7月27日:皮膚の感覚神経による炎症誘導(8月8日号 Cell 掲載論文)
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7月27日:皮膚の感覚神経による炎症誘導(8月8日号 Cell 掲載論文)

2019年7月27日
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炎症が起こると、発赤、浮腫、痛み、熱が局所に必ず起こることは、古くから知られた事実だが、この疼痛には炎症部位で分泌された神経作動性ペプチドや熱そのものに反応した痛みを感じる感覚神経端末が関わることが知られている。しかし、あくまでも反応の主体は、炎症刺激物質に対する組織反応で、神経の反応は従と考えられてきた。

ところが今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、純粋な神経刺激により特殊なタイプの炎症反応が局所に誘導できることを示した研究で8月8日号のCellに掲載された。タイトルは「Cutaneous TRPV1 + Neurons Trigger Protective Innate Type 17 Anticipatory Immunity (皮膚のTRPV1神経はIL-17型防御型自然免疫を予防的に誘導する)」だ。

TRPV1神経はカプサイシンに反応して痛みを伝達する神経の主役だが、我々は痛み刺激が続くだけで炎症が起こっても良さそうだと直感的に感じていないだろうか?この疑問に答えるため、この研究ではTRPV1神経に光感受性のチャンネルロドプシンを導入して、その皮膚にレーザーで光をあて炎症が起こるかどうか調べた。

実際には光で痛みも誘導するので、痛みを感じた全身の影響なども除外していく必要があるが、結論は予想通り、光をあてた局所だけで局所の炎症刺激物質が誘導され、IL-17A分泌を核とする炎症が誘導されることを発見している。この、神経刺激だけで炎症が起こるというのがこの研究のハイライトで、あとはそのメカニズムを解明している。

メカニズムをまとめると次のようになる。

  • TRPV1陽性神経の興奮は、端末でのカルシトニン関連ペプチド(CGRPα)の分泌を促す。
  • CGRPαはシナプスと同じで小胞に蓄えられ細胞外に分泌され、近くのIL17A分泌T細胞を刺激する。
  • これにより局所の炎症が誘導される。同じ神経は分枝の興奮も誘導する結果、炎症が光をあてた局所を中心の小さなエリアに広がる。
  • 神経刺激のみで、皮膚真菌に対する免疫が成立する。
  • この神経は局所の真菌感染でも興奮し、周りの炎症を誘導することで、真菌に対する予防的防御反応を起こすことができる。

ある意味で、なぜこのような研究がもっと早く行われなかったのか、不思議に思うほど明確なデータで、痛いという刺激だけで炎症が起こってしまうことがよくわかった。とはいえ、神経が細菌を感じているなど、驚いてしまう。このタイプの神経は他の場所にも存在すると思うので、同じシナリオが消化器などにも当てはまるのか、研究が進むと予想できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月26日 自閉症を隠す(7月23日号The Lancet掲載論文)

2019年7月26日
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比較的文化系マインドの強かった私は、精神科も進路の選択肢の一つとして考えていた。そのため、当時精神科の助教授をされていた高木隆郎先生の読書会に2度ほど出た覚えがある。高木先生は当時は珍しかった児童精神医学を専門に診療や研究をされていたが、ある時「治療と称して子供の行動を正常化させることが本当にいいのか、実際には良い子ぶった演技を強要しているだけではないのか」と疑問を呈され、新鮮に感じた覚えがある。大学をお辞めになってから開業され、今もお元気で診療しておられると思うが、卒業してからは一度患者さんを紹介した以外、お会いしたことはない。

前置きが長くなったが、今日紹介する英国キングスカレッジからの論文はまさに高木先生が指摘された、自閉症児が一般の人に合わせるため自分を演じているのかどうか、成人した自閉症の人々に直接たずねた研究で7月23日号のThe Lancetにオンライン出版された。タイトルは「Compensatory strategies below the behavioural surface in autism: a qualitative study (自閉症の行動の表面に隠れた代償戦略:定性的研究)」だ。

まず告白するが、紹介するのが難しい論文だ。研究では、自己診断も含めて18歳以上の自閉症症状を持つと考えられる人たちにネットで呼びかけてアンケートに答えてもらい、全質問に答えた136人(医師による診断:58人、自己診断:19人、特に自閉症と診断されたり自覚もないが社会に適合しにくい:59人)について、分析を行ったものだ。

