8月27日 ゲノムから見るダニの生態 (9月3日号 Cell 掲載予定論文)
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8月27日 ゲノムから見るダニの生態 (9月3日号 Cell 掲載予定論文)

2020年8月27日
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10年前まで、動物や植物の全ゲノム解析はトップジャーナルに掲載されるのが普通だった。しかし、それ以降はゲノムを解析したというだけでは専門誌に回され、トップジャーナルに掲載されるためには、ゲノムから読み取れる面白いストーリーを示す構想力が必要になっている。

今日紹介する中国のダニゲノムコンソーシアムからの論文は、住環境が近代化した今でも私たちを悩ませているダニのゲノムを比較し、地域の環境とそこに生きる人間や家畜に合わせて進んできたダニの進化について、面白いストーリーに仕上げた研究で、めでたく9月3日号のCellに掲載される。タイトルは「Large-Scale Comparative Analyses of Tick Genomes Elucidate Their Genetic Diversity and Vector Capacities (ダニゲノムの比較解析により遺伝的多様性と病原体媒介能力の関係が明らかになる)」だ。

この研究だが、ストーリーという点では、まず今も私たちの身近に存在し、医学的にも重要なダニを対象にした点、そして中国という広い国土のダニ分布マップを作成し、そのゲノムから細菌、動物、家畜、人間などのダニと関係する様々な生物を考え直した点、そして吸われる側から是非共知りたい吸血能力について詳しく解析している点がハイライトだろう。

日本で問題になる家ダニは、ツメダニとチリダニのことだが、この研究で対象にしたのは動物の血を吸う6種類のダニ(シュルツェマダニ、フトチゲマダニ、カクマダニ、Hyalomma asiaticum, クリイロコイタマダニ、オウシマダニ)で、長い遺伝子長を解読できるPacBioと普通の次世代シークエンサーを組み合わせて、まず全ゲノムのレファレンスを作成し、それに基づき、中国全土から採取した600個体を越すダニの全ゲノム解析を行い、そこから何が読み解けるのかストーリーを提示している。

今後の研究には、それぞれの種のゲノム構造も重要だが、それぞれの種の系統関係以外は、専門外には退屈だと思うので、面白いストーリーだけをピックアップして紹介する。

  • まず吸血性だが、血を吸って生きるように遺伝子が変化していることがわかる。すなわち、様々な動物の血液を栄養源とすることから、ヘムを細胞内に輸送するシステム、凝血を防ぐペプチド分解酵素システム、解毒のためのシステムに関わる遺伝子が拡大している。さらに面白いのは、ヘモグロビンをふんだんに摂取することから、ヘムタンパク質の代謝に関わる独自の遺伝子群をほとんど失っていることだ。また、様々な動物に取り付いて生きるため、他の節足動物とは異なる独自の自然免疫システムを発展させている。
  • さらに、吸血時にこのようなシステムに関わる遺伝子を動員する転写システムが存在し、例えば血を吸い始めるとTMPRSS6セリンプロテアーゼの転写は3倍から、種によっては100倍近く高まる。
  • このような動物の血液を栄養に変える遺伝子数が多いほど、様々な動物に取り付いて生きることができ、結果広い範囲に分布している。一方、寄生する動物が限られているダニでは、ペプチダーゼや解毒システムに関わる遺伝子数は低下するが、吸ってもいい血液を区別するセンサーを発達させている。

以上、読めば読むほど吸血のためによくできているなと思うが、この論文では遺伝子操作で確かめることは全く行われていない。

チリ的分布で面白いのは、様々な環境に対応できる種が広く分布していることで、中国で広く分布しているフタトチゲマダニは、何とニュージーランドから鳥に乗ってやってきたようで、最初から適応力が高い。

一方ほとんど同じ動物に寄生するオウシマダニも中国南部では広く分布するが、ホストが限られることから、それに適応した結果、各地のオウシマダニを比べると遺伝的な多様性が見られる。

そして医学的に最も重要な、ダニが持っている細菌叢を調べると、それぞれの種が持っている細菌叢は多様だが、最近の多様性と病原媒介能力とは必ずしも相関するものではなく、リケッチアなど個々の病原菌との関係が最も重要であることも示している。

