2024年2月26日
胃粘膜が生息するピロリ菌は慢性炎症を誘導して胃炎や胃潰瘍の原因になるだけでなく、東大の畠山さん達により SHIP2 から Erkシグナルを活性化させて細胞増殖を誘導する分子CagA を胃上皮細胞に注入することで胃ガン発生を促進することが示されている。
今日紹介する香港中文大学からの論文は、口腔連鎖球菌も同じように胃ガンのリスクファクターになる可能性を示した研究で、2月15日号 Cell に掲載されている。タイトルは「Streptococcus anginosus promotes gastric inflammation, atrophy, and tumorigenesis in mice(口腔連鎖球菌はマウスの胃炎、萎縮、腫瘍化を促進する)」だ。
人間の胃ガンに存在する細菌叢を調べるとピロリ菌だけではなく、体内の様々な場所に常在している口腔連鎖球菌も存在することが知られているようだ。また口腔連鎖球菌は酸に強いことが知られているので、ピロリ菌のように胃ガンを誘導するのではと着想し、後は完全にマウスでこの可能性を調べる実験を行っている。
まず、通常のマウスに口腔連鎖球菌を3日間連続投与して2週間目で調べると、ピロリ菌ほどではないが炎症が誘導される。さらに長期間投与し続けると、胃上皮内に口腔連鎖球菌が持続し、ピロリ菌に匹敵する慢性胃炎を引き起こすこと、さらに1年目では上皮の萎縮、さらには腸上皮化生が発生することを突き止める。まさにピロリ菌と同じ活性がある。
そこで、無菌動物に口腔連鎖球菌を投与して胃上皮細胞の増殖を調べると、細胞の増殖が上昇し、さらに粘液細胞への化生が進むことがわかり、このことから胃ガン発生を促進することが想像される。
これを調べるため、胃ガン細胞を皮下に移植し、これに口内連鎖球菌を注射すると、ガンの増殖が上昇する。さらに、発ガン剤ニトロソウレアを投与する系で口内連鎖球菌を感染させると、発ガンが促進されることを確認している。
最後に上皮増殖を促進するメカニズムを探ると、口内連鎖球菌は TMPC分子を介して上皮が発現するアネキシンに結合し、上皮にとりつくとともに、アネキシンを介して ERKシグナル経路を活性化することを明らかにしている。
関わる分子は異なっても、炎症誘導、そして上皮の ERKシグナルを介して胃ガンの発生を助ける能力を口腔連鎖球菌が持つことはよくわかった。とはいえ、人間でも疫学や細胞学的研究が必要だと思う。
2024年2月25日
成人T細胞白血病は、一昨年ご逝去された高月清先生のグループが特定したレトロウイルス(HTLV-1)感染後に起こるT細胞白血病だ。感染経路が特定できているので新しい感染者はほとんど防げているので、いつかは消滅する病気だと思うが、これまでに感染したキャリアからコンスタントに発症者が出ており、2021年の論文を見ると770例の発症がある。病気のメカニズムについてはまだわかっていないことも多く、ウイルスのTax分子が細胞の転写を変化させることが指摘されてきた。
最近この分野はほとんどフォローできていなかったが、今日紹介する東大・新領域創生科学研究科からの論文は、HTLV-1 感染後、白血病発症までに積み重なるエピジェネティックな過程を明らかにした力作で、2月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mechanisms of action and resistance in histone methylation-targeted therapy(ヒストンメチル化標的治療の効果と耐性のメカニズム)」だ。
久しぶりに我が国から発表された、基礎から見ても面白い臨床研究だと思う。筆頭著者が責任著者を兼ねているのも好感が持てる。若い研究者が全体を引っ張っているという感じがする。
ATLに決め手となる治療はなかったが、最近第一三共が開発したヒストンメチル化に関わるEZH1、EZH2阻害剤バルメトスタットが効果を示すことが明らかになり、このメカニズムの解明は感染後の ATL発症過程を理解する鍵になると考えられる。この疑問に答えようと、治療を受けた患者さんの ATL細胞のエピジェネティックを調べたのがこの研究だ。
