2020年3月14日
成熟後もいくつかの系列に分化できる幹細胞は存在しており、その分化決定については長年研究が続いている。分化決定が全くランダムに起こる場合もあるが、系列によっては精密に分化の方向性が調節されており、中でもよく研究されているのは昨年度ノーベル賞が授与された低酸素による分化スイッチだ。
今日紹介するベルギー・ルーヴェン大学からの論文は低酸素だけでなく低脂肪によって軟骨への分化が促進されることを示した面白い論文で3月5月号のNatureに掲載された。タイトルは「Lipid availability determines fate of skeletal progenitor cells via SOX9(脂肪の利用可能性が骨格系幹細胞の軟骨への分化を決定する)」だ。
この研究のハイライトは、移植した骨への血管侵入を人工膜で阻害した時、骨芽細胞への分化が抑制され、軟骨への分化が促進されるという、職人的な実験だ。もともと軟骨は血管が少ない組織で、おそらくこの現象は低酸素と関係していると最初は考えていたと思う。しかし、いろいろ検討しているうちに、なんと脂肪の供給がなくなると軟骨への分化が起こることを、細胞株を用いた研究で突き止める。この結果は、軟骨と骨細胞を比べた時、軟骨細胞では脂肪酸の活性が低くもっぱら糖代謝によりエネルギーを生産するのに、骨細胞では脂肪代謝への依存性が高いこととも一致する。
以上の結果から、組織形成時血管新生の抑えられた状況では血管から脂肪の供給が減り軟骨分化のマスター遺伝子Sox9が誘導され、軟骨へ分化決定が起こるということがわかった。
次に、なぜ脂肪が得られないとSox9が誘導されるのかについて追求し、脂肪酸の供給が切れると細胞内の脂肪酸を燃やして対応するが、その時ミトコンドリアで脂肪を利用するために、脂肪を蓄積している脂肪滴と細胞質の脂肪の動きを変化させるため、オートファジーシステムのスイッチが入る。この一種のストレス反応がSox9を誘導する可能性を示唆している。
最後に脂肪供給を止めた時に上昇してくる遺伝子の調節領域から、FOXO分子の誘導が脂肪代謝に対するストレスによって最初におこり、これがSox9を誘導するというシナリオを完成させている。
残念ながら、細胞内に貯蔵された脂肪を利用するストレス反応がFOXO誘導につながるのか明らかになってはいないが、脂肪が利用できないというストレスが軟骨への分化を誘導しているという発見は、意外だが説得力のある面白い話だと思う。今後、軟骨肉腫の研究、あるいは硬骨魚の進化などに関しても重要なヒントが生まれるかもしれない。
2020年3月13日
腸内細菌叢と免疫系の相互作用に酪酸、酢酸、プロピオン酸などの短鎖脂肪酸が関わっていることがわかってきた。すなわち、短鎖脂肪酸が多く合成されると、抑制性T細胞を選択的に増やしてアレルギーを抑えることができる。ただ、すべての短鎖脂肪酸が同じように働くわけではない。例えば糖代謝についてみると、酪酸はインシュリン感受性を改善させるが、プロピオン酸は糖尿病発症と相関することが知られている(https://aasj.jp/news/watch/10105 )。
今日紹介するドイツ・ルール大学からの論文は自己免疫病の一つ多発性硬化症の進行がプロピオン酸で抑えられることをヒトで示した。本当なら画期的な論文で3月19日号のCellに掲載された。タイトルは「Propionic Acid Shapes the Multiple Sclerosis Disease Course by an Immunomodulatory Mechanism(プロピオン酸は免疫系を変化させて多発性硬化症の経過を改善する)」だ。
この研究ではまず多発性硬化症患者さんの血液と便の中の短鎖脂肪酸を測定し、プロピオン酸が患者さんで低下していることを発見する。これだけだとなるほどで終わるが、この研究では91人の患者さんになんと1日1gのプロピオン酸の服用を続けてもらうと、半分の患者さんで進行を止めることができることがわかった。また、MRIでミエリン繊維の多い灰白質を調べると、線条体で増大していることも観察している。さらに、長期に服用しても副作用はないとしている。
このプロピオン酸で多発性硬化症の発症が抑えられるという発見が研究のハイライトで、さらに人数を増やして治験を行うことが次のステップになる。ただ、著者らはCellにふさわしい論文にするため、
治療前のPAの量を決めているのは腸内細菌叢の違いで、多発性硬化症の患者さんでは短鎖脂肪酸を合成する細菌の割合が低い。 腸内細菌叢はプロピオン酸服用によっても変化し、抑制性T細胞にバランスを移す。 プロピオン酸服用により抑制性T細胞のIL10分泌が高まる。また、抑制性T細胞のミトコンドリアをリプログラムして酸素消費量を高める。
