2021年5月2日
パーキンソン病(PD)の主症状は運動障害だが、病気の進行に伴い幻視など、幻覚症状がみられることが知られている。ドパミン補充療法の副作用ではと考えられた時期もあったが、現在はPDによる神経結合性の異常を基盤とした症状だと考えられている。
ただ、薬剤により誘導する幻覚は別として、幻覚を研究することは難しい。と言うのも、正常人のコントロールが得られないため、例えばPDで言えば、幻覚だけを病気から切り離して正常人と比べることが難しい。
今日紹介するローザンヌEPFLからの論文は、この課題をロボットを用いて皮膚に刺激を与えることで幻覚を誘導すると言うgood ideaを用いてこの課題をクリアし、PDでの幻覚の意義を調べた研究で、4月28日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Robot-induced hallucinations in Parkinson’s disease depend on altered sensorimotor processing in fronto-temporal network(パーキンソン病患者さんにロボットによって誘導される幻覚は前頭側頭ネットワークによる感覚運動プロセッシングの変化に基づいている)」だ。
スイスローザンヌのEPFLはスイス連邦工科大学ローザンヌ校の略で、瀬島和代・西沢立衛コンビ(SANAA)が設計した素晴らしい図書館がある大学だが、チューリッヒ工科大学と並んで、科学と工学が様々な形で絶妙に結びついた優れた研究を発表し続けている。何度かセミナーをしたが、科学が工学で、工学を科学で支え合う素晴らしい組織は見習うところが多いといつも感心していた。
この研究もそんな例で、正常人に薬剤を使わず。幻覚、特にプレゼンス幻覚と呼ばれる誰かがそばに立っていると言う幻覚を生じさせる方法の開発が基盤になっている。具体的には、右の人差し指と、背中に、別々のロボットアームで刺激を行い、この刺激のタイミングを変えることで、誰かが横に立っている幻覚を生じさせるロボットを完成させている。本当に起こるかどうか、経験してみないとわからないが、背中への刺激を、指への刺激から0.5秒程度遅らせることで、錯覚ではなく、本当に誰かが横に立っていると言うプレゼンス幻覚を、正常の人にも誘導できるらしい。
重要なのは指への刺激と背中への刺激のタイミングが長いほど、PHが現れやすくなる。すなわち、感覚のズレによって、現在の感覚を統合して現実を確認するプロセスが障害され、PHが現れるのだろう(と勝手に思っている)。すなわち、ズレを0にすることで、幻覚のない状態を作ることができ、幻覚のある状態と脳の活動を比べることができる。
この方法を使って、次にPD患者さんを調べるのだが、この時、日常生活で幻覚を感じることがあると訴える患者さんと、このような症状のない患者さんを選んで、ロボットを用いてプレゼンス幻覚(PH)を誘導してみると、もともと幻覚を感じることがあるPD患者さんの方が、自覚的PHが強く現れる。
次に、このロボット刺激をMRI撮影時でも可能なように設計し直し、PDとは異なる外傷性の幻覚に関わる脳領域と、時間をずらせて幻覚を誘導したときに特異的に変化する脳領域を比べ、PDによる幻覚の脳基盤を明らかにしている。
結論的に言うと、ロボットにより誘導されるPHも、脳障害で自然に発生する幻覚も、ほぼ同じようなネットワークの異常、すなわち下前頭回と中側頭回の結合が低下が基盤になっており、この結合が障害されるほど幻覚の発生が強まると言う結果だ。
脳科学的にはまだまだ調べる必要があると思うが、ともかく薬剤を使わず幻覚を誘導し、その強さを様々な病気で比べる方法が開発できたことになる。
PDは運動障害もまだまだ理解できていないことが多いが、工学と脳科学の融合は、他の症状理解にも役立つだろう。単純だが、興奮できる論文だった。
2021年5月1日
今回の新型コロナウイルス感染者についての報道を通してだれもが理解したのは、ウイルス感染に対する自然免疫や獲得免疫などの反応も、ウイルスを殺すだけでなく、組織の炎症を誘導するというコストが伴うという事実だ。その結果、ウイルスを除去できたとしても、炎症が一人歩きし、重症化してしまう。では、常に病原体に晒されている野生の動物でも同じようなコストを払っているのだろうか?
