2019年9月27日
阪大の岸本先生のグループによってIL-6に対する抗体は、免疫病の重要な薬剤として開発されたが、IL6のシグナルがどう伝わるのかについての研究は大変な研究で、岸本先生らによって明らかになった受容体の構造は分泌型の受容体と結合してから膜上のgp130に結合するという極めて複雑なものだった。
その後同じgp130をシグナルに使うLIFやCTNFのシグナル伝達が明らかになると、この系はさらに複雑な系であることがわかった。
一方臨床応用については、IL6抗体のほかに、食欲を抑えて肥満や糖尿病を治すことがわかっていたCTNFの利用の可能性も追及され、実際第3相試験まで進んだが、これに対する抗体ができることから開発は中断された。
今日紹介するオーストラリア モナーシュ大学からの論文はこのCTNF を用いた糖尿病治療というアイデアを、IL6の一部をLIFの一部で置き換えることで実現できることを示した画期的な論文で9月25日号のNatureに掲載された。タイトルは「Treatment of type 2 diabetes with the designer cytokine IC7Fc (デザインされたサイトカインIC7Fcを用いて2型糖尿病を治療する)だ。
この研究ではIL6の2箇所あるgp130結合部位をLIFと置き換え、gp130,
分泌型IL-6R、そしてLIFRに結合するという自然には存在しないサイトカインをデザインし、これに免疫グロブリンのFc部分を結合させて安定化させ、著者らがIC7Fcと名付けた人工サイトカインを作っている。
もちろん自然にないシグナル伝達の仕方をするサイトカインなので、その効果を調べるためマウスに注射すると、最もはっきりした効果が、過食により誘導される肥満を抑える効果であることがわかった。そして、この効果がCTNFと同じように食欲を抑えることで起こることを示している。
ところが食べないと筋肉量も低下するのだが、このサイトカインはYapタンパク質の発現を高めて、筋肉量を維持することができる。しかも、Yapが上昇すると困る肝臓では、なんとYapの発現を抑え、健康に良い方向だけに効果を示す。
良いことはさらに続く。なんとインクレチン経路や他の経路を介して膵臓β細胞のインシュリン分泌を高め、同時にグルカゴン分泌も刺激することで、低血糖発作を防ぐ。そしてグルコース耐性を改善することで、基本的に2型糖尿病治療薬として働く。他にもメカニズムは完全に明確ではないが、骨密度を高めることから、骨粗鬆症にまで効果があることを示している。
最後にFC7Fc遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを作成し、この分子が作り続けられてもマウスの生存に影響がないこと、また肥満が防げることを示した上で、最後に猿に投与して副作用がないことを確認している。すなわち、IL6で見られる炎症誘発効果はない。
ちょっと信じがたいほど、それぞれのサイトカインのいいところを集めることに成功したという結果だが、自然を少し変えて、自然にはない効果をデザインできることを示した、面白い論文だと思う。しかし臨床応用が実現した暁には、どのような値段になるのだろうか。片方にはメトフォルミンという安価な特効薬が控えている。
2019年9月26日
小児のアトピー対策がこの数年で大きく変化した。皮膚からの抗原侵入を防ぎ、腸からの抗原により免疫抑制システムを育てるという考え方に変化した。この原因は、アトピー予防にとっての幼児期の皮膚のバリアーの影響がよくわかったことと、腸内での細菌叢の免疫や炎症制御への重要性がわかってきたことが大きい。そして、新生児期の腸内細菌叢の発達について多くの研究が行われ、このブログでも紹介してきた。
今日紹介する英国サンガー研究所からの論文は経膣分娩と、帝王切開による分娩で生まれた子供の腸内細菌叢の発達を調べた論文で、その臨床的重要性で9月18日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Stunted microbiota and opportunistic pathogen colonization in
caesarean-section birth (帝王切開分娩児に見られる機能不全の腸内細菌叢と日和見病原菌の定着)」だ。
もちろんこれまでも帝王切開分娩児の腸内細菌叢を調べた研究はかず多く存在した。そして、経膣分娩児と比べると、腸内細菌叢の多様性の欠如や、一部の細菌種の欠損は報告されていた。
ただこの研究は314例の経膣分娩児と282例の帝王切開分娩児の腸内細菌叢を長期間にわたって観察することにより、十分統計的解析が可能なデータを集めた点が最も重要だ。そして何よりも、これまでの研究と比べても、帝王切開分娩の驚くべき影響を浮き彫りにした。
