気になる治験研究 1 自動車運転中の音楽 (2019.12.2)
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気になる治験研究 1 自動車運転中の音楽 (2019.12.2)

2019年12月2日
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一般の人むけに、今日から気になるの治験研究を探して別枠で紹介することにした。第一回目は、自動車を運転するとき音楽をかけた方がいいか実際に調べた結果を報告したブラジルの研究で、Complementary Therapies in Medicine: vol 46 p158に掲載されている。

研究ではたった5人だが、ラッシュアワー時でイライラする時間に、同じコースを同じ車で運転してもらう。さらに運転席に座った後10分間気持ちをしずめてゆっくり呼吸をしてもらい20分同じコースを運転してもらう。この20分の間、音楽を聞いたときと、聞かなかった状態で、連続的に心拍数の変動を調べている。それぞれの被験者は音楽あり、音楽なしで1回づつ同じコースを運転するが、いつどの順番でテストするかは無作為化してテストしている。

結果だが、心拍数の平均で見ると音楽を聞いていても、聞いていなくてもそれほど変わらない。しかし、フラクタル次元解析と呼ばれる方法で時間・時間の変化を解析すると、やはり音楽を聴いた方が心臓にはいいという計算結果だ。

はっきりいって、単純な方法で見られなかった差も、複雑な解析方法で見れば差が出てくるという結果だが、なににせよ5人だし、音楽の種類や民族性で結果も異なることは間違い無いので、信じるかどうかは皆さんにお任せする。

このような変わり種の治験は問題も多いが、しかし何事も思いつきで決めないで、統計学的に調べてみようという考えは重要だ。その意味で、ドライブ中に音楽を聴く方がいいかどうかすら治験対象になる。ただ、統計学だからそのまま信用できるかどうかについての個人的感想は、今後積極的に述べていく。

12月2日 胚選択で優れた子供を選択するのは難しい(11月27日号Cell掲載論文)

2019年12月2日
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先日ゲノム情報からデニソーワ人の骨格を推察する研究を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/11407)、本当に可能かという疑問は残るにしても、メンデル以来続いてきた遺伝学が全く新しい方向に進み始めたことを感じる。

これはイスラエルの仕事だったが、ゲノムから形質を予想する情報処理法の開発にイスラエルが力を入れているなと感じさせる研究が同じヘブライ大学から発表された。タイトルは「Screening Human Embryos for Polygenic Traits Has Limited Utility(複数の遺伝子が関わる性質を胚選択で達成するには限界がある)」で、夫婦が少しでも優れた子供を産むため、10個の胚の中から一番いい形質を持った胚を選ぶことができるかという問題を扱っている。

はっきり言って、この問題をシミュレーションで調べようと思いついた着想がこの研究のすべてで、あとは情報処理といってCellに掲載されるほどの新規性はほとんどないのではないかと思う(といっても数理については私は全く理解できていないので、そのつもりで読んでいってほしい)。

現在米国でなんらかの遺伝子解析を受けた人が2000万人を越したそうだが、100万を越すデータが集まり始めると、ゲノムから身長やIQを推察するための方法開発が加速している。この計算のために最もよく用いられるのがpolygenic score(PS)で、NBAのバスケットプレイヤーの一人の身長の高さが遺伝要因であることを示すことができている。また、掛け合わせのつがいを自由に選べる育種でも、PSは重要な指標として用いられている。

ただ、人間の場合子供は子供のために自由に生殖相手を選ぶというわけにはいかない。そのため、夫婦からできるだけ多くの受精卵を採取してゲノムを解析、その中でPSができるだけ高い胚を選ぶ方法が考えられる。この研究では、この方法でどの程度の期待する形質が得られるか、完全にゲノム解析が行われている102組の夫婦のコホートデータを用いてシミュレーションした研究だ。

通常体外受精の場合3−4個の胚が作られるが、この研究では10個の胚から選択するという状況で、身長とIQについて胚選択でどこまで高い子供を選択できるか計算している。

これは各夫婦がどPSに関わる多型をどれだけ持っているかに関わるが、多くの多型を選ぶことができて10個の胚を選択する場合でも、身長で3cm、IQで3ポイントあがるのがやっとであることを示している。さらに、選べる胚をさらに増やした場合の計算もしているが、だいたい15個でプラトーに達する。

