自閉症の科学36 自閉症児の発熱は、一過性だが社会性を回復させる
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自閉症の科学36 自閉症児の発熱は、一過性だが社会性を回復させる

2019年12月28日
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自閉症スペクトラム(ASD)児が発熱すると一過性に、症状(特に社会性に関わる症状)が改善することが報告されていた。おそらく経験されている両親や医師の方には「そうそう!」と頷かれるかもしれないが、私も含めて多くの人は、本当にそんなことがあるのか疑問に思うのが普通だ。

ところが、コーネル大学、コロンビア大学、そしてカリフォルニア大学サンフランシスコ校が集まって、本当にこのような現象があるのかシモン財団データベースにに登録しているASD児について調べ、確かに発熱でASDの症状が一過性に改善する事を示した研究が昨年1月、Autism Researchに掲載された(Autism Res 2018, 11:175-184)。

研究では4歳から18歳までのASD児を持つ2156家族に「ASDの症状が発熱で改善したと思ったことはあるか?」と質問したところ、驚くことに362家族(17%)が「確かに改善したことがある」と答えた。

どのような症状が改善したのかさらに聞いたところ、コミュニケーション能力と答えた人が166人、気分や行動と答えた両親が199人に上った。

次に、発熱の影響があったASD児と影響のなかったASD児を比べ、症状の違いを調べると、完全に有意差があるとは言えないものの、症状の重いASDほど改善が見られる傾向が見られた。例えば、適応性が悪く、行動異常が強い子供ほど発熱による症状の改善が見られる。一方、遺伝的な影響についても調べているが、特別の関連は認めていない。

以上の結果から、確かに発熱がASD児の症状の改善につながることがあること、そして症状の重い児童ほど発熱により症状改善が見られる確率が高いことが確認された。

一過性でも症状改善が見られるというこの結果は、治療法開発という観点からは勇気付けられる結果だ。ただ、この研究結果だけでは、なかなか糸口はつかめなかった。

ところが先週、マサチューセッツ工科大学の研究グループが、ASDの発熱と社会行動を研究できるモデル動物システムを開発し、減少の背景にあるメカニズムを探った論文を発表した(Reed et al, IL-17a promotes sociability in mouse models of neurodevelopmental disorders (神経発生異常モデルマウスの社会性をIL17aが促進する), Nature, 2019: https://doi.org/10.1038/s41586-019-1843-6)。

発熱を誘導するといった研究を人間で行うことはできない。そこで、モデル動物が必要になる。このグループは、何種類かの遺伝的ASDモデルマウス(一つの遺伝子の変異によりASD症状を示すマウス)を使っている。マウスで社会行動を調べる様々な方法が開発されているが(例えば他のマウスと一緒にいる時間を測る)、遺伝的な変異だけでは症状がはっきりしないことが多い。そこで、このグループは妊娠時に炎症が起こるとASDが発症しやすいという現象を動物モデルで再現する方法を組み合わせ、背景の遺伝的要因は問わず、ほとんどのASDモデルで社会行動の低下を誘導することに成功している。

こうしてできた社会行動低下モデルマウスを用いて、次は発熱の影響を調べることになる。発熱誘導には感染症と同じ状態を誘導する方法と、発熱中枢を刺激する方法があるが、この研究ではまず感染で発熱する状態を再現するため、バクテリアの発熱誘導物質をマウスに投与する実験を行なっている。結果は期待通りで、LPSと呼ばれるバクテリア膜のポリサッカライドを投与された自閉症モデルマウスで社会性の回復が見られる。ところが、神経刺激のみで発熱だけを誘導すると、全く回復は見られない。すなわち発熱というより、炎症が社会性の回復に関わることが示された。

ここまでわかると、炎症時に分泌され社会性を回復させる分子を特定するのは現在の技術があれば難しくない。様々な探索を行い、最もパワフルな炎症物質の一つIL17aを注射することで社会性が回復することを示している。

結果は以上だが、もう少しわかりやすいようにこの研究の意義をまとめてみると、

  • 人間で見つかった現象(発熱すると社会性が改善する場合がある)を研究するための動物モデルが見つかった。
  • IL-17は強い炎症性サイトカインなのでむやみに注射するわけにはいかないが、脳だけでこの回路を刺激する方法がわかれば、少なくとも社会性については改善できる可能性がわかる。
  • IL-17a受容体陽性神経細胞という細胞レベルのヒントが見つかったことで、新しい介入手段の開発が期待できる。