読んでみると、近代化された生活でもしぶとく人間の生活に取り付くダニのしぶとさがよくわかる論文だが、残念ながら面白い話というだけで、深みはあまり感じられなかった。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月26日 制御性T細胞(Treg)機能を持ったCAR-T (8月19日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年8月26日
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制御性T細胞はいうまでもなく、現阪大の坂口さんの発見で、わが国免疫学の貢献の中でも大きな発見だと思う。チェックポイント治療は免疫を増強する方向の操作だが、Tregの場合、自己免疫病や移植拒絶など免疫を抑える切り札としてri利用できるのではという大きな期待がある。しかし、私たちの体に存在するTregを自由に操作して治療を行う技術の開発は遅れている感が強い。

今日紹介するカナダBritish Colombia大学からの論文は生体内のTregを操作する代わりに、現在ガン治療で利用が進むchimera antigen receptor T細胞(CAR-T)技術をTregにも応用して、免疫抑制能を持つCAR-Tregを作って治療に使おうという発想の研究で、Tregの利用に道を開く可能性がある面白い研究だとお思った。タイトルは「Functional effects of chimeric antigen receptor co-receptor signaling domains in human regulatory T cells(キメラ抗原受容体と共受容体シグナルドメインのヒト制御性T細胞での機能)」で、8月19日号のScience Translational Medicineに掲載された。

この研究の目的は、動物モデルでCAR-Tregを作成するために導入するキメラ抗原受容体の条件を決めることで、抗原認識のためにはHLA-A2、導入した細胞の識別のためにMyc-Tag、T細胞シグナルとしてCD3ζ、そしてTreg機能に関わると考えられる様々な共シグナル分子を持ったキメラ抗原遺伝子を作成し、これをヒトT細胞に導入している。

こうして作成したCAR-Tregを、マウスにヒト末梢白血球を移植しておこるGvH反応を抑制できるかどうか調べている。様々な共シグナル分子を調べているが、結局最もオーソドックスな野生型CD28分子をCD3ζの前に結合させたキメラ抗原受容体が最も高いGvH効果を示した。また、CD28-CAR-Tregは移植後7日までマウス体内で維持されることも確認している。

あとは、試験管内の刺激実験系を用いて本当にこうして作成したCAR-Tregが、これまで知られているTregの特徴を備えているかどうか詳しく検証している。様々な実験が行われているが、

  • CD28共シグナルはTreg分化と機能に関わるHeliosの維持に関わっており、他の共シグナルにはこの機能が存在しないこと。
  • CD28共シグナルにより、細胞周期と細胞代謝に関わる遺伝子セットが誘導されること。
  • 試験管内で樹状細胞の活性化を抑えることで、免疫抑制に関わること、

など、これまで知られているTregの作用メカニズムと合致しており、確かにCAR-Tregが作成可能であることを示す説得力のある結果だと思う。

この研究ではマウス体内でおこるヒトT細胞によるGvHという特殊な系で、HLA抗体が認識するのはヒトT細胞だけになるが、全身の細胞がHLAを発現している人間では、異なる抗原を探す必要がある。しかし、CAR-Tregが利用できると、臨床的に利用できるというだけでなく、Treg自体の理解にも大きく寄与するのではと期待できる。新しいTreg研究がCAR-Tから生まれる予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月25日 胎盤の細菌感染を除去するNK細胞(9月3日号 Cell 掲載予定論文)

2020年8月25日
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この1週間、変わり種の論文を紹介してきた気がする。

「スマフォによる糖尿病診断」、「ミトコンドリアによる神経運命決定」、「セラミドによる線維化の抑制」、「高齢者の血液によるガンの悪性化」、そしてTcRレパートリーからのガン診断」などだが、意表をつく論文に目が行きやすいこともあるが、この週は特にこの類の論文が目立った気がする。実際には、まだ紹介しきれていない論文が二編残っている。

今日紹介するハーバード大学からの論文はそのうちの一編で、本当かな、論文のための論文と違うかな、などと感じるところもあったが、学ぶところも多かった。タイトルは「Decidual NK Cells Transfer Granulysin to Selectively Kill Bacteria in Trophoblasts (脱落膜に存在するNK細胞はグラニュロリジンを受け渡すことで栄養膜細胞内のバクテリアを殺す)」だ。