結論はこれだけだが、これが正しいかどうかすでに子供が成長した28組の大家族で調べて、身長の違いを予測することは難しいことを示している。

もちろんさらに予測に使える多型が増えていくことも考えられるが、結局望む形質を選ぶ目的に胚選択は意味がないという結論になる。なるほどと納得する研究だが、考えてみると当たり前の話で、一般の人たちの倫理観の隙間をうまく利用して論文に仕上げただけの研究だと思う。とはいえ、このようなしたたかさの研究を繰り返す中で、ゲノムから形質を正確に予測する方法が開発されていく。研究にはコンピュータ以外必要ないので、ぜひ多くの若者にチャレンジしてほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月1日 ちょっと意外なジョギングの効果 (Nature Medicine11月号掲載論文)

2019年12月1日
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最近報告されたバージニア大学からの論文は、身に着けるセンサーを用いて毎日の運動を測定し、運動と死亡率を調べたコホート研究だが、日常の運動量が長生きに重要なことを明確に示している (Smimova et al, Journal of Gerontology: doi:10.1093/gerona/glz193 )。しかし、なぜ動脈硬化を防ぎ、長生きにつながるのか、代謝システムのリモデリングを誘導するという以外にメカニズムを創造することは簡単でない。

今日紹介するハーバード大学からの論文はマウスを用いて運動が血液幹細胞の増殖を調節することで慢性炎症を防いでいるという意外な結果を示した論文でNature Medicine 11月号に掲載された。タイトルは「Exercise reduces inflammatory cell production and cardiovascular inflammation via instruction of hematopoietic progenitor cells (運動は血液前駆細胞を調節することで炎症細胞の産生と心臓血管系の炎症を抑える)」だ。

この研究ではマウスの飼育環境にホリールランニングをおいて、自由に楽しんで運動を促している。すると、6週間後には食事の量は増えても体重は低下する。この条件で、炎症に関わる様々な条件を調べると、なんと血液幹細胞の数が低下し、その結果炎症に関わる白血球の数が低下することを発見する。

この原因を突き詰めていくと、脂肪細胞が運動で低下することで、脂肪細胞が分泌するレプチンが低下し、これが血液細胞の微小環境に働いて血液幹細胞を静止期に止めることを突き止める。また、レプチンは血液微小環境のケモカインCXCL12の発現を高めることでこの効果を発揮していることも確かめている。

運動、脂肪細胞減少、レプチン減少、微小環境でのCXCL12発現上昇は、血液幹細胞に一時的な変化だけではなく数週間続く変化を誘導するが、これは多くの遺伝子のプロモーターのクロマチン構造が閉鎖型に変化することによることを示している。

こうして生まれた白血球のリクルート率の低下の効果を調べるため、まず急性の敗血症を誘導する実験を行うと、白血球の動員が少ないおかげでマウスの生存が維持される。またレプチンのシグナルを遺伝的にブロックして血液の産生を低下させると、動脈硬化になりにくく、また心筋梗塞の程度が低くなることを示している。

最後に心筋梗塞経験者のコホート研究の参加者の好中球の数と、レプチン濃度を調べ、週に2−5時間の運動を続けている人の白血球数やレプチン濃度が、運動しない人より低いことを示して、マウスの結果が人にも当てはまることを示している。

以上が結果で、少なくとも私にとっては意外なメカニズムだった。私もできるだけ歩くように心がけてはいるが、もし運動の効果がレプチンを介しているとすると、運動しても内臓脂肪が落ちていない私では、この研究で示されたメカニズムは動いていないと思った方が良さそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

自閉症の科学 34 : 睡眠障害に対する家庭での対処

2019年11月30日
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今月も自閉症スペクトラム(ASD)に関する多くの論文を読んできたのですが、これは重要だと思える論文を見つけることができませんでした。そこで、ASD児を持つ多くの親がおそらく共通に感じていると思われる、睡眠障害を取り上げ、自閉症の治療を目指す米国の団体Autism Speaksが作成した眠りにかんするガイドラインを紹介することにしました。