もちろんこれまでと同じで、調べる数を増やしても出産後から急速に腸内細菌叢が成長し、お母さんの細菌叢へと成長する。またそれぞれの子供で発達過程はまちまちで、人間の成長過程の違いをまさに腸内細菌叢が反映していることがわかる。しかし、この違いを決める要因を統計的に探していくと、母乳などの要因をはるかに超える高い影響が分娩の方法にあることがわかる。
実際の細菌叢の内容を詳しく調べているが、詳細を省いて簡単にまとめてしまうと次のようになる。
経膣分娩児では例えばビフィズス菌やBacterioidesのような、いわゆる腸内細菌と呼ばれる細菌が中心に細菌叢を形成しする。ところが、帝王切開児では最初の一週間はこのような典型的腸内細菌はほとんど存在せず、代わりに病院の環境に存在する常在菌が多く定着する。一方、これまで変化が大きいと指摘があった乳酸菌などはほとんど変わりがない。そして、母親の細菌叢と比べることで、結局この原因が母親の細菌叢が伝わらないことによっていることを示している。
中でも問題は、常在菌の中に日和見感染の原因菌が多く含まれることで、当然免疫が低下している新生児で、母乳からの抗体など抵抗力が得られない場合は問題になるだろう。
幸い、1ヶ月ごろから細菌叢は正常型へと急速に変わっていくので、今後はこの新生児期の大きな違いが将来にどのような影響を持つのか、気の長い研究が必要になると思う。実際帝王切開の長期効果として肥満、喘息、アトピーなどが指摘されているがこれらは全て腸内細菌叢の発達と関わりがある。このコホートから将来さらに重要な発見があることを期待する。
いずれにせよ、母親からの細菌叢を移す重要性は最近ますます強く認識されている。例えば虫歯菌や歯周病菌が感染するとして子供とのキスを避けるように指導しているのを見かけるが、特定の菌を避けて清潔を求めるあまり、子供を危険に晒してきたことは、最近の多くの研究が示していることだ。もっと自然な親子のコンタクトを再評価する時が来たように思う。
2019年9月25日
私たちが小学生の頃は、核保有国の核実験により、放射能を含んだ雨が実際に降っていた。もちろんその時に放出された様々なアイソトープ核種は大気中を漂って、人体に取り込まれた。ただ、1963年地上核実験禁止条約が締結されてからは、核実験による核種が大気中に含まれる量は指数関数的に低下した。この結果、核実験ででた放射線量と、自然のアイソトープの量を測ることで(核実験種のみが低下する)、そのアイソトープが体に取り込まれた年齢を測定することができる。この核実験によるアイソトープを細胞の長期ターンオーバー測定に利用したスマートな研究者がJonas Frissenで、その後このテクニックをSpaldingらは脂肪細胞代謝に利用し、太ると脂肪細胞が増えることを示して注目された。
今日紹介する同じSpalding研究室からの論文は同じテクニックを細胞ではなく脂肪酸の代謝に使った研究で、Nature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Adipose
lipid turnover and long-term changes in body weight (脂肪組織の脂肪代謝と体重の長期変化)」だ。
アイソトープを用いて短期の脂肪代謝を調べることはできるが、5年単位という長期単位で調べることは簡単でない。代わりに、この研究では核実験で排出されたC14が脂肪酸に取り込まれた年代を測定して、脂肪年齢を算出する方法を開発した。すなわち、C14/C12比を使って脂肪酸ができた年代を測定し、脂肪組織にどれだけ多くの古い脂肪酸が残っているのか算出する方法を開発している。すなわちこの指標は、脂肪酸が分解され消滅させられる速度を反映している。
あとは、この脂肪年齢を用いて、様々な指標と比較している。まず、脂肪年齢はほとんどの人で年齢とともに増えていく。これは脂肪のターンオーバーが年齢とともに悪くなることを示し、食べたり、運動が減ったりと太る様々な原因はあるが、古い脂肪を取り除く活性が低下することが年をとるとともに太りやすくなる原因であることがわかる。
基本的には、核実験のC14を利用することで、細胞だけでなく、長期レベルで脂肪自体のターンオーバーを調べられるようになったというのがこの研究のハイライトと言えるだろう。
面白いことに、ダイエットをして痩せる可能性があるかどうかを調べると、実際には脂肪年齢が大きい人、すなわち古い脂肪除去活性が低い人の方がダイエットに成功する。この理由だが、このような人は古い脂肪の除去活性を上昇させる余地がある結果、食事制限によるダイエットを成功させやすいことがわかる。