研究というと、基礎から始めて、臨床に進むと思いがちだが、このように臨床的観察から始めて、動物に進むことも重要で、今後も基礎と臨床がうまく連携して、ASDの社会性を回復させる方法の開発を期待する。

12月28日 メトフォルミンは食欲も抑える(12月19日 Nature オンライン版掲載論文)

2019年12月28日
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2型糖尿病に対して、インシュリン以外に様々な薬剤が開発されているが、なかでもメトフォルミンは世界中で最も処方されている薬剤だとおもう。この理由として、1000mgで40円程度と、糖を抑えるというサプリメントやドリンクと比べても圧倒的に安いこともあるが、よくこんな薬があったと思えるほど、様々な経路を絶妙に調整できることがわかっている。そのため、糖尿病ではない人について、老化を始め様々な病気に対する予防効果を調べるコホート研究が数多く走っている。最近Nature Reviews Endocrinologyにいい総説が発表されていたので、是非ジャーナルクラブでとりあげてみたいと思う。

今日紹介する英国ケンブリッジの代謝科学研究所からの論文は、メトフォルミンがなんと食欲を抑える効果もあることを示した論文で12月19日 Nature にオンライン出版された。タイトルは「GDF15 mediates the effects of metformin on body weight and energy balance (GDF15はメトフォルミンの体重とエネルギーバランスに対する効果を媒介している)」だ。

さて最近の疫学研究によりメトフォルミン服用がGDF15の血中濃度を上昇されることが指摘された。GDF15はストレスに対して分泌されるペプチドホルモンで、後脳の神経細胞に発現しており、レベルが上がると食欲が落ちることがわかっている。

そこでこのグループは、糖尿病はないが心臓発作を起こした人に対するメトフォルミンの効果を確かめるコホート研究の人たちについてGDF15のレベルを調べ、全ての人で2−4倍GDF15が上昇していることを確認する。

この結果は、メトフォルミンがグルコース代謝全体を改善させるだけでなく、食欲も抑えて体重を減らす効果があることを示している。これについては、人間で実験することは難しいので、GDF15ノックアウトマウスを用いてメトフォルミンの体重抑制効果が見られるかどうか調べ、メトフォルミンがGDF15を介して食欲を抑え、体重抑制することを示している。

一方、インシュリン感受性などグルコース代謝についてはGDF15が存在しなくても同じようにメトフォルミンの効果が見られることから、食欲抑制作用は代謝とは独立していることを示している。

最後に、メトフォルミンによってGDF15が誘導される細胞を探索し、普通考えられている筋肉ではなく、腸管上皮がCHOPと呼ばれるエンハンサー結合タンパクを介してGDFを分泌しているのではないかと結論している。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月27日 ガンの適応力(12月20日号 Science 掲載論文)

2019年12月27日
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ガンの変異を特定して、その機能を抑制する分子標的薬で治療することは、最も合理的なガン治療だと考えられている。事実、最も成功した慢性骨髄性白血病に対する分子標的薬グリベックは、この病気の制圧にほぼ成功したと言える。しかし、その後多くの分子標的薬治療が開発され、様々なガンに使われるようになって、薬剤耐性のがん細胞の出現を防ぐことが難しいことがわかってきた。

このような耐性が生まれるメカニズムだが、ガンが発生し大きくなる過程で、低い確率ではあっても様々な突然変異が蓄積されており、治療によってその中から耐性株が選ばれると考えられている。ところが今日紹介するイタリア・トリノ大学からの論文は分子標的薬に適応してガン細胞が変異が起こりやすい体勢にシフトする可能性を示唆する研究で12月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Adaptive mutability of colorectal cancers in response to targeted therapies (分子標的治療に対する大腸ガンの適応的変異)」だ。

この研究では分子標的薬で処理することで、ガン細胞が変異を蓄積しやすくなる性質を獲得するとする仮説に基づいて研究を進めている。まず大腸ガン細胞株にEGFに対する分子標的薬を加えることで、複製時のミスマッチ修復に関わる酵素(MMR)群の発現が軒並み低下していることを確認する。また、細胞内の修復機能を調べ、修復が低下していることを示している。