今日紹介するモントリオール大学からの論文はまさにこの問題の理解にヒントを与えてくれる研究で米国アカデミー紀要の3月号に掲載された。タイトルは「Primate innate immune responses to bacterial and viral pathogens reveals an evolutionary trade-off between strength and specificity (霊長目のバクテリアおよびウイルスに対する自然免疫反応は、免疫の強さと特異性の進化で起こった取引を示している)」だ。
この研究は、人間、チンパンジー、アカゲザル、そしてオリーブヒヒから末梢血を採血し、バクテリアの自然免疫刺激としてのLPS、TolR7受容体刺激分子gardiquimod、そしてウイルス刺激としての一本鎖RNAを末梢血培養に添加、それぞれに対する反応を、遺伝子発現を調べた、実験としては単純な研究だ。
あとは、発現遺伝子のパターン解析から、それぞれの種の自然免疫の差を炙り出すことになるが、詳細をすっ飛ばしてまとめると次のようになる。
人間やチンパンジー(霊長目)は、他のサルと比べてLPSやgardiquimod刺激後すぐに、強い反応を示す。 ただ、24時間経た時点で反応を見ると、この差は縮小する。これは、霊長類で初期の反応を抑制する仕組みが備わっているためと考えられる。 面白いことに、アカゲザルやヒヒでは、LPSは炎症反応の遺伝子群が誘導され、一方gardiquimodはインターフェロン関連遺伝子が強く誘導される。すなわち、バクテリアとウイルスを区別する能力が高い。 ところが、このような差は霊長目では縮小し、LPSにもgardiquimodにも同じような反応を示す。
主な結果は以上で、要するに猿から霊長目への進化過程で、病原体に関しては特に区別せず強く反応できる自然免疫システムが進化した。おそらく、寿命が大きく伸びた結果、病原体への素早い反応の必要ができたからと考えられる。
ただ、このままでは強い炎症という副作用があるので、24時間以降自然免疫を抑える仕組みを獲得はしたが、これがうまくいかないと今回のCovid-19のような重症化する例が出てしまうと言う話になる。
しかも悪いことに、同じ霊長目のチンパンジーと比べても、人間は特にインターフェロン反応性が高く、しかも免疫のCTLA4の共シグナル分子CD80の発現が高く、さらに高い病原体への反応性を獲得したようだ。その代償として、当然炎症やサイトカインストームといったコストを払わざるを得ない。
最近Covid-19が重症化するネアンデルタール人由来の遺伝子についての論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/13992)、なぜ感染症が重症化する遺伝子を大事に維持しているのか不思議に思うかも知れないが、感染症に対する反応性を強めた結果が見えていると考えればいいのだろう。まさに、人間の進化は病原体との戦いであることを思い知る。
2021年4月30日
連休のstay homeを利用して、新型コロナウイルスパンデミックで、コロナ論文を読む時間が増えた結果、乱れてしまった生活のリズムをもとに戻そうと試みている。その手始めに、一年中断していた「自閉症の科学」論文紹介を始めることにした。ゲノム研究などでは紹介したい論文も集まってきたので、連休中に紹介しようと思っているが、急速に深刻度を増す新型コロナウイルス感染状況を考え、まず自閉症児のマスク着用について発表された論文を紹介することにした。
イギリス型、南アフリカ型と呼ばれている変異ウイルスが蔓延し始め、今回のパンデミックは新しいステージに入ったように思う。特に、ウイルスの感染性を調べる実験から、変異型ウイルスは、細胞への入り口になるACE2により強く結合することがわかっており、入り口が少ないため感染自体が起こりにくかった児童への感染が、多数見られるようになってきた。当然自閉症児にも同じ危険が迫ってきている。その意味で、一般児が行っている日常の新しいルーチンは自閉症児にも習慣づけることが重要になる。
気になって「自閉症」と「マスク」でグーグル検索を行うと、自閉症など発達障害によってマスクの着用が難しいことを周りの人は理解すべきだと言う、「自閉症児の困難を理解しよう」と言う記事がほとんどで、マスクを着けてもらうための具体的な対策について述べた記事はほとんど見つからない。
具体的対策が示されている記事として見つけることができたのは、ノースカロライナ大学の作成した自閉症児支援法を訳したPDFを掲載している大阪大学のサイト(http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/kokoro/pdf/for%20Parents.pdf )だけだった。ただ、この記事もマスク着用については、
「休校明けの学校ではマスクの着用が求められるようですね。マスクがいやというお子さんも多いです。なぜお子さんがマスクを嫌がっているでしょうか?もしマスクのにおいを嫌がっているようであれば、洗える布マスクの方がおすすめです。マスク用の香りづけスプレーもあります。耳にかけるゴムが痛いという方には、マスクのゴムを耳にかけるような商品もあります。もし手に入らなければ、クリップを使ってマスクのゴムを首にかける方法もあるようです。調べてみてくださいね。(上記サイトPDFより引用) 」
