2020年1月25日
新型コロナウイルス2018-nCoVに感染した患者さん41例の臨床経過についての論文が最新のThe Lancetに発表されたので、簡単に紹介しておく。
経過
武漢海鮮市場で原因不明の肺炎が発症したという報告を受け、まず1月1日市場は閉鎖、その間に59例の疑わしい症例が、12月31日より隔離体制が整った指定病院への入院が始まった。これと並行して、医師、疫学、ウイルス学の専門家チームが編成され治療と研究に当たっている。
1月2日にはウイルス配列に基づく診断法が確立され、59例中41例が新型ウイルス感染と確定されている。最初の41人は全員成人で子供はいない。半数が、海鮮市場で直接働いていた。
症状
SARSなどと同じで、呼吸器症状で始まる。鼻水が出たり、頭痛がしたりという風邪症状はほとんどなく、発熱(98%)、咳(76%)、筋肉痛と疲労感(44&)が主症状。恐ろしいのは、入院後早期に半数の患者が呼吸困難を訴え、重症の肺炎であることがわかる。さらに、21%では急性呼吸逼迫症候群ARDSが起こる。今回報告された41症例のうち11症例がARDS、最終的に6例(15%)が亡くなっている。
検査としては、白血球減少、リンパ球減少、GOT、GPT上昇、凝固障害などがみられ、血栓が進行している可能性が示唆される。また、炎症性サイトカインの上昇が見られるが、エボラの様な強烈なサイトカインストームではなさそうだ (イタリック部分は西川の勝手な想像)。
対策
現在のところ、感染症に対してははっきりした対策はない。レスピレーターによる呼吸管理だけが可能な対策になる。
SARSなどの経験から、コルチコステロイド治療は、病気の進行を遅らせても、死亡率を改善できないこと、核酸アナログのレムデシビルの治験を進めていること、そしてMERSで治験中の抗エイズ薬の結果に期待を寄せている。
X線写真所見は省いたが、普通の医師なら見落とすことはまずないだろう。コンパクトにまとまった論文で、この病気をよく理解できた。
2020年1月25日
今日の朝からSSL暗号化の作業のため、新しいアップロードが26日朝まで難しくなる。これに備えて、1日2報づつ紹介して穴が開かない様努力してきたがやはり流石に疲れる。そこで25日は気楽に、昨年のウガンダ旅行との関わりだけで選んだ。
ウガンダ旅行でのゴリラの写真はすでに紹介したが(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/11390)、もう一つの目的はキバレで野生のチンパンジーを観察することだった。図は2匹のチンパンジーがグルーミングしているところを撮影したものだが、オス同士がこの写真の様に強い絆を形成するのがチンパンジーの特徴だ。
今日紹介するテキサス大学からの論文は昨年私たちが行ったキバレのチンパンジーを1年間観察して、この男同士の友情がどう形成されるか調べた論文でAmerican Journal of Primatology にオンライン出版されている。タイトルは「Adolescent male chimpanzees (Pan troglodytes) form social bonds with their brothers and others during the transition to adulthood (思春期のチンパンジーも兄弟や他のオスと絆を形成する)」だ。
このホームページ内に言語の誕生について調べたノートをアップしているが(https://aasj.jp/news/lifescience-current/10954 )、この中にチンパンジーの狩が、一見集団で行われている様に見えても、基本は自分が獲物を先に捕まえて食べることだけを目的にしていることを紹介している。すなわち、捕まえたらいち早く群れから離れて自分で肉を食べる。ただこのときも、絆を形成しているオスとは餌を分け与えるらしい。
この絆が形成されるルールを観察から探ったのがこの研究で、
オス同士での絆形成は思春期から始まる。 絆は、同じ群れにいつもいる(association)、近くに一緒にいる(proximity)、そしてグルーミングをし合うの3段階に分かれるが、絆が強くなる関係ほど、血縁関係とは相関がなくなる。 絆を形成する相手の年齢は決まっていない。 例外的に、父親とグルーミング関係を成立させる若いチンパンジーも多い。