さらに念のいったことに、DNAの複製に関わるポリメラーゼも、信頼性の高いポリメラーゼから、突然変異の起こりやすいポリメラーゼにシフトすることも明らかにしている。すなわち、すべての面でDNAに様々な変異が起こりやすいように変化している。生物を目的論で考えることが間違っていることをわかっていても、ここまで見事に協調していると目的論的に考えてしまう。

残念ながら、分子標的薬処理によりなぜこれほど見事な変異しやすい細胞へのシフトが起こるのかは明らかになっていないが、この結果間違いなく変異が導入されやすくなることは様々な方法で示している。そして最後に、大腸ガンや膵臓癌細胞株を用いて、EGFに対する分子標的薬によって染色体不安定性が誘導されることを、マイクロサテライト領域の解析から確認している。

結果は以上で、実際の臨床サンプルでの確認が残されてはいるが、ガンが治療に対応して変異しやすい不安定な体質に変化し、これにより標的薬に対する耐性株を生まれやすくしている可能性が明らかになった。もしこの結果が正しければ、実際の治療にも様々なヒントが得られると思う。最も重要なのは、修復やDNA 複製の信頼度が落ちることだが、確かにこれにより耐性株が出やすくなるが、逆にガン細胞自体はDNAダメージを起こす薬剤や放射線に対する抵抗性を失うと考えられる。したがって、相同組み換えを抑える薬剤や、放射線療法の併用により、よりガンをコントロールできる可能性がある。うまくいけば、分子標的治療をより根治的な治療へと変えることすら可能になると思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月26日 免疫記憶の常識が覆る?(1月9日号 Cell 掲載予定論文)

2019年12月26日
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昨日パイエル板の研究について続けて紹介すると予告したが、これは私の思い違いで、実際にはリンパ節を中心に記憶B細胞の出現を調べたロックフェラー大学からの論文で、タイトルは「Restricted Clonality and Limited Germinal Center Reentry Characterize Memory B Cell Reactivation by Boosting (ブーストによる再刺激により出現する記憶B細胞はクローン数が制限され、胚中心への再移動も制限されている)」だ。

はっきり言って極めてマニアックな論文だが、私のドイツ留学中から繰り返して議論が続いてきた、免疫記憶はどう形成されるかに関わる研究で、これが本当に理解できると、誰にでも効果があるワクチン設計をより論理的に進めることができる。

この分野の研究はあまりフォローしていないが、この論文を読むまで私の頭にあった記憶B細胞のイメージは、最初形成されたB細胞レパートリーから特異性の高いB細胞が選ばれ、この細胞はリンパ組織の胚中心で長期間生存し、次の抗原の侵入には、すでに抗原を記憶したB細胞で対応するというものだった。

この研究では同じ問題に、遺伝的ラベリングによる細胞の追跡や、single cellテクノロジーなどを駆使してチャレンジしている。

その結果まず明らかになったのは、最初の免疫で活性化されたB細胞のレパートリーは、次の抗原注射(ブーストと呼ぶ)で活性化されたいわゆる記憶B細胞とはほとんど重なっていないことだ。もちろん、一部のクローンが長期間働き記憶を形成している場合も見られるが、極めて稀だ。また、ブーストにより発生したクローンも数は限定されており、記憶B細胞として反応するクローンは少ないというこれまでの通説に合致はしているが、これが最初の免疫で作られたからではなく、ブーストのたびに新たにクローンの選択をしていることになる。

以外な結果なので、本当かどうか、最初反応したB細胞をラベルする実験や、1回目の免疫をしたマウスと、免疫をしていないマウスの血管を結合させ、リンパ球が両方のマウスに移動できるようにして調べると、ブーストによって現れるB細胞のほとんどは、最初の免疫で刺激された細胞ではないことが明らかになった。また、最初の免疫に反応したからと言って、胚中心で増殖する活性が高いわけではないこともはっきりし、一部の長期記憶を除いて、抗原ブーストでも新たなB細胞が刺激されることがわかった。

これを確認するため、最初の抗原に反応したB細胞をラベルし、2次反応で活性化されるクローンと系統解析を綿密に行なっているが、詳細はいいだろう。1次免疫とは異なるレパートリーからリクルートされるとはいえ、突然変異はちゃんと蓄積し、抗原に対する親和性も上がっている。

