5月3日 炎症を抑える脳回路(5月1日 Nature オンライン掲載論文)
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5月3日 炎症を抑える脳回路(5月1日 Nature オンライン掲載論文)

2024年5月3日
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迷走神経は私たちの体と心をつなぐ重要な神経系として、様々な臓器のホメオスターシスを維持しているのは、つい先日食べ物を見るとインシュリン分泌を誘導して、肝臓のミトコンドリアの変化を誘導するという論文で見たばかりだ(https://aasj.jp/news/watch/24397)。

今日紹介するコロンビア大学からの論文は、特定の臓器だけでなく、体全身の炎症を脳幹の孤束核の細胞が関知し、さらにサイトカインを調節して炎症を抑える役割があることを示した研究で、5月1日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A body–brain circuit that regulates body inflammatory responses(全身の炎症反応を調節する身体 – 脳回路)」だ。

この研究ではまず LPS を腹腔投与したときの血中サイトカインの動態と、炎症によって刺激される脳幹の細胞を調べている。LPS を投与すると、分単位で IL-6、IL-1、TNFα のような炎症誘導サイトカインとともに、炎症を抑える IL-10 も誘導される。そしてこのとき、孤束核の神経細胞が興奮すること、そしてこれら神経興奮が迷走神経除去で消失することを発見する。

すなわち LPS による炎症反応は迷走神経を通って、脳孤束核の興奮を誘導する。このとき興奮する神経細胞を、興奮により誘導される Fos 遺伝子を遺伝学的にラベルする方法で、特異的に興奮あるいは抑制できるマウスを作成し調べると、抑制すると炎症性のサイトカインの上昇を抑えることができず IL-6 や IL-1 の血中濃度は数倍に上昇する。一方、炎症を抑える IL-10 は発現が抑制される。

逆にこの神経を興奮させると、炎症性サイトカインが抑制され、抗炎症性サイトカインの発現が何倍にも上昇する。実にうまくできている調節系だ。

この反応に関わる細胞を Fos でラベルした後、single cell RNA sequencing を用いて調べると、原則的に興奮神経でドーパミンを合成する DBH 分子を発現する細胞であることを確認する。これに基づいて、DHH を発現する細胞だけを興奮させると、炎症が抑制できることを示している。

次に、迷走神経を刺激する因子について探索し、なんと炎症で誘導される IL-10 に反応する TRPA1 陽性迷走神経システムと、IL-6 などの炎症性サイトカインに反応する CALCA 陽性システムに分かれることを明らかにしている。これも本当かと思うほどうまくできている。

最後にこの炎症を調節する孤束核システムを刺激できるマウスを用いて、致死量の LPS を投与する実験を行い、この経路を独立に刺激することですべてのマウスのサイトカインストームを押さえ、生存ができることを示している。

以上が結果で、孤束核の神経興奮が最終的に炎症調節をおこなうエフェクターメカニズムは不明のままだが、間違いなく脳回路により炎症を抑制することで、我々は炎症が持続しないようバランスをとっていることがわかる、面白い論文だ。もちろんこれらの回路は脳回路だが、意識されることはない。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月2日 プロスタグランジン E2 がガン免疫を抑制するメカニズム(4月24日 Nature オンライン掲載論文)

2024年5月2日
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プロスタグランジンE2(PGE2)は炎症メディエーターとして一般の方にも広く知られているが、ガン免疫を抑制する作用が最近注目されるようになった。例えば2022年、医学部で同級だった成宮君の研究室は PGE2 阻害剤の投与によりガン組織で炎症が抑えられるだけでなく、Treg の上昇を抑えることで、ガン免疫が高められることを明らかにしている。

今日紹介するミュンヘン工科大学からの論文は、成宮研と同じ方向の研究だが、阻害剤の代わりにT細胞だけで PGE2/PGE4 のシグナルを受ける受容体をノックアウトして、ガン免疫が高まるメカニズムを解析した研究で、4月24日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「PGE 2 limits effector expansion of tumor infiltrating stem-like CD8 + T cells(PGE2 はガンに浸潤している幹細胞様の CD8T 細胞を増殖させる)」だ。

すでに述べたように研究目的は、PGE2 がガン免疫を抑制するメカニズムを探ることだ。キラーであれ Treg であれ、ガン免疫に関与するのは T細胞なので、すべての T細胞で PGE2 に反応する受容体、PGER2 と PGER4 をノックアウトしたマウスを作成して、メラノーマに対する反応を調べている。