結果は以上だが、このために1年間の精密な観察が行われているし、遺伝子検査による血縁関係まで調べられているので大変な研究だ。父親とのグルーミング関係は予想外だった様で、今後この観察を軸に、どう相手が選ばれ、なぜ強い絆は兄弟では結ばれないのかを説明するモデルが形成されるのだと思う。
この論文を読んで、私たちが観察したチンパンジーの群れが、大きな群れのサブグループであることも勉強できた。個人的には、父親とのグルーミング関係は、フロイトのエディプスコンプレックスを反映した階層関係なのか、それともチンパンジーは父親とは競争関係が成立しないのかが一番気にかかる。
2020年1月24日
昨年サイエンス誌の選んだ2019年のブレークスルーの一つに、我が国の海洋研究開発機構および産総研がAsgardアーキアの培養に成功したことが選ばれたことを紹介した(https://aasj.jp/date/2019/12/21 )。この時はまだ正式な論文は出ておらず、プレプリントが発表されただけだったが、ついに1月15日Natureオンラインに発表された。タイトルは「Isolation of an archaeon at the prokaryoteeukaryote interface (真核生物と原核生物の中間にあるアーキアの分離)」だ。
海洋の浮遊している生物のDNAを網羅的に解析するメタゲノム解析が進み、真核生物と原核生物を橋渡しするAsgardアーキアの存在がスウェーデンのグループによって確認されたのは2017年のことだ(https://aasj.jp/news/watch/6362 )。しかし今日紹介する論文を発表した井町さんたちは、なんとそのずっと前2006年から深海沈殿物から生きた細菌を分離しようと試みていた。
最初から成算があったのかわからないが、沈殿物をメタンだけが供給されたバイオリアクターでなんと5年半培養を続け、様々な生きた細菌が増殖しているのを確認する。こうして培養されたバクテリアの集団を、今度はバクテリアの増殖を防ぐ抗生物質を加えた単純な培地で1年以上培養、ちょっと濁りが出てきた試験管の培養、継代を続け、始めてから12年してついに、メタノゲニウムと生きたアーキアだけがゆっくり増殖する培養に到達している。
12年という時間には本当に頭がさがる。しかし、そのおかげでゲノムから推察するだけではない、生きたアーキアが得られ、MK―D1と名付けている。MK-D1は自律的に生存できないため常にメタノゲニウムの存在が必要で、ゲノム解析からわかる代謝システムから、共生しているバクテリアからアミノ酸を取り込んで、エネルギー源や有機物合成に利用している。
何よりも重要なのは、MK-D1ゲノムが、他の原核生物と比べ最も真核生物に近い点で、ついにメタゲノム解析から推定されていたAsgardアーキアが分離されたことになる。
実際、真核生物に特徴的な細胞骨格分子などがMK-D1には存在している。しかし驚くことに、細胞内小器官は存在しない、共生で生きる様進化した極めてシンプルな生物であることがわかった。
アクチンなど原核生物にはなかった細胞骨格のおかげで、代わりに長い突起を細胞から出しており、また細胞小胞を出芽させることができる。この特異な構造が、おそらく共生や、細胞毒の酸素を処理してくれるバクテリアとのコミュニケーションに重要な役割を演じていると著者らは考えている。
すなわち、真核生物の誕生はリン・マーギュリスが考えた様に、アーキアがバクテリアを飲み込むのではなく、触手が巻きついた様な構造がまずでき、それが一つの細胞へと変化することで進むことを示している。
他にも面白い話はまだまだ出てきそうだが、メタゲノムで開いた入り口からついに家の中に入ることができたと言った素晴らしい研究だと思う。何よりも、次は試験管内で真核生物を作る研究が可能になる。期待したい。
2020年1月23日
今日Natureにも、Ewen Callaway とDavid Cyranoskiが、中国の新型コロナウイルスの現状についてうまくまとめてくれているので紹介する。この記事でも、科学者たちが大車輪でウイルスの本態を捕まえようと努力しているのが伝わってくる記事だが、5つのquestionに分けて解説している。
どの様にウイルスは伝染するのか?
すでにヒトからヒトへの感染は確認されている。あとはどの程度流行するかだが、ロンドン王立大学の疫学者Fergusonは、今後の経緯を科学的に分析することが、今後の広がりや流行期間の推定に必要だと述べている。
2、ウイルスの致死性?