このような意外な結果も見つかるので、脂肪の摂取だけでなく、脂肪年齢を測定してダイエットや老化を調べることが重要だという結論だ。しかし一旦成功すると10年以上同じテクノロジーを守っている研究室があるのに感心した。
2019年9月24日
昨日グリオーマ細胞が発現したグルタミン酸作動性シナプスを介して脳内の神経ネットワークに組み込まれて、興奮することで増殖や浸潤が促進されることを示したスタンフォード大学からの論文を紹介した。確かに意外な結果だったが、グリオーマ自体神経細胞へとリプログラムされる能力を持っており、十分納得できる話だ。
しかし、2日目の今日は同じ神経シナプスを介するガンの増殖促進が、グリオーマにとどまらず、脳転移した乳ガンにも当てはまることを示した論文が、同じ9月18日Natureオンライン版にスイス・ローザンヌEPFLから発表された。タイトルは「Synaptic proximity enables NMDAR signalling to promote brain metastasis (シナプスへの近接によりNMDARシグナルが脳転移を促進できるようになる)」だ。
この研究はガンのトランスジェニックモデルのパイオニアHanahanの研究室からだが、スイスに移っていたとは知らなかった。Hanahanらはこれまで発表されたいくつかの論文から、グルタミン酸受容体が一般のガンの脳転移に関わっている可能性を最初から予想し、ガンゲノムデータベースに登録されたガンを調べた結果、特に乳ガンでグルタミン酸受容体とそのシグナル伝達に関わる遺伝子の発現が高く、特に予後の悪いトリプルネガティブのBasal Typeと呼ばれる乳ガンに発現が高まっていることを発見する。
さらに乳ガン全体、あるいはtriple negative乳ガンを抜き出しても、グルタミン酸受容体を発現しているガンは極めて予後が悪い。さらに原発ガンと脳転移を比べると、脳転移ガンでグルタミン酸受容体の発現が高い。細胞株をマウスに移植して肺転移と脳転移を比べる実験でも、脳転移特異的に強くグルタミン酸受容体がリン酸化し、シグナルが高まっていることを確認している。
以上の結果は、乳ガンで脳転移が起こると、グルタミン酸受容体が強く活性化されていることを示しており、このシグナルを用いてガン細胞増殖が亢進していることを示すが、では刺激物質グルタミン酸はどこから供給されるのかが問題になる。
最初自分でグルタミン酸を分泌して増殖するオートクライン機構を追求するが、これでは増殖を高めるには十分でないという結論になり、それなら神経細胞とシナプスを形成してそこからグルタミン酸の刺激を受けるのではと考え、電子顕微鏡で乳ガンと神経シナプスが密接に関わる様子を捉えている。また、乳ガン細胞と神経細胞を一緒に培養する実験系を確立し、この系の増殖促進にグルタミン酸受容体が必要であることを示している。
最後に乳ガンのグルタミン酸受容体の発現をコントロールできるようにし、乳ガンが組織から血中に移行する過程ではなく、脳に定着して増殖する時に、神経細胞により刺激を受けることを示している。
昨日紹介した論文と比べると、シナプスに近接することによるシグナルというのが詰めきれていない印象は拭えないが、脳転移にグルタミン酸受容体が必要であることは確認できており、今後他のガンの脳転移に同じメカニズムが働いていることが明らかになると、重要な貢献になると思う。
2019年9月23日
腫瘍の増殖は周りの細胞の環境が文化や増殖に大きな影響を及ぼすことがわかっており、ガンの周囲組織の研究は、ガンそのものの研究と同様に重要だ。では、脳に腫瘍ができたとき、脳神経の活動はガン細胞に何らかの影響があるのだろうか。この問題について、Natureに相次いで論文が発表されたので、今日、明日と続けて紹介することにする。
最初紹介するスタンフォード大学からの論文は、もっとも予後の悪い腫瘍の一つグリオーマと神経細胞の相互作用の重要性を示した研究で、タイトルは「Electrical and synaptic integration of glioma into neural circuits (グリオーマは電気的およびシナプス結合により神経回路に統合されている)」だ。
グリア細胞の元の細胞が脱分化して神経にも分化できる幹細胞になることを示したのは英国のMartin Raffだが、当然グリオーマ細胞も場合によっては神経細胞に似た性質を示す能力を示せると思うのは当然だ。このラインに沿って著者らは研究しており、すでに神経細胞が興奮して分泌するNeuroligin-3がグリオーマに作用すると、様々なシナプス分子を発現することを見出していた。