結果は見事で、ガンの増殖をほとんど抑えることができる。しかも、この反応は完全に CD8T 細胞だけで起こっており、CD4TR 細胞を抗体で抑制してもガン免疫は維持される。

この効果のメカニズムを詳しく探っていくと、リンパ節からの細胞のリクルートをブロックしても効果が見られることから、ガン組織の中で起こっている現象と結論できる。Single cell RNA sequencing で T細胞抗原受容体遺伝子と遺伝子発現をパラレルに調べる実験から、CD8T 細胞の中でも TCF1 陽性の自己再生し分化細胞を供給する幹細胞機能を持った T細胞が、ノックアウトマウスでのみ腫瘍組織内で増殖していることが明らかになった。

さらに、腫瘍組織で増殖している CD8T 細胞の遺伝子発現プロファイルから、この増殖を支える因子を IL-2 受容体刺激と特定し、CD8T 細胞を IL-2 で刺激するとき、PGE2 を加えると、IL-2 反応が押さえられること、またこの抑制が PGE2 による IL2γ 受容体の発現抑制によることを明らかにしている。

以上のことをまとめると、PGE2 は TCF1 陽性 CD8T 細胞に作用して IL2γ 受容体の発現を抑えることで、腫瘍内のキラー細胞の増殖分化を押さえているという結論になる。

そこで、最後に卵白アルブミンを導入した腫瘍と、卵白アルブミンペプチドに対する CD8T 細胞をセットにして、ガン免疫反応を単純化した実験系で、担ガンマウスに PGE2 に反応できない CD8T 細胞、あるいは反応でき正常T細胞を移植し、腫瘍内での CD8T 細胞の増殖を調べると PGE2 に反応できないCD8T 細胞だけが腫瘍内で増殖し、腫瘍増殖を抑制することを明らかにしている。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月1日 食べ物を見ただけで肝臓のミトコンドリアが変化する(4月26日号 Science 掲載論文)

2024年5月1日
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脳と身体のつながりは、食事を見るだけでつばが出るといった反応で知られるように、生命維持に最も大事な摂食時の変化がよく研究されている。なかでも視床下部弓状核から分泌される AgRP と POMC は摂食行動だけでなく、肝臓での糖や脂肪代謝の調節に関わるとして知られている。

今日紹介するドイツ・ケルンにあるマックスプランク代謝研究所からの論文は、特に POMC を発現する神経の興奮により起こる肝臓の変化を、特にミトコンドリアに焦点を当て詳しく調べた研究で、4月25日 Science に掲載された。タイトルは「Food perception promotes phosphorylation of MFFS131 and mitochondrial fragmentation in liver(食物の存在を感じると肝臓で MFFS131 がリン酸化されミトコンドリアの断片化が起こる)」だ。

この研究ではマウスを16時間飢餓状態に置いた後、食べ物を見つけても食べられないという状況で、肝臓のミトコンドリア分子のリン酸化パターンの変化を網羅的に追求し、ミトコンドリアの分裂を誘導する MFF 分子の131番目のセリンがリン酸化されることを発見する。

この肝臓での変化が POMC 発現神経の興奮で誘導されることを、この細胞特異的に刺激する光遺伝学で確かめている。驚くことにこのリン酸化反応は食事を見つけたときから5分で始まり、10分でピークになるが、食べられないとわかると低下する。一方、食べ物を与えたグループではそのままのレベルが維持される。すなわち、一種の満足反応が肝臓細胞レベルの、しかもかなり早い反応を引き起こしている。

このときのミトコンドリアの状態を見ると、やはり5分で分裂が始まり、10分ぐらいでピークに達し、これが MFF 分子のリン酸化で調節されていることがわかる。さらに、POMC 神経を光遺伝学的に刺激しても、同じように分裂を誘導できる。

では食べ物を見た時に起こる PMC 神経興奮が、MFF 分子のリン酸化、続くミトコンドリア分裂を誘導するメアニズムは何か?MFF 分子のリン酸化パターンを解析し、インシュリンの下流で働く AKT ではないかと考え、生化学実験、遺伝学的実験によりこれを確かめ、食物を感じる刺激が、AKT のリン酸化を通して、MFF 分子のリン酸化を誘導していることを明らかにする。そして、AKT を活性化するのはインシュリン分泌自体であると結論している。すなわち、POMC 刺激はインシュリン分泌を促し、肝臓細胞を刺激、AKT 依存的ミトコンドリア変化が誘導されることになる。

