ポストコロナを支える技術:隠居の無責任な独り言 1
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ポストコロナを支える技術:隠居の無責任な独り言 1

2020年5月6日
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昨日年甲斐もなく頭に血が上ったせいで、隠居の身を顧みず、ポストコロナを支える技術について最新の状況を説明すると言ってしまったので、2回にわけて私が面白いと思った技術を紹介してみたい。1回目は、公衆衛生、診断についてで、2回目は治療についてだ。適当に論文のタイトルをペーストするが、他にも多くの論文があることを前もって断っておく。

さて医療で重要なのは、早期発見、リアルタイムの実態把握、治療資源の集中投入だ。当然公衆衛生でも同じだが、政策を伴うので、データをわかりやすく翻訳して政府に進言することが必要になる。全国レベルで資源の集中投入などあり得ないことを考えると、全国一律に緊急措置を出したにせよ、同じ対策を全国に強いることは間違いだ。

都市のロックダウンが馴染むかどうかは別として、もし感染が始まったら、問題のある対象地域を特定し、そこに資源や人を集中させることが重要になる。現在医療崩壊の危機が訴えられているが、集中のためのプランがなく、全国一律に同じペースでクラスター探しや、隔離政策を進めてきた結果だと思う。

いずれにせよ、ここでは収束後を考えている。今回の学習をもとに、第二波に備えて、集中的に資源を投入すべき地域を特定して(これに科学が必要だ)、そこに人や資源を投入できる体制を構築し直さなければならない。しかし第二波に備えるにしても、武漢のように1000ベッドの感染症専門病院を我が国で用意することは、大都市圏以外は難しい。すなわち、緊急時への備えをどの規模でやるか様々なアイデアが必要になるだろう。一つヒントになるかなと思うのは、以前訪問して印象に残った、レバノンからのミサイル攻撃に備えて、病院の地下駐車場がいつでも病室に変換できるようパイプを張り巡らせていたHaifaの病院だ。(http://jerusalemworldnews.com/2012/06/08/worlds-largest-underground-hospital-opens-in-haifa/)。日本では戦争に備えることはないと期待できるので、地上の駐車場改造で十分だ。これは一例だが、これまでベットの回転率だけを重視してきた厚労省の方針は見直されるだろう。ただ、緊急時に向けた用意を最小コストで行う工夫を早急に議論して間違っても平時には使わない病院を林立させるのはやめてほしい。そして余裕のための資源の管理は、国レベルの備蓄として準備することで、資源の集中投入のための準備を整えてほしい。

いずれにせよ緊急状態は、場所と時期両方の把握が重要で、これが的確に行える備えが必要になる。私には専門外の資源の集中についての議論はこのぐらいにして、早期発見、現状把握についてみていこう。

今回初動の遅れが問題になっているが、専門委員会のメンバーの中には極めて早い時期のロックダウンの必要性を示唆していた人がいたと聞いている。すなわち、今回我が国で初動が遅れた原因は、科学でもなんでもなく、科学者と政治家の関係の未熟さに尽きる。しかしそれでも、はっきりとしたデータがあれば安倍内閣や役所でも決断できたかもしれないし、あえて決断しない場合も科学データを無視したというはっきりとした証拠が残る。

したがって、初動のための早期感染検出法の開発は必須だ。新型コロナ第二波の場合、相手がわかっているので、外国から感染が持ち込まれる場合は、国際協調による情報の収集と、検疫が重要になる。ただ、入国時に全員検査をしたり、入国後14日間隔離などと言った方法は平時には取れない。したがって、飛行機の場合は乗る前に感染していないこと、あるいはすでに感染して抗体を持っていることを迅速に検出し、個人や旅行会社に通知するシステムが必要になるだろう。このような迅速な方法については現在続々開発が進んでおり、いずれも1時間以内に診断できる。費用は飛行機のサーチャージと同じでもちろん個人持ちになる。

このような検査は常に偽陰性や感染経過による検出ミスがつきまとうが、100%を追い求めても意味がない。この時、個人の検査だけでなく、飛行機、あるいは空港といった領域にいた人たちの感染状況を、トイレの下水などを利用してより厳密な方法でモニターすることは役に立つ。飛行機ではないが、居住地区の下水でモニターする可能性については((https://aasj.jp/news/lifescience-easily/12703))論文を紹介した(以下の論文)。

https://aasj.jp/wp-content/uploads/bbb3bc791018d4a9d637b67b87be5a59-1024x457.png

幸いコロナウイルスの断片なら便に排出されることがわかっているし、また無機物の表面中に数時間は存在している。おそらく下水だけでなく、室内の空気をエアートラップ採取してもモニターができるだろう。この場合個人の検査と違って誤診は許されないが、アラートが出ることで、市民の注意を喚起できる。