結果は予想した通り、自閉症的傾向は決して自覚されないわけではなく、社会的規範に合わそうと様々な努力を行っていることを示している。成人して症状も軽くなった後とはいえ、自閉症を社会性の欠如と単純に決めつけることの間違いを指摘するものだ。このように社会に適合しようとする代償努力は、自閉症の診断が遅れたり、いじめの対象になったりの原因になり、診断や治療を考える上で必須の条件になると結論している。

実際私たちだって、社会に合わせるために自分を演じるし、良い子ぶるのが普通だ。その意味で、自閉症はあくまでも自閉症スペクトラムとして神経多様性として捉えることを改めて認識させる論文だった。

これ以上の紹介は難しいので、アンケートの回答に書かれていた「演じる」努力について抜き書きして終わる。

「いつもどう答えるか考えています。」

「話すときは、外国語を話しているようです」

「実際の行動と心は違うのに、周りの人にはそれはわかりません」

「人と付き合うのは多くの問題がありますが、わからないよう隠しています」

「他の人の行動パターンをよく観察し、それを真似するようにしています。」

「演じるのは必要だからで、人間がいかに残酷か嫌という程経験しています。」

「私と同じ言語を持つ自閉症の友達とは驚くほどうまくやれます。一般の人でも目をそらしても気にしないほとは付き合いやすいです。」

「社会に出て初めて自分が自閉症気味だと気付きました。」

「いつも自分を演じていることを自覚しています」

これはほんの一部だが、心のバリアーを外す必要があるのは、まず私たちの脳からだと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月25日 ボルバッキアによる蚊の撲滅(7月25日号Nature掲載論文)

2019年7月25日
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今でこそ我が国の蚊に媒介される伝染病の危険は無くなったが、私たちの子供の頃は当たり前で、特に日本脳炎は最も恐ろしい伝染病だった。小学校時代は京都市に住んでいたが、水たまりを消毒してボウフラがわかないようにするため、消毒液がまかれていた思い出があるし、もちろん日本脳炎の予防接種は全員がうけた。その後都市化が進むとともにいつの間にか、日本脳炎と蚊の恐怖は私たちの社会から消えたが、今も多くの国で蚊が伝染病を媒介し、その撲滅が待たれている。

今日紹介するミシガン州立大学からの論文は特定の蚊をボルバッキア感染で起こる細胞質不適合性によって撲滅できるか行われた野外実験で7月25日号のNatureに掲載された。タイトルは「Incompatible and sterile insect techniques combined eliminate mosquitoes (昆虫の不適合と不妊テクノロジー両方を合わせることで蚊を撲滅する)」だ。

私たちの頃は蚊の撲滅というと水たまりのボウフラを撲滅することだった。もちろんこれも行われていると思うが、ジャングル地帯ではこれには限りがある。そこで考えられているのが、一つは人工的に作成した不妊のオスを野生のオスと競合させ、蚊の発生を抑える方法と、もう一つが蚊に寄生しているボルバッキアが誘導する細胞質不適合性と呼ばれる現象を利用する方法だ。

詳しいメカニズムについては勉強していないが、細胞質不適合性とは不思議な現象で、ボルバッキアに感染した精子が、同じボルバッキアに感染した卵子以外は発生させない現象で、ボルバッキアが自分に感染した昆虫だけを増やすための一つの戦略だと考えられている。

もしその地域に存在しないボルバッキアの感染したオスを野外に放つと、その精子により受精した全ての卵子は発生できないため、化学物質を用いずに蚊を撲滅することが可能になる。

この研究ではまさにこの可能性が実験室および野外で確かめられた。

まずウイルスを媒介するヒトスジシマカに他の種のボルバッキアを感染させ、実験室で感染したオスを大量に生産する体制を整える。こうして生産したオスが、新しい蚊の発生をほぼ完全に抑えることを実験室で確認した後、次に野外実験に進んでいる。

次にこうして用意したオスの蚊を限られた地域に放って、他の地域との蚊の発生をモニターすると、蚊の発生を抑える一定の効果が認められている。ただ、完全な効果を出すためには、できるだけ多くのオスを放つ必要があるが、その時同じボルバッキアに感染したメスの蚊が混じってしまうと、今度はそのメスから蚊が発生することになり、撲滅は望めない。ただ、メスが全く混じらないようにするのは簡単でない。