この論文では POMC 神経反応とインシュリンの関係には踏み込んでいないが、視床下部から直接膵臓への神経支配が存在することが2016年シカゴ大学によって明らかにされており、この経路が動いたと想像する。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月30日 ビタミンDがガン免疫を促進する意外なメカニズム(4月26日号 Science 掲載論文)

2024年4月30日
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ビタミンDが免疫を高めるという話はよく耳にするが、ビタミンD (VitD) は核内受容体に結合して様々な分子の転写を誘導することを考えると、別に不思議はないと思っていた。しかし、本当はもっと複雑なメカニズムが介在しているようだ。

今日紹介する英国フランシス・クリック研究所とCancer Research UKからの論文は、VitD は確かにガン免疫を増強するが、これは腸内上皮に対する作用の結果、Bacterioides fragilis と呼ばれる細菌が腸内で増える結果、ガン免疫が増強されるという、大変複雑なメカニズムを示した研究で、4月26日号Science に掲載された。タイトルは「Vitamin D regulates microbiome-dependent cancer immunity(ビタミンDは細菌叢依存性のガン免疫を調節する)」だ。

VitD は血中で Group Specific Component(Gc) と呼ばれるタンパク質と結合し、各組織に運ばれるが、この分子が欠損してもマウスの骨形成は維持されるため、主に VitD が直接細胞に吸収されないよう、バッファーの働きを持っていると考えられている。また他にも、死細胞から放出されたアクチンを処理する機能もあると考えられてきた。

この研究では Gc のガン免疫機能への役割が調べられ、ノックアウトマウスにガンを移植すると、正常マウスと比べ強くガンの増殖が抑えられることを発見する。また、これらの抑制が CD8 キラー細胞の増強によるもので、PD-1 や CTLA4 に対する抗体治療を高めることも明らかにしている。

この研究のハイライトは、Gcノックアウトマウスと正常マウスを同じケージで飼育すると、Gcノックアウトマウスのガン抑制機能が移行することで、便移植でもガン免疫増強作用を移行させられることから、Gc欠損が腸内細菌叢を変化させ、これがガン免疫機能を増強していることを明らかにする。

次にこの現象に VitD は関与しているのか、ノックアウトマウスを VitD 欠乏食で飼育して調べると、ガン抑制効果が失われ、また正常マウスでも高い濃度の VitD を摂取させることでガン抑制作用が上昇することから、VitD がこの現象に関与していること、そして Gc がないと VitD がバッファーされずに直接組織に吸収されるため、結果として高濃度の VitD 摂取と同じ効果があることが明らかになる。

以上から、最終的な VitD の効果は細菌叢を介することから、おそらく細菌叢に近い腸管上皮にまず働きかけ、それが細菌叢の変化を誘導するのではと考え、腸上皮特異的に VitD 受容体をノックアウトしたマウスを作成して調べている。期待通り上にに対する VitD の作用が失われると、高濃度の VitD を摂取させても、ガン免疫は増強されない。

次に、VitD で上皮が刺激されることで起こる細菌叢の変化を様々なフィルターをかけて調べていくと、最終的に Bacterioides fragilis のみ腸内で増加していることを発見する。そして、この菌を正常食で飼育した正常マウスに移植すると、ガン抑制効果が誘導され、この効果は VitD 欠損食で失われることを明らかにしている。

以上、Gc 欠損マウスから始まって、VitD が上皮に働くと腸内環境が変化し、Bacterioides fragilis の増加が可能になり、それが免疫系に働いてガン免疫を増強するという話だ。重要なのは正常マウスに Bacterioides fragilis を感染させてもガン免疫が増強することで、人間でも確認されると面白い。人間のデータベースから VitD 受容体の高い患者さんはガンでの生存確率が高いことや、VitD の低い人のガン発生率の上昇などを示しているが、マウスの結果を反映したものではなく、臨床研究が必要だろう。いずれにせよ、血中カルシウム濃度を上昇させない程度の VitD 摂取は発ガン抑制には効きそうだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月29日 ミニコロン:新しいオルガノイド培養法(4月24日 Nature オンライン掲載論文)