ただ我が国での流行状況を考えると、新型コロナの第二波は国内から起こる確率が高い。この場合、できるだけ早く感染流行が始まる場所と地域を特定することが重要になる。現在このモニタリングは病院を訪問した時の診断で行われる。ただ、これ自体が感染を広め医療崩壊を招くという懸念が今回よくわかった。従って、ここが工夫のしどころで、収束後も感染が疑われる患者さんの動線をできるだけ分離する発熱外来の維持と、迅速な検査体制が必要になる。しかし個別の受診から感染地域の特定まで、大きな時間のズレが生じる可能性がある。

これを補うのがウェッブ検索や、SNSでの会話に出てくる単語のモニタリングだと思う。例えばずいぶん昔になるが「疫学はWiKi学になる?」と紹介した論文(https://aasj.jp/news/watch/1429)では、インフルエンザ流行をほとんど1日程度のずれで察知できることが示されている。

また最近も、嗅覚や味覚がなくなることに関わる検索数が新型コロナ感染数とリアルタイムで一致しているという報告を紹介したが、SNSのモニタリングは、特定領域で感染症が始まっていることを知るアラートとして大いに役立つ(https://aasj.jp/news/watch/12806)。要するにビッグデータに基づくアラート体制を取ることが重要だ。

とは言え、この方法で病気の特定は不可能だ。その時は、先ほど紹介した下水や環境のモニタリングを組み合わせて、リスク評価をすることが重要だ。

さて、感染がキャッチされれば、感染状態の正確な把握は政策にとって必須になる。我が国ではいまだにPCR数についての議論が続き、4日の緊急事態延長宣言では、PCR数増加を阻む目詰まりについて問い詰められた委員会や政府が責任転嫁をしている有様だが、感染状況の把握をおろそかにしたことを反省すべきで、PCR数の増加の問題ではない。いずれにせよ、収束後同じ問題が再燃しないよう手を打つ必要がある。

今回十分学習したので、収束後は各診療単位で疑われたケースは速やかに検査を行うということに支障はないだろう。さらに、SNSのモニタリングや下水のモニタリングも組み合わせて感染の広がりを把握できるようになる。また、地域でのランダムサンプリングによるウイルスや抗体の検査による状況把握もできるだろう。

この時必要な技術が、現在議論の的になっているPCRかどうかは考えておく必要がある。第二波が新型コロナウイルスと決まっておれば、より迅速な方法が必要になるだろう。保健所のキャパシティーなどというボヤキが出ない方法を定着させることが重要で、例えばサーマルサイクラーを使わない技術など、理研林崎さんの方法も含めて目白押しだ。他にも国立感染研の開発した技術もある。

しかし、これらの技術は多くのウイルスを同時に検出したり、あるいは将来増幅が必要ではない方法への発展性に問題がある。個人的には以前紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/12887)、クリスパーを用いる技術に期待している。

https://aasj.jp/wp-content/uploads/67496e6ffb6945580a92cf39ba867909-1024x369.png

上の論文はまだ、新型コロナウイルスの検出法としてクリスパーを使うという話だが、可能性のあるウイルス全体に網をかけて検出するという可能もすでに議論され、一つの方法がNatureに発表された。

ガイドRNAだけを増やせば病原性ウイルスを一網打尽に検出できることから、新しいウイルスが発生しても、ゲノムデータがあれば、迅速に対応できる。

このように、ポスト・コロナについて言えば、新型コロナウイルスの第二波だけではなく、新しいウイルスにも対応でき、しかも迅速診断可能な技術が必要だが、多くの技術がすでに実用可能になっている。PCRが少ないという批判がトラウマになって、ただただPCRにこだわって将来を計画するのではなく、どの技術を選ぶのか今から議論することが必要だと思う。

これまでの議論は全て、従来の公衆衛生政策の効率化、すなわちトップダウンの政策の延長として考えてきたが、ここで大きな発想の転換をして、ボトムアップの公衆衛生が可能かを考えたら面白いと思う。というのも、感染症の場合、感染者も健常人も全て「Stay Home」が原則になる。とすると、Homeで病気を判断できるようになることが究極の解決になる。

遠隔診療が解禁された今こそこの転換のチャンスだ。おそらく感度は問題だとしても、ウイルス抗原検査なら自宅でもできるようになるだろう。またどこででもできるウイルス検査法の開発競争は凄まじく、選択肢は大きい。