以上の結果は、免疫を繰り返すことでクローン数が限定され、親和性が上昇していくという単純な概念を覆し、「こんな場当たり的な対応で免疫大丈夫か?」と思ってしまう。しかしよく考えると、T細胞の方はしっかりと記憶ができているし、あまり選択してしまうと、抗原のちょっとした変化に対応できなくなる危険があり、それを回避できるという点も重要だ。さらに、インフルエンザワクチンなど、様々なウイルスにさらされているのに、記憶がうまくできないのかも説明できる。

もちろんこのまま鵜呑みにするのはだめで、例えば一生うまく続くワクチンと、そうでないワクチンについて人でのレパートリー解析などを通じて確認が必要だろう。いずれにせよ、このような例があることを念頭に、新しい発想でワクチン開発が大事だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月25日 パイエル板の侵害受容器神経の免疫機能(1月9日号 Cell 掲載予定論文)

2019年12月25日
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現役時代、多くの教室メンバーの人たちと取り組んだリンパ組織パイエル板についての論文が2報も1月9日発行予定のCellに掲載されていたので、今日から連続して紹介することにした。

まず最初はハーバード大学からの論文で、脊髄後根節神経の一部がパイエル板に侵害受容器の軸索を伸ばし、腸内での細菌感染に重要な役割を示した論文で。タイトルは「Gut-Innervating Nociceptor Neurons Regulate Peyer’s Patch Microfold Cells and SFB Levels to Mediate Salmonella Host Defense (腸管に侵害受容体神経はパイエル板のM細胞とセグメント細菌のレベルを調節することでサルモネラに対するホストの防御を媒介している)」だ。

これまで光遺伝学を用いた研究で、腸管に投射している迷走神経などを刺激することで免疫機能を変化させられることが知られていた。この研究はその中の痛みや機械刺激に反応する侵害受容器を持つ神経細胞だけ遺伝的に欠損させたマウスを作成し、サルモネラ菌の腸内での増殖への影響を調べ、侵害受容体神経が欠損するとサルモネラ菌の腸や脾臓、肝臓での増殖が高まることを発見する。

さらに腸内の侵害受容体神経は迷走神経と後根節神経があるが、後根節細胞を除去した時のみサルモネラ菌の増殖が見られることを確認し、後根節神経細胞が何らかのメカニズムで細菌感染防御に関わっていると結論する。

次にこのメカニズムの探索を2方向から行なっている。一つは、後根節神経除去により起こる腸内細菌叢の変化を調べ、セグメント細菌と呼ばれる細菌が欠損していることを発見する。セグメント細菌は通常パイエル板を覆う上皮に強い局在を示しており、またパイエル板はサルモネラ菌の体内への入り口として考えられているので、セグメント細菌はパイエル板からの細菌侵入を防御していると考えられる。これを確認するため、セグメント細菌を強制的に後根節神経細胞除去マウスに注入してサルモネラ感染を調べると、完全ではないが防御が回復することから、セグメント細菌はパイエル板からのサルモネラ菌侵入を抑えていることが明らかになった。

もう一つの方向は、神経除去によるパイエル板組織構造への直接的影響の探索だが、サルモネラ菌はパイエル板にある特殊上皮M細胞から侵入することがわかっているので、M細胞に焦点を当てて調べると、神経除去によりM細胞の数が上昇している、すなわちサルモネラ菌の入り口が増えていることが明らかになった。

これを確認するため、M細胞の発生に必要なRANKL分子を抑制して、神経除去マウスのM細胞の密度を下げてやると、サルモネラ菌の侵入が抑えられることを確認している。

最後に後根節神経細胞が分泌し、パイエル板M細胞発生に関わる分子を探索し、CGRPと呼ばれるニューロペプチドが、M細胞発生とセグメント細菌維持に重要な役割を持つことを明らかにしている。

結果は以上で、CGRP、M細胞分化、セグメント細菌維持、の3つの柱の間の関係についてはまだはっきりしない点も多いが、役者が出揃ったことから、解明は時間の問題だと思う。特に、リンパ球ができないマウス(それでもパイエル板原器はできる)や、無菌マウスを用いた研究が期待される。ひょっとしたら、パイエル板の場所決めも神経が関わるかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月24日 カロリー制限も悪くないが、カロリー摂取時間制限も肥満を防ぐ(1月7日発行予定 Cell Metabolism 掲載論文)