2024年4月29日
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オルガノイド培養は今や様々な臓器に拡大して、これまで実験動物でしかできなかった様々な研究が可能になっている。例えば昨年6月に紹介したように、人間の胃のオルガノイド培養を2年間も維持して、胃ガン発生過程を試験管内で再現した研究には(https://aasj.jp/news/watch/22309)本当に驚いた。

しかし細胞の自己組織化に基づくオルガノイド培養は、実際の組織を完全に反映できていないという批判が続いていた。培養という人工的な技術なら当然の話だが、それを少しでも現実の組織に近づけようとする試みが進んでいる。

今日紹介するスイス・ローザンヌ工科大学からの論文は、ハイドロゲルをデザインし、そこに腸管上皮を並べるミニコロンと呼ぶ培養方法を開発し、single cell level で発ガン過程を追跡できるだけでなく、そこでの細胞の活動が、一般的なオルガノイドより遙かに正常組織に近いことを示した研究で、4月24日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Spatiotemporally resolved colorectal oncogenesis in mini-colons ex vivo(ミニコロンを用いて空間・時間的に展開した大腸直腸ガン発生過程)」だ。

ミニコロンの作成方法については2020年6月号の Nature に同じグループが発表しており、ハイドロゲルをデザインして、クリプトを持つ腸管をマイクロフルイディックスの中に再構成したシステムで、クリプトには幹細胞と増殖する Transit amplifying population からできている。ただ、絨毛様構造は存在しない。私の説明ではわかりにくいと思うので、百聞は一見にしかず、オープンアクセス論文に掲載されている図1(https://www.nature.com/articles/s41586-024-07330-2/figures/1)を見てイメージをつかんでほしい。

こうして作成した腸管モデルは、1)長期間培養維持が可能、2)幹細胞から分化細胞がリクルートされる幹細胞システムが維持され、3)すべての細胞でのイベントを測定し、また操作可能である、という特徴を有している。

今回はこのモデルを発ガン過程の解明に用いている。光で活性化できる Cre を使って単一細胞レベルで遺伝子の誘導や除去を行う方法を用いて、直腸大腸ガンの発生に必須の Kras 変異、APC 除去、および p53除去を同時に誘導すると、まず細胞の剥離と細胞死が起こり、その後ポリープ様の増殖を示す細胞から、ガンが発生し、結果としてミニコロンの構造が破壊されることを、顕微鏡下で完全に捉えている。さらに、Apc、K-ras、p53 それぞれの遺伝子を別々に誘導または除去する実験から、3つが同時に存在する時にガン性の増殖が起こることを示している。驚くのは、3種類の遺伝条件が同時にそろったとき、細胞の急速な増殖が始まるので、光照射後5日という極めて短いタイミングでみられる点で、異常増殖という観点であれば、ガン化の過程を極めて圧縮して研究できることになる。

ミニコロン由来のガンを、普通のオルガノイドやマウス体内でガン遺伝子セットを誘導したガン細胞とも比較している。まず、普通のオルガノイドで誘導したガン細胞は、増殖因子を培養に加えないと増殖できないが、ミニコロンや体内で誘導したガン細胞では、基本培地のみでガン細胞は増殖できる。

この違いを single cell RNA sequencing で調べると、マウス体内で誘導したガンに匹敵するぐらいのガン細胞多様性をミニコロンは維持する結果、増殖因子を自ら供給できる階層的なガン組織が形成され基本培地だけで増殖できることを明らかにしている。

Single cell RNA sequencing 解析から、ガン組織を形成する幹細胞は活性酸素による細胞死を抑制する GPX2 の発現が強いことが示されたので、この機能を抑制する thiopronin を管腔とは反対の基底膜側から処理すると、ガン性増殖を抑えることができる。

また、大腸ガンの増殖を促進することが知られている細菌叢による胆汁酸代謝物 deoxycholate を管腔側から供すると、ミニコロンでのガン増殖が促進されるが、そこに同じく細菌叢由来のブチル酸を加えるとガン増殖を抑制できることを示し、このミニコロンが様々な用途に使えることを示している。

以上が結果で、2020年に開発されたミニコロンが発ガン過程の解析に有用であることを示し、通常のオルガノイドに代わる方法としてもっと普及させたいと強い意志を述べている。私は自己組織化に頼る方向から人工デザインへという流れは当然だと思っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月28日 交通騒音は鳥の生殖に深刻な影響を及ぼす(4月26日号 Science 掲載論文)

