8月22日 機能的に異なる2つのドーパミン作動性の神経回路形成メカニズム(8月14日 Cell オンライン掲載論文)
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8月22日 機能的に異なる2つのドーパミン作動性の神経回路形成メカニズム(8月14日 Cell オンライン掲載論文)

2023年8月22日
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ドーパミンはパーキンソン病で合成が減少することでよく知られているが、実際には運動調節だけでなく、ムードやモチベーションと言った高次脳機能に関わっており、様々な精神疾患との関連も示されている。これらの機能は、パーキンソン病で問題になる黒質線条体経路、モチベーションや感情に関わる中脳辺縁回路、そしてやはり感情などの高次機能に関わる中脳皮質経路により 主に担われている。

今日紹介するハーバード大学梅森研究室からの論文は、黒質から尾状核被蓋 (CPu) に投射している黒質線条体回路と、中脳の復側被蓋野から側座核 (NAc) へと投射する中脳辺縁系回路という、機能が全く異なる2経路が形成されるメカニズムを明らかにした研究で、8月17日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「The projection-specific signals that establish functionally segregated dopaminergic synapses(機能的に分離したドーパミン作動性シナプスを確立するための投射特異的シグナルについての研究)」だ。

この研究ではまず CPu と NAc でのドーパミン作動性のシナプス形成をラットで調べ、ドーパミン作動性のプレシナプスの形成が生後4-10日に完成することを確認する。すなわち、この時期に投射先の細胞からシナプス形成を誘導する重要な因子が分泌されていることを示唆している。実際培養実験で、CPu 由来の因子は黒質由来のドーパミン神経、NAc 由来の因子は復側被蓋のドーパミン神経特異的にシナプス形成を誘導できることを明らかにし、それぞれの投射領域が特異的に黒質由来、及び復側被蓋由来の神経シナプス形成を誘導していることを発見している。

そこで、この経路特異的分子を遺伝子発現の比較から、CPu 由来因子を BMP2 & BMP6、NAc 由来因子を TGFβ2、またこれに反応する受容体も、それぞれの経路のドーパミン神経で特異的発現が見られることを明らかにしている。そして、CPuのBMP2/6をノックダウン、NAcのTGFβ2遺伝子を脳内でノックダウンする実験を行い、予想通りこれらのシグナルが特異的に、各経路のドーパミンシナプス形成を誘導していることを証明している。

次に、ラットからマウスに実験系を移して、BMP2/6 及び TGFβ2 シグナル下流で働くSmad1 か Smad2 をドーパミン神経でノックアウトしたマウスを作成、BMP2/6 及び TGFβ2 シグナルの機能を調べると、予想通り Smad1 KO では黒質線条体回路特異的にシナプス形成が低下、逆に Smad2 KOでは中脳辺縁系回路特異的にシナプス形成が低下することを確認している。そして、これらのマウスでは、神経投射ではなく、生後に進行する成熟シナプス形成が回路特異的に抑制されることを明らかにしている。

この結果、Smad1 をノックアウトしたマウスでは黒質線条体回路でのドーパミン遊離が低下し、行動実験で運動器が傷害されることがわかる。一方、Smad2 ノックアウトマウスでは、運動機能は正常だが、モチベーションが強く抑えられることを明らかにしている。

以上が結果で、発生学に関わってきた経験から言うと、発生因子の本家本元が、しかもそれぞれの経路特異的に発現して、生後の神経発生に関わっていることは驚きだ。さらに成体になってからノックアウト実験を行い、成体のドーパミンシナプス維持にもそれぞれのシグナルが関わっていることを示しており、今後統合失調症を始め様々な精神疾患のメカニズムを知るための新しい観点が提供されたと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月21日 食事を通して肺を感染から守るメカニズム(8月16日 Nature オンライン掲載論文)

2023年8月21日
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AHR(aryl hydrocarbon receptor)分子についてはこれまでも何回か紹介している。ダイオキシンの毒性を媒介する分子として有名だが、実際には食事や細菌叢からのインドール3をはじめとした様々なリガンドを認識して、免疫系を調整したり(https://aasj.jp/news/watch/21898)、神経活動を調整したり(https://aasj.jp/news/watch/12371)していることを紹介した。