この研究では手術を繰り返す必要のある小児のグリオーマ組織でシナプス分子の発現を調べ、グルタミン酸受容体とそれを伝達する分子が広く発現していることを確認する。
次にグリオーマが神経細胞とシナプスを形成できるか、患者さんのグリオーマをマウス脳に移植する実験で調べ、おおよそ10%のグリーマが電顕的に神経細胞とシナプスを形成していることを確認している。また、こうしてできたグルタミン酸受容体シナプスは機能しており、グリオーマ自体も神経のように興奮し、これをグルタミン酸受容体阻害剤で抑えられることを示している。
また、グリオーマがシナプス分子を発現するにはneuroligin-3が必要なので、この分子がノックアウトされた神経と培養してシナプス形成を調べると、確かにシナプス形成ができないことも確認し、神経がグリオーマに働きかけシナプス分子を発現させ、シナプス結合を形成することを明らかにした。
しかし、10%のグリオーマが神経シナプスで興奮しても、全体は特に変化がないはずだ。この問題には生理学的、アプローチを行い、グリオーマの興奮は細胞外のカリウム濃度を高め、これによりグリオーマはアストロサイトのように長く続く興奮を示すこと、さらにグリオーマ同士が形成するギャップ結合により、興奮が全体に伝播することを示している。
次に光遺伝学を用いてグリオーマの興奮(膜の脱分極)を誘導すると、グリオーマ細胞の増殖性は高まることも示し、実際グルタミン酸受容体を抑制する抗てんかん薬を用いると、移植したグリオーマ細胞の増殖が抑えられることを示している。
最後に、グリオーマ自体が神経回路に組み込まれることで、神経自身も興奮しやすくなっていることを、実際の患者さんの手術中にクラスター電極を用いて記録している。
以上の結果から、神経ネットワークにシナプス結合を通して組み入れられることで、また新たな環境を生み出し、ともに変化することで転移や浸潤を繰り返す厄介なグリオーマの姿がよくわかった。
また、neuroglin-3に対する抗体や、グルタミン酸受容体抑制など新たな標的が見つかったことは極めて重要で、グリオーマの制圧につながってほしいと思う。
2019年9月22日
私自身は40代から特に右耳の難聴があり、65歳の引退を機に補聴器を購入して使っている。音楽会も含めて日常生活は補聴器なしで済ませることができるが、会議や会話になるといまや補聴器はなしで済ませない。
これまでの研究で、聞こえが悪くなり周りとの関わりが減ると認知症になったり、うつ病になるリスクが高まる可能性が指摘されていた。この可能性を検証するため、ミシガン大学のグループは10万人を超す難聴と診断された66歳以上の高齢者について調べた論文を米国老年医学誌にオンライン発表したので紹介する。
この研究では、米国で2008年から2016年にかけて難聴と診断され医療保険が利用された113862人の66歳以上の高齢者を追跡し、アルツハイマー病、うつ病、そして転倒による外傷の発症頻度を、補聴器を使い始めた人と(女性11.3%,男性13.3%)と、使わなかった人で比べている。
結果は明確で、難聴と診断され補聴器を使い始めた人たちの方が、アルツハイマー病、うつ病と不安神経症、転倒による外傷の相対危険度がそれぞれ0.83、0.86、0.87と優位に低かった。
以上の結果から、難聴と診断されればやせ我慢しないで補聴器を使うべきだと結論している。
「ごもっとも」と納得できる論文だが、それならもう少し補聴器が安くなることを期待する。
2019年9月22日
これまでなんども紹介しているように、デニソーワ人ゲノムは解析されているが、残っている骨格はほとんどなく、どんな姿だったのかがわからない。例えばゲノムレベルでデニソーワ人とネアンデルタール人は我々より近縁と言えるが、9月4日Science Advanceに(eaaw3950)パリ大学のグループは指の骨の形は私たちに近いことを発表している。ただ、中国内陸部から出土したこれまで由来がよくわからないとされてきた骨がひょっとしたらデニソーワ人かもしれないという可能性が生まれたため、急速に骨格がわかるのではという期待がある。
そんな時今日紹介するイスラエル・ヘブライ大学から、解読されたゲノムからデニソーワ人の骨格の形態を推察しようというチャレンジングな論文が発表された。手法自体はbelieve or notで、その正当性を評価はできないが、志はわかるといった論文だ。タイトルは「Reconstructing Denisovan Anatomy Using DNA Methylation Maps (デニソーワ人の形態をDNAメチル化マップから再構成する)」だ。
