2月2日 アフリカ人にもネアンデルタール人ゲノムが流入している(2月20日発行予定 Cell 掲載論文)
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2月2日 アフリカ人にもネアンデルタール人ゲノムが流入している(2月20日発行予定 Cell 掲載論文)

2020年2月2日
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ネアンデルタールやデニソーワ人のゲノムが解析できるようになった最も大きなインパクトは、我々の先祖がデニソーワ人と交雑をし、その時生まれた子供たちから現在の私たちにゲノムの一部が伝わっているという発見だ。この時、ネアンデルタール人のゲノムはアフリカ人にはほとんど見つからないことも報告され、アフリカで生まれたホモ・サピエンスのうち、ユーラシアに移動したグループだけがネアンデルタール人と交雑したという歴史が定着した。

今日紹介するプリンストン大学からの論文はこれまで考えている以上にネアンデルタール人のゲノムがアフリカ人に流入し定着していることを示した論文で2月20日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Identifying and Interpreting Apparent Neanderthal Ancestry in African Individuals (アフリカ人に見られる明らかなネアンデルタール人の先祖を特定し解釈する)」だ。

現代人に残っているネアンデルタール人のゲノムを間違いなく特定するため、これまで用いられていたのは、アフリカ人にはネアンデルタール人ゲノムがほとんど存在しないという仮説にたって、ネアンデルタール人に存在して、アフリカ人に存在しない部分をまず選び出すという差分操作が行われていた。しかし、これは引き算することで、実際にはネアンデルタール由来でもアフリカ人にあるからということで除外することになる。

一方、一定の長さで配列の一致するかどうか比べることで、直接先祖かどうかを確かめる方法が存在し、親戚探しに使われている。この方法なら、今生きている個人のどの遺伝子がネアンデルタールの先祖と共通化を直接計算できるので、これを使えば上に述べた問題は解決できるはずだ。ただ、間違った断片をネアンデルタール人由来とする間違いを避けるため、直接先祖かどうなを確かめる方法は試みられていなかった。

この研究のハイライトは、推計学を用いたIBDmixを開発して、直接の先祖性を調べられるようにしたという点だ。特に似ている断片が長い場合はほとんど間違いがないレベルであることを示している。

このように直接先祖と共通の遺伝子を1000人ゲノムデータと比べることで、なんとネアンデルタール人のゲノムの3−4割を再構成できる。その上で、次に私たちがネアンデルタール人の先祖と共通の断片を持っているか調べると、アジア人やヨーロッパ人で約50Mb存在するのに対し、予想に反しアフリカ人でも18M b存在することを明らかにしている。これがこの論文の最も重要なメッセージで、今後この直接調べる方法で、他の人種や古代人を比べていくことでその真価はより明らかにされると思う。

その上で、ではアフリカ人とネアンデルタール人はどのように交流したのかをシミュレーションと実際のデータを比べて調べている。この時、合致する長さ、合致した断片の分布などすべてを、アフリカ人、ヨーロッパ人、東アジア人と詳しく比べて、アジア人とヨーロッパ人が分かれる前にホモ・サピエンスのゲノムがネアンデルタール人に流入し、それが現在共有されている部分と、アジア人とヨーロッパ人が分かれたあと、ヨーロッパ人がアフリカへ新たに持ち込んだネアンデルタール人ゲノムが存在することを示している。特に驚いたのが、現代人のゲノムがネアンデルタール人に入った時期が10-15万年前と計算されている点で、ネアンデルタール人はすでにアフリカにいないとしたら、ホモ・サピエンスはどこでどのように交流したのかぜひ知りたいところだ。

面白いのは、こうして新たに持ち込まれたネアンデルタール人のゲノムは、アフリカ人とヨーロッパ人で別々に淘汰圧にさらされることで、特に免疫系の遺伝子については、今後ますます面白い物語が聞ける気がする。

もともと数理に疎い私だが、直接先祖性を比べることの重要性はよくわかる。IBDmixの活躍に期待したい。昨日述べたようにアフリカ人のゲノム多様性は高い。その意味で、民族の関係を仮説なしに直接調べることの重要性は高い。

カテゴリ:論文ウォッチ

2月1日 アフリカコサ族の統合失調症ゲノム解析(1月31日 Science 掲載論文)

2020年2月1日
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現在様々な理由から、アフリカ人のゲノム解析が精力的に進んでいる。まず何よりも、アフリカでホモ・サピエンスは誕生し、多様化した。ユーラシアに移動したのはそのうちの一部で、その時生まれた遺伝子多様性はアフリカに残っている。すなわちユーラシアに移動した人種に比してゲノム多様性が高い。しかも、ネアンデルタール人など他の人類との交雑程度が低い。これまで主にコケイジアンで進んできたゲノム研究では見落としてきた新しい事実が、アフリカ人ゲノムからわかるのではと期待される。そこで、今日明日とアフリカ人ゲノムに関する論文を紹介することにした。

最初の今日は、ワシントン大学を中心とするグループからの論文で、南アフリカコサ族の統合失調症のゲノム解析研究で1月30日号のScienceに掲載された。タイトルは「Genetics of schizophrenia in the South African Xhosa (南アフリカコサ族の統合失調症患者の遺伝学)」だ。

タイトルを見てコサ族は統合失調症が多いのかと勘違いしてしまったが、そうではない。中央アフリカから南アフリカへと移住して、独自の言語と文化を持つコサ族の統合失調症患者でゲノム解析を行い、他の民族とは異なる事実を発見しようとした研究だ。

コサ族とは南アフリカ黒人解放をリードしたマンデラさんが属する民族で、アフリカでは2番目に人口が多い。この民族の統合失調症患者さんと、正常人それぞれ約900人をリクルートし、エクソーム(ゲノムのタンパク質へと翻訳される部分)を解読し、両者の違いを比べている。

まずエクソームレベルでの配列多様性を比べると、予想通りアフリカ人の多様性は群を抜いている。しかも、民族間の交雑程度は少ない。

エクソーム解析で得られた様々な変異から、機能欠損につながる変異をリストし、それを患者さんだけで見られる稀な変異と、正常人でだけ見られる変異に分けている。例えばCNTNAP1(シナプス形成に関わる分子)の変異は4人の統合失調症で見られたが、正常人にはなかったが、これを症例変異と呼んでいる(実際にはもっと数を増やせば正常人でも見つかる可能性はある)。