など、分子メカニズムも調べているが、驚く発見はやはりプロピオン酸服用で多発性硬化症の進行を抑えられるという発見だろう。
治験としては観察研究で、実際の効果はもう少し厳密なプロトコルで調べる必要があると思うが、期待したい。
2020年3月12日
社会性障害、言語能力低下、繰り返し行動がASDの三大症状などと言われると、何か最終宣告のように聞こえてしまうが、全くそんなことはない。今まで2回にわたって、絵本を通してのコミュニケーション、スポーツクラブに入って他の子供たちと運動する、などのプログラムで少しづつ新しい能力が開発できる可能性を示す論文を紹介してきた。
3回目の今日はバージニア大学のグループが学校で使えるようにデザインした言葉の能力を高めるためのプログラムについての治験研究で3月2日にJournal of Autism and Developmental Disordersに発表された。
このグループは長年にわたってASD児の言葉に関わる能力を高めるためのプログラムや材料を開発しており、この治験は彼らが2014年に開発した「Building Vocabulary and Early Reading Strategies 」というプログラムを小学校の課外授業として実施し、1)話し言葉の能力が改善するか、2)聞き取り能力が改善するか、3)教師がこのプログラムを実行できるか、の3つの問題を調べている。
具体的には5−9歳のASD児43人の参加を募り、まず年齢、背景、ASDの症状を揃えたペアに分けて、そのあとで無作為にペアの一人をプログラムを受ける群、もう一人を受けない群に振り分けている。
プログラムの内容だが、本に書かれた物語を大きな声で音読させることを基盤にして、読んでいる物語の内容を理解する、これまでの知識と比較する、物語をもう一度語る、物語から想像する、などの能力を途中で質問したり、文字に書せたりして意識させていくことで、言葉を使う能力を高めるようデザインされている。
重要なことは、このプログラムを学校で国語(?)の補修科目として組み入れている点で、このためにこのプロジェクトに協力してくれた先生を訓練している。
この補修プログラムは1日30分、週4日続き、全体で平均65セッション行うように計画している。そしてプログラム前後で様々な言語能力をテストして、改善が見られるかどうか調べている。
もちろん二重盲検、プラシーボなどは不可能な治験だが、プログラムを受けたグループは、ボキャブラリーのテスト、語る能力、言語全般の能力などで、受けなかったグループと比較して明確な改善が見られることから、効果は高いと結論している。
私も専門家でないので、言語能力測定に使われたEVT-2テスト、NEPSY-IIテスト、CELF-4テストで見られた改善が、実際にはどの程度なのかイメージすることはできないが、全てのテストでしっかり改善していることが示された。
詳細は専門家に任せることにして、学校で週4日、1回30分のコースが、ASD児の言葉の能力を改善できたことに感心した。おそらくわが国でも同じようなプログラムが開発されているのではないだろうか。大事なことは、これほど多面的な効果が得られるなら、学校での学習過程の中にそのようなプロジェクトが組み入れられ、多くの子供たちがプログラムを受け、その効果が常に検証されることだと思う。
以上、3回にわたって紹介した気になる治験論文は、家庭、スポーツクラブ、学校と異なる場所でのプログラムが少しづつではあってもASD児の能力を高めることができることを示している。思いつきでも、まだまだASDに対しては対症療法が重要であることが良くわかるが、それを治験として検証し、多くの人に使えるようにすることが最も重要だと強調して、ASD児に関する気になる治験シリーズを終える。
2020年3月12日
当たり前のこととして認めていることの中には、しかしなぜそうなのかについてわかっていないことも多い。そんな一つが、脳内で神経活動が起こっている領域に選択的に血液上昇が見られるという現象だ。実際、この現象は機能的MRIで脳活動を見るときの前提で、もし血流が脳活動を反映しないとすると、fMRI研究は成り立たない。結局うまくできているなとただ感心するだけだ。
今日紹介するハーバード大学からの論文はこの脳活動と血流の連結のメカニズムに取り組んだ研究で先週号のNatureに掲載されている。タイトルは「Caveolae in CNS