私たちの形態は遺伝子のオン・オフで決まっていくが、これを決めるのがエピジェネティックだ。ホモ・サピエンスと他の古代人のゲノムは概ね同じと言えるが、このオンとオフの違いをなんとか決めれば、形を想像できるのではないかというのが著者らの期待だ。
このon/offの機構はエピジェネティックと呼ばれ、多様なメカニズムが使われているが、そのうちのシトシンのメチル化は、メチル化によるDNAの経年変化の違いから計算でき、古代人のDNAのメチル化マップを作ることができるというのがこれまでの著者らの研究だ。本当ならこの論文を見落とすはずはないと思って引用を調べると、確かにあまり読まれない雑誌に発表されており、広く認められていないようだ。そこで一発起死回生を求め、今回の研究になったと思う。
研究ではDenisova3と呼ばれる体のゲノムと、2体のネアンデルタールゲノム、そして45000-7000前のホモ・サピエンスゲノムのメチル化DNAマップを作成し、現代の人間やチンパンジーのマップと比較している。
ただ、一般的なメチル化マップだけで形態を予想するほど私たちの知識は進んでいない。またメチル化自体all or noneではない。そこで、遺伝子のプロモーター部分で、強くメチル化されている部分のみを選んで比較し、他の人類と比べて遺伝子発現に差がありそうな遺伝子をリストしている。
そしてこの変化があると思われる遺伝子が、私たちの骨格にどのような影響があるのかを、形質とゲノムの関係をリストしたHPOデータベースから拾い出し、メチル化により変化した遺伝子発現をリストし、それを元に現代人の骨格に変化をつけて、最終的に形態を推察するという方法を取っている。
はっきりいって本当にこれでわかるのかが問題だが、骨格がわかっているネアンデルタール人についてこの方法を用い、例えば顔が長い、顎が広い、等々14以上の顔の形態変化を予測できるとしている。
結論の詳細を省いて、結果をNatureも紹介しているポートレート(https://www.nature.com/articles/d41586-019-02820-0 )で代えるが、まだまだbelieve or notのレベルだと思う。
とはいえ、論文自体は、はっきりと未来の方向性を見据えたいい挑戦だと気に入った。
2019年9月21日
米国ガン治療学会や世界肺癌学会で報告されたアムジェン社のK-ras G12C変異を標的とするAMG510の成績が話題を呼んで、アムジェンの株を押し上げているという報告が相次いでいる。非小細胞性肺癌10例のうち5例でガンが縮小し、残りのうち4例でガンの進行を止めることができたという結果だ。その後のさらに数を増やした結果では、例えば大腸ガンなどは肺癌ほど効かないかもしれないことがわかったが、それでもFDAは迅速審査を行うことを表明している。
なぜこれほどの騒ぎになるかというと、これまで開発がことごとく失敗してきたrasに対する分子標的薬に、臨床的光が見えたからだ。もちろん、長期効果を含めさらなる結果が出ないと、最終判断は難しい。しかし、俄然この分野が賑やかになったきたことは確かだ。今日紹介する英国クリック研究所からの論文も、動物実験だがK-ras G12C変異に対する分子標的薬をコンゴどのように使っていけるか示した研究で、9月18日のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Development of combination therapies to maximize the impact of KRAS-G12C inhibitors in lung cancer(K-ras G12C阻害剤の効果を最大にする併用療法の開発)」だ。
この研究の標的細胞はK-ras
G12C変異をもつガン細胞だが、最初はK-ras阻害剤の代わりに、下流のMEK阻害剤と、IGF1R阻害剤の組み合わせを用いてガン増殖を抑制する際、この組み合わせの効果をさらに高める標的分子をshRNA法を用いてスクリーニングするところから始めている。
この結果、mTOR経路の阻害によって、IGF1R経路阻害によるPI3K/AKT 活性抑制をさらに強く抑制することが可能になることがわかった。これは、K-ras変異によりガン細胞がIGFを分泌することで、IGF1Rに依存性を高め、さらにこの経路の活性がmTOR阻害により促進されるため、IGF1R経路の阻害効果が高まるためであることを明らかにしている。
以上、MEK, IGF1R, mTORに対する阻害剤を組み合わせることで、強いガン抑制効果があることがわかったが、この効果はK-ras変異のあるガンに特異的であることもわかった。
このように、下流のシグナル阻害実験から、標的の全てはK-ras変異と関わっていることがわかるが、これを知った上でK-rasG12C阻害剤をどう使えばいいのか?
