2019年12月11日
これまで人間で抗原に対する抗体反応を調べようと思うと、抗原に結合している抗体を分離して、アミノ酸配列を調べるか、最近では抗原に結合するB細胞を分離してそれが発現する抗体遺伝子を調べる方法がとられる。ただ、抗体にしても、B細胞にしても、精製したときにはどの程度強い抗原特異性があったのかは、一旦アミノ酸配列が決定されて、抗体を再構成してからでないとわからない。
今日紹介するバンダービルド大学からの論文は、この問題をバーコードをつけた抗原を用いることで一挙に解決した面白い方法で12月12日号のCellに掲載された。タイトルは「High-Throughput Mapping of B Cell Receptor Sequences to Antigen Specificity(B細胞の抗原受容体のハイスループット解析)」だ。
基本的には方法論の問題なので、その点のみ詳しく紹介する。
この方法では現在急速に普及している単一細胞の遺伝子解析技術を用いている。まず抗原に蛍光とDNAバーコードを結合させる。この抗原をB細胞集団と混合して、抗原に結合した細胞だけをまずセルソーターで精製する。こうして、抗原特異的B細胞に抗原特異性を示すバーコードをつけることができる。重要なのは、一つのB細胞に結合したバーコードの数が、抗原結合性を反映することで、後で反応が強いB細胞のデータだけを取り出すことができる。
ただこれだけでは、一個一個の細胞を識別することはできない。そこで、精製したB細胞を一個づつ油滴の中に包み込むとき、バーコードのついたビーズを一緒に入れることで、各細胞がバーコードラベルされる。
あとは、細胞を処理し、それぞれのバーコードと、免疫グロブリンA遺伝子の配列を決定すると、抗原特異性、抗原の結合程度に対応する免疫グロブリンA遺伝子の配列を決めることができる。
この方法がうまくいくか、エイズウイルスに長年感染して強い免疫反応を獲得している患者さんの血液を分析し、これまで他の方法で得られた結果に対応する、抗原特異的免疫グロブリン遺伝子配列を特定できること、さらにはこれまで発見されていない免疫グロブリン配列も多く発見できることを示している。
また、何種類もの抗原に対して同時に反応を調べることもできる。以上、要するに、うまく働くということで、今後様々なウイルスに対する免疫グロブリン遺伝子ライブラリーが作成できることがよくわかる。
今後、人間から直接モノクローナル抗体を作るという技術の基盤として使われると期待できる。ただ、個人的感触だが、免疫反応の解析という意味では、モノクローナル抗体作り以上の用途がひらけているように思う。抗原さえわかっておれば、人間の免疫反応を詳しく調べることができ、抗体遺伝子だけでなく、他の遺伝子発現も個々のB細胞で同時に調べることができる。新しい人間の免疫学がまた一歩進んだことを実感した。
2019年12月10日
網膜は、桿細胞と錐体細胞で光を感受、そのシグナルをまず網膜内で統合した後、そのシグナルを総局細胞を経て神経節細胞に伝達するよう配置された、美しい構造を持っている。このスキームでは、光はあくまで桿細胞と錐体細胞で感受することになるが、実際には神経節細胞も光を感じる能力がある。
以前光感受性色素を静脈に注射するだけで、桿細胞と錐体細胞の失われた網膜に光感受性を取り戻せることを示した論文を紹介したが、(https://aasj.jp/news/watch/5866 )、これは神経節細胞の中に光感受性色素が浸透して、P2Xと呼ばれる受容体を介して光シグナルを興奮に変えることができる。
ただ、わざわざこのような色素を導入しなくとも、神経節細胞の中にはメラノプシンを使って光を感じる細胞があることがわかっている。今日紹介するソーク研究所からの論文はこの機能がヒトの網膜神経節細胞にも残っていることを示した論文で12月6日号Scienceに掲載された。タイトルは「Functional diversity of human intrinsically photosensitive retinal
ganglion cells (固有の光感受性能力を持つ網膜神経節細胞は機能的に多様化している)」だ。
研究は極めてオーソドックスで、手術で切除されたヒト眼球から得られた網膜片を多数の電極の上で培養し、個々の神経節細胞の光に対する反応を一個一個電気生理学的に調べている。
