9月9日 昆虫食を続けると何が起こる(9月8日号 Science 掲載論文)
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9月9日 昆虫食を続けると何が起こる(9月8日号 Science 掲載論文)

2023年9月9日
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アリクイの様に昆虫を主食にする動物だけでなく、昆虫食は蛋白質源としてサルの脳の進化にも関わるという話がある。中でも面白いのは2014年に紹介した、アルコールデハイドロゲナーゼ4が、オランウータンにはなく、ゴリラ以降我々まで存在しているという話だ(https://aasj.jp/news/watch/2661)。すなわち、類人猿が地上に降りる機会が増えると、熟した果物を食べる様になり、同時にその中に混在する昆虫が蛋白源となり、脳の進化にも寄与したという仮説だ。

この真偽はともかく、昆虫食、特に豊富に含まれるキチンを食べ続けるとどうなるのかについて調べた面白い論文がワシントン大学から9月8日号 Science に発表された。タイトルは「A type 2 immune circuit in the stomach controls mammalian adaptation to dietary chitin(胃に存在する2型免疫サーキットがキチン食への適応を調節している)」だ。

実は2014年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のグループにより、キチン食が自然免疫を刺激して好酸球浸潤を伴う消化管の炎症を起こすことを示した論文が発表されている。当然昆虫食に対するよいイメージはない。

これに対し、詳しく調べればキチン食にも良い効果があるのではと詳しく調べたのがこの研究だ。まず昆虫を主食とする動物が食べるキチン量をマウスに投与すると、2014年の論文で示された様に IL-25、IL-33、そして TSLP の3種類のサイトカインを媒介として、自然免疫に関わる ILC2 細胞が活性化し、この細胞により分泌される IL-5 や IL-13 により好酸球浸潤を伴う炎症が起こる。

ただこれだけでなく、キチン食では胃が膨満し、内容物も2倍以上に増加する。さらに調べると、キチン食はまず胃のタフト細胞を刺激し、ここから分泌される様々な因子が、胃を膨満させ、これにより刺激されたメカノセンサー細胞から IL-25 などの ILC2 刺激因子が分泌され、自然炎症が誘導されることが明らかになった。風が吹くと桶屋が儲かる話ぐらいややこしいが、この過程にリンパ球や、腸内細菌叢は全く関わっていない。

では、キチン食を続ければどうなるのか。驚くことに、胃の上皮が発達し、腸の長さも10%異常上昇する。また、好酸球の浸潤を伴う炎症も続く。しかし、キチン食は胃の膨満を誘導するだけでなく、GLP-1 をはじめとするニューロペプチドの分泌も促す。

うまくいけばメタボが改善されるのではと、高脂肪食を摂取させて調べると、インシュリン感受性は昆虫食で改善する。ただ、脂肪が減って体重が低下するまでには至らない。

これは、キチンが速やかに分解されるためではないかと考え、キチン分解酵素の発現を調べると、胃では分泌腺に発現して、キチン刺激により誘導され、特に酸性条件でキチンを速やかに分解することがわかった。従って、キチン刺激は脂肪代謝まで改善するより前に、分解されていることがわかった。

この結果はまた、哺乳動物も昆虫食に適応するため、胃をプログラムし直して、キチンを摂取したときに、キチン分解酵素を分泌する様になったと考えられる。

以上が結果で、昆虫食への適応としてのキチン分解酵素の誘導システム形成の副作用として、IL-5 分泌を伴う2型アレルギーが誘導されるように見えるが、このグループはこれも、消化管への寄生虫感染に対応するための適応ではないかと考えている様だ。

いずれにせよ、昆虫食(エピカニの殻も同じ)は、普通の食事とは異なることがわかった。炎症が起こっても大丈夫かについては、昆虫食を続けている人たちの疫学調査を待つしかない。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月8日 動物モデルの脳科学実験はどこまで人間で確かめられるか?(8月30日 Nature オンライン掲載論文)

2023年9月8日
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最近の脳内留置電極を用いた ヒト脳の研究は目を見張る勢いで、例えば脳活動から行動を再現すると言ったデコーディングは実用化のレベルまで達しており、後は安全な長期留置が可能な電極が開発されるかにかかっている。しかし、神経回路となると、あらゆる場所に電極を置くことが出きないため、研究は簡単でない。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、甘くて脂肪の多い食べ物の味を覚えてしまうと、同じ食べ物についつい手が伸びて過食になる現象の神経回路を人間で解明しようとした研究で、8月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「An orexigenic subnetwork within the human hippocampus(食欲増進のサブネットワークが人間の海馬の中に存在する)」だ。