意外とマウスと人は進化的に近く、胎盤の構造も似ており、母親側の子宮に形成される脱落膜の中に、胎児側の絨毛から絨毛外栄養幕細胞が突き刺さった構造ができている。子宮は一種体外組織と言ってよく、当然細菌感染に晒される確率は高い。

この研究では、細菌を殺す活性を持つグラニュロリジンの発現が、脱落膜に存在するNK 細胞で高いこと、そしてパーフォリンヤグランザイムが存在する細胞障害性の顆粒だけでなく、細胞質にも存在するという発見から始まっている。

この結果から、おそらく脱落膜ではNK細胞がグラニュロリジンを介して細菌感染を防御しているのではと考え、栄養膜細胞株にリステリア菌を感染させる実験で、NK細胞がリステリアを殺せるか試験管内で調べている。結果は期待通りで、細胞外のリステリアも、細胞内のリステリアもNK細胞により殺されることがわかった。重要なことは、リステリアへの障害性には、NK細胞のキラーメカニズムである脱顆粒は必要ないこと、また細胞内のリステリアは殺されても、栄養膜細胞自体は障害を受けないことを確認している。これが、この研究のハイライトで、このメカニズムを追求した結果、

  • 脱落膜に存在するNK細胞(dNK)は末梢のNK(pNK)より高いグラニュロリジンを発現しており、リステリア殺傷効果が高い。
  • dNK細胞は栄養膜細胞と接触すると、おそらくNK細胞受容体を用いて細胞質同士が繋がるブリッジを形成するが、それ自体は栄養膜細胞障害性はない。
  • このブリッジを通して、小さな分子はNK細胞から栄養膜細胞へと受け渡されるが、グラニュロリジンもこのメカニズムを介して栄養膜細胞へと移行し、細胞内のリステリアを殺傷する。
  • このブリッジ形成にはアクチンが関わる。
  • マウス妊娠子宮にリステリアを感染させる実験で、グラニュロリジンを過剰発現したマウスは流産率が低下する。NK細胞を除去すると、この効果はなくなる。

以上、NK細胞が妊娠中の感染を防ぐ重要な役割をしているという結果だ。一般的に実験動物は清潔に維持されているので、このような差はなかなか気づかれないのだが、おそらく野生では重要ではないかと納得している。

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8月24日 T細胞受容体レパートリーの変化からガンを診断する(8月19日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年8月24日
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機械学習は任意に選んだ指標と予想したい状態の間に何らかの相関があれば、私たちの感覚では気づかない変化を学習して、かなり正確な予想を可能にしてくれる。このことから、ガンの診断分野では、我が国を始め多くの研究プロジェクトが進んでいると思う。

今日紹介するテキサス大学サウスウェスタン医学センターからの論文はガン早期診断のための機械学習についての研究と片付ければそれまでだが、ガンに対する免疫反応を指標に機械学習を行なっている点、すなわちガンそのものではなくガンを映し出す鏡に映った像を利用している点で、これまで読んだ中では最も面白いと思った。タイトルは「De novo prediction of cancer-associated T cell receptors for noninvasive cancer detection (ガンの非侵襲的診断に向けたガンに関わるT細胞受容体の予想)」だ。

多くのガン患者さんにチェックポイント治療が有効であることは、ガンに対するT細胞免疫が成立していることの証拠だが、このことはガン特異的な何らかの抗原を認識するT細胞受容体(TcR)が誘導されていることを意味する。とすると、ガンの発生には通常長い時間がかかるので、かなり早い段階からガン特異的TcRが誘導されている可能性があり、どのTcRがガン抗原特異的であるかがわかると、ガンの代わりに反応するTcRを見つけて診断することは原理的に可能だ。

しかし、個別のガンに反応しているTcRを特定することなど、実際の臨床では簡単でない。そこで機械学習を登場させて、TcRの可変部アミノ酸配列から、ガンに特異的と考えられるアミノ酸配列を導き出そうと著者らは考えた。はっきり言って、この発想が研究のすべてで、言われてみればかなり説得力があることがわかる。