最初、高い頻度で肺炎が併発するのを観察して武漢のウイルスが極めて悪性ではないかと心配されたが、この心配は少し和らいだ。500人の患者さんのうち17人が亡くなったが、これはSARSの致死率11%よりは良さそうだ。ただ、結論するのは早計だ。
3、ウイルスの由来
SARSはジャコウネコに由来したと推定されいるが、武漢ウイルスもDNA配列から、動物からではと考えられている (これについては最も最初のオリジンは蛇だとする中国からの論文を紹介した:https://aasj.jp/news/lifescience-easily/12238 )。蛇が最初にしても、配列から様々な動物を経て進化してきたのではと推察されている(http://virological.org/t/preliminary-phylogenetic-analysis-of-11-ncov2019-genomes-2020-01-19/329 )。ただ蛇も含めてウイルスに感染している動物は特定されていない。
4、ウイルスのDNA配列からわかること
中国とタイの研究者が、19系統の武漢コロナウイルスの配列を決定している。たしかに2週間でここまで進むことは、迅速な体制がアジアでできていることを示している。これまで決定された配列は多様性が少なく、11月に発生してから突然変異はまだ蓄積していないことを示している。今後、ヒトからヒトへと感染したケースを調べることで、人間にとってさらに危険なウイルスへと進化するかわかると期待されており、ウイルスの配列決定をできるだけ多く集めることが重要。
5、抗ウイルス薬は開発できるか?
SARSも武漢の新型コロナウイルスも同じ受容体を使って細胞内に侵入することが突き止められており、うまくいくとこれを抑制する薬剤や抗体の開発が可能かもしれないと、中国国立技術研究センターで開発が試みられている。
以上よくまとまったタイムリーな記事だ。
2020年1月23日
新型コロナウイルスの話は今やニュースの見出しトップに踊り上がっている。しかしヒトからヒトへの感染が可能になったという話以外に目新しい話はない。結局米国CDCのアドバイスに従って、なるべく人混みは避ける、家では石鹸で丹念に手を洗う以外、今のところ感染予防の方法はない。
しかし科学者は緊急体制で研究を続けており、刻々と新しい情報が入ってくる。例えば新型ウイルスの遺伝子配列はWHOから1月10日に発表され2019-nCovと名付けられた。
中国は正確な患者数を隠していたが、国際的圧力で慌てて正確な数を発表したという話が流布している様だが、ウイルスゲノムが1月10日に発表されたとしたら、それまでは正確な患者数など出せるわけがない。それから2週間の間に正確な診断が可能になったということだと思う。
ウイルスゲノムの特定により急速に研究は進んでおり、なんと今日Journal of Medical Virologyに中国北京、武漢、南寧のグループから、新しいウイルスが蛇由来ではないかという論文が発表された。おそらく一般の皆さんは、このスピード感に驚かれるのではないだろうか。
報道にもある様に、最初の患者さんたちは武漢の海鮮市場で様々な動物に触れていた人たちだ。しかし、どの動物からもまだ新しいコロナウイルスと同じウイルスは発見されていない。ただ、新型ウイルスの配列でのコドンの使われ方(核酸に対応して3つの核酸の並びがコドンとして使われますが、1つのアミノ酸に対するコドンは複数存在します。ただ、動物ごとにどのコドンを使うかのくせがあるので、このくせから動物の由来を特定できる場合があります)と新型ウイルスでのコドンの使われ方を比較することで、ウイルスの最初の由来を特定することが可能だ。この研究では新型ウイルスと多くの動物でのコドンの使い方のクセを調べ、なんと蛇のクセに最も近いことを明らかにした。
人間に感染するために変化した場所もわかっているので、今後蛇から人間への経路も明らかになると期待される。
2020年1月22日
チェックポイント治療(CPT)が始まってわかったことは、私たちの免疫システムが自己に対して牙を剥かない様に何重ものチェックポイントが設定されていることだ。ノーベル賞を受賞したCTLA4やPD1だけでなく、ポジティブ、ネガティブ合わせて多くの分子がこの調節に関わることが知られている。