こうして、正常人変異と、症例変異を比べた結果、

  • 機能欠損変異は統合失調症患者さんの方により多く発見される。一方、機能に無関係な変異で見ると、そのような偏りは見られない。
  • 統合失調症に偏る機能欠損型変異の3割はシナプス機能に関わる分子で占められる。
  • 今回リストした統合失調症で偏って欠損していた遺伝子の多くは、これまでのデータベースを検索すると、統合失調症や自閉症で発現が低下しており、逆に双極性障害では発現が上昇している遺伝子が多い。
  • 今回の結果は、スウェーデン人で調べたデータと共通しており、コサ族特異的ではない。

結果は以上で、結論はこれまでと変わることはない。すなわち、統合失調症は一つの遺伝子で決まる病気ではなく、複数の遺伝子が絡み合って形成される。統合失調症になると、生殖可能性は低下するので、おそらく症例に関わる遺伝子は常に淘汰圧に晒されており、その意味で新しく発生する遺伝変異が発症には重要になる。そして、病気のメカニズムとしては、シナプス伝達と可塑性が障害されることが考えられる。

コサ族で調べたことの意義がまだ明確ではない研究で終わってしまっているが、アフリカ人のゲノムを調べる重要性はよく理解できた。

カテゴリ:論文ウォッチ

アウグスチヌス「創世記注釈」を読む:キリスト教の世俗性(生命科学の目で見る哲学書 第11回)

2020年1月31日
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ヒトES細胞樹立の是非を議論する総合科学技術会議専門委員会のメンバーだった頃、両親が廃棄することを決めた受精卵を、生殖以外の医療に転用する可能性について、曹洞宗の中野東禅さん、立教大学教授で司祭でもある関正勝さんを有識者として招き、意見をうかがったことがある。はっきりと覚えているわけではないが、関さんは、受精卵=一個の生命であることを強調して、受精卵からES細胞の作成には反対されたと思う。これは予想通りだった。一方予想が全く裏切られて驚いたのが、仏教を代表して来られた中野東禅さんの意見で、「2つの正義が対立したとき、大なるほうを取ることで小なるほうを犠牲にしても責任を取れる。胚に人為的介入をすることに大なる目的が明確で(慈悲と共生)、社会的認知があれば可能である。」(委員会資料より引用)と、今生きている社会や人を優先する考えだった。

伝統的な世界宗教(一神教)が誕生したのは、受精の概念が生まれるはるか前だ。精子と卵子が融合することがドイツのHetwigにより観察されたのはようやく1878年の話で、聖書や仏典に書かれているはずはない。ただ、仏教やユダヤ教のように世俗と信仰を無理に統一しようとはしない宗教では、科学は科学、信仰は信仰と割り切って、科学の進歩にいちいち信仰が煩わされることはなかったように思う。

一方キリスト教では事情が全く違う。卵子が発見され、卵子が受精によって発生することが科学的にわかると、この科学的事実を深刻に受け止め、それまで規範としてきた人の魂の誕生についてのアリストテレスの考え方(捨てられる月経血は畑で、この畑に精子という種が撒かれることで発生が始まり、魂を持った個体は両者が混合(性交)後40日に始まる。この時栄養分として月経血が胎児に回される結果月経が止まるという考え)が間違っていることを認め、議論を経て1869年以降、受精した卵子の発生が始まる時が個体の誕生であると教義を転換させている。

このように、重要な科学的進歩の意義を理解し、信仰の世界と統合しなければならないと考えるキリスト教の特質は、いまだに生命の始まりをアリストテレスの考えを少し読み換えて受精後40日目としているユダヤ教・イスラム教との間に、生命の誕生に関する定義の大きな違いを生んだ。この結果、受精後40日から人間が始まるとするイスラエルやイランで生殖補助医療がさかんに行われ、受精卵は両親が認めればモノとして使用するのが許されている。一方、カソリックでは受精卵はヒトであり決して毀損してはならないとしている。ヒトES細胞樹立についても、ユダヤ教、イスラム教は許可し、カソリックでは禁止することになった。

ちょっと前置きが長くなったが、なぜこのような話を持ち出したかというと、スコラ哲学の原典を読んでみて、受精をめぐる議論で見られたキリスト教の特質が、アリストテレスへの対応にも現れていると感じたからだ。すなわち、アリストテレスが西欧に再導入された時、彼の哲学は経験や観察に基づく科学的要素を強く持った思想だったと言える。実際、前回読んだアルベルトゥス・マグヌスも、トマス・アクィナスも、アリストテレスを信仰に反するとして拒否したり、あるいはギリシャ由来の一つの考え方に過ぎないと無視するのではなく、その重要性を認め、理解を深めた上で、なんとか信仰と統合を図れないか努力している。このアリストテレスをキリスト教に統一しようとするスコラ哲学の努力と、受精という科学的事実に直面して、それまでの教義をすてて、科学的事実を新しい教義に転換させた決断は、世俗(科学)と統一を図ろうとするキリスト教の特質を反映したものだ。ただいずれの努力も、信仰の世界を優先させた上での統一であるため、結局統一とは名ばかりの、一種の二元論で手を打つことになる。

このキリスト教の特質は、さらに遡ると以前述べたキリスト教の世俗性の問題に行き当たる。すなわち、三位一体、テオトコス(マリアは神の母)など、神の世界を信者の住む現実の世界と統合させようと、異端論争を経てコンセンサスを形成し教義を確立したのがキリスト教だ。この特質は、時代と共に進む科学由来の概念との関係でも間違いなく見られるはずで、受精と生命の始まりはほんの一例に過ぎない、あれほどガリレオを悩ませた天動説にしても、時間はかかったが1992年にヨハネパオロ2世はわざわざキリスト教の非を認めて謝罪している。「つい最近まで天動説を支持するとは何と時代遅れか」と非難する科学者が多いのはわかるが、私に言わせれば、キリスト教が世俗の問題にいちいち介入していることの方が驚きだ。

いずれにせよ、世俗を神の世界に統合しようと試みることは、逆からみるとキリスト教は不断に世俗化する宗教であることを意味している。などと考えているうち、「旧約聖書の創世記をキリスト教がどう理解していたのかを調べてみれば、キリスト教の世俗化(科学化)がもっとよくわかるのでは?」という考えがふっとよぎった。

実際、創世記はキリスト教にとっては大きな躓きの石として立ちはだかる。

まず天地創造や、アダム・イヴの誕生、ノアの箱舟など創世記の記述の多くは、聖書に書かれていても、もはやキリスト教徒の多くは文字通り信じていない。しかも、この神話はもともとユダヤ人の民族神話だった。