自宅でウイルス診断をすると最初からゴールを定めればリーズナブルなコストの検査が可能になるように思う。さらにAIも駆使して、かなりの判断が自宅で可能になり、遠隔医療で医師に相談できるとともに、そのまま公衆衛生プラットフォームにデータが蓄積できれば、ボトムアップの公衆衛生が可能になる。このような仕組みは、かかりつけ医制度の再構築という厚労省の目的にも合う。

ボトムから感染症に対応する仕組みは、我が国にゲノムサービスなどの新しいチャンスももたらす。たとえば、コロナ感染や重症化と相関する遺伝子は必ず明らかになってくる。前に紹介したように個人のHLAタイプからT細胞免疫を予測する方法も開発されている(https://aasj.jp/news/watch/12923)。他にもコロナウイルスの感受性に関して多くのゲノムデータが集積するはずだ。このようなデータを自覚症状リストなどと統合して、個人の判断をより正確にすることは可能だ。

このような話をすると、「自宅では難しい、不正確だ、偽陽性をどうするのか、プライバシー侵害」と言った批判が専門家から湧き上がる。しかし、感染症という隔離が必要な「個人の病気」は、新しい仕組みを必要としている。

我が国でも、検診データ、服薬記録など、様々な個人医療データを統合する仕組みができつつある。まだまだ入り口とは言え、遺伝子検査サービスを受けた人たちも数十万人いるのではないだろうか。米国では2千万人に上っており、我が国でも必ず同じようになる。とすると、思い切って感染症も、社会問題としてだけでなく、個人の問題として解決する方法を模索することで、感染症でも医療に対する満足度が高まり、新しい医療システム構築すら可能になる気がする。

次回は治療とワクチンを取り上げ、感染の恐怖を医療を通して解決する方法を考えてみたい。

5月6日 着実に進むガンゲノムのカタログ化(3月号 Nature Genetics 掲載論文)

2020年5月6日
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少し紹介が遅れたが、3月号のNature Geneticsでは、これまで積み上がったガンゲノムや様々なオミックスデータを、様々な視点から整理し直す論文が掲載されていた。タイトルを拾うと、1)ガンで見られるクロモスプリシスのゲノム配列解析、2)ガンのミトコンドリアゲノム、3)ガンに見られるクロマチンの異常、4)ガンで見られるレトロトランスポゾンの遺伝子再構成、そして5)ガン関連ウイルスのゲノム解析だ。

国際コンソーシアムでは、ガンの原因になる全ての変異とその意味をカタログ化することを目指しており、今も収集されるガンゲノムの数は増えていっているが、今回一度に公開された論文は、このカタログの索引を作るための試みと言っていいだろう。カタログを使うためには最も重要な作業になる。

今回はこの中からドイツガンセンターを中心に集まった国際コンソーシアムによるガンウイルスについての研究を紹介する。タイトルは「The landscape of viral associations in human cancers (ヒトガンに関わるウイルスのカタログ)」だ。

研究では2558人のガンサンプルと正常組織の全ゲノム解析、およびガンのトランスクリプトーム(遺伝子発現マップ)を行い、この中から発ガンと関わりそうなウイルスゲノムを、いくつかのアプリケーションを用いて拾い出し、カタログ化することが目指されている。

結論的に述べると、特に新しいことは報告されていないと思う。すなわちそれぞれのガンについて発ガンとウイルスの関係が詳しく研究されており、全ゲノム解析を導入したことで何かが急に変わるわけではない。ただ、カタログの索引を作ったという面では高く評価できると思う。

詳細を省いて個人的に面白いと思ったことだけ列挙しておく。

  • どうしても関係のないウイルスゲノムがサンプル処理の間に入り込む。これをモニターするため、サンプルが処理された日付を記載しておけば、コンタミの場合、サンプル調整日時と関連することがあるので特定できることがある(極めてハイテク研究だが、ローテクの工夫も重要ということ)。
  • 13%のガンで23種類のガン関連ウイルスが発見できる。このなかでトップ3は、EBウイルスの仲間、B型肝炎の仲間、そしてパピローマウイルスで、これまでガンウイルスとして最も研究が進んでいる。
  • マウス乳がんで有名なMMTVは腎臓がんで1例だけ発見されたが、人間のガンウイルスとしての危険は少ない。他にもCMVやRoseolovirusのようにヒトガンとの関係が疑われたウイルスは多いが、今回の研究では従来指摘された可能性は否定できる。
  • B型肝炎ウイルスはほとんどの肝臓ガンと関連しており、CTNNB1, TP53, ARID1Aの変異が同時に見られる。このような特定の変異との共存はパピローマウイルスでも見られる。
  • 内因性のレトロウイルスの活性化の検出は難しいが可能で、腎臓がんのように予後と強い相関が見られるケースがある。
  • ヒトパピローマウイルスのようにゲノムに挿入され発ガンに関わるウイルスとガン遺伝子の関わりのカタログ化ができるが、特定の遺伝子発現への影響だけでなく、例えば挿入部位前後で遺伝子変異が高まることが認められ、今後重要な課題になる。
  • 全く新しいガンと関連しそうなウイルスがいくつか特定されたが、特定のガンに関わるものは見つからない。