今日紹介する英国フランシスクリック研究所からの論文は、肺へのウイルス感染に対する AHR の役割を明らかにし、感染時に AHRリガンドになる食品をとることの重要性を示唆した研究で、8月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Endothelial AHR activity prevents lung barrier disruption in viral infection(血管内皮の AHR活性化がウイルス感染による肺のバリアー破綻を防ぐ)」だ。

この研究はまず肺で AHR が発現し活動している細胞を、AHR が活性化する遺伝子に蛍光標識遺伝子を導入したレポーターマウスを用いて探索し、これまで研究されてきた血液系細胞や上皮より高い活性が血管内皮に見られることを発見する。

Cyp1 は AHR を刺激するリガンドを分解する重要な分子で、これが欠損すると AHRシグナルは長期に続く。このマウスにインフルエンザを感染させると、免疫系細胞とは異なるウイルスに対するバリアーが存在することがわかる。

このバリアーこそが AHR で刺激された血管内皮ではないかと考え、AHR を血管内皮でノックアウトしたマウスを作成し、インフルエンザを感染させると、血管内皮のバリアーが壊れ、赤血球や白血球、さらに血中蛋白質などが血管外に進出し、肺浮腫と強い炎症が起こることがわかった。予想通り、AHR は血管内皮を活性化してそのバリアー機能を高め、ウイルス感染防御を助けている。

AHR が血管バリアーを維持する分子メカニズムを調べると、血管作動性のペプチド、アペリンが機能の中心になっていることを発見する。実際、AHR の活性とアペリンの発現は平行しており、またインフルエンザ感染でアペリン投与は防御機能を高める。ただ、AHR欠損マウスでは、アペリン受容体の発現も低下するため、アペリン投与の効果が見られない。このように、血管内皮では AHR によりアペリンとその受容体の両方が上昇して、血管のバリアーを高めていることがわかる。

この研究のハイライトは、肺血管内皮での AHR活性を調整しているのが、実際には食事や腸内細菌叢から接種される AHRリガンドであることを示した実験だろう。まず AHR活性レポーターマウスを用いて調べると、インフルエンザ感染だけで AHR活性の低下が見られる。すなわちインフルエンザは肺のバリアーを AHR活性を低下させて破る。しかし AHRリガンドとして知られるインドール13 を混ぜた食事をとることで、もう一度バリアー機能を回復させることが出来る。

この結果は、ウイルス感染もおそらく食事摂取の変化を介して、肺のバリアーに働いていることを示している。従って、インフルエンザ感染時に、例えばアブラナ科の野菜を摂取する、あるいはトリプトファン代謝を変えるプロバイオをとる、さらにはインドール13を直接サプリでとる、などはウイルス抵抗性効果を高めることになる。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月20日 脳内電極記録から聴いた音楽を再現する(8月15日 Plos Biology 掲載論文)

2023年8月20日
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脳研究というとこれまで神経回路の研究だったが、人工知能が導入されてから、脳の興奮パターンと身体機能の回帰から脳をデコードする研究が盛んになってきた。このおかげで、詳しい回路はわからなくとも、神経パターンをデコードし、それを再現することで、脊損患者さんを歩かせたり(https://aasj.jp/news/watch/20924 )、あるいはイメージした文章をデコードして書いてくれるシステム(https://aasj.jp/news/watch/15671)がすでに報告されている。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、脳活動のデコードが音楽にも拡大できることを示した研究で、8月1日号 PlosBiology に掲載された。タイトルは「Music can be reconstructed from human auditory cortex activity using nonlinear decoding models(聴いた音楽を人間の聴覚野の活動から非線形回帰モデルを用いて再現できる)」だ。

上に述べた様に、てんかん巣診断のために脳内に設置したクラスター電極の反応パターンを言葉や運動に回帰させて再現する研究は珍しくない。従って、音楽を聴いた時の脳のパターンと、音楽の持つ様々なスペクトラムを回帰させて、今度は脳のパターンを音楽に転換出来るという結果は特に驚くことではない。ただ、実際にどの程度再現できるのか、この論文では元の音楽と、脳の興奮パターンから再現した音楽を聞き比べることが出来るので、このような研究がどの程度の精度まで進んでいるのかを実感してもらえると思って取り上げた。

