3月16日 MERSについて学ぶ( The Lancet オンライン掲載総説)
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3月16日 MERSについて学ぶ( The Lancet オンライン掲載総説)

2020年3月16日
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新型コロナウイルスについて理解するとき、やはり強い肺炎を引き起こすことが知られているSARSやMERSなどのコロナウイルスについて知っておくことは重要だが、両方とも我が国では流行が起こらなかったため、専門家を除くと知識が欠けていることは確かだ。幸いThe Lancetのオンライン版にMERSについての総説が発表されたので、自分の頭の整理を兼ねて今日はこの総説を下敷きにMERSについてまとめておく。

ウイルス学

30-31Kbの大きなRNAウイルス。すでに名前から分かるように、新しいコロナウイルスはSARSの仲間として分類され、これらと比べるとMERSウイルスは少し遠縁になる。

  最も面白いのは、スパイクがSARS と異なりDPP-4に結合する点だ。ただ、違うと言ってもDPP-4はSARSスパイクが結合するACE2と同じ膜型エンドペプチダーゼだ。スパイクの結合にエンドペプチダーゼが必要なのか不思議だ。またインシュリン分泌に関わるインクレチンを標的にしている点でも、ACE2がアンギオテンシンIを対象にしているのと似ている点もあり、治療標的として期待されるスパイクの進化を考える意味で面白い。

疫学

ラクダがウイルスのキャリアーで、その結果中東に流行が限られている。ただ、人から人への感染があり、ラクダからを一次感染、人から人へを二次感染と呼んでいる。二次感染症例は大体50%。

 この結果、人から人への多くは医療施設で多発する。韓国での流行も、中東からの帰国者が入院した施設から始まっている。すなわち、感染クラスターの重要性は全てのコロナ感染症共通だ。例えば韓国で起きた中東帰国者からの流行では、16の医療施設を巻き込んだ5人のスーパースプレッダーに由来することが突き止められている。

病理

信仰上の理由から報告された剖検例は2例しかない。ウイルス粒子は肺だけでなく腎臓などからも検出されるが、呼吸器のみで病理変化が認められる。基本は、出血性壊死性肺炎で、肺胞への浸出がつよい。動物モデルがあるので、期待できる。

免疫反応

免疫反応はウイルス防御と炎症誘導という諸刃の剣。

すなわち、抗原特異的免疫反応と自然免疫がうまくバランスされて初めて防御が成立する。

  MERS の場合まずCD8T細胞が、その後CD4T細胞と抗体反応が続き、2−3週間で免疫反応が見られる。回復が早い場合は、抗体反応も一過性だが、重傷者では長く続く。一方、CD8T細胞反応は重症度にかかわらず長く続く。

  SARSでは面白い現象として自然免疫が感染後長く続くと、抗体の産生が遅れ重症化する(これは新型コロナでも重要な点のように思える)。しかし、MERSではこのようなケースは見られない。かわりに、MERSはT細胞に感染し、サイトカイン反応も抑えられる代わりにウイルスへの反応も低下する。この差は、SARSとMERS で重症化機構が少し違う可能性を示唆して面白い。

感想だが、重症化の引き金を理解する意味でもsingle cell transcriptomics を用いた研究が大活躍すると思う。

臨床像

潜伏期間5−7日だが、免疫能力が低い高齢者などではもっと長い潜伏期間があり得る(ちょっと不思議な現象で、最初のウイルス増殖に免疫が役立っているのだろうか?)。

 新型コロナと違い、無症状は5割以下。症状は熱、悪寒、こわばり、頭痛、空咳、喉の痛み、関節痛、筋肉痛などのあと呼吸困難。新型コロナと違い、消化器症状も多い。 

  高齢者や基礎疾患のある場合重症化し、ウイルス感染が遷延する。一方、子供の感染は少ない。

  個人的印象では、X線所見は新型コロナとかなりよく似ている。

ウイルス診断。

MERSもSARSも最終診断はウイルス感染の証明だが、DPP-4の分布などからわかっているのは、スワブのような上部の検査だけでなく、痰に存在するウイルス検査が確定診断には必要な場合が多い。