ASD児の多くは睡眠障害を抱えている

2015年に発行されたSeminars in Pediatric Neurologyに掲載されたZimmermanの総説を読むと(Vol22, Pages 113-125: http://dx.doi.org/10.1016/j.spen.2015.03.006)、ASDの子供を持つ両親のなんと50-80%が、子供の睡眠異常に気づいていることを報告しています。症状ですが、「寝つきが悪く、就寝中なんども起きるので、睡眠時間が短くなる」とまとめられます。

なぜ睡眠障害がおこるのか、様々な仮説に基づいた研究が行われていますが、はっきりしたことはまだまだよくわかっていないと言っていいでしょう。原因がわからないということは、根本的治療はまだ開発できていないということです。このため、現在行えるのは症状に合わせた治療法だけです。例えば米国では重症の子供に対して、睡眠サイクルに関わる脳内物質メラトニンを睡眠前に投与することが行われていますが、おそらくメラトニンが買えない我が国では、薬物を使う治療は一般的ではないと思います。

しかし、睡眠時間が足りないことは、ASDの症状に影響するという報告があります

今年の10月に発表された台湾での6832人の調査研究によると、ゴール達成のために自分の行動や周りの状況を判断し、適切な行動を選ぶ時に必要な実行能力が、睡眠不足により障害されることが示されています(Tsai et al, Psychological Medicine 2019: https://doi.org/10.1017/ S0033291719003271)。

また、比較的症状の軽い7-13歳のASD児についての調査ですが、英国ヨーク大学のグループは、脳波を測る装置を睡眠中に装着してもらって(通常のASD児では寝ている時にこのような検査を行うことは簡単ではありません)睡眠の状態を測るとともに、聞き言葉を判断する検査を行い、ASDの症状の中でも、睡眠、特にREM睡眠の量が言葉の学習効果と相関することを示しています(Victoria et al, Journal of Speech, language, and hearing research 2019: http://eprints.whiterose.ac.uk/149777/ )。

このように、ASDの子供の睡眠時間を少しでも延ばすことは本当に重要です。言い換えると、睡眠が不足することでよりASDの症状が重くなる心配があるのです。ではどうすれば睡眠時間を伸ばせるのでしょうか?もちろん簡単なことではないのですが、家庭でできる方法についてAutism Speaksはうまくまとめてくれているので、以下にまとめてみます。

図1ASD児の睡眠を改善する方法についてAutism Speaksから発行されているパンフレット

1、快適に眠れる環境をつくる

  • 寒すぎず、暑すぎず、外の光がカーテンなどで遮られた、暗い部屋(すこしは薄明かりはあるほうがいい)。
  • ASD児はちょっとした音の変化に敏感なだけでなく、普通なら睡眠を誘うwhite noiseにも敏感なので、兄弟からも離れた静かな部屋で睡眠できるのが望ましい。
  • パジャマを着た時の感触も睡眠に影響するので、タイトなパジャマがいいのかルーズなパジャマかなどいろいろ試してみる。

2、決まった時間に寝起きする習慣をつける

まず、寝る時間と起きる時間をできるだけ守る習慣をつける。そして、寝る前はなるべく身体的な興奮を避け、テレビやゲームをやめて、寝る準備を15-30分かけておこなうようにする(例えば1歳児では15分ぐらい、もう少し大きくなると30分ぐらい。ただあまりに長すぎると逆効果で、準備に1時間もかけるのは間違い)。

3、寝るための準備についてのコツ

パジャマを着る、トイレをすます、手を洗う、歯を磨く、水を飲む、本を読み聞かせる、ベッドに入ると言った寝るまでのセットを決めて、毎日その順番を変えずに、静かに行う習慣をつける。

この時、トイレや手洗いの後のセットは全て寝室で行うようにする。

この順番を絵に描いて部屋に貼って子供にもわかってもらうとより有効。

それぞれの行動の中でどうしても子供が興奮しやすい行動がある場合は、その行動を寝る準備のセットから切り離す方がいい。

4、寝起きの時間を決めることの重要性

決まった時間に寝て、また起きることは大変重要。しかし、子供が成長すると寝る時間は遅くなっていく。しかし、出来るだけ寝起きの時間が1時間以上遅くならないように教える。