と書かれているだけで、マスク着用を日常に取り入れると言う点で、アドバイスとしては弱い気がする。大事なのは、日常生活で自閉症児をできるだけ感染から守ることで、自閉症児の問題を理解するだけでは不十分だ。必要なのは、マスクを着用して外出できるようにするプログラムだ。
そこで、論文検索サイトで同じようにASDとface maskでサーチすると、今年に入って3篇の論文が同じJournal of Applied Behavior Analysisに発表されていることがわかった。
読んでみると、科学的な治験というより、マスク着用を促すためのプログラムを作成して、数人の自閉症児で確かめてみた観察研究だ。行動学の専門用語が多く、門外漢の私には理解不足の点も多いが、なんとか自閉症児にもマスク着用を促したいと言う強い気持ちが伝わってきた。
もちろんマスク着用のためのプログラム自体は全く思いつきで作られたわけではない。自閉症児に医療上の必要から心電図モニターを持続的に装着してもらう目的で既に使われてきた行動強化のためのプログラムを基礎に考案されたものだ。いずれにせよ、パンデミックが始まって1年以上経過してようやくこのようなプログラムが発表されたことから、簡単な作業でないことがわかる。
3篇の論文だが、まず最初にSilvermanらがマスク着用を促せるプログラムを発表し(図1)、
図1 Silverman論文。(オランダ、ベルギー、ニュージーランド共同論文)
続く2篇(図2、3)は、基本的にこの論文の結果の再現性を確認した論文になっている。そこで、全てを紹介することはやめてSilverman論文のプログラムだけを紹介しておく。
図2 Lillie論文 (米国アイオワPier自閉症センター)
図3 Halbur論文(ネブラスカ大学、ウィスコンシンマーケット大学)
この研究では、マスク着用が難しい六人の自閉症児とその介護者に、リモートで指示を与えながら、論文のTable2で示されたプログラム(図4)を全てのステップが連続してうまくいくようになるまで根気よく続けている。
各ステップを説明した英語は難解な文章ではないので、おそらく皆さんに理解していただけると思うが、念のため訳しておく。
図4 マスク着用を促すためのプログラム。
Table 2の訳
マスクを子供の周り30cm以内に5秒待つ。 次にマスクを子供の周り15cm以内に近づけ5秒待つ。 マスクの紐に触る。 マスクの紐をつかむ。 紐を一方の耳にかける。 マスクのもう一方の紐を片手、あるいは両手で引っ張って、もう一方の耳にかけてフィットさせる。 マスクの上についているアジャスターを押したり引っ張ったりして、鼻にアジャストさせる。(ここは介護者がやり方を教える必要がある) マスクをかけた後少なくとも3秒待つ。 マスクをかけた後少なくとも5秒待つ。 マスクをかけた後少なくとも10秒待つ。 マスクをかけた後少なくとも30秒待つ。 マスクをかけた後少なくとも60秒待つ。 マスクをかけた後少なくとも150秒待つ。 マスクをかけた後少なくとも5分待つ。 マスクをかけた後少なくとも10分待つ。 マスクを外す。
マスクを着ける過程を本当に細かく分解して、根気よく教えると言うプログラムになっている。このような建て付けの行動強化の意味については、専門家の解説を聞きたいところだ。
当然、それぞれのステップができたときには、子供の好きなおもちゃなどを提供し、行動を強化することも行っている。具体的には、「マスクを着けよう」と声をかけて、ステップごとに励ましながら指導するが、うまくいかないとまた最初に戻ると言うことを繰り返している。セッションの間、低酸素にならないかなど、身体的状態はしっかりモニターしており、特に問題は起こっていない。
結果だが、子供ごとに拒否行動を起こすステップは異なっているが、最終的には全員ステップ15までやり遂げている。
他の2篇も、例えば好きなマスクを選ばせる過程を入れたり、フェースシールドも加えたり、よくできた時にはおもちゃだけでなく好きなお菓子を提供して行動を強化したり、あるいは間違った行動を抑制する操作を加えたり(escape extinctionと行動学では呼ばれている)など、いくつかの改変は加えていても、基本はSilverman論文とほぼ同じプログラムを採用しており、同じように参加者全員が10ー15分マスク着用を許容することができている。
もちろんこの10ー15分間のマスク着用がそのまま次の段階、すなわち外出時や学校でのマスク着用の許容につながっていくのかは示されていない。たかだか15分のために、これほど努力する必要はないと言う意見もあるだろう。しかし、学童も含め世界中がマスク着用をルーチンにしている以上、自閉症児についても社会の一員として、なんとかこのルーチンを守ってもらおうとする努力に私は感心した。
今回示されたプログラムは、やはり専門家の指導に基づいて進める必要があると思う。いずれの論文も、両親を含む介護者とリモートでコミュニケーションを図りながらプログラムを進めているので、多くの子供に同時にプログラムを受けてもら得る可能性がある。我が国でも、自閉症児の行動についての専門家から、同じようなプログラムが発信されることを期待したい。