そこで、ボルバッキアに感染した蚊を生産する際、蛹の段階で放射線を与えて、生殖能力を落として、メスが混じっても発生しないようにした上で、さらに大量のオスを同じ地域に放つ実験を行い、ほぼ100%の蚊の発生を抑えることに成功している。そしてなによりも、その地域で蚊に刺される頻度が劇的に下がったことも示している。

これ以外も放ったオスと、野生のオスの数の変化や、卵の孵化確率、ボルバッキアを持つメスが野外で維持される率などを調べているが、詳細は省く。基本的には実用段階に達したという結果だ。

あとは実際に大規模な実証実験を行うかどうかだが、実際のところやってみないとわからないだろう。結局は、一つの方法に頼らないことが重要になるように感じるが、ワクチン接種と並行して進めれば、期待できると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月24日 性差をゲノム全体から考える(7月19日Science掲載論文)

2019年7月24日
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平等の意味は、男女平等を考えるとよくわかる。すなわち身体から精神まで、男女差が存在することは明らかだが、平等とはこの差を無視することではなく、この差を認識しつつそれを克服することになる。この時克服すべき男女差は、遺伝的な差異になるが、これを正確に定義することは意外とできていない。というのも、私たちは性差というと、性染色体の遺伝子発現の違いと思ってしまうが、実際にはこれだけでは説明できないことがわかっている。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文はまさにこの問題を、人間、サル、マウス、ラット、イヌの5種類の動物の様々な細胞について、オスとメスで発現に差がある遺伝子を丹念にリストし、そのリストから性差について調べた研究で7月19日号のScienceに掲載された。タイトルは「Conservation, acquisition, and functional impact of sex-biased gene expression in mammals (哺乳動物での性差のある遺伝子発現の保存、獲得、そして機能的インパクト)」だ。

この研究では5種類の動物の12種類の組織での遺伝子発現がオスメスで違っている遺伝子をデータベースや自分の実験から調べ、最終的に全部で4000近い遺伝子を抽出している。

重要なことは、性差の認められた遺伝子の8割以上が常染色体上に存在しており、オスメスでの発現差は最大でも2倍程度にとどまっている。

研究ではまず、この性差が種分化過程でどう変化したかを調べ、23%程度は北方真獣類共通に見られるが、残りの77%は種分化が始まってからそれぞれのラインで新たに生まれたことがわかった。

次に、北方真獣類共通に性差が保存されている遺伝子の多くは、オスメスの体格差に関わる遺伝子で、筋肉、脂肪組織、下垂体に発現が見られる。また、これまで人間のゲノム研究から体格に関わることがわかっている多型と強く関係している。すなわち、体の大きさなどの差は、多くの遺伝子の性による小さな差が集まって形成されることがわかる。

実際、オスメスの差に関わる遺伝子は、特定の生物学的プロセスごとにまとまっている。例えばメスの大腸や甲状腺で発現が高い遺伝子群はなぜか免疫反応に関わっているし、脂肪組織で高い遺伝子はミトコンドリアの翻訳に関わっている。詳細は省くがオスにも同じように性差を示す遺伝子と特定の生物学的プロセスとの相関が見られる。おそらく、これらの情報は様々な病気の男女差を考える上で最も重要な情報になると考えられる。

最後にこれらの性差のある遺伝子発現に関わる遺伝子調節領域を探索し、約6000種類の性差発現に関わる83箇所を特定している。そして、これらが実際に性差に関わることを、転写因子の結合プロファイルを集めたデータベースを用いて探索し、調べた多くの領域で、性差に関わる変化がおこると、それに伴う転写因子の結合が変化することも確かめている。また、一部の遺伝子については、遺伝子改変を行い、それによりオスとメスの性差を説明する転写の変化を誘導できることも示している。

以上、地道で膨大な研究だが、目的がわかりやすく、特に種特異的な性差に切り込んでいる点で、今後様々な男女の生物差を私たちの社会が克服するためには重要なデータになる気がする。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月23日 アルツハイマー病発症に関わる新しい分子(7月15日Nature Neuroscience掲載論文)

2019年7月23日
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アルツハイマー病(AD)のメカニズムについては、最近急に様々な説が提案される様になった印象がある。この状況は、βアミロイドを標的にした抗体薬や、BACE阻害剤の臨床治験の相次ぐ失敗による重い気分を振り払って、ADもいつか科学的な治療法が開発される期待を膨らませてくれる。