この研究ではまずガン組織のゲノム解析データベースからTcRβ鎖の最も変化が激しいCDR3領域の配列を取り出し、ガンのサンプルとして機械学習させるとともに、正常コントロールとして末梢血の遺伝子データを用いて学習させ、あとはこのAIの性能を様々なデータベースを用いて検証している。

最初にガンのネオ抗原や、ガンウイルス、インフルエンザウイルスと反応することがわかっているTcRレパートリーを用いて、機械学習の能力を検証し、

  • TcRによるガンの診断は組織適合抗原に依存しないこと。
  • 学習に用いたデータに存在しなかったTcRでも、その性質からガン特異的であることを診断できること。
  • 学習にはガン組織に浸潤しているT細胞のデータが用いられているが、末梢血で診断が可能なこと。

をまず確認している。

その上で、この学習結果から導き出せるガンらしさの指標Cancer Scoreを考案し、調べたほとんどのガンでCancer Scoreを用いてガンと、正常人や感染症の人を区別できることを示している。驚くことに、診断の難しいすい臓ガンでも、末梢血を用いてAUC0.99という高い診断能力を示している。

さらに初期ガンから診断が可能かも調べており、すい臓ガンでもステージIIの段階からAUC0.93という確率で予測が可能であることを示している。

最後に、ゲノム解析ではなく、末梢血での発現遺伝子データベースからもTcRを抽出して診断に持ちられるか、腎臓ガンとグリオーマで調べると、AUC0.85前後の予測能力があることを示している。

実際の臨床に応用できるかはさらに研究が必要だろうが、個人的には大変興味を持っている。まず、機械学習研究の中では発想が新しい。しかも、TcRβ鎖のCDR3だけでここまでの性能を叩き出しおり、TcRαもうまく使えればさらに精度が上がる可能性がある。そして何よりも、独立した指標としてCancer Scoreを提案できているので、このスコアを他の診断指標と組み合わせることも容易だと思う。期待したい。

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8月23日 高齢者の血液はガンを悪性化させる:新しい体液病理学(8月19日号 Nature オンライン掲載論文)

2020年8月23日
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かってドイツで、病気の成立に関して、体液の組成変化が重要だとするロキタンスキーの体液説と、細胞の変化が重要だと考えるウイルヒョウの細胞説が激しく対立して議論が続いた。基本的には、ウイルヒョウの細胞病理学がその後の主流となって行ったと言っていいと思うが、それでも一種の体液説の名残は今も顔を見せる。パラビオーシスと呼ばれる2個体間で循環を共有させて起こる変化を調べる実験はその典型と言っていいだろう。特に老化個体と、若い個体との間でパラビオーシスを行う研究は今も盛んに行われている。

今日紹介するコーネル大学からの論文はパラビオーシスは全く使ってはいないが、高齢者の血液にガンの悪性化を誘導する要素が存在するはずだと信じてそれを追求した研究で、8月19日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Age-induced accumulation of methylmalonic acid promotes tumour progression(老化により蓄積するメチルマロン酸はガンの進行を促進する)」だ。

この研究は、最初から高齢者の血液はガンの進行を高めると決めてその原因を求めた仮説に導かれた研究と言っていいだろう。実際には高齢者の血清をプールして、がん細胞株と培養した後ホストに移植すると、老化血清と培養した後のがん細胞は増殖力が高く、しかも細胞接着分子の発現が低下するなど、いわゆる上皮間葉転換という現象が起きていることを発見する。

現代の体液説と言える発見だが、もちろん今ではその分子的基礎を調べる必要がある。メタボローム解析を行い、最終的に突き止めた分子が、確かに高齢者で上昇することが知られているプロピオン酸からの代謝物、メチルマロン酸だった。すなわち、高齢者の血清の代わりにメチルマロン酸とがん細胞株を培養すると、ガンの増殖が高まり、上皮間葉転換が起こることがわかった。さらに、高齢者の血中にある脂質により、メチルマロン酸が細胞内に入りやすくなっていることも明らかにし、高齢者の血清は二重にガンの悪性化に手を貸していることを明らかにしている。