arterioles mediate neurovascular coupling (脳の細動脈のcaveolaが神経血管連結に関わる)」だ。
これまで神経血管連結は、神経興奮がアストロサイトが分泌する血管拡張因子、例えばNOなどを介して血流を高めるというシナリオが提案されている。一方、血管側の分子メカニズムは全くわかっていなかった。この研究では、血流調節のキーと言える小動脈血管内皮にcaveolaと呼ばれる膜直下の小胞の数が多いことに着目し、これが神経血管連結に関係あるのではないかと着想する。
これを確かめるため、マウスのヒゲに対する刺激を感じる神経領域の興奮と、その周りの小動脈のサイズを同時にモニターできる実験システムを確立し、ヒゲを刺激して神経興奮が起こると、周りの小動脈が拡張し、血流が上がることを確認している。
この系を用いてcaveola形成に重要なcaveolin-1ノックアウトマウスを用いて同じ実験を行うと、血管拡張が見られない。また、血管内皮特異的にcaveolin-1ノックアウトを行うとやはり神経興奮に伴う血流上昇が見られなくなる。すなわち、小動脈のcaveolaを形成する能力が、脳神経の興奮を感知して血管を拡張させるために必須であることを示した。
この結果がこの研究のすべてで、あと血管平滑筋のcaveolaはあまりこの経路に関わっていないこと、caveolaの形成は脳血管関門に関わる分子Mfsd2aにより抑制されていること、またcaveola依存性メカニズムはNOとは無関係であることなどを示しているが、caveolaとリンクするどのシグナルが血管拡張に関わるかは結局示されなかった。
Caveolaはシグナル伝達を構造的にバックアップする仕組みと考えられていることから、この結果は謎の多かった神経血管連結を理解するためには重要だと思うが、納得できるシナリオまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。
2020年3月11日
昨日はサソリ毒クロロトキシンが悪性のガン、グリオブラストーマに結合することを利用したガン治療論文について紹介したが、同じ Science Translational Medicine に、別のサソリ毒 cystine dense peptides (CDP) を、今度は関節リュウマチの治療に使う可能性を示したシアトル・フレッド・ハチソン ガンセンターからの論文が発表されているので、昨日に続いて紹介することにする。タイトルは「A potent peptide-steroid conjugate accumulates in cartilage and reverses arthritis without evidence of systemic corticosteroid exposure (高い効果をもつペプチド〜ステロイド結合体は軟骨に集積して副作用なしに関節炎を治す)」だ。
この論文で初めて知ったが、CDPとは20-60アミノ酸でシステン同士が結合しあうSS結合を多く持つペプチドの総称で、サソリだけでなく、クモ、ヘビから毒のある食物やバクテリアまで多くの生物が合成している。この研究グループは20種類の生物から抽出された40種類のCDPをスクリーニングし、サソリ由来のCDP-11Rが体内の軟骨に選択的に結合するを突き止めている。
この結果がこの研究のハイライトで、この軟骨に集積するCDP-11Rの性質は、関節軟骨に薬剤を集積させ、リュウマチ治療に使えるのではと着想し、そのための様々な準備実験を行なっている。
まず、CDP-11Rが軟骨に集積し、しかも長期間結合し続けること、また動物に移植されたヒトの軟骨にも結合できることを確認し、またこの結合はCDP-11Rの強くポジティブに帯電している性質が関わるが、ペプチド内のSS結合も重要な役割を担っていることを確認している。
この基礎的検討の後、炎症を抑えるステロイド、デキサメサゾンをCDP-11Rと結合させ、関節に集積するか検討し、ステロイドを関節特異的に集積させるキャリアとしてCDP-11Rが使えることを確認している。
最後に、CDP-11Rとステロイドホルモンの結合が徐々に分解されるリンカーを用い、またリュウマチに使われるステロイドホルモンTAAを結合させたCDP-11Rを準備し、コラージェンに対する自己免疫をおこした関節リュウマチラットに注射すると、ステロイドホルモンによる全身副作用が全くないにも関わらず、関節の炎症を治すことができることを示している。