本題からは外れるが、以前、自閉症児は、人の顔を見るとき、目よりも口を注視すると言うことを示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/686 、およびhttps://aasj.jp/news/watch/753 )。これから考えると、マスク着用がルーチンになった現在、自閉症児はマスクを着用した人の顔にどう反応しているのか理解することは重要だ。是非我が国の行動学者も、自閉症とマスクの様々な問題について、検討を進めて欲しいと思う。
2021年4月30日
どんな生物でも外界から障害を受ける危険に晒されている。障害によって生じた損傷を治すのが、再生過程で、爬虫類に至るまで失われた元の組織を再生する能力を有している。ところが、私たち哺乳動物となると、このような能力はほとんど失われている。代わりに、線維芽細胞中心の修復が行われるため、元どおりの組織が回復されることができなくなっている。
なぜ進化過程でこのような修復方法が選ばれたのか理解できていないが、現役時代に設立に当たった、京大の再生研や、神戸理研の発生再生科学総合研究センターの一つの目標は、私たちに正常な組織を再生させる能力を取り戻す方法の開発だった。ただ、線維芽細胞中心の修復が起こりやすい哺乳動物では、まずこの過程を抑えることが重要になる。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、マウスモデルではあるがいわゆる瘢痕化として知られる線維芽細胞中心の修復機構を理解し、それをコントロールする目的に一歩迫った重要な研究で、4月23日号のScienceに掲載された。タイトルは「Preventing Engrailed-1 activation in fibroblasts yields wound regeneration without scarring (線維芽細胞のEngrail-1活性化を抑えることで瘢痕化のない皮膚再生が可能になる)」だ。
このグループは、皮膚損傷により転写因子Engrail1(Eng)が線維芽細胞で発現し、コラーゲンなどのマトリックスを分泌する細胞へと再プログラムされることで、瘢痕が形成されることを示してきた。この研究では、皮膚でEngが活性化するとGFPタンパク質が発現するようにしたマウスを用いて、
損傷部位でEngが活性化した線維芽細胞が特異的に増殖し、瘢痕を形成する。これらの再プログラム過程のほとんどは、Engにより誘導される。 Engが活性化される線維芽細胞は、皮膚深部のreticular層に存在しており、機械的な刺激により活性化される。活性化されると、胎児で見られる線維芽細胞と同じ性質を示す。 機械刺激は、Yapシグナル経路を介してEngを活性化する。 Yapシグナル阻害剤verteporfinを損傷部位に注射すると、Engの活性化が抑えられ、瘢痕化が起こらない。この結果、修復された皮膚には、正常と同じ毛根の形成が行われ、ほぼ元どおりの皮膚が再生する。 同じことは、線維芽細胞でYapをノックアウトしたマウスでも見られる。また、Engを活性化した線維芽細胞をジフテリアトキシンで除去できるノックインマウスでも同じように瘢痕化は起こらず、元どおりの皮膚が回復する。
以上が結果で、マウスではあるが瘢痕化に関わる主役の線維芽細胞を特定し、この細胞の刺激を抑制することで、線維芽細胞中心から、再生中心の損傷治癒が可能であることを示しており、人間でどうかは今後の問題だが、瘢痕化のないしかも毛根の再生が見られる損傷治癒の可能性を示した画期的な結果だと思う。
2021年4月29日
小胞体(ER)で合成されたタンパク質は極めて巧妙な輸送システムを使ってGolgi体へと移送される。この過程は、遺伝子ノックアウトなどの遺伝学的技術、細胞内の分子局在を高分解能で観察する顕微鏡技術の進展により、1編の総説ぐらいでは足りないほど詳しく調べられている。しかし、最後のところでまだ霧に閉ざされた部分が存在していた。その中の一つがER/Golgi輸送過程で、それに関わる分子はわかっていても、どうそれらが組織化され、合成されたタンパク質を輸送しているのか「絵を描くこと」は難しかった。
今日紹介するハワードヒューズ財団自身が持つ研究施設Janelia Research Campusからの論文は、この霧に閉ざされた過程を新しい顕微鏡技術を用いて眼に見えるようにした研究で、新しい技術のパワーに目を見張る。タイトルは「ER-to-Golgi protein delivery through an interwoven, tubular network extending from ER (ERからゴルジへのタンパク質移送はERから突き出した管状構造が編み合わさったネットワークを通して行われる)」。
この研究で用いられたのは、同じ細胞を一種のクライオ電子顕微鏡と超高解像度顕微鏡の両方を用いて観察する技術で、細胞を蛍光染色した後、超低温でタンパク質が壊されないようにして電子顕微鏡で観察し、そのままレジンで包埋して超高解像度顕微鏡で細胞の形態や蛍光標識した分子の局在を可視化、両方を重ねて、さらに3次元に再構築する技術だ。これにより、細胞全体という大きな対象を電子顕微鏡レベルの解像度で、観察が可能になる。読めば読むほど、我が国の光学メーカーからこのような技術が生まれなかったことが残念に思えるし、我が国の科学技術力の低下を思い知らされる。