なぜ高齢者でメチルマロン酸が上昇するのかよくわかっていないと思うが、もともとメチルマロン酸上昇の原因としているビタミンB12の低下でないなど、是非調べて欲しいところだ。いずれにせよ、私のような高齢者にとっては恐ろしい話だ。

最後に、悪性化のメカニズムをさらに追求し、メチルマロン酸によりガンや周りの組織のTGFβが誘導され(このメカニズムはわからない)、その結果Sox4転写因子が誘導されることで、ガンの転写プログラムが変化し、悪性化することを示している。実際、Sox4 をノックダウンすると、メチルマロン酸の効果は消失する。

以上が結果で、個人的な信念からよくここまでまとめたという点に感心する研究だ。しかし、もし本当ならメチルマロン酸が蓄積する原因を確かめて、それを元から遮断する方法を開発して欲しい。

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8月22日 セラミドが線維化を抑制する(8月19日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年8月22日
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一般的にセラミドというと、肌を乾燥から守るスキンケアに使われる脂質として知られていると思うが、医学的にはセラミドがもつシグナル伝達因子としての側面が最も重要で、研究が進んでいる。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、セラミドが肝臓の線維化を抑える作用メカニズムを明らかにした研究で8月19日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Targeting acid ceramidase inhibits YAP/TAZ signaling to reduce fibrosis in mice (アシッドセラミダーゼはYap/Tazシグナルを阻害しマウスで線維化を抑制する)」だ。

線維化には様々なシグナルが関わっているが、最近注目を集めているのがYap/Tazシグナルで、様々な臓器でこのシグナルをブロックすると線維化が抑えられることが知られている。

このグループはすでに、肝臓の星状細胞の活性を抑え線維化を抑制する化合物をスクリーニングして、セラミドが星状細胞の活性化を抑えることを見つけていた。この研究の最初の目的は、この現象の分子メカニズムを明らかにすることで、セラミドと培養した星状細胞の遺伝子発現から、セラミドによりYapの下流シグナルの発現が抑制されることを発見する。

Yapの不活性化は、LATS1/2と呼ばれる酵素によるリン酸化に続くプロテアソームでの分解によることが知られており、セラミド処理でYapの分解が促進することも確認している。この経路のトリガーについてはデータは示していないが、セラミドの蓄積が機械刺激となってHippo(MST1/2)を介してYapに伝わると考えているようだが、セラミドが分解された脂質がG共役受容体を介してシグナルとなる可能性もあると思う。

結局シグナルの解析はここで終わりで、あとはセラミドを分解するacid ceramidase阻害剤が肝臓での線維化を抑えるかどうかに絞って研究を進めている。

セラミダーゼ欠損=セラミドが蓄積するマウスでは、期待通り四塩化炭素や非アルコール性脂肪肝による肝硬変を抑えることができる。さらに、セラミダーゼの強豪阻害剤を用いると、同じように肝臓の線維化を抑えることができる。

そして最後に、人間の肝臓をスライスした培養システムを用いて、セラミダーゼを阻害することで線維化に関わるコラーゲンの誘導を止められること、さらにC型肝炎患者さんではセラミダーゼの発言多強くしていることを示している。

以上の結果は、セラミダーゼは将来脂肪肝などによる肝硬変の治療に使える可能性を示唆しており、NASHに限らず様々な肝硬変の治療として発展することを期待した。また、肝臓に限らず、Yap経路は一般的に線維芽細胞を活性化させ線維化を誘導するので、同じ治療法は他の線維化にも使えるのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月21日神経分化をミトコンドリアが調節する(8月14日号 Science 掲載論文)

2020年8月21日
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ミトコンドリアは細胞の代謝を調節する中枢で、広い意味で細胞とは独立した器官として分裂や融合を行っているが、当然細胞の増殖や分化状態とは無関係にミトコンドリアが振舞うことはなく、細胞の必要性に応じて分裂・融合過程は調節されている。しかし、ミトコンドリアの状態を決めるのは、細胞の方だと個人的には思っていた。

今日紹介するベルギーLeuven大学からの論文は、ミトコンドリアの状態に合わせて細胞の運命が決まる場合があることを示した研究で8月14日号のScienceに掲載された。タイトルは「Mitochondrial dynamics in postmitotic cells regulate neurogenesis (分裂後の細胞でのミトコンドリアの動態が神経形成を調節する)」だ。