  検査自体は通常のPCRから、35分で終わる温度を変えないアイソサーマル検査、そして抗体検査まで全て開発されており、これが新型コロナ検査にも生かされている。

治療

現在新型コロナウイルスについて利用されているほとんどの治療方法はすでに試されている。

トリアージだが、56歳以上、高熱、血小板減少、リンパ球減少、CRP2mg/dL以上、痰中のウイルス濃度が高い場合は入院治療。残りはは自宅隔離。

抗ウイルス剤は、インターフェロンも含めて使われているが、科学的治験は現在進行中。おそらく、今回の新型コロナについては患者数も多いことからはっきりした結果が出てくると期待される。一般抗生剤は全く効果がない。また、新型コロナと同じで、ステロイド全身投与もあまり効果がない。

回復患者さんの血清療法は、ウイルスに対する抗体価が1/80以上の血清は確かに効果がある。また、すでにウイルスに対するモノクローナル抗体が開発され、治験中。エボラの経験からも、これは期待できる。

新型コロナ感染で我が国でも効果が示されている体外式人工肺(ECMO)は対症療法としては最も効果がある。

ワクチン

様々なワクチンが開発中だが、多くはスパイクとDPP4の結合を標的にしている。

以上、新型コロナと共通点が多く、学ぶところは多い。ただ、違いも確かにあり、ここからも多くのヒントが得られると思う。研究の第一線では、当然MERS の経験は織り込み済みと思うが、ニュースを判断する意味でもMERSで何がわかって、また何が行われているかを知ることは参考になる。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月15日 SARSウイルスの強い炎症に関わるウイルス由来small RNA(3月8日号 Cell Host & Microbe 掲載論文)

2020年3月15日
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CRISPR研究史を見れば、微生物に学ぶところが多いことがわかる。ところが、ウイルスや微生物学について多くの生物学者は意外と学んでいない。私のブログでもCRISPRや細菌叢の話題を除くと取り上げる回数は少ない。これは結局私自身の感染症の知識が乏しいことを示しており、新型コロナ感染を機会に少し勉強してみようと思っている。

以前エボラウイルスが持つ自然免疫から自己を守るメカニズムが、他のサイトカイン誘導にブレーキがかからない状態を作ってあのような激烈な症状をきたすことを紹介した( https://aasj.jp/news/watch/2023 )。SARSや新型コロナの肺病変も同じように一種のサイトカインストームによる強い炎症反応のせいだと思われるが、それぞれのウイルスは自然免疫から自分を守る個別のメカニズムを備えているはずで、このような研究分野は、治療法開発という意味では、時間はかかっても重要だ。

今日紹介するスペイン国立生物技術研究所からの論文はSARSウイルスについてそのようなメカニズムの一端を捉えた研究で、ウイルスの自己防御機能の多様性を実感することができた。タイトルは「SARS-CoV-Encoded Small RNAs Contribute to Infection-Associated Lung Pathology (SARSウイルスは感染した肺病変に関わるsmall RNAをコードしている)」だ。

私たちの細胞機能はsmall RNAと呼ばれる様々なRNAにより調節されているが、ウイルスも同じメカニズムを用いて細胞の持つ防御機能をかいくぐっていることが知られている。この研究では、まずSARSウイルス特異的に合成されるsmall RNAをSARSに感染したマウス肺上皮細胞(マウスにも感染できるSARSウイルスが開発されている)が発現しているsmall RNA配列を網羅的に調べ、3種類のウイルスゲノムにマッチするsmall RNAの特定に成功している。

これらsmall RNA(svRNA)は、複製酵素とN遺伝子と呼ばれる領域に由来し、ウイルスゲノムと同じでセンスRNAであることがわかった。また、ホスト自体のsRNAを作るメカニズムにはほとんど依存しておらず、ウイルス感染により、ウイルスの持つ機構を使って合成される。

複製酵素やN遺伝子の転写や機能についてみると、svRNAは全く影響していない。しかし、svRNAに対応するアンチセンスRNAを持つmRNAの機能を抑えることができる。すなわちmiRNAと同じような働きを持っている。