愚痴はこのぐらいにするが、見えたものは素晴らしいが、美しい景色をその通り描写するのが難しいのと同じで、結局興味がある人は是非論文を見てほしい。
もちろん、この技術では生きたままタイムラプスで観察するのは不可能だ。代わりに、タンパク質がある場所に一度止めておいて、そこから移動を再スタートさせたあとの分単位の経過を見ることができるRUSH技術を用いて、ERからGolgiに輸送されるタンパク質の動態を分刻みで追跡している。また、ERからGolgi輸送に関わる様々なシグナルを阻害して、輸送を止める方法も利用している。すなわち、これまでの細胞学的知識を総動員し、ERからゴルジまでの過程を目で見ることに集中したのがこの研究だ。幸い見てきた結果がまとめられた図はCellのサイトで公開されているのでこれを参考にしてもらえればよい (https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(21)00366-4?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867421003664%3Fshowall%3Dtrue#undfig1 )。
実際の論文は、細胞科学の勝利とも言うべき感動に満ちたものだが、全部割愛して、結果だけを以下にまとめておく。
ERからゴルジに至るためには、タンパク質を積んだカーゴはERから離れる必要があるが、これはERからERESと呼んでいる管状の構造が伸びる新しい輸送基地へタンパク質を濃縮することで始まる。 このERESが伸びているERとの結合部位にはCOPIIと呼ばれる輸送の鍵を握る分子が集まって、おそらくGタンパク質シグナルと協調してERES構造の形成に関わっている。 タンパク質を積んだカーゴはここからERESに移動するが、これにはおそらくERESにコレステロールが濃縮することで、膜のダイナミックスを変化させて方向性が与えられる。 ERESに輸送されたタンパク質は、次にそこからCOPIの作用により形成されGolgiへと伸びるさらに細長い管を通ってGolgiに運ばれる。この時、このような細長い構造を支えるのが微小管で、これにより安定にゴルジまでの配管が可能になる。
結果は以上で、最後の細長い管状の構造などは、見ることでしかわからないことがあることをはっきりと認識させてくれる。今後、この研究で見た結果をもとに、さらにメカニズムの研究が進むだろう。
このテクノロジーについては、昨年Scienceに発表されていたようで、早速ダウンロードして読んでみたが、感動の論文で、見落としたのを恥いるが、コロナ論文が多すぎてミスってしまったと反省している。しかし、今度はこのテクノロジーを用いたコロナウイルス増殖過程解析をぜひ見てみたいと思う。コロナウイルスは、細胞内小器官の膜を支配する方法を備えている。おそらくそれをみてみることで、新しい創薬も可能になるのではないだろうか。おそらく近々そんな論文が発表されることは間違い無いと思う。
2021年4月28日
少なくとも関西では、遅れるワクチン接種を嘲笑うかのように、新型コロナウイルスが猛威を奮い続けている。大阪ではなんと自宅待機者が1万人を超えているということで、当然家族内の伝播は必至だ。しかも今回のタイプは子供にも同じように感染するとなると、新しいフェーズに入ったと言えるのかもしれない。
この状況を見て心配になるのは、様々な弱者への感染拡大だ。そこで、今日は妊婦さんへのCovid-19感染の問題、明日は自閉症児のマスク着用の問題について、急遽論文を紹介することにした。
今日紹介するオックスフォード大学を中心とする10カ国以上の病院が集まった国際チームからの論文は、各国でCovid-19に感染した妊婦さんと胎児の経過を、非感染の妊婦さんと比べて、感染が及ぼす妊婦さんと胎児への影響を調べた研究で、4月22日号のJAMA Pediatricsに掲載された。タイトルは「Maternal and Neonatal Morbidity and Mortality Among Pregnant Women With and Without COVID-19 Infection The INTERCOVID Multinational Cohort Study (Covid-19感染の妊婦さんや胎児の合併症や死亡率に及ぼす影響を非感染妊婦さんと比べる:Intercovid 多国間コホート研究)」だ。
なぜ最初にこの論文を取り上げることにしたかというと、昨年6月、このHPで「新型コロナ感染と出産」というタイトルで、いくつかの論文を紹介し(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/13331 )、
妊娠しても感染リスクが上がることはない、 感染により胎児の発生異常が生じる確率はほとんどない、 母親から胎児への感染はない、
とまとめておいた。
そのまま読むと、感染しないに越したことはないが、間違って感染してもクヨクヨすることはないという結論になる。