2019年12月24日
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食べ過ぎ、飲み過ぎになりがちのクリスマスイヴにふさわしい話題と思って、カロリーや肥満の論文を物色していたところ、カリフォルニア大学サンディエゴ校とソーク研究所から、カロリー制限の代わりに、食事時間の調節で肥満と戦うと言う論文が発表されていたので紹介することにした。タイトルは「Ten-Hour Time-Restricted Eating Reduces Weight, Blood Pressure, and Atherogenic Lipids in Patients with Metabolic Syndrome (食事をとるのを10時間に制限すると、メタボリックシンドロームの患者さんの体重、血圧、動脈硬化性脂質が低下する)」だ。

以前も紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/8469)空腹時間を伸ばすと、同じカロリーを取っていてもメタボリックシンドロームを改善できることが知られている。ただこの時紹介したような厳重な食事管理を家庭ですることは難しい。

今日紹介する研究は、食事を10時間以内に全て済ませると言うプログラムを、個人に合わせた自由な方法で実現できるように、スマフォのアプリを設計し、このスマフォに腕時計を通して活動記録や脈拍などの連続記録、食事時間と食べた食物の写真を含むレコードなどが集められるようにして、最初2週間はこれまでどおり、その後12週間はできるだけ食事を10時間以内にとる努力をしてもらって、プログラムの開始時、終了時のメタボリックシンドローム指標を調べている。

特に対照群は設定せず、プログラム前後を比べるだけの観察研究。しかし、意識しないと10時間以内というのは簡単でなく、実際50%の人が15時間以上の時間帯で食事をとっており、12時間以内となるとたった10%の人しかいないことが知られている。

まずこのアプリをベースにした方法でどのぐらい目標を達成できるか調べると、参加したほとんどの人が時間制限に成功し、開始前の15.13時間から10.78時間に制限することに成功している。このことは、12週間とはいえアプリをうまく利用すると、10時間以内に食事をとることは可能であることを示している。

このために実際に行われたのは、朝食時間を遅らせること、夕食を早めることで、基本的に朝を抜いて時間を制限するという方法は取られなかった。

さて結果だが、まずこの方法でカロリー摂取量も低下することがわかる。おそらく間食なども減るからだろう。そして体重、BMI、体脂肪率、ウエストサイズなど、大きくはないが優位に低下した。

また、血圧だけでなく、LDL-Cを含むコレステロールはおおきく低下している。

空腹時血糖やインシュリンなどは低下の傾向が見られるが、優位差はみられていない。ただ、血糖の上下変化が大きく低下しており、インシュリン抵抗性が改善されていることがよくわかる。

結果は以上で、特にそれまでのメタボリックシンドロームがすっかり改善した人の話も出てくるが、紹介はいいだろう。食事の時間をなんとか10時間以内に収めることで、食べながら健康になるという話で、少し工夫してやってみてもいいかなと思う

カテゴリ:論文ウォッチ

12月23日 社会行動とIL-17 (12月18日 Natureオンライン掲載論文)

2019年12月23日
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炎症が私たちの体に様々な悪い影響を持つことは広く認識され、肥満でさえ脂肪細胞を核とする炎症として考えられるようになり、今や誰もが炎症を悪の元凶にしてしまう傾向がある。しかし、炎症のおかげで私たちは外界からの様々な侵入に対し、防御線を引くことが可能になっている。従って、探していけばさらに様々な炎症の効用が見えてくる可能性もあり、炎症の良い側面を調べることも重要だ。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、炎症によって自閉症スペクトラムの症状を改善することができる可能性を示唆した論文で12月18日号のNatureにオンライン掲載された。タイトルは「IL-17a promotes sociability in mouse models of neurodevelopmental disorders (IL-17aは神経発達障害モデルマウスの社会性を高める)」だ。

もともとこのグループは妊娠中の炎症により、胎児の脳発生、特に社会性に関わる体性感覚野異顆粒層(SIDZ)の興奮が高まり、その結果社会行動異常が発生することを示してきた。この研究でも、様々な遺伝的自閉症マウスモデルをそのまま用いるのではなく、妊娠中に炎症を誘導して社会性をさらに低下させたマウスモデルを用いている。その上で、「一過性ではあるが、発熱によって自閉症スペクトラム(ASD)の子供の症状、特に社会性が向上する」とする臨床的な観察をマウスモデルでも再現し、そのメカニズムを明らかにしようとしたのがこの研究だ。