マウスを用いた研究で、視床下部外側 (LH) の MCHホルモンを分泌する神経から、海馬領域のドーパミン受容体発現神経に投射する神経回路が、美味しい食べ物を覚えて、その食べ物を好む行動に関わることが示されているが、人間では研究が進んでいない。

そこでこの研究では、この回路を人間で研究するとしたら何が可能かを追求している。まず、LHと海馬腹側外側領域(dlHPC)が実際に結合しているか、高解像度の7テスラMRI を用いた確率論的トラクトグラフィーを用いて確かめている。ただ、この方法ではどうしても正確さに欠けるので、両方に電極を留置した希な患者さんを利用して、それぞれの刺激実験を行い、両者が機能的な神経結合を持つことを示している。

ただ、これだけでも飽き足らず、実際の神経投射があるのかについては、死後脳を用いる実験を計画、許可を得て MCHホルモン染色を用いた免疫組織学を行い、解剖学的当社を確認している。

以上、両者の結合を示す証拠を示した上で、次に機能実験を行っている。課題はミルクセーキタスクと呼ばれており、画面で見たミルクセーキに対する神経反応を測定している。面白いことに、水には反応せずミルクセーキに反応して起こる海馬の活動は、θ波と呼ばれる 4−5Hz の成分で、統合された情報が伝えられているときに見られることを考えると、海馬で美味しい記憶が統合されていることが覗われる。

最後に過食の女性でこの回路を MRI で調べると、過食の女性ではこの回路の結合性が有意に低下していることを明らかにしている。個人的には、結合性が上昇するから過食になるのかと思っていたが、統合することは過食を抑制することにも関わるのかも知れない。

以上が結果で、一つの回路を人間で調べるためには何が必要かを教えてくれる面白い論文だ。ここまでの実験を可能にするためには、基礎臨床ががっちりとタッグを組む体制が必要で、是非我が国でもこのような研究を可能にする仕組みが必要だろう。でないと待っているのは、マウスの実験だけで満足する袋小路だけだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月7日 「胸腺びっくり動物園」第二章:びっくり動物園を可能にするのは Aire転写因子だけではない。(9月6日 Nature オンライン掲載論文)

2023年9月7日
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私たちのT細胞免疫システムが、自己と外来の抗原を区別できるのは、T細胞発生過程で自己抗原に触れたクローンが除去されるセントラルトレランスと呼ばれるメカニズムが存在するからだ。この概念は重要な免疫学ドグマの一つだが、身体全体に散らばる自己抗原に胸腺内でどうして出会えるのかについては長くわかっていなかった。

これに対して昨年紹介した Dian Mathis 研究室からの論文は、Aire という分子が胸腺上皮で発現すると、ランダムに様々な分化細胞を模倣する転写プログラムを誘導し、胸腺内に身体中の細胞ライブラリーができあがっていることを示し、長年の謎が解けた(https://aasj.jp/news/watch/19920)。

今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、身体中の模擬細胞を胸腺内に誘導する胸腺びっくり動物園実現には、Aire だけではなく、他にもそれぞれの細胞群の転写プログラムを誘導する転写因子が働いていること、そして模擬細胞プログラムをちゃっかり利用して、胸腺自身の細胞増殖をも調節していることを示し、胸腺びっくり動物園には第二章が存在していることを示した重要な研究で、9月6日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Thymic mimetic cells function beyond self-tolerance(胸腺模倣細胞は自己トレランス誘導を超えた機能を持つ)」だ。

胸腺内に実現した様々な分化細胞のライブラリーは、single cell RNA sequencing が可能にした最大の発見の一つだと思うが、この研究でもまず胸腺上皮細胞を、増殖分化中の細胞も含めて16種類に展開し、まずそれぞれの模倣細胞を精製するための表面マーカーを開発している。

次に、Aire ノックアウトマウスを用いて調べると、多くの模倣細胞サブセットは大きく減少するにもかかわらず、内分泌臓器を模倣しているサブセット(endTEC)、と腸管上皮のM細胞を模倣したサブセット(mTEC)の数はほとんど減らないことを発見した。