繰り返すが、基本的にはこれまでわかっていることが確認された研究だ。ただ、今回集まった数種類の索引は、ガンゲノムを理解するガイドとして役立つことまちがいない。

カテゴリ:論文ウォッチ

ウイルスと闘う人類の多様性:以前紹介したネアンデルタール遺伝子研究を再読して、科学技術会議の提言について色々考えた(2018年10月4日号 Cell 掲載論文)

2020年5月5日
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京大皮膚科の椛島先生のおかげで、皮膚科の授業の一環として学生さんに講義させていただいている。皮膚科でもない、しかも現役引退した私なので、この機会を皮膚科疾患を進化の視点から学び直す機会にして、それを学生さんと共有することにしてきた。ところが今回のコロナ騒ぎで貴重な学生さんとの「対面」講義が禁止された。語りかけることができない問題をなんとか補おうと、今年はより時間をかけて準備し、録画として提供することにした。

そんな準備をしている中で、以前このHPで紹介したネアンデルタール人から我々に伝わったゲノム遺産の多くがRNAウイルスに対する抵抗性に関する遺伝子であるという論文が目に留まり、今年の授業でも使うことにした。

詳しい内容はすでに紹介しているので(https://aasj.jp/news/watch/9071),ぜひそちらを読んで欲しいと思うが、ネアンデルタール人との交雑を通して私たちのゲノムに流入し、遺産として保持されてきた遺伝子の多くは、ウイルス抵抗性に関わる遺伝子で、それもRNAウイルス(HIV、インフルエンザ、C型肝炎ウイルス)に対する抵抗性に関わる遺伝子が多いという結果だ。

何をウイルス関連遺伝子とするかなど様々な問題はあるが、この論文がレフリーを通った最大の理由は、私たち科学者が、人類はゲノムの多様性を生み出すことでウイルスと戦ってきたと確信していたからだろう。この確信にピタッとはまったおかげで、Cellに掲載された(通常このような場合は問題が起こることも多いのだが)。

この論文を読みながら今年の講義の準備をしている時、緊急事態宣言延長のニュースを聞いた。この決断については、判断材料を持たない私も文句はないが、同時にメディアで流れた専門家会議の提案する「新しい生活スタイル」には、耳を疑った

この提言では、私たちは感染を恐れる社会を形成すべきで、そのために彼らが示す決まった生活スタイルを出発点とした未来=new normalを築く必要があると例を挙げて示している。そしてそこで提示されたスタイルは例えばライブハウスの否定だ。要するに多様性を排して、感染に備える統一的生活スタイルだ。レストランでの過ごし方などを読むと、まさに習近平中国が行なっている統一的生活の勧めとほとんどオーバーラップする。

要するに、科学者が自らの職務を忘れ、「感染をおそれよ」という知識だけを社会にフィードバックしている有様を見て、暗澹たる気持ちになった。安倍政権や政府が統一的生活を勧めたとしても私は驚かない。しかし、文化の多様性を排する世の中を科学者が提言することで、科学への不信がどれほど増すのか、専門委員会はわかっていない。

科学者にとって大事なことは、健康とともに文化の多様性を守るために科学ができることを提示することだ。新型コロナについての論文が1万に近づいているということは、世界中の科学者が科学研究でこのウイルスに立ち向かっていることだ。今の時点で、この1万編の論文とそれぞれの経験から何を提言できるかが問われている。

これらの論文に接しておれば専門外の私でも、コロナ以降の世界に必要な新しい技術が想像できる。3密やsocial distanceは旧来の感染症の知識から導かれる指標で、そこから一つの文化が生まれることは否定しないが、それだけでは人類文化の多様性は維持できない。専門家委員会には世界から尊敬される科学者も入っている。その人たちの意見が全く見えずに、「感染をおそれよ」というメッセージ以外出てこないのは、おそらく全てを役所が仕切ろうとしているからだろう。今こそ科学者は科学者としてもっと発言すべきだと思う。

「批判だけでは何も出ない」という声が聞こえるので、次はポストコロナを支える技術として私が期待している候補を解説することにした。乞うご期待。

5月5日 授乳によって糖尿が抑えられる(4月29日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年5月5日
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当たり前のことだが妊娠は体の代謝を大きく変化させることから、女性には大きな負担を強いる。特に、インシュリン抵抗性が高まることから、妊娠を繰り返した女性は、糖尿病のリスクが高くなる。しかしうまくできたもので、授乳を続けることでこのリスクが軽減されることも知られている。