是非この論文のサイトに行っていただき→

https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3002176#sec029

ここからS1Audio(元の音楽、ピンクフロイドの(Another Brick in the Wall, Part 1の一節)と、それを聞いた脳活動から再現した音楽S2Audio(線形回帰モデル)、S2Audio(非線形回帰モデル)を聞き比べて欲しい。

この研究では29人に同じ音楽を聴いて集めた2379のフィールド電極から、音楽の反応に対応する時間周波数受容野と呼ばれる347個の領域を特定し、それぞれの領域反応を実際の音楽のスペクトラムと回帰させている。また、ここでは脳活動の早い周期の興奮にのみ焦点を当てている。

次に、実際にはいくつの電極のデータがあればかなり正確なデコードが可能かを調べ、43個(全体の12.4%)のデータでかなりの再現が可能であることも示している。

この研究では、347個それぞれの電極の反応と、音楽の各要素との回帰を調べて、リード楽器の始まりや、その後のパターンに反応する領域、リズムに反応する領域、音楽全体に持続的に反応し、特に声に反応している領域などに分解できることも示している。

そして再現に必要なデータから、それぞれの領域データを除去することで音楽の再現性がどの程度低下するかなどを示している。

結果は以上で、驚くほどの論文ではないが、音楽を知る一つの方法論としては面白いし、聞いてもらえばわかるが再現精度もなかなかだ。

今後本当に驚くとしたら、クラスター電極から今度は刺激を行って音楽のタイトルを当てることが出来たり、あるいは同じデコーダーで異なる音楽を再現できたりするときだろう。しかし、そう遠くない話だとおもう。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月19日 新しいメカニズムの変異Ras阻害剤の設計(8月18日号 Science 掲載論文)

2023年8月19日
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変異Rasがドライバーのガンは5割近く存在するため、変異Ras阻害剤はガン治療を大きく変えると期待されてきた。しかし、アムジェンを始めいくつかの会社から発売されたG12C変異を持つK-Rasに対する阻害剤は耐性ガン細胞が出現しやすく、切り札とまでは到底行かないことも明らかになってきた。

今日紹介するスローンケッタリングガン研究所からの論文は、従来の様にGDP結合部位を標的にした薬剤の代わりに、藤沢製薬時代に後藤さんが発見されたFK506がFKBP12をカルシニューリンと結合させその機能を抑えるのと同じように、Rasと相性のいいイムノフィリン(一種のシャペロン)を変異Rasにリクルートして阻害する薬剤の開発を目指した研究で、8月18日号の Science に掲載された。タイトルは「Chemical remodeling of a cellular chaperone to target the active state of mutant KRAS(細胞のシャペロンを化学的に再構成して活性化K-Rasを阻害する)」だ。

この研究ではイムノフィリンとして Cyclophilin A(CyA) を選び、これに結合する SanglifehrinA をスタートラインに、まさにメディシナルケミストリーの粋を集めて、CyA と変異型K-Ras と結合する化合物を設計し、正常K-Ras は阻害しないが G12C を持つ K-Ras やその他の Ras を阻害できる RMC-4998 を開発した。

RMC-4998は CyA に結合して始めて K-Ras(G12C) と結合し、エネルギー的に安定な CyAとK-Ras 複合体を形成する。こうして形成された複合体は、Ras が CRAF分子と結合する部位を崩壊させてしまうため、下流へとシグナルが伝えられないことを構造学的に確かめている。

こうして開発されたナノモルレベルで Ras と CRAF 以下のシグナル伝達を阻害し、また K-Ras をドライバーとするガン細胞の増殖を、これまで開発された K-Ras阻害剤より早いキネティックスで阻害することが出来る。

最後に人間への応用を考え(既に臨床研究が始まっている様だが)、RMC4998をさらに至適化して経口投与可能な化合物RMC6291を開発、マウスに移植した肺がんや直腸ガンの増殖抑制効果を調べている。ガンによって抵抗性のガンも存在するが、RMC6291は経口投与で多くのガンの増殖を抑えることが出来ている。