2024年4月28日
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騒音は物理的刺激と同時に脳を介する精神的刺激にも転換される。そのため、単純に暴露される音の量で量ることは難しい。これまでも騒音が鳥の生態に及ぼす作用については研究されてきたが、音そのものの質と量が及ぼす影響を調べた研究は多くなかった。

今日紹介するオーストラリアDeakin大学からの論文は、交通騒音の鳥の生態と言うより、生理や生殖に及ぼす影響を調べた研究で、4月24日 Science に掲載された。タイトルは「Pre- and postnatal noise directly impairs avian development, with fitness consequences(ふ化前とふ化後の騒音は鳥の発生に影響して適応を低下させる)」だ。

実験は簡単だけに、説得力は大きい。まず、母親への影響を避けるために、ふ化後常に親を必要としないオーストラリア・フィンチの卵と雛を使って実験している。すなわち、騒音に晒すときには、親はほかの足に映す。

騒音だが、65dbの録音した交通騒音と母親の声を用意している。ふ化前5日間、ふ化後5日間をセットにして、それぞれの録音を4種類の組み合わせで夜通しきかせ、その結果を調べている。この研究のすごいのは、効果を2年後、4年後に実験した個体から生まれた健康な子孫の数で評価している点だ。すなわちまさに進化でのフィットネス、生殖優位性ををテストしている。

結果だが、産む卵の数は交通騒音でも、母親の声でもほとんど違いはない。しかし、卵から正常にふ化する子孫の数となると、ふ化前、ふ化後いずれの場合も交通騒音を聞かせたときは数が減少する。効果としてはふ化前の方が影響大きく、ふ化前、ふ化後両方に交通騒音でさらすと、正常数の半分を切っている。

面白いのは、全く音を聞かさずにふ化前ふ化後5日間過ごした場合も、親の声を聞かせた場合と比べると少しふ化確率が低下することで、ただの音圧ではなく、脳を通した音の影響を調べていることがわかる。

この差の原因を調べる目的で、今度は音を聞かせた個体自体の身体について調べると、騒音を聞かせたグループの初期の成長が抑えられる。ただ、この低下は40日間の間に正常に追いつくことができる。ただ、音を聞かせた個体の血液で調べる、テロメアの長さや、ヘマトクリットは騒音で低下し、さらに40日間でもこの異常はそのまま持続する。

以上が結果で、残念ながらメカニズムは全くわからない。いずれにせよ、ただの音圧で異常が起こるわけではないので、今後脳の認識機構を含めて面白い研究に発展する可能性がある。もちろん世の中への警告としては十分だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月27日 ガン細胞だけを殺すヘリカーゼ阻害剤(4月24日 Nature オンライン掲載論文)

2024年4月27日
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ガンの分子標的治療に期待が集まるのは、薬剤がガン細胞だけに作用して副作用が抑えられると期待できるからだ。そのため、多くの標的薬はガン・ドライバーとして働く変異型に特異的化合物を目指している。ところが最近になって、ガン特異的変異分子を標的にしなくても、ミスマッチ変異修復機構が欠損して、ゲノムの不安定化が生じているガンを殺す可能性が報告された。2019年 Nature に掲載された論文で、DNA複製時におこる塩基のミスマッチが修復できないガンが、WRNヘリカーゼに強く依存しているという発見に基づいている。すなわち、WRN遺伝子をノックアウトすると、ミスマッチ修復がうまくいかずに microsatellite instability (MSI) が見られるガンだけが殺される。

MSI は大腸ガン胃ガンの2割程度に見られることから、WRN の機能をブロックする化合物ができれば、MSI を示すガンを殺せることが期待できる。今日紹介するスイスのノバルティス生物医学研究所からの論文は、経口摂取可能なWRN阻害剤を開発についての論文で、4月24日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Discovery of WRN inhibitor HRO761 with synthetic lethality in MSI cancers(MSI ガンの合成的致死性を誘導する WRN阻害剤 HRO761 の発見)」だ。