これまで示されていたようにバルメトスタットはほとんどの患者さんの白血病を抑える効果がある。そこで、治療前と治療後でバルメトスタットが標的とするヒストンの H3K27me3 量、結合部位、クロマチンの構造などを総合的に調べると、期待通り H3K27me3 の量が減り、特に転写の始まる部位でのクロマチン構造が緩み、転写が上昇する。ただ、詳しく見ると、患者さんによるバリエーションは大きい。しかし、ほとんどのケースでATL細胞の増殖が低下すると言うことは、ウイルス感染後 EZH2 の活性が高まり、H3K27me3 結合した転写開始点が増えることで、ガンの増殖を抑制する分子の発現が低下し、白血病が進むことがわかる。
だとすると、やはりほとんどの患者さんがバルメトスタット治療2年ほどで再発する原因はエピジェネティックメカニズムの変異が加わって、抑制性の染色体構造が緩んでしまった結果である可能性が高い。
実際、変異を起こした患者さんで調べると、半数が EZH2 の変異が起こり、バルメトスタットが効かなくなってしまった結果であることが確認される。
さらに面白いのは、EZH2 などのエピジェネティック分子複合体の変異が全く認められないケースが半分近く存在する点で、そのケースを探ると、DNAのメチル化を外す TET2遺伝子の欠損、あるいは新しくDNAをメチル化する酵素DNMT3の発現が高まっていることを発見する。
ヒストンのメチル化とDNAメチル化の関係は比較的よくわかっているが H3K27me については、クロマチンが閉じているにもかかわらず、その部位のDNAメチル化がほとんどないため、複雑な遺伝子発現に対応するための特殊な関係と思われてきた。
この研究では見事に、EZH2変異がないケースでは、H3K27me3 でサイレンスされている部分にDNAメチル化が起こっており、これをデシタビンでブロックすると、バルメトスタットの効果が再現することを示している。
他にもエピジェネティックス制御に関わる PRC2分子群の翻訳が高まるケースも示しているが割愛していいだろう。
結果は以上で、発生学でこれまで問題になってきた H3K27me3 と DNAメチル化の2種類のエピジェネティック制御の面白い関係が、見事に患者さんの白血病の中に見られることがわかる、発生学から見ても勉強になる研究だと思う。このような統合的な臨床研究をやり遂げる若手がどんどん出てくることを期待する。
2024年2月24日
Science系の雑誌にヘビについての論文が3編も同じ週に掲載されていたので紹介することにする。ただ、論文が多いので紹介は簡単に済ませる。
最初はニューヨークのStony Brook大学からの論文で、ヘビの進化スピードをトカゲと比べた研究。2月23日号 Science に掲載された。タイトルは「The macroevolutionary singularity of snakes(ヘビのマクロ進化の特異点)」だ。
ヘビは頭の形、長さ、脊椎の数、四肢の欠損といった形態だけでなく、蛇毒や感覚分子などでみると、同族のトカゲと比べて進化速度が早く感じられる。実際、トカゲでも四肢を欠損するケースがあるが、そこからヘビのような多様化が起こることはない。これを調べるため、ヘビで見られる形態を中心にした新しい変化の出現を一つの指標に統一し、ゲノム進化のマップにオーバーラップさせたのがこの研究だ。
結果は、ヘビの多様化はトカゲの何倍も早い。ただ、新しい形質への特異点が独立して起こり、これが重ね合わさって多様化が進んでいる。すなわち、ヘビへの進化のキーはヘビへの進化で起こったこのシフトに負うところが大きい。そして、このシフトを促したのは、おそらくその肉食性と捕食行動を支える形態変化で、これをきっかけにそれぞれの環境に合わせた進化を進行させてきたと結論している。
以上の仕事は自然選択要因から進化を見た研究だが、次のコロンビア大学からの論文は、ヘビでは我々哺乳動物とは異なる減数分裂時の遺伝子組み換えサイトの形成方法が存在することを示した研究で、同じ号の Science に掲載されている。タイトルは「Patterns of recombination in snakes reveal a tug-of-war between PRDM9 and promoter-like features(ヘビの組み換えパターンから、組み換えホットスポットについてのPRDM9とプロモーター様部位の競争が見えてくる)」だ。