この条件ではもちろん桿細胞と錐体細胞からのシグナルも神経節細胞に入るので、シナプスによるシグナル伝達は全てブロックするという条件で調べると、光を当て始めて少しして反応が始まり、明かりを消してもしばらく興奮が続く活動をひろうことができ、これが神経節細胞によることを明らかにする。
ただ全ての神経節細胞が反応しているわけではなく、1ミリ平方あたり2.5個の細胞が反応に関わる。ここの細胞の反応を解析すると、
感受性が高く、興奮が長く続く1型細胞 感受性が低く、興奮が短い2型細胞、 そして今回初めて発見された、強い光にしか反応できないが、興奮は強いが短い、3型細胞。
に分かれることを確認している。
また、反応波長についても調べ、反応パターンはそれぞれのタイプで違うが、ピークは470nmに来ることを示している。これは同じメラノプシンを光受容に使っていることから当然の話だろう。
最後に、これらの神経節細胞の反応を、シナプス阻害剤の有無で調べ、桿細胞と錐体細胞からの刺激が、固有の刺激とどう関わるかも調べ、神経節細胞固有の反応が、外部のシグナルで変化させられることを示している。
このように、第三の視覚が人間にもあることがはっきりしたのは面白い。しかし残念ながら、全て細胞レベルの反応測定で、この第三の視覚が何をしているのかはやはりわからない。これまでの研究で、おそらく概日周期を光で調整するときに利用しているのだろうと考えられているが、それぞれの型の神経節細胞の高次の役割はまだまだ解析が必要だ。しかし、動物実験でも統合されたシグナルがどう処理されているのか知るのは簡単ではない。その意味で、以前紹介した神経節細胞を光受容体として利用する治療実験は今後多くのことを教えてくれるような気がする。
2019年12月9日
今日は久しぶりにゲノム解析の話を取り上げる。少し難しいかなとは思うが、ASDやADHDを病気ではなく、脳の多様性として捉える時のカギになる分野で、まだまだ研究は始まったばかりだ。その意味で、多くの読者が無理してもフォローして欲しいなと願っていいる。
今日紹介したい論文(Autism spectrum disorder and attention deficit hyperactivity disorder have a similar burden of rare protein-truncating variants, Nature Neuroscience, 2019: https://doi.org/10.1038/s41593-019-0527-8 )
自分の小学校時代を思い返すと、「じっとするのが苦手、思ったことを口にする、整理整頓が苦手で、忘れ物が多い」という、注意欠如/多動症(ADHD)ともいえる性格を持っていた。担任の先生も心配したのか、一度だけだが学校の指示で児童相談所で診察を受けた覚えがある。今ならADHDと診断がついていたと思うが、幸い学業や学校での生活には全く問題を感じておらず、その後いくつかの症状は治ることなく続いて今に至っている。
実際、現在ADHDの発症頻度は5%を超えていると言われており、普通にみられる性格のタイプと言ってもいい。あまりに普通で境がはっきりしないためか、ASDについては多くのゲノム研究が発表され、100を超す遺伝子多型が発見されている一方、ADHDに関連する遺伝子多型の解析は遅れていた。しかし、一卵性双生児を用いた研究からADHDの一致率は高く、精密な多型解析の必要性は高い。また、片方がASDと診断されたケースで、もう片方がADHDと診断されることも多く、両者の状態の遺伝的背景に何らかの共通性があるのではと考えられてきた。
これらの問題を解決しようと、デンマーク・オーフス大学と、ハーバード大学を中心とする国際グループは、各国の多型解析データベースを統合してASD、ADHDの遺伝子多型解析を行い、今年相次いでNature Geneticsに発表した。詳細は省くが、ADHDも多くの遺伝領域の多型が重なり合った結果生まれる神経多様性の一つの状態であることが確認され、またADHDと診断される高いリスクに関わる多型も12種類特定された。しかし期待に反して、こうしてリストされた高いリスク遺伝子多型の中にはASDの多型とオーバーラップするものはほとんど存在しなかった。