今日紹介する韓国のKAISTからの論文はこのメカニズムをマウスモデルを用いて解析した研究で4月29日号のScience Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Lactation improves pancreatic b cell mass and function through serotonin production (授乳は膵臓β細胞量と機能をセロトニン合成を通じて改善する)」だ。

まず出産後授乳で子供を育てた女性と、授乳しなかった女性を対象に、出産後2ヶ月、および3.6年でブドウ糖負荷試験などを行い、2ヶ月目ではほとんど差がないのに、3.6年目には大きく耐糖能が改善していること、そして様々な指標から、この改善は膵臓ベータのインシュリン分泌機能が改善したことによることを明らかにする。

ここまでが人間での研究で、あとはマウスを用いた研究を行い、

  • 授乳によりβ細胞の量が増加し、インシュリン分泌能が上がる。
  • この効果は、プロラクチンによりセロトニンのβ細胞内合成誘導に起因する。
  • β細胞でのセロトニン合成を阻害すると、授乳の効果はなくなる。
  • セロトニンはインシュリン合成に伴い合成される活性酸素を直接賦活化することでβ細胞を守る。

と結論している。

拍子抜けするほど単純な話だが、これが本当だと、β細胞のセロトニン合成能力を誘導してβ細胞を守る可能性が生まれるように思う。実際実験では、アロキサンのようなβ細胞毒からセロトニンが細胞を守ることを示しているので、1型、2型ともにこのルートで病気を抑えられるか研究が進むことを期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月4日 光の量を測る視覚システム(5月1日号 Science 掲載論文)

2020年5月4日
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私たちの脳の多くの領域は視覚の処理に向けられている。パソコンに向かっている自分の脳を考えてみるだけでも、当然のことだと思う。いつも驚くのは、極めて大きなダイナミックレンジを持つ光の量を、的確に調節している点で、これが形の認識と同じ回路でできるわけはない。実際には、光の量を感じて瞳孔の調節を行い、視覚にとっての最適な光量を維持することが重要になる。このプロセスに、光を直接感じることができる網膜ガングリオン細胞が重要な役割を演じていることはこれまで何回かこのブログでも紹介してきた(例えば:https://aasj.jp/news/watch/7543)。

今日紹介する米国ノースウェスタン大学からの論文は光を感じるガングリオン細胞(RGC)に関する研究で、5月1日号のScienceに掲載された。タイトルは「A noncanonical inhibitory circuit dampens behavioral sensitivity to light (特別な抑制回路が光に対する行動の感受性を低下させている)」だ。

メラノプシンなど光を感じる粒子を持っているRGCは、光を感じて他の神経を活性化する興奮性神経として研究されてきた。ただ、視覚には必ず抑制性の回路が必要であることが知られており、RGCにも同じように抑制機能を持つ部分が存在するのではないかと着想し、調べたのがこの研究だ。

抑制性RGCを特定するために、GABA合成に関わる酵素Gad2陽性のRGCを、遺伝子操作を用いてラベルし、抑制性RGCが存在するのか?投射する脳領域はどこか?について検討し、間違いなく光を感じるRGCが存在し、像の認識には関わらない、上視覚交叉核を始めいくつかの領域に投射していることを確認している。

あとは、遺伝子操作法で特定した抑制性RGCが、本当にGABAを分泌して抑制神経としての機能を持っているのか、光遺伝学と脳のスライス培養を組み合わせて確認している。

その上で、最後に抑制性RGCでGABA合成を止めた時に、何が起こるかマウスの行動解析で調べている。

これまでの研究で、光を感じるRGCがなくなると概日周期への調節能が失われることがわかっていたが(https://aasj.jp/news/watch/8959)、抑制性のRGC機能が喪失しても周期自体は保たれる。また、暗い部屋での瞳孔拡大や、行動性などほとんど変化がない。

しかしよく調べると、1.5ルックスという弱い光の部屋では、行動性が低下し、また光が弱いのに瞳孔が散大しにくい。さらに、弱い光の中でも概日周期がシャープに維持されることもわかった。

以上が結果で、ネズミの話が私たちにも当てはまるかどうかはわからない。薄暗い中で必要なこの機能を私たちがどれほど維持できているのか、ぜひ知りたいと思った。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月3日 ApoE4と脳血管関門 (4月29日号 Nature 掲載論文)