そこで、endTec と mTEC 分化を誘導するマスター転写因子を探索し、それぞれ内分泌分化や膵臓のβ細胞由来インシュリノーマ発生に関わる転写因子 INSM1 、及び M 細胞の分化に必須の SpiB 転写因子を特定している。

次に、INSM1 を TEC 細胞でノックアウトすると、内分泌臓器の自己免疫が起こりやすくなる。おそらく M 細胞に対するトレランスも SpiB ノックアウトで傷害されると思うが、M 細胞の頻度は元々低いので特に調べられていない。

代わりに、INSM1 や SpiB 発現により出来た模倣細胞が、トレランスだけでなくその転写プログラムを利用して、胸腺の発生を調整する役割を持つことを示している。

まず、INSM1 陽性 endTEC は、胸腺の退縮を防ぐ役割を持つ内分泌ホルモン、グレリンを産生し、胸腺の退縮を防ぐ働きがある。

一方で、SpiB 陽性 mTec はまさに M 細胞そのものといってよく、バクテリアを取り込み、OPG 分子を発現し RANK シグナルを抑制することで、TEC の増殖を抑制し胸腺を退縮させることを明らかにしている。さらには、B細胞の IgA へのクラススイッチを誘導する樹状細胞を近くに集め、なんと胸腺内B細胞の IgA 分泌誘導まで行っている。

結果は以上で、またまた興奮する結果で、胸腺によるセントラルトレランス機構進化過程で、それを胸腺自らの増殖調節にちゃっかり利用しているのを見ると、進化の壮大さを感じる。この機構の進化は今後の最も面白い分野になるだろう。また胸腺から内分泌腫瘍が発生したり、坂口さんの初期の胸腺摘出実験で内分泌臓器の自己免疫が起こりやすいことなど、多くの現象を説明する可能性がある。今月のジャーナルクラブでは、ヒト化動物とともに、胸腺びっくり動物園も再度取り上げ、将来の方向性を考えてみたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月6日 クジラゲノムの突然変異率の正確な検定(9月1日号 Science 掲載論文)

2023年9月6日
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クジラは身体が大きいのにガンが少なく長生きすることが知られており、興味の対象となっている。これまでの研究で、代謝や自然炎症の抑制とともに、ガンや老化の原因となるゲノムの突然変異率が低いとされてきた。ただ、これまでの変異率測定は、個体間での違いを調べる系統的は手法で行われており、正確度にかけていた。

今日紹介するオランダ・フロニンゲン進化生命科学研究所からの論文は、ゲノム解析から確実に親子トリオと確認できた個体を用いて、ゲノムとミトコンドリア突然変異率を測定した研究で、9月1日号 Science に掲載された。タイトルは「Wild pedigrees inform mutation rates and historic abundance in baleen whales(野生の親子からヒゲクジラの突然変異率と、歴史的な個体数の推定が可能になる)」だ。

一番興味があるのは、どうして野生のクジラのサンプルを集めるかだ。この研究では泳いでいるクジラの群れの皮膚を、ボウガンのような弓を用い、小さなボルトをつけた矢じりでサンプリングする方法で集めている。勿論正式な許可を取ってのサンプリングだ。

後は30カバレージ以上のゲノム解析を行い、まず両親と子供のセットを選び出し、親のゲノムと子供のゲノムを比較して、突然変異率を測定している。ザトウクジラ、シロナガスクジラ、ナガスクジラ、北極クジラの4種類での結果は、ほぼ人間と同じで1億分の1程度におさまり、クジラだから突然変異率が高いというのは否定された。

また、両親と子供を比べる方法で、男親、女親染色体での変異率を見ると、変異の80%は父親の精子形成過程から来ていることがわかるが、これも人間と同じだ。また、父親の年齢と変異数は相関する。

次に、ミトコンドリアのヘテロプラスミー(ヘテロプラスミーについては先日紹介した論文を参照してください:https://aasj.jp/news/watch/22785)を、これまでにサンプルを採取された850頭のクジラサンプルを用いて調べ、それぞれのミトコンドリアの変異率を最終的に100万分の4程度と計算している。これも人間の変異率と変わらない。

以上のことからクジラゲノムが変異率が低いという通説は否定され、クジラの長寿は、代謝や自然炎症、あるいはゼノリシスなど進化で獲得されたメカニズムに依存していると考えられる。