PRDM9分子はヒストンのメチル化に関わる分子で、マウスや人では減数分裂時の組み換えが起きやすい場所を決めている。ただ、ノックアウトマウスの解析からこれ以外にも組み換えホットスポットを形成する仕組みの存在が知られており、場所としてはCGリッチなプロモーター様構造がそのサイトになっおり、PRDM9分子が欠損すると、そちらにシフトすることが知られていた。
この研究ではヘビのPRDM9をクローニングし、同時にヘビの組み換えホットスポットパターンを特定している。その結果、マウスや人と異なり、PRDM9結合部位と、プロモーター様部位が両方組み換えホットスポットとして利用されていることを明らかにしている。
以上の結果は、哺乳類と異なり2種類の組み換えホットスポット形成がヘビでは生きていることを示している。すなわち、余分なホットスポットをヘビは使えると言うことで、ひょっとしたらこれがヘビの大きな形態変化に継ながっているのかも知れない。
そして最後のカリフォルニア・スクリップス研究所からの論文は、多くのヘビ毒を中和するモノクローナル抗体を開発したという研究で、2月21日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Synthetic development of a broadly neutralizing antibody against snake venom long-chain α-neurotoxins(調査α神経毒型ヘビ毒を広範に中和する抗体の合成的開発)」だ。
ヘビ毒にはいくつかのサブタイプが存在するが、最も重要で広く分布しているのが 3-フィンガートキシン(3FTx)で、アセチルコリン受容体に結合して呼吸を止める。トキシンの構造は多様だが、標的は同一なので、この部位に対する抗体が出来ると、多くのヘビに対応できる。
このために、ランダムに突然変異を誘導したヒトの Fabライブラリーをスクリーニングし、最終的に95Mat5と名付けた抗体の分離に成功している。そして、試験管内での中和実験とともに、マウスに投与することでほとんどの 3FTx型のヘビ毒を中和できることを明らかにしている。
以上、ヘビ論文3題でした。
2024年2月23日
サリドマイドの作用機序解明以降、標的蛋白質にユビキチンリガーゼをリクルートして分解させる PRORAC と呼ばれる薬剤の開発が続いている。特にスーパーエンハンサーに存在する BRD蛋白質を標的にする PROTAC は臨床応用に近いところにきていると言えるだろう。
このように PROTAC は標的分子とユビキチンリガーゼを結びつける接着剤の役割を担うのだが、今日紹介する英国ダンディー大学とオーストリア科学アカデミー研究所からの論文は、新しい標的分子分解方法の可能性を示した研究で、2月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Targeted protein degradation via intramolecular bivalent glues(分子内2価接着による標的蛋白質の分解)」だ。
我が国のエーザイが開発していたスルフォンアミド化合物 E7820 をエンハンサー構造に関わる BRD分子と結合する JQ1 を結合させた分子 IBG1 が三菱田辺製薬により開発され、低濃度で様々なガンの増殖を抑制できることが特許として申請されていた。
この研究ではこの IBG1 が設計通り DCAF15分子を介してユビキチンリガーゼを BRD分子にリクルートするのかを調べた結果、確かに BRD分子は分解するが、DCAF15 非存在化でも分解が起こることから研究が始まっている。
まず BRD4分子に蛍光分子を結合させ、IBG1 による BRD4分子分解に関わるユビキチンリガーゼとその受容体を探索すると、CRL4/DCAF16 依存的に BRD4 が分解されることを突き止める。
では、IGD1 が接着剤として BRD4 と DCAF16分子を結合させるのかを調べていくと、驚くことにDCAFと結合すると考えていたE7820がなんとBRD4分子のブロモドメイン(BD1)と結合することがわかった。すなわち、IGD1はBRD4分子に存在する2つのBD(BD1とBD2)を引き寄せる効果があり、この結果生まれた新しい蛋白質の構造を包むようにDCAF16が働き、BRD4をユビキチン化、分解に導くことがわかった。