残念ながらメカニズムについての研究はここまでで、このsvRNAがホスト側のどの分子に対応しているか特定されていない。代わりに、svRNAを抑制することのできる抑制性RNAを設計し、これを経鼻的に投与、その後SARSを感染させると、ウイルスの増殖だけでなく、炎症性サイトカインの分泌を抑えることに成功している。

おそらく、svRNAはホストから自身を守る一つのメカニズムと思われるが、今大事なことは新型コロナウイルスにも同じようなsvRNAが存在するのか、だとしたらホストのどの分子が標的かを大至急調べることだろう。SARSも新型コロナも肺病変の出現の理解が治療法開発に必須になる。幸いSARSに極めて近いという点から、SARS研究の蓄積は心強い。

明日はMERSについての総説を紹介する。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月14日 脂肪代謝が軟骨と骨の分化スイッチを決める(3月5日号 Nature 掲載論文)

2020年3月14日
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成熟後もいくつかの系列に分化できる幹細胞は存在しており、その分化決定については長年研究が続いている。分化決定が全くランダムに起こる場合もあるが、系列によっては精密に分化の方向性が調節されており、中でもよく研究されているのは昨年度ノーベル賞が授与された低酸素による分化スイッチだ。

今日紹介するベルギー・ルーヴェン大学からの論文は低酸素だけでなく低脂肪によって軟骨への分化が促進されることを示した面白い論文で3月5月号のNatureに掲載された。タイトルは「Lipid availability determines fate of skeletal progenitor cells via SOX9(脂肪の利用可能性が骨格系幹細胞の軟骨への分化を決定する)」だ。

この研究のハイライトは、移植した骨への血管侵入を人工膜で阻害した時、骨芽細胞への分化が抑制され、軟骨への分化が促進されるという、職人的な実験だ。もともと軟骨は血管が少ない組織で、おそらくこの現象は低酸素と関係していると最初は考えていたと思う。しかし、いろいろ検討しているうちに、なんと脂肪の供給がなくなると軟骨への分化が起こることを、細胞株を用いた研究で突き止める。この結果は、軟骨と骨細胞を比べた時、軟骨細胞では脂肪酸の活性が低くもっぱら糖代謝によりエネルギーを生産するのに、骨細胞では脂肪代謝への依存性が高いこととも一致する。

以上の結果から、組織形成時血管新生の抑えられた状況では血管から脂肪の供給が減り軟骨分化のマスター遺伝子Sox9が誘導され、軟骨へ分化決定が起こるということがわかった。

次に、なぜ脂肪が得られないとSox9が誘導されるのかについて追求し、脂肪酸の供給が切れると細胞内の脂肪酸を燃やして対応するが、その時ミトコンドリアで脂肪を利用するために、脂肪を蓄積している脂肪滴と細胞質の脂肪の動きを変化させるため、オートファジーシステムのスイッチが入る。この一種のストレス反応がSox9を誘導する可能性を示唆している。

最後に脂肪供給を止めた時に上昇してくる遺伝子の調節領域から、FOXO分子の誘導が脂肪代謝に対するストレスによって最初におこり、これがSox9を誘導するというシナリオを完成させている。

残念ながら、細胞内に貯蔵された脂肪を利用するストレス反応がFOXO誘導につながるのか明らかになってはいないが、脂肪が利用できないというストレスが軟骨への分化を誘導しているという発見は、意外だが説得力のある面白い話だと思う。今後、軟骨肉腫の研究、あるいは硬骨魚の進化などに関しても重要なヒントが生まれるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月13日 多発性硬化症を腸から治す(3月19日号 Cell 掲載論文)

2020年3月13日
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腸内細菌叢と免疫系の相互作用に酪酸、酢酸、プロピオン酸などの短鎖脂肪酸が関わっていることがわかってきた。すなわち、短鎖脂肪酸が多く合成されると、抑制性T細胞を選択的に増やしてアレルギーを抑えることができる。ただ、すべての短鎖脂肪酸が同じように働くわけではない。例えば糖代謝についてみると、酪酸はインシュリン感受性を改善させるが、プロピオン酸は糖尿病発症と相関することが知られている(https://aasj.jp/news/watch/10105)。