もう一つ重要なのは、例えばミトコンドリアの変異率について、これまでの変異率の推定はこの研究結果の10分の1で、その結果、この研究で予想される10倍の数のクジラが乱獲前に存在していたと主張されてきた。この数は、実際に生態学的に調べた数と大きくかけ離れており、乱獲の影響をどう算定するかの議論になっていたのだが、今回の研究で生態学的研究からの推定と、ゲノムからの推定がほぼ一致したことは、クジラ保護と捕鯨の影響を正確に知るためにも重要な結果だ。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月5日 耐性が起こらない夢の抗生物質は可能か(8月22日 Cell オンライン掲載論文)

2023年9月5日
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微生物を分離しその抗菌活性を調べることで多くの抗生物質が開発されてきたことは一般にもよく知られている。このことは、細菌が培養できないと抗生物質は発見できないことを意味し、できるだけ多くの細菌を集めることの重要性が語られてきた。逆にいうと、培養が難しい微生物は研究の対象外になってしまう。

今日紹介するドイツ・ボン大学とオランダ・ユトレヒト大学からの論文は、普通は培養が難しい細菌を分離し、ここからこれまでとは全く異なるメカニズムで黄色ブドウ球菌をはじめ多くの細菌を殺すことのできる抗生物質を開発した研究で、8月22日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「An antibiotic from an uncultured bacterium binds to an immutable target(培養困難微生物から分離した抗生物質は変化が起こらない標的に結合する)」だ。

最初 uncultured を、培養していない細菌と間違ってしまい、細菌叢のゲノム研究から新しい抗生物質を発見する論文かと読みはじめて、普通の培養では他の細菌に押されて培養できない細菌を培養して抗生物質活性を探索する研究であることを理解した。

この研究の培養方法は96ウェルのクラスタープレートに、ほぼ一個づつ細菌が入る程度に培養し、なんと12週もかけてようやく細菌が増えてきたことがわかるほどゆっくりと増殖してくる細菌を黄色ブドウ球菌に作用させ、抗生物質活性のある細菌を分離し、それが Eleftheria 菌であることを遺伝子解析から明らかにしている。

あとは、この細菌の培養上凊を生化学的に分離精製し、最終的に Clovibactin と名付けたアミノ酸が組み合わさった新しい抗菌化合物に辿り着いている。このように、わざわざ培養困難微生物を選び出したことがこの論文のハイライトだが、実際に Clovibactin を分泌していた菌は Eleftheria 一種類だけなので、努力に報いようと運も味方についてくれたのかもしれない。

次に、Eleftheria 菌がこのような複雑な抗生物質を作っているのかを確認するため、ゲノム解析を行い、四種類の酵素からなる合成のためのオペロンを特定し、合成過程を明らかにしている。

肝心の効果だが、バンコマイシンと比べても、黄色ブドウ球菌を急速に溶菌させる活性がある。また、最終殺菌効果も高い。さらに、抗菌スペクトラムも広い。また、動物細胞には全く影響がなく、動物に静脈注射してもはっきりした副作用は見られない。またマウスでのブドウ球菌感染をバンコマイシンと同程度に抑えることができる。

最も重要なのは、これまでの抗生物質と比べて、耐性菌の出る確率が100倍以上低いことで、今後の感染治療に変革をもたらせる可能性がある。そのため、詳しく作用メカニズムを解析している。この過程はまさにこの分野のプロの仕事といった感じで、まず Clovibactin が細胞壁構成に関わる基本分子 Lipid II および C55PP 分子に結合していることを突き止めると、NMR や原子間力顕微鏡を駆使した構造解析から、ほとんどの細菌が依存しており、他の分子経路が存在しない Lipid II に結合し、これを重合させることで、細胞壁のペプチドグリカン合成が阻害される。このユニバーサルに存在する他の経路で代償できない過程を標的にしているため、耐性が起こりにくい原因であることがわかる。

結果は以上で、Clovibactin自体がそのまま夢の抗生物質として利用されるかどうかはわからないが、作用機序がわかったことで耐性のない抗生物質という夢を実現する方法が明らかになったことは大きい。このようなプロがいてくれるおかげで医学も進む。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月4日 CRISPRを用いた抗原性(エピトープ)編集を用いて、全ての血液ガンを治療できる(8月31日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年9月4日
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最初に臨床応用が行われたCAR-T治療は、T細胞にCD19に対するキメラ抗体を導入することでCD19を発現するBリンパ性白血病を殺す治療だった。最初の論文を読んでCAR-T治療がいかに効果が強いか認識したのは、白血病細胞だけでなく、なんと正常B細胞まで除去されていた点で、キラー細胞の力を思い知った。