結局、本来DCAF15と結合すると考えたE7820がたまたまBD1と結合することでこの現象が発見されたことになり、E7820の代わりにBD1結合分子を使えば同じ効果が得られることになる。この考えに基づき、もともとBDドメインと結合するJQ1をE7820に置き換えた化合物IGD3を合成してBRD4分解活性を比べると、UGD1を越える活性を示すことが明らかになった。
さらに、JQ1をつなぐ構造をもっと短くしてリジッドな化合物を合成してしらべると、今度はDCAF16の代わりにDCAF11/CRL4をBRD4分子と結合させて分解することがわかった。
以上が結果で、化合物の作用を再検討することから新しい作用機序がわかり、新しい創薬標的が明らかになった面白い研究だ。しかも、蛋白質によってはそれ自身の構造変化でユビキチン化される可能性があることも示され、生物学的にも面白い。
この結果、これまでとは異なるメカニズムでBRD4を分解する薬剤が開発できることがわかり、今後スーパーエンハンサー依存性のガンのアキレス腱を突く治療法がより加速することも期待できる。極めて専門的な論文だが、期待したい。
2024年2月22日
ノボノルディスクのセマグルタイドが2月22日から我が国でも販売されるという記事が日経に出ていた。とっくに認可されて使われていたのかと思っていたので驚いたが、GLP-1 作動薬と腎臓でのブドウ糖再吸収を阻害する SGLT2 阻害剤は糖尿病治療を変革している。面白いのは、糖尿病治療として開発されたこれらの薬が、糖代謝を越えて様々な効果を発揮していることで、我々の身体の代謝システムのネットワークの複雑性を物語る。
今日紹介するミュンヘン大学を中心に200を超す研究機関が集まって発表した論文は、2型糖尿病(T2D)のゲノムリスクデータを世界中から集めて、新しく解析し直し、糖尿病発症に至る複雑な経路を明らかにしようとした研究で、2月19日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Genetic drivers of heterogeneity in type 2 diabetes pathophysiology(2型糖尿病の病態生理の多様性の遺伝的要因)」だ。
T2D のゲノム解析はこれまで何度も発表され、我が国でもかなり早くから解析が進んでいた。この過程で、糖尿病タイプの人種差とゲノムの関係(例えば東アジア人はインシュリン合成に関わるゲノムリスクと相関する T2D が多い)ことなどが示されてきた。
この研究では、このような人種差の問題も視野に入れ、これまで集まったゲノムデータを同じ方法で解析するとともに、多型が特定された領域のクロマチン構造を様々な細胞で調べたデータを参照して、ゲノム多型と T2D との関係に細胞過程を反映させようとしている。
多くの結果はこれまで報告された結果と一致しており、また膨大なので、個人的に面白かった結果だけをまとめておく。
まず、T2D と相関する一塩基多型(SNV)は1300に及び、T2D が様々な回路が複雑に絡まった病気であることを示すが、これらの SNV を膵臓のβ細胞関連2種類、血糖、体脂肪、メタボリックシンドローム、肥満、脂肪代謝異常、肝臓脂肪代謝など、それぞれ特別な検査項目で分別できる8つのカテゴリーに分類できる。
糖尿病は様々な理由で起こるインシュリン抵抗性ステージを経て、β細胞が疲弊してインシュリンを作れなくなるステージへと進むが、それぞれの段階で様々な経路が存在することがゲノムからわかる。
勿論、体脂肪と肥満は当然オーバーラップするのだが、8つのカテゴリーに分別した SNV のクロマチン状態を対応させると、同じブドウ糖代謝異常でも小腸の GLP-1 受容体発現が高いクロマフィン細胞で強く発現している遺伝子は、プロインシュリン産生と連関しない β細胞関連 SNV に見られることがわかる。すなわち、GLP-1 経路をより強く反映しているのがこの経路になる。
また脂肪細胞や肝臓細胞で説明できると考えがちな脂肪代謝と相関する SNV の中には、膵島細胞で発現が見られるものがある。これらは、インシュリンとは全く別に、膵臓と脂肪代謝をつなぐ経路があることを意味している。