今日紹介するドイツ・ルール大学からの論文は自己免疫病の一つ多発性硬化症の進行がプロピオン酸で抑えられることをヒトで示した。本当なら画期的な論文で3月19日号のCellに掲載された。タイトルは「Propionic Acid Shapes the Multiple Sclerosis Disease Course by an Immunomodulatory Mechanism(プロピオン酸は免疫系を変化させて多発性硬化症の経過を改善する)」だ。

この研究ではまず多発性硬化症患者さんの血液と便の中の短鎖脂肪酸を測定し、プロピオン酸が患者さんで低下していることを発見する。これだけだとなるほどで終わるが、この研究では91人の患者さんになんと1日1gのプロピオン酸の服用を続けてもらうと、半分の患者さんで進行を止めることができることがわかった。また、MRIでミエリン繊維の多い灰白質を調べると、線条体で増大していることも観察している。さらに、長期に服用しても副作用はないとしている。

このプロピオン酸で多発性硬化症の発症が抑えられるという発見が研究のハイライトで、さらに人数を増やして治験を行うことが次のステップになる。ただ、著者らはCellにふさわしい論文にするため、

  • 治療前のPAの量を決めているのは腸内細菌叢の違いで、多発性硬化症の患者さんでは短鎖脂肪酸を合成する細菌の割合が低い。
  • 腸内細菌叢はプロピオン酸服用によっても変化し、抑制性T細胞にバランスを移す。
  • プロピオン酸服用により抑制性T細胞のIL10分泌が高まる。また、抑制性T細胞のミトコンドリアをリプログラムして酸素消費量を高める。

など、分子メカニズムも調べているが、驚く発見はやはりプロピオン酸服用で多発性硬化症の進行を抑えられるという発見だろう。

治験としては観察研究で、実際の効果はもう少し厳密なプロトコルで調べる必要があると思うが、期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

自閉症の科学41 気になる治験 III ASD児の言葉の能力を高める学校プログラム

2020年3月12日
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社会性障害、言語能力低下、繰り返し行動がASDの三大症状などと言われると、何か最終宣告のように聞こえてしまうが、全くそんなことはない。今まで2回にわたって、絵本を通してのコミュニケーション、スポーツクラブに入って他の子供たちと運動する、などのプログラムで少しづつ新しい能力が開発できる可能性を示す論文を紹介してきた。

3回目の今日はバージニア大学のグループが学校で使えるようにデザインした言葉の能力を高めるためのプログラムについての治験研究で3月2日にJournal of Autism and Developmental Disordersに発表された。

このグループは長年にわたってASD児の言葉に関わる能力を高めるためのプログラムや材料を開発しており、この治験は彼らが2014年に開発した「Building Vocabulary and Early Reading Strategies 」というプログラムを小学校の課外授業として実施し、1)話し言葉の能力が改善するか、2)聞き取り能力が改善するか、3)教師がこのプログラムを実行できるか、の3つの問題を調べている。

具体的には5−9歳のASD児43人の参加を募り、まず年齢、背景、ASDの症状を揃えたペアに分けて、そのあとで無作為にペアの一人をプログラムを受ける群、もう一人を受けない群に振り分けている。

プログラムの内容だが、本に書かれた物語を大きな声で音読させることを基盤にして、読んでいる物語の内容を理解する、これまでの知識と比較する、物語をもう一度語る、物語から想像する、などの能力を途中で質問したり、文字に書せたりして意識させていくことで、言葉を使う能力を高めるようデザインされている。

重要なことは、このプログラムを学校で国語(?)の補修科目として組み入れている点で、このためにこのプロジェクトに協力してくれた先生を訓練している。

この補修プログラムは1日30分、週4日続き、全体で平均65セッション行うように計画している。そしてプログラム前後で様々な言語能力をテストして、改善が見られるかどうか調べている。