子供の習慣にあわせて、親も同じようにできる限り規則正しい生活をおくるよう心がけるのも重要。

昼寝をする場合も、できるだけ決まった時間に取るように心がけ、また可能なら昼寝も同じ寝室で行う。

昼寝の場合は4時までには起こす。十分成長して昼寝が必要なくなったら、昼寝は逆に夜の寝つきを妨げるので避けた方がいい。

規則正しい睡眠にとって、食事の時間が一定していることも重要。夜遅い時間のおやつなどはできるだけ避けるが、炭水化物の多いスナックなどは眠りを誘う効果があるので、ほどほどに使うことはよい。

5、子供が一人で寝られるよう辛抱強く教える

大人も子供も睡眠中に何回も目が覚める。そんな時、普通はまた寝入ってしまうが、一人で寝られない子供は、その度に誰かを頼ることになる。その意味でも、自分一人で寝られるよう教えることは大事。

ではどのように教えればいいのか?

添い寝が必要な子供の場合、自分で寝る習慣がつくには何週間もかかる。まずは添い寝をする時、横に寝るだけでなく、ベッドに座る時間を設けるなど、少しづつパターンを変えてみる。それが成功したら、次は添い寝をやめてベッドの横に椅子を置いて見守るようにする。この間、話しかけたり、見つめたりする時間を減らしながら、椅子を徐々にベッドから離していく。これで様子を見ながら、最初から部屋にいない日を増やしていく。

途中で子供に呼ばれても、部屋にいる時間をできるだけ短くするよう心がける。夜中に起きた場合も、同じようにふるまう。

図2 一人で寝る習慣をつける時に使うクーポン(Autism Speaksのパンフレットより)

成長した子供の場合、就寝中に両親に何かしてもらう時には、図のようなクーポンを使うのも一案。寝る前にこのクーポンを何枚か渡して、夜中に親を呼んだり、抱いてもらったり、親に頼った場合は親にクーポンを返すようにさせる。もしクーポンを使わなかったら、朝に褒美が貰えるようにして、徐々にクーポンを使わず一人で寝る習慣をつける (このようなクーポンも使ったASD児の睡眠プログラムの効果を確かめる、科学的な臨床治験がカナダで進められています(Papadopoulos et al, BMJ Open 2019: doi:10.1136/ bmjopen-2019-029767 )。

6、日中も夜の睡眠を考えて行動する。

睡眠に最も効果が高い行動は日中の運動で、もし学校では運動が足りないと感じたら、家に帰った後も運動するよう指導する。ただ、就寝前の運動は興奮して逆効果になるので、少なくとも身体的運動は睡眠の2−3時間前にはやめるよう教える。

コーヒーやお茶だけでなく、ソーダやチョコレートにもカフェインが入っており、食べた後3−5時間効果を発揮するので、夜はカフェイン入りの食べ物は口にしないよう指導する。

7、兄弟姉妹への影響

一般的に、規則正しい生活を一緒に続けることは、典型児の兄弟姉妹にとってもいい影響がある。また、ASD児の兄弟のために何ができるのか一緒に考えさせることも重要で、できるだけ多くの時間を一緒に過ごした上で、それぞれが就寝しやすい環境を探ることが重要。

以上、私なりに脚色して書いています。同じことが日本の住環境で十分可能かどうか、様々な工夫が必要だと思いますが、ぜひ参考にして自分の家族用のプログラムを作ってください。オリジナルの文章はAutism Speaksのホームページよりダウンロードできます(https://www.autismspeaks.org/tool-kit/atnair-p-strategies-improve-sleep-children-autism)。英語もわかりやすく書かれていますので、Google翻訳なども使いながらぜひ読んで欲しいと思っています。

11月30日 GPR146は動脈硬化防止の標的になるか?(11月27日号 Cell掲載論文)

2019年11月30日
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20世紀の終わり、ヒトゲノムが解読されつつある時、様々な病気と相関がある遺伝子多型のリストが急速に拡大した。このトレンドは、最近の公的バンクの整備により100万を超える対象を調べられるようになると、さらに加速している。ただ問題は、多型を分子機能と対応させるためには、動物実験も含めた丹念な実験が必要で、多型解析の成果を臨床に生かすまでの道は長い。