実際、K-ras阻害剤だけでこれらのガンを抑制しようとすると、ほとんど効果がないか、あるいは3週間ほどで効果が効かなくなる。K-ras変異を代償するN-rasをノックアウトした細胞株をわざわざ用意して検討した結果、結局MEK 阻害剤だけK-ras阻害剤と代える組み合わせが最も効果があることが明らかになった。
以上が結果で、これだけならわざわざK-ras阻害剤を使うこともないように思えるが、臨床の現場ではMEK阻害剤はガン以外にも様々な影響が考えられるので、K-rasG12Cに特異的な阻害剤は、はるかに使いやすい可能性が高い。
この結論がどれほど受けいられれているのかわからないが、最近相次いで開発されているK-rasG12C阻害剤も、単剤での臨床試験ではなく、最初から現在のras下流治療に変える形での治験の方が高い効果が得られる可能性がある。実際、アムジェンの治験でも、効果がある場合もPartial Responseとされているので、是非根治を目剤したカクテルを考えて、治験を進めてほしいと思う。
2019年9月20日
実は先週、ウガンダに旅行し野生のゴリラやチンパンジーを求めて、KibaleやBiwindi国立公園の山中をトレッキングしてきた。特にゴリラは違ったファミリーとの出会いを求めて、2日連続で山歩きを敢行し、70を越した我が身の老化を思い知った。それでも、予想外に静かなゴリラ・ファミリーとの出会いは疲れを忘れさせた。そして、まだ歩けるうちに思い切ってウガンダ旅行を決断して良かったと、忙しい日本に帰って旅行を振り返っている。
そんな時、Primateという雑誌のオンライン版に京都大学の霊長類研究所と、ポルトガル、ウガンダの研究機関の研究者たちが、まさに私たちが歩いていた領域のゴリラファミリーを観察し続けた論文を発表しているのをみて興奮し、紹介することにした。タイトルは「Water games by mountain gorillas: implications for behavioral development and flexibility—a case report (マウンテンゴリラの水遊び:行動の発達と可塑性―一例報告)」だ。
京大霊長類研究所はコンゴで研究を行なっているとばかり思っていたが、野生とはいえ毎日1時間、入れ替わり立ち替わり8人ぐらいの観光客の訪問を受けるマウンテンゴリラも観察対象にしていることを知り驚いた。
おそらく私たちが見た2つの家族とは違う家族だと思うが、この研究グループはこの地区に生息する一つのファミリーの行動を、特に水遊びに焦点を当てて観察を続けていた。と言うのも、チンパンジーでは記録がある様だが、ゴリラが水遊びをすると言う記録はないらしく、水場の観察がしやすい場所で2018年1月から2月にかけて観察を続けている。
そして幸運なのか、あるいはかなり準備をしていた結果か、2ヶ月に満たない観察期間の内に3回ゴリラが水遊びをするのを観察するのに成功している。
1回目はKanywaniと名付けられている若いオスゴリラが、水飲みに出かけた時、水を飲むだけでなく、手を水中にいれて渦ができるのを見る行動を繰り返した。近くにいたメスのKamaraも同じ様な動作を繰り返していたが、Kanywaniがドラミングで誘っても反応せず、それぞれ勝手に遊んでいた。
2回目は全メンバーが水場に降りてきた際、Kamaraが水の上にしゃがみ込んで水しぶきをあげる行動を繰り返した。そこにKanyndo,
Kabunga, Kanywaniが近づいて、一緒にではなくそれぞれ独自に水しぶきをあげる遊びを繰り返した。
3回目は2回目に登場した7歳のオスKabungaが、ほんの短い瞬間水しぶきを上げて遊んだが、シルバーバックが近くにいたためか、すぐに遊びをやめた。
以上が結果で、たった3回の水遊びの観察かなどと思われるかもしれないが、実際に観察してみると、2時間にわたって眺めていて、ただただ草を食べているのしかわからなかった私と違い、さすがプロだと思う。