遺伝子変異による発達異常を基盤とする自閉症モデルマウスの社会性は、妊娠中の炎症により強く抑制される。ところが、このようなマウスにLPSを投与して発熱を誘導すると、驚くことに社会行動異常が改善することがわかった。これは変異している遺伝子の種類に関わらず観察されることから、発熱でASDの社会行動が改善するという臨床的観察が再現されたことになる。

しかし、ただ発熱だけを誘導しても、この効果は見られないことから、実際には発熱を伴う炎症がこの効果の本態であることを確認している。次にこの生理学的背景を調べると、予想通りSIDZ領域の過興奮が、炎症により低下していることがわかった。また、同じ効果は光遺伝学的に、SIDZの興奮を抑えることで見られることから、炎症により分泌されるサイトカインにより、SIDZ神経の興奮性が抑制されることがこの現象の原因であることが予想される。

そこで様々な炎症性サイトカインの効果を調べ、最終的になんと炎症性サイトカインIL-17aがこの効果の本態であることを突き止める。IL-17aが神経細胞に本当に効果があるのか不思議だが、実際妊娠中の炎症によりSIDZにIL-17aが発現してくること、またIL-17aの効果を抑制する抗体を脳内投与することで、LPS投与で誘導される社会性の低下を回復させられることも示している。

結果は以上で、発熱が一過性に社会性を回復させるという臨床的観察を実験的に確認するとともに、そのメカニズムの一端を明らかにできたと思う。実際には、妊娠中の炎症によってIL-17aへの感受性が発生し、それを通して今度は炎症が脳の興奮を鎮めるという複雑な話で、そのまま社会性症状の治療につながるかどうかはわからないが、意外かつ面白い研究結果だと思う。

これに関わる論文も集めて、もう少し詳しく一般の人にもわかりやすい形で「自閉症の科学」で紹介したいと考えている。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月22日 ケトンダイエットはアルツハイマー病にも効くのか?(The Journal of Neuroscienceオンライン掲載論文)

2019年12月22日
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アルツハイマー病は、アミロイド沈着によって刺激された神経細胞内でリン酸化Tauタンパク質の蓄積を誘導することで神経変性が進むと考えられている。このため、引き金になるアミロイド沈着やTauのリン酸化など、入り口で進行をとめることが治療の中心として行われている。しかし、抗体治療が一歩前進したとはいえ、この過程が合理的なコストに見合う治療として定着するかは予断を許さない。また、時間もかかるだろう。

この代わりに、根本的な治療でなくとも今すぐ導入して少しでも進行を遅らせる治療法の開発も重要だ。今日紹介する米国・国立衛生研究所からの論文は、アルツハイマー病の後期過程、すなわち神経死がおこる過程をしらべ、それに基づいた治療法の提案を行っている論文で、The Journal of Neurosceiceにオンライン出版されている。タイトルは「SIRT3 Haploinsufficiency Aggravates Loss of GABAergic Interneurons and Neuronal Network Hyperexcitability in an Alzheimer’s Disease Model (SIRT3の片方の染色体での欠損はアルツハイマー病モデルでのGABA 作動性介在ニューロンの変性を高め神経過興奮を誘導する)」だ。

もともとアルツハイマー病(AD)も神経細胞死が起こる段階ではミトコンドリアが重要な役割を演じることが予想されている。そこでこの研究では、ミトコンドリアの機能を支える様々な分子のアセチル基を除去して活性を保つSIRT3に着目し、この遺伝子が片方の染色体だけで欠損するようにしたマウスに、アミロイド蓄積モデルマウスを組み合わせて調べている。

結果は予想通りで、SIRT3の発現が半分になると、ADの進行は急激に高まる。この生理学的な背景に、GABA作動性介在神経の細胞死があり、この結果アミロイドの直接、間接的作用による興奮神経の興奮が抑制されず、過興奮する結果細胞変性が拡大すると言うことを確認している。

これだけならなるほどなのだが、この悪性サイクルを抑える目的で2つの治療法を試している。一つは、GABA作用をジアゼパムで高めることで、興奮神経のか興奮を抑えることができ、興奮神経の過興奮を止めることができる。