今日紹介するハーバード大学からの論文は高脂血症に相関づけられていたGタンパク質共役型受容体GPR146がコレステロールの分泌に関わることを突き止めた研究で11月27日のCellに掲載された。タイトルは「GPR146 Deficiency Protects against Hypercholesterolemia and Atherosclerosis(GPR146の欠損は高コレステロール血症と動脈硬化を防止する)」だ。

この研究は血中コレステロールの濃度と関連するrs11761941の下流に存在する遺伝子が薬剤の開発が可能なGタンパク質共役型の受容体GPR146であることに気づき、これが高脂血症治療の治療標的になるのではと着想する。

この可能性を確かめるため、まずGPR146が欠損したマウスを作成すると、HDL, IDL/LDL,及びVLDLと全てのコレステロールレベルが低下することがわかった。すなわち、コレステロールを下げるという意味では、新しい創薬ターゲットになる。

あとはメカニズムを詳しく調べているが、簡単に想像される経路はほとんどノックアウトで影響されず、解明に結構時間がかかったようだ。しかしともかく、細胞レベル、及び個体レベルで納得いく経路を特定している。それをまとめると次のようになる。

まずこの受容体が刺激されると、ERK1/2分子を介して細胞内のコレステロールを感知する転写因子SREBP2を活性化、SREBP2が核に移行してコレステロール代謝酵素などの転写を高め、最終的にVLDL分泌上昇、高コレステロール血症が起こるというシナリオだ。すなわち、コレステロールの代謝経路に関わる分子の転写調節の核と言えるSREBP2の活性をさらにチューニングするシステムであることを明らかにしている。

またLDL受容体が欠損したマウスで起こる動脈硬化を防止できることも示しており、この受容体が高脂血症治療の重要な標的になりうることを示唆している。

結果は以上で、多型解析の結果を創薬などと結びつける研究がようやく進み始めたことを実感させる研究だ。ただ、結局この下流にスタチンのターゲットであるHMGCRも存在しており、これを超える安全な化合物を開発できるかはまだまだ予想できないように思える。少し様子を見よう。

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11月29日 胆汁由来代謝物が免疫系を調節する(11月27日号Natureオンライン掲載論文)

2019年11月29日
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免疫システムの調節に関わる腸内細菌の重要性は、無菌マウスに特定の細菌を丹念に移植して免疫を調べる研究からかなり明らかになっている。この細菌の中には、自ら発現する分子や構造で直接ホストの細胞に作用を及ぼすものもあるが、腸内で様々な代謝物を生成し、これを通してホストの免疫系に作用するものもある。なかでも、脂肪の消化を助ける胆汁酸はコレステロール由来の分子で、これが細菌により変化させられると、様々な生理作用が生まれることが知られている。

今日紹介するハーバード大学とニューヨーク大学からの論文は胆汁由来の化合物をスクリーニングして炎症に関わるTh17と免疫制御にかかわるTreg細胞の機能を調節する化合物を発見した研究で11月27日号のNatureオンライン版に掲載された。タイトルは、「Bile acid metabolites control T H 17 and T reg cell differentiation (胆汁酸の代謝物はTH17とTreg細胞分化を調節する)」だ。 

もともと共著者の一人でこの分野の第一人者Dan Littmanは2011年に強心剤として知られるジゴキシンがTh17の発生を調節するRORγ分子を阻害するという発見を報告していた。今回の研究はジゴキシンが胆汁酸と同じようにステロール核を持つ化合物であるということから、胆汁酸由来代謝物が腸内の免疫反応を変化させているのではと着想したことに始まる。

全部で30種類の胆汁酸由来代謝物をあつめ、CD4T細胞がTh17 及びTregへと分化する培養系に加える実験を行い、3-Oxo-lithocholic acid(LCA)とisoalloLCAがそれぞれ、Th17分化抑制、Treg細胞分化促進活性があることを発見する。この発見がこの研究のハイライトで、胆汁酸が代謝物を通して重要なT細胞サブセット分化を強く変化させられることを示した。