ただ、これまで疾患のリスクに関連するとして特定されてきたほとんどの遺伝子多型は、タンパク質に翻訳されない部分(イントロン)に見られる多型で、特定の一つの多型を取り出してその意味を調べても、その意味はほとんどわからずじまいで終わることが多い。そのため、2種類の病気の遺伝背景を知ろうと思うと、多くの小さな変異を積み重ねた結果を計算して関係を推測する必要があり、まだまだ時間がかかると思われる。
そこで著者らは、小さな遺伝的変化を基礎にした遺伝子多型の研究から少し離れて、タンパク質の大きさが変化するような稀な変異に絞って、ASDとAHDHで調べたのが3番目の論文だ。一部の明確な遺伝子変異が原因のASDと異なり、ほとんどのASDでは、まずタンパク質の大きな構造変化を伴うような変異は存在しないと考えられてきた。このグループは、よく調べればそんな変異も見つかるのではと、何千人もの血液サンプルから、タンパク質に翻訳される部分を全て解読して、大きな変異を探索した。
詳細は省いて結論だけをまとめると、
典型児と比べると、ASDもADHDもこのような稀な変異が見られる頻度は高い。 ASDとADHDでリストされる変異遺伝子にはほとんど差がなく、稀で大きなタンパク質の構造変異に限ればASDもADHDもほぼ同じ。 もっとも多くのケースに見られたのが、神経発生時の細胞骨格の形成に必要なMAP1A遺伝子の変異で、ASDやADHDに神経発生時の変化が関わる可能性が示された。
となる。「視点を変えれば、ADSとADHDは高い遺伝的共通性を持っている。おそらく、タンパク質の構造変化を伴う様々な遺伝子の変異の上に、小さな遺伝的変化が積み重なって特徴的な症状が形成される」が結論だろう。
これまでタンパク質に翻訳される遺伝変化が原因で起こるASDのケースは、稀とはいえ知られている(例えばレット症候群)。これらの遺伝子変異ほど高い決定性はないとはいえ、今回トップ15にリストされたASD,ADHD両方に見られる変異も、神経細胞機能に何らかの影響を及している可能性がある。とすると、それぞれの分子の機能を丹念に調べることで、ASDやADHDの新しい理解へと進展するような予感がする。
「だからなんなの?」と言われそうだが、タンパク質の構造が変化する変異は研究が易しい。その意味で、私はこの研究の重要性は大きいと感じている。おそらく、理系の学生さんにとっても難しい内容かもしれないが、今後もできるだけASDのゲノム研究の進展は紹介していくつもりだ。
2019年12月9日
いつも学生さんに講義するとき、21世紀の生命科学がダーウィンの進化論と20世紀シャノンやチューリングの情報科学という、非物理的因果性を追求してきた流れがゲノム研究として交わった所に生まれた大きな渦だと、私の歴史観を述べたうえで、21世紀の重要な課題は、ゲノム、エピゲノム、脳回路、言語・文字など媒体としては独立した情報の集まりを統合することだと強調している。
20世紀の後半からゲノム研究が進み、病気の多型解析などが進んだが、21世紀の最初の統合の動きは、リストされた多型の意味を探る目的で行われてきた遺伝子発現と多型解析の統合に典型的に見られていると思う。
今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、遺伝子発現を染色体構造情報に置き換えて多型と統合できないか模索した研究で、11月29日号のScienceに掲載された。タイトルは「Brain cell type–specific enhancer–promoter interactome maps and
disease-risk association(脳の細胞特異的エンハンサーとプロモーターの相互作用地図と病気のリスク)」だ。
もともとこの大学はエピゲノムの素晴らしいデータベースで有名で、現役時代門外漢の私も論文を読みながら興味が湧いた遺伝子のエピゲノムをこのデータベースで調べていた。この研究では、人間の脳からミクログリア、ニューロン、オリゴデンドロサイト、そしてアストロサイトを分離し、その核のクロマチン構造を、ATAC-seq(クロマチンがオープンかクローズかを調べる)、とゲノム状のヒストン修飾、H3K27ac(活動しているエンハンサー)、そしてH3K4me3(活動しているプロモーター)を特定し、さらにプロモーターやエンハンサーとは2次元的には離れていても、立体的には接して存在しているゲノム領域を調べるPLACと呼ばれる方法を用いて解析している。