さらに、代謝異常と相関する SNV には脳皮質の抑制性神経細胞で強く発現しているケースが認められ、神経代謝ネットワークの T2D への関与を示している
世界中からデータが集まっているので、当然 T2D 発症経路の人種による違いを調べることも出来る。これまで、東アジア人は膵臓 β細胞の異常に直接関わる SNV の関与が強く、逆にヨーロッパ人は脂肪代謝異常と関わる SNV との相関が強いとされていた。
この研究でも、同じ結果が認められたが、アジア人を BMI で、痩せの強い人、肥満の強い人に分けると、人種差として見えていた物が、実際には BMI の差であることを示している。
他にも、妊娠時糖尿病、多囊胞性卵巣症候群、糖尿病末期の血管や腎臓異常などとの関係も詳しく見ているが、割愛するが、ゲノムから眺めると、確かに糖尿病の成り立ちの複雑性がよくわかる。すなわち、糖尿病でも個人にあったプレシジョンメディシンが必要であることを示している。
2024年2月21日
マルチモーダル AI により、テキストからイメージが作れるようになってすぐ、例えば医者とインプットすると男性の医師が描かれ、看護師とインプットすると女性で描かれるというジェンダーバイアスが問題になった。しかし、AI は主にパブリックなデータベースから画像を拾っているので、この結果は我々が利用しているパブリックデータベースやソーシャルネットにジェンダーバイアスが存在していることを意味している。
今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、Google のようなパブリックデータベースに蓄積されたジェンダーバイアスを調べ、またそのバイアスが我々にどう影響するのかを、画像とテキストに分けて調べたユニークな研究で、2月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Online images amplify gender bias(オンラインのイメージがジェンダーバイアスを増幅させる)」だ。
この研究ではまず、3500近い社会的カテゴリーについて100枚のイメージを Googleサーチで集め、それぞれのイメージの性別を6500人近くの人間に手分けして判断させている。この結果、9割は性別を決めることが出来ている。一方、language model のエンベッディングを利用して、テキストに表現されるジェンダーバイアスについても同時に調べている。
それぞれのジェンダーバイアスを比べると、画像でのバイアスが極めて高い。例えば水道工事となると画像ではほとんど男性になるが、テキストではその半分程度のバイアスしかない。逆も同じで栄養士の画像はほとんど女性だが、テキストではバイアスは半分以下になる。
さらに、職業を問わずイメージ全体で見るとネット上の女性イメージがそもそも少ない。さらに、人口統計で見られる実際のジェンダーバイアスと比べても、画像に蓄積されたバイアスは高い。一方、テキストでは人口統計のバイアスも是正されている。
次に、このバイアスが我々の判断にどう影響するか、先入観が少ない科学や芸術と言った特殊な職業について、Google で調べた後、その職業について心理的なジェンダーバイアスが生まれたかどうかを、自己申告や、心理テストで調べている。
結果は、ウェッブから拾ってきたデータ自身のジェンダーバイアスは、データが画像の場合より増幅されて我々のイメージとして定着することが明らかになった。一方、テキストの心理的効果はランダムだ。
結果は以上で、我々が毎日作り出しているイメージが SNS上で社会化され、それが今度は我々の判断に影響するというサイクルが発生し始めていることを意味する。
ルソーの一般意志を Google のような新しいテクノロジーで拾い上げることが可能になったことを東浩紀さんが「一般意志2」で書いたのは10年以上前で、優れた先見性を持った著作だったが、これを越えてテクノロジーが進んでいることを感じる。
2024年2月20日
皮膚の幹細胞を培養して調整した皮膚や、角膜から調整した幹細胞の移植治療はすでに臨床応用が進んでいる。とすると、現在研究が進む肺胞や気管上皮の幹細胞を移植する治療が考えられてもいいはずだ。しかしながら、細胞を局所に移植する方法や、対象となる領域の広さから、肺機能不全の幹細胞治療は進んでいなかった。