あとはメカニズムと、生体内での機能を調べるだけだが、まずOxoLCAはRORγ分子機能を直接阻害し、Th17分化を抑えることを示している。

一方isoalloLCAの作用メカニズムは簡単ではなく、Foxp3分子の転写を促進してTregを増やすが、作用はミトコンドリアの活性化酸素の合成を高め、これがFoxP3のエピジェネティックな調節を介してFoxP3の発現量を上昇させ、Treg分化を促進すると結論している。

最後に、これらの代謝物が実際に腸内の免疫機能を直接変化させられるかどうかをマウスに炎症を誘導する実験系で調べ、期待通り、

1)3-oxo-LCAはTh17の分化を抑制し、炎症を抑える。

2)3-oxo-LCAとisoalloLCAを同時投与するとTreg の量を高められること。

を示している。

以上が結果で、胆汁酸由来の代謝物のちょっとした変化で、免疫システムのバランスが変化してしまう可能性を示している。今後、これらの物質と腸内での免疫状態との相関が明らかになると、検査の指標や治療に役に立つ可能性が出てくると思う。特に重要なのは、この効果には、腸内細菌叢は必要ないことで、Th17、Tregという最も重要な細胞を直接操作する方法が開発できるのではと期待される。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月28日オメガ脂肪酸は前脂肪細胞の増殖を誘導する(11月27日号Cell掲載論文)

2019年11月28日
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オメガ脂肪酸は発生期の神経発達に欠かせない脂肪酸で、さらに脂肪へのブドウ糖の吸収を高めてインシュリン感受性を上昇させる重要な物質で、ポピュラーなサプリメントの一つだ。しかし、これが脂肪細胞の数を増やすと言われると「え!」と驚いてしまうが、実際にはどうなんだろう。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、オメガ脂肪酸が繊毛に発現しているFFAR4受容体を刺激し白色脂肪細胞を増やすことを示した研究で11月27日号のCellに掲載されている。タイトルは「Omega-3 Fatty Acids Activate Ciliary FFAR4 to Control Adipogenesis (オメガ3脂肪酸は繊毛のFFAR4を活性化して脂肪生成を制御する)」だ。

この研究は最初からオメガ脂肪酸の作用を調べるというより、意外なことに脂肪細胞に分化する前脂肪細胞に繊毛を持っていることに気づいた著者らが、繊毛の機能を調べようと始めた研究のように思う。私たちも前脂肪細胞株を樹立し、長く付き合ったが、繊毛が生えているとは考えもしなかった。前脂肪細胞株を繊毛のみに発現する分子マーカーで染色すると、8割ほどの細胞に繊毛が認められ、増殖中、あるいは白色脂肪細胞へと分化が進むと繊毛は失われる。

では前脂肪細胞がなぜわざわざ繊毛を発現しているのか。この機能を確かめるため、前脂肪細胞で繊毛が形成できなくしたマウスを作成すると、体重の伸びが早い段階で頭打ちになり、調べるとほとんどが脂肪組織の量が減るためであることがわかった。すなわち、繊毛が前脂肪細胞の増殖と脂肪組織の形成に必須であることがわかる。とはいえ、脂肪代謝自体は大きく変化はないので、悪性の脂肪組織生成とは異なっている。

では繊毛にはどのような分子が発現しているのか?遺伝子発現と繊毛の有無を関連させて、FFAR4が繊毛特異的に発現しているGタンパク質共役型受容体であることを発見する。この受容体は、オメガ3脂肪酸で活性化されることがわかっているので、前脂肪細胞株をオメガ脂肪酸で刺激すると、期待通り前脂肪細胞の増殖が高まり脂肪生成が起こる。また、高脂肪食とオメガ脂肪酸を投与された若いマウスの体重は高脂肪食だけを与えた群と比べると30%以上増加する。このことから、繊毛のFFAR4を介してオメガ脂肪酸は前脂肪細胞の増殖を誘導し、これが高脂肪食に反応すると肥満を起こすことがわかった。

ただ、オメガ脂肪酸は直接脂肪の蓄積には関わらないようで、実際このシグナルではPPARなどの脂肪蓄積に関わる分子の発現はあまり上昇せず、実際には染色体の構造化に関わるCTCFの発現制御を通して、遺伝子をオープンにすることがオメガ脂肪酸の作用であることを示している。