今後人間に応用するためには、定期的に注射して同じ効果が続くか。正常軟骨に副作用はないかなど調べる必要があると思うが、毒を使いこなすのが医学であることを示す面白い例だと思った。しかし、なぜこんな性質が生まれたのか、サソリ毒には興味が尽きない。
2020年3月10日
腫瘍特異的に結合する分子を使ってがんを治療するというと、まず抗体を思い浮かべるが、実際には様々な分子を使ったがん治療開発が進んでいる。中でも印象的なのは前立腺癌の表面分子PMSAに結合するペプチドにルテニウム同位元素を結合させてPSMAを発現している末期の前立腺癌を完全に消失させられるという症例報告で、量子科学技術研究開発機構の東先生から聞いた時、その効果に驚いた。
今日紹介するカリフォルニア・City of Hope研究所からの論文はなんとサソリ(オブトサソリ)のトキシン(クロロトキシンCLTX)が、最も悪性の腫瘍グリオブラストーマに結合することを利用してCART をデザインしたという研究で3月4日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Chlorotoxin-directed CAR T cells for specific and effective targeting of glioblastoma (サソリ毒を結合させたCARTはグリオブラストーマを特異的にかつ効果的に攻撃できる)」だ。
このグループはグリオブラストーマに絞って、様々なCARTを設計し実際の臨床テストを行ってきたグループで、これまでにIL-13受容体やEGF受容体に対するCARTを脳内に注射して治療する方法を開発している。ただ、B細胞系の腫瘍と異なり、標的抗原の発現を落とした耐性ガン細胞が早期に現れるという問題があった。
これまで開発されたCARTは抗原に結合する抗体かT細胞受容体を用いているが、この研究ではサソリ毒CLTXがグリオブラストーマに結合することを知り、CTLXそのものをがんを認識するキメラ受容体に使えるか確かめている。
この論文を読むまで全く知らなかったがCLTXをグリオブラストーマのイメージングに使ったり、ヨード131を用いたアイソトープ照射療法がすでに開発されるほどグリオブラストーマに対しては有望な分子らしい。とはいえCARTのキメラ受容体に使うのには様々な検討が必要だ。
まずほとんどのグリオブラストーマがCLTXに結合することを確認した上で、CLTX分子とT細胞受容体を結合するスペーサーについて検討し、最終的にCTLX-IgG4Fc-CD28-CD3ζの組み合わせが最もガン障害活性が強いことを確かめる。さすがCART開発に絞って研究しているだけに、このあたりの手際の良さには感心する。
あとはマウス脳に移植したグリオブラストーマの増殖を抑えるかどうか調べている。重要なことは、ガンに直接あるいは頭蓋内にCARTを注射するときには効果が見られるが、静脈注射ではダメなことだ。それ以外は抑制効果が強い。それでも耐性を獲得する細胞が出現するが、この場合CLTX結合分子がなくなるのではなく、PD-L1などの免疫抵抗性が発生することを確認している。
また、CARTの結合にはメタロプロテアーゼMMP2が必要なことも確認しており、この結果をもとにさらに改良を重ねる可能性は高いと思う。
この研究に注目するのは、ガン特異的結合分子がある時、CARTのような手間のかかる方法がいいのか、あるいはアイソトープで内部照射する方がいいのか、さらにはトキシンをつけた方がいいのかの比較だろう。PSMAの場合確実に細胞内にアイソトープが取り込まれることがわかっており、この場合はアイソトープやトキシンに軍配があがるのかもしれない。いずれにせよ、治療法のないガンであることを考えると、急速に比較結果が出てくると期待している。
2020年3月9日
前回はASD児に絵本を読み聞かせたり、説明したり、質問したりする行動が、ASD児の言葉に対する注意を促すことを示す研究を紹介した。2回目の今日は、運動の効果だ。ASD児ではしばしば運動症状が認められる(例えば視覚と手の運動の連携が悪いなどの症状)。また、これらの運動症状とASDの心の問題とは密接に関連していることも知られている。もしそうなら、ASDの子供たちの運動能力を高めるプログラムは、運動能力にとどまらず、社会性や性格の変化をもたらしてくれる可能性が高い。
今日紹介するオーストラリアDeakin大学からの論文は、ASD児にオーストラリア全国で活動している子供を対象にしたサッカークラブAuskickのプログラムに参加させて、社会性や様々な性格に変化が起こるかどうか調べた研究で2月27日Journal of Autism and Developmental Disordersに掲載された。
