物から多細胞生物が誕生するまでにおよそ25-30億年かかっている。生命誕生を38億年前とすると、いかに多細胞体制を支える分子機構の進化に時間がかかったかが想像できる。逆に、生物学者にとってこの過程の解明はやりがいのある研究対象と言える。
  今日はこの課題に対して最近発表された2編の論文を紹介する。最初の論文はカンサス大学を中心にした国際チームからの論文で、2300万年前に単細胞(クラミドモナス)、細胞集合(ゴニウム)、そして体細胞が分化した多細胞体制(ボルボックス)異なる体制をとるように分化した3種類の緑藻類のゲノムを比べ、多細胞体制に伴う変化を調べた研究で4月22日号のNature Communicationsに掲載された。タイトルは「Gonium pectorale genome demonstrates co-option of cell cycle regulation during evolution of multicellularity (Gonium pectoraleゲノムは多細胞体制の進化で細胞周期調節が始まったことを示す)」だ。
  この3種類緑藻類は同じ共通祖先から分かれていることが明確で、従ってゲノムの違いは大きくない。この研究ではボルボックスへの進化の過程で、CyclinD1の遺伝子の数が増えること、及び細胞周期の調節分子の一つRB1の構造が、ゴニウム、ボルボックスになるとクラミドモナスから大きく変化することを発見する。そこで、クラミドモナスのRB1遺伝子変異株(細胞が小さくなる)に、ゴニウムのRB1を導入して、RB1遺伝子の変化が、多細胞体制への決定因子かどうか確かめている。結果は期待以上で、ゴニウムのRB1を導入されると、単細胞のクラミドモナスが集合して細胞塊を形成することを見出している。この研究のハイライトはまさにこの機能ゲノミックス実験で、多細胞体制に向けてG1サイクリンの多様化が進み、細胞ごとの細胞周期が用意されるとともに、調節様式が変化することが多細胞形成をガイドすることがわかる。この研究では、ゴニウムからボルボックスへの変化も追求し、細胞外マトリックスが多様化することの重要性を示しているが、まだ機能的研究には進んでいないので割愛する。
   もう一編のイスラエル・ワイズマン研究所とスペイン・ポンペウ・ファブラ大学からの論文は多細胞体制に最も近い単細胞生物Capsasporaを選んで、ヒストン修飾などの遺伝子調節機構を、多細胞動物と比べている。タイトルは「The dynamic regulatory genome of Capsaspora and origin of animal multicellularity (Capsasporaゲノムの動的な調節と多細胞動物の起源)」で、5月19日号のCellに掲載予定だ。
  Capsasporaは生活環境に応じて単細胞体制、細胞集合、そして嚢胞形成と3種類の形態をとることができ、状態に応じて遺伝子発現を変化させることが知られている。この遺伝子調節に関わるエピジェネティックスを含む遺伝子調節機構をゲノム全体に調べ、多細胞体制に向かうための遺伝子発現調節条件を調べたのが今回の仕事だ。転写調節に関わる様々な機構の変化が示されているが、結論を箇条書きにすると、
1) ヒストン修飾機構などは多細胞動物とほぼ同じ。
2) 高度な転写因子ネットワークが存在する。
3) long non-coding RNAが転写調節に関わっている
などの多細胞動物と共通の機構がすでに存在する一方、多細胞動物で見られる離れた場所から転写を調節する遠位エンハンサーがほとんど発達していないことを発見している。すなわち、転写開始部位のすぐ近くだけで転写調節が完成していることを意味する。従って、ゲノムの構造をより複雑にして、遠い場所から遺伝子調節を行得るようになることが複雑な多細胞体制進化に必須であったことがわかる。
  多くの生物のゲノム解読は、着実に進化過程の研究に寄与し続けていることを実感する論文だった。
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4月30日:ガラパゴスフィンチのくちばし(4月22日号Science掲載論文)

2016年4月30日
    完全に隔離された島々からなるガラパゴス諸島での種の多様性についての観察は、ダーウィンが多様性の生成と自然選択を組み合わせた進化論を着想するのに大きく貢献したとされている。特に種によって食物の異なるフィンチが、食物に適応したくちばしの大きさや形態を持っていることは、自然選択が進む過程を直接観察できる可能性を秘めている。そのため、現在も多くの研究者がフィンチの研究を続けており、ゲノムについても解析が進んでいる。
   今日紹介するスウェーデン・ウメオ大学を中心とする国際チームからの論文は実際にくちばしの形を決める遺伝子が自然選択の対象になることを示した研究で4月22日号のScienceに掲載された。タイトルは「A beak size locus in Darwin’s finches facilitated character displacement during a drought (ダーウィンフィンチのくちばしのサイズを決めている一つの遺伝子座が干ばつによる形質変化を促進する)」だ。
   この研究の目的は明快で、フィンチのくちばしの形を決める遺伝子座が自然条件により実際に選択されることを示すことだ。このため、ガラパゴス諸島の中でも小さな島の一つダフネ島に生息する陸上フィンチに焦点を当てて研究している。なぜダフネ島のフィンチが選ばれたのかだが、この島のフィンチのクチバシの形が干ばつにより選択の対象になることは、1970年代の研究で一度示されている。また、2004年から2005年にかけてダフネ島はもう一度大きな干ばつに見舞われ、この時の死亡した個体と、生き残った個体の資料が残っている。このため、この時保存された資料の遺伝子解析から、クチバシの形を決める遺伝子が本当に自然選択の対象になっていることを示すことができる。
  この研究では、まず体の大きさやクチバシの大きさの異なる6種類のフィンチのゲノムを10羽づつ解読し、HMGA2遺伝子の多型がクチバシの大きさと最も強く相関することを明らかにしている。次にこの遺伝子型を、2004−2005年にかけて起こった干ばつで生き残った個体と、死亡した個体について調べ、大きなくちばしと相関する多型を持った個体ほど、干ばつによって自然選択されていることを示している。具体的にデータを紹介すると、大きなくちばしと相関する遺伝型をL、小さい方をSとすると、LL型フィンチは死亡14、生存6、LS型は死亡15、生存17、そしてSS型は死亡5、生存14という結果だ。
   この一枚の表を作るために、60羽の異なるフィンチのゲノム解析を行ったという執念の仕事だ。おそらく著者らはこの結果を得て大興奮しただろう。環境条件が、形質だけでなく、その背景にある遺伝型を選択したことを目撃した記念すべき瞬間だ。    前回のガラパゴス旅行ではダフネ島を訪問できなかったが、次回は是非見に行きたい。
カテゴリ:論文ウォッチ
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