以上が結果で、ガンの耐性が起こりやすい増殖因子存在下でも耐性が起こりにくいこと、Rasとの結合部分を再設計すれば他の変異を持つ Ras に対する化合物も可能であることを考えると、Ras阻害剤研究のブレークスルーになる可能性はある。既に臨床研究が始まっている様で、その結果を見たい。

カテゴリ:論文ウォッチ

日本構想フォーラムの新しい企画「今若い人が考えるべきことやるべきこと」

2023年8月18日
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メンバーとして参加している日本構想フォーラム(https://nihonkosoforum.org/)は9月から、若い人との交流を深めようと、法政大学をお借りして「若い世代が今考えるべきことやるべきこと」と題して、セミナーシリーズを企画します。最初は9月2日、14時から法政大学市ヶ谷キャンパスで、メンバーの茂木健一郎さんに話題提供していただきます。既に第2回、第3回ものスケジュールも決まっており、詳細と参加申し込みは以下のサイトからお願いします。 

詳細と参加申し込みはこちらから。 https://plus.onecareer.jp/events/52

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8月18日 デザイン化された細菌叢が誘導するT細胞レパートリー(8月16日 Nature オンライン掲載論文)

2023年8月18日
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ちょうど一月前、子供のT細胞は腸や肺で食べ物や細菌叢によって誘導されることを示した研究を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/22551)。しかし、どのT細胞受容体がどの抗原により刺激されるのかを調べることは、簡単でない。特に細菌叢となると何千もの細菌と何百万もの抗原受容体レパートリーとの相互作用を研究するなどは、不可能に近いと思える。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、この不可能へのチャレンジで、複雑な細菌叢に反応するT細胞を特定し、それを刺激している抗原まで追求した研究だ。8月16日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Mapping the T cell repertoire to a complex gut bacterial community(複雑な腸内細菌コミュニティーに対するT細胞レパートリーをマッピングする)」だ。筆頭著者はおそらく日本からのNagashimaさん。

この研究の背景には、以前紹介した、細菌叢をもう少し単純化したモデルに集約するための人工細菌叢デザインについての、同グループからの論文がある(https://aasj.jp/news/watch/20583)。 この論文では、デザインした細菌叢だけで、通常マウスに匹敵する免疫システムが発生していることが示されていた。

この100種類(実際には97種類と112種類の2タイプあるが、100種類とまとめてしまう)というのがミソで、これにより細菌叢全体に対する反応だけでなく、個々の細菌に対する反応を個別に調べることが可能になる。

とはいえ大変な実験で、無菌動物にデザイン細菌叢を移植、様々なタイプのT細胞が誘導されていることを確認した後、個別の細菌に対する腸内のT細胞の反応を調べ、多くの細菌に対してエフェクターTや抑制性T細胞が反応することをまず確認している。

100種類の細菌と言っても、おそらく無数のT細胞が反応していると思われる。反応している全てのT細胞抗原受容体(TcR)を特定するのは現在のところ難しいが、single cell RNA sequencingで細菌叢を移植したマウスで出現頻度の高い TcR をまず37種類選んで、その抗原反応性について調べている。強調しておくが、実験は大変で、全てのTcRをウイルスベクターに組み込み、一つづつ反応を IL2量で測定できる細胞に導入して、各TcRの個別の細菌に対する反応性を調べている。

結果だが、ほとんどのTcRが複数のバクテリアに反応し、20種類近くのバクテリアに強く反応するTcRも10種類以上特定されている。このパターンから、細菌叢から強く刺激を受けるT細胞のレパートリーは、以外と限られたセットに集約してる可能性が示唆された。

この研究の素晴らしいのは、ここで止まらず TcR が対応している抗原まで調べた点だ。最も強い反応を誘導する細菌グループのゲノム・ライブラリーを導入した大腸菌を用い、どの抗原が反応を誘導するかを探索し、最終的にバクテリアの分子取り込みシステムと結合している SBP蛋白質の、しかも限られたペプチドであることを突き止める。さらに、もう一つのグループの細菌の抗原も同じように検索し、TPRL分子を特定している。