もちろん二重盲検、プラシーボなどは不可能な治験だが、プログラムを受けたグループは、ボキャブラリーのテスト、語る能力、言語全般の能力などで、受けなかったグループと比較して明確な改善が見られることから、効果は高いと結論している。

私も専門家でないので、言語能力測定に使われたEVT-2テスト、NEPSY-IIテスト、CELF-4テストで見られた改善が、実際にはどの程度なのかイメージすることはできないが、全てのテストでしっかり改善していることが示された。

詳細は専門家に任せることにして、学校で週4日、1回30分のコースが、ASD児の言葉の能力を改善できたことに感心した。おそらくわが国でも同じようなプログラムが開発されているのではないだろうか。大事なことは、これほど多面的な効果が得られるなら、学校での学習過程の中にそのようなプロジェクトが組み入れられ、多くの子供たちがプログラムを受け、その効果が常に検証されることだと思う。

以上、3回にわたって紹介した気になる治験論文は、家庭、スポーツクラブ、学校と異なる場所でのプログラムが少しづつではあってもASD児の能力を高めることができることを示している。思いつきでも、まだまだASDに対しては対症療法が重要であることが良くわかるが、それを治験として検証し、多くの人に使えるようにすることが最も重要だと強調して、ASD児に関する気になる治験シリーズを終える。

3月12日 なぜ脳の興奮と血流量は連結しているのか(3月5日号 Nature 掲載論文)

2020年3月12日
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当たり前のこととして認めていることの中には、しかしなぜそうなのかについてわかっていないことも多い。そんな一つが、脳内で神経活動が起こっている領域に選択的に血液上昇が見られるという現象だ。実際、この現象は機能的MRIで脳活動を見るときの前提で、もし血流が脳活動を反映しないとすると、fMRI研究は成り立たない。結局うまくできているなとただ感心するだけだ。

今日紹介するハーバード大学からの論文はこの脳活動と血流の連結のメカニズムに取り組んだ研究で先週号のNatureに掲載されている。タイトルは「Caveolae in CNS arterioles mediate neurovascular coupling (脳の細動脈のcaveolaが神経血管連結に関わる)」だ。

これまで神経血管連結は、神経興奮がアストロサイトが分泌する血管拡張因子、例えばNOなどを介して血流を高めるというシナリオが提案されている。一方、血管側の分子メカニズムは全くわかっていなかった。この研究では、血流調節のキーと言える小動脈血管内皮にcaveolaと呼ばれる膜直下の小胞の数が多いことに着目し、これが神経血管連結に関係あるのではないかと着想する。

これを確かめるため、マウスのヒゲに対する刺激を感じる神経領域の興奮と、その周りの小動脈のサイズを同時にモニターできる実験システムを確立し、ヒゲを刺激して神経興奮が起こると、周りの小動脈が拡張し、血流が上がることを確認している。

この系を用いてcaveola形成に重要なcaveolin-1ノックアウトマウスを用いて同じ実験を行うと、血管拡張が見られない。また、血管内皮特異的にcaveolin-1ノックアウトを行うとやはり神経興奮に伴う血流上昇が見られなくなる。すなわち、小動脈のcaveolaを形成する能力が、脳神経の興奮を感知して血管を拡張させるために必須であることを示した。

この結果がこの研究のすべてで、あと血管平滑筋のcaveolaはあまりこの経路に関わっていないこと、caveolaの形成は脳血管関門に関わる分子Mfsd2aにより抑制されていること、またcaveola依存性メカニズムはNOとは無関係であることなどを示しているが、caveolaとリンクするどのシグナルが血管拡張に関わるかは結局示されなかった。