今日紹介するマドリッド自治大学からの論文はそんな希望の研究の一つで、これまでとは違うアルツハイマー病治療標的についての研究で7月15日号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Elevated levels of Secreted-Frizzled-Related Protein 1 contribute to Alzheimer’s disease pathogenesis (Frizzled Related Protein 1の上昇がアルツハイマー病の病気発症に貢献している)」だ。

タイトルからわかる様に今回標的の一つとして特定された分子が分泌型Frizzle Related Protein 1(SFRP1)で、Wntシグナルの阻害と、マトリックス分解酵素ADAM10の阻害の両方の機能を持っている。この研究ではADAM10がβアミロイドを切断する能力を持ち、この分子異常がAD発症に関わるというこれまでの報告に注目し、ADAM10を阻害するSFRP1がADのβアミロイド沈着に関わるのではと着想した。

この可能性を確かめるために組織学的にADでSFRP1が上昇しているか検討し、期待通りSFRP1レベルが上昇、しかもアミロイドプラークに沈着していることを確認する。

次に試験管内でβアミロイドとSFRP1が相互作用して、アミロイドの切断が阻害されることを確認する。

あとは実際にSFRP1とAP発症が関連するかどうか、まずマウスADモデルで確かに脳内でSFRP1のレベルが上昇し、βアミロイドとAFRP1が結合していることを確認した上で、SFRP1を脳で過剰発現させるとADが誘導できるかどうか調べ、実際アミロイドプラーク形成が上昇し、病理的ADが進行することを確認している。

逆にADモデルマウスでSFRP1遺伝子がノックアウトされると、沈殿型βアミロイドの形成やプラークの形成が抑えられ、行動学上もADの異常が抑えられることを明らかにしている。

この結果を受けて、最後にSFRP1に対する抗体投与でAD発症が抑えられるか調べている。この実験で最も驚いたのは、抗体をビオチン化するだけで脳内移行が高められることで、毎週ビオチン化した抗体を静脈に注射するだけで、ADの発症が抑えられ、生理学的にもシナプスの長期増強が回復していることを確かめている。

以上、全く新しいというわけではないが、もう一つ新たなADの治療可能性が示された。

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7月22日 新薬は役に立っているのか?(7月10日号British Medical Journal 掲載論文)

2019年7月22日
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21世紀に突入して神戸先端医療財団の理事長だった井村先生のリーダーシップのもと、基礎研究と臨床を橋渡しする橋渡し研究を日本でももっと促進しようと、様々なプロジェクトが進んだ。私が関わっていた再生医学では、それが黄斑変性症やパーキンソン病のiPS治療として臨床研究につながり、その成果が問われようとしている。実際、あれから20年近く立って、論文を読んでいると、今や多くの薬剤が治験リストに入り、また新薬として世に出ている。

今日紹介するドイツ ケルンにある医療の質と効率を調べる研究機関からの論文は、では実際に医療の質を上げるためにどの程度の薬剤が貢献したのかを問う意見論文で7月10日号のBritish Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「New drugs: where did we go wrong and what can we do better? (新薬:何がうまくいかなかったのか、そしてどうすれば良くなるのか)」だ。

タイトルからわかる様に、新薬が我々の健康に貢献していないという結論がある。これは2011年ドイツ政府が新薬についての初期効果判定を導入して、既存の治療と新薬を、死亡率、罹患率、生活の質の面から比べたことに端を発している。

その結果216種類の新薬のうち、なんと115種類は健康に寄与しないと(効果とは別)と結論し、逆にはっきりと効果が見られたのは56種類にとどまったという結論をうけて、何が問題なのかを考察している。特に精神科分野、糖尿分野では悲劇的で、ベネフィットが認められたのがそれぞれ7%、17%に止まっている。もちろん既存の薬剤より悪いと判断された薬剤は2種類だけで、全ての新薬は効果が認められることは確かだが、医療上のベネフィットがないということが示されている。

しかも効果があると認められた薬剤のほとんどは、同じ原理に基づいているケースが多い。実際この調査でガン治療に効果があるとされた48種類は、全てPD-1かPD-L1に対する抗体薬で、結局は一種類といっても過言でない。しかし、48種類とは恐れ入る。この重複に費やされた資源を思うとゾッとする。