膨大なデータで、データベースができたという点がハイライトなので、詳細は省く。もちろん予想通り、遺伝子発現、H3K27ac、H3K4me3はほぼ一致している。さらに染色体構造を調べる方法が合わさるおかげで、それぞれのエンハンサーやプロモーターの相互作用も同時に調べることができ、例えばSALL1遺伝子領域ではミクログリアだけでスーパーエンハンサーが形成されているのが特定できる。
次に、こうして解析した染色体構造を、これまで発表されている遺伝子多型解析結果と統合させている。基本的にはどの病気の多型解析にでも使えるが、この研究ではアルツハイマー病の多型解析と比べている。
もちろんそれぞれの細胞ごとにアルツハイマー病と関連する多型を特定できるが、中でも多いのがミクログリアで、結果か原因かはともかく、アルツハイマー病にミクログリアが深く関わっていることがわかる。
さらに重要なのは、ヒストン修飾や遺伝子発現からだけではわからなかった、多型が見られる領域同士の相互作用がはっきりと見られることで、いくつかの遺伝子を例として詳しく解析しているが、詳細は割愛する。
これらのデータも、この大学のデータベースで公開されると思うので、ぜひ多くの若手研究者が利用して、宝の山を当てて欲しいと思う。これはほんの始まりだが、もっと面白い新しい発想の生命情報の統合が進んでいくことが期待される。
2019年12月8日
遺伝的原因、すなわち疾患に関わる遺伝子が特定されていても、実際の病気の発症機構を明らかにするのは難しいことが多い。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文はまさにそんな典型といえる研究ではないだろうか。脳海綿状血管奇形(CCM)と呼ばれる病気の発症機序についての研究で11月27日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Distinct cellular roles for PDCD10 define a gut-brain axis in
cerebral cavernous malformation (脳海綿状血管奇形発症においてPDCD10は腸管―脳軸に特殊な役割を果たしている)」だ。
CCMの8割は特に遺伝的要因がないが、残りの2割は家族性があることが知られ、これに関わる遺伝子が現在3種類明らかにされた。それぞれは様々なシグナルに関わるアダプタータンパク質で、血管形成時のシグナルが異常になり奇形が発生すると考えられているが、わかってないことの方が多い。そんな中、今日紹介する論文のグループは、生後新たに発生してくる脳静脈瘤などの異常がCCMタンパク質の欠損で抑制が効かなくなったMEKKシグナルによること、そして血管内皮のMEKK分子が腸管からのグラム陰性菌由来のLPSが脳に到達することで発生することを証明した(Tang et al, Nature 2017: doi:10.1038/nature22075 )。
今日紹介する論文ではCCM1−3までの別々の変異のうち、CCM3(PDCD10)変異の患者さんだけ、発症が早く病状が重いのかを追求している。
まず血管内皮にだけ変異を導入して、血管内皮内でMEKKを抑えているという点では3種類のCCM分子は全く変化がないことを確認した上で、脳の血管障害を促進する要因を探索し、腸管上皮のバリアーが敗れると、脳血管増殖が高まることを明らかにする。
この結果から、PDCD10が血管内皮だけでなく、腸上皮のバリアー機能に関わっている可能性を着想しこれを追求している。すなわち、血管内皮だけでなく、腸上皮にPDCD10を欠損させると、血管内皮だけで欠損した時と比べると異常の発症が促進される。しかし、他のCCM分子が欠損してもい血管内皮での欠損異常の変化は起こらない。
次にPDCD10欠損により腸内で起こる変化を調べると、腸管内での粘液層の形成が阻害される。 以上の結果から、PDCD10は腸管の粘液分泌と血管内でのMEKK阻害の両方に関わるため、欠損によりグラム陰性菌からのLPSが全身に循環してしまい、異常が早く起こると結論している。実際、これを確かめるため、腸内の粘液層が壊れる処理を行うと、同じように異常が促進されることを示している。
結果は以上で、様々な場所で働く一つの分子の機能が、CCMという病気で一点に集まってしまい、不幸な結果を招くということが明らかになった。ただ、この結果から、遺伝子異常がなくても、腸のバリアーが壊れると、脳や網膜での血管内皮の異常が誘導される可能性も示唆しており、今後の広がりもあるような予感がする。