「死すべき人類のために、神は自分の分身、キリストをこの世に人間として送り、信じることで人間も復活し永遠の生命を得ることを実際に示した」がキリストのメッセージで、このメッセージの普遍的魅力がキリスト教を世界宗教へと発展させた。しかし、キリストと使徒達、そしてあとで改宗することになるパウロなど、キリスト教の基盤を作った人たちはユダヤ人で、福音書もマタイ、マルコ、ルカ伝まではキリストがアブラハムの子孫である事をわざわざ強調している。すなわち、キリスト教は最初ユダヤ教の一セクトとして始まった。

このような歴史的背景から、キリスト教でもユダヤ民族の書いた旧約聖書を正典として認めている。しかし旧約聖書の内容はユダヤ人の神話と歴史に他ならず、特に天地創造、ノアの箱舟、アブラハムと族長の物語と続く創世記は、ほとんどのキリスト教徒にとって無関係と言っていいのではないだろうか。私もキリスト教の家庭に育ち、中学もキリスト教教育を行う同志社で学んだが、旧約聖書の話は童話として捉えていた。サンタクロースと同じで、年齢が進むと信じるという話ではなくなる。

事実、いかに旧約聖書が正典だとしても、書かれたことが文字通り真実であるとはキリスト教でも主張しない。例えば、英国の教会と聖書学界が協力して完成させた「新英訳聖書によるケンブリッジ聖書注解」の第1巻、ロバート・デーヴィッド著、大野恵正訳の「創世記1」を読むと、旧約聖書をユダヤ民族が口承してきた様々な物語が、ダビデ・ソロモン治下のヘブル人王国の建設により集大成され、その後ヘブル王国の消滅の危機に際して民族の過去を書き残すことの重要性が認識された結果、創世記をはじめとする旧約聖書として文字化された明確に述べている。

図1ケンブリッジ旧約聖書注解

また、天地創造の話やノアの箱舟の話も、ユダヤだけではなく、中東に広く存在していたさまざまな神話の影響を受けた上で、選民としてのユダヤ人の民族の誇りや習慣を反映させたものとして捉えており、真実かどうかを問うことは意味がなく、その裏に隠れている書き手と、それを支える民族の意図を読むことが重要だと明確に述べている。すなわち、その背景を理解して、神と人間との関係を理解することは大事だが、書かれた内容は寓話に過ぎないと断じている。

一例としてアダムとイブ、すなわち人間の誕生と失楽園の物語について、この注釈書から引用してみよう。

「(失楽園)の物語全体は、悲劇のそれである。美しいものが人間のわがままによって打ち壊されてしまったという物語であって、人間は独立を得ようと努めながら、自分の本当の命を失ってしまうのである。語り手にとって、これは昔話ではなく、永遠に現実性をもった物語である。古代近東のさまざまな集団に起因する宗教的モティーフが語り手によって採用され、彼自身の経験というるつぼの中で変容される。詩と同様、信仰は少なからず象徴を通してその最新の真理を伝達する。しかし絶えず新しい意味を与えられるのである」(同書 57ページ)。

結局、人間と神との永遠の関係を表現する寓話として、アダムの物語を捉えていることがわかる。

このように、書かれた内容そのものではなく、その意義や道徳などを問う、旧約聖書の物語についての考え方はキリスト教の教義が成立した400年には確立していたのだろうか?あるいは、人間の進化や、歴史についての現代の理解によって変化した結果の、現代的解釈なのだろうか?

これを知るため、トマスアクィナスより遡ること800年、すなわち三位一体、キリストの受肉などの重要な概念が固まった時代の最も有名な神学者アウグスチヌスが、「創世記」をどのように注解していたのか調べてみた。

図2 アウグスチヌスの創世記注解

この本は、アウグスチヌスが創世記の内容について、一節一節読み解こうとした著作だ。もちろん哲学書として推薦したいという本ではないが、読んで驚いた。5世紀、プラトンをはじめとしておそらく他のギリシャ哲学にも通じていたと思われるアウグスチヌスが、創世記の内容をいわば文字通り信じた上で、その内容について議論している。

もちろんアウグスチヌスも、旧約聖書が人間により書かれたものであることを認識している。しかし彼はそこに書かれた内容を、決して書き手が自由に生み出したものではなく、書き手が神により書かされたという認識で捉えている。そのため、先に見た近代の注釈書のように、例えば道徳的な意義とか、寓意とかを探るのではなく、一字一句書かれた文章の意図を問うている。私の説明だけではわかりにくいと思うので、いくつか引用してみよう。

例えばなぜ天地創造から人間の創造までが6日間で行われたのかは、6が完全数であるからだという理屈を着想し次のように述べている。

「六という数は、その構成要素の総計からなると言う意味での最初の完全数である。・・・・つまり倍加することによって、それが部分であるところの数を構成しうる。そのような部分のみの総計からなるのである。・・・六という数は、先ほどから説明し始めたように、その部分が総計されて、それ自身と等しくなる数である。・・・・六は約数を三つ持っている。六の六分の一、三分の一、二分の一である。六の六分の一は一であり、三分の一は二であり、二分の一は三である。ところがこれらの約数を総計すると、つまり一と二と三を足すご、六として完成するのである.・・・・だから完全数の日数で、つまり6日で神はその作られた業を完成されたのである。」(アウグスチヌス著作集16、創世記注釈(I)、片柳栄一訳 103-104ページ。

この文章から、聖書で書かれた内容を文字通りけ取って、その上で「なぜ6日間」について考えぬき、最後に六がある意味で完全数であるというアイデアを得て大喜びしているアウグスチヌスが見える。ただ、この屁理屈には笑ってしまうだけだ。

また、神がわざわざ7日を休息日として休まれたのかについても真剣に議論している。おもしろいのは新約聖書と旧約聖書の矛盾について考えている箇所だ。

「だからここに書かれたこと、つまり第七の日に神は作られた全ての業を終えて安息されたということと、福音書のうちで全てのものを創られた其の方自身が「私の父は今もなお働いておられる。だから私も働くのだ」(ヨハネ5・17)と語られたことの双方ともが、いかにして真理であるかを我々の力の及ぶ限り探求し、また表現するよう、極めて正当にも理性によって促されているのである。」(同書116ページ)。

もちろん正しい答えがあるはずはないが、イエスが6日目に十字架に架けられ、墓の中で1日ゆっくり休まれたという話を持ち出して、旧約と新約は完全に一体化しており、本当は休みなく働く神は、天地創造の後自ら7日目に休息をとることで、安息日を天地創造の6日間を思い浮かべるため与えたのだというアイデアを提案している。