神経発生は、幹細胞の増殖と、分化の調節で決められており、幹細胞から分化細胞へのコミットメントには非対称分裂による運命決定機構が働いており、そのメカニズムは多くの研究者を引きつけてきた。このときミトコンドリアは細胞の分裂時に分裂して小さくなるが、その後融合して元の大きさを取り戻す。

この研究ではこの時のミトコンドリアの回復を調べ、分裂後12時間まででは、次にまた分裂する幹細胞ではミトコンドリアの融合が進みサイズが大きくなるが、分化する側の細胞ではミトコンドリアは小さいまま維持されていることを発見する。

もちろん、これが幹細胞と分化細胞との代謝の違いを反映した結果だと考えられるが、このグループはミトコンドリアの融合を強制的に高めてやる、あるいは分裂を止めることで、逆に細胞の運命が決まらないか、阻害剤を用いて調べてみている。阻害剤自体の影響が強く、解釈は難しい点もあるが、分裂後の細胞でミトコンドリアの融合が高まり、断片化したミトコンドリアの数が減ると、増殖する幹細胞の数が増えることがわかった。すなわち、ミトコンドリアの状態が、細胞のコミットメントを決めている。

次に、同じことが実際に胎児脳で起こっているか、融合を高める薬剤処理を胎児脳に投与し調べると、予想通りミトコンドリアのサイズが高まると、幹細胞の比率が増える。

最後に、ミトコンドリアの動態が細胞の分化を変化させるメカニズムについて検討し、ミトコンドリアの電子輸送を高めるCCCP処理は神経細胞分化を誘導し、一方その下流で活性化されるサーチュインの阻害剤では逆に細胞分化が抑えられることを示している。

以上をまとめると、一般的に不等分裂で決まると言われている細胞の運命も一定程度の可塑性があり、この時ミトコンドリアの状態が運命決定過程に介入する。この時、なぜ分化細胞で融合が抑えられているのかわからないが、この結果おこるミトコンドリア代謝変化がサーチュインを介して(サーチュインはヒストン脱アセチル化酵素)染色体構造を変化させ、転写のプログラムを最終的に決定するというシナリオになる。

これは神経幹細胞の話だが、他の幹細胞システムでも同じようなことが観察されるのか、重要な問題だろう。ただ、これを解明するためには、最終的に分化細胞でミトコンドリア融合が遅れるメカニズムを明らかにする必要があると思う。

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8月20日 CD4T /CD8T 相互作用のメカニズム(8月12日 Nature オンライン掲載論文)

2020年8月20日
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私自身、ガンや新型コロナウイルスに対する免疫について書くとき、ともするとCD4T細胞とCD8T細胞が独立しているように扱ってしまうが、実際にはCD8キラー細胞が誘導され、記憶細胞へと分化するときにCD4T細胞の助けが必要であることが知られており、この反応にはIL−2やCD40が関与することが知られていた。

今日紹介するワシントン大学からの論文はガン免疫をモデルとしてCD4T細胞とCD8T細胞の相互作用の条件を調べた研究で8月12日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「cDC1 prime and are licensed by CD4 + T cells to induce anti-tumour immunity (ガン免疫誘導時、cDC1はCD4T細胞を感作しまたCD4Tからライセンスを受ける)」だ。

この研究ではまずマウスにガンを移植するモデルで、CD8キラーT細胞が誘導されるとき、および記憶キラー細胞が呼び起こされるときに、抗体を用いてCD8、CD4T細胞をそれぞれ除去する実験を行い、両方の細胞がないとガン免疫が誘導できないことを確認している。これは重要なことで、例えば単独のガンのネオ抗原ペプチドで機能的なキラー活性は誘導できるのか心配になる。

何れにしても、キラー誘導にヘルパーが必要であることはすでに明らかにされている。この研究では、このヘルパー、キラー活性を誘導するときに必要な樹状細胞について焦点を当て研究している。樹状細胞は様々な種類に分けられるが、ガン免疫にはcDC1およびcDC2が関わるとされ、cDC1がキラーT細胞、cDC2がヘルパーT細胞誘導に関わると教科書的には理解されてきた。