研究は単純で、61人のASDと確定された5−12歳のASD児を2グループに分け、半分はAuskickクラブ(https://play.afl/auskick )が提供するプログラムを最低12回受けさせ、残りのグループは自宅で普通の生活を送らせる。そしてプログラム終了時に、知能、社会性、性格などを一般的な方法で調べている。
どのようなプログラムを受けるかはそれぞれのクラブに任せており、ハンディキャップを持った子供たちのプログラムに入る場合も、全く普通の子供のためのプログラムに入る場合もある。
結果だが、様々なマニュアルに従った検査については専門的なので、ここは著者らを信用して結論だけを手短にまとめると、次のようになる。
子供も行動を診断するCBCLチェックリストの様々な項目について調べると、全項目を総合した結果、内向性を評価する結果、そして米国精神医学界のDSMマニュアルによる不安神経症の程度が、サッカークラブでプログラムを受けることではっきりと改善した。 サッカークラブを経験したASD児は、サッカークラブセッション終了後も、他のプログラムに参加する傾向があった。 チームスポーツではあるが、コミュニケーションや社会性の改善ははっきりしない。ただ、CBCLによる社会性の問題は明らかに改善している。 上記の変化はプログラムの強とあまり関係はなく、一般児と同じプログラムでも、ハンディキャップ児と同じプログラムでも同じ程度に改善が見られた。
結局最後までプログラムを受けられたASD児は20人足らずになってしまったため、統計的に結果を信用できるのかどうかなどいろいろ問題はありそうだが、おそらく上手にプランされたチームでやるスポーツは受けさせてみる価値があるという結論になる。
しかしこのためには、上手に管理されたプログラムが必要だ。日本のサッカークラブの現状は知らないが、サッカーの上手な子供を育てることが目的になっていて、なかなかASDの子供まで受け入れる余裕はないのではないかと思う。また、一般児のプログラムにASD児が参加するのを、クラブや親が許すかどうか疑問だ。しかしわハンディキャップを持った子供たちの身体機能や精神機能の促進にも一肌脱いでこそ、我が国もプロ野球大国、サッカー大国になれるのではないかと思う。そんなスポーツクラブが増えることを望んでいる。
2020年3月9日
現役の頃、IL-7R機能を抑制するとパイエル板が欠損するという発見を皮切りに、吉田さんや、大学院生の本田さん、端さんたちと始めたのが免疫組織を誘導するLTi細胞についての研究だが、LTiが胎児期に腸管の特定の場所だけに集まるプロセスについては納得できる説明はできなかった。ただ、吉田さんたちが最初の場所決めは神経走行で決まるかもなどと話していたのを覚えている。
今日紹介する論文はこの分野をリードするDan Littmanの研究室からの仕事で確かにILC3(LTiも現在はこの呼び名で総称されている)が腸管神経と相互作用して腸内の状態を指示することを示した論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Feeding-dependent VIP neuron–ILC3 circuit regulates the intestinal
barrier (食物摂取によるVIP神経とILC3の回路が腸管のバリアー機能を調節している)」だ。
この研究はILC3が神経刺激因子とともに、神経ペプチドに対する受容体を発現しているという「気づき」から始まっている。実際示された組織写真を見ると素人でもILC3が神経と密接に相互作用していることを想像する。
そこで、ILC3は主に血管に作用するとされているVIPの受容体(VIPR2)を発現しているので、次にILC3のVIPR2をノックアウトすると、炎症性のサイトカインとともにバクテリアに対するバリアー機能を誘導するIL-22の発現が高まっていることを発見する。
次に本当にVIPを分泌する神経細胞がILC3のIL-22産生に関わるかどうか、CNOで刺激できるようにVIP神経の遺伝子を改変し、VIP神経を刺激すると、IL-22の発現を抑えることを明らかにしている。すなわち、ILC3はVIP神経か興奮してVIPが分泌されると、その刺激を受けてIL-22分泌を抑えるという回路が明らかになった。
すでにIL-22は腸管上皮のバリアー機能を高めることが知られているので、VIP神経を刺激したとき病原菌に対する抵抗力が低下するかどうかを調べると、期待通りマウスの死亡率は高まり、バクテリアは腸のバリアーを超えて脾臓や肝臓に移行する。一方、VIP神経の興奮を抑えると、バクテリアからマウスは守られる。すなわち、VIP神経が興奮すると腸上皮のバリアー機能が低下する。