はっきり言って、アウグスチヌスの論理や議論自体も、神話の世界と同じレベルとしか思えない内容だが、それでも彼が聖書の言葉に完全に従った上で、あとは自由闊達、縦横無尽に思索を巡らせる、稀代のアイデアマン、思索家であったことがよくわかる。そしてキリスト教の信仰を優先するという立場を除けば、アウグスチヌスも、自由闊達に思考するギリシャの哲学者と同じであることもわかる。

例えば、旧約聖書では人間の誕生を、

主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。

と、植物や動物を作ったのと同じように簡潔に書いている。しかし、当時の人は人間には身体と魂が存在すると信じていたはずで、その意味で旧約聖書の記述ではあまりにそっけないため、「では魂はどこからくるのか?」という疑問が生じる。もちろん、「命の息を吹き入れられる」という記述はアリストテレス的にいえばプシュケース=息=魂が身体に与えられたと納得してもいいのだが、物事を自分で考えないと気が済まないアウグスチヌスは、この問題を何ページも割いて議論する。そして、

「さて魂がそれ以前まったく存在していなかったとすれば、魂の原因的理拠が最初の六日の神の技のうちに損していたと言われることをどのように解したら良いのかと問われよう。神は第六の日に人間を神の似像として作られたのであり、この似像は魂にしたがってでなければ正しく理解されないであろう。しかし神が全てを同時に創られた時、神は将来あるはずの本姓は実態そのものを作られたのではなく、将来あるべきもののある種の原因的理拠を作られたのだと我々が語る時、我々が何か無意味なことを語っていると思われないよう注意すべきである。というのもこの原因的理拠とは一体何なのであろうか。人間の身体はまだ泥土からかたどられておらず、これにまだ魂が吹き込まれて作られていなかったのに、この理拠に従って神は人間を神の似像として作られたと言われているのである。人間の身体のある隠された理拠が損したのであり、これによって将来身体が形成されることになっていたのであるが、さらにそこから身体が形成されることになる素材、つまり土も損していたのであり、この土のうちにかの理拠がいわば趣旨のうちにあるように隠されていたと考えうる。これに対して造られるべき魂の本性、つまり人間の魂である息を作る本性が以前なかったのだとしたら、魂の原因的理拠はどこにつくりおかれたのであろうか。この理拠は神が「我々のかたちに、我々に似せて人を作ろう」と言われた時まず創られたのである。」

少し引用が長くなったが、人間創造に際して身体と魂を神がどの様に創ったのかについてのアイデアを提案している。実際には議論はさらに続くが、答えは明瞭で、神が身体と魂を用意した。この時、身体は土から作ったが、神の似像というプラトン的イデアが魂として吹き入れられ、人間ができる。この魂はは神の意志として最初から存在しており、それが土からできた身体に吹き込まれたというアイデアだ。まさにスーパー屁理屈で、ギリシャのソフィストを彷彿とさせる。しかし、いつか議論するが、18世紀の自然史誕生時、ビュフォンやボイルの生命観ともどこか通じるものがある。

この本の解説はこれぐらいで十分だ。あまりポジティブには評価しなかったが、しかし創世記についてのアウグスチヌス注釈を読むことで、アウグスチヌスが新プラトン主義を中世に橋渡しした人とされている意味がよくわかった。ギリシャ哲学ではまず問いが存在し、その問いに対する答えとそれに至る思考過程が議論された。一方、アウグスチヌスの場合、自由に広がる思考過程の背景には間違いなくギリシャ哲学がある。直接的には「神の似像」「原因理拠」といった言葉から推察される様に、プラトン、特に新プラトン主義の哲学がある。ただギリシャ哲学と異なるのは、このギリシャ哲学に裏付けられた思考過程が、最初から存在する答え(=聖書の言葉やキリスト教の教義)の正当性を証明するために使われる点だ。この最初から存在する答えの正当性を証明する理性という構造はスコラ哲学も同じだし、これがその後の西欧二元論の源になると思う。

最初の疑問「科学(世俗)とキリスト教」にもどろう。キリスト教の世俗化(人間との対称化)は、ローマ文化という世俗を統合することから始まった。しかし、世俗を信仰に統合することは、信仰が世俗化することと裏腹だ。その結果、キリストの受肉や、テオトコス(マリアは神の母である)といった神と人間の統合(逆から見ると神の世俗化)が行われ、神の似像=人間の姿が溢れる教会が誕生する。この結果、キリスト教は「イエスが人間の罪の身代わりに磔にされ、人間に希望を与えるため復活した」という教義の核が守られるなら、世俗を統合しようと常に試みる(逆から見ると常に世俗化していく)特異な一神教の道を進んでいく。これは科学との関係だけではない。例えば中世のバチカンと世俗権力との関係や、十字軍などを見ても同じことを感じる。

世俗を統合しようとして世俗化が進む構造は、一元論を目指して二元論が呼び込まれる構造と同じだ。この構造がキリスト教の特質として、アウグスチヌス、スコラ哲学と受け継がれていく。そして、この構造こそが17世紀、西欧だけで科学が誕生する基礎になっていることがアウグスチヌスを読んでみてよくわかった。この点については、次回スコラ哲学後期のオッカムを読んでから、さらに議論したいと思っている。

1月31日 ゲノム解析から「タバコはいつやめても遅くない」ことがわかる(1月29日号 Nature 掲載論文)

2020年1月31日
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疫学的には昔から9割近くの肺ガンがタバコが原因であることが示されていたが、ガン細胞のゲノム解析が始まって、喫煙者の肺ガンではゲノムあたりの突然変異が数千、数万に及ぶことがわかり、なるほどタバコが正常肺のゲノムを傷つけ続けていることを認識できた。ただ、私の様に50歳近くまでタバコを吸っていた人間にとって悲しいのは、タバコをやめた人の肺ガンでも、喫煙者と同じ様に突然変異が多いことで、タバコをやめても昔の傷は治らないのかと思っていた。

ただ、ガンは多くの変異が集まって発生することから、発生したガンは変異の多い細胞だけ選択されていると考えられ、肺の通常の細胞がタバコでどのぐらい傷ついているかを明らかにしてはじめて、タバコをやめるメリットがより正確に計算できる。今日紹介するロンドン大学からの論文はガンを含む様々な病気で気管支鏡検査をした時に採取した個々の正常細胞ゲノムを調べ、禁煙した人と喫煙を続けている人とのゲノム変異を調べた研究で1月29日号のNatureに掲載された。タイトルは「Tobacco smoking and somatic mutations in human bronchial epithelium(喫煙による気管支上皮の体細胞突然変異)」だ。