今日紹介するダートマス大学とベイラーカレッジの共同論文はこの中の一つVISTAの機能について調べた研究で1月17日号のScienceに掲載された。タイトルは「VISTA is a checkpoint regulator for naïve T cell quiescence and peripheral tolerance(VISTAはナイーブT細胞の静止期とトレランスの調節分子)」だ。
この論文を読むまでVISTAのことはおとんど何も知らなかったが、B7ファミリー分子でチェックポイント分子の一つと言える。ただ、免疫反応の途中で反応細胞を疲弊させるPD1のように抗原刺激後発現するのではなく、まだ刺激を受けていないT細胞に広く発現していることが知られている。
これまでVISTAノックアウトマウスは自己免疫病になることが知られており、チェックポイント分子であると考えられていたが、ナイーブT細胞での機能はまだはっきりとしていなかった様だ。この研究ではVISTAノックアウトT細胞をsingle cell trascriptomeで調べ、VISTAが欠損すると静止期のT細胞が消失し、活性化された記憶タイプのT細胞になること、また転写レベルでVISTAノックアウトでは静止期の維持に関わるKLF2などを含む様々な分子の発現が低下することを発見する。
次に、ATAC-seqを用いてVISTAの下流で変化する遺伝子のクロマチン構造を調べ、静止期を維持する様々な分子のクロマチン構造がVISTA刺激によりonになることを明らかにする。すなわち、VISTAは免疫反応の最初に、抗原により刺激されたT細胞が強い反応を起こすのを、クロマチン構造の修飾を変化させることで、量依存的に抑えていることが明らかになった。
最後にVISTAを活性化するモノクローナル抗体を作成し、この抗体でナイーブT細胞を抗原存在下に刺激すると、T細胞がアポトーシスを起こして死滅し、生体内で自己抗原に対して反応が起こるのを止めることを明らかにしている。作成が難しいのか、抑制的に働くモノクローナル抗体は作成できていない。
以上の結果から、VISTAが抗原刺激初期のチェックポイント分子で、細胞を静止期に止めるとともに、抗原シグナルに応じて細胞死を誘導することを明らかにし、その後CTLA4、PD1と異なるステージを調節するチェックポイント分子が使われる階層性を持つことを示している。
また、活性化型の抗体を使った研究は、今後自己免疫を抑えるための手段としてこの抗体が使える可能性を示唆している。あるいは、臓器移植時にこの抗体でVISTAを刺激しトレランスを誘導できるかもしれない。一方、もし可能なら抑制型の抗体も作り、免疫初期段階でチェックポイントを外してがん免疫をより高めるという研究も可能になるかもしれない。しかし、免疫はなんと重装備のシステムなのか、驚きを禁じ得ない。
2020年1月22日
この歳になっても、なかなか老境を楽しむほど達観はできていない。少しでも体力が保てるなら努力はしようと思う。しかし、何をすれば一番いいのはっきりとしている方法はない。世の中、アンチエイジングをうたう製品であふれているが、エイジングに効果があることを示すには、長期間の観察が必要だが、その様な科学的な調査に基づく老化を抑える方法の数は多くない。
もう一つ重要な問題は、集団の平均と、集団を形成する個人との結果が一致しないことが多い点だ。たとえば、英国のチャーチルはヤルタ会談出席者の中では最も太っているように見えるが、91歳まで生きて卒中で亡くなっている。したがって太っているから老化が早いという話も、平均値としては言えても、個人に当てはまらないことが多い。結局老化を測るためのマーカーがない。よくあなたの●●年齢はなどと老化度を測ることが行われているが、一つの指標で一喜一憂するのは馬鹿げている。
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は106人の健康人(病気ではないがメタボも含まれている)の血清、血液細胞、便細菌叢、鼻腔細菌叢などのオミックス検査を最長4年にわたってほぼ3ヶ月ごとに調べて、平均値としての老化と、個人の老化について比べた研究で1月号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Personal aging markers and ageotypes revealed by deep longitudinal profiling (継時的・徹底的プロファイリングにより個人の老化指標と老化型が明らかになる)」だ。