ただこのキラー細胞の強さが、CAR-T治療の普及を妨げている。すなわち正常細胞に全く影響の出ないガン特異的抗原をみつけるのが難しい。実際、大人では発現していないだろうと考えて行った治療で、正常細胞が障害されたケースが報告されている。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は、このガン特異的抗原を特定することの難しさを逆手にとって、すべての血液細胞に発現しているCD45分子を標的にしたCAR-Tを用いる代わりに、造血系とCAR-T自身のCD45が発現するエピトープを編集して、CAR-Tに殺されないようにする逆転の発想を検証した研究で、8月31日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Epitope base editing CD45 in hematopoietic cells enables universal blood cancer immune therapy(CD45陽性血液幹細胞のエピトープ編集によりすべての血液ガンに対する免疫治療が可能になる)」だ。

同じ週の Nature にも、ハーバード大学から血液幹細胞や血液ガンで発現する FLT3、c-Kit、 IL3-R などをエピトープ編集するCAR-T 開発の論文が発表されており、この方向研究も競争が激しいことを示している。

さて、ペンシルバニア大学からの論文だが、CD45ノックアウトCAR-Tを用いてCD45がCAR-Tの増殖と維持に必須であることを確認している。すなわちCD45に対するCAR-Tを実現するには、まずCAR-Tが発現するCD45の機能を保ったまま、抗体には反応しないようにエピトープ編集を行う必要がある。結局CD45の機能部位とは全く異なる場所を認識する抗体をCAR-Tのキメラ抗体として用い、抗体に認識されるエピトープのアミノ酸を置換する作業をCRISPRを用いて行い、CD45を発現するガンは殺すが自分自身は認識されないCAR-Tを完成させている。編集の効率は高いが、いずれにせよ本来の編集できないCD45を発現しているCAR-Tは培養しているうちに殺し合って消滅する。こうしてできたCAR-Tは移植したマウスの中で長期に維持され、CD45を発現しておればすべての血液ガンを殺してくれる。

このCAR-TをCD45を発現する人間で応用するためには正常血液のCD45もCAR-Tに認識できないようにエピトープ編集する必要がある。そのため、ヒトCD34造血幹細胞を精製し、同じ方法でCRISPRを用いたエピトープ編集を行い、こうしてできたCD45造血幹細胞を免疫不全マウスに移植、増殖維持されることを確認した上で、最後のCD45を標的にしたガン治療が可能かの実験を行なっている。

エピトープ編集を行った血液幹細胞を移植、その後骨髄性白血病を移植、そして最後にやはりエピトープ編集を行ったCAR-Tを移植すると、見事に白血病は除去され、ほぼすべてのマウスが生存している。

結果は以上で、CAR-Tもどんどん複雑になっているが、しかし元々多くの白血病では骨髄移植が行われるし、またCAR-Tのほうも現在治験が進んでいる誰でも利用できるユニバーサル型を編集すれば、割と簡単に実現できるような気がする。期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月3日 シナプス長期増強の通説を見直す(8月30日 Nature オンライン掲載論文)

2023年9月3日
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繰り返し刺激を受けたシナプスの伝達性が持続的に高まる長期増強(long term potentiation:LTP)は、学習の細胞的基盤とも考えられる神経生物学の重要な概念の一つだ。この長期的シナプスの伝達性変化は、カルシウムの流入により活性化されるカルモジュリンキナーゼ (CAMKII) が関わっていることが指摘されていた。すなわち、神経興奮によるカルシウム流入は、CAMKII を活性化を誘導、活性化された CAMKII はシナプスでグルタミン酸受容体(GluR)と結合し、GluR やそれと結合している分子をリン酸化し、これによりシナプス伝達性が高まると説明されていた。事実、CAMKII の ATP 結合部位の変異によるリン酸化活性の消失は LTP 消失につながることも示され、この考えは通説になっていた。

今日紹介するコロラド大学からの論文は、CAMKII は LTP に必須だが、リン酸化活性ではなく、CAMKII の構造変化により GluR と持続的に結合することがシナプス伝達性を高めるという、通説の見直しを迫る研究で、8月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「LTP induction by structural rather than enzymatic functions of CaMKII(LTPは CaMKII の酵素活性より構造変化により誘導される)」だ。