2019年12月7日
一般メディアではクリスパー/Casシステムを使えば全て遺伝子編集という話になるが、編集というからには切ったり、貼ったり、あるいは必要な配列を挿入したり、自由自在に遺伝子を変化させる必要がある。それに対して、ちょっとハサミを入れるだけで遺伝子編集と思われてしまうので、正確な知識がない人たちは簡単に遺伝子編集という言葉に騙されてしまう。その結果、将来性のないクリスパーを使った技術に投資させられているケースも目にすることがあり、困ったものだと思う。
結局はどんな変異でも治すことができるかが問題になる。1ベースを変化させる(例えばCからTに変える)などは様々なテクノロジーが開発されているが、対象となる変異は半分に満たない。そのため一定の長さを置き換えてしまうのがいいのだが、その技術として現在利用できるhomology directed repairはどうしてもDNAの両端を切ってしまうので、他の場所での変異を引き起こしやすい。
これに対して今日紹介するハーバード大学からの論文はCas9が標的DNA領域の片方に切れ目を入れたあと、それに相補的なRNAをプライマーとしてデザインしたRNAを鋳型に逆転写させることで、望む遺伝子配列を導入する方法の開発で12月5日号のNatureに掲載された。タイトルは「Search-and-replace genome editing without double-strand breaks or
donor DNA(探して置き換える2重鎖切断を必要としないゲノム編集)」だ。
要するに遺伝子クローニングを行うとき私たちが試験管内で行う実験を全て細胞の中でやらせようという発想の研究だ。必要なのはCas9に逆転写酵素を結合させたキメラ分子で、これにより標的の場所に切れ目をいれ、そこからRNA鋳型で逆転写させることを狙っている。これに合わせて、ガイドに用いるRNAも、標的DNAと結合する相補的配列、Cas9と結合する配列とともに、切れ目を入れた3‘端のDNAと相補的に結合して逆転写酵素のプライマーとして働くサイトと、編集後の配列を持つRNA鋳型が結合した少し長いRNAが必要になる。
その後ホストのシステムをうまく使って、編集した側のDNA鎖のみが残るように修復が起これば、ある程度の長さを自由自在に編集し直せることになる。
ただ構想はできても、実際のシステムを組み上げるには様々な改良が必要で、レトロウイルス由来逆転写酵素をCas9のC末につけたほうが良いとか、さらには温度耐性、鋳型への親和性、あるいはRNA分解酵素不活化活性などを変化させた19種類の逆転写酵素を作成し、最初編集効率が5%以下だった方法を10%以上に高めている。
次に、ガイド、Cas9結合、プライマー、鋳型の4役をもつRNAも細かく調整している。さらに、最後の修復時に編集した側のDNA鎖が残るように、編集しない方のDNA鎖に切れ目を入れてしまうようなCas9を使って、バージョン3では、ほぼ望む全てのタイプの書き換えを50%近い確率で可能にしている。
本当にDNA編集が近づいてくると言う実感が持てる結果だが、まだまだ様々な問題を抱えており、正常細胞の編集への道のりは簡単ではないだろう。しかし、方法は決定されたので、後は改良あるのみだと思う。当面はES細胞や動物卵での遺伝子編集を目標に開発が進む。
このようにこの分野の進展は早い。一方ほとんどの人はこのスピードについていけない。その結果クリスパーという言葉だけに惑わされて、技術を売り込まれてしまう。この技術は大丈夫かと気になって目利きが必要なら、いつでも相談は受け付ける。
2019年12月6日
NASHは脂肪代謝の変化により肝臓の脂肪化が急速に進む病気で、他の肝炎と同じように肝硬変や肝ガンへと進展する危険を孕む病気だ。この脂肪代謝の変化を抑える可能性として、Triacylglycerol合成の最終ステップに関わる酵素diacylglycerol
acyltransferase (DGAT)抑制が効果があるのではと考え、阻害剤の開発が続いている。これまでDGAT1の阻害剤は臨床治験にまで到達したが、消化器症状が強くそれ以上進んでいない。これはDGAT1の基質特異性や組織発現の問題と考えられ、より強いDGA特異性を持つDGAT2阻害剤の開発が進められ、ファイザーはPF-06427878(PFと略す)という化合物を開発した。