一方、ゲノム解析に基づいて利用される薬剤については明らかに効果が見られるが、対象となる人が少ないため寄与度が少なくなる。しかし薬剤コストを考えた上で、この方向はさらに追及が必要と思われる。

その上ででは何ができるかだが、

  • 薬剤の認可に必要な条件を厳しくすること、特に第3相治験への要件を高めることが必要。また、治験中のデータを早期に当局と交換することが重要。
  • 治験を効果だけでなく、健康へのベネフィットを評価できる方法を考案する。
  • 価格を実際のベネフィットに応じて評価し直せる仕組み。
  • 長期的には、薬剤開発の方向性をもっと当局がしめし、同じ標的に大きな資源が浪費されない様にする。
  • 現在稀な感染症やアルツハイマー病で用いられている、オープンソースモデルと呼ばれる共同開発を促進する。

以上、何れにせよ薬剤の効果を常に把握するための調査機関の重要性がよくわかる論文だった。我が国ではこれに当たる機関はどれなのか、ぜひ意見を寄せて欲しいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月21日 腸内細菌叢を指標に栄養失調治療食を設計する(7月12日号Science掲載論文)

2019年7月21日
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腸内細菌叢に関する論文は溢れかえっており、メディアもその重要性を伝える報道を行なっているが、あまりに増えすぎてただ流行りを追いかけている様な論文が圧倒的に多い。逆に流行りを追いかける泡沫研究が多いほど、優れた研究者が目立つことになる。そんな中の一人で、論文を読んでいつも一味違うことを感じるのがワシントン大学のJeffrey Gordonの研究で、特に開発途上国の低栄養に関する研究は地球を救うという強い意図が感じられる。

今日紹介する彼のグループの論文はバングラデッシュの低栄養の子供を徹底的に研究して治療食を開発する膨大な研究で7月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「Effects of microbiota-directed foods in gnotobiotic animals and undernourished children(腸内細菌叢を標的にした食品の無菌動物と低栄養児童への影響)」だ。

この研究では、まずWHOなどが推奨する食事療法で治療されたバングラデッシュの急性栄養失調の幼児343人を解析し、現在の食事療法では症状は一旦改善するが、完全に正常化せず、様々な指標で検出できる慢性的低栄養状態に移行してしまうことを発明らかにし、新しい補助食の開発の重要性を認識している。

ただどの様に補助食を開発するかが重要で、この研究ではそれを慢性的な低栄養に移行した幼児の腸内細菌叢の中の特徴的な細菌の組み合わせを移植した無菌マウスの成長を指標に、バングラデッシュで用いられている補助食を中心に作成した14種類の補助食をスクリーニングし、どの様な構成成分が良いかを調べ、地元にあった補助食を完成させている。書くのは簡単だが、細菌叢から生化学検査まで徹底的に調べており、調べる対象は少ないが、パラメータが多く薬剤開発と同じぐらい膨大な作業だと感心する。

また薬剤開発と同じ様に、プロトタイプにさらに細かい微調整を繰り返して最終的に補助食を完成させている。もちろん植物成分で開発途上国でも十分賄える値段を目標に開発されている。

さらに驚くのは、無菌マウスでの様々な検証に加えて、前臨床の最後に、無菌ブタに14種類の菌を移植して開発した補助食の効果を確かめ、体重の増加とともに血中アミノ酸の上昇が高まることを示している。

そしていよいよバングラデッシュの子供に対して3種類の補助食の効果を調べ、最終的にMDCF-2の開発に成功している。

なん度も繰り返すが膨大な実験と、この研究室ならではの多くのテクノロジーやノウハウの詰まった論文で、おそらくここまでのことができる研究室は他にはないだろうと思う。しかし、これだけの資源と努力を開発途上国の子供を守る研究に惜しげも無く投入しているのには本当に頭がさがる。

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7月20日 NK細胞に対する抵抗性が白血病の幹細胞を決める(7月18日Nature オンライン掲載論文)

2019年7月20日
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急性骨髄性白血病にも幹細胞が存在し、これが様々な治療に対する抵抗性の元凶であることをトロントのJohn Dickらが示したのは、ずいぶん昔のことだが、この結果はまだ治療に生かされていない。このため、骨髄移植が難しい高齢者の急性骨髄性白血病は根治のための方策が整っていない。