通説では LTP には CaMKII のリン酸化活性と、それに続く GluR への結合が重要であると考えられていた。この研究では、シナプス刺激によるカルシウム流入なしに、光で抑制ドメインを解除することで、ATP 結合部位と、GluR への結合部位が同時に開く人工 CaMKII (m CaMKII) を用いることで、CaMKII の酵素活性と、GluR 結合活性をそれぞれ分離して LTP への作用を調べている。

この mCaMKII を発現したシナプスでは、光を当てると刺激なしに LTP を誘導できる。次に、この分子の GluR 結合部位に変異を、ATP 結合ドメインへの変異を別々に導入して LTP への影響を調べると、GluR 結合部位変異では CaMKII リン酸化活性は維持されるのに、LTP 誘導ができなくなる一方、ATP 結合が消失する変異では、リン酸化活性は消失しても、LTP 誘導は正常に行われることを発見する。すなわち、LTP に CaMKII のリン酸化活性が必要だとする通説が否定された。

この発見がこの研究のハイライトで、あとはこの発見をいくつかの方法で再検証している。中でも面白いのが、CaMKII のキナーゼ活性阻害剤 AS283 を用いた研究だ。LTP にリン酸か活性が必要ないことは、AS283 を用いた阻害実験からも確かめられるが、驚くのは ATP 結合部位に変異を導入した CaMKII に AS283 を作用させると、変異で失われていた LTP 誘導能が回復する点だ。すなわち、CaMKII のキナーゼ活性より、ATP 結合により CaMKII 構造が変化し、GluR に結合することが LTP を誘導することが明らかになった。

最後にこの結果を元に、変異型 CaMKII を誘導したマウス海馬を、AS283 を用いて CaMKII の構造変化を誘導することで、LTP を誘導する実験を示して、新しい LT P誘導実験システムが可能であることを示している。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月2日 驚くことに肝臓のVLDL合成はtPAにより調節されている(9月1日号 Science 掲載論文)

2023年9月2日
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善玉コレステロール(=HDL)や悪玉コレステロール(LDL)という言葉は一般の人にもよく知られるようになっている。この言葉を聞くと、コレステロールに異なる善玉、悪玉があるように思うが、実際には HDL と LDL はそれぞれ異なる分子構成を持つ脂肪運搬用構造で、その中にコレステロールが詰まった一種のカーゴで、LDL の場合カーゴへとまとめるのは ApoB として知られるタンパク質だ。このタンパク質の周りに、肝臓でまず Very Low density lipoprotein(VLDL) が形成され、これが血中で加水分解が起こり LDL できる。具体的には、肝臓内で ApoB にトリグリセリド、コレステロール、そしてフォスフォリピッドが付加されてできた構造物が VLDL だ。

今日紹介する米国ミルウォーキーにあるVersiti血液研究所から論文、tPA が低い人は VLDL が高値で動脈硬化リスクが高いという意外な関係についてそのメカニズムを調べた研究で、9月1日号 Science に掲載された。タイトルは「Intracellular tPA–PAI-1 interaction determines VLDL assembly in hepatocytes(細胞内でのtPA-PAI1相互作用により肝臓でのVDLの合成が決められる)」だ。

この研究は一見 VLDL とは何の関係もないように思える tissue plasminogen activator (tPA) が低いと動脈硬化リスクが高まるという現象を理解しようと始まっている。ここでいう tPA とは脳梗塞と診断されたら静脈注射により脳血栓を取り除くために使われる、タンパク分解酵素で、LDL 合成との接点は、この相関以外にほとんど知られていなかった。

そこで、tPA が肝臓での VLDL 合成に影響するかを調べる目的でまず、LDL 受容体をノックアウトして、マウスでも LDL 検出できるようにしたマウスに、tPA のアンチセンスRNAをアデノウイルスベクターで投与し、肝臓でのtPA発現を抑えると、VLDLの合成が増加することがわかった。この効果は、血栓と違って血中に tPA を注入しても得られない。すなわち、肝臓細胞の中で tPA の合成が上がると VLDL 合成が低下、逆に tPA が抑えられると、VLDL が増加する。また、同じ結果は培養ヒト肝細胞でも確認された。