WRN はヘリカーゼとしてだけでなく、様々な機能を持つことが知られている。ただ、MSI を示すガンを守る役割はもっぱらヘリカーゼ機能にあることが知られているので、ヘリカーゼ機能に必須の ATPase 活性を阻害する化合物をスクリーニングし、15万種類の中から一つだけ期待する阻害活性を示したリード化合物を特定する。後は、様々な修飾を加えて、脂質への親和性を高め、3回の修飾を経て、大きな分子量ではあるが、経口摂取可能な化合物 HRO761 を開発する。

こうしてできた化合物と WRN分子の構造解析を行うと、HRO761 が結合することでタンパク質の構造が変化してしまい、ヘリカーゼ機能が阻害されること、さらに727番目のシステインと共有結合するタイプの阻害剤であることが明らかになった。

同じ号の Nature にカリフォルニアの創薬ベンチャー Vividion Therapeutics が、WRN阻害化合物を探索し WRN阻害化合物 VVD133214 開発についての論文を発表している。重複するので詳細は省くが、この研究は最初からシスティンと共有結合する阻害化合物に絞って探索している。Ras12C変異を阻害するアムジェンの化合物もそうだが、最初からシステインとの共有結合できる化合物を狙うという創薬方法がはやってきているように感じる。

話を HRO761 に戻すと、WRN遺伝子ノックアウト、ノックダウン実験で見られた同じ効果、すなわち MSI を示すミスマッチ修復異常を示すガン細胞のみを殺す作用がある。そして作用の背景にはミスマッチ修復異常の効果が代償されることなくそのまま出てしまう、すなわち DNA切断が起こり、細胞周期が停止するが、このとき p53 が全く関与しないのが特徴になる。

後は様々なガン細胞株を移植したモデルで治療実験を行い、期待通り MSI を示すガンであれば原発を問わず、殺すことを示している。

最後に、ヘリカーゼにより DNAのらせん構造がほどけることで生じるストレスを和らげる酵素、トポイソメラーゼを阻害するイリノテカンと併用することで、理論通りより高い効果を示すことも明らかにしている。

以上が結果で、マウスの実験で投与量が120mg/Kgとかなりの量が必要なので、人間でも本当に大丈夫かなという気はするが、新しいメカニズムの抗がん剤として成功する可能性はあるとおもう。

カテゴリ:論文ウォッチ

4月26日 ゲノム科学が古代の家族や社会構造を明らかにする:Avar民族のゲノム解析(4月24日 Nature オンライン掲載論文)

2024年4月26日
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古代ゲノムの研究は、おそらく研究人口が少なかったことから、最初はネアンデルタール人やデニソーワ人が暮らしていた時代に集中していたように思うが、急速に研究人口が広がり、多くの研究が我々ホモサピエンスの歴史を扱うようになっている。そのおかげで、例えば、異物や骨だけからは結局推察に過ぎなかったインドヨーロッパ語の起源なども、かなりの説得力でわかるようになってきた。

今日紹介する古代ゲノム研究のメッカ、ライプチヒのマックスプランク人類進化学研究所を中心とするドイツとハンガリーからの論文で、このブログでも一度紹介したことのある、東アジアから東ヨーロッパに移動し紀元6世紀から8世紀にかけて存在したAvar民族(https://aasj.jp/news/watch/19476)の墳墓から発見された何百もの骨から採取したDNAを解析し、家族・社会構造を明らかにした研究で、4月24日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Network of large pedigrees reveals social practices of Avar communities(大きな家系のネットワークからAvar民族の社会慣行が明らかになる)」だ。

この研究のすごいのは、ハンガリーで発見されたAvar民族の4つの墳墓から出土した424体の骨からDNA を採取し、平均2カバレージのゲノム解読を行ったことで、古代ゲノムだと考えると大変な仕事だ。これにより、血縁関係の特定できる世代を超えた家族を集めることができ、婚姻を中心に社会や家族のルールを明らかにすることができる。

また、異なる地域の墓に埋葬された個体に血縁関係があるかを調べることで、Avar族の家族間のつながりを調べることができる。繰り返すが、すべて400人以上の個体を調べて初めて得られる結果で、これがどのぐらいの実験量なのか私には知るよしもない。

一番大きな集団は Rákóczifalva から出土した202人からなる家族で、これまで調べられた他の遊牧民族と同じで、完全に父系家族構成になっている。さらに、近親間の婚姻の後が全く認められないことから、母親はすべて他の家族に由来している。事実、母親として特定されたすべての個体は、同じ場所に父親が発見されない。