今日紹介する上海同済大学からの論文は、ひょっとしたら慢性閉塞性肺疾患(COPD)の幹細胞治療が可能かも知れないと思わせる臨床治験研究で、2月14日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Autologous transplantation of P63 + lung progenitor cells for chronic obstructive pulmonary disease therapy(慢性閉塞性肺疾患のP63陽性自家肺幹細胞移植)」だ。
慢性気管支炎や肺気腫では肺組織の自己再生が低下していることが知られている。このグループは、自己再生に必要な幹細胞を COPD治療に応用できるのではと研究を進めてきて、前臨床では P63陽性幹細胞移植が効果があることを明らかにしていた。
そして今回20人の COPD患者さんを対象に肺から調整した P63陽性幹細胞移植治験に踏み切っている。
P63陽性細胞の採取だが、肺ガンの診断に使われる気管支鏡下ブラッシングを用いている。私が臨床医の時代からブラッシングは重要な検査だったが、いつも診断に必要なだけの細胞が取れているか心配だった。そのぐらい少量の細胞しか採取できない方法でも、全員で移植が可能な細胞数が培養出来ている点に驚いた。
次に移植だが、20カ所に気管支鏡を挿入、洗浄後細胞を移植している。COPDの患者さんにはかなり負担の大きな治療になると思う。
結果だが、気管支鏡による細胞採取や移植に伴う副作用を除くと、移植後24週まで重大なイベントは起こっておらず、第一相治験の目的はクリアしている。
12週目と24週目で一酸化炭素を用いる肺拡散試験で評価している。実際には一秒率なども測定しているが、このような effort dependent な機能測定法では効果は検出できていない。しかし、肺拡散試験では12週目で7割の患者で改善が認められ、24週でも53%で改善が維持されている。もともと炎症など様々な問題が存在した上での自己再生不全なので、長期の維持が難しいとすると、進行を抑えるには毎年移植が必要になるかも知れない。この改善は、単位時間の歩行距離や、自覚症状としても確認でき、クオリティーオブライフ改善でも期待できる。
とはいえ、細胞移植の効果が全く見られなかった人が1−2割は存在している。この研究で感心したのは、効果が見られなかった細胞と、見られた細胞について遺伝子発現を調べ直している点で、効果が見られなかった細胞では培養中に分化が進んでしまっていることも明らかにしている。この結果は重要で、今後移植前に細胞のクオリティーを確かめることが出来る。
以上が結果で、COPDに細胞治療という、私が臨床で働いていた頃には考えられない可能性が生まれたと驚いている。
2024年2月19日
今日は少し息抜きと言った感じで、こんなことまで調べられているのかと感心した調査研究を2編紹介したい。
まず最初はケンブリッジ大学教育学部からの論文で、世界137カ国のデータを集め、制服着用が児童の運動量に影響しないか調べた研究で、Journal of Sport and Health Science にオンライン掲載されている。タイトルは「Are school uniforms associated with gender inequalities in physical activity? A pooled analysis of population-level data from 135 countries/regions(学校の制服は運動量の男女差の原因にならないか?135カ国からの人口レベルのプール研究)」だ。
制服を着用すると運動量が減るかも知れないと言われてみると、確かに可能性はあると思う。この研究ではオンラインで学校の制服着用につて調査を行った後、各国の児童の運動量や運動力の統計データを集め、全部プールして比較している。データが全く別々にとられているので、統計学的正確性はかなり割り引いて考える必要がある。
堅苦しいことは抜きにして結果をまとめると、
- 児童の運動目標を定めたガイドラインがあるが、どの地域でも男児の方が女児より目標達成率が高い。
- 制服着用の地域では、制服がない地域と比べて目標に達していない率が高い。