これまでこの白血病幹細胞(LS)を他の細胞から区別する様々なバイオマーカーが開発されてきたが、今日紹介するバーゼル大学からの論文はNK細胞の標的に発現しているNKG2D ligand(NKG2DL)がこれまで以上に利用価値の高いマーカーになることを示した研究で7月18日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Absence of NKG2D ligands defines leukaemia stem cells and mediates their immune evasion (白血病幹細胞はNKG2Dリガンドを発現せず、これにより免疫系から逃れている)。

これまで白血病幹細胞(LS)の治療抵抗性は、増殖能や生存といった観点から研究されてきたが、免疫中心に癌を考える様になった現在を反映して、この研究では最初から細胞障害性のT細胞やNK細胞に認識できないことがLSの条件だと決めて研究を行なっている。

これまでもガンの免疫回避とNKG2Dの関係を調べる研究はあったが、この研究ではNKG2D分子が認識できる全てのリガンドを網羅するため、NGK2D分子に免疫グロブリンFc部分を結合させた分子への結合でNGK2DLを検出している。おそらくこれが、この研究のミソといえる。

結果は、177例のAML患者さんで、様々な割合でNKG2DL陰性細胞が存在し、これがLSとして働いていることを突き止める。そして、試験官内の実験系ではあるがNKG2DL陰性細胞は、NK細胞によるアタックを受けないことを示している。

また、これまでLSの検出に使われてきたCD34を発現していない白血病でもこのマーカーを用いてLSを特定できることを明らかにしている。

そして、NKG2DL陽性と陰性の細胞の遺伝子発現を比べ、NKG2DLの誘導がPARP1と呼ばれるDNA損傷などで誘導されるポリADPリボシル化酵素で抑えられていることを明らかにしている。すなわちPARP1がLS 状態を維持するための重要なシグナルであることを示している。

この結果に基づいて、PARP1阻害剤をNKG2DL陰性細胞に加えると、NKG2DLの発現を誘導することができ、白血病の増殖がNK細胞などで抑えられる様になることを示している。

実際には通常の治療を行った時の再発を遅らせられるかなど、実験して欲しいところだが、少なくとも現在行われているNK細胞移植治療にはPARP1阻害剤は効果が予測できることから、より治療に近いところにあるガンの幹細胞マーカーだと思う。

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7月19日 Pink/Parkinが関わるパーキンソン病は自己免疫病か?(7月18日Natureオンライン版掲載論文)

2019年7月19日
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パーキンソン病の多くは遺伝的ではないが、PinkとParkin遺伝子の欠損による遺伝的パーキンソン病も存在する。これまでの細胞生物学的研究からPinkとParkinがParisという分子を介して神経細胞のミトコンドリア変性に関わるのではとする考え方が通説で(http://aasj.jp/news/watch/6449)、私もそう考えていた。

ところがこの通説に対し真っ向から挑戦したのがモントリオール大学の研究で、ミトコンドリアの一部が離脱したミトコンドリア小胞の形成にPink/Parkinが関わり、これによりミトコンドリア分子の一部が抗原として提示され、それに反応するT細胞が神経細胞を障害してパーキンソン病が起こるとする説が2016年にCellに掲載された(http://aasj.jp/news/watch/5450)。

今日紹介する同じモントリオール大学からの論文はこの2016年の研究の続きで、2016年明確でなかった自己免疫反応の引き金が腸内の細菌によることを示した論文で昨日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Intestinal infection triggers Parkinson’s disease like symptoms in Pink1 −/− mice (腸内の細菌感染によってPink(-/-)マウスにパーキンソン病様症状が起こる)」だ。

さて、Pink/Parkinに変異があると、人間ではほぼ100%パーキンソン病が発症するが、遺伝子ノックアウトマウスではほとんど異常が起こらない。結局この違いは、人間では寿命が長いために細胞にストレスが蓄積して病気が発症すると説明してきた。

この研究ではミトコンドリアに発現させた外来抗原がMHCに提示されるまでのプロセスをPink(-/-)マウスで解析し、マクロファージがグラム陰性細菌により刺激された時のみ、ミトコンドリア抗原が細胞表面に提示されることを突き止める。

これは、ミトコンドリア小胞の産生を誘導するSNX9の発現が高まるからだが、通常この分子はPink/Parkinによりリン酸化され分解される。ところがPinkが欠損するとこの抑制が効かず、抗原提示が高まることになる。