ところが、今日紹介する論文は、ほぼ1年の経験を経て、もう少し深刻な結果になっているので、注意を促す必要があると感じ、緊急で取り上げた。
この研究では、706人のCovid-19に感染した妊婦さんと、条件を合わせた1424人の非感染の妊婦さんを、妊娠期間、出産入院、退院まで追跡、その間に見られた様々な合併症、死亡率などを、妊婦さんおよび胎児について調べている。
結果は深刻で、Covid-19感染により、
妊娠による子癇リスクが1.76倍に上昇する。 妊婦さんの妊娠中の死亡率(当然Covid-19によるものも含まれる)が22倍に上昇する。 早産のリスクが1.59倍に上昇する。 低体重児のリスクが1.58倍に上昇する。 新生児の重症合併症リスクが2.66倍に上昇する。 新生児死亡率が2.14倍に上昇する。 13%で子供への感染が見られる。特に帝王切開児でリスクが高い。幸い、母乳からの感染はほとんど認められない。
以上、1年を経過して、Covid-19の妊娠経過への強い影響が示されたので急遽紹介した。
重症化はともかく、新しい変異型ウイルスの感染性は間違い無く高いので、妊婦さんは緊急事態宣言の有無にかかわらず、感染しないためのあらゆる努力を払って欲しいと思う。混乱するだけかもしれないが、将来を担う子供を考えると、妊婦さんもワクチンの優先接種対象にしてもいいぐらいだ。
2021年4月28日
腸上皮を覆う粘液は、便通を助けるだけでなく、バクテリアに対するバリアーとして働き、腸を炎症から守っている。実際、慶應の本田さん達の総説では、特殊なsegmented filamentous bacteriumと分類される細菌や、上皮と接着できるようなバクテリアを除くと、粘膜は細菌の侵入を跳ね返していることが示されている(Nature 535, 75, 2016)。
今日紹介するスウェーデン ヨーテボリ大学からの論文は、大腸ではこの粘液が決して均一な単純な分泌物ではなく、2種類の異なるゴブレット細胞から分泌される粘液が組織化されていることを示した面白い研究で、腸の粘液について理解するという意味でも重要な論文だと思う。タイトルは「An intercrypt subpopulation of goblet cells is essential for colonic mucus barrier function(
クリプト間に存在するゴブレット細胞の亜集団は大腸の粘液バリアー機能に必須)」で、4月16日号のScienceに掲載された。
ヒトとマウスを行き来しながら実験を重ねていった力作で、この論文を読んで初めて、ただベタっとした均質な粘液層というイメージが、細胞内マトリックスと同じように違う成分が複雑に絡み合った構造のイメージへと変わった。
研究の目的は最初から腸内粘液層の生成過程を調べることで、そのためまず粘液を分泌するゴブレット細胞を分離し、ゴブレット細胞特異的遺伝子をリストした上で、分離したゴブレット細胞をsingle cell RNAseqで解析、大腸だけで増殖性の前駆細胞から2種類の異なる系列のゴブレット細胞が形成されることを示している。私自身ゴブレット細胞と言うと一種類の細胞をイメージするので、共通の前駆細胞から2系統が分化すると言うのは新鮮で、single cell RNAseqのパワーをまたまた再認識した。
こうして明確になった2種類のゴブレット細胞の局在を調べると、クリプト内に存在する通常のゴブレット細胞と(cGC)、より上皮に近い遺伝子発現を示すクリプト間の上皮内に存在するゴブレット細胞(icGC)。すなわち、腸管腔に直接出ているのがicGCで、組織内に陥没しているクリプト内に存在するのがcGCになる。
それぞれの細胞の遺伝子発現の違いから、粘液合成に重要な糖添加過程に関わる遺伝子を調べると、両者を区別する経路が存在し、その結果糖に結合するレクチンのうち、WGAはcGCに、UEA1はicGCに見られることが明らかになった。すなわち、レクチンの結合の違いで簡単に両者を区別できる。また、粘液自体も同じレクチンの結合の違いで区別できることがわかった。
このおかげで、クリプト内で合成され管腔へと出てくる粘液と、icGCで作られた粘液が、上皮直上では別々の場所に局在し、それが内腔側へ成長する過程で混じり合っていくことを見事に示している。
機能的には、icGC由来の粘液は、バクテリアなど1ミクロン単位の分子をブロックするが、クリプト内の粘液はさらに小さな分子もブロックして幹細胞を守っていることもわかる。また、完全に特異的ではないが、遺伝子操作でicGCの数が年齢とともに急速に低下するマウスを作成し、クリプト内のバリアー機能は守られていても、歳とともに管腔の粘膜層が薄くなり、バクテリアが上皮近くに迫っており、腸炎の危険性も高まっていることを示している。
最後に、人間の潰瘍性大腸炎の患者さんの大腸のバイオプシーを行い、活動期だけでなく、寛解期でもクリプト間に存在するGCの数が低下していることを示している。
以上、腸内の粘液層についてしっかり勉強できたと言う満足の読後感のある論文だった。
2021年4月27日
ALSは、運動神経が進行的に変性する神経特異的疾患として考えられてきた。ただ、遺伝子変異が原因として特定できるALS(人間の場合5−10%がこれにあたる)の研究から、同じ変異遺伝子を発現する運動神経以外の細胞、ミクログリア、オリゴデンドロサイト、そして血管細胞なども、病気の進行に関わるのではと考えられるようになってきた。