今日紹介するファイザー社研究所からの論文はこの化合物の全臨床実験から第1相の治験までの結果をまとめたもので11月27日のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Targeting diacylglycerol acyltransferase 2 for the treatment of
nonalcoholic steatohepatitis (Diacylglycerol
acyltransferase 2阻害によるNASH治療)」だ。
ファイザーの研究所からの論文だけあって、創薬のプロセスがよくわかる。最初からDGAT2という標的とそれに対する阻害剤が存在しており、この効果を臨床まで順番に見ていくことになる。
試験管内での酵素活性阻害効果確認の後は、肝臓細胞を使ってトライグリセライド(TG)合成阻害を11nM程度で抑制することを示し、ラットを用いた試験に移る。予想通り西欧型食事を摂取させたラットでも血中TGの低下を誘導することが確認される。それだけではなく、おそらくDAG合成が阻害されることで、脂肪合成全体に影響が見られる。実際、肝臓で脂肪合成を調節する転写因子SREBP1の発現を高脂肪食ラットで調べると、発現が正常化することも確認される。
この結果を受けて次にNASHモデルマウスを用いてこの化合物を投与すると、脂肪肝を元に戻すことができるだけでなく、炎症や繊維化を防ぐことができる。すなわち脂肪代謝を正常化することで、それによる肝臓細胞への刺激を抑えて炎症を止める。
つぎにサルを用いて毒性テストを行い。高い濃度でもほとんど毒性がないことを確認して、第1相の臨床テストに写っている。39人の正常人に様々な用量を経口投与し、2週間目の副作用を調べたところ、はっきりしたものは認められなかったが、心拍数の増加が見られた。
つぎに正常人の肝機能を調べると、GOTやGPTの値が低下するとともに、ALPも低下が見られた。ただ、有意差がない程度の低下。またTGの低下についてははっきりと認められなかった。特に、MRIを用いた肝臓脂肪の検査で、31%の低下がみられ、期待が膨らんだ。
というところで、この研究は終わっている。そしてディスカンションで、この化合物はまだ完全に至適化できておらず、慢性投与に向かないという一言で終わってしまっている。
従って、DGAT2を標的にした創薬可能性については明確だが、薬はまだできていないという結果になる。結局、論文を書いて終わろうといった感じだが、ちょっと拍子抜けだ。しかしぜひ至適化された化合物まで、どこでもいいので作って欲しい。
2019年12月5日
この2日に母が急死し、今日の葬儀を前に10年間やりとりしたメールを読み返していると、2年ほど前から言葉が崩壊していく様子が、言葉による会話を通してより強く感じられる。自分の言葉もいつか崩壊するのだろうかなどと考えながら、今日も論文紹介しようと朝早く探していると、言語誕生を扱ったライプチヒのトマセロさんのグループの論文が目についたので紹介することにした。タイトルは「Young children spontaneously recreate core properties of language in a new modality (小児には言語の基本性質を異なる方法で自然に作り直す能力がある)」で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。
ニカラグアで両親から遺棄されストリートチルドレンとして生活していた聾唖の子供を養育する施設ができ、そこで暮らす子供の数が増えていくにつれて、自然に皆が同じ手話を使うようになったという発見は、言語誕生に関する最も重要な発見として現在もニカラグアの手話として研究されている。ニカラグアの手話だけではなく、聾唖の発生率の高いベドウィンや奄美の村で自然発生した手話も知られており、社会生活に必要な言語を発生させる能力が人間には備わっていることの証拠として考えられてきた。ただ、これらはすべて手話が発生した後の結果を追いかけるもので、最初どのようにその手話が発生するかについては全くわかっていなかった。
これに対し、トマセロさんたちは子供同士に言語を介さない(離れた部屋でビデオモニターを通して相互に全身は観察できるが、音による交流は完全に遮断した状況)で、単語や文を相手に伝える遊びを行わせる中で、その際に生まれてくるジェスチャーによるコミュニケーション手段を詳しく分析するという実験を思いついた。