次にPink欠損マウスの感染実験を行い、Pinkが欠損していても感染防御自体は全く正常と変わりはないが、Pink欠損マウスだけでミトコンドリア抗原の細胞表面での発現が起こり、キラーT細胞を誘導することを示している。また、この抗原特異的なT細胞は脳へ移動することもマウスで示している。

そして、感染後4ヶ月目には一過性ではあるが、L-dopaで治療可能なパーキンソン様運動障害が見られることを示している。じっさい、感染後6ヶ月では線条体の4割のTH陽性細胞が減少する。ただ、これらの異常は時間とともに回復する。

結果はこれだけで、人間に当てはめて考える時、人間でのミトコンドリア抗原は何かを特定すること、そしてマウスではなぜ一過性で回復するのかについて説明する必要があると思う。後者については、人間はSPFマウスと異なり常に細菌感染に晒されているため、この様な変化が繰り返すことを理由の一つに挙げている。

何れにしても、もし免疫反応が細胞変性の原因なら、多発性硬化症と同じ様な治療法を試してみる可能性が出てくる。この研究の真価は、治療実験が成功して初めて明らかになる様に思う。

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7月17日 アウストラルピテクス幼児の食生活を推定する(7月15日Natureオンライン掲載論文)

2019年7月18日
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男女差の体格がなくなり、犬歯が退化した直立原人が誕生する前の人類は、アウストラロピテクスと総称されるが、そのうちの200~300万年前に南アフリカに生存していた種類が、アウストラロピテクス・アフリカヌスだ。もちろんこの時期になると、遺伝子を調べることなど夢のまた夢で、時代測定と形態の比較、そして石器の解析が研究の中心になる。

しかし現代の分析手法が、このアイソトープの組織内分布パターンを解析できる能力があり200万年以上前のアウストラルピテクス幼児の食事まで分析できるとは、今日紹介するオーストラリア・サザンクロス大学を中心とした論文を読むまで、想像だにしなかった。タイトルは「Elemental signatures of Australopithecus africanus teeth reveal seasonal dietary stress(アウストラロピテクス・アフリカヌスの元素解析により食料の季節的ストレスが明らかになる)」だ。

方法を読んでみると、歯の切片を切り出した後、レーザーでそれぞれの場所から小さなスポットを採取して、質量分析器で調べ、 結果を組織状に再マップし直す方法が用いられている。この方法で、成長に従ってカルシウムが沈着する歯のそれぞれの場所のバリウムとカルシウムの比を調べると、母乳を飲んでいた時期がわかるらしい。もちろん自然界にバリウムは多く含まれているが、消化管での摂取の選択性のためか、なぜか母乳を飲んでいた時にバリウムの比が高まり、離乳してしまうとバリウムはほとんど歯に蓄積しなくなる。

なるほどと感心するが、実際この方法は現存の野生動物や、ネアンデルタール人などの離乳時期を調べたりするのに広く用いられてきた様で、要するに私が知らなかっただけだ。あまりゲノムばかりに心を奪われていると、考古科学の進展を見失うことがよくわかった。

従って、この研究はこれまで確立された方法をそのままずっと古いアウストラロピテクスで試してみたという話になる。

結果だが、まず離乳時期が大体6~9ヶ月の間ということがこの解析からわかる。まず一年を超えることはなかった様だ。人間では18ヶ月までなので、だいぶ短いといえる。

ただ人間と全く異なるのは、授乳時期でもバリウム/カルシウム比が3~4ヶ月のサイクルで変化することで、リチウム/カルシウム比をとっても同じ様なサイクルが見られる。

結果はこれだけで、これまでのサルの歯を用いた同じ手法の研究などと比較しながら、このサイクルがサバンナで暮らしていたアウストラピテクスの食料調達の季節性を反映しているのではと結論している。すなわち、サバンナでは乾季になると食料の調達が難しくなる。従って、ミルク以外を摂取する様になっても、食料調達が減った時は母乳への依存性が高まることを示している。

この説の可能性が高いことは、同じ方法で解析した野生のオランウータンではこのサイクルが見られるが、人間に飼われているオランウータンにはこのサイクルは消失する。

以上のことから、アウストラロピテクスの住んでいた南アフリカのサバンナの厳しい状況が推察できるという話だ。しかし、これほど精密な元素分析が可能になっていることに驚いた。

カテゴリ:論文ウォッチ