きょう紹介するスウェーデン王立研究所からの論文は、運動神経とは別に血管に接して存在するperivascular cellと呼ばれる細胞がALSで異常に活性化されることがALSの進行に初期段階から関わっていることを示した重要な研究で、4月15日号Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Altered perivascular fibroblast activity precedes ALS disease onset(変化したperivascular fibroblast活性がASL発症に先行する)」だ。
この研究では、特発性のALS患者さんの解剖によって得られた脳や脊髄組織、およびSOD変異などマウスALSモデルの様々な時期の脳脊髄組織から細胞を取り出し、single cell RNA sequencing (scRNAseq)を行い、正常個体の組織と比べることで、ALSで遺伝子発現が変化する細胞を特定している。
その結果、予想通り神経興奮に関わる遺伝子発現が低下する一方、ミクログリアやアストロサイトなどでは炎症関連遺伝子の発現が上昇する。これらはすでに知られていたことだが、この研究ではさらに血管に接して存在する一種の多能性幹細胞として知られるperivascular fibroblast(PF)の細胞外マトリックスの発現が上昇していることを発見する。しかも、SOD遺伝子変異を用いるマウスALSモデルでは、病気の発症より先にこの変化がPFに見られる。
これらの遺伝子発現を手掛かりに脳の末梢血管を調べると、アストロサイトと周囲細胞に挟まれてPFが存在しており、血管周囲に独自の基底膜を形成していることがわかった。
通常この基底膜は血管自体の基底膜と合体しているが、ALSではマトリックス分泌量が増え、しかも血管の基底膜とは完全に分離した基底膜を形成し、その間に特にコラーゲン6Aとオステオポンチンからなるマトリックスが蓄積したスペースができる。また、マウスモデルで見ると、病気の発症前にこの変化を見ることができる。以上のことから、ALSでは発症前からPVが活性化してマトリックスの分泌が高まり、微小血管の構造異常がおこっていることになる。
最後に、PV活性化により分泌されるコラーゲン6Aやオステオポンチンが何らかの診断マーカーとして利用できるか調べる目的で、ALSコホート研究に集まったデータを調べ、これまで早期診断に用いられてきた字が書けなくなる症状(失書)や髄液中のニューロフィラメントと比べても、血中オステオポンチン量の上昇は、生存期間と強く相関していることを発見している。
結果は以上で、早期から神経細胞以外に見られる病変を特定できたこと、またこの現象を反映するオステオポンチンというバイオマーカーを発見できたことは極めて重要で、今後多くの患者さんで検証されていくだろう。この研究だけではPFの活性化が、結果か原因かなどは分からないが、病気の経過に大きく影響していることは確かそうで、PF特異的に介入する方法の開発も期待できると思う。
2021年4月26日
アルツハイマー病(AD)発症にTauタンパク質が関わっていることを疑う人はもういないが、私も含めて多くの人は、Tauのリン酸化が神経細胞毒性につながると理解して来た。ただ、他にもTauの翻訳後修飾がいろいろあることがわかっており、最近はアセチル化されたTauも神経変性に関わるのではと考えられている。
今日紹介するClevelandにあるCase-Western Reserve大学からの論文は、脳損傷によりTauがアセチル化されることもTauの神経毒性の原因になり、AD発症に寄与することを示した論文で、このプロセスを標的にすることでさまざまな治療可能性が生まれる点で重要な論文だ。タイトルは「Reducing acetylated tau is neuroprotective in brain injury (脳障害時のtauアセチル化を抑えることは神経保護につながる)」で、4月26日号のCellに掲載された。
この研究は初めから脳損傷によるTauのアセチル化がADの危険因子になっているという仮説に立って研究を進めている。まず、マウスに激しい物理的振動を加えて脳震盪を起こして損傷を誘導するモデルを用い、損傷の度合いに応じて神経特異的にTauがアセチル化される事を確認している。 次に、アセチル化されたのと同じ構造をとるTau変異体遺伝子を細胞やマウスに導入し、アセチル化されたTauが神経毒性を発揮することを示し、脳損傷がTauの神経毒性を誘導するモデルを現象的に確認している。 次は、Tauがアセチル化されるプロセスに焦点を当て、損傷によりp300/CBPがS-nitorosylationされることでアセチル化活性が誘導され、Tauのアセチル化が進むこと、そしてこのアセチル化はサーチュイン1(Sirt1)脱アセチル化酵素により拮抗されているが。Sirt1は同じS-nitrosylationによる活性が低下することを示している。すなわち、損傷はアセチル化酵素を活性化し、脱アセチル化酵素を阻害することで、Tauのアセチル化を高めている。