この研究では様々な肺の病気で気管支鏡検査をした、非喫煙者、禁煙した人、喫煙者から、正常上皮をバイオプシーで採取、その組織から細胞コロニーを形成させ、単一細胞由来のコロニーを一人当たり11〜60個採取し、それぞれのゲノムを、だいたい16coverageで解読している。すなわち、同じ人から採取していても、多くの変異は細胞ごとに違っており、この方法でそれが解析できる。一つのコロニーから変異が見つかった場合、解析した配列の中に変異が含まれる確率(変異アレル頻度)は概ね50%で、コロニーが単一細胞から由来していることが確認できる。

実際には膨大な研究なので、結果は箇条書きにまとめると以下の様になる。

  • 各細胞の突然変異数を個人あたりで平均すると、予想通り喫煙経験がない人と比べて、禁煙した人も含めて喫煙歴があると突然変異数は平均で数千のオーダーで高い。
  • ただ予想に反し、喫煙者と比べ、禁煙した人のコロニー同士の多様性は極めて高く、変異の少ない細胞と、変異の多い細胞が混じっている。
  • 禁煙を実施した人の2〜4割の細胞はほとんど正常範囲の変異しかない細胞も見られるが、喫煙者ではこの様な変異の少ない細胞はほとんど存在しない。すなわち、細胞によってはほとんど正常という細胞が禁煙した人には存在するが、喫煙中の人には見られない。
  • 突然変異のタイプを調べると、喫煙者も禁煙した人も、SBS-4と呼ばれる、肺ガンでよく見られる変異のタイプが多い。
  • 予想通り、突然変異が多いほど癌遺伝子や、がん抑制遺伝子の変異も多く、この変化で細胞の進化的優位性が高まっていることも計算できる。
  • 一方、テロメアは正常細胞に近いほど長く、驚くことに、禁煙をした人で変異の少ない細胞は、テロメアも長い。

以上の結果を相互すると、確かに喫煙歴があると、ゲノム変異が上昇するが、変異細胞は静止幹細胞からの新しい細胞で置き換わっている。この静止幹細胞は、変異原から守られており、その結果新しい細胞は変異が少ない、ということになるのだろう。ただ、これだけならもっと喫煙者にも正常に近い細胞が見られてもいいと思うが、ともかくタバコをやめると早い時期から正常型の細胞に置き換わってくれるということがわかったのは重要だ。ようするに、今からでも遅くない。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月30日 TAUタンパク質はガンと闘う(1月22日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年1月30日
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アルツハイマー病(AD)の神経細胞死に直接関わるのが、リン酸化TAUの増加であるというコンセプトは今や広く認められてきた。またADだけでなく、TAUタンパク質が神経変性疾患に深く関わっていることが明らかになり、これらをTaunopathyと総称する様になっている。こうみてくると、「TAUなんて危ないだけで、ゲノムから消えた方がいい。実際、TAU遺伝子をノックアウトしても、発生は正常に進むではないか」と考えるのもうなづける。

しかし、ノックアウトで何も起こらないとしても、TAUが微小管の安定化に関わることは細胞学的・生化学的に明らかになっている。このTauの機能の一端を見ることができるのが、今日紹介するスペイン・マドリッドのオチョア分子生物学研究所からの論文で、TAUは悪性の脳腫瘍グリオブラストーマの増殖を抑える効果があることを示した研究だ。1月22日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「The IDH-TAU-EGFR triad defines the neovascular landscape of diffuse gliomas (IDH/TAU/EGRの3極がびまん性グリオーマの血管新生の形を決める)」だ。

もともとこのグループはADでは悪役の TAUが、グリオーマの増殖を抑えるのではという考えを持っていた様だ。これを確かめるため、ガンのデータベースからTauの発現を調べてみると、グリオーマが悪性になるほどTauの発現が低下することを確認する。さらに、Tau発現の高いグリオーマでは患者さんの予後も良い。

グリオーマの予後を決めるもう一つの因子としてIDH1/2(isocitrate dehydrogenaseでこれが変異するとメチル化レベルが高まる)が知られており、変異がある場合は予後がいい。メカニズムは省くが、DNAメチル化レベルが高まる結果とされている。そこで、IDHの変異とTauの発現が関係がないかデータベースで調べると、期待通りIDH変異を持つグリオーマはTauの発現が高い。DNA メチル化が高まって遺伝子発現が上昇するのは直感に反するが、Tau上流の特定のサイトがメチル化され、染色体構造が変化した結果だろうと想像している。要するに、IDH変異がグリオーマを抑制できる一つの要因としてTauの発現を直接制御しているからだと結論している。

ではなぜTauがグリオーマの増殖を抑えるのか?これについては以前の研究をフォローしていないので頭がついていかないが,著者らはまずTauとEGFシグナルの関係に着目し、

  • Tauは微小管を安定化させることで活性化EGF受容体の分解を早める。Tauと同じ効果は微小管安定化剤でも得られる。
  • EGFシグナルが抑制されると、NFkBの活性化を抑制してグリオーマが間葉系細胞への変換を抑制する。
  • この間葉系への転換は、グリオーマに血管周囲細胞としての機能を付与することで、血管新生を更新させるが、これが抑制されることで、機能的血管新生が抑えられ、グリオーマが抑制される。

と解析を進めている。そして、IDH変異、Tau遺伝子クロマチンの変化、Tau転写の上昇、微小管の安定化、EGFシグナル低下、NFkBシグナル低下、グリオーマの血管周囲細胞への転換の抑制、血管新生抑制、グリオーマの悪性か阻止、と続くシナリオを提案している。

面白い話だが、まさに風が吹くと桶屋が儲かる話に似ており、この細い糸で全てが説明できるのか疑問を感じるが、これまで知らなかった様々なことが学べる論文として楽しんでおけばいいだろう。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月29日 毒蛇の毒腺のオルガノイド培養 (1月23日号 Cell 掲載論文)

2020年1月29日
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現在オルガノイド培養というと、亡くなった笹井さんや、現在慶應大学の佐藤さんたちによって確立された、脳や消化器官のオルガノイドがポピュラーだが、その歴史は古く、例えば幹細胞からの組織形成にオルガノイドが使われる様になった最初は、ES細胞からのembryoid bodyだろう。他にも、胸腺のオルガノイド培養も免疫系ではよく使われていると思う。