結果は以上で、多くの TcR受容体が細菌叢により動員されると思うが、実際に強い反応を示すのは、限られた抗原ペプチドに対する TcR に収束することを示した面白い研究だ。特に少数の抗原ペプチドに、複雑な反応を収束させることが出来ると、細菌叢による免疫反応を人為的に調節するワクチンも夢ではなくなる。

デザイン細菌から、TcR、そして抗原まで、このグループの研究には今後も注目したい。

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8月17日 肌の色の大きな多様性を決める分子の探索(8月11日号 Science オンライン掲載論文)

2023年8月17日
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現役時代の一時期、色素細胞の発生を研究していたので、他の人より肌や毛の色を決めるために多くの遺伝子が関わっていることは知っていた。肌の色を決めるメラニンの合成と、その皮膚細胞への移行は極めて複雑で、メラニンはメラノゾームと呼ばれる特殊なエンドゾームで合成される。すなわち、まず特殊な構造とメラニン合成系を備えた初期メラノゾームがエンドゾームから形成され、それが成熟して最終段階になる間に、内部でメラニンが合成される。ただ、私たちの時代はどうしても一つ一つの分子の機能にこだわり、この複雑な合成系に関わる分子を俯瞰的に見ることはほとんどなかった。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、メラノソームの細胞内密度を簡単に測る方法を開発し、メラノゾームの質、量を決める分子をCRISPRの網羅的スクリーニングで行い、169種類の肌の色に関わる分子を特定し、その一部の機能を明らかにした研究で、8月11日号 Science に掲載された。タイトルは「A genome-wide genetic screen uncovers determinants of human pigmentation(ゲノムワイド遺伝子スクリーニングにより肌の色の決定要因が明らかになった)」だ。

これまで利用されなかったのが不思議だが、細胞内のメラノゾームの成熟と密度の指標として、フローサイトメーターでの側方散乱量を用いている。血液学では、顆粒球やマスト細胞などの顆粒量を反映する指標として確立しており、当然色素細胞でも適用できる。

あとは、色素細胞株の全遺伝子をCRISPRでノックアウトし、それにより側方散乱量が上げる or 下げる遺伝子をリストし、全部で169種類の遺伝子を特定している。

このスクリーニングでは、成熟色素細胞内で働いている遺伝子のみ特定できるので、発生や、細胞増殖などに関わる遺伝子は除外されるが、これまで特定されている遺伝子はたった34種類だけだ。

リストされた分子は、予想通りメラニン合成に関わる遺伝子の発現、そしてエンドゾームからメラノゾームへの成熟過程に関わる遺伝子になる。そして、このうち7割近くが、肌の色が黒い人ほど色素細胞での発現が高い。またほとんどが、肌の色や毛色と相関する SNP とリンクしていることも確認された。すなわち、メカニズムの詳細はともかく、メラノサイトでのメラニン色素の密度に関わることが確認された。

例えばヨーロッパ人でこれら遺伝子がどう選択されてきたのか調べていくと、明らかに色が白くなる方に選択されていることがわかる。すなわち、住む場所に応じた遺伝的適応が起こることがわかる(おそらくビタミンD吸収に関わる?)。

そして最後に、これまで色素との関係が全く知られていなかった KLF6 と COMMD3遺伝子とメラノゾームとの関わりを詳しく調べている。

結果だが、KFL6 は数百の遺伝子の発現を調節して、メラノゾームの成熟を定量的に調節していること、また COMMD3 はメラノゾームの ATPase を調節して pH を上昇させることで、メラニン合成酵素の働きを高めることで、色素量を調節していることを示している。

以上が結果で、メラニンの量に着目することで、新しい世界が開けた。おそらく白い肌を目指す化粧品会社にとっては重要なリストではないだろうか。

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8月16日 気になった臨床研究3編(8月10日 Nature Medicine オンライン掲載論文他)

2023年8月16日
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臨床研究で気になった論文3編をまとめて紹介する。

最初はイタリアトリノ大学からの論文で、通常の治療に反応しないループス腎炎に対する抗CD38抗体治療の第1相治験だ。

ループス腎炎はSLEに合併する腎炎で、かっては副腎皮質ホルモンしか治療法がなく、難しい病気だったが、現在では様々な免疫抑制剤が利用できる様になっている。それでも、一部は治療に応答しないケースもあり、現在様々なモノクローナル抗体の効果が調べられている。