Caveolaはシグナル伝達を構造的にバックアップする仕組みと考えられていることから、この結果は謎の多かった神経血管連結を理解するためには重要だと思うが、納得できるシナリオまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月11日 サソリ毒をリュウマチ治療に使う(3月4日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年3月11日
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昨日はサソリ毒クロロトキシンが悪性のガン、グリオブラストーマに結合することを利用したガン治療論文について紹介したが、同じ Science Translational Medicine に、別のサソリ毒 cystine dense peptides (CDP) を、今度は関節リュウマチの治療に使う可能性を示したシアトル・フレッド・ハチソン ガンセンターからの論文が発表されているので、昨日に続いて紹介することにする。タイトルは「A potent peptide-steroid conjugate accumulates in cartilage and reverses arthritis without evidence of systemic corticosteroid exposure (高い効果をもつペプチド〜ステロイド結合体は軟骨に集積して副作用なしに関節炎を治す)」だ。

この論文で初めて知ったが、CDPとは20-60アミノ酸でシステン同士が結合しあうSS結合を多く持つペプチドの総称で、サソリだけでなく、クモ、ヘビから毒のある食物やバクテリアまで多くの生物が合成している。この研究グループは20種類の生物から抽出された40種類のCDPをスクリーニングし、サソリ由来のCDP-11Rが体内の軟骨に選択的に結合するを突き止めている。

この結果がこの研究のハイライトで、この軟骨に集積するCDP-11Rの性質は、関節軟骨に薬剤を集積させ、リュウマチ治療に使えるのではと着想し、そのための様々な準備実験を行なっている。

まず、CDP-11Rが軟骨に集積し、しかも長期間結合し続けること、また動物に移植されたヒトの軟骨にも結合できることを確認し、またこの結合はCDP-11Rの強くポジティブに帯電している性質が関わるが、ペプチド内のSS結合も重要な役割を担っていることを確認している。

この基礎的検討の後、炎症を抑えるステロイド、デキサメサゾンをCDP-11Rと結合させ、関節に集積するか検討し、ステロイドを関節特異的に集積させるキャリアとしてCDP-11Rが使えることを確認している。

最後に、CDP-11Rとステロイドホルモンの結合が徐々に分解されるリンカーを用い、またリュウマチに使われるステロイドホルモンTAAを結合させたCDP-11Rを準備し、コラージェンに対する自己免疫をおこした関節リュウマチラットに注射すると、ステロイドホルモンによる全身副作用が全くないにも関わらず、関節の炎症を治すことができることを示している。

今後人間に応用するためには、定期的に注射して同じ効果が続くか。正常軟骨に副作用はないかなど調べる必要があると思うが、毒を使いこなすのが医学であることを示す面白い例だと思った。しかし、なぜこんな性質が生まれたのか、サソリ毒には興味が尽きない。

カテゴリ:論文ウォッチ

3月10日 腫瘍に結合するサソリ毒を利用したCART (3月4日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2020年3月10日
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腫瘍特異的に結合する分子を使ってがんを治療するというと、まず抗体を思い浮かべるが、実際には様々な分子を使ったがん治療開発が進んでいる。中でも印象的なのは前立腺癌の表面分子PMSAに結合するペプチドにルテニウム同位元素を結合させてPSMAを発現している末期の前立腺癌を完全に消失させられるという症例報告で、量子科学技術研究開発機構の東先生から聞いた時、その効果に驚いた。

今日紹介するカリフォルニア・City of Hope研究所からの論文はなんとサソリ(オブトサソリ)のトキシン(クロロトキシンCLTX)が、最も悪性の腫瘍グリオブラストーマに結合することを利用してCART をデザインしたという研究で3月4日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Chlorotoxin-directed CAR T cells for specific and effective targeting of glioblastoma (サソリ毒を結合させたCARTはグリオブラストーマを特異的にかつ効果的に攻撃できる)」だ。

このグループはグリオブラストーマに絞って、様々なCARTを設計し実際の臨床テストを行ってきたグループで、これまでにIL-13受容体やEGF受容体に対するCARTを脳内に注射して治療する方法を開発している。ただ、B細胞系の腫瘍と異なり、標的抗原の発現を落とした耐性ガン細胞が早期に現れるという問題があった。

これまで開発されたCARTは抗原に結合する抗体かT細胞受容体を用いているが、この研究ではサソリ毒CLTXがグリオブラストーマに結合することを知り、CTLXそのものをがんを認識するキメラ受容体に使えるか確かめている。