当然、モデル動物でない材料を培養したいときに利用したい技術と言えるが、増殖因子の必要性などを考えるとそう簡単ではない。ところが今日紹介する佐藤さんがオルガノイド培養を最初に完成させたHans Clevers研究室から、人間やマウスと同じ条件で、蛇毒をつくる毒腺のオルガノイド培養が可能だという論文が1月23日号のCell に発表された。タイトルはそのものズバリ「Snake Venom Gland Organoids (蛇の毒線のオルガノイド)」だ。

蛇毒の多様性は著しく、それぞれがどの様に進化してきたのかは、遺伝子だけでなくそれを作るシステムを研究する必要があるが、上皮器官なのでもオルガノイドがうってつけだ。ただ、では佐藤さんたちが開発した複雑な培養カクテルを蛇で用意することは簡単でないと当然想像する。

ところがなんとCleversのグループは、マウスで樹立した条件をそのまま使えば蛇の毒線のオルガノイドが形成できることを示した。ただ、温度だけは32度で培養することが大事で、37度では増えない。私にとっての最も大きな驚きは、哺乳動物からずいぶん進化的に離れた蛇の複雑な培養が、同じ増殖カクテルで可能になった点だ。もちろんさらに至適な条件を達成するために、フォルスコリンなどを加えるという改良を行っているが、基本的にはマウスの条件でオルガノイドを長期間、継代することが可能になった。

あとは、こうして形成したオルガノイドを分化させて、蛇毒が合成されるかどうか、またどこまで正常組織に近いかを調べることになる。この系では、増殖している間は、蛇毒を分泌する能力がないが、増殖因子を全て除去すると分化が始まり、蛇毒遺伝子の発現が誘導できる。この蛇毒が機能的かどうか、まず細胞から分泌されること、そして分泌されたペプチドが神経や筋肉のGABAやアセチルコリン作動性シナプスを抑制することを確認している。

正常の組織とどこまで近いかについては、single cell trascriptome解析を行い、各細胞の割合は異なるが、正常組織とほぼ同じ細胞腫がオルガノイドで維持されていること、また異なるトキシンに対応する別々の上皮細胞を特定している。また、毒腺の近位側と遠位側から別々に調整したオルガノイドは、取り出された場所の記憶を維持しており、例えば毒素の発言で見ると、遠位側の方が多くの毒素を作ることも明らかにしている。

他にも様々な問題について調べているが、全て割愛していいだろう。さらに改良を加えれば、もちろん毒腺だけでなく、消化管組織全体の研究も可能になる気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月28日 Single cell transcriptome解析は実際の臨床に有用か(1月20日Nature Medicineオンライン掲載論文)

2020年1月28日
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Single cell trascriptome解析のパワーは驚くべきもので、今やトップジャーナルに掲載されてくる発生学や医学の研究では、使っていない研究の方が少ないといった状況になってきた。実際、腫瘍組織や免疫反応をモニターする目的にこの技術の価値は高い。極論すれば、何も考えなくても調べてみれば、そこで起こっているプロセスが見えてくるといった感じだ。その意味で、臨床の現場でも当然役に立つはずだが、疾患の解析研究がほとんどで、臨床の経過を把握して適切な治療を考えるといった状況で使われた論文は見たことがなかった。

今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、single cell transcriptome検査が患者さんの状態を把握し治療を選択するのに役立つ可能性を示した、臨床の1例報告で1月20日Nature Medicineにオンライン出版された。タイトルは「Targeted therapy guided by single-cell transcriptomic analysis in drug-induced hypersensitivity syndrome: a case report (single cell trascriptomic解析結果に基づいた薬剤過敏症の標的治療:一例報告)」だ。

友人の愛媛大学名誉教授の橋本先生の総説によると、薬剤過敏性症候群(DiHS )は、薬剤の服用によって誘導される薬剤アレルギーの一種だが、難治性で薬剤投与を中止しても病気が進行する。また、この病気の長期化にヘルペスウイルスが関わっていることも明らかになってきた、特異な臨床経過をとる薬剤アレルギーだ。

多くの症例はステロイドの大量療法で治療されている様だが、この論文で紹介された症例はあらゆる治療に抵抗性で、ステロイドやサイクロフォスファマイド、さらにはミコフェノール酸モフェチルなど様々な免疫抑制剤を試みて、ある程度炎症を抑えることができても、薬を離脱できず、その結果腎障害が現れてきたという患者さんだ。皮膚科の経験はないが、医師なら原因を把握できているのに、治療に反応せずあれよあれよという間に悪化する患者さんは必ず経験している。

このとき、まず皮膚に浸潤している細胞を集めて、single cell transcriptome解析をしたら、治療ヒントが得られるのではと着想したのがこの研究で、詳細は省くが、強くサイトカインでJAK-STAT経路が活性化されているT細胞が局所に浸潤していることがこの検査でわかった。

驚くことに、薬剤により誘導されるアレルギー反応なので特定の抗原特異的T細胞が増殖していると思いきや、予想に反して多様なT細胞が反応していることもわかった。

一方、利用しやすい末梢血を用いた検査では、正常と比べて少し差が認められるが、やはり皮膚からの細胞が診断には必要な様だ。

これらの結果から、可能な治療標的を検討し、それまで利用した薬剤を除外すると、ヘルペウスイルス薬とJAK阻害剤が特定され、ウイルス薬を短期、JAK 阻害剤を長期間投与している。結果は劇的で、ステロイドホルモンやサイクロフォスファマイドの使用を減じても症状は再発せず、4ヶ月目の写真が示されているが、皮膚症状は完全になおり、さらにsingle cell trascriptome解析でも活性化リンパ節は消えている。

一例報告としてはここまでだが、この研究ではもう一度同じ様な薬剤反応を試験管内で誘導できるか実験的研究を行なって、薬剤過敏性症候群の反応の特殊性を検討している。試験管内でも、薬剤に対するT細胞活性化が見られるが、これはクラスIIMHC 依存的ではあっても、抗原特異性のないスーパー抗原様の反応であること、さらにこの試験管内の反応をJAK阻害剤だけでなく、抗ウイルス薬でも抑制できることを示している。

結果は以上で、この病気のメカニズム研究がどこまで進んでいるかフォローできていないが、この一例報告はこの病気の理解と治療を大きく進展させたのではという印象を持った。

カテゴリ:論文ウォッチ

自閉症の科学37: 父親の精子に見られる遺伝的変異のモザイク

2020年1月27日
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今日の話も一般の人には少し難しいかもしれないが、なるべくわかりやすく説明するのでお付き合い願いたい。