しかし何故わざわざこんな危ない回路が存在するのか。Littmanらは食事を取った後の栄養摂取を高める目的で、バリアー機能を一時的に抑えるのではと考え、摂食の日内変動を解消した上で絶食させたマウスに食事を取らせたときILC3が刺激されIL-22分泌が低下し、バリアー機能が低下すること示している。そして最後に、このバリアー機能の低下は脂肪吸収を高めることも示している。
以上が結果で、神経―ILC3回路が食事で刺激され、バリアー機能を抑えて栄養摂取を高めることが明らかになった。うまくできているようだが、その結果リスクも高まり、腸内細菌叢、ILC3、神経細胞、そして食事という複雑な回路が出来上がったと考えればいいだろう。発生初期のパイエル板場所ぎめにも神経が関わる確率は高まった。
2020年3月8日
モノとコトになると、京大医学部の教授会でご一緒した精神科教授の木村敏先生を思い出す。以前何冊か読んだが、やはり客観世界をモノが代表し、主観世界をコトが代表し、それぞれが意識のなかで共生するという考えに「なるほど」と納得していた。最近はお会いする機会がないが、どう過ごしておられるのだろう。
今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、人間の記憶はモノをコトとして再構成することで記憶が可能になっていることを示した研究で読みながら木村先生を思い出していた。タイトルは「Replay of cortical spiking sequences during human memory retrieval (記憶の想起時に起こる皮質のスパイクのシーケンス)」だ。
研究ではAを見たらBを想起するといったコンテクスト記憶を対象としている。もちろん木村先生のモノとコトというような話はおそらく著者は知らないと思ううが、言葉を用いたコンテクスト記憶課題の場合、必ずモノとコトが一体になって脳に提示される。すなわち、「ケーキ」と「キツネ」と順番に出てきた言葉のセットを覚える時点で、時間的要素、すなわちコトがそのセットに加わる。このこととしてのシークエンスがどう記憶に関わるか調べるのがこの研究だ。
人間や動物が記憶したり、記憶を想起したりするときリップルと呼ばれる周期の早い興奮が現れる。このリップルを捕まえるために、この研究では人間の脳皮質の中にクラスター電極を埋め込み単一ニューロンの興奮を記録するとともに、クラスター電極にかぶせて領域の脳波を拾う表面電極を設置し、脳波レベル、単一神経レベルでリップルを検出している。
この研究に参加したボランティアは、先に示したように「ケーキ」「キツネ」、「スチーム」「シール」、「シート」「バス」のように、単語のセットを聞かされ、片方が出たらもう片方が思い出せるよう記憶する。
このとき、そして思い出すときに、それぞれの電極で記録されたリップルを解析し、記憶とリップルの関係を探っている。詳細を省いて結果をまとめると次のようになる。
記憶時、および記憶の呼び出し時にリップルが生じ、表面電極で拾える脳波上のリップルは、ニューロンレベルのリップルの記録を反映している。 記憶時に2つの単語を覚えるとき、異なる神経細胞レベルのリップルが一連のシークエンスとして記録されるが、同じ細胞のリップル・シークエンスが思い出すときに現れる。 記憶の正確さはリップル・シークエンスの一致度を反映する 皮質のリップルシークエンスが内側側頭葉のリップル・シークエンスとカップルしたとき、呼び起こし時に起こるシークエンスが記憶時のシークエンスと一致する。
慣れないとわかりにくいかもしれないが、ようするに少なくとも2つの単語を関連づけるコンテクスト記憶の場合、単語だけでなく、単語が現れる順番がセットになったときに強い記憶が誘導できる。また、このシークエンスの記憶は、内側側頭葉のシークエンスとカップルすることでより高められる結論できるだろう。
木村先生の思想は精神医学者としての実体験に裏付けられているのが特徴だが、今日紹介した結果からもう一度精神疾患患者さんのモノとコトの認識を見直してみるのも面白い気がする。
2020年3月7日
新型コロナウイルスで大騒ぎだが、インバウンド客という目先の利益に目が眩んで初動が遅れ感染が広がってしまった上に、現在の感染状況の科学的把握ができていない状況では、新しい科学に基づく政策は打てない。現れるクラスターのモグラ叩きがどこまで有効なのか?その間に、経済は極端に収縮しているが、取り返しがつかなくなってから、科学を信じたせいだと責任転嫁されては大変だ。偶然が悪い方向へ向かないように、今は天に祈るだけだ。