この研究が用いるCD38抗体は、現在多発性骨髄腫の治療に用いられている抗体薬で、形質細胞で発現が高いが、実際にはT細胞も含め多くの免疫細胞で発現が見られる。この研究では治療応答性の悪いループス腎炎患者さん6人に、CD38抗体のみの治療を行って経過を見ている。

コントロールのない観察研究だが、1例を除いて残り全員で抗DNA抗体、蛋白尿、クレアチニン、インターフェロンγ が低下し、一方免疫を抑える IL-10 の濃度が上昇することを観察している。第一相のプライマリーアウトカムである副作用はほぼないという結論だ。

単純に骨髄腫の治療と同じメカニズムで働いているのか、あるいは他の免疫抑制機構が働いているのかさらに調べる必要があるが、期待を上回る結果で、第2、第3相の治験を待つことになる。

次もNature Medicineにオンライン掲載された、脳卒中後1-3年経過したリハビリ中の患者さんの小脳歯状核に深部電極を設置し、手の機能回復に対する効果を調べたクリーブランドクリニックからの論文だ。

これまで、迷走神経刺激や皮質刺激で、卒中後のリハビリを促進する試みが行われてきたが、結果はまちまちだ。この研究では、それまでのマウスやサルを用いた動物実験に基づき、小脳、視床、大脳運動野などと神経結合し、運動の調節に関わる歯状核に深部電極を設置した点が新しい。

電極を設置してから3ヶ月はリハビリのみで経過を見ており、4ヶ月目から電気刺激を取り入れている。すると、リハビリだけではゆっくりしていた回復が、電気刺激により大きく促進され、刺激やリハビリを中止しても機能が保全されることがわかった。

さらに機能回復に応じて、脳のPET検査による代謝改善も見られることから、脳細胞自体の活性も高まっていると考えられる。

この治療は卒中後1年の患者さんも、3年目の患者さんも回復度に差がないので広く適用できると期待されるが、遠位の運動機能、すなわち手や指の機能がある程度残っていないと、効果はあまりないのが残念だ。専門家でないので、実際の快復度についてイメージがわかないが、リハビリ効果をためられるなら期待したい。今後の第3相試験を期待したいが、この場合コントロールがどのように設定されるのだろう。

最後はハーバード大学が8月8日米国医学雑誌に掲載した論文で、閉経後の女性を20年以上追跡するコホートで、砂糖入り飲料と肝臓ガンの関係を調べた調査研究だ。

Brigham and Women’s Hospital を中心に組織化された10万人規模の閉経後の女性追跡コホートで、3年目に聞き取り調査を行い、調査日前3ヶ月での砂糖入り飲料、あるいは人工甘味料飲料の消費量で層別化し、それぞれのグループの肝臓ガン、及び肝硬変による死亡率を調べている。

結果は明瞭で、毎日1本以上(200ml−500ml飲料)飲み続けていた女性では、20年目の肝臓ガンや肝硬変死亡数は2倍に達し、補正後のオッズ比で1.9に達している。

それ以外の一週間に1-6本というグループではほとんど飲まない人と差がないので、もう少し詳しい層別化も必要かと思うが、砂糖入り飲料の問題を浮き彫りにしている。

一方、この調査で人工甘味料入り飲料では全く飲まない人と差がないので、様々な問題は指摘されていても、人工甘味料入り飲料は肝臓疾患という点では許容できるという結論だ。

当たり前と言えば当たり前だが、肝臓ガンの発生率を調べた研究はほとんどないので、その意味では重要だと思う。

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8月15日 ここまで来たヒト化マウス研究:マウス肝臓をヒト細胞で置き換える(8月9日 Cell オンライン掲載論文)

2023年8月15日
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動物をヒトの細胞で置き換える研究は何十年も続けられてきた。scidマウスと呼ばれる免疫不全マウスが発見されたとき、ヒト細胞への拒絶反応が抑えられる期待で研究が加速した。その結果、ヒト血液幹細胞をマウスの中で自己再生、分化させることがかなり可能になった。ただ、ヒトと動物の壁は免疫だけではない。組織維持に必要な様々な分泌因子は、マウスの分泌因子で置き換えられない因子が多い。すなわち、目的の組織を環境ごと変化させる必要がある。これを実現するためには、膨大な努力と時間がかかる。