私たちのNPOで患者さんの団体の支援経験が最も長いのは藤本理事で、各団体に属しておられる患者さん一人一人についても本当によくフォローしている。あるとき彼から、日本だったか外国だったか、FOPの患者さんが2人おられる家族の話を聞き、驚いた。全身に骨ができてしまう病気FOPは山本育海さんを通して私たちも接点がある病気だが、通常の遺伝疾患ではなく、その証拠に両親には同じ遺伝変異は存在しない。おそらく父親の精子(理論的には母親の卵子も除外できないが)が作られる過程で新たな変異が起こることで発生する病気だ。従ってランダムな変異が独立に起こったとすると、2人の患者さんが一つの家族に発生することは奇跡に近い。またそう思うからこそ、患者さんのご両親から「もう一人子供が欲しいのだが同じ病気にならないだろうか?」と聞かれた時、全く心配せず妊娠していいですよと答えていた。

ただ、この様な奇跡が起こる可能性が一つ存在する。それは、生殖細胞が発生する過程の比較的早い時期に突然変異が発生し、正常の生殖細胞(精子や卵子)と変異を持った生殖細胞が一定の比率でずっと体内で維持される場合だ。この様な状態をモザイクというが、同じことは他の臓器でも見られる(図1)。

毎日作り続けられる精子の場合、生まれた後の精巣で起こる精子形成過程で変異が起こって、その精子で受精した変異を持つ子供が生まれることがあるが(図では4型)、この場合は一回きりの変異でモザイクとして変異が維持されることはないので同じ変異を持つ子供が同じお父さんから生まれることはまずないと言っていい。一方、発生過程で精子を作る元の細胞(精原細胞と呼ばれる)ができるとき変異が起こると、発生段階のいつ起こったかによって様々な割合の変異細胞を持つモザイクになる(発生過程の早期に怒るほどモザイク率も上がる)。こうなると同じ変異を持った子供が、一定の確率で同じお父さんから生まれることになる。

藤本さんから聞いたFOPの子供さんが2人同じ両親から生まれたということは、卵子か精子の発生過程で変異を持つ細胞がモザイクになってしまったと考えることができる。この場合、卵子を調べるのは難しいが、毎日作られる精子なら子供が繰り返してFOPになる確率を計算することはできる。

今日紹介したいと思っている論文は、自閉症を例にこの変異精子のモザイク状態の関与を調べた研究で、Nature Medicine1月号に掲載された。モザイク状態自体は自閉症に限らないが、ぜひこの機会に「自閉症の科学」として学んでもらいたいと取り上げた。

自閉症が遺伝的背景を持つことはもはや異論がないと思うが、これまで例として見てきたFOPのように一つの遺伝子で病気が決まるのではなく、ほとんどの場合多くの遺伝子の機能の小さな変化が集まって形成される状態と見ることができ、極端に言ってしまうと性格の一つとすら考えられる。これら遺伝子の多くは両親から受け継いだものだが、FOPと同じで、自閉症児には存在し、両親には存在しない新しい変異が10−30%のケースで存在し、自閉症発症過程で最後の後押しとなっているのではないかと考えられている。

この子供だけに見られる新しい変異が、実際には両親の生殖細胞のモザイク変異から由来する可能性を調べるためには、これまで両親の血液細胞のDNA解析が使われてきた。血液細胞と生殖細胞が別れる前に変異が発生すると、この変異モザイクは血液にも生殖細胞にも維持されることから(図で言うと1型)、この場合血液細胞を調べるだけで十分モザイク度を算定できる。実際、自閉症の場合子供だけに存在すると考えられる変異の3.8%が、実際には両親のどちらかでモザイク変異として末梢血細胞で維持されていることが、血液のDNA検査から明らかにされた。さらに面白いのは、兄弟に同じ変異が見られる場合、なんと両親の血液のモザイク変異として検出される確率が57%に跳ね上がることがわかった。

実際、両親には存在しない変異が同じ兄弟に生じる確率は限りなく0に近い。しかし同じ変異が複数の子供に見られ、しかも両親には存在しない場合は、100%両親の生殖細胞がモザイクになっていると考えていい。

ではなぜ血液のモザイクとの一致が57%にとどまるのか?これは発生過程のいつ変異が起こったのかの違いで、血液がモザイクになっていても精子や卵子がモザイクになっていない場合、あるいは逆も存在するためで(図で変異が起こる時期として示している)、血液にはなく精子にある型(3型)の場合は、血液検査ではモザイクが見落とされる。そのため実際に変異を持った子供が生まれるリスクを正確に判定するためには、生殖細胞で検討することが必要だ。

今日紹介する研究は、6人の自閉症児とその家族の参加を得て、子供だけに見られる変異をまずリストして、これらの変異がお父さんの精子、あるいは血液でモザイクとして存在しているかを調べた研究だ。

この論文の結論は自閉症には限らないので、一般的な話としてまとめ直してみると次のようになる。

  • 子供に見られる新しい遺伝変異の2.5%が父親の精子や血液のモザイクとして検出できる。
  • 血液と精子を比べると、両方の組織でモザイクになる場合が多いが、精子だけで見られる変異(3型)も多い。従って、血液細胞でのモザイク検出だけでなく、精子のDNA解析を行うことが、変異を持つ子供の発生リスクを算定するために重要。

ということになる。

結論としては、もし変異を持つ子供が生まれた時、これが一回きりの変異か(4型)、それともお父さんの精巣で変異を持った精子が作り続けられているのか(1型と3型)は、精子のDNA検査で可能だという話になる。

では自閉症スペクトラムを持つ家族でこのお父さんの精子の検査がどれほど意味があるかと考えると、まだまだ専門的すぎて、誰もが調べられるという検査ではない。しかし、両親にはなくて、子供にだけ存在する遺伝子変異の中には、両親の生殖細胞の中にモザイクとして維持されているものがあることを知っていてもいいのではないかと紹介した。

1月27日 CAR-Tのイノベーション(1月24日号 Science 掲載論文)

2020年1月27日
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CAR-Tを固形ガンにも使うための研究が続いているが、抗原については胎児期に強く発現するClaudin6,Claudin18,mesothelinなどが現在有望な抗原として、基礎・臨床研究が進んでいる。一方、CAR-Tの増殖を助ける様々な方法も開発されており、一つの例が山口大の玉田さんらのIL−7とCCL19を導入したCAR-Tだろう。ただこれらはほんの氷山の一角で、免疫系についてのあらゆる知識をCAR-Tに詰め込もうと、様々な研究が進んでいる。