一方で科学は力強く新型コロナウイルスと戦っている。そんな例がCell4月号に掲載予定のドイツ類人猿研究センターからの論文で、SARS―CoVと新型コロナウイルスSARS-CoV2の細胞内への感染経路を調べている(図1)。
おそらくこのグループは、SARSウイルスの感染経路の研究を行なっていたのだと思う。そこに新型コロナウイルス騒動だ。ドイツでは1月28日には患者さんが発生しているが、ミュンヘンの病院に入院中の患者さんから分離したSARS-CoV-2を用いて、このウイルスの細胞内への感染経路を、これまでSARS-CoV研究に開発してきた試験管内感染実験系で大急ぎで調べてみたという研究だ。
驚くことに論文は2月6日に投稿されており、2月25日には受理され、2日前にオンライン出版されるというスピードだ。
おそらく実験に1週間はかかっていないだろう。当然それほど難しい実験はできない。結果をまとめると、
新型コロナウイルスは、SARSと同じで、細胞表面上のアンギオテンシン転換酵素(ACE2)を細胞に接着する受容体として使っている。 ACE2に接着したウイルスはエンドゾームに取り込まれ、そこで膜と融合してRNAを注入するが、このときホストの細胞のタンパク分解酵素によって処理される必要がある。この研究では、この処理をカテプシンとTMPRSS2が行えること、そしてTMPRSS2阻害剤がウイルスの侵入を食い止める。 SARSウイルスに対する抗体は、力は落ちるが新型コロナウイルスの感染を抑える。
通常なら到底Cellには掲載されないが、緊急にワクチンや、治療法を開発する上では、貴重なデータだということで掲載されたと思う。
この研究で示されているように、新しいコロナウイルスも細胞に接着するときにACE2を使っていることが確認されたが、このACE2はACEがアンジオテンシン Iを分解してアンジオテンシンIIに変換し、血管収縮、ナトリウム代謝などを通して血圧上昇に関わレニンアンギオテンシン系に関わるコトが知られてきた。すなわち、ACE2はこのアンジオテンシンIIをさらに短くするエンドペプチダーゼで、こうしてできたアンジオテンシン1−7は血圧抑制効果があることが知られている。実際、ACE2がノックアウトされると、心不全になりやすく、さらに代謝異常がおこることが報告されており、コロナウイルス感染をACE2を核として眺め直すことは面白いかもしれない。
高血圧や糖尿病などの基礎疾患があると重症化すると一般的に片付けられるが、これはインフルエンザでも同じだ。しかし、新型コロナの場合子供は不思議と感染が少ない。これは私が勝手に考えているだけだが、ACE2の発現分布や、スパイクの分解酵素TRPMSS2などの分布の違いを調べてみるのは面白い。
もちろん専門家も「ACEは臭うぞ」と感じているようだ。そこで最後に、中国武漢の北にある鄭州大学循環器内科の医師がNature Review Cardiologyに発表したコメントを簡単に紹介して終わろう(図2)。
MERS, SARSそして今回のコロナウイルス感染症では心筋炎や心不全の確率が高い。 今回のコロナウイルス感染で亡くなった中国人の12%は、新たに心臓障害が認められる。 ACE2は心臓にも発現しており、コロナウイルスは心筋に感染できる。 SARSの患者さんの12年にわたる追跡で、感染から回復した68%の人が高脂血症、44%が何らかの新血管異常、そして60%が糖代謝異常にかかっており、ウイルス感染による様々なダメージは後々まで続く。 たしかに新型コロナウイルス感染は高血圧の患者さんほど重症化するが、治療に使用されるACE阻害剤については注意が必要。 抗ウイルス薬は心不全の原因になるので注意が必要。
これらの結果は、ACE2ノックアウトマウスの結果とも一致して見える。すなわち、ウイルスがなにかACE2の機能を変化させている可能性はある。この論文ではコロナウイルス感染症一般に心筋感染の可能性があり注意が必要という以上の言明は避けているようだ。もちろん結果は臨床医にとっては重要な示唆だが、それ以外にも「ACE2とコロナの関係はなんとなく臭うぞ、ひょっとしたら様々な臨床症状を説明できるぞ」と言っているのが感じられる。臨床例や病理例が報告されてきたら、私も老いた頭を巡らせてみよう。
いずれにせよ、混迷する政策も結局科学が後始末してくれると私は確信している。感染は止められなくても、それを普通の日常にできるのは科学だけだ。