これまで一つの指標について老化を調べることは行われてきたし、最近では様々な検査を組み合わせたオミックス解析も行われ、老化が代謝、免疫などいくつかの独立した経路で進むことが示されてきた。この研究でも、血液、便、鼻粘膜の3種類のサンプルで調べられることは徹底的に調べた106人の結果から老化に伴う変化の指標を洗い出している。
平均値で見ると、例えば腎臓機能を示すGFRが年齢とともに低下するなど意外な結果が見られたが、これまでの研究とあまり違いはない。面白いところでは、PDGF-BBやVEGF-Dなどが老化とともに上昇するのも、繊維化が進むことを考えるとなんとなくわかる。基本的には年齢と相関するマーカーのほとんどは代謝に関係しており、その4割が脂質にかかわる点も理解できる。腸内細菌叢ではクラスター4のクロストリジウムの割合も重要なマーカーになる様だ。
その上で、これらの指標について参加者一人一人での変化を少なくとも2年以上にわたって追跡している。たかだか2−4年の間にはっきりとした変化が見られるのかと懸念するが、多くの指標を組み合わせて追跡すると、ほとんどの人でしっかり変化が追跡できる。面白いことに、数人ではあるがこれらの指標から変化が逆方向、すなわち若返り方向に進んだ人が発見されている。この人たちの詳しい解析は、若返りを望む人には重要だが、あまり詳しく示されていない。
食事や運動など生活習慣と老化度を調べているが、今回個人レベルでの総合的変化はほとんど生活習慣との関連が認められなかった。一方、例えばA1Cの様な一つ一つの指標で見ると、もちろん体重を落とすなどの効果はしっかりわかる。
どの経路が最も変化するかは人それぞれで、この研究では、免疫、代謝、肝臓機能、腎臓機能についての変化を年齢と相関させているが、免疫系の変化は最も多くの人で見られる。
結果は以上で、要するに一人一人老化は、単純に平均値を反映しないこと、また老化の方向性もひとそれぞれという常識的な結論で、残念ながらアンチエイジングのヒントはないと言っていいだろう。
やはり2−4年は短すぎる。今後同じ集団をさらに長期に追跡することが期待される。しかし、老化度のオミックス検査はある程度可能だと思う。
2020年1月21日
繰り返すが、オブジーボなどのチェックポイント治療(CPT)が有効性を発揮するにはまずガンに対して免疫が成立している必要がある。ただ動物モデル実験系なら可能でも、実際の臨床例でガンに対する免疫が成立しているかどうかを見極めることは簡単でない。特に、オプジーボは最後の頼みとして使われることが多く、その前の治療により免疫機能は大きく変化させられていることが多い。ところが最近になって、CPTから始め、その後で手術するアジュバント治療や、治験レベルとはいえCPTを最初に用いた治療が始まっている。この様な患者さんでは、他の治療の影響を除外できるので、純粋にガン免疫が成立しているための条件を調べることができる。
今日紹介するテキサスMDアンダーソンがんセンターからの論文はチェックポイント治療を最初に使った後手術を行ったメラノーマの症例を追跡して、効果が見られた群と見られなかった群に分け、それぞれの腫瘍組織の遺伝子発現から、効果が見られた群に特徴的な変化を調べ、CPTが効くガン組織の条件を探った研究で1月15日Natureにオンライン出版された。タイトルは「BCPT cells and tertiary lymphoid structures promote immunotherapy response (B 細胞と3次リンパ組織様構造が免疫療法への反応を促進する)」だ。
この研究ではまず、CPTの効果が高かった患者さんのメラノーマ組織にはB細胞が特に目立つことを発見している。そこで、B 細胞に関わる遺伝子発現が高かった腫瘍組織を組織学的に調べると、B 細胞が腫瘍内をびまん性に浸潤するというのではなく、腫瘍組織内にリンパ節と同じようなT、B、マクロファージなどが集積したリンパ組織を形成していることを発見する。
こうしてできた3次リンパ組織様構造を形成するB 細胞についてsingle cell trascriptome解析を行うと、B細胞数が多いだけでなく、特定の抗原特異的抗体遺伝子クローン増殖をしていることがわかる。残念ながら、この抗体がガン特異的かどうかはわからないが、特定のクローンが増殖していることは、B細胞自身が3次リンパ組織様構造形成に寄与している可能性を示唆している。