ただ、長期間ジアゼパムを飲み続ける問題があるので、つぎにSIRT3の発現を高めることが知られているケトンダイエットをマウスに摂取させる実験を行い、過興奮を抑えるとともに、マウスの死亡率で見ると劇的な効果を得ている。

話は以上で、この研究のハイライトはこれまで可能性が示唆されていたAD治療としてのケトンダイエットの機能的側面を明確にしたことだと思う。もちろん全ての人に効果があるとは思えないが、若年性のADなどやってみる価値のある治療法だと思う。ぜひ臨床医学として効果を確かめてほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

Scienceが選んだ今年のブレークスルー10選

2019年12月21日
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昨日のNatureの選んだ今年のサイエンスニュースに続いて、今日はScienceの選んだ今年のブレークスルーを紹介する。今回は、個人的感想も加えた。

  1. ブラックホールのイメージ 今年の4月、ブラックホールのイメージを捉えたと言うニュースは世界中を駆け巡った。論文はオープンアクセスなので(https://iopscience.iop.org/article/10.3847/2041-8213/ab0ec7)この写真を自由に閲覧することができる。見ることは信じることを絵に描いたような論文だが、どう撮影されたのかは天文学者に聞いてほしい。
  2. Deep impact過程の解明  今年10月Nature (574:242)に発表された研究は、ユカタン半島沿岸で今は海の下に眠る、6千6百万年前に起きた隕石衝突のインパクトを、ボーリングによって採取したコアに含まれるプランクトン解析により詳しく調べた研究。その時起きた津波でほとんどの生物が消滅した様子や、その後気温が急速に低下する様子が手に取るようにわかる。そして、千年もしないうちに植物が現れ、70万年後には哺乳動物が現れるなど、急速な回復が見られた。とはいえ、こんなことが今起きたら大変だ。
  3. デニソーワ人の解明が進む  このトピックスについてはAASJでも力を入れて紹介し、YouTubeで解説も配信したので、そちらを参照してほしい(https://www.youtube.com/watch?v=ngzOlfES7m4)。今年は重要なブレークスルーが数多くあったが、その中から2編の論文が選ばれている。一つは、これまで出自の明らかでなかったチベット出土の骨格がコラーゲン解析からデニソーワ人と特定されたことで、今後同じ地域から出土した骨の解析から、急速に骨格が明らかになると期待される(https://aasj.jp/news/watch/10139)。もう一つは、実際の骨格が明らかになる前にそれを予想しようとしたイスラエルの研究で、インフォーマティックスを駆使して骨格を予測する論文をCellに発表した(https://aasj.jp/news/watch/11407)。予測が当たっているか、すぐに明らかになると思う。
  4. エボラウイルス感染症の克服  最近HPで紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/11936)、2種類の新しいモノクローナル抗体薬は、感染初期であれば、9割の患者さんを救えるという治験結果がThe New England Journal of Medicineに発表された。
  5. 量子コンピュータ  今年10月GoogleのチームがNatureに量子コンピュータに必要な条件をクリアしたと発表した(これはオープンアクセスなので興味のある人は読んでほしい*https://www.nature.com/articles/s41586-019-1666-5)。ただすかさずIBMからのクレームがついたようだが、今後世界各国で開発競争は加速すると思う。私が以前アドバイザーとして関わった京都大学白眉プロジェクトでもこのテーマに取り組む若手研究者がいたが、我が国の現状はどうなのか、正確なレポートがほしい。
  6.  真核生物の起源Asgardの培養 我が国からは産総研からの論文が選ばれた。(オープンアクセスなので興味のある人は直接読んでほしい:https://www.biorxiv.org/content/10.1101/726976v2)。嬉しいことに、真核生物進化に関する重要な貢献だ。真核生物は古細菌から進化したと推察されているが、その後深海のメタゲノム解析からより真核生物に近いAsgardの存在が知られるようになった。しかし、これはゲノムだけの話で、本当に存在するかどうかは明らかでなかった。産総研のチームは深海の沈殿物の培養にチャレンジし、十二年かけてついに生きたAsgardsと言える生物を単離することに成功した。古細菌と比べて多くの真核生物特異的と考えられていた分子や構造を有しており、将来、真核生物の進化を試験管内で再現することが可能になるかもしれない。
  7. 星の融合が捕らえられた  NASAのNew Horisonが海王星の向こうのカイパーベルトから送ってきた映像は、説明するより見てもらったほうが早いが(http://pluto.jhuapl.edu/News-Center/News-Article.php?page=20190222 、2つの星がこれから融合する有様を捉えていると考えられる。
  8. 嚢胞性線維症の治療薬の開発  遺伝病というと、治療には細胞や遺伝子自体が必要だと考えるが、嚢胞性線維症については、変異を持つクロライドチャンネルの機能を補完する薬剤の開発が進み、今年になってほぼ9割の患者さんの治療が可能になった(HPの記事を参照:https://aasj.jp/news/watch/11671)。しかし、同時に1年間の治療コストが3000万円を超えることも明らかになり、新たな問題を提起している。
  9. 栄養失調に関わる腸内細菌叢 J.Gordonのグループは栄養や代謝と腸内細菌叢の関係についての研究のトップグループだが、バングラデッシュでのフィールドワークで栄養失調を抑える腸内細菌を特定し、これを指標に腸内細菌叢を成長させ栄養失調を防ぐ食事の開発に成功した。食品の開発についてはHPで紹介しているので参照してほしい(https://aasj.jp/news/watch/10582)。科学で貧困に立ち向かうこのグループの活動にはいつも頭がさがる。
  10. AIギャンブラー 一年前AIギャンブラーというタイトルで、Libratusと名付けたAIが、論理だけでは割り切れないギャンブル、ポーカーに勝てることを示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/7990)。同じno-limit Texas holdsゲームだが、今年はFacebookが開発したPluribusと名付けられたソフトが、ポーカーのトッププレーヤーを打ち負かすことができたという論文が発表された(Science 365,885)。AIは碁や将棋のような対面ゲームだけでなく、複数を同時に相手にするゲームでも勝てることを示し、AIが単純な論理アルゴリズムとは異なることを示した(と私は思っている)。