- 特に小学校での制服着用は、女児の運動を制限する傾向にある。また所得の高い先進国で、制服による運動量の男女差が生まれやすい。
以上が結果で、制服が規律のシンボルになる一方で、これが運動量の男女差を生むという結論になる。
次は我が国、国立感染症研究所からの論文で、病院での出産がいつ行われたのかを1979年から2018年までの40年間調べた研究で PlosOne にオンライン掲載された。タイトルは「Holiday effect on childbirth: A populationbased analysis of 21,869,652 birth records, 1979–2018(出産の休日効果:21869652人の出産記録の集団ベース解析)」だ。
基本的に出産という生物活動は日を選ぶわけではないが、病院出産だと休日は避けたい。そこで、出産時期を調整することになり、当然休日の出産は減ると予想できる。
これを30年にわたって調べたのがこの研究で、土曜日や日曜祝日の出産は極端に低下する。
この統計を見て驚くのは、我が国で低体重児や早産などのリスクが高い出産が着実に増えていることだ。これは私がまだ臨床医として働いていた1979年と現在を比べると明確だ。
その結果、リスクの高い出産は特に休日を避ける配慮が行われていることがわかる。
結果は以上で、安全な出産を行うために行う調整のおかげで、我が国の出産リスクは世界トップの低いレベルに抑えられているのだろう。ただ、休日は低いとは言え、減少率は3割程度なので、出産施設が24時間機能するよう維持されていることもよくわかった。
以上、両方とも面白く読むことが出来た。
2024年2月18日
私たちの身体は余ったエネルギーをグリコーゲンと脂肪に変えて蓄積している。この経路はリン酸化されたグルコースG6Pからそれぞれの経路に分離していくが、それぞれの経路のバランスがどう調整されているかはよくわかっていない。
今日紹介する中国科学技術院基礎医学研究所からの論文は、グリコーゲン合成への経路で発生する中間体 uridine disphosphate glucose(UDOG) が脂肪合成系を抑制するメカニズムを明らかにした研究で、2月16日 Science に掲載された。タイトルは「Hepatic glycogenesis antagonizes lipogenesis by blocking S1P via UDPG(肝臓でのグリコーゲン合成はUDPGによるS1P阻害を介して脂肪合成を抑制する)」だ。
研究では、マウス肝臓細胞を培養し、グルコースを加えた時、まず1時間ぐらいでグリコーゲン合成が始まり、脂肪合成は1時間遅れることを確認し、グリコーゲン合成が始まると、それ自身が脂肪合成を抑える可能性を示した。
次に脂肪合成阻害活性のある代謝物を探索し、最終的にグリコーゲンになる前の段階の代謝物UDPGが脂肪合成を抑えることを発見する。
次にUDPGが脂肪代謝を阻害する仕組みを様々な細胞学的テクノロジーを駆使して探索している。ただ、かなり専門的なので、詳細を省いて明らかになった抑制メカニズムだけを紹介する。
- グルコースが取り込まれるとG6Pが合成されG1PからUDPGを経てグリコーゲンが合成される。これは細胞質で行われるが、UDPGはゴルジ体の膜に発現しているキャリアー分子SLC35を介してゴルジに輸送される。
- ゴルジ体に輸送されたUDPGはまずSite 1プロテアーゼ(S1P)と結合しS1Pの蛋白分解活性を抑える。
- 脂肪合成に必要な遺伝子はいくつかのSREBP転写因子により調節されているが、S1Pがゴルジ膜上のSREBPをを切断して核移行を可能にすることがSREBを活性化させる。この活性化に必須のS1Pが抑制されると、当然脂肪合成のための遺伝子発現が抑えられ、グリコーゲン合成が低下しUDPGが低下するまで脂肪合成が抑えられる。
以上のメカニズムに基づき、UDPGを脂肪合成を抑える治療薬として使う可能性を、マウスで調べている。正常マウスにUDPGを投与すると、脂肪合成を抑えることが出来る。次に、高脂肪食を摂取させて誘導する脂肪肝モデルを用いてUDPGを投与すると、脂肪肝を誘導したマウスでは血中UDPGがほとんど0に低下しており、これにUDPGを投与すると脂肪の蓄積を抑えることが出来る。