子供のゲノムと、父母のゲノムを対応させることで、一夫多妻であったこともわかる。2人から4人の妻と家族が形成されている。また、おそらく夫が死亡した場合、その兄弟と女性が結婚することも頻繁に行われていた証拠が見つかっている。

次に4つの地域に埋葬されている個体間の血縁関係を調べると、男性では地域間の移動は全く見られないが、女性では地域間の関係を認めることができることから、各地域や異なる家族は、嫁を迎える関係でつながっていたことがわかる。

このような家族関係については、他の研究も存在するが、200年という短い期間東ヨーロッパに存在したAvar族では、東ヨーロッパの移動時期から、消滅するまでを一つの家族で世代を追いかけて調べることができる。特に、父系を追跡すると、それまで同じように存在していたいくつかの家系の中から一つの家系が優勢になる歴史の転換点を特定できる。その転換点とは、なんと一人の女性が家系1から、家系2へと移ったタイミングで、家系1が途切れるポイントで、おそらく何らかの政治的変化の結果と考えられる。

あとは、Avar民族がアジア由来で、ヨーロッパとの交雑は2割程度と高くなかったこと、ストロンチウムアイソトープから、長距離の移動は行っていないこと、家系によっては一部のメンバーが雑穀のような穀物を多く摂取していたこと、などを示している。本当にいろんなことがわかるということが実感される論文だが、我が国の歴史ももっともっとゲノム科学の光を当てる必要があると思う。

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4月25日 神経伝達因子に対するアストロサイトの反応とシグナル伝搬(4月17日 Nature オンライン掲載論文)

2024年4月25日
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アストロサイトは神経活動の支持細胞として神経回路の維持に関わるとされてきたが、シナプスを囲むように神経と接して、そこで分泌される神経伝達物質に反応することで、伝達物質の取り込みや、血管の制御による酸素供給、そしてシナプスの可塑性調節など複雑な機能を持つことが徐々に明らかになってきた。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、脳スライスや生体脳の Caイメージングを用いて、アストロサイトのグルタミン酸や GABA に対する反応とともに、反応の伝搬について詳細に観察した研究で、4月17日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Network-level encoding of local neurotransmitters in cortical astrocytes(脳皮質アストロサイトでの局所神経伝達物質のネットワークレベルのエンコーディング)」だ。

アストロサイトがシナプスで分泌されるグルタミン酸や GABA に対する受容体を発現しており、これが刺激されると神経のようにチャンネル開放による膜電位の変化は起こさないが、Gタンパク質活性化、IP3の合成を介して細胞内で貯蔵されていたカルシウムが細胞質に放出されることで、一種の興奮状態を誘導できる。これまで、アストロサイトの興奮は、細胞や脳スライス全体に伝達因子を加える実験で調べられてきたが、この研究ではレーザーを当てた場所だけで刺激物質が活性化される「ケージ化合物活性化」と呼ばれる方法を用いて、アストロサイトを局所的に刺激し、細胞内のカルシウム放出をカルシウムセンサーを用いて追跡している。

伝達因子に対する神経の反応は大体ミリ秒単位の反応だが、アストロサイトの場合、100秒以上続く細胞内カルシウム上昇を観察することができる。そして、グルタミン酸受容体刺激の方が GABA 受容体刺激より強い反応が起こる。脳スライス培養でこれを確認した後、実際の脳で同じことが起こることをマウス脳のイメージングで確認している。脳内で、刺激場所からカルシウム放出が方向性を持って細胞内を広がる写真は感動ものだ。

次に、細胞上の局所刺激が、細胞を超えて周りの細胞へと伝搬する過程を追跡している。刺激されると150秒の間にほぼ200ミクロンに存在する細胞に興奮が伝搬する。すなわち、同じような細胞内カルシウム放出が他の細胞でも誘導される。この伝搬も神経とは全く異なり、細胞間にできた GAP 結合を通ってカルシウムや IP3 が伝達されるためで、この結合を切ると伝搬は強く抑制される。

最後に、グルタミン酸刺激と GABA 刺激でのシグナル伝搬の様式について調べ、強い反応を誘導するグルタミン酸刺激は、周りの細胞の興奮レベルを全般的に上昇させるとともに、強く反応する細胞が順番にシグナルを伝える一方、GABA 刺激では周りの細胞全体の反応性は上がるが、強く反応した細胞が現れてシグナルを伝達する様式は見られないことを明らかにしている。