この論文を読むまで全く知らなかったがCLTXをグリオブラストーマのイメージングに使ったり、ヨード131を用いたアイソトープ照射療法がすでに開発されるほどグリオブラストーマに対しては有望な分子らしい。とはいえCARTのキメラ受容体に使うのには様々な検討が必要だ。

まずほとんどのグリオブラストーマがCLTXに結合することを確認した上で、CLTX分子とT細胞受容体を結合するスペーサーについて検討し、最終的にCTLX-IgG4Fc-CD28-CD3ζの組み合わせが最もガン障害活性が強いことを確かめる。さすがCART開発に絞って研究しているだけに、このあたりの手際の良さには感心する。

あとはマウス脳に移植したグリオブラストーマの増殖を抑えるかどうか調べている。重要なことは、ガンに直接あるいは頭蓋内にCARTを注射するときには効果が見られるが、静脈注射ではダメなことだ。それ以外は抑制効果が強い。それでも耐性を獲得する細胞が出現するが、この場合CLTX結合分子がなくなるのではなく、PD-L1などの免疫抵抗性が発生することを確認している。

また、CARTの結合にはメタロプロテアーゼMMP2が必要なことも確認しており、この結果をもとにさらに改良を重ねる可能性は高いと思う。

この研究に注目するのは、ガン特異的結合分子がある時、CARTのような手間のかかる方法がいいのか、あるいはアイソトープで内部照射する方がいいのか、さらにはトキシンをつけた方がいいのかの比較だろう。PSMAの場合確実に細胞内にアイソトープが取り込まれることがわかっており、この場合はアイソトープやトキシンに軍配があがるのかもしれない。いずれにせよ、治療法のないガンであることを考えると、急速に比較結果が出てくると期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

自閉症の科学40 気になる治験 II サッカークラブ参加によるASDの社会性改善

2020年3月9日
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前回はASD児に絵本を読み聞かせたり、説明したり、質問したりする行動が、ASD児の言葉に対する注意を促すことを示す研究を紹介した。2回目の今日は、運動の効果だ。ASD児ではしばしば運動症状が認められる(例えば視覚と手の運動の連携が悪いなどの症状)。また、これらの運動症状とASDの心の問題とは密接に関連していることも知られている。もしそうなら、ASDの子供たちの運動能力を高めるプログラムは、運動能力にとどまらず、社会性や性格の変化をもたらしてくれる可能性が高い。

今日紹介するオーストラリアDeakin大学からの論文は、ASD児にオーストラリア全国で活動している子供を対象にしたサッカークラブAuskickのプログラムに参加させて、社会性や様々な性格に変化が起こるかどうか調べた研究で2月27日Journal of Autism and Developmental Disordersに掲載された。

研究は単純で、61人のASDと確定された5−12歳のASD児を2グループに分け、半分はAuskickクラブ(https://play.afl/auskick)が提供するプログラムを最低12回受けさせ、残りのグループは自宅で普通の生活を送らせる。そしてプログラム終了時に、知能、社会性、性格などを一般的な方法で調べている。

どのようなプログラムを受けるかはそれぞれのクラブに任せており、ハンディキャップを持った子供たちのプログラムに入る場合も、全く普通の子供のためのプログラムに入る場合もある。

結果だが、様々なマニュアルに従った検査については専門的なので、ここは著者らを信用して結論だけを手短にまとめると、次のようになる。

  • 子供も行動を診断するCBCLチェックリストの様々な項目について調べると、全項目を総合した結果、内向性を評価する結果、そして米国精神医学界のDSMマニュアルによる不安神経症の程度が、サッカークラブでプログラムを受けることではっきりと改善した。
  • サッカークラブを経験したASD児は、サッカークラブセッション終了後も、他のプログラムに参加する傾向があった。
  • チームスポーツではあるが、コミュニケーションや社会性の改善ははっきりしない。ただ、CBCLによる社会性の問題は明らかに改善している。
  • 上記の変化はプログラムの強とあまり関係はなく、一般児と同じプログラムでも、ハンディキャップ児と同じプログラムでも同じ程度に改善が見られた。