この経路は、ヒストンのアセチル化と同じだが、実際ヒストンのアセチル化も脳損傷により高まる。 このように脳損傷に至る経路が明らかになると、それぞれの酵素を標的とする阻害実験が可能になる。まず、S-nytorosylationの阻害剤をマウスに投与し、脳損傷後の認知機能低下に確かに効果があることを示してている。 同じ効果は、p300/CBPのアセチル化を阻害する市販薬Salsalate投与によっても見られるし、逆に細胞内でのNAD分解を抑える薬剤を用いて脱アセチル化Sirt1を活性化させても同じ効果がみられる。 以上のマウスモデルの実験結果を人間で確かめる目的で、脳損傷の既往のあるAD患者さんと、無い患者さんの脳組織をバイオバンクから入手し、アセチル化Tauを定量し、脳損傷の既往がある場合に著しく上昇していることを確認している。すなわち、脳損傷によるTauアセチル化がADの引き金になっている可能性を示している。 では、マウスで見たようなアセチル化を標的にする治療の可能性はあるのか。もちろん前向きの治験を行うのは、とくにADのように長い経過をとる病気では簡単でない。幸い、salsalateやdiflunisalは、非ステロイド系鎮痛剤として広く使われているので、これらの服用とAD発症の関係を調べることで、p300/CBP阻害の効果を調べている。結果は期待通りで、Salsalateは一般的な鎮痛剤アスピリンと比べても、ADや脳損傷後の障害を抑制する効果が見られる。さらに驚くのは、あまり脳に浸透しないとされているdiflunisalの効果で、これを服用している人はほとんどADを発症していないことが分かった。 他にも、昨日も紹介したように、最近ならSirtを活性化して老化を抑える目的でNMNを投与している人もいるはずなので、脱アセチル化活性化による効果も調べることができるだろう。
以上が結果で、発想はシンプルで、調べられた分子メカニズムも単純だが、介入のための様々な薬剤が提案できたことは重要だと思う。今後どこまで一般的なADにも適用できるのか検討が必要だが、すくなくとも脳損傷後にはTauのアセチル化を予防するため、非ステロイド系抗炎症剤を服用させることは考慮してもいいのではないだろうか。
2021年4月25日
Nicotinamide adenine dinucleotide (NAD)は、ほぼあらゆる生物に存在する補酵素で、エネルギー受け渡しの一種の通貨として生命の基礎となっている。ただ、NADはシグナル分子合成、タンパク質のADPリボシル化、ヒストンなどのタンパク質脱アセチル化を通して、DNA修復や転写の調節に必須であることがわかり、ミトコンドリアにあるNADプールの現象が老化に関与することが示唆されている。
実際ミトコンドリアのNADプールは老化とともに低下し、この低下をその前駆体NMNなどを投与することで筋肉機能の低下が改善するとする動物実験が発表されたため、NMNは科学性が証明された抗老化サプリメントとして広く使われている。ただNADレベルを高めることが、人間に効果があるかについては、有効、無効の結果が両方発表されていると言っていい。
今日紹介するワシントン大学からの論文は、筋肉のインシュリン感受性に関してはNMN内服が確かに効果があることを示す偽薬を用いた無作為化臨床治験で4月22日Scienceにオンライン掲載された。タイトルは「Nicotinamide mononucleotide increases muscle insulin sensitivity in prediabetic women (Nicotinamide mononucleotideは糖尿病予備軍の女性のインシュリン感受性を上昇させる)」だ。
この研究ではNMN投与の効果が現れやすい対象として、閉経後の肥満の女性に狙いをあてて、半分を偽薬、半分をNMN250mg投与群を無作為的に選び、NMN服用10週間後の全身の状態、および筋肉バイオプシーで得られた筋肉細胞でのインシュリンに対する反応を調べている。
まずNMN服用で確かにNADプールが上昇することを、血清中代謝物の量とともに、白血球細胞内、および筋肉細胞内の代謝物の量から確認している。
面白いことに、全身状態としては体重や脂肪量、あるいは血糖など、ほとんど変化がない。これに対し、バイオプシーした筋肉細胞を用いてインシュリンに対する反応をグルコース処理能で調べると上昇している。また、インシュリンの下流のシグナル分子AKTおよびmTORのリン酸化が高まっていることを明らかにしている。しかし、ADPプールであるミトコンドリア機能については変化が見られていない。
このインシュリンに対する筋肉細胞の反応性の上昇は、インシュリンにより誘導される遺伝子の数がNMNで大きく増加し、その中には筋肉の維持に関わるPDGFR βなどの遺伝子が含まれており、おそらくエピジェネティックな再プログラムが起こっていることを示している。NADがサーチュインの活性化に関わることを暗に示す結果と言える。
以上、筋肉のインシュリン感受性だけが変化するという印象を受けてしまったが、ともかくNMN服用が効果があることを示す研究だと思う。栄養食品やサプリの華々しい宣伝を見ると、本当にこれでいいのかといつも思ってしまうが、このような地道な治験が今後も行われていくことを期待する意味で、重要な研究だと思う。