この研究では次に、本来なら免疫が成立しない肉腫に卵白アルブミンを発現させるという系を用いて、このDCに関するドグマを再検討している。cDC1が存在しないマウスを用いてキラー細胞誘導を調べると、cDC1が必要なキラーT細胞は全く誘導できない。ただ、これまでの見解とは異なり、このマウスにアルブミン特異的CD4T細胞を移植すると増殖は抑えられる。すなわち、ガン細胞内で生成されるガン抗原に対する反応では、CD4T細胞の増殖にもcDC1が必要であることを示している。

さらに、cDC1だけでクラスI、クラスII組織適合性抗原(MHC)をノックアウトする実験系を用いて、細胞内で生成されるガン抗原に対するCD4T細胞の反応は、cDC1が発現するクラスII-MHCが必要であることを示し、またクラスIIがノックアウトされるとキラー細胞も誘導されないことから、cDC1だけがガン抗原に対するCD8キラーT、CD4ヘルパーTの両方を刺激するハブになっており、クラスII-MHC依存的ヘルパー細胞が誘導できないとキラーも誘導できないことを明らかにした。

最後にヘルパーT細胞がCD8細胞をヘルプするメカニズムについて検討し、おそらくリンパ節に移動したcDC1がCD4T細胞を誘導するとき、CD4T細胞からCD40刺激を同時に受けて活性化され、これがCD8キラー細胞の誘導と記憶に重要であることを、cDC1特異的CD40 ノックアウト実験から示している。

他にも様々な結果が示されているが、以上紹介したことでポイントはカバーできていると思う。すなわち、ガンの細胞性免疫に関して言えば、ガン細胞が一度cDC1に貪食されることで、ガン抗原がクラスI、クラスII-MHCに提示され、これによりヘルパー、キラー両細胞のハブになると同時に、自らもCD4T細胞により活性化されることで、CD8キラー反応に対するヘルパーT細胞の作用を媒介するという話だと思う。

ガン免疫だけでなく、ウイルスに対する細胞性免疫を考える意味でも、頭の整理ができた面白い研究だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月19日 スマフォ式光電容積脈波による糖尿病の診断 (8月17日 Nature Medicineオンライン掲載論文)

2020年8月19日
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スマートフォン(スマフォ)は様々なセンサーを持つコンピュータで、当然体の様々な指標を集める道具として使える。このブログでも血圧測定、小児中耳炎診断、皮膚ガンの診断などを紹介してきた。これらの測定をさらに医学的に利用可能にしているのがAIの利用で、医者に行く前にかなり正確な診断を可能にしようとしている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はスマフォのフォトセンサーを用いて血管を調べ糖尿病を診断する方法の開発で8月17日号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「A digital biomarker of diabetes from smartphone-based vascular signals (スマートフォンを用いた血管検査による糖尿病のデジタルバイオマーカーの開発)」だ。

この研究ではphotoplethsmography (PPG:光電容積脈波)を用いて指の血管の状態を調べ、そのパターンと糖尿病との相関を機械学習させ、糖尿病の診断を行おうとしている。PPGは血管床の血流の変化を検出する方法で、血液量の変化によりできる後方散乱を検出するもので、脈拍、酸素飽和度、そして脈波を通した心疾患診断に用いられてきている。

さらに最近では、スマフォのカメラとLEDライトを用いてPPGを計測する方法が開発されており、この研究でもAzumio Instant heart rateとして知られる広く使われているアプリをそのまま使っている。

このパターンを脈拍や心臓病の診断に使うというのはよくある話だが、この研究では糖尿病診断に使えるかを探っている。確かに、糖尿病の器質的変化は必ず血管にくるので、見ただけではわからない小さな変化を機械学習させれば不可能ではない。

この研究では、既存のアプリで採取した脈波と、自己申告による糖尿病の有無を5万人近い対象者からデータを得て機械学習させ、心臓など他の状態に左右されない糖尿病の指標として使えるかどうか調べている。