最後に主要組織のB細胞と、末梢血中のB細胞の遺伝子発現をCyTOFを用いて調べ、CPTに反応した患者さんの主要組織には記憶型B細胞が存在している一方、末梢血には記憶型B細胞はほとんど存在しないことが明らかになった。また、リンパ節の胚中心に見られる増殖しているB細胞も主要組織に見られることを示している。
以上が結果で、ではB細胞がリンパ様組織形成に関わっているのか、ガンに対する抗体を作っているのか、あるいは抗原非特異的にガン特異的T細胞を誘導しているのかなど、重要な問題は人間の組織解析からだけではわからない。今後モデル動物で検討が必要だろう。
いずれにせよ、もし腫瘍組織内にこの様なリンパ組織様構造が形成されることがガン免疫成立に必要でそれにB細胞が関わっているなら、一種のリンパ組織インデューサー細胞としてB 細胞が働けることを示唆している。実際、リュウマチの関節にも同じような3次リンパ組織様構造が形成される。これらのことを勘案すると、腫瘍組織内に様々な操作を加えて免疫を誘導する免疫方法をもっと積極的に試みてもいい様に思う。
2020年1月20日
今私たちは食やサプリメントの宣伝に囲まれ、この宣伝だけを頼りに自分に何が必要か選択を迫られている。様々な治験研究を紹介する目で見たとき、私が一番問題に思うのは、元気な俳優さんが使っているということだけで、効果があると錯覚させる宣伝手法だ。もちろん臨床テストと称するものも行われている製品もあるが、例えばFDAの基準をクリアできる製品がどの程度あるのだろうか。
安全なら目くじらをたてることはない。消費者は満足していると声が聞こえる。しかし、現状をみてなぜ心配しているかというと、本当は食こそ21世紀の重要な研究分野になると確信するからだ。もしこのトレンドを理解できず、マーケティングで売ればよいと、本当の開発を怠ると、おそらくあっという間にトレンドから取り残されるだろう。
21世紀、食の研究が時代をリードするという予想はNature紙も同じようで、人間の行動を扱うNature Human Behaviourに続いて、Nature Foodが今年創刊された。創刊号をざっと見渡したが、掲載されたオリジナル論文の数はまだ少ない。記念すべき最初の論文は、オメガ3脂肪酸の世界的不足をどう解決するのかについてアイデアを示したノルウェー大学からの論文だった。タイトルは「Systems approach to quantify the global omega-3 fatty acid cycle(オメガ3脂肪酸の世界規模のサイクルを計量するためのシステムアプローチ)」だ。
オメガ3脂肪酸は脳や網膜の発生に欠かせない成分で、魚を多く食する我が国では十分摂取できるのだが、肉食が中心の多くの国では不足している。ではサプリメントでオメガ3を摂取すればいいという話になるが、これが本当に世界規模で可能かというのがこの論文のポイントだ。
すなわち、オメガ3脂肪酸は現在のところ魚から摂取するしかない。オープンアクセスなので図を参照することが可能なので、ぜひ図1をみてほしい(https://www.nature.com/articles/s43016-019-0006-0/figures/1 )。一番右が人間のオメガ3脂肪酸の消費だが、半分が養殖魚、半分が野生の魚に由来する(なんとそのうち3割は廃棄される)。そして、本当に必要な量を計算すると世界で140万トンなのに、漁業からではいくら頑張っても80万トンしか得られない。しかも、野生の魚の漁獲量は減少に転じている。とすると、この不足を埋めることは難しい。
著者らは、この問題をオメガ3脂肪酸の世界規模のサイクルの中で見ることで、解決策を見つけることができると提案している。そしてそれぞれの食物連鎖サイクルでのオメガ3の量を算出し、図1にはめ込んでいる。全く知らなかったのだが、魚のオメガ3脂肪酸の多くは、魚で合成されるのではなく、プランクトン、海藻、オキアミ、軟体動物などの下位の食物連鎖から吸収したものが中心だ。そして、この土台となるオメガ3脂肪酸の食物連鎖の量は、魚が摂取する量の150倍の大きなサイクルを形成しており、ほとんどは魚を通らず分解され、また合成されるというサイクルを形成している。すなわち地球の水系で進んでいるオメガ3サイクルは、全人類に供給しても有り余るほど存在する。
このグローバルなオメガ3のサイクルから、3つの解決策を最後に提案している。
オメガ3脂肪酸を魚からだけではなく、海藻、オキアミ、貝などの軟体動物から直接摂取する。 養殖も餌を与えないで、自然から調達する方法を推進する。 野生の魚を養殖の餌として使うのではなく、直接、あるいは油として人間が消費する。