2020年5月3日
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多くの医学雑誌は現在新型コロナウイルス感染論文で溢れかえっているが、もちろんこれ以外の面白い研究は今も発表し続けられている。この非常時の中にも維持される常態こそが科学の力になる。実際、研究が止まってもこの常態を維持することは可能だろう。大手メディアはコロナについての番組で埋め尽くされているし、SNSでも同じ状況だ。かく言う私も、コロナ関係の論文紹介は、SNSにもアナウンスすることにしているが、元科学者として常態の維持に協力することが重要で、自宅にこもる時期だからこそ、ゆっくり科学のトレンドを考えたいと思っている。

そんなとき、阪大の岡田真理子さんから頼まれていた講義が中止になったので、ぜひ正常な生活を維持してもらう意味で、内容を拡大して「Abiogenesis」と言うタイトルで、38億年前に地球に生命が誕生する条件についての研究紹介を3回に分けて準備し、Youtubeで配信することにした(https://www.youtube.com/channel/UC1WeyfqdOM5GYCm7QObRpjQ/featured)。本来は阪大の学生さん向けに準備したが、せっかくなのでオープンにしている。明日で最終回になるが、この機会に大学のカリキュラムとしては扱いが少なく、普通は考えないことを考えてみるきっかけにしてほしいと思う。またロックアウト中に、椛島さんに頼まれた皮膚科の講義も作ろうと思っているので、これも公開することにする。

と長い前置きになったが、今日紹介したいのは生命の誕生とは全く関係のない認知症の話で、APOE4の変異が認知症の原因になる一つの要素が脳血管関門が局所的に破壊されると言う面白い観察だ。タイトルは「APOE4 leads to blood–brain barrier dysfunction predicting cognitive decline (APOE4は脳血管関門お機能異常を誘導し認知機能の低下をきたす)」だ。

APOEには3種類のアイソフォームが存在し、それぞれのアイソフォームは様々な形でアルツハイマー病など認知症に関わっている。例えばクライストチャーチ型変異を持つAPOEによって、アミロイドがどれほど蓄積しても認知症状が出ない老人がいることを示した論文を以前紹介した(https://aasj.jp/news/watch/11677)。また、 APOEのε4変異はアルツハイマー病の原因遺伝子として知られている。

この研究ではε4のバリアントを持つAPOE(APOE4)とε3バリアント(APOE3)を持つ患者さんを集めて、造影剤を用いるDCE-MRIというMRI検査を用いて脳の血管機能、特に脳血管関門が壊れていないか調べている。

結果は、APOE4を持つ人だけ、不思議なことに海馬および海馬傍回と呼ばれる場所だけで、血管関門が壊れて造影剤の漏れが見られることを発見する。結果はこれだけだが、

  • この漏れの程度は、海馬や海馬傍回の萎縮を伴い、認知機能と相関する。
  • しかし、AβやTauなど他のアルツハイマー分子の蓄積との相関は全くない。
  • 一方、関門破壊の指標となる脳脊髄液中のPDGFRβの量と相関する。
  • 関門の破壊は血管周囲細胞のAPOE4シゲに下流に存在するサイクロフィリンA経路を介するMMP9の発現が主要な要因になっている。

人間のMRI検査から様々な可能性を探った、現象論的研究だが、APOE4による認知症は従来のアルツハイマー病とは異なる可能性を示唆しており、重要だ。さらになぜAPOE4が海馬や海馬傍回特異的に関門を破壊するのかなど重要な問題が生まれたと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

Abiogenesis研究の解説第二回

2020年5月2日
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大阪大学:現代ゲノム講義が中止になったので、学生の方々には資料(https://aasj.jp/news/lifescience-current/10778)を読んでいただくことになりました。ただ、分かりにくい点も多いと思うので、Youtubeで解説していますが、今日も2時から第二回解説を行います。講義はオープンなので自由にご覧ください。

サイトは:https://www.youtube.com/watch?v=3F5w2LRmhHY

カテゴリ:ワークショップ

5月2日 新型コロナウイルス肺炎というパズルのピースが集まってきた(JCI Insight オンライン掲載論文他)

2020年5月2日
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マスメディアレベルでは、新型コロナ肺炎という決まった単位があって、あとはどんな薬が効くかともかく視聴者に伝えて、視聴率を稼ぐことで十分だろう。しかし、医師や研究者にとっては、共通性と特殊性が混合した個別のケースを、最終的には大きな枠の中で全部説明できるメカニズムを探り、それを標的にした治療が必要になる。そういう目で毎日の論文を見ていると、不謹慎とは思うが、ジグソーパズルや謎解きゲームのような、面白いゲームに参加しているような気持ちになる。