この様な小さな発見の積み重ねが、人間とサルの違いを教えてくれるのだろう。
などとわかった様なことは言わないでおく。今日の記事は、京大の後輩(おそらく)が、同じ場所に観察に来ていたと言う興奮と、撮影したシルバーバックの写真を見せたくて書いた。
2019年9月20日
ガンの根治の話になると、今は免疫療法が真っ先に挙がってくるが、ガンの増殖に必要な分子標的薬の開発も活発に続けられている。最近騒がしくなったrasに対する分子標的薬については、明日紹介したいと思うが、今日紹介するコールドスプリングハーバー研究所からの論文は、は分子標的薬として開発された多くの薬剤が、実際にはその標的ではなく、他の標的に対する薬剤である恐ろしい可能性を示した研究で、9月11日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Off-target toxicity is a common mechanism of action of cancer drugs undergoing clinical trials (標的外の毒性は現在治験中の薬剤にしばしば見られる作用機序)」だ。
この研究では現在治験が行われている薬剤の標的として報告されている分子を6種類(CASP3,HDAC6,MAPK14, Pak4, PBK, PIM1)取り上げ、本当にその薬剤がこれらの分子を標的にしているのか、そしてそもそもガンの増殖がこれら標的を必要としているのかを、クリスパーを用いて遺伝子を完全にノックアウトする手法を用いて調べている。
方法の詳細は省くが、薬剤スクリーニングに用いられたガン細胞株から各遺伝子を完全にノックアウトした細胞を作ってみると、驚くことにこの6種類の分子はガン細胞の増殖に必要ないことがわかった。なぜこんなことになるのか、例えばよく似た分子の発現が高まったりした可能性など、いくつかの可能性を調べたが、結局これらの分子は調べたガン細胞の増殖には必要ないことを確認している。
ではなぜ薬剤開発で標的分子を間違ってしまったのか?通常標的分子の必要性の確認はRNAiなどノックダウン法を用いて行われているので、ここに間違いがあるのではと考え、ノックダウンの標的分子をノックアウトされた細胞でRNAiテストを行うと、標的分子がないにも関わらず、ノックダウンの効果が見られることがわかった。すなわち、RNAiは特異性とは異なる毒性を持つことがわかった。
そこで治験中の薬剤の効果を同じように分子標的をノックアウトした細胞でテストしてみると、分子標的がノックアウトされていても薬剤はコントロールのガン細胞と同じように効果を示すことがわかった。すなわち、分子標的薬として治験中のこれらの薬剤は、ガンに対する効果があるが、他の標的を介して効果を発揮していることがわかった。
そこで最後にPBKに対する分子標的薬という名目でオンコセラピー社が現在開発中のOTS964の標的を、OTS964抵抗性の細胞株を樹立して調べると、なんとCDK11で、キナーゼではあってもPBKとはあまり類似性のない分子であることを示している。
驚くべき論文だ。もちろんここで取り上げられた多くの薬剤は、ガンに対する効果を示すため、効果があればそれでいいとも言える。しかし、それぞれの薬剤が標榜する分子標的とは全く関係ない場合は、やはり使用中に様々な不都合が出てくることは明らかで、注意が必要だ。
この研究では、どのプロセスで標的を間違うのかについてもいろいろヒントを題している。最もテストに使われるRNAiが実は人食い的効果があることを知って驚いた。結局、最初のスクリーニングで分子標的が頭にあると、それを中心に全てが進んでしまってこんなことになるのはよく理解できる。少なくとも治験中の薬剤については、完全ノックアウト細胞株でのテストを義務付けることから始めてみればいいように思う。