ApoB にコレステロール、トリグリセライド、フォスフォリピッドが集められ VLDL が合成される過程は小胞体内で進み、microsomal triglyceride transfer protein (MTP) がこの過程のドライバーとして働いている。もし tPA が細胞内で VLDL 合成を抑えるなら、ApoB と MTP の相互作用を阻害している可能性が高い。実際生化学的な研究から、tPA は ApoB と直接結合して、MTB が ApoB に作用するのを阻害し、それに続く VLDL 合成を抑えることを明らかにしている。すなわち、tPA は血栓形成を防ぐ線溶系機能だけでなく、細胞内では VLDL 合成阻害剤として VLDL 合成の調節に関わっている可能性が示された。

この tPA の VLDL 合成調節因子としての作用をさらに調べると、これまで tPA の酵素活性阻害剤として考えられてきた PAI-1 が、肝臓内で直接 tPA と結合すると、今度は tPA の VLDL 合成抑制活性が失われ、結果 VDLA の合成が上昇することを示している。

面白いことに肝臓での PAI-1 と tPA の結合は脂肪を摂取することで上昇する。すなわち、脂肪を摂取すると、肝細胞では PAI-1 と tPA の結合が促進され、その結果 tPA による ApoB と MTB 相互作用の抑制が外れるため、VLDL 合成が上昇、その結果 LDL 上昇と動脈硬化へと進むというよくできたメカニズムになっている。人間でも PAI-1 の発現が低い人では LDL が低いようで、おそらく同じ機構が働いていると考えられる。

結果は以上で、脂肪摂取で PAI-1 と tPA の結合がなぜ高まるのかについてはこれからの問題だが、細胞外で働いていると思っていた tPA や PAI-1 が肝臓細胞内で VLDL 合成に関わるという面白い結果で、今後新しい脂質異常治療の標的へとつながる可能性もある。

カテゴリ:論文ウォッチ

9月1日  ロシアによるウクライナ侵略の初期戦線の様子をモニターする(8月31日 Nature オンライン掲載論文)

2023年9月1日
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現在も戦争が続いている今、ウクライナ戦争を分析した論文が Nature に発表されるなど、まず誰も想像できないはずだ。しかし、今日紹介するノルウェイのトロムソ大学とウクライナ国立宇宙機構からの論文は、2022年2月24日、ロシアのウクライナ侵攻から撤退までの期間、チェルニヒウからキーウにかけてのウクライナ北部で行われた戦闘の様子を、地震計や爆轟計を用いてモニターできることを示した研究で、8月31日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Identifying attacks in the Russia–Ukraine conflict using seismic array data(ロシアーウクライナ衝突での攻撃を一連の地震計測システムのデータから読み解く)」だ。

1963年8月に成立した部分的核実験停止条約では、地上核実験が禁止されたが、核実験をモニターするため、世界200箇所に地震計と低周波音波動を感じるセンサーが設置され、現在も稼働している。この一つがウクライナ、キーウ近くのマリーンに設置されており、データが公開されている。

この研究のすべては、この公開データが、2月24日ロシア侵攻から4月撤退までの戦争の様子を反映しているはずだと着想した点にある。これまで、精密な衛生写真で戦争を読み解く努力が様々な機関で行われているが、時間解像度、すなわち攻撃間隔や一回の規模については、ほとんど0に等しかった。

一方、地震計や爆轟による低周波計は、位置を測定するため複数が一つのセットとして設置されているおかげで、地震速度と、音速を元に、どこで攻撃による爆発が起こったのかを、地震と区別して、ほぼリアルタイムでモニターすることができる。実際には、地震波と低周波が一致するのは全体の3割ほどしかない。検出頻度が低いのは、音の周波数など検出に選んだ閾値の問題と考えている。

最終的に振動と低周波音から場所が特定できた爆発は、ロシアの北部地域侵入から4月初旬のキーウ領域からの撤退まで、地震に換算してマグニチュード0.1-2まで、全部で1282回検出されており、キーウから虐殺で有名になったブチャ、そして北部のコロステン、そしてかなり離れた北部の都市チェルニヒウまで分布している。

検出される爆発の程度もある程度は計算でき、例えばイスカンダルミサイル(TNT火薬相当で700Kg)は、マグニチュード1.7と計算されている。頻度の高い榴弾砲のレベルの爆発はTNTで7kg程度で完璧に捉えられる。

こうして記録した波を、実際の記録と照合して検証することも行なっている。例えば2月27日、有名なホストーメリ空港へのロシアの攻撃が数ヶ所の観測機でどう捉えられたのか、一つの爆発が、それぞれの計測でどのような時間差で現れるかが示され、イムで地上への攻撃をモニターできることを示している。