結局最後までプログラムを受けられたASD児は20人足らずになってしまったため、統計的に結果を信用できるのかどうかなどいろいろ問題はありそうだが、おそらく上手にプランされたチームでやるスポーツは受けさせてみる価値があるという結論になる。

しかしこのためには、上手に管理されたプログラムが必要だ。日本のサッカークラブの現状は知らないが、サッカーの上手な子供を育てることが目的になっていて、なかなかASDの子供まで受け入れる余裕はないのではないかと思う。また、一般児のプログラムにASD児が参加するのを、クラブや親が許すかどうか疑問だ。しかしわハンディキャップを持った子供たちの身体機能や精神機能の促進にも一肌脱いでこそ、我が国もプロ野球大国、サッカー大国になれるのではないかと思う。そんなスポーツクラブが増えることを望んでいる。

3月9日 リンパ組織誘導細胞と神経細胞の相互作用(2月12日 Nature オンライン掲載論文)

2020年3月9日
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現役の頃、IL-7R機能を抑制するとパイエル板が欠損するという発見を皮切りに、吉田さんや、大学院生の本田さん、端さんたちと始めたのが免疫組織を誘導するLTi細胞についての研究だが、LTiが胎児期に腸管の特定の場所だけに集まるプロセスについては納得できる説明はできなかった。ただ、吉田さんたちが最初の場所決めは神経走行で決まるかもなどと話していたのを覚えている。

今日紹介する論文はこの分野をリードするDan Littmanの研究室からの仕事で確かにILC3(LTiも現在はこの呼び名で総称されている)が腸管神経と相互作用して腸内の状態を指示することを示した論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Feeding-dependent VIP neuron–ILC3 circuit regulates the intestinal barrier (食物摂取によるVIP神経とILC3の回路が腸管のバリアー機能を調節している)」だ。

この研究はILC3が神経刺激因子とともに、神経ペプチドに対する受容体を発現しているという「気づき」から始まっている。実際示された組織写真を見ると素人でもILC3が神経と密接に相互作用していることを想像する。

そこで、ILC3は主に血管に作用するとされているVIPの受容体(VIPR2)を発現しているので、次にILC3のVIPR2をノックアウトすると、炎症性のサイトカインとともにバクテリアに対するバリアー機能を誘導するIL-22の発現が高まっていることを発見する。

次に本当にVIPを分泌する神経細胞がILC3のIL-22産生に関わるかどうか、CNOで刺激できるようにVIP神経の遺伝子を改変し、VIP神経を刺激すると、IL-22の発現を抑えることを明らかにしている。すなわち、ILC3はVIP神経か興奮してVIPが分泌されると、その刺激を受けてIL-22分泌を抑えるという回路が明らかになった。

すでにIL-22は腸管上皮のバリアー機能を高めることが知られているので、VIP神経を刺激したとき病原菌に対する抵抗力が低下するかどうかを調べると、期待通りマウスの死亡率は高まり、バクテリアは腸のバリアーを超えて脾臓や肝臓に移行する。一方、VIP神経の興奮を抑えると、バクテリアからマウスは守られる。すなわち、VIP神経が興奮すると腸上皮のバリアー機能が低下する。

しかし何故わざわざこんな危ない回路が存在するのか。Littmanらは食事を取った後の栄養摂取を高める目的で、バリアー機能を一時的に抑えるのではと考え、摂食の日内変動を解消した上で絶食させたマウスに食事を取らせたときILC3が刺激されIL-22分泌が低下し、バリアー機能が低下すること示している。そして最後に、このバリアー機能の低下は脂肪吸収を高めることも示している。

以上が結果で、神経―ILC3回路が食事で刺激され、バリアー機能を抑えて栄養摂取を高めることが明らかになった。うまくできているようだが、その結果リスクも高まり、腸内細菌叢、ILC3、神経細胞、そして食事という複雑な回路が出来上がったと考えればいいだろう。発生初期のパイエル板場所ぎめにも神経が関わる確率は高まった。

カテゴリ:論文ウォッチ