おそらく著者らにとっても期待以上の結果だったと思うが、スマフォによるPPGのみで、AUCと呼ばれる性能指数で0.7前後(0.5がランダム、1.0で完全に正確)をたたき出した。他のPPGに関わる指標との重なりを調べると、独立した糖尿病指標として用いられることも確認している。その上で、他の指標、例えば年齢、性別、人種、BMIを組み合わせたモデルを作って調べるとAUCが0.83まで高めることができるので、自宅でできる糖尿病診断レベルでは使えるという結果だ。

またデータは示していないが、この指標とHbA1Cの値が相関することから糖尿病の重症度もある程度知ることができるかもしれない。

脈波だけで糖尿病まで診断してしまう機械学習の力に恐れ入るが、研究する側としては、どの変化が糖尿病特有の脈波変化として拾われ、その変化を起こす病理組織的ベースは何かを知るという、全く新しい課題が生じたことになる。しかし、スマートフォンおそるべしだ。

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8月18日 抗CD20抗体の機能を構造学的に検証する(8月14日号 Science 掲載論文)

2020年8月18日
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チェックポイント分子に対する抗体治療以前にも、ガンに対するモノクローナル抗体治療が行われてきたが、中でも最も広く使用されているのが抗CD20抗体だ。現在利用されている抗体薬は、リツキシマブ、オビヌツズマブ、そしてオファツムマブで、B細胞系のガンや、自己免疫病の治療に使われている。

いずれも同じ標的で何種類も必要ないように思えるが、リツキシマブの抗原結合部分がマウスの抗体由来なので、ヒト化したオビヌツズマブとオファツムマブが開発された。それぞれはガンやB細胞を障害する目的で使われるが、同じIgG抗体なのに補体の活性作用が大きく異なることが知られていた。

今日紹介するパストゥール研究所からの論文は実際に利用されている3種類の抗体薬がCD20と結合した時の立体構造をクライオ電顕で解析した研究で、同じ抗体でもこれほど違うのかということがよくわかる研究だ。タイトルは「Binding mechanisms of therapeutic antibodies to human CD20 (ヒトCD20に対する治療抗体の結合機構)」で、8月14日号のScienceに掲載された。

この研究では、抗原との結合能や補体結合能を生化学的に検討して、抗原結合部位は、モノマーでも、ダイマーでも機能することを確認した上で、通常の抗体からFc部分のみを削ったFab2(ダイマー)と精製したCD20(ヘテロダイマー)との結合させ、その構造をクライオ電顕で解析している。

クライオ電顕はもちろん精密な構造解析に用いられるが、同時に実際の分子の大まかな形をそのまま画像としても見ることができる。まさに百聞は一見にしかずで、構造は全く違っている。補体結合能が高い(TypeI)として知られているリツキシマブ(RTX)およびオファツムマブ(OFA)は、CD20とFab2が2:2、3:3、4:4で結合した様々な複合体を観察できる。ところが、補体結合能が低い(TypeII)オビヌツズマブ(OBZ)は一個のFab2に2個のCD20が結合した構造だけがみられる。言い換えると、TypeIは一個のCD20にFab2の両方の抗原結合部位が結合できるのに、TypeIIは一個のCD20にFab2の片方の公言結合部位しか結合できないことを示している。

この研究ではこの構造学的ベースについて、3.7-4.7オングストロームの解像度で解析を行っているが、視覚的な構造をうまく説明できるとは思わないので、詳細は割愛して、結論だけを紹介する。

要するに抗体とCD20が結合すると、CD20側も、抗体側も立体構造が変化する。この時、Type IIの場合CD20ダイマーの片方に抗体のFabが結合すると、もう一つ抗体結合部位があるにも関わらず、他のFab結合が立体的にできなくなる。この結果、Type II抗体はCD20を媒介として抗体が大きな複合体を作れず、結果として補体結合効率が低下する。

一方TypeIの場合、一つのCD20ダイマーに2個の抗体のFabが結合できるため、同じ数のCD20あたり倍の抗体が結合でき、大きな複合体ができ、補体結合能が上がる。

以上が結果で、これだけ広く使われている抗CD20抗体薬の立体構造のこのレベルでの解析がまだだったことに驚くとともに、それぞれの特徴がよくわかった。CD20抗体は様々な疾患に使われており、それぞれの抗体に得意、不得意があると思うので、今回の構造解析を頭に、新たに生物活性の違いを整理するのも面白いと思う。

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