メッセージは以上で、よく知らない分野なのでなるほどと感心したが、図1の数字が出てくる根拠などよくわからなかった。しかし、大きなレベルで私たちの食を見ることの重要性は理解できた。そして何と言っても人間がいかに食物連鎖の先端の先端で多くの無駄の上に栄養を摂取しているかよくわかった。
2020年1月19日
地球温暖化の原因の議論になると、二酸化炭素問題以外にも様々な原因があるからとする意見を論破することは難しい。しかし、化石燃料を使わない発電が50%をすでに超えたドイツなどを見ていると、二酸化炭素と温暖化の関係を積極的に認めることで、新しい産業がうまれ、送電網など新しいインフラへの投資が進んでおり、脱化石燃料の大きな割合を20世紀の象徴である原発に頼ろうとしている我が国には、後悔だけが未来に待っているように感じる。いずれにせよ、NatureもScienceも今年最大の注目点として、温暖化の深刻化がどう現れてくるのか、それに対して世界は前へと踏み出せるのかを挙げている。この2紙に限らず、温暖化問題を意識する論文は今年も多く発表されるだろう。
温暖化問題が動機となって行われる研究はいろいろあるが、今日最も紹介したいロンドン王立大学からの論文は、温暖化することでなんと事故死が増えることを示し、こんな見方もあるのかと少し虚をつかれた調査研究だった。タイトルは「Anomalously warm temperatures are associated with increased injury deaths(異常高温は事故死の増加を招く)」で、Nature Medicine 1月号に掲載された。
この研究では1980年から2017年までの、交通事故、転倒、水の事故、殺人、自殺などの事故死の数を調べ、それぞれの年齢分布や、発生時期の平均値を計算している。
全て米国の統計になるが、交通事故、殺人、自殺は若い層に多く、転倒は高齢になる程高まる。水死が7月に最も多いのはわかるが、面白いことに交通事故や殺人も夏に多い。
もちろんこんな統計だけならわざわざ掲載する理由もないが、2017年、シーズンを通して平均気温が1.5度上昇していたという点に注目し、この年にそれぞれの原因で亡くなった人の数は平均値と比べてどう違うのか調べている。驚くべき結果で、あらゆる原因の死亡が2017年は平均値より高い。もちろん、水死が年齢によっては10%以上も高いのは水遊びの機会が増えるからと思われるが、交通事故や殺人でも2%近く死亡が上昇している。
以上の結果から、今後地球温暖化が進むと、事故死が増えることが予想される。しかし、これは一人の事故死にとどまらない。事故による死亡は、訴訟の頻発も含めて社会的効果が大きい。これを侮ると取り返しのつかないことになるぞというのが、この論文のメッセージだろう。
もう一つ、これはトリビアといった類の話だが、地球最強の生き物クマムシも高温には弱いことを示したコペンハーゲン大学からの論文でScientific Reportsに発表されている。タイトルは「thermotolerance
experiments on active and desiccated states of Ramazzottius varieornatus
emphasize that tardigrades are sensitive to high temperatures (活動及び乾燥状態のクマムシの熱耐性実験はクマムシが高温に弱いことを明らかにした)」だ。
クマムシが低温や乾燥に強いことは小学生でも知っているが、短い時間だと100度の高温に耐えることが知られていたらしい。ただ、種によっては30度前後でも長期間晒されると活動できないことが報告され、もしそうなら温暖化で暑い夏が来ることで、クマムシの個体数が減るのではないかと心配して、この研究を行なっている。
活動低下≒死として扱っているのは少し問題だが、結果は明確で実験に用いられているクマムシは、乾燥すると高い温度にも耐えられるが、活動している状態で37度に24時間さらすと、なんと50%が死んでしまうという結果だ。
著者らによると、この温度ならデンマークでさえもありうる温度で、当然連日35度以上が続く我が国なら、クマムシの活動性は落ちる。全部死滅しなくても、活動が低下すると、繁殖も低下し、地球最強のクマムシすら温暖化で絶滅の危機に瀕するかもしれないという論文だ。
今年このような論文はまだまだ発表される予感がする。