この難題にチャレンジしてきたのがイェール大学の Richard Flavell 率いる研究グループで、免疫不全だけでなく、自然免疫に関わるマウスサイトカインを一つづつヒト遺伝子に置き換えたマウスを作成していた。こうして出来たヒト化マウスは、ヒト免疫系の再構成に利用され、新型コロナウイルス感染を防ぐモノクローナル抗体作成にも活躍した。

今日紹介する Cell の論文は、その Flavell グループが満を持してヒト化臓器再構成に取り組み、イージーな方法をとらず一歩一歩ヒト化を可能にしてきた地道な研究が花咲いた画期的な成果で、8月9日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Humanized mouse liver reveals endothelial control of essential hepatic metabolic functions(ヒト化されたマウス肝臓は基本的な代謝を調節する血管の役割を明らかにした)」だ。

この研究では5種類のサイトカインがヒトに置き換わったマウス(Flavellマウスと呼ぶ)を肝臓の酵素欠損により生後肝臓細胞が失われる Fah(-)マウスと掛け合わせて使っている。2007年、Fah(-)マウスを免疫不全マウスと掛け合わせ、ヒト肝臓細胞を移植すると、生き残るマウスでは肝細胞がヒト化することが Grompe らにより示され、肝臓ヒト化マウスとして期待を集めた。しかしマウスとヒトの壁を完全には乗り越えられないため、人間の肝臓研究に広く用られるまでには至っていなかった。

まず Flavel x Fah(-)マウスに、ヒト胎児肝細胞からCD34(-)細胞(主に肝臓細胞)とCD34(+)細胞(血液や血管)を別々に調整し、肝臓に直接移植して3ヶ月後の肝臓を調べている。結果は期待通りで、見事に様々な肝臓構成成分がヒト細胞で置き換わる。そして、血管や血液などはほとんどCD34(+)から由来することが確認された。おそらく、ヒト化したサイトカインの働きだけでなく、再構成された様々なヒト細胞が相互作用をして、ここまで見事にヒト化が成功したと考えられる。

そこで肝細胞のソースを胎児肝ではなく成人の肝細胞に変え、胎児肝のCD34(+)細胞とともに移植すると、100%の肝細胞が成人ヒト肝細胞で置き換わる一方、血液細胞、血管内皮、星状細胞、そして驚くことに胆管細胞まで胎児肝CD34(+)細胞に由来する肝臓ができあがった。すなわち、肝細胞と、それ以外の細胞を別々に再構成できることがわかった。またこうして出来た細胞構築はほぼ完全に正常構造を持っていることも確認している。

こうしてヒト化された肝臓を持つマウスは、普通のマウスとは大きく違う。例えばマウスでは低レベルの血中LDLが、人間並みに高レベルを示す。そして、胆汁酸はマウスと異なりグリシンと結合している。このデータを見るまで、マウスもヒトも肝臓の脂肪代謝は同じかと思っていたが、その違いについて改めて勉強できる。勿論、脂肪の多い食事で脂肪肝を簡単に誘導できるし、肝臓の線維化を誘導すると人間のコラーゲンが分泌された肝硬変になる。

このように、これまで行われてきたイージーなヒト化マウスとは全く異なる新しいモデルマウスが生まれたことになるが、圧巻は血管内皮と肝臓細胞との相互作用が、ヒト肝臓のコレステロール代謝に必須であることが明らかになったことだ。

このシステムの素晴らしいのは、肝細胞とそれ以外の細胞を別々に再構成できる点だ。これを利用すると、肝細胞以外はマウス由来という動物も作れる。もしマウスの分泌因子がヒト肝細胞に働けないとすると、その機能が欠損したマウスが出来ることになる。

肝細胞以外の細胞(NPC)をヒト、あるいはマウスで再構成して比べると、ヒトNPCによってだけ肝細胞の代謝に関わる遺伝子発現、特にコレステロールなどの脂肪代謝に関わる遺伝子が大きく変化することがわかった。また、胆汁酸のヒト型の処理も、ヒトNPCが必要であることも明らかにされている。このように、ヒト細胞同士でないと再現できない機能は多い。