12月21日 直立原人は10万年前までジャワで生きていた(12月18日 Nature オンライン掲載論文)

2019年12月21日
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私たちが子供の頃、アジアの原人として習った北京原人やジャワ原人はすべてHomo erectus(直立原人)で、犬歯が消失し、男女の体格差が解消された最も人間らしい骨格が始まる最初だと言える。直立原人は200万年前に現れたと考えられるが、いつ滅んだのかは場所により異なり、例えば亜系統であるハイデルベルグ原人の存在は40万年ぐらいまでさかのぼれる。一方、アジアでの研究は遅れていた。

今日紹介するオーストラリアMacquarie大学と米国アイオワ大学を中心とする国際チームからの論文はすでに出土していた直立原人の精密な時代測定をおこない、約10万年まえまでジャワに直立原人が生きていたことを示す研究で12月18日号Natureにオンライン出版された。タイトルは「Last appearance of Homo erectus at Ngandong, Java, 117,000–108,000 years ago(ジャワNgandonの直立原人は117,000–108,000まで生きていた)」だ。

今回対象になった直立原人はソロ原人として戦前から知られている原人だが、時代測定に使える材料が乏しいため、その年代推定は研究者ごとにことなり、議論が続いていた。

方法の詳細はよく理解していないが、この研究では同じ場所を発掘し直し、一つの指標に頼るのではなく、地形や各地層、そして今回発掘した土壌や動物の骨などの年代測定を様々な方法で行なった後総合的に判断すると言う手法を用いて年代測定をおこなっている。この結果、以前ソロ原人が発掘された地層はおそらく11万7000年前から10万8000年前と推定している。

以上が結果で、研究としてはもっぱら地学の領域でよくわからないことも多いが、人類学的にみると、おそらくジャワで我々の先祖が直立原人と交雑した可能性はなさそうだ。しかし、デニソーワ人はどうかと言われると、十分可能性はあるような気がする。ただ、昨日紹介したNature News&Viewsで読者が選んだルソン原人など今後新しい骨格が発見されるとすると、まず基準になるのは直立原人で、その意味で今回の時代測定結果は、ルソン原人も十分可能性があることを物語ると思う。

いずれにせよ、時代測定は考古学で最も熱い分野で、まだまだ議論が続く可能性は高い。

カテゴリ:論文ウォッチ