今日紹介するドイツのBioNTechという会社からの論文は、動物実験段階とはいえ、免疫系の特徴をうまく生かしてCAR-Tをよりコントロール可能にした期待できる技術についての研究で1月24日号のScienceに掲載された。タイトルは「An RNA vaccine drives expansion and efficacy of claudin-CAR-T cells against solid tumors (RNAワクチンは固形がんに対するclaudin CAR-Tの増幅を誘導する)」だ。

この研究の目的は2つ。一つは固形ガンに対するCAR-Tの抗原としてClaudin6およびClaudin18が使えないかという検討と、もう一つが抗原をコードするmRNAをリポソームに入れて注射して、CAR-Tの増殖を人為的にコントロールできないかという検討だ。

まず、Claudin6が正常の組織ではほとんど発現しておらず、一方多くの卵巣ガンでは強い発現が見られることを示し、Claudin6を発現したヒトの卵巣ガンを人間のT細胞から作成したCAR-Tで消滅させられることを示している。

次に、このCAR-T細胞を、ガンではなくclaudin6抗原mRNA を詰めたリポソームを注射することで増殖を調節できるか調べている。結果、リポソームはリンパ組織の樹状細胞やマクロファージに取り込まれ、そこでclaudin6が発現し、CAR-T細胞の増殖を誘導することを示している。

重要なのは一回の注射で、2週間目をピークとするCAR-Tの増殖が見られるが、その後CAR-T細胞数は増殖しなくなることから、CAR-Tが普通のT細胞と同じ様に振舞っていることを示している。そこで、注射するCAR-T細胞数を1000個にして同じ実験を行ったところ、抗原を2回注射することで十分な数が得られることから、CAR-Tの数が少ない場合でも、抗原注射を行うことで治療を続行することが可能であることを示している。さらに抗原を注射する間隔を長くしても、抗原注射でCAR-Tが再び増殖することから、記憶細胞として組織で待機する可能性も示している。

また、CAR-Tにつきもののサイトカインによる副作用も、抗原刺激依存性に起こるので、ガンだけでなく抗原刺激を別ルートで行えることのアドバンテージを示している。

以上の検討の上で、Claudin6発現の卵巣ガン細胞、およびclaudin18を発現する直腸ガン細胞で、CAR-T治療を行い、抗原注射を加えることでガンをより高率に除去できること、また再発が見られても抗原を再投与することでガンの増殖を抑制できることを示し、CAR-Tの数を常に一定の数に保つことの重要性を示している。

結果は以上で、特に目新しいというより、いくつかの技術を組み合わせた技術だと言える。ただ抗原を使ってCAR-Tの増殖を調節するのはシンプルなので使いやすいと思う。同じ戦略は現在進められているCD19を用いたCAR-T治療にも使えるだろう。小児の白血病の場合、最初に徹底的に叩くことは重要で、今後期待される。もちろんClaudinを抗原にすることも今後さらに進むだろう。特に治療の難しいすい臓ガンにはClaudin18が発現していることが多い。

実際には、claudin遺伝子が本当に他の細胞で発現しないか心配な点もあり、マウスでの結果がそのまま応用可能かわからないが、治験が進むことを期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月26日 ストレスで白髪が増えるメカニズム(1月23日 Nature オンライン掲載論文)

2020年1月26日
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恐怖体験により一夜にして白髪になるという話があるが、すでにメラニンを含む毛から、メラニンが失われることはないと思う。ただ、ストレスが白髪や白斑の原因になることは確かな様だ。とはいえ現役時代、色素細胞の増殖や生存を操作する研究を続けていても、ストレスを用いて操作するということを考えたことは全くなかった。

今日紹介するハーバード大学からの論文はストレスでマウスの白髪を誘導する方法を確立し、このメカニズムを調べた論文で1月23日号のNatureに掲載された。タイトルは「Hyperactivation of sympathetic nerves drives depletion of melanocyte stem cells(交感神経が過興奮することでメラノサイト幹細胞が枯渇する)」で、共著には懐かしいLen ZonやDavid Fisherなどの古い友人が名を連ねている。

ストレスで白髪を誘導する実験系を作るのは難しいのではと個人的には思うが、狭い場所に拘束するストレスや、慢性的に予想外の刺激を受けるストレス、そして最後に唐辛子成分カプサイシンと同じ効果を持つRTXを注射して痛み受容体を刺激するストレスのいずれかを使ってストレスをかけても、時間が経つと白髪を誘導できることを示している。最初に述べた様に、毛からメラニンが抜けることはないので、白髪が見られるのは、毛が生え変わる時に色素細胞が欠損してしまっていることを示している。すなわち生え変わりの時に新しい色素細胞を供給する幹細胞が欠損してしまっていることを示している。

そこで、RTXを注射してストレスを与えた時、メラノサイト幹細胞がどうなっているのか、幹細胞が維持されている毛根上部のバルジ領域を調べると、ほとんどの毛根で5日もすると幹細胞の数が減ってしまうことを発見する。この様に幹細胞が減ってしまうと、次の毛の生え変わりでメラニンを供給する色素細胞が十分作れないことになる。

余談になるが、この結果はもし次の日に全ての毛を抜いて、もう一度同時に再生させれば、一夜にして白髪になるという状態は再現できるかもしれないが、通常の毛の生え変わりサイクルが維持されている限り、白髪が徐々に増えるということになる。

次の問題は、ではなぜストレスで幹細胞数が減少するのかという問題だ。様々な可能性を追求した結果、交感神経興奮により分泌されるノルアドレナリンがメラノサイト幹細胞の減少に関わることを明らかにしている。化学物質を用いて人為的に交感神経を刺激する実験で幹細胞がほとんど消失するのを見せられると、ストレスは禁物という気持ちになる。

では、ノルアドレナリンが実際に幹細胞を殺すのだろうか?これを調べるため、RTXを注射する実験や、ノルアドレナリンを直接毛根に作用させる実験を行い、ノルアドレナリンによって静止期にあった幹細胞が増殖期に入り、その結果幹細胞が枯渇化してしまうことを発見する。実際、この時に細胞周期の阻害剤を作用させて増殖期に入るのを阻害すると、メラノサイト幹細胞が維持される結果、白髪も防止できることを確認している。

結果は以上で、言われてみれば驚くほどの結果ではなく、なぜこんなことがわからなかったのかと思ってしまう。しかしストレスは禁物だということがよくわかった。また白髪は命に関わる話ではないが、静止期の幹細胞もメカニズムがわかれば増殖期に入れる方法があるとすると、がんの幹細胞を枯渇させる方法も開発できるはずだと確信した。

カテゴリ:論文ウォッチ