結果は以上で、これまでのような報道だけでなく、衛星画像に加えて、地震計や爆轟計は完全ではないが、ほぼリアルタイムで爆発の規模と音から、攻撃手段(例えば榴弾砲)まで特定できることから、今後重要な戦争記録手段として利用されると言える。

このような公開データが積み重なることで、当局による発表以外の事実に一般人も触れることができるのが21世紀の戦争と言える。ただ、このような客観的な記録は、現場にいる人間の恐怖や苦悩がすべて捨象されるので、恐ろしい記録とも言える。

カテゴリ:論文ウォッチ

8月31日 膵臓ガンの間質を標的にした薬剤の開発(8月28日 Nature Cancer オンライン掲載論文)

2023年8月31日
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この HP で何度も紹介しているように、膵臓ガンの特徴は極めて強い間質反応にあり、線維芽細胞が増加するとともに、コラーゲンを中心にマトリックスの過生産が起こり、組織は「硬い」とよく表現される。そして、この強い間質反応が、膵臓ガンの治療成績が30年間改善せず、極めて悪性のガンとされる理由の一つとなっている。

今日紹介するオーストラリアの創薬ベンチャー Pharmaxis と Garvan 医学研究所を中心とした国際チームからの論文は、間質を標的として細胞画のマトリックスを低下させる薬剤の開発についての論文で、8月28日 Nature Cancer にオンライン掲載された。タイトルは「A first-in-class pan-lysyl oxidase inhibitor impairs stromal remodeling and enhances gemcitabine response and survival in pancreatic cancer(新規の Panlysyl oxidase 阻害剤は膵臓ガンのストローマを再モデル化し、ゲニシタビンの効果を高め、生存期間を延長できる)」だ。

上に述べたように、膵臓ガンを抑制するために間質のマトリックス合成を抑えてみようと考えるのは当然の帰結で、コラーゲンやエラスチンの重合に関わる lysyl oxidase の機能阻害剤を用いる治療の開発が進められてきたが、明確な結論には至っていなかった。

この研究では、これまでの阻害剤が、4種類ある Lysyl oxicase(LOH) のうち一部しか阻害できないのが問題ではないかと考え、すべての LOH に効果がある薬剤 PXS-5505 を開発した。ラットを用いた薬剤動体や、副作用テストの結果は上々で、経口投与でガン組織に速やかに到達し、6ヶ月追跡で問題になる毒性は見られなかった。

LOH はガンが発現しているわけではなく、周りの間質組織が発現する。実際にこの分子がガン治療の標的になるのかを確認する意味で、ガン患者さんのデータベースから、ガン組織での LOH 発現量が高い人と低い人に分けて予後を調べると、高い人は明らかに生存率が低い。すなわち、ガンに直接効くわけではないが、ガン治療を補助する意味で、治療に使える可能性はある。

そこで、マウス膵臓ガンモデルを用いて、PXS-5505 の効果を調べている。このモデルでも、ガン組織の LOX は正常組織の10倍以上で、人間の膵臓ガンに近い。この組織でのコラーゲン沈着を試験管内で PXS-5505 が抑えられることを確認し、治療実験に進んでいる。

繰り返すが、PXS-5505 はガンに直接効くわけではないので、これを投与してもガン増殖に変化はないが、膵臓ガンでよく使われるゲムシタビン(gem)と組み合わせると、gem 単独より生存期間を伸ばすことができる。実際、PXS-5505 投与ではガン周囲の間質反応を抑えることに成功している。

最後に、ヒト膵臓ガンを脾臓に移植して、増殖や転移を調べる実験系を用いて、PXS-5505 は gem と併用することで、肝臓への転移を gem 単独より強く抑制できることを示している。

マウス膵臓ガンモデルで PXS-5505 を投与すると、それだけでガン組織への血流量が増加することも観察しており、これらの結果から、膵臓ガンの間質反応により薬剤のガンへの浸透が妨げられているので、gem の効果を高めていると考えられる。一方、免疫系細胞の浸潤については、残念ながら効果はあまりなく、免疫療法との併用が可能かは今後の課題になる。

結果は以上で、今後人間に使うことになるが、マウス実験から見ても根治につながるものではないが、間質を標的にした治療という意味で、期待したいと思っている。

カテゴリ:論文ウォッチ