以上が結果だが、ではオメガ脂肪酸を摂取すると太るのか?答えはYes/No(ドイツ語ではJainという)で、前脂肪組織の増殖を促すという点では太る可能性をあげるが、脂肪蓄積のスイッチを入れるのは高脂肪食など別の経路で、オメガ脂肪酸自体はインシュリン抵抗性も軽減するので、やっぱり健康には大事という結論になる。ご安心を。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月27日 ピロトーシスと神経変性(11月20日Natureオンライン版掲載論文)

2019年11月27日
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11月23日にカスパーゼ8がピロトーシスのスイッチとして働いていることを示す論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/11765)、ピロトーシスに最も熱い視線が注がれているのが、アルツハイマー病などの神経変性性疾患だろう。すなわち、アミロイドもTauも凝集するとミクログリアのピロトーシスを誘導し、この結果さらに神経細胞死が誘導される悪循環が始まるという可能性が2015年ぐらいから報告されるようになってきた。事実、マウスモデルでピロトーシスの核になるシグナル系であるNLRP3やカスパーゼ1をノックアウトすると神経変性が抑制される。

今日紹介するドイツ、ボン大学からの論文は、この機構をもう少し詳しく調べた研究で11月20日発行のNature オンライン版に掲載された。タイトルは「NLRP3 inflammasome activation drives tau pathology (NLRP3を核とするinflammasomeの活性化がtauによる神経変性を駆動する)」だ。

βアミロイドの蓄積から始まるアルツハイマー病でも、アミロイドの影響が神経細胞内のTauタンパク質のリン酸化に及ぶと神経変性が起こるという2段階で進むと考える人は多い。すなわち神経変性にはTauの病理、Taunopathyが必要であるとする考え方だ。

この研究ではTauのリン酸化が起こる過程に、ミクログリアのピロトーシスが普遍的に関わることを示そうとしている。まずアミロイド沈着のないtaunopathyから始まる前頭側頭型認知症の患者さんの脳を調べ、NLRP3を介するピロトーシス型炎症が起こっていることを確認し、あとはTauの変異を導入したマウスを用いて、Taunopathyの進行とミクログリアでのNLRP3を介するピロトーシスが一致することを示している。また、NLRP3やASC分子欠損マウスとかけ合わせるとTauのリン酸化が抑えられ、神経変性が抑えられることを示している。すなわち、これまで考えられていたように、Tauが神経内で沈殿するとそれが吐き出されてミクログリアに取り込まれ、ピロトーシスが起こり、それによる炎症でTauリン酸化が起こって神経細胞が死ぬというシナリオを確認している。

これらのマウスでの結果をさらに確認するため、試験管内で活性化されたミクログリアの分泌液を神経細胞に加えるとTauとCaMKIIのレベルが上がると同時に、tauのリン酸化が上昇していることを確認する。また、変異型tauを発現している脳の抽出液や、βアミロイド繊維でミクログリアのピロトーシスを誘導できることも示している。

以上の結果から、アミロイドの存在にかかわらず、taunopathyが起こる場合は、必ずミクログリアのピロトーシスが関わっており、これが治療の標的になるというのが結論になる。さて、どこまで臨床にトランスレートできるのか、期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

生命科学の現在 目次

2019年11月26日
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このコーナーには6つの解説がしまってあります。目次をつけておきますので使ってください。クリックするとその場所に飛びます。


1、ゲノム科学

2、無生物から生命の誕生 Abiogenesis研究を覗く

3、生物情報の進化 I 脳以前

4、生物情報の進化  II 脳進化からフロイトまで

5、言語の誕生

6、文字の歴史



カテゴリ:生命科学の現在

11月29日午後5時半から「生命と相分離」(西川伸一のジャーナルクラブ)配信します

2019年11月26日
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今回はJT生命誌研究館の平川さんと、最近はやりの相分離について話し合います。ぜひご覧ください。サイトはここです。https://www.youtube.com/watch?v=tmN0SmZ-2pc

カテゴリ:メディア情報