そこで、今回も新型コロナウイルス肺炎の重症化について、論文をサーフしながら、頭の整理をしてみた。

さて、この病気が重症化する原因として、肺を中心に様々な微小血管内の血栓形成が指摘されてきた。実際、フィブリンの分解物であるD-ダイマーの血中濃度と、重症化との相関は、この可能性を強く示唆している。また、肺だけでなく、心臓や腎臓障害が頻発することもこれで説明可能だ。さらに皮膚症状として、川崎病のような血管炎症状を見ることも報告されている。とすると、以前紹介したようにウイルス敗血症のような全身性の血栓形成DICが起こるのではと危惧される。

これに対し、4月24日にダブリン血管研究所からBritish Journal of Haematologyに発表された論文では、

確かに重症患者さんではD-Dimerの上昇をはじめとする血栓形成が起こっていることは間違いないが、白人に関して言えば(低分子ヘパリンは服用している)、プロトロンビン時間や血小板数に重症者、軽症者に差がなく、DICが重症化と関係する可能性はほとんどないと結論している。そして、肺の病理などを根拠に、局所的な微小血管内血栓が重症化の原因ではと推察している。

もともと血栓の起こりやすさには人種差があり、ひょっとしたらこれがアジア人で死亡者が少ない原因かもしれない。

では一体どのようなメカニズムで、局所血管の血栓ができるのか?これを考えるパズルのピースとして、D-ダイマーなどの血栓形成指標に加えて、1)好中球が上昇していること、2)肺の微小血管から肺胞腔まで好中球の浸潤とともにフィブリンの沈着が見られること、から導かれた一つの可能性が、Neutrophil Extracellular Trap(NET)という現象がcovid-19で発生しているのではないかという可能性だ。

そしてこの可能性は、ニューヨークのZucker School of MedicineとCold Spring Harbor研究所のグループがJournal of Experimental Medicineに発表した総説の中でいち早く指摘している。

ここでNETについて少し説明する必要があるだろう。好中球は様々な刺激で炎症局所に浸潤し、細菌を貪食したり炎症誘導因子を分泌したりして生体防御に関わるが、この細胞は最後の切り札として、核内からクロマチンごとDNAを細胞外に放出し、そこで血小板やフィブリンなどを捕捉する極めて特殊な死に方ができる。この細胞外に放出されたクロマチンを中心に炎症や血栓ができるのがNETで、ウイルス疾患や、サイトカインストームが起こるような条件で誘導され、持続する強い局所炎症の原因になることが知られている。

またCovid-19が問題になる前から、川崎病のような血管炎、あるいはARDSもNETとの相関が示唆されてきた。この意味で、なかなか魅力的な仮説で、少なくともCovid-19がらみの血栓に関する私の知識は、この仮説の中に十分収まると感じていた。

そして4月24日、ミシガン大学のグループが重傷者では臨床的にNETが発生しているという論文をJCI Insightに発表した。

この研究では50人の患者さんを、NETが発生していると仮説を立て、必要な検査を行っている。するとコントロールと比べ、NETを示すDNA、ミエロパーオキシダーゼとDNAの混合物、そしてシトルリン化されたヒストンの血中濃度が高まっていることを確認する。

そして、ベンチレーターを必要とした重症患者さんでは、血中のDNAやミエロパーオキシダーゼとDNAの混合物が有意に上昇していること、そして患者さんの血清を好中球の培養に添加するとNETを誘導できることを明らかにした。

結果はこれだけで、実際にままだまだNETが重症化のメカニズムだとするには証拠が断片的だと思うが、しかし肺病変はもとより、皮膚の血管炎、腎障害、心臓障害などを含め、covid-19の病態をかなり説明できる。

また、NETが発生することにより、IL-1βとIL-6の刺激回路ができて、NET局所の炎症が拡大することも知られており、重傷者がIL-6が高値を示し、これに対する抗体が症状を抑えることができる点も説明できる。

そして何よりも、NETを想定することで、新しい治療が可能になる。というのも、詳細は割愛するが(詳しいことを知りたい方は、例えばJCSに発表された総説を参照してください)、NETは他の細胞死と同じで、決まったプロセスを経て起こる。具体的には、ウイルスをはじめ様々な刺激で好中球が活性化されると、細胞骨格が分解した後、核膜が崩壊、その結果クロマチンごとDNAが放出されるが、この過程でヒストンのシトルリン化酵素や、エラスターゼなど多くの分子が関わっている。

それを標的にすることで、NETを抑え、サイトカインストームや血栓を抑える可能性がある。

これに基づいて、Journal of Experimental Medicineの総説では、いくつかの治療戦略を挙げているので最後に紹介する。括弧内に書き添えたのは、他の論文も参考にした個人的メモ)。