ニカラグアの言語はずいぶん昔に発見されていたのに、なぜこのような実験ができなかったのか不思議だが、おそらくすでに言語体験を持っている小児を使って実験を行っても、あまり信用されないと思ったのではないだろうか。しかしトマセロさんたちはこんな問題を意に介さず、言語の構造を考えるときに重要なポイントに絞って、子供同士のジェスチャーによるコミュニケーションを分析している。
結論を言ってしまうと、少なくとも6歳になると簡単な文章を伝えるジェスチャーによる言語を新たに作り出す能力があることがわかった。
最初は形態を模したイコンを用いて会話を始めることができる。その後、例えば大きいとか、幾つとか、もう少し抽象的な概念も表現するジェスチャーによって表現するようになる。こうして考案されたジェスチャーは相手にすぐに理解され、一旦それが使われ始まると、今度は相手もそれを使うようになる。また、最初はすべてイコン的ジェスチャーを用いて行われる表現も、徐々にシンボルに置き換えられて、単純なジェスチャーの組み合わせで多くのことを表現できるようになる。この合意が成立すると、今度は複雑な文章を、各要素に区切って(すなわち「大きな」「象」が「いる」といった単語からなる構造)、しかも文法的に表現するようになる。要するに私たちが言語と呼んでいるほとんどの性質が短い間に考案される。とはいえ、対象に選んだドイツ人の子供の頭の中にある文法構造とは全く無関係の構造で、言語体験とは関係なく構造化されると結論している(もちろんもっと検証が必要だと思う)。
最も重要な観察は、イコンを用いた表現を単純なシンボルへと変える力は、その単語を使う頻度で、表現にかかる時間を減らすために、イコンがシンボルへと変わっていく。
他にも、同じ形容詞でも大きさを表す時の方がジェスチャーを区切って表現することなど面白い発見があるが、詳細は省くことにする。
言語誕生についての研究は21世紀の代々の課題だ。是非多くの若者にチャレンジしてほしい分野だ。このホームページでも、言語誕生について少し長い文章を書いて掲載しているので是非何かの参考にしてほしい(https://aasj.jp/news/lifescience-current/10954 )。
個人的には、母のメールを分析して、言語能力の崩壊について考えてみたいと考えている。
2019年12月4日
私が免疫学に強い興味を持った頃、自然免疫という概念はなかった。しかし動物を免疫するとき、あるいはワクチン接種により高い免疫反応を誘導するには必ずアジュバントが必要なことはわかっていた。その後、このアジュバント効果こそが、自然免疫により誘導される局所炎症であることがわかった。この概念を最初に私に教えてくれたのは脳腫瘍で亡くなったJannewayだが、その後この経路に関わるメカニズムの解明は急速に進み、阪大の審良さんや、東大の三宅さんなどを中心に、我が国はこの研究分野をリードしてきた。特にこの二人は、自然免疫システムが刺激される入り口、TLRやMyd88の機能研究で大きな貢献をしており、私も自然免疫というと、これらの分子から、NFkBへの経路をすぐに頭に浮かべることができる。
しかしそれぞれのTLRがどのようにリガンドを認識するのか、これは難しい問題だ。特にRNAウイルスなどを認識するシステムの場合、細胞の中に存在するRNAとどう区別するのか理解する必要がある。また、これが理解されると、新しいアジュバントを開発することができる。
今日紹介するドイツ・ミュンヘンのルードビヒ・マクシミリアン大学からの論文はTLR8を刺激する条件について明らかにした研究で11月27日号のCellに掲載された。タイトルは「TLR8 Is a Sensor of RNase T2 Degradation Products (TLR8はRNaseT2の分解産物のセンサーとして働く)」だ。
RNAが分解された産物を認識するシステムにはTLR7とTLR8が知られているが、TLR7に比してTLR8については研究は進んでいなかったようで、確かに私もあまり論文を読んだ記憶がない。この研究では両方のTLRを発現する白血球細胞株を選んで、それぞれの分子をノックアウトし、まずオリゴヌクレオチド(ON)RNA40がTLR8特異的刺激を誘導できることを確認する。