最後に、人間の正常肝臓細胞の培養で、UDPGが脂肪合成を抑えて、グリコーゲン合成を高めることを確認している。そして、非アルコール性肝炎の患者さんの肝臓細胞を用いて、脂肪合成が亢進している患者さんの肝臓細胞ではUDPG量が低下しており、また試験管内で脂肪を投与して起こる肝臓細胞での脂肪蓄積も抑えられることを明らかにしている。
以上が結果で、これまで別々に理解していた代謝経路を見事に連結させ、脂肪肝の抑止方法を明らかにした、オーソドックスな代謝研究だ。現在のところ経口可能ではないと思うが、ここが突破されると、サプリで出てくる気がする。
2024年2月17日
2023年の我が国の喫煙率を見て驚いたのは、喫煙が当たり前だっ我々団塊の世代を含む高齢者の喫煙率が男性で10%を切っている点だ。喫煙者は既に死亡しているからと恐ろしい見方もあるかも知れないが、おそらく私のようにいつかの時点で喫煙をやめた人が多いのだろう。いずれにせよ、全世代で着実に低下していることは間違いない。
今日紹介するパストゥール研究所からの論文は、免疫機能についてのコホート研究の中から、喫煙と免疫機能の関係を調べた研究で、2月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Smoking changes adaptive immunity with persistent effects(喫煙は獲得免疫に持続的な変化をもたらす)」だ。
余談になるが、ドイツに留学していた時を皮切りにパストゥール研究所とは長い関係を続け、何度も訪れる機会があった。ただ、1990年頃までは研究室の一角で喫煙が許されていたのを覚えている。その後、喫煙所は建物外に移され、さらに敷地全部が禁煙になると、近くのカフェが研究所の喫煙場所になり、そのカフェも今や室内禁煙になっている。おそらく私がまだ生きているうちにパリ全域が禁煙になる気がする。
さて本題に戻るとしよう。この研究は各世代100人づつ全1000人を対象としたコホート研究で、血中の免疫系細胞やサイトカインだけを調べるのではなく、全血に試験管内で様々な刺激を与え、その反応をサイトカインの分泌で調べている。1000人の末梢血について刺激実験を行い136項目を調べるのは、計画は出来ても大変な実験だ。
このコホート研究は、それぞれのスコアについて、喫煙だけでなく、肥満やサイトメガロウイルス遷延感染、あるいは食生活など詳しく調べ、例えば肥満とT細胞刺激によるIL-2 産生との相関などを特定している。ただ、生活習慣の中で最も大きな相関が検出されたのが喫煙で、検査時の血縁者では、自然免疫刺激(様々なTLR刺激)による CXCL5 分泌、及び獲得免疫刺激による IL-2 / IL-13 分泌と大きく相関していることがわかった。基本的には両反応とも上昇しており、炎症が高まっていると言える。
面白いことに、自然免疫の方は禁煙によりすぐ影響が消える。しかし、獲得免疫の方は禁煙後も長期間影響が見られる。また喫煙年数と強く相関する。
このことは、一定期間の喫煙が獲得免疫の場合、B細胞やT細胞のエピジェネティックな変化を誘導していることになる。この可能性を検証する目的で、血液細胞のDNAメチル化を調べ、喫煙によってメチル化が一般的に低下すること、そして AHRR遺伝子を含む5種類の遺伝子上流の CpGアイランドが、禁煙後も脱メチル化されていることを発見する。
それぞれの領域のメチル化は獲得免疫と逆相関し(すなわち喫煙でメチル化が低下するとこれらの分子の発現が上昇する)、喫煙により発生したメチル化パターンは禁煙後も徐々にしか元に戻らないことを示している。
結果は以上で、なぜこれらのメチル化パターンが獲得免疫反応の上昇につながるかを完全に説明するには、これら5種類の遺伝子の免疫機能への影響をさらに調べる必要があるだろう。また、自然免疫、特に CXCL5分泌については、反応している大坊は特定できているが、メカニズムはわからない。コホート研究なので、喫煙はともかく遺憾という結論でよしとしよう。
医学部に入学したとき私も当たり前のように喫煙を始めたが、人生を振り返り、また何度も訪れた時代時代のパストゥール研究所を思い出すと、少なくとも我々世代にとってタバコは時代や文化を映す鏡だったことは間違いない。とはいえ、今全くタバコなしの生活が出来ているのも不思議な気がする。