そして最後に、NPCのなかでも血管内皮細胞が肝細胞を刺激する主役で、驚くことに内皮が分泌するWnt2と肝細胞が発現するその受容体FDZ5が、NPCにより誘導される相互作用の全てであることを示している。すなわちヒトWnt2はマウスWnt2で置き換えられない。

まだまだ紹介したい結果はあるが、後は自分で読んで欲しい。ほぼ完全にヒト化された肝臓システムが出来ただけでなく、Flavell達がずっと強調してきた、マウスサイトカインを一つづつヒトで置き換えることの重要性が改めて示された。おそらく次は血管内皮のWnit2がヒト型に変えられた動物も作られるのではないだろうか。脂肪細胞や膵島がヒト化されれば、まさに代謝研究は違う段階に入る。

素晴らしい研究で感動した。Flavell達の研究が新しい地点に到達し、地道な努力がついに実ったことは本当にめでたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月14日 血管性認知症のメカニズム(8月7日米国アカデミー紀要掲載論文)

2023年8月14日
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認知症というとアルツハイマー病と考えられてしまうが、高血圧に伴う血管性認知症も全体の2割以上を占める深刻な問題で、軽度な症状で発見されても、血圧を下げる以外に全く治療法がない。

今日紹介するマンチェスター大学からの論文は、独自に作成した高血圧マウスを用いて高血圧で脳血流量が低下するメカニズムを調べた研究で、8月7日号米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Uncoupling of Ca 2+ sparks from BK channels in cerebral arteries underlies hypoperfusion in hypertension-induced vascular dementia(BKチャンネルから放出されるカルシウムスパークから切り離されることが高血圧による血管性認知症の血流量減少の背景にある)」だ。

この研究では独自に作成した、複数の遺伝子が関わって発症する高血圧モデルマウスを用い、人間の血管性認知症と同じように、不安症が強い記憶障害が起こっていることを確認する。また、このマウスでは脳血流量が15%減少して認知症の原因になっていることを示している。

この原因についてだが、これまでの研究で脳毛細血管のカリウムチャンネルが低下しており、これが原因の一つであることを突き止めていた。さらにこの研究では、より大きな小動脈の異常についても生理学的に調べ、小動脈が収縮しているためおおよそ10%の内径の減少が見られることを確認する。

この小動脈収縮の生理学的原因を調べ、小動脈周りの平滑筋が発現しているカルシウムにより活性化されるカリウムチャンネル(BKチャンネル)の活動が低下し、これが小動脈の持続的収縮の原因であることを突き止める。

原因となるチャンネルが特定されると、後は生理学的実験を重ねて、変化の原因を調べることになる。当然遺伝子変異ではないので分子の構造は変化していない。ここからは血管生理学というか、BKチャンネルの活性化機構についてのプロフェッショナルな研究で、少し説明がいる。

BKチャンネルを活性化させるのは、小胞体からリアノジン受容体を介して放出されたカルシウムで、そのためにはリアノジン受容体とBKチャンネルが近接して高いカルシウム濃度にBKを晒す必要がある。このため、BKチャンネル活性の低下は、小胞体からのカルシウム分泌の低下、あるいはBKチャンネルの発現低下などが考えられる。

ところがこのマウスでは、カルシウムの遊離及びBKチャンネルの密度などは全く変化がないことがわかった。しかしよく調べると、BKチャンネルとリアノジン受容体が高血圧マウスでは近接していないことがわかった。すなわち、カルシウムが遊離されていても、その場所にBKチャンネルが存在していないため、刺激できていないことがわかった。

結果は以上で、簡単に述べてしまったが、BKチャンネルとリアノジン受容体の分布異常については、微細組織学の粋を集めた実験で、是非自分で見て欲しい。

個人的にも、血管性認知症については、動脈硬化など血流量が減れば仕方がないで片付けていたが、血管の緊張異常として新しく示されると、納得した。ただ、これが原因だとすると、細胞内の構造の問題なので、治療法を考えるのは難しそうだ。

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