  • ヒストンのシトルリン化に関わるPAD4阻害剤(ただNETも多様で、Covid-19ではPAD4の関与は少ないとする報告もある)。
  • 好中球のエラスターゼ阻害剤。我が国ではシベレスタットがARDSに持ちられてきたが、効果は低いことが報告されている(実際にCovid-19でも使用されており、効果は高くないことが示されている)。しかし、新世代のエラスターゼ阻害剤があり、きたいできる。
  • 膜に穴を開けるGasdermin D阻害剤。
  • 細胞外に放出されたDNAを分解するDNaseI阻害剤. 繊維性嚢胞症で吸入療法がすでに実用化されている。
  • NETはマクロファージを活性化してIL-1βを分泌させ、これによりさらにNETが拡大する。また、IL-1βはIL-6誘導にも関わる。従ってIL-6に対する治療とともに、すでに実用化されているIL−1β阻害抗体の効果は期待できる。

以上、NETを加えると、頭の中のパズルもかなり形が見えてきた。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月1日 匂いに対する反応で意識障害を判定する(4月29日 Nature オンライン掲載論文)

2020年5月1日
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急性脳障害で救命措置を施した後重要なのは、意識レベルを診断することで、特にいわゆる植物状態と最小意識状態を区別することだ。外界との相互作用がある程度取れているケースでは完全ではないが意識回復が可能だが、植物状態の場合、稀なケースを除いて回復は望めない。

診断には観察が重要だが、両者を見分けるのは簡単ではない。ところが、今日紹介するイスラエルワイズマン研究所からの論文は2種類の匂いを嗅がせて一回の吸入量を計るだけで、かなり正確に診断できることを示した研究で、4月29日号のNatureに掲載された。タイトルは「Olfactory sniffing signals consciousness in unresponsive patients with brain injuries(匂いを嗅ぐ行動は脳障害の患者さんの意識状態を示している)」だ。

研究では、意識混濁で、植物状態と診断された患者さんと、最小意識状態と診断された患者さんにシャンプーの香料に使われるいい匂いと、魚が腐ったような不快な匂いを嗅がせたとき、嗅いだ後の呼吸吸引量が変化するかを調べるという極めて簡単な研究だ。

結果は明瞭で、最小意識状態と診断された患者さんでは良い匂い、悪い匂いとも吸引量が低下する。快、不快を問わずこの反応は見られることから、特に認識が行われているようには見えないので、反応的な感覚といえる。ところが、植物状態と診断された患者さんでは匂いを嗅がせても呼吸に何の変化もない。

この発見が研究の全てだ。私はもう現場については全く知らないが、確かに匂いを使う意識検査はあまりないように思う。患者さんを集めるのは大変だと思うが、特に脳波検査など近代的な検査を全く行わず2つの匂いを用意するだけで、Natureに掲載されるというのは羨ましい限りだろう。

それでも読み進むと、この重要性がよくわかってくる。このテストは平均値が重要ではない。最初最小意識状態だったのに、その後植物状態に落ち、また最小意識状態を経て完全に回復したケースで、それぞれの時期の意識状態診断はこのテストの診断と一致する。

また意識レベルも、強い匂いを嗅いだ後、匂いのない脱脂綿を嗅がせた時に見られる吸気量の変化を、匂いへの単純な反応ではなく匂いの認知を反映する指標とすると、ほとんどの最小意識状態の患者さんは匂いを認識できていることを明らかにしている。

そして、植物状態として診断された患者さんの中で、匂いに対する反応が見られたケースは、単純な反応だけでなく、認識に基づく反応も存在し、驚くことに全例が最小意識状態へと回復している。

これに勇気付けられ、脳損傷後すぐに匂いへの反応を調べ、長期経過との相関を調べると、匂い反応が残っていた患者さんんは8.3%が経過観察中に死亡した一方、匂い反応が見られなかった患者さんでは63.2%が亡くなっている。すなわち、極めて簡便だが、予後と相関する検査ができたといえる。

専門ではないが、臨床的には重要な発見だと思う。ただ、著者らは意識という脳研究の大問題にもこの系は寄与すると考えている。すなわち、このテストを受けて完全に回復した人たちが、匂いを嗅いだことをどう覚えており、どのように表象しているのか、言われてみるとおもしろい。

カテゴリ:論文ウォッチ

Abiogenesis研究の解説

2020年4月30日
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大阪大学:現代ゲノム講義が中止になったので、学生の方々には資料(https://aasj.jp/news/lifescience-current/10778)を読んでいただくことになりました。ただ、分かりにくい点も多いと思うので、Youtubeで解説することにしました。この講義自体はOpenですので、興味のある方はお聞きください。

明日午後2時から第一回をスタートします。(https://www.youtube.com/watch?v=fN9PZtj_UGk

カテゴリ:ワークショップ