以上が結果で、これらの結果がシナプスの可塑性維持にどう関わるのかなど機能的な面はわからない。しかし、シナプスでの神経刺激が数百ミリ秒続いた後、同じ刺激がアストロサイトの興奮として200秒近く維持されることは、神経伝達の重み付けにはかなり重要な働きをしているように感じる。このようにゆっくりした反応を組み合わせることで、脳回路の省エネも実現しているのだろう。これにさらに血管の制御が加わるとなると、アストロサイトの機能は、人工知能研究にとっても鍵になるかもしれない。

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4月24日 皮膚免疫システムの男女差(3月12日号 Science 掲載論文)

2024年4月24日
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男女差はないと困る領域と、ない方がよい領域に分かれる。阪大の林さんたちが示したように、幹細胞工学の粋を極めれば、オスだけから個体を作ることは可能だが、作った個体の発生にはメスの体が必要になる。すなわち、性や生殖は男女差が必須の課程といえる。一方、X染色体の不活化が起こる巧妙な過程を見ると、多くの生命過程では男女差をなくす方向に進む。その究極が、20世紀に進んだ男女差別をなくす社会レベルの取り組みといえる。

ただ、どれほど男女差をなくす方向にシステムが進化していっても、制御しきれないほころびが残る。これが、例えば病気の男女差として現れてくる。この前のCovid-19パンデミックで、男性の方が重症化しやすかったのは典型的な例だ。

今日紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、皮膚の樹状細胞ネットワークの男女差が発生するメカニズムについての研究で、比較的古典的な研究だが、免疫系で残る男女差の複雑性を知ることができた。タイトルは「Sexual dimorphism in skin immunity is mediated by an androgen-ILC2-dendritic cell axis(皮膚免疫の性差はアンドロゲン、ILC、樹状細胞を核に維持される)」で、4月12日号 Science に掲載された。

免疫の男女差についての研究は数限りなく発表されてきたので、何を今更と思って読み始めたが、マウスでもわかっているようでわかっていないことがまずわかる。まず驚いたのが、皮膚、肺、腸といわゆる体の外側と上皮で接している組織で、様々なタイプのリンパ球の数を雄雌で比較すると、皮膚や肺では大きく変動しているのに、腸ではほとんど男女差がない点だ。

さらに驚いたのが、細菌叢への反応が雄雌の差に関わるのではと、無菌マウスで調べると、肺でのリンパ球の数の差が消失する点だ。なぜここまで各臓器で差が出るのか不思議だ。特に、細菌叢が男女差を形成している肺で何が起こっているのか是非知りたいところだが、この研究ではこれ以上の追及は行われていない。

結局、体本来の仕組みによる違いとして、皮膚の免疫システムが残り、この性差のメカニズムが追求されている。結果は割と単純で、実験の順番にこだわらず答えをまとめると次のようになる。

まず性差の最終結果は、樹状細胞のネットワークの密度として反映されている。すなわち、女性の方が密度が高く、免疫反応を促進する体制になっている。

この差を生み出すのは、エストロゲンではなくアンドロゲンで、アンドロゲンのレベルが低下するとオスでもメス型の樹状細胞ネットワークに発展する。他の組織でアンドロゲンの差が見られない理由については、皮膚ケラチノサイトがアンドロゲンを合成しているので、この結果全身のアンドロゲンレベルの差が強く皮膚では見られると説明している。

アンドロゲンが働くのは、リンパ組織や炎症の核として働く2型 innate lymphoid cell(ILC2) で、アンドロゲンの作用により ILC2 が分泌する GM-CSF が押さえられ、結果樹状細胞ネットワークの形成が押すでは押さえられるというシナリオになる。

結果は以上で、研究としては古典的な研究で、納得して終わるのだが、いろんな連想を誘発する。特に面白いのは、皮膚だけでアンドロゲンの差が生まれる点で、元々性差は皮膚で表現されることを考えると、アンドロゲンがケラチノサイトで発現されて、アンドロゲンへの感度を上げる必要があった名残かもしれない。また、GM-CSFは 欠損すると肺胞蛋白症の原因になるが、皮膚で樹状細胞ネットワーク形成の主役になっていることも、気になる点だ。性差の研究はこれからも面白い分野として続くと思う。

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