次に、多くのRNaseを検討し、ついにRNaseT2がRNA40を分解した時だけTLR8が活性化されることを発見する。この発見が研究のハイライトで、あとはTLR8を刺激できる分解産物の特定を行い、刺激に至るプロセスを一歩一歩生化学的に解明している力作といえる。
詳細なデータ紹介は省いて、現れてきたシナリオだけを紹介すると次のようになる。
例えばバクテリアが細胞内に侵入すると細菌はリソゾームで分解されるが、それが合成しているRNAはリソゾーム内のRNaseT2により、プリンとウリジン(U)の配列部位で切断し、5‘端にUを持つオリゴヌクレオチドと反対側の3’プリン基に環状フォスフェートを持つオリゴヌクレオチドを生成する。
この環状フォスフェートを持つオリゴヌクレオチドがまずTLR8に結合するが、これだけでは刺激としては不十分で、これにウリジンが供給されるとスイッチが入るという仕組みだ。このとき必要なウリジンも、RNaseT2により切断されたもう一方のオリゴヌクレオチドの端末から供給されるので、結局RNaseT2はTLR8の刺激に必要なすべてのリガンドを供給することになる。
以上がシナリオだが、RNAの生化学の高い能力と免疫学が合体して可能な、面白い研究で勉強したという気になった。このRNaseの遺伝変異によりウイルスに対する抵抗の欠如とともに、これと相反する自己免疫性炎症が発生するという面白い現象も存在するようで、私たちがアジュバントとして片付けていた現象が、本当に大きな世界へと広がっていることを感じさせる。
2019年12月3日
慢性の腎臓病を総称してCKDと呼んでいるが、その指標として重要なのは腎臓の濾過率で、現在ではeGFRとして血中クレアチニン濃度から計算している。私も年齢とともに低下し、ちょうど60ぐらいになっており、少し気にしている。実際、45を切ると、心血管障害や腎不全に陥る確率がぐんとあがる。ただ、クレアチニンは筋肉由来のため、どうしても筋肉の状態に左右されるため、完全に腎臓の濾過率を反映するのは難しいと考えられていた。
これを解決する検査として開発されたのがシスタチンCの濃度をクレアチンの代わりに使う方法で、体のすべての細胞から産生されるため、安定した指標になると考えられ、保険も適応になっている。ただ、クレアチニンと比べると検査料は高い。
今日紹介するグラスゴー大学からの論文はUKバイオバンクに登録された人の検査記録と死亡率、あるいは心血管系の発作や腎不全の発生を追跡し、シスタチンCを用いる検査の優位性を示した研究でNature Medicine 11月号に掲載された。タイトルは「Glomerular filtration rate by differing measures, albuminuria and
prediction of cardiovascular disease, mortality and end-stage kidney disease (糸球体濾過率測定方法、タンパク尿、そして心血管病、死亡率、腎不全の予測)」だ。
研究ではUKバイオバンクから44万人を抽出し、クレアチンによるGFR算出、シスタチンによるGFR算出とともにタンパク尿の有無などを調べ、その結果と心血管病の発症頻度、末期の腎不全の発症頻度、および理由を問わない死亡率を調べ、それぞれの検査がこれらのリスクをどの程度予測できるか調べている。
さて結果だが、もちろんクレアチニンによるeGFR数値は死亡率や、心臓病の発生率と逆比例し、検査自体は有効であることがわかる。しかし、綺麗に逆比例するというより、カーブは蛇行している。
一方、シスタチンCを用いて同じように死亡率、心臓血管病の発症率、そして末期の腎不全発症率との相関を調べると、ほぼ直線の逆比例関係が見られ、正確にリスクを予想するには圧倒的にシスタチンCを用いる方がいいことが明らかになった。
他にも、両方の検査方法を合わせてみた時、あるいは蛋白尿を合わせてみた時、よりリスク計算が正確になるかも調べているが、あまり効果はない。
以上の結果から、シスタチンCの検査はコストが高いが(実際我が国では1200円ほどで、クレアチニン検査より10倍高い)、それに見合うだけの正確性があるという結論になる。 この結果はすでに何度も指摘されてきたが、UKバイオバンクという驚くべきダータベースのおかげで、間違いないことが完全に確認されたと思う。臨床医にとっては重要な研究で、おそらく健康診断でも標準になっていくような気がする。